「鍋島」の制作にあたってのマイクプリアンプを考えるところから始まったこの一連の考察も、出来ればこれで最後にしたいのだけれど、
なぜって後は実際にさわって現物を試してみないとわからないから。
Malcolm Toftという人物の経歴を見ていたらとても面白くて魅了されてしまったところから、
Tridentコンソールの歴史なんてものも少しだけ見てみたわけだけれども。
Tridentコンソールについて見る時に、
最初に70年代にA-rangeなるものが作られた。
これは、いわゆるヴィンテージと言われるもののひとつであることは間違いないらしく、
前の投稿でリンクを掲載しておいたインタビューにもあるような経緯から考えると、基本的にはNeve等のコンソールをお手本として作られたんじゃないかという想像は出来る。
もともと、Toft氏にせよ、一緒にコンソールを制作したBarry Porter氏にせよ、コンソールメーカー、オーディオ機器メーカーの人では無かったわけだから。
ただ、EQについては、エンジニア視点から改良を加えていった結果、伝説的なものが出来上がったのだと想像できる。
Trident A-Rangeっていうのは、ヘッドアンプというのか、マイクプリアンプもオールディスクリートであるので、そういったヴィンテージサウンドを求める向きからは、後の80シリーズよりも、当然ながら評価が高い。
そして、たぶんNeveとかをお手本にしたのだろうと推測は出来るが、そういったヴィンテージなコンソールの中でも、最高のものである、というくらいの評価をされているみたい。知らんけど。初期Queenを聴けば、確かにそのサウンドの凄まじさは。
で、A-Rangeにせよ、その小規模なバージョンだかモジュールだか、のB-Rangeにせよ、数は少ないらしいのだけれど、
でもって、世間一般に普及したのは80年代になってからの80シリーズ、っていうのは歴史的な事実らしいのだけれど。
でもって、僕が面白いと思って興味を惹かれたのは、ヴィンテージなA-rangeよりもむしろこの普及版とも言える80シリーズ、80Bってやつなのだろうと思う。
オールディスクリートではなく、ICベースになったマイクプリアンプ部分など、必ずしも評価の別れる部分もある80Bというコンソールだけれど、とにかくたくさん普及していたらしくて。
前回の投稿で、80年代のニューウェイヴやパンク、ブリットポップ的な音なのだろうか、という印象を書いたが、
もう少し調べてみると、ハードロックにもやはり、たくさん使われている。
インターネット上にある情報がどれだけ正しいかはぜんぜんわからないが、たとえばGunsn’Rosesの1stであるとか、あとは、これはジャンルはヒップホップになるが、N.W.Aのこれも伝説的な1stであるところのStraight Outta ComptonなんかもTrident 80で制作された、とか、ちょっと確証はないが、どっかに書いてあった。> いや、これはよく見るとSeries 70、ですね。動画がありました。
なんか、Oasisもそうだが、どうにも、「伝説的なファースト」を録るのに使われることが多いようで、それは、NeveやSSLなどのハイエンドな卓と比較して、比較的ミドルクラスのスタジオで使われることが多く、若いバンドにとって登竜門的な作品を作る時に、そこにTrident 80シリーズが置いてあることが多かったということかと思う。そして、それだけたくさん普及していた、ということでもある。
だが、やっぱり、それだけではないようにも思う。
実のところハードロックに向いているサウンドである、という意見も見た。
それは、「ロックギターにとっては80BのEQは神のギフト」と言われるEQ部分もそうだが、トランジエントのスピードの速さにあるらしい。
知らん。知ったようなことは言えない。エンジニアでも音響技術者でもなんでもないから、私は。
だが、オールディスクリートであるA-rangeの入力部分と比べて、ICを使用している80Bの入力部分の方が、ハードなギター、ハードロック等のギターを録る際に、トランジエントを正確に拾うことが出来る、という意見があるようだ。
トランジエントというのは、たぶん、ギターサウンドのアタックの部分、という意味合いかと思われる。
で、このことを鑑みると、この前も引き合いに出したが、故Dimebag Darrelが真空管よりもソリッドステートのアンプを好んだ、という理由と、ちょっと似ている。
とはいっても、僕はアンプは真空管の方が断然良いけれど。でも、表現が自由になる、という意味では、よくわかるのだ。
そして、この事は、”Jesus Wind”の制作でギターサウンドを作った経験からも、自分自身、体感的によくわかることである。
トランジエント、アタック部分、そんで、ヘヴィメタルのギターで言えば、「エッジ」の部分を正確に拾ってくれること、ということかと思う。
公開するかどうかはわからない音源だが、「鍋島デモ」を作る際に、あくまでデモであるからして、ギターにはbrainworx社のギターアンプシミュレーターのプラグイン(bx_rockrack旧バージョンとか、ENGLのやつとか)を使ったのだが、
贅沢なことに、そのマイク、マイクプリの部分(のインパルスレスポンス)は、Neve VXSを再現しているという。
だが、音は確かにチープだが、表現力と実用性は結構あなどれなかったIK Multimedia Amplitube(僕が使っていたのは3)と比較しても、brainworxのシミュレーターは音が重く、狙った表現に辿り着くまでに、ずいぶんとEQ処理をしなければならなかった。
もちろん、Amplitubeと比較して、その音はずいぶん本格的であり、濃ゆい音であり、素晴らしく重みのある音であったが、自分のギタープレイの狙い通りの音からすると、必ずしも近い位置にあるとは言えなかった。(逆に言えば、Amplitubeは、音はちょっとチープで派手かもしれないが、何もせんでも、最初っから「完成品」の音が出てくれるツールだとも言える。)
そして、バッキングはともかくとして、ギターソロ、リードプレイの部分に関しては、狙っていた本来の表現、サウンドに、辿り着けなかった。辿り着けなかったが、デモだから良しとしたのだが、本来の表現はついに出来なかった。
これはリードプレイの中で、トランジエント、アタックの部分の表現力なのだと、言われてみると確かにその通りだと思う。
もちろん、アナログの実機ではなく、プラグインであるので、アタックが遅い、反応が悪いのは、そのせいではないか、と考えることも出来るが、少なくとも、Amplitubeはこの点においてはもう少しマシだった。それは事実である。
もし、ヴィンテージ系の機材を使ってみて、そのように表現が制約されてしまうようなことがあるのであれば、ちょっと注意しなければいけないかもしれない。
わからんけどね。
折を見てXieさんとこのVintechで色々試して実験してみたいとは思っている。
では、そう思って、Gunsのファーストの、ひりひりするようなギターサウンドを、もう一度聴いてみなよ。(まぁ、トラッキングの時点で何のプリアンプを使ってるか、とか、わかったもんじゃないけれど、ね。)
Guns and Roses(ハードロック)の伝説的なファーストと、Oasis(UKロック)の伝説的なファーストと、N.W.A.(ヒップホップ)の伝説的なファーストが、そのコンソールで作られた、というのだから、決して悪いものではなかったはずだ。
Trident A-rangeは伝説の機材であり、真のヴィンテージではあるが、たぶんNeve等の他のクラシックに負うところは大きいはずで、
Malcolm Toftさんが、独自性を打ち出して、自分の作品として世に出したのは、おそらくは80Bの方であっただろうと、僕は思っている。
とはいえ、Trident A-Rangeが使われたレコードをリストアップしていくならば、80B以上にロックの歴史、伝説的なものになる。
Queen、David Bowie、Rush(80年代全盛期のLe Studio)、Michael Jackson (Off The Wall)、などなど、よくわからないが。
そう思ってあらためて80年代のRushの名盤なんか聴いてみると、すげえサウンドだ。
ちなみに、Trident A-Rangeの音が欲しければ、Dakingなどを始めとして、クローンもののアウトボードはいろいろあるみたいだ。Dakingとか、ちょっと見たらすごく安かったので、ちょっと欲しくなる、気もする。だから、中古で手に入れることを考えると、ここにも書きたくないくらいだが、書いておく。
80Bっぽい音が欲しければ、それは、ほら、色々と。
僕だって別に、そのまんま80Bが欲しいわけじゃないし、実機のコンソールが欲しい訳じゃあない。
しょせんは自分のITBの貧乏録音環境で、次の1手、次の一歩、に、何が良いのか、思案しているだけのことである。
そして、自分の音に対して、音の面でも、霊の面でも、人の面でも、裏付けみたいなものが欲しいだけである。
こだわり、なんていう言葉にも満たないことだと思う。
どちらかというと、いかにこだわらないでやるか、って感じで作ってきたのだから。