2014年1月の日記

■…2014年 1月 1日 (Wed)…….恒例の御園バプテスト
昨晩の御園バプテスト教会のライヴ、ありがとうございました。「熱きリョウとジーザスモード」、自分たちでも納得のいく演奏ができました。10月に行った秋葉原のライヴでは、Imari Tonesのドラマー、ジェイクの力を借りて、高い水準の演奏をしたわけですが、昨晩は、オリジナルメンバー(Ryo/Tone/Marie/Yan)による最高の演奏をすることができました。自分のギタープレイも絶好調。世界最強のキャットギター「猫ポール」のサウンドが炸裂、最高のギターソロを弾くことができました。皆さん、本当にありがとうございます。そして2014年も、Rock for Jesus、イエス・キリストと十字架の救いを信じて、愛するロック、そしてヘヴィメタルを追求し、鳴らします。天国にあけおめ、キリストにことよろ!

No(2797)

■…2014年 1月 3日 (Fri)…….コンセプトアルバム
走り書きなんですが、
2、3年前から、
いや、もっと前からかな。

Imari Tonesがやるべきこととして、
「日本の歴史をテーマにしたコンセプトアルバムを作る」
みたいなことを言っていたんですよ。

歴史っていうのは、もちろん、クリスチャン視点の歴史っていう面があるんですが、
日本のクリスチャンの歴史っていうのは結構いろいろあったり、
ややこしいですしね。

テーマとしては挑戦のしがいはあるかなと。

で、なんか、それを作り終えたらもう解散かな、
みたいなことを半分冗談で言っていたわけなんですが、

そこまでやれたら解散してもいいかなっ、みたいな。

でも、テーマ重いし、
歴史なんてことでいったら、いろいろと下調べとか勉強もしなきゃいけないし、

そもそも、コンセプトアルバムみたいな、
きちっと全体の流れとかストーリーを決めて作る、
みたいなことは苦手だし、

単純にリスナーとしても、
そういったコンセプトアルバムとか、あまり好きじゃないことが多いし、

また、ヘヴィメタルの世界でよくある、
様式美ヘヴィメタルのコンセプトもの、ストーリーもの
みたいなものもだいたい好きじゃないんで、

なかなかそういったアイディアはまとまらず、
ああ、これは永遠に作れないかな、
と思っていたんですが、

この年末、12月30日くらいですかね、
あるいは12月29日の夜とかかな、
ぱぱっと、瞬間的に、コンセプト、ストーリー、
その全体像が、脳裏に浮かんでしまったんですね。

で、12月30日にさっそく2曲、書けてしまって、
翌日、31日に、御園バプテストのコンサートに出かける前に1曲、
出かける最中の菊名駅にて、嫁さんがトイレに言ってる間に鼻歌で1曲、
それも含めて明けて元旦には2曲を形に、
そして元旦の夜から1月2日の日中にかけて5曲、
そして1月2日の夜に、4曲。

合計14トラック、
コンセプトアルバムの楽曲が、
三が日が終わる前に、全部書けてしまいました。

僕は、楽曲を書くのは、だいたいの場合、異常に速いので、
だって、シンフォニー書くわけじゃないですからね、
ロックの楽曲なんて、俳句を書くようなものですから、
いったん想像力のふたを明ければ、
このくらいの勢いで書けてしまうわけですが、
それにしたって速いです。
それくらい、思いがあふれていた。
切迫した思いが。

バンドは、Imari Tonesとしては、
そもそもが”Heroes EP”をやっと正式リリースしたところだし、

さらにはこれから、2月から、昨年いっぱい取り組んできた
“Revive The Nation”というタイトルの作品(アルバム)を
録音、レコーディング、の作業に入るんですが、

そしてそれのリリースをどうするかさえ決まってないんですが、

にもかかわらず
はやくもその次の作品(アルバム)の楽曲が、書けてしまった。
いや、まだ歌詞とかは書いてないんですが、
だいたいどんな内容にするかは、コンセプトがもう決まっているのだし。

で、この「歴史ものコンセプトアルバム」の楽曲が、
書けてしまった、ってことは、
自分にとっては、必ずしも喜ばしいことではないわけです。

それはつまり、
本来、書けないと思っていた、
できないと思っていた、

書けないはずのものが書けてしまった。

歴史もの、ってことですが、
これは、現在から見て、
過去に遡ると同時に、
未来のことも書いているわけです。

ちょっと預言書を書くような気分で。

もちろん、そこには希望があるんですが、

しかし、歴史ものであるこの作品の内容は、
決して明るいものではないわけです。
かなり暗い楽曲が目白押しです。

音楽的には、
今までのImari Tonesには無いような、
シリアスかつインテンスなヘヴィメタルになっているので、
そのあたりは、新機軸として、
楽しみではありますが、

しかし、実際、取り組めるのか、
いつ、取り組めるのか、
どうやって取り組むのか、
いつ、演奏できるのか、
目の前のことで精一杯なのに。

思案中です。

この暗い内容めじろおしの
作品が書けてしまったということの裏には

現在の社会や、世界に対して、
その行く先に対して、
かなり悲観的な思い、
緊迫というか切迫した思いがあるから
書けてしまったわけです。

これは、軽くはないです。

希望はあるんです。
だって、書いている途中に、
最初に書いたストーリーには無い、
希望みたいな楽曲が、
勝手にできてしまったので。

それは、救いということだと思いますが。

けれども、
ああ、ついに書けてしまったなあ、と。

この一連の楽曲に、
自分のすべてを賭けることになるのだなあと。

その意味は、まだわかんないです。

完成するまで生きていられるように願い、祈ります。

No(2798)

■…2014年 1月 6日 (Mon)…….right wing
年末、この国の総理大臣がそこを訪れる数日前に、僕は都内を散歩したついでに靖国神社を訪れた。僕はクリスチャンであるので、そこで礼拝とか参拝をするわけじゃない。ただの散歩だ。本当に神に祈りたい時には僕は別に行く場所があるし、それは神社仏閣でもなければ教会でもない。ただの個人的にお気に入りの空がよく見える場所だ。

かといって何も思わなかったわけじゃない。

戦争はいつでもどこの国でも弱い人間が始める。
国の中でいちばん弱い人たち。
彼らは愛を信じることができなかった、愛を知ることのできなかった弱く可哀想な人たちだ。
人を見たら泥棒と思えという言葉があるが、
隣り人を泥棒と呼び、同胞である仲間たちを裏切り者と呼ぶ彼らの心は、実際に銃を撃つ前にすでに戦争を始めているのだと思う。
哀れだと思う。

でも歴史も、政治も、そのもっとも弱い者に合わせて進み、作られる。
それが世の中というものだ。
権力の座に着くのは強い人たちではなく、弱く臆病な人たちだからだ。
本当に強い人というものがどういうものか、僕も人生の中で少しは見て来たはずだし、そういった人たちにたくさん出会ってきたはずだ。

音楽なんぞをやっている自分は、国にも社会にも政治にも法律にも最初から絶望していた。
だから今更何も言う気はないし、あまり言いたくもない。
けれども言わなければいけないのが民主主義社会というものだ。

この国のこの10年、15年を見るに、日本にとっての最大の不幸は、たとえば保守と革新の2大政党制があるとすれば、それが必要とされたときに、まともな革新の政党や政治家がまったく存在しなかったことだ。けれどもそれよりも不幸だったのは、実は本当の意味での保守が一度も存在しなかったことだったのだと思う。
これは国というか民族としての、本質的というか致命的な痛手だったと思う。

期待値が高過ぎるのかもしれないが、自称「誰よりも右寄り」な自分に言わせれば、アジアのリーダーとなり、世界を導く役割を任されているこの日本という国が、世界がそのバトンを差し出してくれているのに、「霊的」(精神的)にそれを担うことのできない状態に、とても歯がゆい思いを感じるのだ。

だから僕にとって未来はとても暗く思えてしまう。
時間をかけて変えていけばいいと思うだろうか。
そんなに悠長なことを言っている場合ではないと、僕は思っているのだ。
本当に為さなければいけないことが、そこにあるのだから。

靖国神社ってトピックにひっかけて言うなら、
政府が謝罪すべきなのは、隣りの国の国民よりもまず、
自国の国民に対してではないのか。
そしてなによりも、本当の意味で神に対してではないのか。

「悔い改め」という言葉の意味を、
クリスチャンの人ならわかっているはずだ。

どれだけ本当にわかっているかは、わからないにしても。

No(2799)

■…2014年 1月 6日 (Mon)…….抱負
というわけで、今年の目標は、「悔い改めること」(repent)かな。

No(2800)

■…2014年 1月11日 (Sat)…….left wing
ヘヴィメタル的な価値観の中では、わりと世界のどこでもそういう傾向がありますが、日本のヘヴィメタルの世界の中でも、右寄りタカ派な発言をする方が、一般に支持が得られるという現状があります。でも、僕はそこにも乗れてないですね。乗れないし。それは、本当の保守とか愛国心とかっていうのはポーズじゃないと思うからです。

なんとなく自分に釈明したくて追加の蛇足で無駄にひとりごとを書くんですが、
この前、右とも左とも取れるような文章書いて、わかりにくくて申し訳ないんですが、
自分は12月に、単純に散歩の途中に「たまには寄ってみっか」と靖国神社の中に入ってみただけで、別に「参拝」とかそういうのしたわけじゃないです。で、入ってみて、いろいろ見た結果、複雑な気分になった、というだけですね。
どうしても「靖国神社」という単語を書くだけで、右寄りの愛国者、的な受け取られ方をしてしまいますが、僕は自分なりの愛国心はどうやら持っているつもりですが、「自称、誰よりも右寄り」と書いたのは、どんどん右に歩いていったら一周して左端にたどり着いたか、どんどん左に歩いていったら一周して右端にたどり着いたか、そのどちらかです。アメリカの基準で自分はリベラルなのかコンサバなのかわかりませんが、同性愛の方々を非難する気は一切ないので、自分ではリベラルだと思っているんですけど、かといってイエスさんも聖書の中で言っているように、律法が消え去ることは絶対に無いということも信じているので、両極端な感じでしょうか。
靖国神社ってことに関しては俺はどっちでもいいです。
靖国神社を総理大臣が参拝する、ということに関しては、僕は、気持ちはすごくわかりますが、本当に先人たちとか「英霊」に敬意を示したいんだったら他にもっと良い方法があると思っています。実質的には内外に向けた政治的メッセージという意味合いが強いと思っているし、そもそも本当の神を信仰するにあたって、神社仏閣教会宗教施設その他もろもろ、に神がいるとは思っていないし。これ以上突っ込むと話が泥沼なので書きませんが。
自分はただ、戦争のひとつも普通に起きそうな昨今の政治状況や国際状況に対して、嫌だなあ、と思った、という、それを書きたかっただけです。
そんで本当の結論は最後の部分ですね。
政府(government)が本当に謝るべきなのは。
右でも左でも真ん中でも構いませんが、俺は日本人は、キリストにあってこそ本当の姿を取り戻すことができると信じています。
それが俺の考えるこの国の歴史とルーツです。
そうそう、Nobuさんが、「武士道」という文字に十字架を組み合わせたワッペンを着けていたけれど、俺も年末年始に書いた楽曲の中に、”Bushido”という曲を書きましたよ。べたべたですけどね。でもそれは日本人は元来キリスト教精神を持っている、ってことです。
でも本当は武士道も大和魂も大和撫子もぜんぶどっちでもいいです。
だって外国人の中にも、そのへんの日本人よりももっと「武士道」や「大和魂」を感じられる人がたくさん居るからね。
俺に言わせれば、日本のリベラルには信仰心と愛国心が足りないけれど、日本のコンサバには信仰心と愛国心がもっと足りないです。
それは本当の保守ではないからです。
自分の身を犠牲にささげて死んでいった「英霊」を崇拝しながら、それとまったく逆のことをやっている人たちが多いということですね。
でもそれって、世界中の多数のキリスト教徒の人たちと同じですね(笑)
イエス・キリストを崇拝しながら、イエスさんとまったく逆の行いをしている、という。
それでも俺は人間というやつを信じています。
だから神さん、この世界に慈悲を。

No(2814)

■…2014年 1月11日 (Sat)…….名言
「熱きリョウとジーザスモード」、ほんの遊びのつもりで始めたこの「サイドプロジェクト」、気がつけば結成2年がたち、順調に活動を継続していますが、自分にとっては良い感じの「もうひとつのアウトプット」になっています。
さてそんなジーザスモードのフロントマンである熱きリョウは、ライヴのたびに、名言(迷言)を発して楽しませてくれます。名言というか、特に英語に関してですね。
矢沢永吉を彷彿とさせる名言 “Are you ready fire OK?”から始まって、”One more fire”、そして”Do you Stryper song one more OK?”、など、勢い重視、文法無視のすごい英語が飛び出してきます。秋のライヴでは、”準備はいいかいAre you rockn’roll?”という日本語と組み合わせた大技が飛び出しました。イエス、アイアムロックンロール。
それからMCの際のバンド名の言い間違い。自分たちのバンド名なのに、長いからでしょうかね。「Atsuki Ryo with Jesus Mode」が言えず、「あつきりょうとうぃーざす、うぃ」と言いよどみ、「俺たちは熱きリョウだース!」と言い切った時には笑いをこらえるのに必死でした。
しかし9月のライヴでは「自分にとってのクリスチャンメタルとは」と感動的な名言を発してくれたのも事実です。
そんな熱きリョウの、この前の大晦日の御園バプテストカウントダウンライヴ、この日の彼の名言は、「熱きリョウは自然を愛する男です!」
かなり滑舌の悪い、よくわかんないMCの中で突然飛び出てきたこの言葉は衝撃的でした(笑) ヘヴィメタルのライヴで自然への愛を語るとか、フランスのGojiraと熱きリョウくらいなんじゃないかと思った。笑いをこらえるの大変でした。でもちょっと感動しました。

そんな「熱きリョウとジーザスモード」の次のライヴが、1月18日(土)福生チキンシャックにてあるようです。ぜひチェックしてみてください!

No(2815)

■…2014年 1月11日 (Sat)…….Yokohama Dreaming
この前YouTubeにアップしました、”Yokohama Dreaming”のビデオです。
この曲は、Imari Tonesの、いろんな意味で代表作と言える自信作”Japan Metal Jesus”というアルバムに入っているんですが、
はっきりいってめっちゃVan Halenそのまま、な楽曲です(笑)
僕は人生の中のAll Time Favorite、いちばん大好きなバンドはVan Halenだと公言してますし、
僕の書いたImari Tonesの楽曲の中にも、Van Halenを意識した楽曲は、それこそたくさんあるんですが、
この曲”Yokohama Dreaming”は、その中でも、そのまんまというか。
横浜のご当地ソングを書きたくなって、
というのは、良き友人であり牧師であるヤオさんのレゲエの曲に、”Yokohama”という曲があって、すごく良い曲なので、僕らも横浜ソング書くべきだよね、と思って。
で、こういうご当地ソングだし、もう思い切りVan Halen意識しちゃって良いよね、と自分で思ったので。
可能な限り、Van Halenの”Panama”っぽい楽曲を書いたんですよ。
もちろん、そのまま、というわけじゃなく、自分なりのひねりというかフックというかtwistは加えたんですが、
ノリとしてはもろに”Panama”という感じの。
“Yokohama”と”Panama”で、ちょっとだけ響きが似てるしね(笑) どっちも地名だし。

で、この曲のビデオをずっと作りたかったんですね。
僕は、曲のビデオを作るのは結構好きで、
今までもちょくちょく作ってます。
それは、レーベルと契約のある有名なバンドでもないし、
自分たちでインディにやっている無名のバンドだけれども、
だからこそ、活動の記録を残せるし、
またその映像を通じて表現することのできることや、
伝えられる情報、
伝えることのできるメッセージが、「インディだからこそ」たくさんあるからです。

だから僕は、自作のチープなビデオをこれまでもちょくちょく作ってきたんですが、
この”Yokohama Dreaming”に関しても、ずっと作りたいなと思っていた。
だって、楽しいのができそうだからね。

でも、アイディアもそうだけれど、ロケーションとか、登場人物とか、撮影の手間とか、とにかく面倒だったので、なかなか実現せず。

で、昨年10月の、The Extreme Tour Japanの際に、これはちょうど良い機会じゃないか、と思って、オフの日に急遽The Burn Insの人たちに手伝ってもらって、横浜観光を一緒にするついでに、撮影したわけです。

で、横浜公園というか、横浜スタジアムのすぐ横で演奏した映像も入ってるし、みなとみらいをフィーチャーしまくって、彼ら外国のバンドが出演することで、国際的に横浜観光をPRする雰囲気も出まくってるし。

で、このビデオも、やっぱり、Van Halenの”Panama”を意識したわけです。
ぜんぜんそんなふうに見えないかもしれないけれど、
僕としては、自分たちの守備範囲の中というか、あった素材の中で、できる限りVan Halenの”Panama”のビデオに似せようとしたわけです。

結果的にぜんぜん似てないかもしれないけどね(笑)
ぜんぜん、チープなプロダクションの自主ビデオだし。

でも、Van Halenの”Panama”のビデオは、僕は大好きだったわけです。
すごく楽しいから。
そういう、楽しい雰囲気を出そうとしてみました。

で、素材として、自分が近年はじめたスケートボードというものがあって、
それを使ってみようと。
横浜をスケートボードで走る映像を使おう、と。

で、The Burn InsのAaronと一緒に滑ったんですが、
言い訳をすると9月、10月と(ツアー準備で)あまりスケートできておらず、
スランプに陥っていて、このビデオに収録された自分の滑りがすごくぎこちない。オーリーもしょぼいし。

いかにも初心者な滑りなんですが、
(まあ実際、まだ初心者なんだけれど)
でもね、初心者だからこそ表現できることがある、とね。

初心者だからこそ、初々しさや、希望のようなものを表現することができる。
これが、何年かたって上手くなってしまったら、上手い人が普通にスケートボードの技を決めているビデオになってしまうものね。

言い訳としては、10月のツアーの最後で石巻のOneparkで皆の前でスケートセッションやった際に、本番に強い自分は復調して、
ツアー後、年末にかけてかなりスケートの腕前も上がったんですが、
(結果的にVarialflipも出来るようになったし、Bigspinもなんとなく決まるようになってきたし)

でもこの初心者ぽい初々しいスケーティングで、横浜の街を走るという絵は、狙い通りで満足しているわけです。

一応、曲中では、ギターを持ったままでキックフリップも決めているしね。
アーロンにもヒールフリップをやってもらって、無理矢理だったけど。

僕がこのビデオの出来に満足しているのは、
いろんな理由があるんだけれど、
ひとつは、ずっとやりたかった「Van HalenのPanamaへの自分なりのオマージュ」を達成できたこと。

もうひとつは、あれですね。
自分は、もう30歳をとっくに超えているけれど、
(40に達したら、立派に年齢をジョークのネタに使うと思います)

このビデオを見ても、
成長がないというか、中身は少なくともあんまりティーンエイジャーの頃から変わっていない。良くも悪くも。

それはそれとして、
少年ぽい夢や希望みたいのを自分なりに表現できたことだよね。

人は誰でも、輝くために生まれてくる。
僕はそう思う。
その輝くための方法は人それぞれ。
輝くための場所も人それぞれ。

この素敵な横浜の街を走る。
そして世界を駆け回る。

人によっては、
ジェット機に乗ったり、
ポルシェに乗ったり、
ベンツに乗ったりするのかもしれない。

でも自分が輝く方法は、
ギターを弾き、仲間と出会い、皆で演奏し、
そしてスケートボードで走ることだった。

このビデオにはそれらが全部入っている。

それを表現できたことが、
いちばん嬉しいことです。

こちら

No(2816)

■…2014年 1月20日 (Mon)…….べたべた
[創作メモ] ここ数年ずっと、今では立派な「メタル女子」に育った嫁さんのおかげで「行きたくもない」コンサートに連れていかれることが多かったわけです。まあそれはもちろんものすごくありがたいことであるのは承知です。

自分はわりと、元々のルーツとして決してストレートにヘヴィメタル好き、と言えない部分があるので、またその他いろいろの理由で、自分のバンドの曲を書くときにも、わりとひねった楽曲を作ることが多いです。変拍子を使ったり、おかしなリフを作ってみたり、あまりヘヴィメタルでは聴かれない変わったコードを使ってみたり。とはいっても、まあちょこっとひねっただけの未熟者ですが。ペイジ先生の足下にも及ばないです。

それはストレートでべたべたなヘヴィメタルの楽曲はカッコわるいと思っていたからです。
しかしここ最近、また何年もバンド活動を続けている中で、たとえばこの前米国産演歌ロックであるY&Tのライヴを見たり、アースシェイカーの演歌メタルを聴いたり、サイドプロジェクト「熱きリョウとジーザスモード」の活動をやったり(どストレートなメタルです)、あるいはいくつかのメタル系DJパーティーに参加してみたり、そしてなにより自分のバンドの演奏活動の中でも身を以て、
ストレートでべたべたな「くさい」楽曲が、いかに人々に愛されるか、ということを身を以て感じています。

思うに楽曲を書くソングライターの立場と、それを受け取るリスナーや受け手の観点はちょっと違い、
書く側としては、「ええ、これがいいの?!」みたいになることがままあると思われます。
自分のバンドでいえば、現在の代表曲「Faith Rider」は最初、友人のためにジョークで書いたもの。自分のバンドで演奏するつもりもなかったし、まさか代表曲になろうとは思ってもいませんでした。あれは自分の中ではJudas Priestのパロディに過ぎなかったのです。
その他、過去の折々の代表曲、「丘上烈風」にしても、「Karma Flower」にしても、その他いろいろにしても、「書いた本人としては、納得がいかないのに、なんで」みたいな(笑)ことが、たびたび。

年末年始で14曲、ざっくり書き上げた、「コンセプトアルバム」、僕らみたいな無名のバンドの、デモすらちゃんとできてない今現在、はっきりいって皆さんにはどうでもいいことと思いますが、
そのこの前、目撃したY&Tのコンサートで、メニケッティ氏が”Forever”をアンコールで熱唱するのを見て、「なんというべたべたな楽曲なんだ」と。

その光景が忘れられず、頭の中で考えるうち、おもいっきりべたべたな楽曲を書いてみよう、と。
笑っちゃうくらいくさくてストレートでわざとらしい熱血メタルを、アニメソング一歩手前くらいのを。「ジーザスモード」で熱きリョウに歌わせてもおかしくないくらいのを。

そして、昨日、福生のライヴに出かける10分前にできた楽曲。電車の中で頭の中でアレンジを推敲し。いつもは考えて曲を作ることはあまりないので、すごく不自然です。
自分の中ではまるでAnthemの”Night After Night”みたいだな、という感じの大仰なリフから始まるいかにもジャパメタな楽曲。
もちろんサビは皆で大合唱というか拳を振り上げて一緒に叫ぶ系の。
今までやったことがないくらいに恥ずかしいべたべたな楽曲。
本日、ざっくりメモ録音しまして。

これが出来たおかげで、「コンセプトアルバム」のストーリー、
歴史と未来を書いた預言書みたいなつもりの作品、その物語の結末、けっこう凄絶で暗いものなのですが、
それを、なんとか無理矢理に前向きなハッピーエンドに持っていくことができそうです。
人類は救われたかもしれません(笑)

さて、書いた本人はそう思っていますが、どう、聴く人に受け取ってもらえるか。
目の前のことに精一杯な現状、
どれだけ時間がかかるかわかりませんが、
届けることができるまで、がんばって活動します。

No(3194)

■…2014年 1月22日 (Wed)…….ブルーズとレスポールとEVHと
べたべたの王道の定番の名盤ですが、この歳になって、Eric ClaptonがJohn Mayallのバンドで弾いたかの有名な”Bluesbreakers”を聴いています。
それはもちろん、レスポールサウンドの原点をちゃんと聴いてみなきゃね、ということですが。

自分が”Transparent Sound”という言葉を使い始めたのは2001年頃からです。
それは、ご察しの通り、Eddie Van Halenが彼の理想のサウンドを”Brown Sound”と呼ぶ、あの有名なエピソードを真似ているだけのことなんですが、

また自分はブルーズも少しはかじって聴きますが、初心者の域を出ませんし、これからも出ないと思いますが、ジャズの方向に行くギタリストとブルーズの方向に行くギタリストがいるとすれば自分は間違いなくブルーズの方向に行くギタリストです。なんというかつまりは、同じことをずっと繰り返していきたい感じの。
で、ブルーズってやっぱりロックバンドをやる上での表現のいちばん大事なところの原点が、いろいろ示唆されているよね、っていうことは前から思っているわけです。変な言い方ですが。

歴史的名盤”Bluesbreakers”を聴いて思うのは、アメリカの黒人ミュージシャンのブルーズを、イギリスの白人ミュージシャンが頑張って真似したら、ロックになってしまったという歴史的に周知の事実の再確認です。

違った環境で、違ったバックグラウンドで、違った風土の中で鳴らしたら、同じ音符を鳴らしても、違った文脈のサウンドになるのはある意味あたりまえですが、
そこから鳴らしていった、白人にとってのブルーズが、ロック、ハードロックなのであれば、
では僕たち東洋人にとってのブルーズとは何なのか。
それをいつも考えていました。

自分は少年の頃から、そして今でもVan Halen、つまりはエディ・ヴァン・ヘイレンが大好きです。
それは今に至るまでそうなのですが、
自分はデイヴ時代とかサミー時代とか、そういう分け方すら必要なく、Eddie Van Halenというそのミュージシャン、ギタリストそのものが好きなわけです。
ファーストのサウンドが良い、とか、Balanceのサウンドが良い、とかでなく、全部がすべて最高に良いわけですね。

で、自分がこの”Transparent Sound”なんてことを言い出したのは、どこからだったかと思うと、あるいは思い出すに、このVan Halenの例の1998年発表の問題作”Van Halen 3″ではなかったかと思うんです。

その後、何年かたって、ギターの世界でも、たとえば日本語の文脈の中でも、真空管のナチュラルなクランチや、クリーンブーストによってナチュラルにクランクされた真空管アンプの音などを指して、「トランスペアレントな」といった言葉を一般にも言うようになったので、ひょっとして自分はすこし時代を先取りしていたかなと思わなくもありませんが(笑)

Eddie Van Halenのギターの音と、その変遷について書くと、ものすごく長くなっちゃうんですが、でも端折っても書きたいと思うくらいなんですが、
この世間では決して歓迎されなかった”3″というアルバムにおいてのエディの音、これ、僕には結構衝撃的な音色だったんですね。

Eddie Van Halenと言えば、ファーストアルバムのワイルドに歪んだ音色、
“Fair Warning”や”1984″の伸びやかでレンジの広いマーシャルサウンド、
“For Unlawful Carnel knowledge”のタフでヘヴィなのにクリアなサウンド、
あるいは”Balance”の深く歪みつつも高域が美しく伸びたサウンド、
などなど、それぞれの時期によって連想すると思いますが、
しかし、基本的に、ハードに歪んだ音色を思い浮かべると思います。

けれども、
この1998年の”Van Halen 3″では、あまり歪んでいない、クリアで透明感のある、なのに十分なゲインがあり、伸びもあって艶もあるという、なんだか嘘みたいな音色を、エディ・ヴァン・ヘイレンは奏でていました。
どちらかというと、クラシックで、古いヴィンテージライクな感じのその音は、やっぱりそれは世界中のVan Halenのファンたちには、受け入れられなかったんでしょう。多くのVan Halenのファンは、エディに、もっとハードに歪んだ、迫力のあるギターを弾いてくれることを望んでいるでしょうから。

でも、僕はこの”Van Halen 3″におけるエディの音色に、かなりの衝撃というのか、とにもかくにも、非常に気に入ったわけです。

たぶん、僕が”Transparent”なんてことを言い出したのは、この音がずっと頭の中に鳴っていたからだったのではないか、と、今でも、そう思います。
そして個人的なことを言えば、僕がそこから音楽を作ることに自分の人生を費やすきっかけとして、この”Van Halen 3″というアルバムは、他のどのヴァン・ヘイレンのアルバムよりも、僕の背中を押してくれた作品でした。世間では、あまり、というよりは、ほとんど唯一、評価されなかったアルバムでしたが。

そして、この”Van Halen 3″のエディの音を聴いた瞬間から、自分は自分の音楽、今自分がやっている”Imari Tones”につながっていく活動を始め、そして、その時から、自分の中のどこかにあった、自分の理想のギターサウンドを、知ってと知らずと、追い求める旅が始まったのであろうと思います。

ギタリスト、ギタープレイヤーとしての、
そして、エレクトリックギターという楽器とロック音楽の発展と変遷の中で語るのであれば、
僕は、Eddie Van Halenのもっとも大きな功績のひとつは、「レスポール」、それから「ストラトキャスター」この二つの「呪縛」から、ギタリストを解き放ったことだと思っています。

ギターを弾かれる方なら先刻ご存知の通り、エレクトリックギターには「フェンダー」と「ギブソン」という二大メーカーがあり、それぞれ「ストラトキャスター」、「レスポール」という代表的な楽器があります。そして基本的にその二つの流れの中から、エレクトリックギターと、ロックの歴史は発展していったわけです。

しかし人間の多くの営みがそうであるように、それは世の中のいろいろな理由によって、呪われた歴史であったと思います。
どこがどんなふうに呪われた歴史だったのか、ということは面倒なので指摘しませんが、

この「レスポール」、そして「ストラトキャスター」、どちらも非常に優れた、究極と言える楽器であり、エレクトリックギターの原点でもありますが、
これらはギタリストたちに祝福と同時に呪い、呪縛にもなったのです。

その理由はいろいろありますが、たとえばわかりやすいところでは、1950年代の「ヴィンテージ」と呼ばれる楽器と比較して、その後、ロックの黄金時代である1970年代には、「ギブソン」も「フェンダー」も、製造する楽器の品質が低下していた、という事実があげられます。

そして、このエレクトリックギターという呪われた楽器。
なぜ呪われた楽器なのかといえば、このエレクトリックギターという楽器は、どうしても究極的に、致命的に、楽器として不完全なものであるからです。

不完全な楽器で、不完全な音楽を、それでも鳴らさなくてはいけない、全世界のギタリストたち。
そこからは、真実を鳴らすこと、未来を鳴らすこと、愛や希望を鳴らすことは、到底不可能なはずでした。

そして僕が思うには、
この「呪い」から、全世界のギタリストを解放した人物こそが、
エディ・ヴァン・ヘイレンだったと思うのです。

彼の手によって、
新しい時代のエレクトリックギターは、
「レスポール」、「ストラトキャスター」という形の制約から自由になりました。

安価な材料で組み上げられた、赤や白や黒で塗られた、彼の粗末なギターは、粗末なギターであるからこそ、常識を超えた音を出し、音楽の世界を変えていきました。

そしてここに、不完全であったエレクトリックギターは、
その不完全さを逆に生かし、より自由な音色、演奏製を獲得を与えられ、そして無限の可能性が広がったのです。

そして1980年代の音楽、華やかなヘヴィメタルの流行へとつながっていきました。

エディ・ヴァン・ヘイレンの功績といえば、
ギターの奏法や、ハード面のみならず、非常に多くの面にわたっているので、
それをここで私ごときが語る必要など無いのですが、
たとえば彼がPeaveyと共同開発したアンプ”5150″が、その後のギターアンプやロックサウンドを変え、1990年代以降の音楽シーンに、どれだけ大きな影響を与えたかは、すでに計り知れないくらいくらいです。

ですがギターということについてもうひとつ挙げるならば、
バスウッドという木材の採用について着目したいと思っています。

これも、「レスポール」というギタリストの永遠の呪縛からの脱却だったように思えるからです。

エディは、1990年のMusicmanのシグネチャーモデル以降、自身のギターに、メイプルトップ、バスウッドバック、という木材を採用し続けています。

これは、メイプルトップ、マホガニーバック、という伝統的なレスポールの構造からの脱却です。

皆さん多くの方が同意されると思いますが、レスポールというのはエレクトリックギターの原点にして究極です。
(テレキャスターについて触れると余計に長くなるのでよしてください笑)
その形、構造は、絶対にして不変なわけです。

けれども、エディはそれを拒否した。
エディは、現在もこの「メイプルトップ、バスウッドバック」のギターを使っていますから、Eddie Van Halenにとって、彼のギターに対する結論、彼の答えは「バスウッド」だった、ということだと思うのです。

このバスウッドというのも、「ギタリストを自由にする材料、マテリアル」であったと、僕は思っています。バスウッドは、たぶん一般に、「くせのない、平板でやわらかい音」がすると言われていると思うので。

これは、プレイヤーにとって、またギタービルダーにとっても、たぶん「究極だけど、扱いがいろいろと」難しいマホガニーに比べて、もっと自由で、許容範囲の広いマテリアルではないかと思うのです。

以上のように、Eddie Van Halenのギタープレイヤーとしての人生の中で、彼は、「絶対の基準でありヴィンテージ」であるところの、「ギブソン、レスポール」の音を拒否し、そして「フェンダー、ストラトキャスター」も、拒否ってわけじゃないですが、もっと自由に発展させちゃってます。

この「ギブソン、フェンダー」の、ヴィンテージの音を、疑い、否定する立場というか役割が、彼のギタープレイヤーとしての人生にはあったのだと思います。

そして実際にエレクトリックギターのサウンドは、楽器としての構造としても、彼によって再構築されました。

では、エディは、ヴィンテージの音を本当に否定していたのでしょうか。

あまりお金のなかったデビュー前にも、レスポールカスタム、アイバニーズデストロイヤー、ストラトキャスターなど使用していたエディですが、
3rdアルバムのレコーディングと前後して、本物の59年製レスポールを入手していた、という記事があります。
時期的にも微妙ですし、それが、3rdアルバムの録音で使われたのか、ちょっと謎ですが、そう言われてみると、この曲、レスポールじゃないかな、と思えるサウンドの曲もあったりします。

エディは、インタビュー記事の中では、「レスポールは、投資として買ったんだ。僕はレスポールは弾かないからね。」みたいなことを言っています。
しかし、4thアルバム”Fair Warning”のツアー写真には、エディが、このレスポールをステージで弾いている写真があるんですね。
しかも、その高価なヴィンテージであるはずのサンバーストレスポールは、フロントピックアップが外され、なんだかいろいろといじられてぼろぼろになった状態で、エディに抱えられている。

投資だなんて言っておきながら、結局ギタリストの性として、弾き倒さなくてはすまなかったのでしょうか。そして、納得がいくまで、試行錯誤し、いじり倒さずにはいられなかったということでしょう。
そして、その59年レスポールが、それほどにぼろぼろになるほどいじられていた、ということは、エディはそのサウンドに納得していなかった、気に入らなかった、ということを意味します。

エディは、バースト、ヴィンテージレスポールに納得しなかった。

同じくヴィンテージという意味でいえば、Eddie Van Halenは、同様に高価なヴィンテージである58年製フライングVで、有名な”Hot For Teacher”を含むいくつかの曲をレコーディングしています。
高価な楽器だからか、決してメインで使用することはありませんでしたが、いくつかのアルバムで、いくつかの曲で、ちょくちょく使用していたことを考えると、このフライングVのサウンドは、エディは気に入っていたのかもしれません。

いずれにせよ、エディはヴィンテージギターの音も、きちんと体験し、知っていたということは言えると思います。

その上でなお、ギブソンでもフェンダーでもない、「より自由になれる音」を選んだのだと思います。(まあ、現行のEVHモデルを作っているのはFenderなんですが)

その上での彼の答えが、「メイプルトップ、バスウッドバック」、
そして特に日本のファンの間で人気の高い、1995年の”Balance”のサウンドも、この「メイプルトップ、バスウッドバック」のMusicmanシグネチャーモデルで録音されました。(だと思う)

しかし、それから、1998年の”Van Halen 3″の前に、エディは楽器を変えています。
Musicman Eddie Van Halen モデルから、Peavey Wolfgangという、新たなシグネチャーモデルに持ち替えているんですね。

そして、このPeavey Wolfgangという楽器、見た目や、機能の面では、Musicmanのモデルと、大きな違いはありませんが、
しかし、この楽器は、本質的にちょっと性格が違う楽器のように、僕には思えます。

それは、ボディトップが、アーチトトップになっている点。
これって、つまり、レスポール。

Musicman EVHモデルは、楽器の構造からしても、Musicmanというブランドの素性からしても、Fender系の楽器であったと思います。
むしろ、究極的に不完全な楽器であるFenderギター、ひいてはストラトキャスターの、これが本来の完成形なんじゃないかと思えるくらい。

けれども、Peavery Wolfgangは、それがずいぶんと「ギブソン・レスポール」に近づいている、ということだと思います。

それは、Musicman EVHモデルの、レンジが均等に広く平面的な音と比べると、
やはり立体的で、艶があり、またクラシックな響きを持ち。

そして、僕が”Van Halen 3″で聴いたエディのサウンドというのは、この部分だったのではないかと思うのです。

つまり、エディは、彼のキャリアの後半においては、レスポールのサウンドをある程度見直していた、ということではないかと思うのです。

「レスポール=ヴィンテージ」、
しかし僕は、Van Halen、そしてエディの演奏を聴くとき、
果たして本当にそうだろうか、と思います。

僕はVan Halenの持つタイムレスなヴィンテージ感覚が好きです。
この部分に気付く人ってあまり多くはないかもしれませんが、
彼らの音楽には、いつでも、未来でありながら過去であるような、不思議なヴィンテージ感覚が溢れていた。

エディの頭の中には、彼自身の「ヴィンテージ」の音が鳴ってるのだと思います。
それを指して、「ブラウンサウンド」という言葉で彼は呼んだのではないか。
ヴィンテージギブソンとはまた違った、彼自身のヴィンテージの音があり、
それを実現するための彼の答えが、バスウッドだったのだと僕は思います。

さて、やはりVan Halenについて触れると、異常に話が長くなります。
で、John Mayall & Eric Claptonの、”Bluesbreakers”ですね。
伝説的な名盤であるところの、本物の歴史的なヴィンテージの作品。
本物のギブソンのヴィンテージであるところの、1960年製レスポールが、エリック・クラプトンという希代の名ギタリストによって鳴らされているわけです。
それは、エレクトリックギターが、ハードロックのオーヴァードライヴを手に入れた瞬間であり、またMarshallというアンプが、初めて大音量で吠えた瞬間であった、ということは、ロックに詳しい方ならご存知の事実です。
そして、エレクトリックギター、ことレスポール愛好家に言わせれば、これこそが、「バースト」と呼ばれる、ヴィンテージレスポール、エレクトリックギターの、最高峰である、とされています。

でも、そうかな。
確かに、このレコードで聴ける、レスポールの音、凄いんだけれど、
でも何故だろう、俺は、むしろEddie Van Halenに、
“Balance”に、”Van Halen 3″に、そして”A Different Kind of Truth”に、
よりヴィンテージを感じてします。

Eddie Van Halenは、デビュー当初から、もっとも影響を受けたのは、クリーム時代のクラプトンである、と公言しています。
そのことに対して、不思議に思ったり、ぜんぜん影響感じられない、という人も多いと思うんですが、僕は正直、似てると思うんです、すごく。エディ・ヴァン・ヘイレンのプレイ、クリーム時代のクラプトンに。
というよりも、エディのプレイに近いギタリストって、タッピングとかはともかくとして、プレイのニュアンスが近いギタリストって、なかなかいないので、似たニュアンスのギタリストと言われると、確かに、クリーム時代のクラプトンがあるいはいちばん近いのかも、と思う時があります。なんというか、言葉にするの難しいですが、「ひとつところに押さえておけないぴょんぴょんとびはねまくったあの感じ」ですね。

グループとしてのVan Halenの独特のポップ感覚や、ヴィンテージ感覚も、このCreamからの影響が大きいのかもしれません。

何が言いたいのか、何が書きたいのか、自分でもよくわからなくなってきたので、
ここで、BGMを変えて、ブルーズのプレイリストをかけてみるんですね。

たとえば、マディ・ウォーターズとか、
ジョン・リー・フッカーとか、
ロバート・ジョンソンとか、
T-Boneウォーカーとか。
ギターだったらフレディ・キング、
あるいは僕の好きなアルバート・キングとか。

これらを一生懸命真似しようとして、
これらに憧れて影響を受けて、
たぶん、
この”Bluesbreaker”も鳴らされたし、
ローリングストーンズとか、
ヤードバーズとか、
もっと行けばツェッペリンとか、
アメリカではなんだろたとえば
Allman Brothers Bandとか。

これらに影響を受けて、
それを、それぞれの場所で、それぞれの文脈で鳴らした結果、
それぞれの場所で、ロックが生まれていった。

うまく真似は出来なかったかもしれないが、
その変わりに、
ロックという、より新しい音楽が生まれてしまった。
そして、それは今にまでつながっていくわけです。

俺は思います。
ブルーズを聴くとき、
そこから、もっとも読み取る、というか、聞き取るべきなのは、

その演奏している事実と、
その佇まいそのものであると。

鳴っている音符とか、
ブルーズのスケールとか、
コード進行とか、
演奏のテクニックとか、
そういうのは、あまり関係ないと思うんです。

ロバート・ジョンソンが、
アコースティックギター一本で、演奏し、歌っている。
それで南部の街から街へ、旅して回ったわけでしょう。
当時の、きっと今よりも大変な時代を。

そのギター一本で演奏するその佇まいを
音の向こうに聴き取れないのであれば、
聴き取るのであれば、
そこに震えるような感動を覚えないミュージシャンは
いないと思うのです。

ブルーズの録音、
たとえばStevie Ray Vaughanだったら80年代だし、
50年代の録音とか、60年代のものとか、
iTunesの中にB.B.KingのSan Quentinってのが入ってるけど、
これもわりと録音新しいでしょう。
Robert Johnsonは1930年代なわけで、

でもねこれは2012年にリリースされた際にも書いたけれど、
Van Halenの”A Different Kind of Truth”は、
僕には1912年くらいに感じられるわけ。

これはね時代を一度下って、その上でさらに遡ったってことだと
僕は思うんだよね。

1000年くらい未来を見通して、
その上で、2000年くらい過去まで遡って。
そんな感じにしたら、
こういうヴィンテージが鳴らせるんじゃないかと。

そういうヴィンテージの佇まいと、
音楽の本来鳴らされる姿を垣間みるために、
ブルーズに触れるのはたぶん良いことだ。
シンプルであればあるほど。

そして、音楽というものの周辺に、
ビジネスをはじめとする、
余計なものがたくさん付随してしまっている現代だからこそ、
その中心にある音楽というものが、
本来どういうものだったか。

そしてバンドというものが、
本来どういうものだったか。
バンドというより、楽団、と書いてみたり。
エンターテイナーが、役者が、
道化が、踊り子が、
そしてミュージシャンが、
本来どういうものであったか。

そう思いをめぐらしてみて、
1959年に作られたレスポールって、
それは全然、ヴィンテージ、だなんて
思えなくなるんだ。
たかだか60年くらいじゃない。

エディが彼のヴィンテージを鳴らすように、
俺は俺のヴィンテージを見つけなければいけない。
そこは、男と才能をかけた勝負だ。

そして、たぶんもう見つけたと思うんだ。

そして、それを鳴らすために必要な自分だけの楽器も。

それは、やっぱりGibsonのレスポールではなかった。
Fenderのストラトキャスターでもなかった。
そしてEddie Van Halenモデルでも、やはりなかった。

でも、あの時、”Van Halen 3″のエディのサウンドを聴いて、
それ以来、ずっと鳴らしたいと思っていたサウンドには、
きっとたどり着けたはずだ。

俺に言わせれば
ブルーズを感じる、というのは、
何十年とか70年前に居た
アメリカの黒人のミュージシャンを真似することじゃないんだよ。
どこにも、何にも縛られない
音楽屋と楽団の魂に触れて、
1000年昔と、1000年未来の音を鳴らし、
アメリカでもイギリスでも日本でもない、
宇宙の音を鳴らすことなんだ。

話が着地しなかった。

俺はヴィンテージになろうと思う。
どこかの場所でね。

No(3253)

■…2014年 1月25日 (Sat)…….ジーザスモード、ライヴ御礼
遅くなりましたが、先週、1/18の福生チキンシャックでの「熱きリョウとジーザスモード」のライヴ、ありがとうございました。
思えば、昨年の8月から、サイドプロジェクトにしては、ほぼ月1程度の、わりと良い頻度でジーザスモードのライヴをやってきたわけですが、結構疲れました(笑)
福生チキンシャックはまるで、アメリカのライヴの都、テキサス州オースティンのような雰囲気の、やはりちょっとアメリカぽい町、アメリカぽいライヴハウスでした。また以前アメリカでお会いしたミュージシャンの方との意外な再会もありました。
自分は、いろいろと辛い面もある演奏でしたが、愛器「猫ポール」のサウンドに助けられ、なんとか最後まで演奏をやりとげました。とても貴重な機会でした。応援していただいた皆さん、呼んでいただいた主催者の皆さん、共演してくださった皆さん、ありがとうございます。

No(3338)

■…2014年 1月25日 (Sat)…….機材
今日は手持ちの機材とギターサウンドの確認をしました。
数年前に小さなアパートに引っ越して以来、自宅でアンプを鳴らせる環境などまったく無いわけですが、現代文明の恩恵で、パソコンの中にAmplitudeなどがあるので、それに突っ込んでいろいろ試すことができます。手持ちのペダルを通して、パソコンに突っ込んでみたら録音で使える音になるか、まだ試してみる価値はありそうです。いずれにせよ、まだまだ、ペダルひとつとっても、手元にある機材のポテンシャル、まったく生かせていないなあ、もっと彼らの事をよく知って、活躍させてあげたい。そんなふうに思います。

No(3339)

■…2014年 1月25日 (Sat)…….Heroes PV
好評いただいている”Heroes”のビデオなんですが、この前、靖国神社にからめていろいろ書いたじゃないですか。で、自分もいろいろ思ったことを正直に書いちゃうんで、あと、自分は好き勝手なこと言うんで、言葉で伝えることは、必ずしも正しくない。ミュージシャンのはしくれなわけですから、音楽で伝える方が、本当の自分の気持ちなわけです。で、もし自分たちの中に愛国心ってわけじゃないけれど、人類の歴史に対して、思いがあるとすれば、それらはこの楽曲に表現されていると思います。そういうわけで、自分たちの中の愛国心や歴史に対する敬意。この楽曲が、答えだということで。世路疾駆。後姿哀愁。
こちら

No(3340)

■…2014年 1月25日 (Sat)…….スケート記録
10月にThe Extreme Tour Japanの最後に、石巻Oneparkでやったときに、スケートショーつって、皆で順番に滑ったんです。で、僕は、その時、基本的な技ばっかですが、ひととおりやって、自分としてはうまく行って。
その時、何をやったか、記憶のあるうちにメモしておきたくて。
つーっとスタートして普通にオーリー、そこからキックフリップ、向かいのランプでロックトゥフェイキー、そこからフェイキーで戻ったところでフェイキーショービット、ノーズが逆のままハーフキャブ、ちょっとだけ高いランプによじ登ってそこからドロップイン、向かった先のマニュアル台にオーリーで乗っかって、となりのランプでターンを決めようとして失敗し、そのままレッジでボードスライドを決め、でも着地に失敗し、そこからわりと長めのマニュアルでささーっとスタート地点に戻ったのかな。バーニンズのアーロンからは、「次から次へとトリックを決めて、それは俺が本来やるべきことだよ!」とお褒めの言葉をいただき。人前であんなふうに滑るの初めてだったんですが、割と本番に強いタイプなんで、良い経験値になったよ! スケートやってちょうど一年で良い経験ができた。こういう小さな成功の体験を体で覚えるのが大事。音楽でもそうだった。たくさん失敗しよう。そしてその中から小さな成功を積み重ねよう。人生ってそんな感じだよね。

No(3341)

■…2014年 1月25日 (Sat)…….目標sk8
さて1月も終わりに近いんですが、遅まきながら今年の抱負を。抱負ってすごい言葉だな。いや今年の目標は「悔い改め」なんですが個人的に。そうではなくてスケートの方を。本当は毎日でもスケートしたいんですよ。スケートボードね。練習すれば、やれることが増える。やれることが増えれば、もっと練習できる。そうすると、すごく楽しい。でも、そんなに毎日やれるわけないもんね。で、今年の目標というか、課題。今、ちょくちょく成功してきているビッグスピン(B/S Bigspin)はもちろんやるんですが、その他には、フロントフリップ(Front Flip)、F/S360、3shove(360ショービット)、スイッチ180(F/S&B/S)、ノーリーハーフキャブ、あとはマニュアルパッドの上に飛び乗ってマニュアル、ってのをやりたいですね。これくらいかな。欲を言えばバリアルヒールとかもやりたいけど、無理かな。フラットランドの技ばかりですが、どうしても練習環境的にフラットになってしまうと思うんで、そんな感じで。ゆっくりやっていきます。さて今年の終わりにはどれくらいできるようになってるかな。

No(3342)

■…2014年 1月25日 (Sat)…….ライヴ告知
さてそんなこんなで、いつも遅めの告知なんですが、
Imari Tones (伊万里音色)は、1/31(金)に大久保HotShotにて一本ライヴをします。
Kossy Presentsという企画、僕らも何度も出演させていただいている悪名高き「飲み放題ライブ」です。2500円にてドリンク飲み放題、ひとくせもふたくせもある個性的なアーティストがたくさん出演する、今時の音楽シーンをよく表した、濃い企画だといつも思っています。僕らの出番は、20:00 (8PM)予定。よろしければぜひ。
2月にも一本あるいはライヴをやるかもしれませんが、しばらくは録音作業をしますので、4月に予定されているクリスチャンバンド企画まで、ちょっと間があきます。お気軽に遊びにきてください。
こちら

No(3343)

■…2014年 1月30日 (Thu)…….Alter Bridge 来日
さて、Alter Bridgeの昨年の秋に出た新作、”Fortress”なんですが、
Alter Bridgeといえば、Creedの解散後に、Creedのシンガーだけ替えて結成されたバンド。
現代の名ギタリスト、Mark Tremontiが中心となっているバンドと言っていいでしょう。
そして今では、シンガーのMyles Kennedyも、Slashのバンドへの参加によって、現代の名HR/HMシンガーとして名声を高めていますね。

Mark Termontiといえば、自分の中で、ギタリストとしての評価は必ずしも、それほど高いわけではありませんが、Creedのキャリアを通じて、2000年代以降の現代のヘヴィロックのサウンド、ギターのサウンドとリフの在り方を決定づけた人物であり、その功績は偉大です。

また、Alter Bridge以降も、より伝統的なHR/HMに接近しつつも、
モダンな現代のハードロックを構築しており、
現代のロックシーンにおいて、数少ない、「まともなギタープレイ」を聴かせてくれるギタリストとして、
また、表面的な意味ではなく、本来の意味で時代と対決した「正統派」のハードロックを聴かせてくれる、現代の正統派として、
僕の中では認知されています。
Creed、Alter Bridge、自身のソロプロジェクトTremontiと、
そのミュージシャンとしての仕事量と生産性を見ても、
非凡な才能を持った非常に能力の高いミュージシャンであることがわかります。

そしてMark Tremontiといえば、
Creedが1998年にVan Halenの前座をやったところから始まり、
その後も何かとVan Halen一家とは縁のある人物、
Eddieの息子WolfgangはTremontiのソロバンドのメンバーでもありますし、
今となってはVan Halen(というよりVan Halen一家)と
一番近しいミュージシャンと言えるかもしれません。

そんなロックシーンのど真ん中で活躍するMark TremontiとAlter Bridge。

自分はCreedはかなり好きなんですが、
Alter Bridgeは、すごく良いんだけれど、男の渋いハードロックとして、愛聴はしていますが、Creedとくらべると、なにかもうひとつフックが足りないなあ、と思うことも多かったんです。

Creedはあの、Scott Stappの、「女々しい泣き」の部分が、非常に強いフックになっていたのだなあ、と、思います。
そしてScott Stappの作り上げる「女々しい歌詞」は、クリスチャン的な色彩が強く、CreedはStryper以降のクリスチャンヘヴィメタルの代表格として引き合いに出されることも多いですね。
シンガーとしては技術的に言うと、Scott StappよりもMyles Kennedyの方が圧倒的に上なのですが、やはり表現というのは、それだけではないなあと思わされます。

そして、しかし、このAlter Bridgeの”Fortress”なんですが、
これ完全に化けましたね。
「ポストグランジ世代の現代ハードロック」という印象だったのが、
そこからさらに、「完璧なヘヴィメタル」と言っていいところまで進みました。

実はまださっくりとしか聴いていないんですが、
このアグレッシヴさは、
まるでJudas PriestがPainkillerを出したときのようなインパクトがあります。

自分としては、才能に溢れながらもおそらくは「器用貧乏」であろうところのこのMark Tremontiが、ついに本気を出してきたな、という感じで、
(本気を出してなくても今までこれだけの成功をしているのが羨ましいというか凄いところですが笑)
これは、自分が次に進もうと思っていた方向性にちょっと近いこともあり、

心地よい刺激と、
戦慄にも似た脅威を感じているところです。
これほどの音楽に出会えることは、そう多くありません。

時代のせいもあり、
このAlter Bridge、
世界のHR/HMのトップバンドであるとはいっても、
数字的にはCreedのような成功は収められていませんが、
しかし実質的には、世界のHR/HMをリードする存在であることは
間違いないでしょう。

そんなAlter Bridgeが、2月に待望の初来日をするとのこと。
東京公演は、
恵比寿リキッドルーム、
って、
そんな小さい会場でやるのかよ!!!!!!!!

近年の、特に、新しい世代の(2000年代以降)のバンドの来日って、
いつもそんな感じですね!

Bon Joviがいまだに東京ドームでコンサートやるのに、
Skilletはキャパ500人くらいの会場で見れちゃうんですよ!!!!

嬉しいような悲しいような。

No(3344)

■…2014年 1月30日 (Thu)…….2013年音楽トップテンリスト
某ウェブサイトに例年投稿させていただいているやつです。

2013年私的音楽トップテン

2013年はわりとたくさん新譜を聴くことができました。(自分としては)
旧譜はもっとたくさん聴いていると思いますが、めぼしいところで気が向いたものだけ列挙します。
順位は適当です。1位以下は順位ありません。
書いた時期の関係で、2014年1月も含めています。

1位
bloodthirsty butchers “YOUTH”
吉村秀樹氏急逝により遺作となってしまったブッチャーズの新作。
そこにあったのは、すべて織り込み済みであったかのような、生と死を超えた永遠のメッセージ。
空前絶後。こんなのに誰も勝てるわけない。
もう地球最強のロッカーは吉村氏でいいんじゃないかと思う。

RED “Release The Panic”
ストリングを多用したアレンジで、劇的に悲劇的でドラマティックな楽曲が売りだったRED、何かがふっきれたように「明るい」作風で、(今までにくらべて)開放的なロックを鳴らしています。それはまるで新しい世界の幕開けのようなすがすがしさです。ストリングスのアレンジもぐっと控えめに影をひそめています。しかしよりストレートでライヴ向けのサウンドになったのではないでしょうか。筋の通ったメッセージ性とともに、今まで以上に印象的なギターリフが冴え、現代の最新型のハードロックを見事に鳴らしています。クリスチャンロック、というだけでなく、ロックシーン全体からも、REDはまだまだ世界のロックシーンのトップを走り続けるでしょう。

Suede “bloodsports”
1990年代のグラムロックバンド、Suedeの再結成復活作。
世間では、”Coming Up”の続きのようだ、とか、あの時代のSuedeが帰ってきた、とか言われていますが、聴いてみるとまったくの大嘘であることがわかります。
それは、その内容が、本質的にまったく明るくなっているからです。
これは、解散前のラストアルバム”A New Morning”が、表面的にだけ明るい音楽性だったのとは違い、本質的に本当に明るく、前向きな音楽性になっています。
だからそのぶん、聴きやすい、多くの人に受け入れられやすい音楽性のはず。
そして、これは自分にとっては素晴らしい変化でした。
自分が1990年代を共に過ごしたSuedeの音楽。
それが、こんなにも明るく、ハッピーで、満ち足りたものになって帰ってくるなんて、
Suedeの最終章(ではないかもしれませんが)としては、これ以上ないくらいの幸福な結末です。
あの”Trash”と同じ音符が、違った進行で鳴らされる”Barriers”で涙し、”It starts and ends with you”で共に歌い、”For The Strangers”で過去を振り返り、そして聖なる祈りと変態性が同居した名曲”Hit Me”で号泣。
アルバム後半は、また新たな戦いの幕開けのようなおどろおどろしく暗いSuedeサウンドが見えてきています。

Alter Bridge “Fortress”
前身バンドのCreedと比べると、音楽性は高いものの、いまいちフックが足りないように思えていたAlter Bridge、この新作で化けました。容赦のない、インテンスなヘヴィメタルになっています。
来日公演に期待が持てます。

Stryper “No More Hell To Pay”
クリスチャンヘヴィメタルの元祖であり先駆者であるStryperの、世間での再評価の機運が高まる中での、満を持しての新作。
今までにないくらいの、全盛期を上回るくらいの本格的正統派ヘヴィメタルになっており、世間でも多いに評価されています。再結成後の精力的な活動が実り、新たなファン層も拡大する中で、色物のように扱われていた1980年代のイメージを払拭するように、今こそ正統な評価が得られるのではないでしょうか。
しかし、自分としては、無理をして本格的ヘヴィメタルにを鳴らそうとした結果、形だけのメタ情報だらけのアルバムになってしまい、逆に音楽的に中身が感じられず、ちょっと残念なアルバムでした。ちょっと予想はしていましたが。

Earthshaker “THE EARTHSHAKER”
日本のベテランハードロックバンド、アースシェイカーのデビュー30周年を記念しての新作。
自分は2012年にアースシェイカーの初期のアルバムを聴いて衝撃を受け、2013年はその後のアルバムをたくさん聴いてみましたが、スケールの大きなハードロックを純粋に鳴らしていた初期から、時を経るにつれ、商業的な事情や時代の流れに巻き込まれ、次第にJ-Popぽくなっていくバンドの姿がありました。しかしその中でも彼らは日本のロック、特に歌謡ロックのようなJ-Rockの基礎を築いてきたのです。それは後進のバンドたちのために地平を切り開き、90年代以降の日本のロックバンドは皆その恩恵にあずかっています。
その独自の日本のロックをさらに進化させた彼らの現在の音楽、長い年月を経て、もはやリアルに演歌メタルと呼んでいいくらいの境地に達しています。
決して目新しい音楽ではないかもしれませんが、
ロックを愛する人なら、涙なしに聴くことはできないでしょう。

CODAMA Through “ep #2”
90年代に活躍したシンガーソングライター、熊谷幸子さんのユニット、コダマスルー。
2012年の活動再開以来、熊谷幸子先生、いよいよ本気を出してきたようで、とても素晴らしい楽曲が収められています。
マイペースでの活動のようですが、今後の楽曲の発表が楽しみです。

The Devil Wears Prada “8.18”
クリスチャンメタルコアの代表格のひとつであるThe Devil Wears Pradaの新作ですが、メタルコアという表現が、行き着くところまで行ってしまったのか、ちょっと前作までと違った方向性に行っている気がします。最先端のイケイケなイメージのバンドだったんですが、なんとなく自分の世代だと、90年代を思い出すようなサウンドがちらほら。これからどうするんでしょうか。

August Burns Red “Rescue & Restore”
クリスチャンメタルコアの代表格のひとつであるAugust Burns Redの新作。前作の完成度が非常に高かったこと、また同時期に、The Devil Wears PradaやAs I Lay Dyingの作品が、同様に完成度が高く、メタルコアも行き着くところまで行ったな、という印象が強く、あるいは単純にブームが去ったということなのか、このABRの新作もそれまでと方向性が変わっています。よりプログレッシヴな方向を指向する要素と、よりポップでわかりやすい方向を指向する要素がないまぜになっている印象があり、ABRの音楽が本来持っていた凄みのようなものが消え失せている気がします。これからどうなっていくのか気になるところです。

Skillet “Rise”
アメリカの現在クリスチャンロックの代表的存在であるSkilletの新作。
押しも押されぬ大人気バンドであると思うが、新作はあまりぴんと来ず。
正直いって、あまり聴き込んでもいない。
この手のアメリカ南部保守派クリスチャン的な表現に若干食傷気味かもしれない。

TesseracT “Altered State”
イギリスの、いわゆるDjentと呼ばれる新世代プログレメタルの代表格のひとつ、TesseracTの新作。ファーストアルバムからシンガーが交代しているが、バンドのサウンドには非常に合っており、むしろより進化している印象。
彼らの「四次元的プログレ」の気持ちいいところはきちんと押さえてより発展させている。
明らかにハイコスト、ローリターンな音楽性であり、
自分にとってもあまり毎日聴くような音楽ではないものの、
この手の新世代メタルがどこまで行くか、楽しみなところではある。

以下旧譜

XTC / Nonsuch
震災以来、毎年一枚聴くと決めているXTC。1992年発表のこのNonsuch、もう最高です。幸福というのはこういうことでしょう。自分の人生の最後のサウンドトラックは、もうXTCでいいよ、というくらいです。名曲中の名曲”Pumpkinhead”に涙。これぞ現代のクリスチャンソングじゃない。

Y&T “ベスト盤”
Y&Tの来日のニュースとともに、遅ればせながらこのアメリカンロックの伝説を聴いてみました。
ストレートで、臭く、ださい、真っ正直なハードロック、1980年代にいまいち売れなかったのもうなずけるこのダサいセンス。
しかし、そのサウンドは驚くくらいに素晴らしいです。
そして、日本のアースシェイカーの元ネタになった楽曲もちらほら。

The Golden Cups “Complete Best”
1960年代の日本のグループサウンズ、その時代に、横浜が誇った本格的ロックンロールバンド、ゴールデンカップス。
ひょっとして、日本最初のロックバンドと言えるのかも。
あるいは、最初のうちのひとつであることは間違いないのでしょう。
横浜の若き不良たちが鳴らした、てらいのない、軽々と世界を超えるサウンドが、
日本のロックが本来持つ可能性を、感じさせてくれました。

以下、印象に残ったコンサート

Living Colour
数年前に一度、来日がキャンセルになって残念な思いをした経緯があり、今回、待望の来日実現。
ロック系ではなく、ジャズ系の会場だったのは、このバンドのファン層をよく表している、と思う。
彼らも1980年代のヘヴィメタルの徒花のひとつではあるが、時代を経てこうして見ると、
彼らはヘヴィメタルバンドではなく、パンクもスラッシュメタルも演奏できるファンクバンド、というのが本来の姿であったのがよくわかった。
貴重なコンサートだった。

Van Halen
2012年の復活アルバム、そして来日キャンセル、を経ての振替公演、来日実現。
自分の音楽人生において大きな節目となる体験でした。

Suede
人生経験と月日を経て、満ち足りたハッピーなバンドとなって戻ってきたSuede、その、自分の中でのSuedeの最終章となる物語の結末を読むために、参加したコンサート。
とても素敵な特別な体験でした。もちろん号泣でした。
最後の音符は、生涯忘れないでしょう。

Earthshaker
ある意味、1986年の伝説的な武道館公演を見るよりも、価値があったかもしれない、30周年記念のツアーファイナル。昔の曲だけでなく、最近の曲も、すべて号泣でした。

Y&T, Winger, Firehouse
期待どおりのパッケージ化されたヘアメタルをきちんと演奏してくれたFirehouse。どんなに華やかで高度になろうとも本質的にライヴバンド足り得ないWinger。
しかし最も印象に残ったのはY&Tがあの「くさい」曲を演奏した時。
「ストレート」で「ダサい」楽曲が、いかに人々に愛されるかということを目の当たりにすることができた。
もちろんデイヴ・メニケッティの素晴らしいギターサウンドも。
退屈なコンサートだったが、行った価値はあった。

Winger, Trixter
2012年に出た復活作が素晴らしく、自分の中で「もっともキュートなヘアメタルバンド」として認知されているTrixterと、80年代ヘアメタルの中でも屈指の高度な音楽性を誇るWingerの奇跡カップリングを、某事情により某所でキャッチ。
Trixterは期待通りというか期待以上。忘れられないライヴのひとつになった。
しかしWingerは、個々のミュージシャンはハイレベルで素晴らしいものの、バンドとして本質的にライヴバンドではないことを実感。見事なくらい「懐メロ」状態となったオーディエンスの反応にも苦笑。とても良い経験でした。

熊谷幸子
活動再開されて2年目のコンサート。
7月に鎌倉で行われたコンサートは、熊谷幸子さんの音楽とともに年月を過ごしてきた自分たちにとって、ひとつの節目となるような素晴らしい体験でした。CODAMA Through名義で発表される新曲も本当に素晴らしいです。

Toneさんのプロフィール
日本初のクリスチャンヘヴィメタルを名乗るImari Tonesというバンドをやっている人です。
こちら

No(3345)

■…2014年 1月31日 (Fri)…….ストイックドゥーシュ
やることいっぱいあるのに
またひとりごとを書いていてすみません。
こんな自分をお許しください。

これをポストすること自体が
自分の弱さではありますが
自分のとこのCGI日記に
記録として残すだけでもよいのですが

自分は社会的にはどうしようもない人間です。
それはわかっています。
でなければ、こんなことしていないというか、
もっとちゃんとしているでしょう。
あらゆる意味で。

Yes I’m a douche.
I know that.
There is no denying.
そう僕は「いやなやつ」だ
わかってる
否定の余地もない

近年、いつも言っているんですが、
自分は歳をとるごとに気が短くなっている。

たぶん、わからないけれど、
一般的には
普通は、歳を重ねると、
人間が出来てきて、
丸くなっていく、
と言われていると思うんですが、

自分は年々、
気が短く、頑固になっている気がします。

それは悪いことかというと、
自分は良いことだと思っています。

それは、
嘘がつけなくなるからです。

自分は社会的には
いろいろとコミュニケーションのための
必要な要素が不足している人間で

基本的には情報量の過多と
選別ができない問題が
根本にあると思うのですが
いわゆるアスペルガー的な

それから口を開くと
自分でも気が付かないうちに
何かの、誰かの批判をしてしまうことがある

口を開くと人を不愉快にさせてしまう
これはコミュニケーションをする上での
前提の部分がいろいろと
前提の部分に
ずれがあるからでしょう
そのずれを埋める努力が足りないと
いえるかもしれません

どちらにせよ
口を開くと
しらないうちにいろいろなものの
批判をしていることがある
そのつもりがなくても

歳をとるにつれ
嘘がつけなくなってくるというのは

どちらかというと
少年の頃
良い子とか優等生を演じてきた
反動が長い時間をかけて
きているとも思いますが

昔の自分は
もっと温厚で
周囲に自分を合わせることのできる
人間だった

(もっとも、コミュニケーションの出来ない具合は
当時も今も変わらずですが)

けれども
今では、
身勝手な
自称芸術家を
長くやりすぎたせいか

もう自分のコントロールが
きかなくなっています
年々。

けれども
自分を抑えたり、
隠していたり
偽っていた自分を思うと

気が短くなり
嘘がつけなくなり
思ったことをぱっと言ってしまうことは
どうにも、良いことのように
思えています

まあそれで
人間関係や
友達をなくしたりするのは
よくないことですが

小さなことだと
俺は思います

それでも気の合うやつだけ
つきあってくれれば

「俺は人気者になるために
ここへ来たわけじゃないからな」

これは、寺沢武一の有名なマンガ、
コブラのどこかで出て来た台詞ですが、

僕はこの台詞が結構気に入っています。

確か、主人公のコブラが、
他の人物に
「気をつけな、ここじゃアンタは嫌われてるみたいだぜ」
と言われた台詞へ、返した言葉だと思います。

構わないさ、
人気者になるために来たわけじゃないからな

これって、
かっこよく聞こえるけれど

こと、ミュージシャンとか
そういうことやってる人が
言ってはいけないセリフで。

だって、ミュージシャンって
少なくとも、一般的には
人気商売じゃない。
人気者にならないと、いけないわけで。

けれども、
僕は、
一応、自称ミュージシャンを名乗っていても
「構わないよ。俺は人気者になるためにやってるわけじゃ、ないからな。」
って、
思ってしまう。

これって結構致命的なことで
だから、ずっと無名のぱっとしない
インディバンドやってるんだと思いますが、
でも逆説的に、
こういう姿勢だから、
何年も続けていられるのかもしれないけれど。

歳を取って。
次第にわかるのは、
案外自分はストイックだということ。

良い言葉でいえば。
かっこよくいえば。

そういうことって、
生まれる前にすでに決めているんだと
僕は思います。

生まれる前から、
こういう条件で、こういう姿勢で、
こういう約束で、
って、神様との契約書にサインして同意して
ここへやってくるような

その契約書にきっと書いてある
「お前は人気者にはならない」
いいよ、って俺はきっと同意したはず。

人気者でもないし、
どうしようもないdouchebag(いやなやつ、ろくでない)
で構わない

けれども、
かっこつけて、
自分はそれなりにストイックな人間であることは
ちょっとだけ認めてもらいたい

ロックの女神様、
という言葉を僕は今でも使う。

クリスチャンやってるから、
神はイエスキリストだし、
その父である神、
ヤハウェとでも言うのかね、
名前をいいづらい、父なる神ね。

けれども、
ロックの女神様、
という言葉は、
便利だから今でも使う。
それは、ミュージシャンとしての
態度にかかわることだ。
自分のTrade(商売)だから

だから俺は、
それをやれば人気者になれるんだとしても
それをやれば、もっとウケのよいステージがやれるんだとしても
それをやれば、人々にもっと受け入れられるのだとしても

ロックの女神様に嫌われるのだったら
俺はそれをしない。

俺はね、
ロックの女神様に
2007年のオースティン、テキサスで
初めて直接、会ったんだ。

それ以来、何度か会っている。
それは、とても身に余る光栄だ。

どうせロックの女神様も
ジーザスの化身か、
仮装してるか
どっちにせよ
神はひとつだし
地球における神の総元締は、
神の息子たるイエスさんだ。

だとしても
商売の仁義として
僕はロックの女神様を想っている

(実はロックの女神様は、案外うちの嫁さんなのかも
と思うことも、なくはない)

なぜストイックになってしまうのか
それは
俺はロックの女神様に嫌われたくないからだよ

安易なことをして
人々を喜ばせるのは簡単さ

でも
それはロックが偉大だからであって
いわば、女性が魅力的なのは
あたりまえの話じゃないか

女性と愛を交わすときと同じように

俺は、ロックの女神様を喜ばせたいんだよ
男なら
自分ばかりが楽しんでいては
だめだろう

それは、とても簡単なんだよ
与えられるばかりで
自分たちばかりが楽しんでしまうことは

でも、そんなことばかりしていたら
ロックの女神様に嫌われてしまうんだ

だから、ロックの女神様を喜ばせるようなことを
俺はしたいんだ

それは、簡単なことではないんだよ
ロックの女神様を喜ばせるような何かを
プレゼントすることは

たとえば
歴史上最高のサウンドを出し
誰も弾いたことのないリフを弾くとき
女神様は喜んでくれる

でも、それは簡単なことじゃない

そして、それだけじゃない。

東京ドームでコンサートをやったって、
女神様は喜んでくれるわけじゃない。
そんな簡単なものじゃないんだよ。
あの、貪欲なロックの女神様は。
残酷なまでに、貪欲な官能の化身なのだから。

自分が
たぶん必要以上に
人の目から見て
ストイックになってしまうのは
それが理由なんだ

ロックの女神様だって、
何の神様だって
お酒の神様、松尾様だって、
みんなジーザスが
姿を変えてるに決まってる
あの人は
どこにでもあらわれる
誰にでもあらわれる
「ナルニア」のライオンのように
(わかりにくい古いネタだが)
ミスター味っ子の「味皇」が
どこにでもおかしな扮装をして
現れたように。

知ってるよ
あの人のことは
あの人は
ジーザスは
どこにでも現れ、
人々を助けたり
導いたり
するんだ

人類の歴史上
あちこちに

自分が特注のギターを注文するんであれば
そのヘッドには、
フェンダーでもギブソンでもなく
“JESUS”って書かれていたら素敵だろう

でも、実際には、たぶんそんなギターメーカーはない。
南米には多いらしいけど、ジーザスって名前。

僕が昨年、
ギタリスト人生の遍歴の上でついに出会った
自分の運命の理想のギターには、
ヘッドに神様の名前が書かれている

ジーザス、ではないけれど、
残念ながら
でもその神様の名前は
きっと日本に古来から伝わる
お酒の神様、
松尾様、
から取られた名前だろうと
僕は予想し、思っている。
あるいは、同じような発想で。

であれば、
それは、
古代、日本に酒造技術を持ち込んだ
渡来人、つまりはユダヤ人が崇めていた神のことだろう。

ヤハウェ、とか、ヘッドに書けないけれど
そもそも発音できない名前だからだろう神は
書くこともできないよ
だからジーザスと書きたいが、
日本古来のお酒の神様の名前は
ジーザス、と書かれているのの
その次に良いくらいのことなんじゃないかと
僕は解釈している
松尾様、お酒の神様、
あるいは音楽の神様。
そうロックの女神のことだ。

むしろ上位ブランドのMomoseよりもいい(笑)

僕は、
稲荷、
も、
むしろINRIから来ている
イエスキリストのことじゃないかと
思っているくらいだから

きっとすべてはつながっている
といいな

ちなみに
そのマンガ、例の有名な、
コブラ、
にも、クリスチャン的な描写は端々に出てくる
それはアメコミ的な表現を狙ったことだと思うけれど

いちばん気に入っているのは
吸血鬼である「ドラキュラ三世」が、
太陽の光が苦手な吸血鬼なのに
日焼けマシンで真っ黒に日焼けして
十字架が弱点の吸血鬼なのに
「こう見えても俺はクリスチャンだ」
と十字架のペンダントを見せ、
しかもジョン・レノンを愛聴するという、
ステレオタイプの逆をやる場面。

そしてその吸血鬼は、
最後の場面では、
主人公のコブラから
十字架を背負って生きるように言われる。
吸血鬼なのに(笑)

その寺沢武一氏が、何十年も時代に先駆けた、
デジタルによるマンガの表現。
日本ではその後、普及、必ずしもしていない。
でも、英語でネットを見ているとわかる。
ウェブコミックが今、どれだけ人気があるか。

この分野でも、
良い意味でも悪い意味でも、
日本はこの10年、ガラパゴスした。
作り手というよりは、マーケットの面で。

良いか悪いか、
その人次第。
どっちにしろ日本は世界一の漫画大国だし。

でも、面白いか、つまらないか、
で言ったら、
俺はつまらない。

また話それたところで終わり。

すっきりしました。

No(3346)

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