2015年10月の日記

■…2015年10月 1日 (Fri)
Tokyo Gig Notification:

さて、9月に行われた松原湖バイブレーションジャムという記念すべきイベントにて演奏させていただいた僕たちImari Tones (伊万里音色)、次のライブは10月12日(月祝)に新橋ZZにて行います。
これはクリスチャンロックの大先輩でもあるB.D.Badgeさんに声をかけていただいたイベントで、新橋ZZという雰囲気の良いライブバーにての演奏になります。

僕たちImari Tones、もとよりクリスチャンヘヴィメタルという日本においてニッチなジャンルを演奏しており、広く薄く、世界中からCDの注文をいただくマニアックな支持はあるものの(ありがとうございます!)、普段の活動においては決して人気バンドというわけではなく、ライヴ活動もマイペースで、あまり本数も多くないのが現状です。かといってロックバンドである以上は、バンドが成長し良い音楽を作っていくためにはやはりライヴを行うことは必要なことです。たとえ規模の小さいライヴであっても、こうして演奏の機会をいただけることに本当に感謝しています。

さて10月12日(月祝)の新橋ZZにてのライヴですが、繰り返しますがとても雰囲気の良いライヴバーです。そして、こういった場所でアンダーグラウンドに演奏を繰り広げているバンドやアーティストたち、多くは実力を持ち、経験も十分に積んだ、本当に素晴らしいアーティストが集まっていたりします。東京で、いや世界で、もっとも新しく、ディープで、カッティングエッジな音楽は、こういった場所にあるのではないかと思うこともしばしばです。主催のB.D.Badgeさんの音楽の素晴らしさはもちろんですが、僕らImari Tonesも、あっと言わせる演奏をきっとお見せします。
ぜひ足をお運びいただき、音楽に浸る夜をご一緒することができればと思っています。

10月12日(月祝)
B.D.Badge祭り
新橋ZZ
こちら
18:30 開場、19:00 演奏スタート
(僕たちImari Tonesは出番は一番目か二番目だと思われます)
チャージ: 前売り2100円、当日2600円
出演: B.D.Badge, STREAM, Yeahchang and Cats and Dogs All Stars, Imari Tones

なお、先の予定としましては、11月14日(土)に新宿Merry-Go-RoundにてThe Extreme Tourの海外のバンドと一緒ライブを、
また11月21日、22日には愛知県東三河地区、また名古屋路上などにてThe Extreme Tourとともにコンサート、演奏活動を行う予定です。詳細は追って告知いたします。
どうぞよろしくお願いいたします。

No(4583)

■…2015年10月 2日 (Sat)…….ハードフリップ
Today I finally made my first ever hardflip. It took so long. But that’s not the end of the story. I flicked too hard and the deck span extra 180, making it 360hardflip. It was an accident, but I hope I can make this accident again. My skating still not that good. Everything inconsistent. But somehow I’m having fun trying these flatground tricks.
ハードフリップがやっと決まった。あんましちゃんとしてないかもしれんがハードフリップっぽい事をやろうとしてハードフリップっぽい何かが何度か決まったのは事実だ。まだまだ俺のスケートもへたっぴだけどこういうフラットトリックだけは何故だか結構出来るようになった。あとはいろんな場所での実践経験だと思うけれど、しょせん音楽の片手間に、人見知りだから人のいない場所でフラットグラウンドやってるだけなのでそうもいかない。けれども、それも個性やスタイルといったものにつながるかもしれない。スキルはアンバランスだけれど、曲がりなりにもテクニカルな事が出来るのは悪い事じゃない。例えば今日もハードフリップだけでなく、間違えてフリック強過ぎて余計に板が回り360ハードフリップになってしまった。こういうのが案外得意技に発展するかもしれない。出来るトリックはどんどん伸ばしていこうと思う。

No(4584)

■…2015年10月 4日 (Mon)…….メディア作業
バンドをやる、バンドを続けるっていうのは、半分は意地みたいなのもあるんだろうけれど、
半分は使命感。
それと、やっぱり信念みたいなもの? これしかないんだ、という、これこそが本物なんだ、という何か。ギター選ぶのでも一緒かもしれん。嫁を選ぶのでも一緒やね。

先月くらいから何をやっていたかというと、拙者のやっていますバンドImari Tones(伊万里音色)の新しい作品、つまりニューアルバム”Revive The World”がもうすぐリリース、というか発表しますのね。当初は9月とか言ってたんだけれど、10月になったんです。

それは、メディア作業をやらなくちゃいけなかったから。
つまり、僕らのように自主リリースしているような小さなバンドであっても、やっぱり、出来る範囲で、メディアに情報を送らないといけない。
今はインターネット時代で、大手のメディアとか、雑誌に限ったことではなく、各種のインターネットの音楽サイト、音楽ブログ、大小含めて、いろいろあるので、そういうところにのっけてもらうのが僕らみたいなインディーバンドにはけっこう大事なんですね。

で、もちろん、大きなところにのっけてもらえばラッキーだけれど、基本は小さなブログとか、小さなサイトとかでも、十分にありがたい。
でも、ほとんどのそういうサイトは、わりと発売後でもいいんだけれど、大手は当然のごとく、一部のおおきめのサイトは、やっぱり発売日の前に情報を送らないといけない。
普通の紙媒体の雑誌とかなら至極当然なんだと思いますが、発売日の3ヶ月前に送れとか言ってくる。
で、僕らみたいな日常のあくせく生活してる中でやりくりしてるインディーバンドだと、3ヶ月前に送れとか無理なんですけど、せめて公式な発売日の1ヶ月前とか、2、3週間前には情報を送りたい、と思うので、先月、9月は松原湖バイブレーションジャムもあったし、11月のXTJ (The Extreme Tour Japan)関係もいろいろ準備してたので、こりゃ無理だ、となって。
で、公式なリリース日を10月20日ってことにして、今、まさにそのメディアに情報を送る作業をちまちまとやっているわけです。

で、もちろん、インターネット時代なので、基本的には音源とか情報はネット経由で送ればいいんだけれど、結構な割合のサイトが、特にメタル系のウェブサイトとかは、未だにフィジカルというか実物のCDを送れと言ってくるところがあって、
そういうところには郵送してCDを送らないといけない。
日本から送るので、それも普通に送ったら2週間とか余裕で届くまでにかかるし、かといって速達というのかEMSを使うと、一通送るにも1000円以上かかって費用がかかっちゃう。これは場所のハンデというか、悲しいところだけれど。

僕らは結構、音楽的にも存在としても微妙な立ち位置にいるバンドなので、どういったウェブサイト、ウェブジンに送るのか、っていうのも、メタル系だったり、クリスチャン系だったり、あとは、メタル系つっても、ゴリゴリじゃなくて、以外とインディー/ガレージ/オルタナ系の匂いがしているのも事実なので、どこに当てはまるのか、結構難しい。じゃあ、クリスチャンでメタル系だったら、それはもろにビンゴなんだけれど、そんなサイトはほとんどない(笑)
まあ、いくつかは確かに存在しているんだけれど。

今はこんな時代、インターネット時代なので。
そして、インディーズ時代の隆盛だった、と思っている2000年代も通過し、
音楽業界もすでに崩壊しきって。
かつてのビッグスターたちも相当に歳をとって。

有名バンドにも無名バンドにも、境目とか区別とかほとんどない。
プロとかメジャーとかアマとかマイナーとかそういう区別もない。
みんな相当に、平等な土俵に立ってやっている時代になっている。

そういう中で、いや、そうあるべきなんだけれども、
日本のバンド、日本のカルチャー、音楽を扱うサイトなんか見てみると、
日本のバンドも本当にがんばっているし、海外をツアーしている日本のインディーバンドも相当数いる。
自分たちの身の回りだけ見ても、がんばってるバンド、ミュージシャンは、みんな何らかの形で海外にリーチしたり、海外公演などもやっている人が多いので、本当に国境とかボーダーの無い時代なんだなと思う。

そして海外のバンドや、アメリカの最新流行のオサレ系インディーバンドや、メタルコアの人気バンドなんかを見てみても。
そんで、我らが日本の誇る、「カッティングエッジ」な新しい世代の若いバンドたちを見てみても。

相当にレベルの高いことをみんなやっている。
やっている、んだけれども、どうだ。

もちろん、活躍している人たちを見ると、とてもうらやましいなと思う。
隣の芝生はいつだって青々としているし、
ひるがえって自分たちはどうなんだろうという気分になる。

まあ、隣の芝生の話をすると、本当に長くなる。
なぜって、世の中にはがんばっているバンド、活躍しているバンド、うまくやっている人たちはいっぱいいるわけで、
どちらかというと、すべてにおいてうまくやっていない(涙)うちのバンドなんかからしてみたら、
周りのバンドはみんな自分たちよりもうまくやっている、というか、僕らよりもうまくやっていないバンドを探す方が難しかったりするわけだ(笑)
だから、隣の芝生を青いとか言い出したら、僕らは周囲のバンドすべてに嫉妬しなくてはいけなくなるので(涙)、だから僕らはもうそういうことには慣れっこになってしまい、隣の芝生を気にすることはとっくの昔にやめてしまった。

けれどもこうして、海外で活躍している日本のバンドたち、
それはもちろん、とても良いことなのだけれど、
たとえば、あの時、ツアーの帰りにシアトルで見たあの日本人バンド、
あの時、ニューヨークでお会いしてお話する機会をもらったあの日本人バンド、
あの時、音源を聞いて注目していたあの海外ツアーを多くやっていたあのバンド、
などなど、
彼らがずっと海外ツアーを続けて、活躍しているのを見ると、
僕らImari Tonesは何をやっているのだろう、と。

僕らは、たとえばあの2011年のカンファレンスで、大きな反響を得たときに、
そこから関係者にアピールして、フェスティバルやツアーのブッキングをするのではなかったか。
あの時、もちろん今の音楽業界においしい話などはありはしないのだけれど、
そういったフェスティバルを主催している複数の人から、何人の人から、そういった話をされたのではなかったか。
ビザを取得して、アメリカに滞在してツアーを回り続ける生活に飛び込むのではなかったか。
2012年のThe Extreme Tour西海岸に参加して、いくつかの地方の新聞にも載せてもらい、またローカルなフェスティバルにもふたつ出演して、これでビザを申請するのに使える材料ができたと思ったとき、そのタイミングではなかったのか。
また予算が必要だと思ったときに、果たしてその予算はあったかなかったか、その気になればあったのではなかったか。

僕らはそれらのことについてバンドで会議し、ミーティングし、話し合っただろうか。
きっとたぶん話し合ったはずだ。一度とか二度ではなかったはずだ。
けれども、あるいは、それをきちんど話し合いが成立するほど僕らのバンドはコミュニケーションや話し合いが出来ていないのだろうか。
だけれども、それをメンバーの向上心、決断、覚悟、などに求めるのは、それもお門違いだ。
人生の考え方は人それぞれ違う。そしてこの世界の在り方、世界に対するスタンスの取り方も人それぞれ違う。
僕は、ミュージシャンの例に漏れず、かなり自己というかエゴの強い性格をしているし、ミュージシャンエゴというか、バンドの運営についても、ワンマン体制でやっている、と思われがちだ。そして、半分くらいそれは本当だ。けれども、バンドの音楽性についても、そしてバンドのアンサンブルについても、自分は実はけっこう、周囲に気を使いながらやっている、ということに、歳を経るごとに気が付いた。
自分は、誰かを置いてきぼりにして、自分だけ前に進めるほど強い人間ではないのだ。
そして、それほどまでにして成功を求めようとは思っていないのだ。
もし本当に成功したいと思うのであれば、バンドを形成するにあたって、きっと違う形でメンバーを選んでいるだろう。
僕がバンドをこういう形でやっているのは、成功とか、技術とかではなくて、何かもっと別のものを重視したいと思っているからだ。

バンドの活動方針についても同じだ。
そもそもこのバンドは、クリスチャンヘヴィメタルバンドになった。
そして、自分たちの成功を求めるよりも、なんか、皆を「救う」ということが本題になってしまっているところがある。
自分たちの音楽は、妙に海外向け仕様なのだから、とっととそっちに行けばいいものを、自分たちの国に対する使命や愛情に気が付いてしまったのは、2010年にニューヨークのロングアイランドの教会で演奏させてもらったあの時だったのではないか。「日本のために祈ってくれ」と気が付けば僕はステージから叫んでいたのではないか。そして、僕は2011年のそのカンファレンスでも同様のことをした。

そして、その言葉が嘘ではないことを、証明するってわけじゃないが、確かに気が付けば僕らはThe Extreme Tour Japanをスタートさせ、そして3年目がもうすぐ行われる。そりゃもう、やってやれないくらいアレ(困難、逆境、日本の環境ではとても、個人の力ではとても)なイベントなので、そろそろやめたいくらいだが、誰かにうまくパスできると思っているのだが、そろそろ。けれども、それもこうして、3年目の今年も形が見えてきているではないか。

これで果たしてよかったのか。
そして、果たしてこれでいいのか。

活躍している日本のバンドたち。
そしてその中でも特に、若い世代のバンドたち。

音楽的にはどうだ。
それは「聞いたことのないような」新しい音楽なのか。
もちろん、面白いことをやっている。
変拍子バキバキかもしれない。
不思議でキュートな日本の萌えヴォイスかもしれない。
和洋折衷のサイバー日本舞踊かもしれない。
和太鼓ヘヴィメタルかもしれない。
けれど、それはみんな、10年以上前に、聴いたことのあるものだ。

どんなに変拍子ばきばきのインディー/プログレ/オルタナをやったとしても、
たとえば+/-{plus/minus}の大ファンだった僕としては、その変拍子が必然性を持った、感情とメッセージを乗せたものでない限り、それを新しいものとは思えない。

それはたとえば、90年代にSuedeの大ファンだった僕が、そんじょそこらの「暗い」病気系のバンドでは、ぜんぜん効かなくなったのと同じだ。

本当に新しいものは、同時に本当の普遍性にたどりついたものでなくてはいけない。
もっとも新しいものは、同時にもっとも古くなくてはいけない。
ツェッペリンくらい、シェイクスピアくらい、そして、聖書くらいには古くないといけない。
宇宙の始めまでたどり着けるのならそれもいいだろう。
それでも、まだまだ十分に古いなんて言えない。
神は、つまり本当の真実は、時を越えて、宇宙のはじめもおわりも越えて、そこにあるのだから。

新しい世代、新しい時代が「優秀」になっているのは良いことだ。
せめて、テレビやラジオや有線とかが流れていると、いつもひどく落胆してしまうが、それでもこうやってインターネットをのぞいて、ちょっとアンダーグラウンドなところに向かえば、もっと優秀な、今の時代ならではのものを見ることができる。

けれども、まだまだ足りない。
うわっつらだけ優秀なだけでは、俺の飢えを満たせない。
いつも言っているだろう。
俺が本当に、打ちのめされて、うわ、こんな天才がいるんだったら俺はもう音楽は作れない、と、そう絶望させてくれるような、あるいは、これでもう俺はバンドをやめることができる、そう安心させてくれるような、
そんなものを聴かせてほしい。

君らは、ブッチャーズ吉村秀樹氏のように、命の最後の一滴まで、ロックに魂を捧げて燃やし尽くすことができるのか。
君ら、そんなんじゃ、吉村さんに怒鳴られるんじゃないのか。

海外のメタルコアなり、なんとかコアなり、なんとかデスメタルなり、エクストリーム系のバンドも。
ジェントとかプログメタルも。
なんでもいい。
優秀な人たちはいるが、本質的に新しいものを鳴らせる人がどれだけいるか。

今の時代、いつも言っているように、有名になるのは簡単だ。
本当に、事実、文字通り、15分あれば、人は世界的に有名になれる。
そういう時代なんだから。

そして世界で活躍することもそんなに難しいことじゃない。
そして、いろんな人々が世界で活躍するのは良いことだ。

そして、みんなが高いレベルでそうやって音を鳴らし、表現活動をし、人々とコミュニケートするその中で、
もう誰にも止めることのできない未来の世界が、確実にやってくる。
だから、それでこそいいんだ。
こうでなくちゃいけない。

でも、まだまだ俺は不満なんだ。

彼らの音楽は、本当に良いのか。
そんな音で、注目を集めることは出来ても、
誰かの魂を救うことが、本当に出来るのか。

ひるがえって我が身。
ここ数年も、いや、今までに一度だって、
音楽はじめてこのかた、もう本当に人生の最初の最初から。
うまくやれてたことなんて、本当に一度だってないのかもしれない。
それでも、最低限、バンドを続け、バンドを維持し、新しい音を作るためのインスピレーションを得て、最低限、存続しサヴァイヴするだけの「祝福」は、与えられた。
それには、本当に神に感謝するしかない。
出会った人々すべてに感謝している。

けれども、では、ここ数年を振り返ってみても、
うまくはやれてはいないかもしれない。
華々しい活躍も大してしていないかもしれない。

だけれども、音楽にきちんと向き合うことは出来ていたか。
自分は、自分の求める究極の音を探し求めたか。
そして、それを見つけたか。
世界の誰にも負けない、頂点に立つと断言できる、その音を見つけたか。
(そもそも、頂点に立つとか言い出すやついるのか。笑。)

そして、自分の人生が、ここ10年間、ずっとそうだったように、
この一年が、自分の人生の最後の一年間になるのであれば、
今、何をいちばんやっておきたいか。
自分の命があと一年しか生きられないのだとしたら、
この一年で、自分は何を成し遂げたいか。

その命題に向き合って、答を出してきたか。

その問いかけには、きちんとYESと回答できる。

あれね、ただね、その自分の究極の音。
「鍋島」を鳴らし切るには、
たぶんあと3年くらいは、欲しいです。

神様お願い。

人に褒めそやされるのは、もうちょっと歳を食ってからでも遅く無い。
ゆっくり音楽に向き合わせて。

それが、どれだけ幸運なことか、
どれだけ、限られた貴重なものなのかは、
それも知っているつもりだ。

だから、それをやるためにも、
最低限、うかつに「人気者」にはなりたくないと思っている。

バンドマンが「人気者になりたくない」なんて言っちゃおしまいなんだが、
かといって僕らは、
ヘヴィメタルだからね。

言い切っちゃうんだよ。
人気者になるために、これをやってるわけじゃないんだぜ。

地上で人気者になるよりも、
天国のリスナーに一人でも届きゃそれでいい。
そんで地上の仲間たちには、
そんな天上の音を届けたい。

本当のことを言っちゃえばね。
人生の選択なんてものは。
本当に大事な決断なんてものは、
もう生まれる前にしちゃってるものなのさ。
神様の前でね。

だから、後悔なんて無いはずなんだ。

俺は選んだんだよ。
そのためだったら、
自分の成功は後回しでいい、ってことをね。

壮大な愚痴でした(笑)

No(4585)

■…2015年10月 4日 (Mon)…….理由
いや、そういえば他にもあったよな、焦らなくてよかった、という理由。
いろいろ見てたら思い出した。ちゃんと理由のあることだった。
地球上に自分の居場所とか果たしてあるのかなあ。

No(4586)

■…2015年10月 4日 (Mon)…….こういう感じ
Thank you Sleaze Roxx for the article! そういうわけでこんなふうにのっけてもらえたわけです。このサイトは意外と老舗っぽいので俺たちとしちゃ大きな収穫です。ありがとうーーーー!!!
こちら

No(4587)

■…2015年10月14日 (Thu)…….実戦猫ポール
さて日々いっぱいいっぱいで生きていますが、
そんな中、先日は新橋ZZにてイマリトーンズでライヴしてきました。
大人の街、新橋でのしぶいミュージシャンの皆さんと一緒にばちばちやるしぶいライヴバーの演奏です。出不精な僕らにとってはとてもありがたい機会です。

先月の松原湖ではかなり完璧に近い演奏内容(当社比)にて、75分の長丁場(当社比)のライヴをこなして自信がついたわけですが、
そうはいってもやはり思うままにいかないのがライヴというもの。
この日の演奏はかなり荒れました(当社比)。
たかだか6曲の演奏の最後には声もかすれてしまいました。

しかし、終わってみれば会場の皆様には非常に好評。
これは、自分たちではぐちゃぐちゃな演奏だったなあと思っても、会場のお客さんには実はしっかり伝わっていた、というのはけれども案外とよくあることです。
演奏する側と、見る、聴く側の視点は必ずしも同じではない、当然違う、ということ。さらには、ライヴというものはある意味、自分たちがぐちゃぐちゃになるくらい演奏して始めて客席にメッセージを届けることができる、ということでもあります。たぶん。

ヴォーカルも決して悪いわけではなかったですが、6曲目の最後には声がかすれてしまっていました。ずばり力み過ぎです。しかしやはりこういう場で「力まずに歌え」「力を抜いて歌え」と言われても無理なことがあるわけです。たかだか30分とか40分のライヴであったとしても、終わった後に声が嗄れてるくらいでなければやったとはいえない、みたいなことも、言い訳としては言うことは出来るかな、と。

楽器は「猫ポール」で臨みましたが結果的にはやはり自分の至らない部分をこの愛機「猫ポール」に助けてもらったなという印象です。
またセットリスト的にも、ライヴの本数が少ないわりに、やたら課題曲、持ち曲、宿題の多い我がイマリトーンズ。
しばらくやってない曲をいくつか交えまして、決して必勝体制ってわけではない選曲でしたが、その意味では内容は充実した演奏になったかと。まだライヴでの演奏回数の少ない「Unknown Road」など、やっと手応えを得ることが出来たのは収穫でした。
実際、後で録音、ビデオを見返してみると、意外とやはり充実した試合内容だったかと思います。
かっこよく言わせてもらえばやはり、「猫ポールを持った時のToneはひと味違うぜ」と言ったところでしょうか。なんか潜在能力を引き出してくれるギターですね。

ご一緒していただいた皆さん、見ていただいた皆さん、共演のバンドさん、いつも声をかけてくださるB.D.Badgeさん、本当にありがとうございます。

共演のバンドさんたちも皆、すばらしく、素敵な、レベルの高いバンドさんたちばかりでした。とても勉強になりました。

演奏内容や音楽的には今、けっこう、やっと充実してきているImari Tonesですが、これからもっと良い音楽作品を作ったり、良い演奏ができるよう、精進していきたいと思います。

さて現在バンドで取り組み、おそらく来年には録音制作ができるであろうコンセプトアルバム”Jesus Wind”(仮)からの楽曲、昨年の終わり頃から”Jee-You”、”Dying Prophet”という2曲をライヴの定番曲として演奏しはじめ、先月の松原湖では”Saints Seeking Salvation”ならびに”Bushido”を披露したわけですが、

ストーリー内容も暗く、冗長な内容のコンセプトアルバムだけに、ライヴの定番曲として使える楽曲は、全15トラック(予定)(インスト込み)の中でも限られています。

ですが、少なくともあと2曲、”The Wave”ならびに”Repent”という必殺の2曲がまだ控えています。

来月11月にはThe Extreme Tour Japanとして、アメリカからまたアーティストがやってきますが、アンジェロには昨年”Jee-You”や”Dying Prophet”を聴かせています。(あ、でも、どうせちゃんと聴いてないか、笑)
1年たって、必殺の新曲が増えてないと悔しいので、”Repent”を、可能であれば、11月に人前初披露して実戦投入、デビューさせたいところです。

特にこの”Repent”という曲は、”Jee-You”や”Dying Prophet”にも増して、僕らの新たな必殺曲になりそうな威力を持った曲です。
現在の僕らの代表曲である”Faith Rider”や”Born To Ride”に負けないくらいの強烈なヘヴィメタルだと思います。
しかしそのぶん演奏も難しい。歌うのもめっちゃ難しい。

実はこの日の新橋ZZにて、リハーサルの時にちょっと演奏してみたんです。B.D.Badgeの皆様が見てる前で。でも、演奏もちろんぐだぐだでしたし、歌詞ぜんぶ飛んでしまいました。歌詞とんだので、あああー、で歌ってました。

果たして11月のアメリカチームとの合同ライヴまでに、実戦投入が間に合うか。

まあ、間に合わなくても、特に問題ないんですけどね(笑)
他にも曲はいっぱいあるし。
ただ、気分として、やれたら、盛り上がるなあ、と、個人的に。

あとは実戦で一度でも演奏しておけば、練度が上がって録音するときに有利だしね。
来年録音に取り掛かる前に、はたしてライヴの一本もやるかどうかわからんし。
中期計画スケジュール上の小さなあれこれです。

そういう小さなあれこれを乗り越え、やりくりしながらバンド活動を小規模に行っております。

そういうわけで、動画(FB)は”Unknown Road”のギターソロであります。

やっぱり猫ポールは評判いいですね。
間違いなく我が生涯最高のギターです。
59年レスポールと交換してくれるって言われても、しません。
なにしろ猫なんで。
もちろん実際には交換した後で59年を売り払って、大金手にしてから買い戻すに決まってますけど(笑)

でもライヴっていうか遠征とかツアーとかの際にはやっぱフライングVの方が取り回しがいいですね。見た目とかパフォーマンスの問題もあるし。軽いし。
見た目がフライングVで音はレスポールスタンダード、みたいなギター、無いですよね?

あったら教えてくださいませ!

No(4588)

■…2015年10月21日 (Thu)…….Revive The Worldをリリースした
そういうわけで、予定どおり、Imari Tones(伊万里音色)の新しいアルバム”Revive The World”を発表つーのか、放流(このニュアンスがいちばん近い)というのか、リリースしましたんで、
バンドブログに英語の文章のっけてますが、
それを日本語にしたやつをここに書いておきまちゅ。

ハロー、Imari TonesのToneです。
今日は、僕らの新しいアルバム”Revive The World”がようやくリリースされたということをアナウンスします。

iTunesとかBandCamp、それからSpotifyとかのストリーミングサービスでも聴くことが可能です。

物理CDは、BandCampで僕たちバンドから直接買うことができます。それらのCDには通常、サインをして発送しています。

これがBandCampのリンク。
こちら

で、これがiTunesのリンクです。
こちら

このアルバムについてちょっとだけ話をさせてください。
僕らのバンドImari Tonesは、だいたい2004年にバンドとして結成し、2008年からはクリスチャンミュージックを演奏してきました。2009年から2012年にかけて、アメリカを何度かツアーし、それ以降は、The Extreme Tour Japanというものを日本で行って3年目になります。日本のゴスペルミュージックの世界でも、ちょっとだけ認知されてきました。

このアルバム”Revive The World”は、それらの経験の産物であり、これは僕たちの音楽の旅路におけるひとつの頂点だと言うことができます。
このアルバムには、多様な音楽性が入っており、プログレッシヴなリズムや、弾きまくりのギターや、美しいメロディが入っています。今まででいちばんヘヴィなヘヴィメタルのリフがいくつか入っている一方で、インディー/ガレージっぽい雰囲気も持っています。それは至極当然のことで、僕らは21世紀に生きる、物事をDIYでやることを愛する、ひとつのインディー/ガレージバンドだからです。

けれども、それらのこと以上に、このアルバムで一番大事なことは、スピリチュアル(精神的、霊的)な要素です。このアルバムは、リスナーに「精神的な高揚」を与えることができるように作られています。うまく説明することはできないけれども、一言で言えば、このアルバムは、あなたを元気にして、希望で満たし、そして精神的に高揚させることができるでしょう。同意してくれるかわかりませんが、僕はそれこそがクリスチャンミュージックということだと思います。

見てわかるように、このアルバム”Revive The World”は、クールなアルバムカバーを持っています。僕らのヘヴィメタルな友人の一人で、画家でもある方が、このアートワークを作ってくれました。このアートワークをクリスチャン的と呼んでいいかどうかはわかりませんが、けれどもこのアートワークにはとてもクールでスピリチュアルな雰囲気があります。そしてそれはこのアルバムの音楽とも合っています。このアートワークについて僕たちは既にいくつものとても良い反応を得ています。これが僕たちのアルバムの中でも、今までで最もクールなアートワークのひとつであることに間違いないでしょう。

僕たちの音楽は、いつでも「個人的」なものでした。それは、僕たちはインディーバンドであり、テレビや新聞の大きな事件よりも、個人の生活に焦点を当てたかったからです。そしてクリスチャンバンドとしては、私達と神との間の個人的な関係について歌いたいと思うからです。けれども、ひょっとすると、このアルバムはこのような作風で作る最後のアルバムになるかもしれません。僕たちは、この”Revive The World”の録音が終わった後、すでに次のアルバムの音楽を作ることに取り掛かっていますが、次のアルバムはちょっと違った感じになるからです。

僕たちの次のアルバム/プロジェクトは、現時点で「Jesus Wind」と呼ばれています。それは、日本の歴史についてのコンセプトアルバムになります。クリスチャンの視点から見た日本の歴史についてのアルバムです。そのアルバムはもちろん、バリバリのヘヴィメタルアルバムになりますが、けれども、今までの作品のように「楽しい」作風ではないかもしれません。ヘヴィに、そして力強い音楽ですが、けれども時に悲しい作風になるかもしれません。なぜならそれは歴史に基づいたアルバムであり、人間の歴史は多くの場合悲しいものであるからです。

知っている人もいるかもしれませんが、僕は常々「日本の歴史についてのコンセプトアルバムを作ることができたら、バンドをやめる」と公言してきました。僕は、それがいかに難しいことが知っていたからこそ、そう言ってきたのです。たぶん絶対にできないだろうと思っていたのです。

けれども、今僕たちはそれに取り掛かっています。心配させることのないように言えば、今のところまだバンドを解散する予定はありません。その逆で、僕たちはその後の計画さえ持っています。もし僕たちがそのコンセプトアルバムを作ることができたなら(無事に作れたら、の話ですが)、僕たちの次の方向性は、より日本の伝統的な音楽へと向かっていくことになると思います。「伝統的」と言っても、たとえば琴や三味線を使ったアコースティック音楽というわけではありません。それは依然としてヘヴィメタルです。けれども、僕たちはたぶんもう少し「トライバル(民族的)」な方向へ向かうだろうと思います。

つまり、この”Revive The World”の後、僕たちは言ってみれば「より大きなテーマ」に取り組みます。
それが僕が、「個人的」な音楽、個人のレベルで人と神とのパーソナルな関係について歌う音楽を作る、これが最後になるかもしれないと言った理由です。
僕たちはたぶんこれから、歴史であるとか、国であるとか、日本であるとか、日本の人々、そしてそれらのものと神との間にある関係について歌うことになるでしょう。過去、そして未来についても。そして、ほんのちょっとだけ政治的なことも。それはとても難しいことです。あんまりやりたくないなと思わないでもありません。けれども、それらの音楽は、英語で歌って海外のオーディエンスに届けるというよりは、より日本の人々に向けたものになるでしょう。

僕たちは、これまでインディペンデントにたくさんの音楽、アルバムを作ってきました。それらの音楽は、とても個人的なものです。

もしあなたが、魂の高揚に満ちた、人と神との関係を歌ったクリスチャンヘヴィメタルが聴きたいのであれば、この新しいアルバム”Revive The World”か、あるいは僕たちが2008年以降に作ってきたアルバム、”Victory In Christ”や、”Japan Metal Jesus”や、”Heroes EP”を聴いてみてください。それらは、神と人との個人的な関係について歌ったもので、大部分は英語で歌われ、インターナショナルなオーディエンスに向けて作られたものです。

あるいは、あなたが日本の人生に基づいた、日本のロックを聴きたいのであれば、僕たちが、あるいはToneが一人で作った、1998年から2006年にかけてのアルバム、”Hero of the Light”や、”Entering The New World”や、”Kodomo Metal”や、”fireworks”などを聴いてみてください。それらはとても個人的な音楽であり、日本のいち地方都市で育った少年による音楽です。それらの音楽は、メタルであったり、オルタナティヴであったり、そしてJ-Popに基づいています。それらは、日本語で、日本の文化の文脈の中で作られた音楽で、必ずしも海外のオーディエンス向けではありません。けれども、等しくとても重要な、Imari Tonesからの魂のメッセージです。

それらの音楽もBandCampに掲載されていますが、僕らは今、それらの古いアルバムのうちいくつかを「改善」しようと計画しています。リミックスしたり、部分的に演奏しなおしたりすることによって。それらの作業が完了すれば、それらの音楽もiTunesやその他の販売チャンネルに掲載しようと思っています。皆さんが、2006年以前に作られた、それらの「日本語の」アルバムに興味があるかどうかわかりませんが、けれども将来的に、それらの作品を、きちんとした形で提示したいと思っています。

これらの音楽は、心からの、個人的な、愛の贈り物です。
これらは文字通り僕たちの命そのものです。
これらのために、多くの努力と、時間を費やしてきました。

僕たちはこれから「歴史」のアルバムに取り掛かり、その後「伝統的な、民族的な」プロジェクトに取り掛かることになります。
それはとても難しいものになります。僕たちにそれが出来るかどうか、神様にしかわかりません。

けれども、今は、僕たちはこの新しいアルバム”Revive The World”を皆さんに贈ることができて、とても嬉しく思っています。私は、皆さんにも一緒に祝ってもらいたいと思っています。なぜなら、先に述べたように、これは間違いなく、僕たちの音楽的なひとつの頂点であり、達成であり、個人的な愛と信仰と音楽の記念碑だからです。

僕たちは、より成功して、もっと多くの場所をツアーできることを望んでいます。日本だけではなく、アメリカだけではなく、アジアや、ヨーロッパや、南米など。あなたたちのもとを訪れて、会いに行きたいと思っています。ですから、今僕は神に祈っています。

この長い文章を読んでくれてありがとう。僕の、あまり完璧ではない英語を読んでくれてありがとう。英語が間違っていないといいんだけれど。

どうもありがとう。
皆さんに神の祝福がありますように。
神よ、僕たちがより良い未来を作っていけるように、神の意志と神の計画にもとづいて、僕たちを導いてください。
イエス・キリストの名前で祈ります。

Tak / Imari Tones

No(4589)

■…2015年10月22日 (Fri)…….ずっと聞きたかったエレクトリックギター談義
いつも長いひとりごと文章を書くのが自分の習慣ですが、
なかなかそういう時間も取れなかったりする昨今。
もっとも、世間一般の人とくらべれば僕なんか暇人の部類にカウントされると思いますが、それでもやはり別の種類の忙しさの中に生きているでしょう。

ギター、エレクトリックギターと、そのサウンドについていろいろ書きたいといつも思っています。

ギター、エレクトリックギター、エレキギター、と一言で言ってみても、そこにはいろんな種類があり、人それぞれ、イメージするものは全然違う。

たとえば、バイオリンの音、ピアノの音、トランペットの音、などと言えば、だいたい皆が考える音は一緒だと思います。もちろん、その中でのバラエティはあったにしても。

けれども、エレクトリックギターに関しては、本当にいろんな使い方、いろんなスタイル、いろんなサウンドがあるので、人それぞれにイメージするものはまったく違う。これくらい、ひとつの楽器なのに、出てくる音はまったく違うという楽器も、人類の歴史上たぶん珍しいんじゃないかと思います。

(なので、ギタリストにとって大事なことは、まず、自分にとってのエレクトリックギターとはいったいどういうものなのか、ということをイメージし、追い求め、定義することだと思います。)

(自分が弾く楽器はいったいどういうものなのか、を考え出すところから始まる、という。笑。)

自分が最近、興味があって、いろんな人に聞いてみたいのは、
いったい「エレクトリックギター」とはどういうものなのか。
ということ。

20年以上もエレクトリックギターを弾いて、少しは上手くなろうと努力もしているんですが、いったいぜんたい「エレクトリックギター」とはどういうものなのか、いまだによくわからない。

僕が人に聞きたいと思っているのは言葉の定義です。
それはつまり、その正体を知りたいということ。

たとえば、「ストラトキャスター」とは、いったいどういうものなのか。
「テレキャスター」とは、いったいどういうものなのか。
そして「レスポール」とは、いったいどういうものなのか。

もちろん、辞書を引けば、Wikipediaを見れば、インターネットで検索すれば、情報は出てきます。
いつごろ発明されて、どういう歴史をたどって、どういうプレイヤーに使用されてきた、とか、そういう事実は書いてあります。

でも、それがいったい「どういうもの」で、「どういう楽器」で、「どういう存在」なのか。
ストラトキャスターというものが、僕たち人類にとって、いったいぜんたいどういう意味合いを持つ存在なのか。
そういったことまでは、書いてない。

僕が知りたいのは、そういうことです。

そういうことは、なかなか辞書には書いてない。
教科書にも書いてない。
ましてや雑誌なんか見てもあんまり書いてないわけです。

あるいは書いてあったとしても、
それはどうしても、世間の一般論とか、
あるいは商売のフィルターを通したものになってしまう。

同様に楽器屋さんにギターについて質問しても、
多くの場合は、商売の上でのたてまえ上のトークしか聞かせてもらえなかったりする。
まあそれは、信頼できるおなじみの店のひとつもあれば、少しは違うんでしょうけれど、それでもやっぱり。

いったいぜんたい、「レスポール」とは、どういう楽器で、どういう風に使われ、どういう意味あいを持った楽器なのか。
そして、現在の「レスポール」をめぐる状況はどのようになっていて、
そして、なにより、「実際のところ」は、どうなのか。

その「実際のところ」を知るには、
楽器についてよく知る人、よく精通した人。
たとえば、ギターを作る職人さんとか、
ギターメーカーの人とか、
ヴィンテージショップであるとか、リペア屋さんとか、
そういう詳しい人に話を伺えばいいかもしれない。

けれども、その「実際のところ」というのを知っているのは、
やはりその楽器とともに人生を歩むプレイヤーさんに他ならないのだから、
ベテランのプレイヤーさんに、
自分の音楽人生の中にあって、「レスポール」とは、「テレキャスター」とは、どのようなものであったのか、直接の体験を聞くしかないのかな、と思います。

となると、やはり、一緒にお酒を飲むしかないのかな、という気がしますが。

本来であれば、一人のギタリストが成長する過程において、
たとえば先輩のギタリストであるとか、
駆け出しのプロであれば、プロデューサーやディレクター的な立場の人が、
そういった人たちが、楽器についても、サウンド、音作り、録音、バンドのアンサンブルなどについて、重要なことを教えていくのだと思います。

そういう立場に居て学ぶことが出来る人、出来た人は幸せだと思います。

けれども、今の時代、そういった学びが出来る場、そういった環境に身を置くことが出来る人も、きっと少なくなっているのでしょう。

たとえば、自分はバンド人生の中で、2006から2007年の頃に、とあるプロデューサーさん、それなりに知名度のある方に、お世話になっていた時期があります。それはもちろん、ヘヴィメタル系の方です。
その方とともに活動した時期に、行動を共にして、学んだことはたくさんあります。
けれども、学べなかったことも、またたくさんありました。

時は流れて、たとえばここ2、3年の間にも僕のギターに対する考え方はずいぶん変わりました。

そのプロデューサー氏から学んだことはもちろんたくさんあるけれども、その方に出会う前、自分たち、自分だけの考えで、限られた環境と機材の中で音作りをして音楽を作っていた頃、その頃の音作りに後悔があるかといえば、そういうわけでは決してありません。

それは、その頃にしか出せなかった事、作れなかった曲、そしてその頃でなければ歌えなかった声が、そこにあるからで、やはり何事にも、こうでなくてはいけない、というルールはない。そしてそれこそがロック、そしてエレクトリックギターの面白いところだと思います。あたりまえのことですが。

結局、意見というものは人それぞれに違い、
その人の立場、作っている音楽の種類、プレイのスタイル。

たとえば、「スルーネック」というものについて、どう考えるか。
それだけで、人によって本当にいろいろな意見が分かれそうです。

俺は、どっちかっていうと「スルーネック」のギターやベースは否定派です。
いや、決して嫌いってわけじゃないけれど、好きか嫌いかでいえば、スルーネックのギターは嫌いな方です。そしてスルーネックのベースはもっと嫌いです。まあたいだい、すごく高いことが多いですけど、スルーネックのベース。

けれども、かといってスルーネックの利点や、特定のジャンルの音を出したい時、そしてライヴの場における音抜けなどの利点、などなど、身を以て知っているつもりですし、特定の音を出したい場合にスルーネックはありだと思います。
そしてなにより、僕は自分のギタリスト人生の中で、スルーネックのギターを2本所有したことがありますが、その2本とも、自分のギタリスト人生の中で、とても重要な役割を果たしてくれたギターです。
だから、僕は一般論としてスルーネックのギターは好きではない、とは言っても、時と場合によって、やはりスルーネックが優れている場面というものがあり、そして、僕自身、その恩恵に多分にあずかってきた、ということです。

そういった、「本当のところ」、物事の定義といったものを、諸先輩がた、また専門家の方、知識を持った方々、経験を持った方々に、なにより同輩のギタリスト諸氏に、聞いてみたい。
そんなことを、最近思います。

「レスポール」って、いったいどういうものですか?
「ストラト」って、いったいどういうものですか?
「テレキャスター」って、いったいどういうものですか?

そして、僕が近頃、知りたい、と思っている事はたとえば他に、いくつかあります。

「フロイドローズ」とは、いったい何なのか。そして、何だったのか。
同様に「トレモロアーム」とはいったいどういうものなのか。

そのフロイドローズと関連しますが、
では「スーパーストラト」とは、いったい全体、ギターの歴史の上でどういう存在だったのか。

そのあたりから対比して、
「レスポールカスタム」とは、いったいどういうことなのか。

そして、ちょっと話題は飛ぶけれども、90年代オルタナキッズとしては聞かずにいられない、
「ジャズマスター」とは、いったいどういうものだったのか。

そして、またテーマが広くなってしまいますが、
「Fender」とは、いったい何だったのか。
そして、「Gibson」とは、いったいどういう存在だったのか。

そういうことについて、教えてくれる人がいるのであれば、ぜひ教えてほしい。

ここに、僕自身、自分の体験にもとづいて、いくつかの物事が自分にとってどのような意味合いを持つものだったのか。あるいは、現在進行形でどのような意味を持っているものなのか、整理し、書き出してみたいと思います。

–「ヘヴィメタル」というもの、自分にとっての「ヘヴィメタル・ギター」について。

自分はしょせん、90年代に青春を送り、その中で、80年代のヘヴィメタル音楽にあこがれてエレクトリックギターを始めた人間です。
自分が目指していたものは、最初からヘヴィメタルを鳴らすことであり、それは今でも変わりません。
自分がエレクトリックギターを選ぶとき、求めていたのは常に、「ヘヴィメタルを鳴らすための楽器」でした。
たとえそのことを忘れていたとしても、自分が無意識に求めていたのは、やはりいつだって、理想のヘヴィメタルを鳴らすことでした。

ちなみに、この「ヘヴィメタル」という言葉について、自分なりの定義を考えてみたのです。
もちろん、色々な言葉を言うことが出来ます。
けれども、自分にとっての「ヘヴィメタル」ということを言葉で表そうとする時、もっともぴったりくる表現は、こういうものです。

ロック黄金時代、あるいは、ハードロックの全盛期であり、ヘヴィメタルの創世記でもある1970年代。
それらのクラシックなヘヴィメタルを鳴らしていた伝説的なバンドたち。
彼らには、「ヘヴィメタル」をやっている、なんていう意識はなかったと思うのです。
彼らは純粋に、ハードな大音量のロックをやっていたのであり、彼らのうちの多くは、「ブルーズ」をやっているということ、そこから始まったのではないか。

そしてもちろん80年代以降も、たくさんのメタル系、ハードロック系のバンドが、自分たちのルーツはブルーズだ、みたいなことを(かっこつけて)言ったりしています。

逆に言えば、メタルゴッドことJudas Priestの偉大なところは、ヘヴィメタルの定義が曖昧な時代に(今でも案外、曖昧ですが)、「ヘヴィメタル」ということを徹底して意識して、突き詰めて定義し、鳴らそうとしたところにあると言えます。

で、結論ですが、俺は、本物のヘヴィメタルミュージシャンというものは、たとえば、彼らは自分たちが「ヘヴィメタル」をやっている、なんてことは考えてないんじゃないかと思うわけです。

彼らに聞いてみれば、きっとこういう答が返ってくるのではないか。
「自分たちは、音楽をやっているんだよ。」

彼らにしてみれば、自分たちは単に音楽を作っている。
それを、世間とか、他人から見て、これはヘヴィメタルだ、と呼んだり、思ったり、分類したりする、それだけのことではないか、と。

もちろん、「俺たちはヘヴィメタルだぜ」というバンドはいっぱいいるし、そのことが悪いわけでは全然ないですが、

そしてそれはたぶん俺自身にとっても。
自分のヘヴィメタルというものに対しての最終的な答は、
自分は音楽をやっているのだ、ということ。
自分の音楽を求め、自由に音楽を表現することが、すなわちそれがたまたまヘヴィメタルと呼ばれるものだったに過ぎない。

そういうことではないかと思います。

よくよく考えれば、それは昔のクラシックの作曲家が、
「自分はクラシックをやっている」なんて考えてないのと同様ですね。
彼らが「クラシック」になったのは、もっと何百年もたった後のことなのだから。
肖像画の中の彼らが、宮廷の衣装を来て、くるくるヘアーのかつらを着けているのは、別にそれがクラシックの様式美だからではなく、当時はそれが普通だったから、ということですよね。

かといって、俺の「ヘヴィメタル」というものに対する信念(faith)と、献身(dedication)が、まったくの嘘であり存在しないのかといえば、そんなことはなく、やはり自分はこの「ヘヴィメタル」という表現方法を信じているのです。

さて、そんなヘヴィメタルですが、僕はやはり、振り返れば最初から、最初にエレクトリックギターを弾きたい、と思った瞬間から、今に至るまで、自分が求めていたのは他でもなくやはり「ヘヴィメタル」を鳴らすためのギターでした。

そして、自分にとっての「ヘヴィメタル」というものを探求し、自分にとって理想の「ヘヴィメタルを鳴らすためのギター」はいったいどういうものなのか、ということを追求してきたわけです。

もちろん、いつも真面目に追求してきたわけではなく、ギター始めて20年以上たってますが、その半分くらいは、「別にヘヴィメタルとか興味ないし」「速弾きとかどうでもいいし」とか思いながら生きてきたわけです。また、そんな自分だから、経験も限られているし、ましてや、いろんなギターや機材をためす予算もなく、本当に自分自身の限られた経験の中の話でしかありません。

けれども、自分なりにヘヴィメタルに属する音楽を演奏しながら、ちょっとずつやってきたギタリスト人生の中で、自分は最近、気が付いたことがあるのです。

それは、自分はどちらかといえば「Gibson派」の人間だ、ということです。

その昔、ギタリストは大きく分けてFender派と、Gibson派の二種類が居たとされます。
それは、昔はエレクトリックギターのメーカーは少なくて、その代表的な大手がFenderとGibsonだったからだと言われます。

Fenderは、ボルトオン構造を特徴とする、軽快な音の先進的なメーカー。
Gibsonは、セットネック構造を特徴とする、重厚な音の伝統的なメーカー。
そういうふうな分類だったみたいです。

で、俺は、90年代にギターを始めました。
しかも憧れていたのは80年代のヘヴィメタル。
FenderとかGibsonとか、まったく興味ありませんでした。
最初に手にしたギターは日本製のJacksonでした。
そして、その後も、Fender、Gibsonからは距離を置いて、ほとんどがヘヴィメタルのカテゴリに分類されるギターしか弾いてきませんでした。

けれども、最近、この歳になってわかったことは、自分は実は、どちらかといえば、Gibson派のギタリストだったのだ、ということがわかってきたのです。

つまりこの歳まで弾いてきて、わかってきた自分のギターに対する答。
つまり、自分にとって「理想のヘヴィメタルを鳴らすためのギター」とは、セットネック構造のGibson系ギターに他ならない、という結論が出たのです。

けれども、皮肉なことに、それは本家Gibsonの楽器ではない。

今、自分は手元に、「これなら自分の理想のヘヴィメタルを鳴らすことができる」というギターをたぶん2本、所有しています。
しかし、それはGibsonではない。
ひとつには、Hamerと書いてあります。アメリカ製です。
もうひとつには、Bacchusと書いてあります。日本製です。
どちらも、セットネック構造の、本当に素晴らしく作られたギターです。
でもどちらも、Gibsonではない。
けれども、系統としてはまちがいなくGibson系のギターなのです。

じゃあなぜ、それが本家Gibsonのギターではないのか。
それについて理由を語ると、また不必要に長くなってしまいます。
なのでその理由については割愛します。

でも、上記したように、そもそも80年代のヘヴィメタルに憧れてギターを始めた自分が、憧れていたのはJudas Priestだったので、そのJudas Priestが全盛期に使用していたのは他でもないHamerのギターでしたので、その同じHamerにたどり着いたというのは、確かに理にかなっているといえば、かなっているように思います。

では、なぜ「Gibson系」のセットネックのギターが、自分にとって理想のヘヴィメタルギターになり得るのか。

それについては、すごく説明が難しいところです。

でも、俺はこんなふうに思っています。

ギターにとって、ネックジョイントというのは、構造上、たぶんいちばん重要な、文字通りの要となる箇所です。
そのネックジョイントが、音に非常に大きな影響を持ちます。

俺が思うに、スルーネックのギターはとても優秀で、ほぼ確実に、そしてどんな環境、どんな場所であっても、安定して、90点、あるいは95点の音を出すことができます。ただ、スルーネック特有のパコンというアタック音に好き嫌いは分かれますが。結果を出さなくてはいけないプロフェッショナルが、現場でスルーネックの楽器を使うのは、俺は理にかなっていると思います。

そして、ボルトオンのギターは、ほとんどの場合、安っぽい音がしますが、その安っぽい音を利用して、「非常に気持ちいい音」に変えることができます。そして実は、きちんと作れば「100点満点」の音を得ることができると思います。エレクトリックギターという楽器の特性、そしてその演奏するジャンルや場所を考えた時、「気持ちいい音」「魅了する音」という楽器本来の目的を達成するためには、俺はこのボルトオンのギターは、はっきり言っていちばんの近道だと思います。つまり、エレクトリックギターの魅力がいちばん強く出やすいのがボルトオンだと思います。

そして、あくまで俺の個人的な思いですが、セットネックのギターは、どうやら作るのが非常に難しいようで、「きちんと作ってある」セットネックのギターにお目にかかることは、非常に少ないと思います。これは、本当に、とても少ないと思います。高いギターであっても少ないと思います。そして、その結果、ほとんどのセットネックのギターは、「いまいち、なんか、煮え切らない」音がすると思います。多くのメーカーは、そしてプレイヤーも同様に、いろんな方法で、それをごまかしていると思います。けれども、セットネックのギターは、もし「きちんと作る」ことが出来たら、120点の音がすると、俺は思います。そして、その構造上か、なんかわかりませんが、「きちんと作られた」セットネックのギターは、もはや生き物だと、俺は思います。性格があります。特徴があります。ひとつひとつ、意志を持ち、性格を持っています。

俺が自分の結論として、自分の理想とするヘヴィメタルを鳴らすための、理想のギターは、どうやらセットネックのギターらしい、という答にたどりついたのは、おおむね、このような理由です。

冒頭にも書きましたが、エレクトリックギターというものは、様々なスタイルがあり、色々な種類の音が出せるものである以上、自分にとっての「エレクトリックギター」が、いったいどのようなものなのかを定義し、イメージすることがとても重要だと俺は思います。

同様に、ヘヴィメタルのミュージシャンであるならば、この曖昧な「ヘヴィメタル」という概念に対して、どのようなサウンドを追い求め、定義するのか。それをイメージすることが、もっとも大切な能力だと思います。

そのことに成功しているミュージシャンも居れば、正直、失敗している、と思うミュージシャンもたくさん居ます。
けれども、それも、聴く人の感性と好みによって、意見が分かれるかもしれません。

— フロイドローズについて

次に、フロイドローズということについて考えてみたいと思います。
それはつまり、トレモロアーム、ということなのですが、
ヘヴィメタルのギタリストである自分にとって、トレモロアームといえば、すなわち事実上フロイドローズのことなので、フロイドローズについてです。
本当であれば、ケーラーとかについても書ければいいんでしょうけれど、恥ずかしながら俺は、ケーラーのついたギター、ちょっと触らせてもらったことくらいならあると思いますが、ちゃんと弾いたり所有したことないので、わかりません。

つまりどういうことかというと、トレモロアームというものに、俺は少なからず憧れがあります。
これは、ヘヴィメタルに憧れてギターを始めた人にとっては、至極当然のことだと思います。
今日というか昨日、有名な映画「バックトゥザフューチャー」の2作目でマーティーとドクがタイムスリップして来た日ということで話題になっていましたが、
あの映画、一作目に、ギターを弾くシーンで印象的なシーンがいくつも含まれています。

そのひとつ、たとえば映画の最初の方で、マーティーが学校のダンスパーティーのオーディションでバンドで演奏するシーン。持っていたのは黒いアイバニーズのギターだったと思いますが、アームできゅいんきゅいんと言わせてギターを演奏するシーンは、子供の頃に見て、とてもかっこよく印象的でした。かなり誇張された80年代っぽいギターサウンドも、そしてアームで音程が上下するそのサウンドも、とても魅力的で、子供の目にも、エレクトリックギターとはなんと楽しそうな楽器だ、と思った、と思います。

そういうのを見てしまうと、そして、80年代ヘヴィメタルギタリストの、アームを駆使した名演をいくつか見て、聴いてしまうと。
やはりトレモロアーム、フロイドローズに憧れるのは自然なことです。

ヘヴィメタルというものに、フロイドローズは、やはりかなり必然の組み合わせなんだと思います。

これもわかりきったことだと思いますが、フロイドローズは、その素材とか構造とか、いろいろの理由で、ギターに搭載すると、まさに80年代ヘヴィメタルにぴったりな、金属的なサウンドになると思います。

そして、俺はなんといっても、Eddie Van Halenの大ファンです。
Eddie Van Halenは、70年代、80年代のヘヴィメタルのギタリストの中でも、屈指のトレモロアームの使い手です。
いわゆるDive Bomb、ハーモニクスを使った叫び声など、アームを使ったプレイはエディのサウンドに欠かせないほどの特徴、トレードマークのようになっています。

そんなエディに憧れた俺は、当然トレモロアームをいろいろと使ってきました。
そして、今までに作り、ライヴで演奏したり、録音制作した楽曲の中には確かに、トレモロアーム、フロイドローズ無しには作れなかった、成り立たない、そんな楽曲もいくつかあります。

けれども、今まで演奏してきて、自分のバンドで、自分たちの楽曲を鳴らし、この歳までいくらか演奏経験を積み重ねてきて。
ようやくわかってきたことがあります。

それは、俺はフロイドローズ、トレモロアームの使い方が下手だということです。

俺は、決してアームが上手くありません。
もちろん、一般的な使い方はだいたい出来ます。
要所でのDive Bomb、フレーズの要所に入れるビブラートはもちろん、ソロの際に突発的にクリケット奏法を使用するのも大好きで文字通り痙攣するような効果が得られるし、またエディの真似をしたハーモニクスでの甲高い叫び声も出すことができます。

でも、そのどれも、あまり上手くありません。
そして、そのうちのどれも、自分のトレードマークにするほどにはなっていない。
そのことに、だんだん気が付いてきました。

果たして、思うのです。
トレモロアーム、フロイドローズは、自分のプレイに、果たしてそれほど、欠かせないものだろうか、と。

ひとつのきっかけは、今のこのクリスチャンヘヴィメタルをやっている、現行メンバーのImari Tones、そのバンドを叩き上げた、過去4回行っているアメリカ遠征。

その際に、俺は、アームのついていない裏通しのフライングVを持っていきました。
その理由は、いちばん大きな理由は、めんどくさいからです。
弦交換が、めんどくさい。

俺は、弦をすごくよく切ります。
なので、ライヴのたびに弦を替えないといけません。
フロイドローズだと、弦を交換するのに1時間かかります。
疲れている時はなおさらです。
けれど、フロイドローズじゃないGibson系のギターであれば、15分で替えることができます。
きついスケジュールの中で、連日のようにライヴしたりすると、ローディーやスタッフのいる大きなバンドならともかく、自分でやらなきゃいけない場合には。
そこにフロイドローズを使うという選択肢は、現実的に「無し」でした。

そして、それらの遠征の中で、フロイドローズの付いていない、裏通しのフライングVを使用して。
まったく、演奏に問題、なかったんですね。
ばっちりと、自分のプレイ、自分の表現が出来た。

そして、俺は気付いたわけです。
なんだ、俺のプレイに、アーム、本当は必要ないんじゃん、って。

俺のスタイルは、アーム使わないスタイルだったんです。本当は。
今まで無理矢理、必要なもんだと思っていたけれど、実際は、俺はアームは下手だった。アーム無い方が、むしろ良いみたいだ、と。

自分のやっているバンドはスリーピースで、自分は歌いながら弾くということも影響しているかもしれません。余計なものは、なるべく、必要ない。

とはいえ、アームが必要な場合もあるし、今後も、アーム、使う予定、あります。
アームの付いたギターを全部手放す、とかそういうことも全然ありません。

でも、自分にとってのいちばんのギター、自分にとっての理想のギターは、フロイドローズじゃない、ってことがわかってしまった。

フロイドローズは魅力的です。
アームをきゅいんきゅいん、とやるのは、純粋に楽しい。やっぱりそれはエレクトリックギターの本質的な魅力だと思う。
けれども、そこには大きな代償もある。
フロイドローズの持つ、構造的に、金属的な特徴的な音。
そして、たぶんボディ鳴りというのか、振動の伝達の損失。
つまりは、ウォームな音ではなくなってしまう。
もちろん、ボディにベタ付けにしたり、アーミングアジャスターとか色々使って固定するとか、改善はするけれど、どうしてもやはり、フロイドローズの付いたギターは、フロイドローズの音になってしまう。

その代償を支払ってまで、なおYESと言えるだけのものが、フロイドローズにあるのか。
そのサウンドが、欠かせない自分のトレードマークになっているならともかく、
そのトレモロアームから、素晴らしい名手のテクニックを繰り出せるならともかく、
自分のような、しょせん中途半端な物真似程度にしかアームを使えない人間が、そのような大きな代償を支払ってまで、アームを載せる必要があるのか。

俺にとっての答は、それは最終的にはノーであった、そのことを、この歳になった今、自分はそろそろ、認めなければならない。

やはり、上記したように、俺にとって理想のヘヴィメタルギター、その最終回答は、Gibson系だったんです。

じゃあ、レスポールにBigsby載せよう、とか言わないでね。

まあ確かに、90年代BritPopのファンとしては、Bernard Butler、大好きだけどね。
一口にアーム、といっても、いろいろあるよなあ。

— EVH、エディ・ヴァン・ヘイレンのギターについて

俺はEddie Van Halenが大好きです。
それは、少年の頃から好きだったんだからしょうがないです。
10代の頃、ヘヴィメタルに憧れて。
そして、様々なギターヒーローのCDを聴いて。
ポール・ギルバートや、イングヴェイ・マルムスティーンにも当然、憧れて。
でも、エディ・ヴァン・ヘイレンだけは、どう考えても別格でした。
速いとか、上手いとか、そういうことではなくて、まったくやっていることが別次元だった。
僕がヘヴィメタルを聴き始めた90年代の前半には、エディより速く、また、上手く弾けるギタリストは、たくさん居た。スティーヴ・ヴァイとか。
けれども、EVHだけは、そもそもギターの鳴らし方自体が、他のギタリストには追いつけないくらい、違うということが、少年だった僕にもわかった。
他のどんなギタリストが、どれだけ速く、スーパーテクニックでギターを弾いたとしても、それはエディに比べれば、周回遅れであり、みんな何周も遅れた上で見た目だけエディより先に居るにすぎないってことが、よくわかった。

僕がすごく長い間、愛用しているギターがあって、それはMusiman Axis。
これは、つまりEddie Van Halenモデルのギター。
90年代の初期に、Eddieが、最初の正式なシグネチャーモデルってことで、MusicManからシグネチャーを出して、それがMusicMan EVH。

それが、エディとの契約が切れて、安くなったのがMusicMan Axis。
それを、さらに日本で組み込みを行って、さらに安くなったのが、MusicMan Axis-EX。僕が持っているのはこれ。
しかも、たぶんトップのキルトの模様があまりよくなかったのか、売れ残ってた個体で、かなり安くなってた。
さらに、それをトップのキルトメイプルを省いてアルダーボディにして、さらに安くなったAxis-EXSっていうのがあるんだけれど、僕はこれも持ってる。

俺は思うのね。
Eddie Van Halen、彼のロックの歴史、エレクトリックギターの歴史における功績は、誰が語っても語り尽くせないくらい偉大で、広範囲に及ぶ。
けれども、基本的に、彼が目指していたのは、FenderとGibsonのいいとこ取り。

当時の、Fenderにも、Gibsonにも満足できなかったEddieは、ストラトにハムバッカーを載っけて、それで歴史が変わった。

でも、彼はその後も、ずっと試行錯誤して、探求を止めず、進み続けた。
その歩みは、今でも続いてる。
2015年現在、EVHは今でも、進化を続けてる。

80年代にEddieが使っていた、ストラトにハムバッカーをのっけた、いわゆる「スーパーストラト」。
その後の、90年代前半のMusicman EVH/Axis。
そして、90年代後半のPeavey Wolfgang。
そして、現行EVHのWolfgang。

今に至るまで、エディの目指しているのは、やはりFenderとGibsonのいいとこ取りであって、そして、それのより高いレベルでの完璧なる融合を、エディは目指してると思う。

僕が持っているこのMusicMan Axis。
つまり90年代前半にEddieが使っていたのと同じスタイルのギターだけれど、
これは、FenderとGibsonの融合を、かなり高いレベルの完成度で実現しているけれども、どちらかといえば、まだFender系の楽器だと、僕は解釈している。
MusicManっていう、Fender直系のメーカーから発売されたのが、奇しくもそれを物語っていると思う。

俺は、ストラト、必要ないのね。ぶっちゃけ。
昔、ストラトを2本、安いのを所有していたことがあるけれど、今は一本も持ってない。
ギタリストなのにストラト持ってないのもどうかと思うけれど、
その理由のひとつはこれ。
Axis-EXがあるから。
俺にとっては、これ、ストラトっていうか、Fender系の使い方が出来るんだよね。

Axisは、かなり広範囲での使い方が出来る楽器だ。
それでいて、とてもユニークな立ち位置、とてもユニークなサウンドを持っている。
ストラトのようでもあり、テレキャスのようでもあり、かといってレスポールのようでもある。
そして、80年代的なスーパーストラトのひとつの完成形でもある。
それはもちろんヘヴィメタルギターのひとつの究極であると同時に、ヘヴィメタルに縛られない多様なスタイルを要求する。
すごく難しいギターだとは思う。
だからEddie Van Halenモデルなのだと思うけれど。

俺にとっては、長年愛用して、録音でもたくさん使い、たくさんの楽曲をこれで書いてきた、このギターは、自分にとってのひとつの「標準」であり、確かにこのギターであれば、自分のバンドの楽曲は、ほとんど対応できる、このギターで演奏し、鳴らすことができる。

でも、先述したように、俺にとって本当の理想のギターはGibson系だということがわかってしまった。
Eddie Van Halenのシグネチャーモデルは、どんどん進化を続け、たとえば90年代後半のPeavey Wolfgangでは、アーチトトップが採用されて、MusicMan AxisがあくまでFender系の楽器だったのに比べて、ぐっとGibson系に近くなった。

だから、俺はずっと持ってないんだけれど、本当はPeaveyないしは、現行EVHのWolfgangが欲しいなという思いもある。

けれども、Fender系の楽器を他に持っていない、という現状もあり、(まあ、Charvelとか持ってるけどね、しょせん80年代スーパーストラトだし。)、自分の手持ちの道具の中ではこのMusicMan Axis-EXはやはり貴重な選択肢だ。

そのPeavey Wolfgang、そして現行のEVH Wolfgang。
今年、2015年の北米ツアーでEddie Van Halenが終始使用していた、クリームホワイトのレリック仕様のWolfgang、あのギターは、写真や動画で何度も見たが、はっきりいってかなりかっこよかった。

思うに、今のEddieは、自身のモデルWolfgangで、GibsonとFenderの融合を、かなり完璧に近い形で実現していると思う。
GibsonとFenderの融合、いいとこ取りなんて、本当は、できっこない、不可能な命題だ、そう思う。たとえばPRSだって、俺はいいとこ取りとは到底思えない。
でも、今のEddieは、それをかなり完璧に近いところまでやっているように見える、というか、少なくとも、出ているサウンドは、そのように聴こえる。
これはアンプもあるだろうし、もっと言えば、いろんな人が言っているように、エディ自身の手が作り出す音にやっぱり秘密があるのかもしれないけれど。

近年のEVH Wolfgangは、ハードテイルのモデルや、セットネックで、ほとんどレスポールに近いものとか、よりレスポール寄りのモデルも出しているけれど、
やはりそうはいっても、エディのプレイには、アーム、フロイドローズが必要だ。それは、そのフロイドローズのプレイとサウンドが、Van Halenの音楽には欠かせない要素、トレードマークになっているからだ。

だから、彼はどうしても、フロイドローズの付いたギターを使わなくてはいけない。
そりゃライヴの中で一部だけなら、アームのついていないレスポールタイプを使うことも出来るけれど、やはり全編を通しては、出来ない。ショウの大部分は、彼はアームをぐいんぐいん言わせて演奏しなくては、やはりVan Halenの音楽にはならない。

だけれど、どうだ。今年の北米ツアーの動画を見ると。
このクリームホワイトのWolfgangは、Fender系の武器のような、あるいは使い込まれた道具としてのハードなテイストと、Gibson系のヴィンテージ楽器の伝統的な香りとを兼ね備えているじゃないか。

そしてそのサウンドも、Fender系の歯切れの良さ、そしてダイナミックなフロイドローズのアーミングを可能にしつつも、Gibson系の音の太さと、きゅんきゅんという立体的な音の伸びを持っているじゃないか。そして、それでいてフロイドローズのヘヴィメタル的な金属的な重々しさも備えている。
なんなんだ、このあり得ないギターは。

2015年の今になって尚、Eddie Van Halenに驚かされているというのは、非常に意外であり、心外であり、正直びっくりだ。物事を追求するというのは、どういうことなのか、世界中の人々はEVHを見習った方がいい。というか、みんな何をやっていたんだ、ということになってしまう。

この、今のEVHが鳴らす、ありえないGibsonとFenderの理想の融合を見ていると、自分も同じギターを使って、同じサウンドを鳴らしてみたいとついつい思ってしまう。
(世界中のギタリストに、何十年以上にもわたってそう思わせるのがEVHの凄さなのだ。)

だが、自分は果たして、彼のようにかっこいいアーミングができるのか。
彼のような激しいハーモニクスを出せるのか。
彼のような分厚い倍音を作り出せるのか。
そしてその答はどれも、NOなのだ。

幸いにして俺のギタープレイのスタイルに、フロイドローズは必須でないことは既にわかっているのだ。むしろフロイドローズは、俺の本来のスタイルには不要であり、邪魔なものなのだ。
だからこそ、俺はFenderとGibsonの融合などという、不可能な命題に向き合わなくても、純粋に自分の求める「Gibson系」を求めていけばいい。そして、その答を俺はすでに手にしているではないか。そして、少なくとも俺の求めるその、とても言葉では説明できない要素を、実現できる技術力を持ったメーカーが、日本国内に少なくともひとつ、存在することがわかっているではないか。

ここを以て、俺はEVHに憧れた少年の日以来、ついにエディを追いかけるのではなくて、誰でもない自分自身の答を、エレクトリックギターというものの中に見つけたことを自覚するのだ。

めでたし。
ちゃんちゃん。

No(4590)

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