Nabeshimaへの道 ep2

3月にバンドをバラした時、脱退に際してはっしーは、「自分を悪者にしてくれて構わない」と言っていた。
それが彼の優しさでもあり、また、彼の人間としての切ないところでもある。
その彼の、複雑な状況や、気持ちは、想像することしか出来ないが、彼のことを知っている人は、彼の愛すべきツンデレキャラ、気難しいけれど優しい、みたいな面を、きっとわかっているはずだ。

このThe Road To NabeshimaのYouTubeシリーズで、これまでのバンド活動を振り返る時、やっぱり語っていくと、「そこには限界があった」と、若干悪者扱いをせざると得ないところがある。

そうはいっても、基本的には「感謝している」とまとめているつもりだ。

だから、あんまりネガティブになっていないことを願う。
日本語で書いた脚本は、ニュアンスが伝わりにくいかもしれないが、掲載しておきます。

 

 

“The Road To Nabeshima ep2 – Why we stopped touring USA”

ハロー、Tak from Imari Tonesです。

前回お話したように、2018年3月をもって、ベーシストのはっしーとドラマーのジェイクはバンドを去った。
そして僕は、新しい形でバンドを再スタートさせなければいけない。

けれどもその前に、まず、どうして彼らがバンドを去らなければならなかったのか、その理由を皆さんにお話しようと思う。

僕ははっしーに、2007年8月に出会い、そして彼はこのバンドに加入した。
その後、いろいろな理由があり、僕はクリスチャンになり、僕たちはクリスチャンバンドになった。

そして当時のドラマーがバンドを辞め、そして2008年10月にジェイクが加入した。
ジェイクとはっしーは、古い友人だったんだ。

そこから僕たちは、「日本で最初のクリスチャンヘヴィメタルバンド」を名乗り、アメリカを4度ツアーし、さらにアメリカのバンドと共に日本を4度ツアーし、たくさんのアルバムを作った。

それは、”Victory In Christ”、”Japan Metal Jesus”、”Heroes EP”、”Revive The World”、”Jesus Wind”、そして”Overture”だ。

けれども道のりは平坦ではなかった。
特に後半の5年はとても大変だった。

なぜ大変だったのか、これから、そのことについて話したいと思う。

時間を巻き戻して、2011年。
僕たちは、3度目にアメリカをツアーした。

そして、テネシーのナッシュビルで行われた、The Objectiveというイベントで演奏し、そこに居た音楽業界の関係者から絶賛された。僕たちはロックし、Raise The Roofした。僕たちは絶好調だった。

2010年代、音楽ビジネスは、昔のようにビッグではない。
だから、音楽業界の人々の前で良い演奏を行ったからといって、簡単にチャンスが訪れるわけではない。特に、日本人の僕たちにとっては余計にそうだ。
けれども、それは僕たちにとっては数少ないチャンスだった。

僕達は、翌年、The Extreme Tourと呼ばれるグラスルーツスタイルのクリスチャンミュージックツアーに参加した。なぜなら、前の年にナッシュビル、テネシーで演奏した時、そのイベントThe Objectiveを主催していたのは彼らで、ツアーに参加しないかと誘われたからだった。

そして、僕たちにとっては4度目となるアメリカのツアーだったけれども、そのThe Extreme Tourでも、人々を、オーディエンスをロックし、大好評を得た。CDをたくさん売った。
それは音楽的にも、信仰の面でも、スピリット的にも、素晴らしい体験だった。

そして、たぶんその2011年、2012年頃のアメリカでの体験が、僕たちの活動の中でのハイライトのひとつだった。

僕たちが望んだのは、そこからさらにアメリカをツアーし、アメリカに滞在して、さらにチャンスを掴むことだった。

ロジカルに考えれば、それは成功するための次のステップだった。きっと誰でも、成功するためにはそうすることが必要だと思うだろう。特に、僕たちがクリスチャンミュージックをやっていて、日本国内のマーケットではあまり受け入れられないと思うのであれば余計にそうだ。

けれども、僕たちはそうしなかった。

なぜか。

それは、バンドのメンバーが、Not Readyだったからだ。

それがメンバーのうちの誰か、ということは言わないでおきたいけれども。
Some of the members、あるいはBoth of the members、
彼らはNot Serious Enough、音楽に対してそこまで真剣ではなかった。

彼らはそれ以上、音楽を演奏するために、リスクを冒したくなかったんだ。
それは、人生におけるリスクということだね。
経済的なリスクということでもある。

日本においては、バンドの一員である、ということは大変なことだからね。
だからそれは十分に理解できることなんだ。

 

バンドというのは、1人では出来ない。
チームでやっていくものなんだ。

だから、僕たちはそれ以上、アメリカでさらなるチャンスをつかむことが出来なかった。

ファンの中には、僕たちが2012年以来、一度もアメリカを訪れず、また、海外でのショウを一度もやらないことについて、不思議に思っていた人もいるかもしれない。

けれども、これが理由なんだ。

バンドのメンバーが、海外のツアーに行きたがらなかったんだ。
彼らは音楽を演奏することについて、情熱的ではなかった、Not Passionate Enoughだったんだ。

あまりネガティヴにはなりたくないから、それでも僕は、彼ら、はっしーとジェイクに対して、とても感謝している、ということを言いたい。

それでも結局、僕たちは10年もの間、一緒にプレイして音楽を作ってきた。
それは、僕たちが良い友人、Good Friendsだったからこそ出来たことなんだ。

だから、10年間、一緒に演奏して、一緒に音楽を作ってきてくれたことに対して、僕はお礼を言いたい。

 

そんな理由で、僕たちはアメリカには行けないことになった。

たとえ僕自身はアメリカや、他の国で、演奏の機会を得て、チャンスをつかみたいと思っても、バンドメンバーがそれに同意しなかったからだ。

けれども、僕はそのことについてネガティヴに考えなかった。
そのかわりに、僕はその状況の中から、ポジティヴなことをやることにした。

それは、日本で音楽を作るということだ。

そして、日本の仲間たちと一緒に協力するということだ。日本の友人たちとGetting togetherして、日本のクリスチャンロッカーたちと共にプレイすることだった。

それはグレイトなことだった。
なぜなら、僕の中には、海外に出て演奏するのと同じくらい、祖国である日本について情熱を持っていたからだ。

僕たちのゴールはいつでも、日本の人たちに神の愛を伝えることだった。
祖国である日本を、スピリチュアルな面において変えるということだった。
日本の人々を救済する、ということだった。Salvation for Japanese peopleということだった。

ジーザスの愛を伝える音楽を、日本で演奏したい。
そう思って、僕たちは、次の5年間の活動をスタートさせたんだ。

そして、それは、十分にその価値があるものだった。

長くなってしまったから、その事については次のビデオでお話したいと思う。
じゃあ、どうもありがとう。

Keep on rocking for Jesus
God bless you all.

 

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