あけおめCBA録音ざっと振り返り

 

あけましておめでとうございます2024。
やっと新しい部屋での生活が始まった感がある。

あの火事の後、ここ数ヶ月間。
教会に滞在させていただき、イベントをこなしながら、また色々お手伝いしながら、レコーディングを進め、それが終わった今(録りの部分が終わり、ミックスはこれから)、ようやく新しい部屋での生活に軸足を置くことが出来る。これまでは、生活の準備をしながら、時々滞在する程度だったのだけれど。

 

2023年の年内に、Imari Tonesの新しいアルバム”Coming Back Alive”のレコーディングを全部終えることが出来たのは奇跡でした。
ミックスはこれからですが、録りはすべて完了した。色々なことがあったことを考えると、これは本当に本当に奇跡。
リリース、発表出来るのはいつになるかわかりませんが、とても感謝しています。

そんな幸せな気持ちで、感謝に満ちて、新しい部屋での生活を始めようとしている2024年の元旦です。

 

 

以下、思うままに書き連ねます。

 

 

レコーディングを振り返ってみよう。

 

まず、機材ということがあった。
どういうことかというと、”Nabeshima”アルバムの制作にあたり、2018年から2019年にかけて、結構機材を揃えていた。久しぶりに「自分のアンプ」なんていうものを所有したりした。マイクプリアンプなんかも見直した。オーバードライブも結構検証した。

機材を本気で揃えると言っても、結局、安物を選んで、安物がしっくりきてしまうのが、自分の特徴である。高いものを使っても、なんか自分に合わない。自分に合うものを探していくと、なんでか知らないが、それは安いもの、若しくは「そんなに高くないもの」だったりする。だから僕は世の中の市場原理というものを信じていない。

 

高いものが良いものだ、という考え方がある。You get what you pay forというやつだ。
もちろん全般的にそういった傾向は無くはないが、僕が見てきた現実は、特に音楽の機材や楽器について言えば、それは真実では無かった。
世間で評判が良く、高い値段がついているものは、あんまり実用的では無かった。人々があまり注目しないような、値段も結構安いものの中に、自分が本当に使えるものが多かった。

 

 

話が逸れた。

 

“Nabeshima”の制作に使ったギターアンプは、安価なものであるけれど、僕にとっては、ギタリスト人生の中で、いちばんしっくりくる、いちばん好きな、非常に好きなアンプだ。50Wの、気難しいブリティッシュ改造アンプがベースになってるやつである。マーケット的には、殆ど誰も注目しなかったモデルだと思う。僕は勝手に愛称を付けて”Imaria”と呼んでいる。

それと一緒に、2×12のキャビネットも手に入れていた。同じメーカーの安いやつだ。
でもそれは、あくまで「テスト用」に手に入れたものである。アパートの部屋で、まともに大きな音は出せない。最低限の音出しテストをするための用途に、キャビを手に入れたのだ。それに、ギターアンプのヘッドだけ買っておいて、キャビをセットで買わないという事には、やはりちょっと抵抗がある。(過去に、安物のヘッドを買い、セットで売られていたキャビを買わなかったことがあった。当時の状況を考えると仕方ないことだったが、今でもちょっと罪悪感がある。)(そのアンプは、2008年に録音した”Welcome To The School”で全編使われています。)

 

 

また、”Nabeshima”アルバムの完成後、ミュージックビデオの撮影用に、ベースアンプも手に入れていた。正確に言えば、ベースアンプのキャビだけ手に入れた。といっても、これまたHartkeの安いやつである。でも、正直言って、色々ベースアンプがある中で、Hartkeが一番お気に入りだ、という事も事実だ。前ベーシストのHassyもHartkeを気に入っていたし、MarieちゃんもHartkeが一番良いと言っている。(たぶん)

それは、2×10のちっちゃいやつだ。
“Passion”のMVに映っているやつだ。(ヘッドはギター用の20Wでダミーだ)

 

どっちにしても、それらのキャビネットが、アパートの部屋に置いてあったのだが、それらを、まともな音量で鳴らしてあげられないことを、ちゃんと使ってあげられないことを、残念に思っていた。

そして、いつか自分のスタジオ、とまではいかないまでも、ギターアンプを鳴らしてあげられる環境に移り住んで、この安物のキャビを鳴らし、自前の機材で作品を作っていってみたいものだ、という願いがあった。

 

それはつまり、”Nabeshima”アルバムの制作に、久しぶりにマイアンプを使ったとは言っても、持ち込んだのはヘッドだけであり、キャビはスタジオにあった普通のMarshallの4×12を使ったからだ。(中身は普通のG12T-75だと思う。だが、僕はこのスピーカーは、ぶっちゃけ非常に好きだ。)

そのありふれたノーマル仕様の4×12のMarshallのキャビに全然不満は無いのだが、(標準でありふれたものだからこそ、凄いものだと思う!!)、そうであったとしても、いつか自分のキャビで作品を作ってみたい、そして、日頃から自分のキャビを鳴らしてみたい、という思いがあった。

 

だって、2×12のキャビって、可愛くて、とても愛着が湧くじゃない。マイスタジオとか、自分の理想の環境を考えたときに、2×12のキャビって、案外自分の理想ではないかと、かねがね思っていたのだ。(まあ、どうしても4×12と比べると、低音が弱いっていうことはあるけど、それはそれで魅力)

 

それは安物のキャビであるから、定番のMarshallほど良くないのではないか、と思われるかもしれない。
ところがどっこい、たとえアパートの部屋で、会話するくらいの音量でしか鳴らしたことがなかったとしても、僕はインターネット上で手に入れたIR(インパルス・レスポンス)を通じて、このスピーカーが結構良いことを知っていた。たくさん手に入れたキャビ/スピーカーのIRの中でも、この「J社の安物のキャビ」は、お気に入りのひとつだったのである。

どちらかといえばモダンで、比較的フラットな鳴り方をするスピーカー。たぶんモダン過ぎる、素直過ぎる、レンジが広過ぎる、といった問題もあると思う。しかし、僕は結構そういう音が好きだったりする。

 

だからこそ、このキャビをがつーんと鳴らして、いつの日か作品を作ってみたい。そして、日頃からこのキャビを鳴らして練習してみたい。そんな生活がしてみたい。
そんなふうに夢見ていた。

そう、いつか歳を取ったら、老後はそんな環境で生活したい・・・
そしてささやかな作品を作ろう。

 

 

だが、その日は思わぬ形で、いきなりやってきてしまった。

 

誕生日に、僕は嫁さんとデートし、僕らが結婚する際に本籍地に設定していたとある場所へと行った。そこの近所に、何軒か素敵なお家が建っている。ああ、こんな大きな素敵なお家に住むような人生だったら、きっと良かったかなあ、なんて思った。こんな家に住んでいたら、たぶん、そこそこの音量だったら、家でギターアンプを鳴らして、録音することだって出来るに違いない。(うーん、実際は、それでも近所から苦情が来るかもしれない。でも、ヴォーカルはたぶん家で録れるじゃないか。日本の住環境で、アパートマンションなどの賃貸暮らしをしているインディバンドの人としては、家でヴォーカルが録音出来るっていうのは、ものすごく羨ましい。)

 

その翌日である。火事が起きたのは。

そして、その日の夜には、各所に助けを求めた結果、あの教会に導かれ、そこに滞在することになった。(させていただいた)

 

 

幸いにして、機材は、煤だらけにはなったものの、煤と熱を浴びて、いくつかのエフェクターは壊れたが、そして、一般の家財道具はほぼ煤と匂いで廃棄せざるを得なかったが、楽器と機材は、なんとか助け出した。煤で真っ黒、そしてひどい匂い。有害だから、捨てた方がいいというアドバイスも何度か頂いた。でも、大事な楽器と機材だからあきらめたくなかった。

 

教会の大きな建物の中だったからこそ、それは可能だったと言える。
一般家庭だったら、あきらめざるを得なかっただろう。
それくらい、ひどい匂いだったから。

風通しの良い倉庫に置いておいて、少しずつ掃除をする。掃除というのか、必死で煤を落とす作業だ。業者に頼んでも良かったのかもしれないが、こういった火事の被害にあった物は、楽器であれ家具であれ、扱いが難しく、引き受けてもらえないという話も聞いた。どっちにしろ、僕は時間をかけて、自分の手できれいにすることを選んだ。

 

そして、3ヶ月も経つ頃には、アンプも、ギターも、それほど匂いは気にならなくなった。夏だったから、倉庫の部屋で、窓を開けっ放しにしていられたのも幸いだったかもしれない。

(僕らは結構馬鹿正直なので、これらのギターおよびアンプは、火災保険にも申告しなかったでござるよ。せめてリペア代とか、うまくやればお金がもらえたかもしれないが、大切な楽器であるから、気持ちの上でも、共に生きていたかったのでござる。)

 

 

経緯はどうあれ。

あれほど、鳴らしてあげられないことを悔しく思っていた、アンプ、キャビネット。
2×12のキャビ、1×12のコンボアンプ、2×10のベースアンプ。(結局、教会でイベントやるために、Hartkeのいちばん安いヘッドも手に入れたのだ。)

どれも、教会の礼拝堂で鳴らせるようになり、自分たちだけでなく、賛美に、イベントに、リハーサルに、遊びに来た子供達に、いろんな人に鳴らしてもらえるようになった。
(そして、ライブでも何度も使った)

そして、教会ではエレドラになるが、全部自前の機材でバンド練習なんてことも可能になった。

で、もって、自分のヘッド、自分のキャビで、今回ついにレコーディングが出来ることになったのだ。
(老後の夢が、夢見ていた理想が、いきなり現実になった)

 

それでも、近所迷惑の心配があるから、全開の爆音というわけではない。でも、最低限、レコーディングするには十分な音量は出せた。

(箱鳴りするかしないか、といった辺りだ。それが良かったか悪かったかは、仕上がってみないと判断出来ない。礼拝堂は結構広いということもあって、また今回そこまで歪ませていないこともあって、演奏後のフィードバックは、今回あまり起きなかった。ギターソロなんかは、その方が弾きやすかったかもしれない。)

 

そして、やはりこの「安物のキャビ」は良いものだった。自分には合っているし、まったく不満は無い。というか、全然理想的な音が出ている。

とっても幸せだ!!(笑)

やはりキャビもスピーカーも鳴らし込むことが必要なので、今ではたぶん、もっと良い音が出る。
次にレコーディングする機会があれば、もう少し大きな音で鳴らしてみようかな(😅)

 

 

 

で、振り返りである。

教会という環境を与えていただいたのだから、そこで十分に時間をかけて、また自前の機材で、納得のいく音が作れたのではないか、と思われるかもしれない。

もちろん、それは事実だ。

 

だけど、時間の制約で、結構急いだ面があるのも事実だ。

どうしても、2023年の年内に、レコーディングを終えたかった。そうでないと、2024年のバンド活動の計画を、前に進められないからだ。

結果、前にも書いた通り、2023年12月22日をもって、すべての「録り」を終えることが出来た。ミックスはこれからゆっくり、順次行うのであるが、それはどちらかといえば「デスクワーク」なので、「肉体労働」である「録り」の部分が終わっていれば、後はどうにでもなるのである。

 

だから、結構急いだ。

 

特にドラムのレコーディングは、Shinryu師範が7月に単独でアメリカに行った(Funky Sunday Partyとのツアー)関係もあり、スケジュール的な問題で、結構急いでやらざるを得なかった。(結果的に、6月と8月に分けて録音した。)

ドラムに関しては、さすがに生ドラムを教会で鳴らせないので、これだけは某所のリハスタを使って録音したのであるが。

 

2023年の夏も異常と言える猛暑であったから、せめて夏の暑い盛りでなく、9月に録音を行っていれば、あるいは演奏面でももっと良いものになった可能性はある。準備の期間をもっと取って、9月に録音していれば、さらにクオリティは上がったかもしれない。

だが、それでは、2023年の年内にすべての録音を終えることは不可能だっただろう。
(そして実際は、8月後半に行った大阪のライブ、それまでにドラムの録音を終える必要があった。そういったバンド活動のスケジュールの都合もあり、結構駆け足の録音だったのだ。)

 

とはいえ、僕らは完璧を求めるバンドではない。
そもそも、いまどき、ドラムトラックなんてものは、ドラム音源、サンプル、リプレイス、詳細なタイミング修正など、人間の叩く生のドラムなんてものは、普通は使われない。

なのに、わざわざ、人間が実際に叩いたドラムを、マイク立てて普通に録音する、っていうのは、完璧を求めているのではなくて、そこに人間らしさを表現したいだけなのだ。

最低限の編集作業は、ミックスの過程で行うし、(といっても、コンピング程度で、タイミング修正すらしないかもしれないが)、全体のアンサンブルの中で、たぶん問題は無いはずだ。

 

それに、サウンドは良い。と思う。
“Nabeshima”の時も生々しいドラムサウンドとなり、それは結構好評だった。今回も、それに負けないドラムサウンドが作れるはずだ。(それ以上、と言いたい)

 

ベースに関しては、たぶん大丈夫だ。
ベースって、アンサンブルの中では、特に、録音のミックスの中では、色んなことがあるのだけれど、僕らは、僕らなりの考え方と立ち位置でやっている。

 

エレクトリックギター。
サウンドの選択と、最低限の練習には時間をある程度かけたけれど、実際のレコーディングは5日間しかかけていない。その中で、一曲だけ、気に入らなくて二回目を録りなおした曲があるが、その他は一発でオーケーになっている。

マイキングは上手くいったと思う。キャビも良い音で鳴ってくれた。
ギターおよび、ペダル(オーバードライブ)の選択については、かなり試行錯誤した。これはまた別のトピックであるから、また、非常に長くなるから、今日は触れない。

おおむね納得の行く結果になったはずだ。
一部の曲で、まだ不安なものもある。ミックスしてみなければわからない部分がある。
だが、もし、一部の曲でミックスしてみて不満があったとすれば、またいつでも録り直すことが出来る。その環境があるというだけで、随分と気持ちが楽だ。

(ちなみに、もし録り直すのであれば、あるいは曲によっては、キャビを鳴らすのではなくて、ロードボックス経由で録音し、IRを使う手法を選択するかもしれない。その方が良い結果となる曲があるのはわかっているのだが、やはりひとまず、実際にキャビを鳴らし、マイクを立てて録るのが基本であるから、今回ひとまず、すべての曲をマイク録りしたのだ。)

 

 

ヴォーカルに関しては、かなり頑張った。
今回は、わりとキャッチーな内容、ポップと言っていいのか、いかにもメロディ重視の80年代的なハードロックの内容であるので、なんだかんだ言って、ヴォーカルが一番大事だ、ということは事前に理解していた。

 

8月に、これもバンドで大阪遠征に行く前に、大急ぎで、一度「仮歌」を録音した。
それは、まずは歌詞やメロディも含めて、いっぺん形にしてみる、という、いわゆるプリプロとしての作業だった。

だが、その時の歌唱が、結構調子が良かったのである。教会の中に、結構音が良い感じに響く部屋があって、そこはいかにも、クワイヤーとかやってくれと言わんばかりの天井が高く、素敵な照明と大きな出窓(?)のある部屋であるが、そのライブな環境が、僕はとっても歌いやすかったのだ。(一般にスタジオ、特に日本のスタジオは、音をデッドにすることが多いが、僕はデッドな部屋では歌いにくい。)

夏の暑い盛りで、火事の後に、命が助かって、教会にご厄介になって、感謝の気持ちでいっぱいであったので、なんか気持ち的にも前向きで、とても元気のいい歌唱だったのだ。仮歌ということで、それらの曲を初めて歌ったので、新鮮な気持ちでやれたのも良かったのかもしれない。

もちろん仮歌であるから、時間をかけずに、ラフにぱっと歌ったものである。だから、使えない部分も多々あるのだが、生き生きしたテイクに関しては、これは本番でも使えるかも、と思う箇所がいくつかあった。

 

そして、実際に、リードヴォーカルは11月後半から12月前半にかけて録音したのだが、やっぱり8月に歌った「仮歌のテイク」を越えられない箇所がたくさんあった。

11月末、12月上旬に歌った時に、決して調子が悪かったわけでは無いのだけれど、色々あって、かなり苦労しながら歌ったのも事実だ。

 

また、バックグラウンドヴォーカルについては、年内に終わらせるというプレッシャーもあり、また日々時間との戦いであり、体力気力ともにすでに結構つらかったので、ざっくりやって、なんとか終わらせたという感じだ。

 

でも、ヴォーカルについても、もし本当に気に入らない箇所があれば、これもいつでも教会に戻り、録り直すことは出来る。

そう思っていれば、安心してミックスに取り組むことが出来る。

 

とはいえ、8月の仮歌のテイクと、11月12月に歌ったものと、一応2回ぶんのセッションの素材があるのだから、なんとかなるはずである。

 

いわゆるピッチ修正というのは、僕は基本的にしない。すればいいじゃん、とも思うが、ピッチ修正のプラグインを、僕はずっと所有していなかった。今は、Plugin Allianceのbx_crispytunerがあるが、メインのパソコンでは古くて動いてくれないので、嫁さんのパソコンで動かす必要がある。面倒なので、たぶん使わない。

 

しかし、今回も一曲だけ、嫁さんの「歌」をバックコーラスに使った曲があり、そこだけは、恒例だが、ピッチ修正をしなければならない。嫁さんの歌は、残念ながらピッチが非常に不安定だからだ。ピッチだけでなく、発声も不安定だ。なんなら発音も不安定だ。もっと言えば日本語の発音やイントネーションすら怪しいくらいだ。

 

嫁さんの声(若しくは歌)をImari Tonesの作品で、使った曲は、今までにも何度かあるけれど、毎回その使い方には苦労している。

たとえば、昨年ようやく発表した、サイドプロジェクト”Dakeno Kakari”の楽曲”Hypothesis”の中で、サビの部分、およびエンディングのあたりで、Marieの声を使っているが、これもかなりきつくピッチ修正されている。

 

もっと言えば、同じくサイドプロジェクト”Dakeno Kakari”の楽曲”Magic Now”でも、Marieの声を多用しているけれど、完全に加工されたロボットボイスみたいになっている。これは、そうでもしないと使えなかったからだ。

 

でも、”Dakeno Kakari”では、Marieの声に関しては、そういった加工しまくった方向性で使おうと思っている。女声ヴォーカルについて、いわゆる、よくあるオシャレ系ジャンルのウィスパーボイスとは違ったものにしたい、という思いがあるのだ。

 

また話が逸れた。

 

アコースティックギターについては、4曲で使用したのかな。
当初はアコギを使う予定はなかったけど、ソフトな曲を中心に、やっぱりアコギを加えてみようと思って、録ってみたら、結果が良かった。とても良い音で録れた。

愛用のHeadwayのドレッドノート、2012年のモデルなんだけど、これは僕は2014年に入手して使い始めて、Imari Tonesの作品では”Jesus Wind”以降のアコギは全部このギターなんだけど。
何年も使って、いよいよ良い音になってきた感がある。

 

なんだかんだ、かなり色々使ってる。
このアコギに関しても、特別な思い入れを別途ブログ記事として書きたいくらいだ。
でも、こうしてこの教会にお世話になるようになって、このHeadwayのアコギも活躍の場を与えられた。毎週と言っていいほど、礼拝の時の賛美の伴奏に使ったから。それはとても嬉しいことだったし、礼拝で自分のアコギを使ってもらえるなんて、なんというかとても嬉しい。そのせいで鳴りも良くなったんじゃないかな。(気のせいかも)

 

たとえば、僕は永遠にVan Halenの大ファンだから、いつもこういうことを言うけれど、Van Halenにおいて、Eddie Van Halenは、キーボードの曲を結構書いていて、ソングライターとして、キーボードを使ってサウンドの変化、バリエーションと表現の幅を得ていたと思う。

僕は、若い頃こそ、ピアノで曲を書くことも結構あったけど。(それは実家にピアノがあったからだ)
それ以降は、キーボードで曲を書くことは稀だった。
でもそのかわり、アコースティックギターを使うことで、同じようなサウンドのバリエーションや、ソフトな曲といった表現の幅を出すことが出来ているかもしれない。(わかんないけど)
そういった意味でも、自分に合った、お気に入りの楽器と出会えたのはやはり素晴らしいことだった。
このHeadwayは、音が素直できれいで、どちらかといえば素直で繊細な音であり、細い弦を張っていることもあって、一般的なアコギの音とは、少し違うかもしれない。でも、僕の音楽表現にはばっちりと合う。この楽器も、実用性は度外視して、老後のためにと思って手に入れたものだけど、なんだかんだ、役に立っているね。
(ちなみにアコギは、ちゃんとハードケースに入っていたから、火事の煤や熱による被害はほとんど無かった。)

 

 

カウベルを最後にレコーディングしたんだけど。
More cowbell!!!って言いながら(笑)

 

今までにもカウベルを使うことはたまにあったし、でもそれは、リハスタでレンタルしたものだった。

今回サウンドハウス見たら、カウベル、二千円くらいで売ってるので、買った方が早いと思って。
そんで、自分で買って叩いてみたら、カウベル、面白い。難しい。そして奥が深い。

カウベルは、効果的にうまく使うと、楽曲のインパクトを倍増する強力なものになる。でも、使い方を間違えると大惨事になる。

そして、カウベルって、録音するのが結構難しい、っていうのは、これまでの経験でもわかっていた。

 

今回、色々やってみて。
それらの素材を、使うかもしれないし、使わないかもしれない。

また、せっかく二千円出してカウベル買って録ってみたけれど、案外とミックスの際には、それを使わずに、どこかで手に入れたサンプルを使って済ませる可能性もある(笑)

でも、だとしても、すごく楽しかった。
楽曲をぶちこわさないように、控えめに、最低限に使ってミックスしたいと思っています。

 

 

機材。
録音機材。

マイクプリについては、また別途お話したい。(機会があれば)
ただ、テーマとしては、80年代的なアナログという辺りを狙ったし、その狙いは達成出来ていると思う。古いものだし、S/N比も悪かったし、色々動作の不調もあって苦労したけどね。

 

マイクについては、メインで使ったのは、やっぱりまたもCADのE300sだった。

これは、その昔、まだImari Tonesがクリスチャンバンドとか言い出す前の時代に、1990年代製の、今となっては貴重なアメリカ製オリジナルのCAD Equitek E300を使っていた。あれは、本当に良いものだった。ただ、今の僕からすると、ちょっと音が乾いていてアメリカンテイストが強過ぎる。

で、その後、ずっとスタジオでレンタルしたRODEとかで適当に録ってたんだけど、
“Jesus Wind”の録音から、モデルチェンジしたE300sを使うようになった。これは、価格もぐっと安くなり、メイドインチャイナになっていた。そのせいか、昔のE300と比べると、それほどアメリカンテイストが強くない。これが、今の僕にはちょうどいい。

 

他のマイクと比べると、音が明るくて、トランジエントに対する反応がものすごく良い。
これは、人によって、トランジエントを拾う、というのが、良いという人もいるし、良くない、という人もいる。

ただ、どうにも世間の様子を見ていると、世の中には、トランジエントを拾わない機材の方が、高級で良いものだとされている傾向があるように感じている。

だから、あるいは僕は少数派かもしれない。
でも、僕の音楽表現には、この「トランジエントを繊細に拾ってくれる」ということが、すごく重要なんだ。

だから、他に色々なマイクはあるけれど、やっぱり本気で作品を作るとなると、このマイクを選んでしまう。

(だからこそ、サイドプロジェクトの”Dakeno Kakari”では、違うマイクを使って違う世界観を出そうと狙っています。)

 

そしてコンデンサーはほとんどそれを使い、エレクトリックギターのオフマイクには、もうひとつ、別のコンデンサーマイクを立てているけれど、それは秘密だ。でも、これは逆にトランジエントをあまり拾わない、古くさい音のマイクを使っている。

(マイク類もちゃんと密封した状態で保管してあったので、火事の被害は受けなかった。細かい事だが、保管の仕方って大事かも。)

 

そしてダイナミックマイク。
これが今回、変化があって、定番のSM57の代わりに、これまたCAD社のD89っていうマイクをメインで使用した。

僕は、自分ではSM57は2本所有していて、ひとつは1999年頃に買ったもの、もうひとつは2003年くらいに買ったもので、どちらも古いものだ。いわゆる、最初に買ったマイクを、今でも使っている、という状態だ。そして、この1999年に買ったSM57は、ほとんどすべての作品で、僕はギター録音に使っている。初期の作品では主にギターソロに使い、そしてクリスチャンバンドになってからは、リズム、リード共にギター録音に毎回必ず使用されている。

でも今回、初めて、このSM57を使わなかった!!
(いや、そういえばドラム録音の際にタムに立てたけどね)

スネアと、ギターの録音に、このCAD D89を使ったのだ。

 

これは、SM57の良いところをそのままに、音を明るくした、という感じのマイクだ。

用途はSM57と同じ感じで使えて、だけど、もっと音がオープン。モダンなマイクだから出力もある。で、やっぱりトランジエントをよく拾う。
だけど、音の密度とか、ミッドレンジのなめらかさとか、SM57の良いところはちゃんと引き継いでいる。

最初は、音が軽過ぎるかな、と思ったんだけど、実際にレコーディングに使ってみたら、結果は良かった。

良い買い物だった。そして、安い買い物だった。(投げ売り価格)
手に入れたのは一昨年のことだったけど、火事で燃えなくてよかったです。

それが、新機軸と言えば新機軸かな〜。

 

長々と、どうでもいいことを書きました。

レコーディングも終わったし、今年は、ブログをたくさん書きたいと思っています。
どうでもいいこと、思ったこと、昔のことや未来のこと、たくさん書きたい。
こういう機材トークみたいなのは、単なる気まぐれで、読む人は少ないかもしれないが(苦笑)

ブログ記事だけでなく、YouTube、ソーシャルメディア、ポッドキャスト(?)、とにかくなんでも、どんどん発信していきたい。
思うところあり、そういった方針で考えているのです。

 

ありがとうございます。
新しい年、2024年が、皆さんにとって祝福された幸せな年になりますように!

In Jesus’ name.

(Tone)

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