さて、我々イマリトーンズ、7月に新しいアルバム”Nabeshima”をリリースしまして、広報活動の一貫として、各音楽メディアにプレスリリース送ったり、音源を送ったりもしておりました。
これは、リリース元であるSliptrick Records、そこの関連のプロモーター(パブリシスト?)もやってくれている仕事ではあるのですが、大きな会社のでっかい予算をかけたキャンペーンではないのであてには出来ないし、インディバンドはあくまで自助努力ってことで、わりと自分たちでも動いてやってしまっています。
その結果、中小規模のウェブジンとか音楽系ブログなどにアルバムのレビューが載ったりします。
で、リリースから二ヶ月ほど経過した今の段階で、
まあリリースに際しての記事はわりといろんなところにのっけてもらったんですが、
そしてちょっとしたニッチなジャンルの雑誌にのっけてもらうこともありましたが、
レビューに関しても、多くはないですが、何件も掲載してもらっています。
これは、時間差ということもあり、これからたぶんもうちょっと増えるだろうと思います。
で、”Nabeshima”アルバムのレビュー、評論。
それらの評価ですが、結構バラついています(笑)
これは、わりと予想できたことでした。
まず、二枚組。
ニッチなカテゴリで活動してる無名のインディバンドのくせに、二枚組。
「なんで二枚組なんか出すの」というツッコミが、まず入ります。
しかも言語は日本語と英語の半分ずつ。(しかもどちらかというと日本語に重点を置いている)
音楽性は、メタルバンドと言いつつも、かなりバラエティに富んでいる。(バラバラ、とも言う)
で、もって、クリスチャンミュージック、ゴスペルミュージック、という宗教的なメッセージ性が絡んでくる。
とっつきにくい要素が満載です(笑)
Imari Tonesがどういうバンドなのか、これまでどういった活動をしてきたのか、そういった予備知識や、文脈を知った上でないと、たぶん「何をやっているのか、そもそもわからない」可能性が高い。
また今回は、日本のキリスト教や、歴史的な背景なども絡んでくるアルバムなので、特に欧米のレビュワーさんには、意味がわからない。
ファン、とか、リスナー、ならまだしも、「評論家」みたいな人たちには、きっと尚更わからない。
このアルバムは、「日本語がわかって」なおかつ「英語もわかって」なおかつ「キリスト教の視点」(あるいは、何かを信じるという視点)がないと、理解できないアルバムではないかと思います。
そういう意味ではターゲットはものすごくニッチです。
そんな理解するのが難しい、厄介なアルバムを作ってしまったのかと。
はい、そうです。
でも、そこに伊万里音色の、これまで活動してきたことの「奥義」が、すべてのメッセージが、込められているから。
それに、ボリュームもあって、内容も難解で、ユーザーフレンドリーですらない作品って言ったら、聖書だってそうだもんね。
だから、聖書にくらべたら、これは随分簡単だろ、って。
そう思ってます。
なので、結構バラついているレビュー、評論の内容なんだけれども、僕としては「そんなもんだろう」と納得しています。
というか、面白がって見ている。
その反面では、ファン、リスナーの皆様から、「素晴らしい」「この曲が気に入った」といった反応も多数、頂いているわけだから。
でも今のところファンの人たちからは、「Sakura Dayが好き」っていう言葉を何度ももらってるね。日本語の曲なのに。これはアルバムの最初の方に入っているせいもあるだろうな。
否定的なレビュー、評論の内容として多いのが、「メタルバンドと言っているが、内容があまりメタルではなく、ジャンルがバラバラである」みたいな内容。
これはオルタナティブだ、って書かれたのもあったし、いわゆる日本の風変わりなオルタナティブ系のバンドとして解釈されたり、とか。
そもそも「ヘヴィメタル」の定義とか概念も時代によって変わるので、今の時代においては、チューンダウンしたギターでハイゲインアンプを鳴らし、ブラストビートを叩いて、デスヴォイスとかスクリームとかのヴォーカルスタイルじゃないとメタルとは言わないのかもしれない。
でも、僕の中では、自分がやってるのは、すべて伝統的なハードロック、正統派ヘヴィメタルの範疇のつもり。そこにちょっと音楽的なバラエティはあるかもしれないけれど。
「こんなのはメタルではない」「内容がバラバラで理解できない」みたいなことを書かれたことについては、はっきり言って「我が意を得たり」と思っている。
つまり、音楽を類型的に、ジャンルやスタイルで型にはめて考える人には、理解出来ないんだろう、っていう。
かといって僕らは「変態的ミクスチャー」とか、わかりやすく「変なことやってます」っていうわけじゃなくて、あくまでストレートに、伝統的なロックを、メッセージ性を大事にやってるだけだしね。
さらに、バラついた評価のレビューの中でも、狙い通りというか、手応えを感じたのは、
レビュー、レビューワーによって言うことが全然違うってのもあるんだけど、
レビュワーさんによって、ハイライトトラックというのか、「この曲が良い」みたいにピックアップする曲が、毎回全然違うこと。
普通にリーダートラックの”Passion”を挙げる人もいれば、
それこそ変態系の”Atomic Jam”を推す人もいる。
80年代風のポップなハードロックの”Sonic Soldiers”を挙げる人もいれば、
ごく普通のJ-rockである”123,4&5”が良いという人もいる。
バラードの”Sakura Day”がいいと言う人もいれば、インストの”Tsukuru”がいいという人もいる。
ハイテンションな”Extravaganza”が良いっていう人もいれば、カオスな”Utage”が良いっていう人もいる。
ほんとにどのレビューでも、まったくといっていい程、違う曲がハイライトに挙げられている。もちろんこれは二枚組で曲数が多いことも関係しているのだろうけど。
つまりこれは、”Nabeshima”は、something for everyoneを持っているアルバムだということだと思う。
“Nabeshima”はバラエティに富んでいて、なおかつマルチカルチャーな内容を持つ、わかりにくいアルバムかもしれない。
けれどもたとえわかりにくかったとしても、その中には必ず、誰にとっても「これはいいな」っていうものがある。どんな人にとっても、何かの形で、リスナーに触れるアルバムじゃないかと思う。
自分としては、アルバムの中で、ないしは自分たちの演ってきた曲の中で、どれかひとつだけでも、気に入ってもらえたら、それで十分に嬉しいわけだから、その意味では狙い通り、目的は果たせたことになる。
そして、そういった音楽性の幅の広い、文化的な文脈においても、メッセージや信仰といった霊的な意味合いにおいても、複雑な背景と内容を持つアルバムであるから、
そこに何を感じるのか、何を聞き取るのか、っていうのは、そのリスナー本人の内面を、すごく表すものになってくる。
つまり、今までもらったレビューについても、それは”Nabeshima”という作品について言っていると同時に、レビュワーさん本人の考え方、物事の捉え方、その人の持つ音楽的な背景について、雄弁に物語っているということだと思う。良し悪しは別として。
つまり”Nabeshima”に何を見出すのか、っていうことが、君自身の姿であり、(音楽的な意味でも)信仰の形なんだと思う。
だから僕はこう言うことが出来る。
「Nabeshimaの中に、君自身の答えを見つけて欲しい」
って。
なんかね、確かに自分は、けっこう大きなものを作り上げたんだな、っていう手応えがあるよ。
これらのレビューの反応を見ているだけでも。
でも、本当はシンプルでさ、
どんな場所でも、どんな環境の中に生きていたとしても、
たとえ逆境や苦難の中にあったとしても、
「信じる」
っていう気持ちを、その手の中につかんでいる人にとっては。
きっとシンプルに、伝わっていく内容だろうと思う。
日本におけるキリスト教っていうのは、「信仰のたどり着く先」「信じることの未来」だからね。
僕たちにとってこの”Nabeshima”は、信じた先の終着地点なんだよ。(もちろん物語はこれからも続いていくけれども)
もうひとつは、プロダクションの面かな。
アルバムの録音や、音作りっていうことについて。
プロダクションに文句を付けるようなレビューも、いくつか書かれたんだけれど。
これも、僕の側には、ちゃんと言い分がある。
インディーバンドで低予算、ってことじゃなくて、伊万里音色の音楽の文脈としての理由がある。
そもそも僕らは、最初から、現代およびメインストリームの商業的な音作りからは、距離を置いている。
インディならではの手作りの音をやらなきゃ意味がないと思っている。
(そのへんの価値観も、メタルというよりは、インディ、ガレージ、オルタナとかの音の価値観になってくるのかもしれないが)
そしてこの”Nabeshima”は、「歴史もの」のアルバムだ。
時を越えた、古代日本からのメッセージだ。
何百年もの間、土の中に埋もれてました、っていうような音にしたかった。
当初は、もっとローファイにしたいと思っていた。
モノクロ、水墨画のような。
ごくごくシンプルな録音とアレンジ。
かろうじて、曲の形がわかるくらいの、古文書みたいな音にしたいって思ってた。
でも、実際に演奏して、音作りをしていく中で、そうではなくて、現代のありのままの音で、加工をほとんどしない「古文書」を作ればいいのだと気が付いた。
だから、音が荒い、とか、生々しい、とか言われるのであれば、それはその通り。
今の時代の、すべてが編集、修正、加工された、デジタルの上で作り出された完璧な音とかでは、まったくない。
そんでもって、商業的な音作りもまったくしていない。
だって、発掘された遺跡、であり、古文書、であるわけだから。
江戸時代の録音に、AutoTuneとかかかってたら嫌でしょ。
いやもちろん、江戸時代にそもそもロックを演奏とかしないけどさ。
シンプルな録音って言えば、ギターだって一本だけだ。
それは、僕は一人で作ってた昔の作品では、ずっとギターは一本だった。
バンドになって、“Japanese Pop”から”Jesus Wind”までは、左右一本ずつ、それでも2本(笑)、だったけど。
でも、前作の”Overture”から、また一本に戻したし、いわんや今回の”Nabeshima”は、なるべく素朴な音にしたかった。
でも、そのぶん、ギタープレイや、演奏のありのままの姿が、伝わるだろう?
いくつかのレビューでも書かれたけれど、特にギターソロに関しては、今までで間違いなく、自分の人生で最高の出来だと思うんだよね。
それは、飾らない素朴な演奏、素朴な録音だったからこそ、伝わる内容。
だからね、「荒い」とか言われるかもしれないが、
特に現代の基準ではこういうのはあまり、あり得ないかもしれないが、
僕としては非常にこだわって、理想に近い録音、音作りが出来たと思っているんだよ。
これは「古文書」であり「江戸時代の音」(17世紀)なわけだから、
今の時代の音、とか、一般的なロックバンドと比較してどうか、とか、そういうのは考えちゃいけなかったんだよね。
今の時代には存在しない、不思議な形をしたロックバンドの音、であるべきだったんだ。
その意味で、僕はこの”Nabeshima”の録音およびプロダクションは、十分に目的を達成したと思っている。
(マスタリングについては、少々突っ込み過ぎた面があるのは事実なので、将来的にマスタリングし直してもいいかもしれないが、作品の意図としては十分に納得している。)
たとえば「戦国キリシタン」を聴いてみてよ。
全体にわりとローファイな音作りになっているけれど、ヴォーカルがあまり鮮明に聴こえないミックスになっている。
それは、現代の商業的な基準から言えば、ヴォーカルははっきりとくっきりと聴こえなければならない。
けれども、この曲は「細川ガラシャ」や「高山右近」が登場する曲だ。戦国時代の録音なわけだから、クリアな音質で聴こえたら、却っておかしいじゃないか。オーディオ的に物質的な刺激として伝わるものよりも、それを介して霊的に伝わるメッセージを優先したかった。僕はいつでもそういう価値観でやってきたけれど。
それは、はた迷惑かもしれないし、おかしな形かもしれないけれど、それでも僕は、「ここはローファイにしなきゃ。不鮮明にしなきゃ」と思ったんだよね。
どうだろうか、戦国キリシタン。この曲いいね、って言ってくれたファンの人も、事実何人かいたよ。
もっとも時代考証ってことで言えば、ギターソロは戦国時代っていうよりは、大江戸八百八町、十手持ってゴーって感じだけど。(意味不明)
さて、「言い訳」はこのくらいにして、
今のとこ、もらったレビューは、こんな感じになっている。
もちろん、僕らが自分たちで把握してないものも、まだネット上にはあるかもしれない。
評価がわりと良い順番に並べてみようか(笑)
過去のアルバムもいくつかレビューしてもらったクリスチャンメタルのサイト。とても詳細で公平なレビューだと思います。
https://www.angelicwarlord.com/reviews/i/imaritones21.html
実はこのレビュワーさんはうちのバンドのファンもやってくれているんだけど、「世界でも最高のギタリストの一人である」と有り難いお言葉。たぶん言い過ぎ。
https://xsrock.com/imari-tones-nabeshima-review/
これはレビューというより紹介記事という感じで、100点中100点をいただいて、ちょっと贔屓してる感じだけど、こういうのもあってもいいよね(笑)
https://www.themetalmag.com/imari-tones-nabeshima-cd-digital-6th-june-2021-sliptrick-records/
当たり障りなく全曲を軽く解説し誉めていただいている。
https://annecarlini.com/ex_cd.php?id=3884
これはクリスチャンロック専門誌にのっけていただいたやつ。あたたかい目線で評価していただいた感じ。
https://classicchristianrockzine.publica.la/library/publication/ccr-magazine-3-july-2021
ギターの音が生々しいって言われた。褒め言葉と受け取っていいのか? ヴォーカルはやっぱりGeddy Leeって言われてる。「まるでGeddy LeeがRATTで歌っているようで困惑した」(笑)
http://mauce.nl/site/imari-tones-nabeshima/
煮え切らないレビューではあるが、行間を読むと評価しているようにも思える。
https://www.seaoftranquility.org/reviews.php?op=showcontent&id=23451
若干的外れな記述もあるが、わりとまともなレビュー。「個々の曲は面白いがJesus Windにくらべれば内容にまとまりがない」と前のアルバムを評価していただいている。
http://journalofgospelmusic.com/christian-rock/imari-tones-nabeshima/
80年代のアンダーグラウンドのメタルの雰囲気があるとか言われている。
https://www.facebook.com/wildernessviking/posts/imari-tones-nabeshima-2021-mini-review-japanese-band-imari-tones-have-a-new-doub/4067208080044194/
もはやメタルではなく「オルタナティブバンド」と言われている。日本のオルタナ系としての風変わりな要素を評価してくれている。
https://roppongirocks.com/2021/08/02/album-review-imari-tones-nabeshima/
「こんなのメタルじゃない」「混乱した」と酷評。でも”Passion”は良い曲だと言っている。
https://giornalemetal.it/imari-tones-nabeshima/
以上かな。
まだまだ少ないね。
たぶんこれからまだ増えると思います。
あとは上記のやつもそうだけど、雑誌っぽい媒体もちょこっとありました。
それはまた別記事にて。
ありがとうございます。