本当に複雑な一日だった。
午後3時前後に新代田Feverに、
そこで時間を過ごした後、
1時間くらい居たか、いなかったか
外に出て、ラーメン食べて
新代田の駅から
既に東京ドームに着いていた嫁さんに電話をかける
電話をかけて話しているところへ
ひさ子さん、
これはもちろん田淵ひさ子さんのこと、
が通りかかり、すれ違う、
あ、と思うが、俺電話してるし、
突然のことに声もかけられるはずもなく
東京ドームに向かう僕とは
反対側のホームにひさ子さんは佇んでいて
いや、お元気そうではあったが
声などかけられるはずもなく
だって
このたびは御愁傷様でした、
とでも言えとでも言うのか
これから大変ですね、
と言えとでも言うのか
どんな言葉をかけていいのか
知り合いでも友人でもない自分に
言葉の持ち合わせなどあるわけがなく
今思えば
「吉村さんのCDいっぱいもらっちゃいました」
とか言えばよかったかなと思わなくもないけれど
吉村秀樹会というものが
新代田Feverで本日は行われていた
しかしながら、本日はVan Halenの15年ぶりの
来日の東京公演の日であるわけで
Van Halenとしての来日は15年ぶり
東京ドームでのVan Halenの公演は24年ぶり
Dave Lee Rothの居るVan Halenとしての公演は
なんと34年ぶり
というわけで
てなわけで昼間の早い時間に
日本で一番尊敬するロックミュージシャンであるところの
吉村秀樹の追悼に
新代田に向かったわけだ
会場で小松さんは見かけた
別にメンバーの方々と話そうとか
思っていなかったし
その時は、何も話そうと思わなかった
後から思えば
小松さんは結構メタラーだったはずだから
Van Halenは、とか
聞いてみてもよかったかな、とか
後から思えば
でも、メッセージも書いてきたし
十分に心の中で別れは告げたし
写真も撮ったし
遺品のCDコレクションもたくさんもらってきた
もらいすぎってくらいに
さすが吉村秀樹、遺品CDコレクションの
ジャンルの幅も広く、HR/HM好きな僕のツボにはまるものも
多いにあり
USインディが妙に好きな僕のツボにもばっちりはまり
さらに日本のマイナーな古典ロックもいろいろとあり
かなりピンポイントで自分の欲しいものが見つかってしまった
恐るべし吉村秀樹
そうVan Halenすらあったからな
なんだか嬉しくて
いろいろもらってきたが
遺品CD
中でもMice ParadeのアルバムやEPが
たくさん揃ったのが
ずっとネットで聴いていたから
あとはミーハーなものやメジャーものばかり
日本の古典ロックもいろいろ
昼間の早い時間に行った
たぶん夜に行けば
もっとはっちゃめちゃなパーティーになるだろうことは
予想がついていたけれど
僕はVan Halenを見に東京ドームに行かなくてはならない
果たして、もう少し会場でねばっていれば
ひさ子さんが会場に現れて、お話とか出来ていたのか
あるいは、ひさ子さんは本日は隠れキャラで、
駅でたまたますれ違っただけでもラッキーだったのか
それはわからない
しかし
駅のホームに佇むひさ子さんの姿は
何度も見た演奏中の吉村秀樹の姿と同じように
日本のロックの象徴的な瞬間として
僕の瞼に焼き付いた
それはどちらかというと後から来た
ちょうど96年のとき
来日していたペイジ&プラントに新宿のブート屋で遭遇し
へったかだかペイジとプラント、
俺だって才能ある未来のミュージシャンだぜ
と思ったわけではもちろんないが
握手だけで済ませた
後で考えると、もっといろいろサインとかもらっとけば
それと同じことだけれど
後から来た
ちょうど東京ドームに着いた頃、
慟哭と、惜別の念が
時間差でやってきた
別れを惜しむ気持ちが
もっと色々
話しておくんだった
もっとあの場所で時間を過ごして
粘って
皆さんとお話をしておくんだった
後から来た
慟哭と惜別の気持ちが
やってきた
コンサートの前で
期待に盛り上がる東京ドームの
人波の中で
吉村秀樹!
その名前を叫びたくなった
呻くくらいしかできなかった
だから呻いた
もっとあの場所に居たかった
皆さんと一緒に時間を過ごしたかった
と思えど
実際のところ
あの場(吉村秀樹会)に居たら居たで、
中途半端にヘヴィメタル畑な偏屈バンドマンの自分は
疎外感を味わうに違いなく
かといってVan Halenのコンサート会場においても
だいたいおおよそのヘヴィメタルな場において感じるの同様の
違和感を感じるわけで
結局はどこにいても疎外感と孤独感を抱えたまま
帰ることになる
せめて嫁さんが隣にいてくれることが
大きな救いではある
人生全般において
そんな状況で、
僕がこの地球上で
もっとも大好きなバンド
Van Halenの
15年ぶりの来日公演を
実際のところ
僕は2007年にも
この復活後のラインナップのVan Halenを見ている
だから、その意味では新鮮な再会の感動は薄かった
ただこの東京という地で
日本という環境の中での
彼らの演奏と、観客とのコミュニケーションの交換が
それが楽しみだった
バンドの調子はかなり良かったと思う
ほとんどVan Halenは絶好調だった
東京ドームの音響はやはり悪かったが
それでも、あれだけのサウンドを出していたというのは
ドームであれだけ聴かせるというのは
相当に素晴らしいプレイとサウンドだったと
言わざるを得ない
エディ・ヴァン・ヘイレンのギターサウンドは
本当にgloriousで
そしてまた、今、この完璧に近い状態のバンドにあって
エディ・ヴァン・ヘイレンは、
過去に何度か見た中で、
今日のエディがいちばん
“Eddie Van Halen”していた。
ほとんど神業に近かった。
しかしながら曲が少なかった
数日前に名古屋公演では
たっくさんの曲をやっていたらしいから
東京ドームはそれと比較して
かなり短いショウになった
あの曲やこの曲、
といったようなレア曲を聴く喜びは
1998年や2007年のときに
ほとんど聴けているので
新鮮な喜びは実際なかった
そのせいもあるけれど
かなりその意味では
ライトユーザー向けというか
カジュアルリスナー向けというか
代表曲を中心にやって終わりという
感じではあった
僕の中にはいくつかの理由で不満が残った
それはもちろん
良いコンサートだったかと聞かれれば
ものすごく良いコンサートだったと思う
なぜなら、バンドの良さが
バンドの本質が
ファンに、オーディエンスに
しっかり伝わっていたからだ
実際、観客のほとんどは大満足していたようだ
やはり「エンターテイン」する
DaveのVan Halen
そしてしっかりと伝わる今の彼らの演奏
ひさしぶりに
実にひさしぶりに彼らを迎える日本のロックファンたちが
久しぶり、というよりは
ついに出会えたデイヴとヴァン・ヘイレンに
歓喜している
その喜びとコミュニケーション
バンドと、観客の間に
しっかりと愛が伝わっていることが
よく感じ取れたからこそ
いかに日本のおとなしい冷めた観客とはいえ
それは日本のロックコンサートとして
実に素晴らしいコンサートだった
自分の記憶にある中でも
不思議なさわやかさの残るものだった
だが
僕の中には不満が残った
それも含めて
得るものがあったのだから
やはりこれは良いコンサートだったのだ
そして「オリジナル」であることの大切さと
凄みを
強く強く感じた。
オリジナルな、自分たちの確立したサウンドを
鳴らし続けるその大切さを
単純には
短めのセットリストは
カジュアルリスナーにはよくても
ヘヴィリスナーの僕には
物足りなかったということだけれど
え、もう終わっちゃうの、冗談でしょ、
と思ったもん、
Jumpのイントロが鳴ったとき
理由1:
ショウが短く、曲が少なかった
理由2:
日本、東京という場所と環境に起因する観客のノリの悪さ
理由3:
巨大なスタジアムコンサートの音響とリアリティの無さ
理由4:
俺はもっと「遠く」へ行きたい。
もっと遠くへ、もっと未来を見せてもらいたい。
自分はこの歳になっても人よりかなり大食いだけれど
コンサートの後、
いかにも男のガッツリ系ですよ、と看板にアピールしている店に入ったが
特盛りの焼豚丼を食って、さらに嫁さんの丼を半分もらっても、まだ喰い足りなかった。
これでガッツリ系とか冗談言うなよと思ったが。
それに象徴されるように
要するに自分は貪欲なのだ
結論1:
今までに何度も考え、感じたことではあるが、
僕はやはり、アリーナコンサート、スタジアムコンサートは否定派だ
結論2:
既存のメジャー音楽業界の枠組みの中では、僕が本当に欲しいものは絶対に手に入らない
結論3:
たぶん日本の社会の枠組みの中でも、僕が本当に欲しいものは絶対に手に入らない
結論4:
俺はまだまだ全然喰い足りない。俺はもっと先へ、先へ行きたい。
もっと遠くへ。もっと未来へ。
僕は感情を持たない優等生として育ち
自主性というものがまったくなかった
自分が何を好きで、何をしたいのか
当然それもわからなかった
けれども、
15歳の時、
僕はVan Halenを聴いて、
そしてすべてがかわった
僕は、僕になったのだ
それ以来、
Van Halenは僕にとって地球で
いや宇宙でもっとも大好きなバンドであり
その思いはそれ以来変わっていない
Van Halen以上に僕を興奮させてくれる音楽には
出会っていない
けれども
今、今日、ついに
2013年6月21日、
実のところスケーター(初心者)になって
初めてのGoSkateboardingDayでもあるが
この日、ついに
僕はVan Halenを卒業した
いや、正確には、
「もう卒業しなよ」
と、誰でもないエディ・ヴァン・ヘイレンに、
ひょいっと背中を押された
そう感じている。
Van Halenの復活作、
“A Different Kind of Truth”は、
本当に素晴らしく、本当に凄かった。
凄い作品だと思う。
ロックの未来を、
100年先まで描いていると
僕はそう感じた。
そして、今のVan Halenは、
そして、Eddie Van Halenの能力と才能を
もってすれば
今でも世界でもっともぶっとんだロックを
作ることができる
それは証明されたし
Eddie Van Halenの才能をもってすれば
本当に100年先を描くロックを鳴らすことができるだろう
それは、僕はよく、よくよくわかっているつもりだ
僕はいつも思う
Van Halenの前にVan Halenが無かったように
(いや、実際はLed ZeppelinもJimi HendrixもMontroseもあるけれど)
Van Halenの後にVan Halenはいなかった
不思議なくらいにいなかった
僕からしてみれば不思議で仕方がなかった
Van Halenの衝撃のデビュー以来、
1980年代のヘヴィメタルシーンを見れば、
Van Halenみたいな
Van Halenを真似したような
バンドはいっぱいいたし
E.V.H.のクローンのようなギタリストも
掃いて捨てるほど居たとされる
実際、世界中に掃いて捨てるほど居た
エディの真似をしているギタリスト
僕もその一人だと思うが
だが、不思議なことに
実際のところ、誰もちゃんと真似をできていなかった
誰もまったく似ていなかった
肝心の部分が出来ていなかったんだ
それは音楽を鳴らすこと
心からのまっすぐなロック
僕からしてみれば不思議だった
高度なテクニックや要素はあるけれど
至極、王道で、まっすぐな、
王道というものを絵に描いたようなVan Halenの音楽。
しかし、それをきちんと理解して正しく真似をしようとする者は
誰もいなかった
ストレートを投げることはそんなに難しいのか
ど真ん中の直球を投げ込むことはそんなに難しいのか
僕からしてみれば不思議で仕方がなかった
なぜ誰もこれをやらないのか
王道はいつでもそこに
広々と光り輝いているのに
なぜ誰もそれを歩こうとしないのか
ある程度でもきちんと理解して
それを歩こうとしていたのは
Nuno Bettencourt、
あとはLiving Colour、
あと個人的に贔屓にしているTrixter(笑)
くらいだろうか
どれもその後が、あまり、続かなかったけれど
実はEddid Van Halenは、
その先を示していた。
デイヴ時代の作品だって
サミー時代の作品だって
かなり、more or less、
「その先」を志向していたけれど
1998年の
あの「エディのソロレコード」と言われた作品で
間違いなくEddie Van Halenは、
21世紀のその先の未来を鳴らしていた
あまり世間には、理解はされなかった
“A Different Kind of Truth”は、素晴らしい。
ものすごい作品だ。
反則ってくらいに凄い。
間違いなく、僕が人生の中で聴いてきた中で、
超弩級の作品なんだよ。
今のエディと、Van Halenには、
より先の未来の音を鳴らす能力がある。
でも、彼らはそれをしない。
そう、しないんだよ。
しないんだ。
そして、できないんだ。
おそらくこれからも、しないんだよ。
そのことがわかってしまった。
何故か
それはエディ・ヴァン・ヘイレンが、
1999年以降、ほとんど引退したようになり
ずっとVan Halenとしての活動や
作品の発表を
(ほとんど)してこなかったのと
同じ理由なんだ
今の時代に
大きなミュージックビジネスの中で
伝説のメジャーバンドである彼らは
未来を鳴らすよりも
過去を鳴らすことでしか
活動が(商売が)
成り立たないから
アルバムでは、
きちんと見せてくれた
100年先の答えを。
指し示してくれた。
でも、彼らに出来るのはそこまでなんだ。
指し示すことだけ。
20世紀が生んだ、
最大にして最強の
伝説のハードロックバンドとして。
それが
アリーナロックの
限界なんだ
僕からしてみれば不思議なんだ。
なぜ、彼らはそれをやらないのか。
やれる能力がありながら、
なぜやらないのか。
もっと先へ行ける能力がありながら
なぜそうしないのか
僕が、Van Halenを模倣しようとして失敗している
多くの凡百のバンドを見てずっと感じてきたように
今日、僕は、他ならぬVan Halenを見て
そう思ったんだ
そして、僕はエディ・ヴァン・ヘイレンに、背中を押された気がしたんだ。
いい、すっごく偉そうなこと言うよ。
そう、たった今言った。
だから、今日から。
明日から、ていうかこの瞬間から。
Van Halenは、僕の宇宙でもっとも好きなバンドでは、
もう、ない。
いちばん、とか、にばん、とか
もうそういうのは無いんだ。
自分にとって特別な音楽、
愛している音楽、
自分を育ててくれた音楽
自分に寄り添ってくれた音楽
自分を救ってくれた音楽
人生を共に生きてきた音楽
あるのは、それだけだ
だから、僕のいちばん好きなバンドは、
もう、Van Halenではないんだよ。
僕は、自分の音楽を奏でるし、
また、古いロックを掘り起こし
あまり売れずに終わってしまったバンドを偏愛し、
早死にしてしまった日本一頑固で不器用な天才ロッカーを敬愛し、
横浜が生んだユーミンを越える本物の天才ソングライターを敬愛し、
またほとんど知られていないUSインディとか
たまたま出会ったバンドを愛したり、
たまたま中学校で隣の席に座っていた初恋の女の子の奏でる曲を聴くだろう。
それでいいじゃない。
今までずっとやってきたことだ。
それが、エディでもヌーノでもヴァイでもない僕の音楽ってことだ。
僕の人生だ。
いちばん遠くまで行きたいんだ。
そこにある景色を、見てみたいんだよ。
どんなに成功しても
どんなにたくさんレコードを売っても
どんなに大きなコンサートをやっても
見れるものじゃないんだ
その景色は
自分の足で
「そこへ」
たどり着いたやつにしか
見えないんだ
tweet記録:
吉村秀樹会にて、吉村氏のコレクションから、以上の物を持ち逃げしました。すみません! Mice Paradeをたくさん、Fishmans少し、よーわからんインディものたくさん、ブランドX、大滝詠一、エルヴィス・プレスリー、ルースターズ、MSG、UFO、ピーター・ガブリエル、、、
Grand Funk Railroad、Judas Priest(持ってるけど)、Van Halen(持ってるけど)、Jimi Hendrix、バカラック、早川義夫、フラワートラベリンバンド、ブルーコメッツ、Arab Strap、チューリップ、blurのDVD、
などなど、よくわからんインディものはよくわからんまま持ち逃げしましたが、後は有名どころとかハードロックとか自分の趣味のものばかり色々もらって帰りました。すみません血肉になるまで聴き込みます!!
あらためてありがとう吉村秀樹さん!
そしてありがとうエディ・ヴァン・ヘイレン!