いつのまにかBacchusのウェブサイトから、ベースの製品ページからTwenty Fourモデルがなくなっている。どうやらこれは生産中止ということらしい。
(サイト内検索すれば、生産完了モデルのページも見ることができる。リンク先はそれ。)
こちら
かわりにWoodlineの24フレットバージョンがCraft Seriesやイケベショップモデルに登場しているが、形こそ似ているもののこれはやはり違うモデルだ。
Bacchusも今となっては、90年代から数えてそれなりに歴史があるから(かといって他の老舗ブランドからすればまだまだ全然歴史は浅い)、その中でいろいろなモデルがあったと思うが、定番として長続きするモデルが少ないというか、生き残れるモデルはその中のごく一部で、それ以外のものは次々に姿を消していってしまうという、これは国内の中堅メーカーとしては仕方のないことかもしれない。
Bacchusブランドの楽器の中で、たとえば3年後とか5年後にもたぶん生産されている、と言えるのは、ほとんどWoodlineだけなんじゃないか。あとはギターならテレキャスのモデルとか。Dukeも生産数は少ないだろうから、いつのまにか無くなったらどうしよう。凄いギターなのに。
世界一と言っていいくらいに凄い楽器を作っているのに、いろんな理由で買いたたかれ、冗談のようなバーゲン価格で手に入ってしまう。これがBacchusの宿命だ(泣) でも俺はそんなブランドが好きだ。
とにもかくにもTwenty Fourだ。
僕はバッカスのベースの中で、いちばん魅力を感じ、そしてこれがベストである、と思ったモデルはTwenty Fourなのだ。
現に、僕がベーシストとして活動するときのメイン楽器はTwenty FourのCraft Series廉価版であるTF-Ashを使っているし、うちの嫁さんがAtsuki Ryo with Jesus Modeでベースを弾くとき、昨年以来お気に入りで使っているのもTwenty Fourのフィリピン製廉価版であるTF-001モデルだ。
Woodlineが売れるのはわかる。Bacchusの製品の中ではほとんど唯一、マーケットの中で大なり小なり定番の位置を築いたモデルではないだろうか。
要するにジャズベを現代的に使いやすくしたモデルなのだけれど、僕もそしてうちのバンドのはっしー先生も、「普通のジャズベなんて」みたいなところがあるので、Woodlineは自動的にパスになってしまう。
そして実際に楽器屋さんで試してみると、Woodlineは実に堅実でversatile(応用範囲の拾い)な充実した鳴りを誇る素晴らしい楽器だったが、俺はともかく、うちのはっしー先生には合わないという結果がはっきりと出てしまった(笑)
ベースという商品はとても難しい。
たぶんそうなんだと思う。
ギター(エレクトリックギター)にくらべて、ベースというものは、比較的、性能が価格に比例する。
つまり、ギターの場合は、安くても使える楽器というものはいろいろ存在するし、使い方次第でどうにでもなるのだが、ベースは、用途もはっきりしているし、音色がごまかせない部分も多く、どうしてもある程度、高い金額を払わないと良いものが手に入らない。
恐ろしいほどのコストパフォーマンスを誇るBacchusさんであっても、それは同様で、ギターに関しては、ほんの数万円で「まさか」の結果を見つける可能性はわりとあるのだけれど、ベースに関しては「値段のわりにはとても良い」と言えるけれど、10倍の値段の製品を凌駕するような「まさか」を見つける可能性はやはりぐっと下がってくる。(無いとは言わない)
そしてベースという商品は難しい。楽器としても難しい。
価格と性能が比例するということを書いておいて、また矛盾するようだけれど、ぶっちゃけベースの役割というものは、アンサンブルの中で必要な低音を供給することさえ出来れば、シンセベースのサイン波でも間に合ってしまうわけである。そしてそんなシンセベースの音が、高いエレクトリックベースに負けないくらい気持ちいい音になってしまうことさえある。
そんな低音の宿命に、正面から向き合い取り組むことは、とても難儀で、報われない仕事だ。
そしてエレクトリックベースというものはさらに難しく、その用途というか用法が限られている以上、定番の楽器というものも限られている。
それはつまり古くからあるFenderのジャズベースというものが、永遠の「正解」としてそこに存在するのである。誰がどうあがいても、文句を言っても、それが「正解」だったんだからしょうがない。それくらいの勢いだ。
あとは、プレベとか、StingRayとかあるくらいで、あとは特定のジャンル向け、特定の用法向けのニッチなもの(Thunderbirdやリッケンバッカーもここに入るだろう)、ないしはやたら高価で気持ち悪いくらいに木目が入った、弦のいっぱいついてるやつがあるくらいだ。それはまたそれで、別の世界な気がしてしまう。
ああそうね、Spectorとかそっち系もあるけれど、それもStingRayのとなりくらいに置いておいて間違いなさそうだ。つまりはちょっとモダンなベースの定番ということで。
このように「定番」の商品がマーケットに存在し、その周辺も固められている以上、それ以外のオリジナルモデルを作り、販売する、というのは、とても難しく、また勇気のいることだ。そんな気がする。だから、ベースに限らずギターもそうだけれど、IbanezやYamahaといった「日本の大手」が、オリジナルモデルのベースでそれなりに支持を得ているのは、実はとてつもなく凄いことだと言える。
で、つまりは結局、90年代にBacchusというブランドが始まって以来、こうして年月を経てみれば、いろいろなモデルがあったと思うのだけれど、生き残ったのは「定番」であるジャズベタイプのWoodlineだけだった、ということなのかもしれない。結局、ジャズベを作らないと売れない、ということなのだろうか。
で、Twenty Fourである。
まずはデザインがかっこいい。流線型で無駄のないボディシェイプは、24Fの機能性とルックスが同居した洗練されたものだ。国内の中堅メーカーにはよくある宿命で、Bacchus/Deviserさんもデザインや企画のセンスがわりとださいので、その中では奇跡的なくらいにセンスが良いデザインだと思う。
でも僕が思うにはそのデザインのセンスがださいというのも、Bacchusの良いところのひとつだと思うのだ。たとえばBacchusといえば初心者用の低価格モデルが充実しているし、実際初心者向けというイメージだけれど、初心者でも気後れせずに手に取れる親しみやすい(ださい)デザインの楽器で、低価格で、でもその実、楽器としては高性能というこの取り合わせは、日本の楽器プレイヤーの裾野を広げ、良いプレイヤーを育てる環境として、すごく良い方向に働くと思うのだ。
話をTwenty Fourに戻すが、そしてこの洗練された流線型のボディシェイプは、パワーとテクニックを兼ね備えたロックベースとしてのストレートなスタイルとして定番たり得ると、僕は思ったのだ。
けれども話はそれほど簡単ではなかった。
まず、Bacchusのベースは2013年?あたりにモデルチェンジをしており、それ以前のモデルはセパレートタイプのブリッジを採用している。モデルチェンジ後は、なんていうの、バダスダイプ?の普通のブリッジになったのだけれど、Bacchusの最上級ラインであるHandMadeシリーズの楽器は、そもそも生産数が少ない上に、その2012年までに作られたTwenty Fourベースは、このセパレートタイプのブリッジだ。だから中古で見つけることができるもののほとんどはこのタイプだと言っていい。
で、残念ながら、このセパレートブリッジのやつは、試してみたら、だめだった。楽器としては個性があってとても良いのだけれど、僕らが求めるものではなかった。ちょっとうちの用途だと、音がウォームすぎるというか、鈍すぎるのだ。
そして、現行モデル(もう生産中止だけど)の普通のブリッジのやつも、もちろん試してみたことがあるのだけれど、いまいちインパクトに欠ける。とても素直な音で、使いやすいのだけれど、何だろう。素直すぎて、用途がいまいちはっきりしないのだろうか。このあたりが、Bacchusベースのフラッグシップでありながら、Woodlineのように売れなかった(?)理由なのだろうか。
今回、このTwenty Fourが生産中止になってしまったけれども、あるいはその理由の一環かもしれないモデルとして見逃せないモデルが、僕も持っているCraft Seriesの廉価版であるTF-Ashだったと思う。Craft Seriesは、一応日本製のモデルであるが、たぶん木工とかの部分はGlobalシリーズと同様にフィリピン工場なんじゃないかと思われ、組み込みは日本の工場でやっているんじゃないかというモデルだ。
その廉価版であるTF-Ashは、ぶっちゃけ上位モデルのTwenty Four DXよりも、用途や使い道、サウンドの方向性がはっきりしていた。そして、値段もさらに安かった。俺がいくらでそれを入手したかは言うまい。けれども10万円よりもはるかに下だったことは断っておこう。
もちろん本質的な楽器の基本性能としてはHandMadeシリーズのTwenty Fourの方が上であったことだろう。だけれども、このCraft SeriesのTF-Ashも十分に性能は高く、用途がはっきりしているぶん、むしろTwenty Fourよりも「使える」楽器になってしまっていたのではないだろうか。
ボディは重いタイプのアッシュなので、ちょっと重いんだけれど、これがアッシュのベースだぜ、といわんばかりの、上から下まで隙間のない、ズドン!という重低音。かといってレンジの広い、ガラスのようなきめこまかい高音。そしてそれを素直に出力するAguilarのプリアンプ。そう、ストレートなロックとか、ヘヴィな音楽やるんだったら、こっちの方がいいんだよね。
TF-Ashはそういう意味で、大穴であり、Bacchusさんが「ついうっかり作ってしまった」名器であると思います。これも既に生産中止だけれども、市場にはまだそれなりに残っているから、しかもすでに大部分はバーゲン価格になっている頃だから、必要な人は、今のうちに手に入れておいた方がいい。値段の2倍か3倍の働きはきっとしてくれる。
そんなTF-Ashの意外な大穴っぷりが、共食い現象として、上位モデルのTwenty Four DXの売り上げにも響いてしまったのかもしれない。(あくまで想像)
そんな微妙な立ち位置に立たされてしまったTwenty Four。
そして昨年くらいから既に、次第に店頭やネットでも見かけなくなり、ついにはメーカーのホームページからも姿を消してしまった。
俺が思うに、Bacchusの国内の最上級モデルであるHandMadeシリーズ。
その、ギターでいえば、Duke Standardであるとか、これも既に生産中止だけれどClassic SeriesのHシリアルのレスポール。
これらのモデルは、レスポールというカテゴリに於いては、値段が5倍くらいする本家をしのぐくらいのクオリティであり、世界でもトップレベルにあると言っていいものだと思う。
だけれども、こと、このベースというカテゴリにおいては、用途も限られ、より値段に性能が比例してしまうベースという楽器においては、Bacchusさんの技術力をもってしても、ミラクルは難しいのだろうか。
いったいベースとは何なのだろう。
ベースの役割とは何なのだろう。
そしてベースという楽器に、何をどこまで期待していいのだろう。
先だって、4月の終わりだっただろうか、僕はベースについていろいろと考える中で、うちのバンドのはっしーと一緒に、都内のイケベさんをはしごして、Bacchusのベースをはっしーに弾いてもらい、いろいろ実践チェックをしてみた。
そこでGlobal Seriesフィリピン製のちょっと変わったモデルに目をつけていたのだけれど、結果は芳しくなかった。そこで、僕がベースを弾くときと、はっしーがベースを弾くときのタッチや鳴らし方の違いというものに気付いたのだった。俺が弾くと良い感じになるベースもあれば、その逆にはっしーが弾くとちょうどよくなるものもある。タッチの違いもあれば、体格の違いもある。どんな楽器であれ僕は「鳴らす」才能と能力は人一倍にあるつもりだ。その一方で小柄な僕にくらべるとはっしーは骨格の部分でベーシストとして有利なのは間違いない。指ひとつとってもはっしーの方が当然に太いわけで。
そして、やはりはっしーのタッチとサウンドには、Midレンジも含めた3バンドのEQが必要なのだということを改めて認識したのだった。(俺もはっしーも、どちらかといえばアクティヴベース派であります)
その時のテストではWoodlineこそ合わなかったものの、逆にはっしーは4、5万円程度のGlobal Seriesのベースを高く評価していた。そして既にイケベさんの店頭には僕が理想として考えるTwenty Fourは無かったし、都内の楽器屋を探しても既にほとんど見つからない状態なのは知っていた。
Twenty Fourを、俺がいいと思うのは、はっしーが長年愛用しているLakland USAのモデルによく似ているからという理由もある。
現代的で洗練されたボディシェイプもそうだし、アクティヴ回路や、ハムバッカーを採用したピックアップのコンフィギュレーションも似ている。
結局のところはっしーはこのLakland USA(値段とても高い。とてもとても高い。)を使い、それでこれまでずっとImari Tonesのサウンドを支えてきた。そして、長年使い込んだはっしーのLaklandは素晴らしい鳴りをするようになっており、別にこれがあれば60年代のヴィンテージFenderとか買う必要はぜんぜんないと俺は思っているくらいである。
だけれども、Bacchus/Deviserさんとこの楽器、そして「猫ポール」と出会って音の価値観をくつがえされて以来、僕はさらに上を求めるようになった。
そして、これから僕たちが挑む「鍋島」の境地。
ここに挑戦するためには、「それ」が必要なことは予感していた。
そして「鍋島」の青写真が出来上がった今、あくまで日本製の、本来の意味で日本製の楽器だと言える、そんなBacchus/Deviserさんとこのベースが必要なことが、はっきりとわかってきた。
だからこそこれまでリサーチを重ねてきたのである。
しかし既にTwenty Fourは生産中止。
レギュラーモデル、現行の普通のブリッジのTwenty Fourモデル。ボディはライトアッシュだが、それを弾いてみたとき、非常に良い楽器だったのだけれど、今、僕らが「鍋島」に必要としているものは、それよりもさらに踏み込んだものではないだろうか。
つまり、ライトアッシュはレンジの広い音を出すものの、音が素直に、透明にすぎる。テクニカルなフュージョンとか、質の高いポップスをやるのにはいいかもしれない。だけれども、僕らが「鍋島」に必要とするのは、それではないかもしれない。
はっしーの愛用するLakland USAがそうであるように、アッシュの上にトップ材として何かを貼れば、果たしてどうだろう。はっしーのLaklandにはトップ材にキルトメイプルが貼ってある。それがミッドレンジを担保し、音の上ではミッドの色気を加え、またアッシュを鳴らすのが比較的苦手な彼のピッキングに、トップのメイプル材が反応してバランスが取れるのである。
そうしたトップ材によって、無色透明なライトアッシュのサウンドに、色気を加えることができるだろうか。
エレクトリックギターの究極であるレスポールと同じように、ベースにおいても、色気とレンジの両立はやはりボディのバック材とトップ材との組み合わせによって達成されるのだろうか。
僕が思うところのBacchusの理想のベースはTwenty Four。
確かにTwenty Fourはどうやら昨年をもって生産中止になっているようだ。
けれども、Bacchusさんは、カタログにも、ホームページにすら載っていないスペシャルモデルや、ショップオリジナルモデルを、案外こっそりといろいろ作っているメーカーでもある。そのあたりは、いろいろウォッチングしていく中で気付いている。であるから、可能性はあるのである。そして、最終的に奥の手としては長野県松本市まで行ってカスタムお願いして作ってもらえばいい、というオチもある。
タネ明かしをしてしまえば、「鍋島」は和風のハードロックである。それはつまり、日本人がLed Zeppelinを鳴らすのであればどうすればいいのか、という、昔から日本人のロッカーたちが何度も挑戦し続けてきた命題への、僕なりの回答でもある。
何かそういった和風のニュアンスや色気を持ったサウンドで、Twenty Fourのパワーとスタイル、そしてとても数字では測ることのできない期待以上の「霊的な」クオリティを持ったBacchusさんのベース。
果たしてそのようなものが存在するだろうか。
そんな「まさか」のベースはあるのだろうか。
存在したとして、果たしてうちのはっしー先生がそれを使いこなせるだろうか。
僕らはこの「鍋島」の戦いに挑むことができるだろうか。
続く。