「鍋島」の制作に向かう、とはいってもその予定すら立っていないが、にあたっての、音作り、というか、有り体に言えば貧乏録音にあたってのマイクプリアンプの選定について考えているうちに、
いろいろ見ている中で、なんだかすっかり、僕はこのMalcolm Toftという人のファンになってしまった。
このインタビューなんかとても面白いと思う。
https://tapeop.com/interviews/26/malcolm-toft/
コンソール、ミキシングコンソール、アナログコンソール、「卓」とでも言うのか、
コンソールというのは「思想」であり「世界観」である、と日記に書いたことがあるが。
そして、過去の偉大なコンソールというものは、録音という技術の黎明であるアナログ時代にあって、「音」「音楽」などという人間にはつかみきれるはずもない得体の知れない芸術、概念、に向き合うための、ひとつの思想であり、また方向性を指し示してくれた。
デジタル録音の時代になり、その「思想」は、より自由なものとなり、またより幅広い、選択肢の広いもの、また、より個人的なもの、根も葉もない言い方をすれば、玉石混交、なんでもあり、の時代となったが、
それらの過去の偉大な思想が、すべての基本であり、おおもとになっていることに変わりはない。
それは、それらのヴィンテージとも言えるアナログ機器や、それらを模したものが、現在でも重宝されていることを見れば一目瞭然だ。
だが、そんな「偉大」な音の思想に触れるにつけ、まぁ、触れるつっても僕は実際にそれらの機器をさわったことなんてほとんど無いわけだが、リスナー視点、バンドマン視点での経験則でしかないのだが、一応、触れるにつけ、「本当にそれでいいのかな」という思いがあった。それは、最初っからそうだ。
本当の意味での「記録」ということ。本当の意味での、レトロ、ということ、ヴィンテージ、ということ、僕の個人の人生の実際の範囲においては、それは違うんじゃないかな、もっと自由でいいんじゃないかな、という思いが、たぶん録音制作で音楽に取り組み始めた、最初の頃から、僕は持っていた。
で、そんな中で、このMalcolm Toftという人の示す(示しているかどうかは知らないが、その仕事っぷりを知る中で)「思想」というものは、なんだかそんなもやもやとした霧の中に、一条の光を指し示すものに思えた。
なんだかMalcolm Toft氏の「思想」は、なんというのか、厳めしい、権威がかったものではなくて、もっとフレンドリーな、わかりやすいもののように思えたから。
それは、オーディオ理論とか、技術とかではなくて、もっと音楽を作る者の視点から。音楽を作る者にとって、さっと、道を示してくれるものに思えたからだ。
それは、Malcolm Toftさんが、電気技師ではなく、もともと録音エンジニアの出身であることにきっと関係しているだろう。
別にここで僕が説明せずとも、Trident Studio、Malcolm Toftさん、そしてTridentコンソールの歴史と伝説は凄いお話である。
Toft氏の経歴は、ブリティッシュロックの伝説そのものであって、The Beatlesの録音(Hey Judeのこと)も手がけていれば、初期のT-Rex、David Bowie、Elton Johnなどなど。そしてTrident Studioと言えば初期Queen。Trident A-rangeというやつだと思う。
けれども、Toft氏の代表作と言えば、間違いなくTrident 80Bというやつになるのだと思う。いろいろ読む限りではそうみたい。
80Bというのは、80年代に向けた音ということで、この80シリーズは1979年に作られ始まったシリーズだそうだが、
良い意味でも悪い意味でも、僕の中のイメージでは、このTrident 80Bの音は、80年代のブリティッシュのニューウェイヴの音みたいに聞こえる。
適度にハイファイだが、悪い意味で言えば奥行きのない硬い音と言うことも出来る。間違っているかもしれない。
だが、その機能性、性能としては、間違いのないものであるわけだ。
でもって、それが、ひとつのBritishサウンドの類型のひとつであることも、また間違いがない。
僕は素人であるから、このTrident 80Bというコンソールの設計や機能について語るのはよしておこう。それは、ぜんぜんわからないから、語れないからである。(もっとも評価されているのは、その特徴的なEQの音らしい。いわゆるBritish EQサウンドというものの、ひとつの典型であるようだ。)
けれども、調べている中で、こんなスタジオのウェブサイトを見つけた。
イギリスのはしっこの、まさにど田舎のスタジオである。
ド田舎、ドドド田舎、ドドドドド田舎である。
ゴゴゴゴ、という音が聞こえてきそうなほどだ。
だが、このスタジオにやはり、Trident 80Bが鎮座し、何枚ものロックの名盤を作り出してきたようだ。
もちろん、Trident 80Bなんてコンソールは、80年代にはとてもポピュラーであったらしいので、数々の作品に使われているに違いないのだが、
とりあえずわかりやすい例としてこのスタジオのディスコグラフィーを見れば、なんというかいかにも90年代のブリットポップ辺りを聴いて来た人間としては、おなじみの作品ばかりである。(XTCのPsonic Psunspotがあるのが嬉しいところだ!!)
Equipment Listを見ていると、JoeMeekもそうだが、TLAudioなんて置いているあたりも、いかにも当時のブリットポップっぽい。(当時、BlurのデーモンがTLaudioの機器を自宅スタジオで愛用していたという話を覚えている。)
どちらにしても、典型的なメジャースタジオとはちょっと違う機器の揃え方である。
誤解を恐れずに言えば、そしてToft氏のインタビューの言葉を信じるのであれば、Tridentコンソールは、最初っから「ロックンロールを録るために」作られた機器である。
だからこそ、音の方向性や、良し悪しは賛否あれど、なんか「アティテュード」を感じる。なんかちょっとした反骨みたいなものを感じるのだ。それは、わかりやすい例を挙げれば、Oasisの1stの音みたいなものかもしれない。
やはりどちらかといえば「British」で「パンク」で「New Wave」な音と相性が良いのだろうか。
おそらくはヘヴィメタルの文脈で、このTridentの音を語る人はあまりいないのかもしれないが、これは、僕のこれまでの音楽的な選択を鑑みれば、むしろいつものことであり、らしい選択、と言えるだろう。何であれ、微妙な、中途半端な立ち位置で、ギャップの橋渡しをしたいと願う人間だ。かっこよく言えば、壁を壊すという言い方もあるけれど。
もうひとつ有名な例であるが、Radioheadがかの”OK Computer”を作るにあたり、自らのスタジオのコンソールとして選択した卓が、やはりこの80Bの、Toft氏による90年代の復刻版であるところの980っていうやつらしい。MTA-980っていうものだろうか。
Radioheadの音楽は、僕はそれほど好きではないが、彼らがこのコンソールを選んだ理由はよくわかる気がする。
それは、安かったから。。。。じゃないだろうけれど。
だって、レコード会社所有の、とか、メジャースタジオだったら、何千万、何億するようなSSLを設置するだろうが、いかにレディオヘッドとはいえ、いちバンドが所有するなら、やはりもっと安いものを選ぶだろう。
ということではなくて、やはり音の面と、創作の面で、Malcolm Toft氏のTrident系の卓を選んだ理由は、なんだかわかる気がするのだ。
さて、貧乏録音をしてきた僕が、人生の中で何度かお世話になってきたところのJoeMeekの安いやつであるが、
Ted Fletcher時代のオールドのJoeMeekが、やはりそれでも手作り感満載ならではのクセや、テキトーな品質、によって、決して良い評判ばかりではなかったように、
PMI Audio傘下に入ってからも、安かろう悪かろうのイメージによって、やはり良い評判ばかりではない、ということは、先日の日記にも書いたが、
このTed Fletcherという人も、非常に興味深い人物ではあるのだが、
Malcolm Toftの側から見ていけば、
PMI Audio時代のJoemeek製品は、ある意味、Fletcher氏とToft氏の共作とも言える立ち位置にあると思える。
もちろん、そこにはAllan Bradfordや、Alan Hyattなんていう人物の名前も挙がってくるとは思う。
Allan Bradfordという人物については、僕はよく知らないが、Toft氏が引退する前に最後にかかわっていたと思われるArk Consoleのレビューでも名前が出てくるから、かなり長い期間にわたって、Toft氏と一緒を仕事をしてきた人なのだろうと推測できる。
(参考 https://www.soundonsound.com/news/interphase-audio-launch-ark-console )
その立ち位置のおもしろさ、成り行きが生み出した製品が、PMI傘下時代のJoemeekの面白いところであるとも思う。
そして、PMI Audio傘下のいくつかのブランドから、Malcolm Toft氏が、自身の作品をいくつも世に送り出したのは事実だ。その中には、正統なTridentブランドの復刻版も含まれる。そして、上記のOcean AudioとかArk Consoleとかは、PMIから離れてからのプロジェクトなのかな。そして、どちらにしてもそれらを最後に、Malcolm氏はプロオーディオ業界のビジネスから引退してしまった。
さて、そんなわけで、Rupert Neve氏のような著名な人物を崇拝するのは簡単であるけれども、
ひとつToo Obviousなものを避ける傾向がある僕としては、なんだかこのMalcolm Toftさんに惹かれてしまった次第である。
後は察して、自分で調べて、という感じだが。
やっぱり、Hamer GuitarsやJol Dantzigの話とおんなじような歴史の成り行きを感じる。ロックンロールの黎明期、そして黄金時代が生み出した反逆児の一人、というのか。
でもって、ここが、貧乏バンドマンのお話であるが、
つまり、Rupert Neve氏の最高傑作を手に入れようとすれば、それは、かなりお金が必要だと思われる。
もちろんクローンは世の中にあふれているが、また、コピーではないNeve氏の本物を手に入れようとすれば、やっぱりかなり値段がすると思われる。
だが、Malcolm Toft氏の場合は、悲しいかな、たぶんもっと安い。
Toft氏の作品は、その最高傑作であれ、本物であれ、Neve氏よりは、たぶんはるかに値段が安い。
いろいろな理由があるだろうが、理由のひとつとして、Trident 80シリーズ以降の氏の作品は、前の日記でも書いたようにICベース、オペアンプベースのものが多かったがゆえに、値段も安ければ、また、どれもわりと、作品としては似たり寄ったりだったりする。
そこにはもちろん、賛否両論があると思うが、
どちらにしても、「本物」でありながら、わりと手が届き易い選択である、ということも言えると思う。
それは、いまだに当時のTrident 80シリーズのコンソールが、中古で重宝されるのと似たような理由ではないか。
メンテナンスが比較的容易で、状態の良い個体が多い、みたいなことだ。
そして、いわゆる「本物のヴィンテージ」の中では、手が届く価格帯にある、という理由だ。
さて、どちらにしても、コンピュータの中で、ITB (In The Box)なミックスをして、安っぽい録音制作をしている貧乏バンドマンの僕としては、
買い求めるのは単体のマイクプリアンプ、ないしはチャンネルストリップといったものになるかと思う。
そして、それはまた、Tridentコンソールで制作する、というのとは、違った意味合いの行為になってくる。
そんな、ブリティッシュの歴史と、おかしな成り行きと、まちがいなく由緒ある人物の手によって作られた、不思議な立ち位置の機材を使って、作品を作ってみたいものだ!!
なんて言っても、それは既に作ってしまっているのである。アルバム2枚ぶんは作ってしまった。
そのMalcolm Toft系列の音を入口として、ITBで本格ヘヴィメタルを作れるのか、という試みは、すでに”Jesus Wind”で形になっている。
そして、もうちょっと素直に、ポップ、オルタナ方面を作ってみる、という試みも、”Overture”でやってしまった。まだリリースしてないが。使い方としては、この方が素直な使い方になるだろう、その、僕が知る限りのTridentの使われ方を見る限りは。
どちらにしても、コンソールで作る、というのとはまったく違った意味合いになるが。
DAW時代にあってのチャンネルストリップというものの存在。
では、チャンネルストリップとは、何であるのか。
コンソールから取り出された、その直列の入力装置は。
コンソールとは思想だ。
思想でありひとつの世界観だ。
録音の歴史を形作ってきたおおきなガイドでありレールであり定型だ。
そしてチャンネルストリップとは、
そこから解き放たれた矢である。
未来に向けて放たれた矢である。
チャンネルストリップとは、
そのおおもとであるコンソールという偉大な思想のレガシーであると同時に、
未来を指し示すベクトルなのだ。
どっちに向けて放つのか。
それは人それぞれである。