我が家にDeviser社の楽器が順調に増えている。
嫁さんにもフィリピン製Bacchusのベースをあてがってしまった。
お金を浪費しているみたいに思われたくないし、
どの楽器も、これから使う段階だし、
自分のギタリスト人生の最終回答である「猫ポール」ですら、
まだImari Tonesのメンバーにすらお披露目していないくらいだが、
(ジーザスモードであっさり使用。結果はスーパー良好。)
自分でもばかみたいだと思う。
限りある予算、
海外遠征や世界制覇のバンド戦略のために
使わなくてはいけない予算を、
なんだか楽器に使ってしまう。
ミュージシャンとしては、
プレイヤーとしての成長という意味では、
ごく当然のことと言えるかもしれないが。
かといってそれは、
高い買い物というわけではまったくないのだ。
それは、Deviser社の楽器が、
やたらめったら良心的な価格だという理由による。
自分には本当に、
もうこのDeviser社の楽器が、
神の楽器のように見えて、感じている。
これを使えば神の音楽が鳴らせるかも、しれないと思う。
この会社のすごいところは、
なんというか、スタンスというのか姿勢というのか。
普通、どんなメーカーでも、特に大手とか、
たとえば大手楽器チェーンの企画ブランドとか、
「こんなにすごい楽器をつくりました」
「ついにヴィンテージを超えた」
「これぞ究極の豪華なストラト/レスポール/コンポーネント」
とか、
すごい派手に宣伝をする。
楽器屋を巡れば、
そういう各社の派手な宣伝文句を目にすることになる。
けれどもこのDeviserという会社は、
世界一といえるような楽器を作っておいて、
騒ぎ立てることなく、
それに欧米製のギターの半額とかそれ以下の価格をつけて、
黙ってしれっと売っている。
ただ、「自信作です」とか控えめなこと言って。
だから、誰もその楽器の価値がわからず、
平気で売れ残っている(笑)
こんなにシュールなことはないと俺は思う。
音や機能性の話をさしおいても、
ここの楽器には不思議な美しさというのか清潔感がある。
別にとりたてて、どうということのない、ありふれたモデルばかりのはずなのだが。
実際、比較的評判の良いベースはともかく、
ギターに関しては、用途としてぱっとしないモデルも多い気がするのだが。
Deviser社の主力ブランドであるBacchus(バッカス)には、
中国産やフィリピン産の初心者向けの廉価版モデルもあるので、
一般には、初心者向けの安価なブランドとして、あまりよくない印象を持っている人も多い。
僕はいつも、Epiphoneをばかにする人は信用しない、
と言っているが、
同様に、
Bacchusを馬鹿にする人は(シャレではない)、
楽器のことを知らない人だと言えると思う。
だが国内産、日本製Bacchusのクオリティに関しては
かなりの部分で保証ができると思う。
驚異的と言えるんじゃないか。
このブランドの偉いところは、
フィリピン製の廉価版を作っているんだけれど、
かといって、フィリピン製も、
日本から技術者を派遣して、
日本に近い水準で作っているらしいけれど、
そのフィリピン製に関しても、
日本製モデルと同じものを作るのではなく、
きちんと特色やターゲットの違いを出してきているところ。
たとえばうちの嫁さんの新しいベースである
フィリピン製、TF-001に関しては、
色というか、塗装のバリエーションが、
すごく安っぽい色がいろいろ選べるようになっている。
すべてことごとく安っぽい色(笑)
これって、どういうことかというと、
価格帯からしても、
初心者とか、これからベースを始める女の子とか、
本職でないカジュアルベーシストとか、
あとは女の子とか女性とか女子とか
そういうあたりの人たちをターゲットにしてる気配がする。
現にボディもアルダー(ジェミリーナ)製で、
結構軽い。
この軽さと、気軽さ、ポップさは、
明らかに女性向けと思う。
あるいはカジュアルユーザー。
しかし、その中身は、
日本製上位モデルのTwenty-Fourを元にしており、
音は若干軽めだけれど、
バランスの良い素直な出音、
高い演奏性、
そしてプリアンプによる幅広い音作りと、
およそ、非常に広い範囲に対応できるものになっている。
かといって、かろやかで、しなやなか、
素直な出音という、キャラクターは持っており、
それがきちんとプラスに働いている。
かわいいけれど、実力はばっちりというわけだ。
「ホワイトフェイスの黒猫」というテーマで選んだ見た目と相まって、
このフィリピン製アクティヴベースTF-001が、
うちの嫁さんにとって、おそらくは生涯の究極の楽器になることは間違いない。
それは、パーソナリティにぴったり合致しているということだ。
プレイヤーが求めるものは、それぞれ違うのだから。
3万円以下で買った楽器が、生涯の愛器になる場合もある。
だから、比較的安価なレンジのものでも、その中でやはり上質なものが求められるのだ。
このTF-001、某楽器屋のバーゲンによって、おそろしく安い値段で買えてしまった。
あまりにバーゲンなので、Deviser社に悪い気がしてくるくらいだ。
また、
僕もFacebookでシェアした記憶があるが、
南国フィリピンならではの、
マンゴー製ギターを発表したのも、
非常にユニークかつ印象的だった。
あれ、たぶんきっと、かなり良いはず。
フィリピンバッカスの本気を感じる。
そして、日本製バッカスの、
もっともコストパフォーマンスの高い(ようするに安い)
ベースを体験したが、
これがまた、とんでもないぶっとび具合。
もう俺は完全にこのメーカーのファンになったと思う。
このメーカーの楽器に感じる清潔感、
そして、なんというのだろうね、
クラフトマンシップというのか、
会社としてのスタンスもだけれど、
楽器そのものが、まるでプレイヤーへのメッセージであるような。
俺は、楽器のブランドを立ち上げるときに、
そこに神の名前をつけたここのメーカーの人の心意気みたいなものを
評価したい。
音楽の神、って辞書かなにか引いたのかもしれない。
もうちっとマシな言葉があったろうに。
僕はクリスチャンだから、
楽器に”JESUS”って書いてあったらいちばん素敵だ。
でも、それはたぶんいろいろと無理があるだろうから。
このBacchusっていうのは、
音楽の神、という意味を込めたと思うが、
前にも書いたが僕はこれが聖書の神を指していると信じて疑わない(笑)
長野の楽器メーカーの勝手なイメージかもしれないが、
まるで日本酒を作る造り酒屋のような想像をしてしまう。
酒屋が祀るのは「松尾様」
それは、日本に酒造技術を持ち込んだ渡来人、
ひいてはユダヤの人たちが崇めていた聖書の神であると
俺は勝手に信じている。
それと同じことじゃないかなあ、と。
このメーカーが作っている楽器には、
それくらいのなんというか、
霊的なスピリットの高さのようなものを感じるのだ。
たぶん俺だけだと思うけど(笑)
先述したようにBacchusには中国製の廉価版シリーズもあり、
実際のところ、
Bacchusブランドで、
どれだけ本気のギターを作っているか不明だし、
たぶんDeviser社の本気のギターを手に入れるのであれば、
上位ブランドのMomoseを試してみる方が確実とは思う。
たとえばBacchusの”Duke”モデルが、どういう方向性で、どれだけ本気なのかはわからない。
良心的な価格とはいっても、
Momoseブランドのレスポールとなれば、
だいたい20万を超えてくる価格になるけれど、
それでもはっきりいって、
60万するGibsonのヒスコレのレスポールよりも、
楽器としての実用性、汎用性、将来性は、はるかに上ではないかと思う。
それは、ヒスコレが良くないってことではなくて、
ヒスコレは、「ヒスコレ」というマーケットに特化した楽器だから。
特定の音とか、特定の音楽を鳴らすために特化している楽器だと思うから。
でも、俺はたぶん、たとえこれからこのBacchus/Momoseのギターしか一生弾いちゃいけない、と言われても、
たぶんそれほど困らない。
Deviser社のギターは、ぱっとしない、代わり映えのしない、保守的で、ぶっちゃけ僕のプレイスタイルには合わないギターが多いが、
それでもピンポイントで、僕の本当に必要としているものを提供してくれることがある、というか、してくれた。
たとえばたまーにMomoseとかで作ってくれる本気のレスポール、
そして、自分がいちばん好きなコリーナのフライングVも作っている。
Hamerと比較してどうなのか、試してみたい気は多いにある。
まあフロイドローズの付いたギターとかほとんど作ってないから、
そこは、困るんだけれど、まあ。
個人的に、
まったく自分の好みで言うと、
自分がインターネットと自分の足を使って、
見回してみた狭い範囲の中では、
世界の中で、
本物の楽器、と呼べるレスポールを作れるのは、
日本のDeviserと、アメリカのHeritageくらいなんじゃないかと思う。
(個人工房とか、そういうのはもちろん、別なんだろうけれど)
Heritageって、あのGibsonの元職人たちが立ち上げたっていう零細メーカーね。
とにもかくにも、
ひとつの楽器メーカーに、
こんなにも感動させられたのは、初めてのことだ。
聖書を開けば、マタイの福音書の7章あたりには、
良い木か悪い木かは、
そのつける実によってわかる、とか書いてある。
そういう意味では、
たとえ世間の評判や、宣伝文句がどうであれ、
このメーカーの仕事っぷり。
これが人のする仕事というものなのだと、
見習いたい気持ちでいっぱいです。
こんな神の道具といえるような楽器を
作れる人たちがいるのだと。
Deviser社、Bacchusの楽器は、たいてい、
とりたてて代わり映えのしない、
なんというか普通の、素直な音がする楽器ばかりだ。
だけれど、その普通の素直な音、
ということが、どれだけすごいことなのか。
この歳になって僕も少しずつわかるようになってきたという
ことなのだろうと思う。
自分のプレイヤーとしての人生が
あと何年あるか知らないが、
それでももう後半にはさしかかっていると思うが
出会えてよかった
出来ればもっと早く出会いたかったけれど
決してそれが遅すぎなくて
よかったと思う。