Peace Over War

 

これは数日前にソーシャルにポストしたものだ。直訳形式にて。

 

世界の中でひどい出来事が起きる時、僕たちのハートと祈りは、被害を受けた人、苦しんでいる人たちのもとへと向かう。

また同時に、人間の罪ということを思う。僕たち人間の存在としての不完全さ、それを罪と呼ぶ、それこそがこれらの不幸な出来事を引き起こしていると信じている。

戦争について考えてみる。

僕はただのインディミュージシャンであり、世界のことや社会のことはよく知らない。

けれど、この地上で過ごした短い時間の中で気が付いたことがある。
人間というものはふたつのものを追い求めていることがわかったからだ。
ひとつはお金であり、もうひとつは力だ。

あまりにも当然のことなので、おかしく思うかもしれない。
けれども僕は音楽やアートに夢中になり過ぎていたので、ごく最近までこれらのことに気付かなかった。

人間というものは金と力を欲しがるものだ。
なぜなら彼らは、金と力があれば、自分の好きなことを実現出来ると思っているからだ。

けれどもそれは真実ではない。
お金や、権力や、名声といったものでは、大切なことは成し遂げられない。
必要なのは愛であり、信念であり、また忍耐強さだ。

人生の目的を達するために、お金や権力が必要だと思い込ませているのは、悪魔のささやく嘘に他ならない。

戦争や争いは、人々がそのようなお金や権力といったものを信じているからこそ起こるのだと、僕は心からそう思っている。人々は、それらのものによって、他者を押しのけ、自分の望みを叶えたいと思っているのだ。

もしより多くの人々がそれらのものを信じなくなれば、たぶん戦争は起こらないだろう。

政治や経済はとても複雑なものだけれど、スピリチュアルな領域では、物事はしばしばとてもシンプルだ。

信じる、それは簡単なことじゃない。
愛、それは簡単に理解できることじゃない。
イエス・キリストによってのみ、僕らはそれを知り、理解できる。
クリスチャンとして、僕らはそれが真実だと知っている。

人々の上に神様の守りと情けがあるように、そう祈りながら、僕たちはこの地球に生きる人々が、戦争よりも平和を、憎しみよりも愛を、権力よりも信仰を選ぶことを前向きに信じている。

信じよう。
平和と、神の御国が来ることを。
イエス・キリストの御名で。

あまりにもお決まりだろうけれど聖書の引用だ。

– 何が原因で、あなたがたの間に戦いや争いが起こるのですか。あなたがた自身の内部で争い合う欲望が、その原因ではありませんか。あなたがたは、欲しても得られず、人を殺します。また、熱望しても手に入れることができず、争ったり戦ったりします。得られないのは、願い求めないからで、願い求めても、与えられないのは、自分の楽しみのために使おうと、間違った動機で願い求めるからです。神に背いた者たち、世の友となることが、神の敵となることだとは知らないのか。世の友になりたいと願う人はだれでも、神の敵になるのです。-
ヤコブの手紙4章1~4節(新共同訳)

 

 

 
 
 
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