これは個人的なブログポストであるけれども、なぜ僕たちがクリスチャンミュージックを演奏しているのか、その理由がわかるかもしれない。
それは1995年のこと、僕たちが高校生だったころに僕はこの一人の少女と出会った。
ここでティーンエイジ・ラヴストーリーについて書くことはしない。それはとてもややこしくて、映画のストーリーのようなものではなかったからだ。僕の家庭も、彼女も家庭も、ちょっとした問題を抱えていた。
そして1996年の1月、僕はその女の子に、結婚したいのだと告げた。僕たちはとても若かったので、そのことについておかしいと思う人もいるかもしれないが、本当だ。それは「この人生を一緒に生きよう」というものであって、「そろそろ落ち着いて家族を持とう」といった性質のものではなかった。
彼女はイエスと言い、それが僕の人生の本当のスタートになった。それは、人生のハードモード、大変なバージョンの人生ということだった。
いろいろなことが起こり、僕は法律家になるという自分の夢をあきらめざるを得なかった。僕は自分の夢を追うことよりも、彼女と一緒の人生を選んだのだ。それは彼女なしで人生を生きることが考えられなかったからだ。
法律家になるという夢をあきらめた後、僕に残った唯一のものは音楽だった。これはとても皮肉なことで、なぜなら僕は音楽ビジネスというものを最初から信じていなかったからだ。僕はそれは馬鹿げた、嘘と虚飾でいっぱいのものだと感じていた。それは真実ではなく、追いかける価値はないと感じていた。僕は実際の社会の中で本当のヒーローになりたかったのだ、音楽という虚飾の世界の空想のヒーローではなく。
けれども僕に残されたのは、この音楽という、あまり信じられない、空想じみたものだけだった。
けれども、音楽のビジネス面やハイプ、虚飾の面を信じていなかったからこそ、僕は音楽の裏側にあるスピリチュアルな概念を見ることが出来た。僕はそれは追いかける価値があると思った。それはとても孤独な旅路であったけれども、少なくとも彼女はいつも僕のそばにいてくれた。
何年か後になり、僕はイエス・キリストに出会った。それは自然なことで、明らかな成り行きによるものだった。なぜなら僕は音楽の中にある魂の真実をいつも求めていたからだ。
「ああそうか、これがすべての芸術や音楽が作られた理由なんだな」僕はそう思った。
すべての物事がしっくりと来て、僕はそれを理解し、僕の人生は意味を持つものになった。奇妙かもしれないが、本当のことだ。
2008年に僕たちは一緒に教会に通うようになり、2009年には同じ日に一緒に洗礼を受けた。
人生は以前として厳しく、あるいはもっと厳しくなっているかもしれないが、僕たちは今でもここにいる。
しかし振り返ってみると、彼女はいつでもそばにいてくれたし、真実はというと、イエス・キリストも常にそこにいてくれたのだ。はじめから、ずっと。
ここ何年かは、僕は自分の日本人としてのルーツということに向き合い、それをキリスト教の信仰と融合させて、新しい芸術を作ろうとしていた。たぶん僕たちはそれをもうすぐリリースすることが出来るだろう。(たぶん来年)
僕たちは2006年の8月に自分たちの結婚を法律的に手続きした。現代日本の社会の状態について語ることはしないが、それは僕たちにとっては書類上のことに過ぎなかったが、僕たちはそれをする良いタイミングだと思ったのだ。
しかしそれは、これが僕たちにとって14周年の記念日であり、また人生の中で25年を共に過ごしたということになる。
こういった個人的なことを英語で記述するのは少し変な感じがする。ほとんどの人は現代日本の社会の状態や現実の生活を知らないだろうから。そして僕たちが向き合ってきた現実も。そういう意味では、誰にも理解してもらえないことかもしれない。けれども僕たちの愛と、2人が築き上げてきた関係は真実だ。Time will tell、時間が証明してくれる、という言葉があるけれども、その意味では時間はすでにその証明をしてくれただろう。
僕たちは普通の典型的な夫婦という感じではないし、これからもそういうふうにはきっとならないだろう。けれども、僕がこの女性に今でも恋をし、人生の中でどれほど多くの幸せを感じているかということは、とても驚くべきことだ。言葉では説明ができない。ティーンエイジの情熱を今でも持ち続けているので、僕たちの心はとても若々しく感じられる。
これは個人的なことであり、僕はこうした個人的なことをインターネット上でアピールするようなことは必ずしも得意ではない。(僕は古いタイプなのだ)
しかし、もし誰かに聞かれれば、僕たちは自分たちがとても幸せだと言うことが出来る。
そして僕は君に、人生は驚くほどに素晴らしい、と言うことが出来る。
どうもありがとう。
皆さんに神様の祝福がありますように。
ジーザスが共にいてくれますように。