年末年始ブログその3
僕は年末にこのウェブサイトの「勝手ブログ」の記事として、また一部のソーシャルメディアの投稿として、”Anti-war songs by Imari Tones” (英語記事はこれ)と題してメッセージを書いた。それは短い記事だけど、ここ数ヶ月の間、投稿するかどうか迷っていたものだ。
自分は暴力や戦争は信じない。暴力や軍事力で問題が解決するとは思わない。
そういうメッセージを込めたつもりだったけれど、結果的に不思議なタイミングで発信したことになる。
僕には何の力もないし、基本的には無名のインディバンドである僕らに社会的な影響力があるとは露とも思っていない。しかし、神様は自分の祈りを聞いてくれるという確信はある。それこそ、それはもう、特別扱いみたいにして、まっさきに聞いてくれているという確信がある。それは、別に最初っから、ずっとそう思っていることだ。最初ってのは、そりゃ最初ってことさ。
人にとって、祈ることの方法はいろいろあると思う。
僕にとっては音楽に向き合うことや演奏することもそうだし、散歩しながら瞑想している事も多い。シャワーを浴びてぼーっとしていると、きっとそれはいわゆる滝に打たれている状態と大差がない。闇の中、静けさの中で思いを馳せれば、ここがどこで、いつなのか、そういったことさえどうでもよくなるだろう。
であるからして、言葉をしたため、特段の理由もなく書き記し、どこかに掲示するという事も、間違いなく祈りのメソッドのひとつとなる。
そして、これまでの経験からしても、この日本語ウェブサイトのバンドらしからぬ「勝手ブログ」に書いた個人的な言葉が、祈りのようにして現実の出来事に影響を与えてきたみたいなこともあったように思う。冗談ではない。僕だってスタンド使いの端くれだ。その気になれば。って、全然その気になんかならないし、なりたくもないけれど。
デスノートみたいな。いや、デスブログと言うと怖いし、別に誰かを呪いたいわけではないので、希望のブログ、ホープブログ、ホープノートと呼んでおきたい。
「彼のアメリカ」。
それは他でもない、エドワード・ヴァン・ヘイレンの夢見たアメリカの事だ。Edward Van Halenが奏でた、奏で続けたアメリカのことだ。それはつまり、ひとつの天国、地上の天国を鳴らしていたと言っていい。
つまりは、この文章もやはり、一連のEddie Van Halenに対する僕のオマージュだ。そしてロックミュージックの歴史へのオマージュでもある。
先述したように、僕はこの年末年始、エディ・ヴァン・ヘイレンについての本を何冊か読んでいたが、”Eruption: Conversations with Eddie Van Halen”の冒頭の部分に、Pete Townshendの言葉が載っており、そこにはこう書かれていた。”I was hoping he might be president one day” これは、翻訳が間違っているかもしれないが、「いつかエディ・ヴァン・ヘイレンがアメリカの大統領になってくれるんじゃないかと思っていた」というような意味であろうと思う。
面白い話だ。ロックミュージシャンに大統領など務まるはずがない。ましてやエディ・ヴァン・ヘイレンのように、人間的に欠点だらけで、エモーションの問題以外にも、アルコールやドラッグの問題を抱えた人間に、政治家など務まるはずがない。
だが、そんなこと言えば、俳優に政治家や大統領が務まるはずもないし、コメディアンが一国の大統領になることもないし、ましてやリアリティ番組の嫌われ者が大統領になることだってあり得ない。さらにはアイドルとか(この時点で、ああ民主主義って駄目だなって気がしてきた・・・)
日本のミュージシャンに時折見られるような、欧米への憧れ、海外への憧れというのは、僕はあまり持っていない方だと思っている。
もちろん、ブリティッシュロックには大きな尊敬を持っているし、その素晴らしさも少しは実感している。アメリカの音楽の歴史だって素晴らしく、深く、偉大だと思う。しかしそんなことを言えば日本だって素晴らしいミュージシャンたちの歴史とレガシーがある。
どちらにしても、僕は、「憧れのロンドン」とか、「アビーロード」とか、「ニューヨーク」だとか「華やかなロサンゼルス」だとか、そういう憧憬は持っていなかった。ロサンゼルスなんて、地獄のような場所だと思うし、個人的にはあまり好んで行きたい場所だとは思わない。(現地に住んでいる人すみません。もちろん遊びに行くよ!!)
様々な国の音楽文化について、もちろん勉強はしたいし、体験もしたいが、たとえばブリティッシュ・ロックについて学ぶのであれば、かの国の歴史、自然、文化、風土、そういったものを学ぶ方が本筋だと思っている。
僕はもちろん、ブリティッシュロック、British Heavy Metalも大好きだし、影響も受けている。そして往年のジャパニーズメタルを生み出したTokyoのコンクリートジャングルや、Osakaの持つエナジーもすごいと思う。
しかしギタープレイヤーとして、またソングライターとして一番大きな影響を受けたのがEdward Van Halenであり、そのことを隠す気も1ミリもないので、やはり「アメリカンロック」という命題、そして「アメリカ」という命題はいつでも目の前にあった。
そしてキリスト教徒となってからは、信仰という意味でもアメリカという命題に向き合ってきたと思う。そこは、日本人としてのルーツ、誇り、アイデンティティ、そういったものも込みで、だ。アメリカに向き合うという事は、より日本人となる、という事でもあるからだ。
それを踏まえて、しかし。
踏まえた上で、憧れの話をする。
なぜなら、憧れとは、尊敬であり、尊敬は学びにつながるものだから。
昔から、時折言葉にして語っていることでもある。
僕は、たぶん人生の中で、何度か、アメリカという国に憧れた事がある。少なくとも、2度はあったと思う。
ひとつは少年時代にロックを聴くようになった頃。ある時、Van Halenというバンドの音楽に出会ったのだ。
“1984” である。”Jump”である。”Panama”である。
すごいと思った。すべてが変わった。すごいなんていう言葉では表現ができないほどだった。
唯一無二の個性を、自由に。しかも明るく、無邪気に、ユーモアを込めて。
どかーんと表現してしまうのである。
こんな自由なことがあるのかと思った。
つまり、最初に憧れたアメリカは、華やかな、大規模なアリーナロックのアメリカだった。
Van Halenは、アメリカン・ハードロックの王者だと言われていた。
そして典型的な、アメリカらしいロックバンドだと言われていた。
だから僕は、Van Halenのサウンドを通じて、ああ、アメリカはこういう国で、こういう音楽で表現されるような、そんな人々がいる、そんな文化と気質の国なのだ、とそう思った。
しかし、やがて大人になり、もっといろいろな音楽、いろんなバンドを聴くようになってから、ようやく気づく事になる。
Van Halenみたいなバンドなんて、他には全然いなかった、という事を。
典型的なアメリカンロックのバンドだと言われていたはずだが、他のいろんなアメリカのバンドを聞いても、Van Halenみたいな「自由で」「陽気で」「豪快で」「スケールの大きな」そんなサウンドを堂々と鳴らしているバンドなんて、実は全然いなかった。
おい、じゃあ、少年時代の僕がずっと憧れていたアメリカは、いったい何だったんだ、って。
そこから少し時が経ち。
ロックが死んでいった時代に青春を過ごした僕らの世代にとって、商業的なアリーナロックのバンド、メインストリームのバンドは、もう興味の持てるものではなかった。
次に僕が見つけたアメリカは、2000年代から2010年代初頭にかけて。
そこでは小規模なインディバンドたちが、それぞれの音を、小さなベニューで鳴らしていた。
全土から集まった選りすぐりのインディバンドが、6th streetを中心として、オースティンの街中でそれぞれの音を鳴らす様子は、その縮図だったと思う。まだSXSWが商業化されず、インディミュージックの祭典だった頃の話だ。
様々な肌の色をした人たちが、様々なスタイルで、ユニークにハイブリッドされた音楽を鳴らし、それはひとつとなって巨大なノイズを生み出していた。
彼らは目に見えるような、大きな数字につながるような成功は決して手にしないかもしれないが、より彼らの生活、人生、信条を反映した音楽を鳴らし、そしてその中には、少なくともその中のいくつかは、メインストリームのバンドよりも遥かに先を行く、先進的なロックを鳴らしていた。
I wanna be a part of this.
ああ、僕もこの中に混じり、この音の渦の一部となりたい。
僕はそう思った。
そして、少しだけ、ほんの少しだけ、きっと僕らも、その音の渦の一部となっただろうと思う。
今までに、6度。アメリカをツアーした回数。どれもインディバンドの体当たりのツアーだ。僕らみたいな小規模なインディバンドの身で、それが出来たことは幸せだったと思う。
多様性。
よりパーソナルな個人の表現。
それぞれのルーツを鳴らすロック。
理解し合い、溶け合い、未来を鳴らすインディの音。
雑多な音、雑多な人種、真の意味でのオルタナティブ、やかましいノイズ。
これがロックンロールの本当の姿か。
それが二度目に、僕が憧れたアメリカだ。
だが、そんなアメリカも時代の流れと共に、ソーシャルメディア、ストリーミング、アルゴリズムの時代となり、ミュージックシーンそのものが、根こそぎ淘汰された。やがてパンデミックが、AIが、その息の根を止めた。
そしてもちろん、政治の混乱と、それがもたらす社会の分断が、である。
僕が見ていたアメリカは何だったのだろうかと思う。
僕はあらためて、エディ・ヴァン・ヘイレンの言葉に耳を傾けた。
そして、彼が鳴らしていた音に耳を傾けた。
一見リラックスして、イージーゴーイングな態度のミュージシャンに見えて、エディ・ヴァン・ヘイレンは本当は、非常に大きな視点で音楽について真剣に考えていた人だったと思う。
僕は、彼が後年、鳴らしていた音のことを思う。
晩年、という言い方は正確ではないだろう。後期のVan Halen、具体的に言えば90年代以降のVan Halenの事だ。そこで誰がシンガーとして歌っていたのかは、どうでもいい。結局のところ90年代以降、デイヴも、サミーも、ゲイリーも、3人ともがVan Halenを歌っているのだから。
もちろん、Van Halenというロックバンドの本質、そしてロックンロールの本質について言うのであれば、それは最初の6枚だ。デイヴ時代の、Classic Van Halenだ。
しかし、Eddie Van Halenという一人の音楽家について言うのであれば、彼が「キャリア後年」となる90年代以降に鳴らした音を見逃すことはできない。
おそらくは息子であるWolfgang君が生まれた後、父親となった彼の中で、何かが変わったのではないだろうか。
それ以降、彼が鳴らそうとしていた音楽の中には、愛があり、家庭があり、人間があり・・・
ああ、もう言ってしまおう。
たぶんこの時代のEVHが鳴らしていた音が、僕が考えている理想のアメリカなのだ。本当のアメリカなのだ。
そして彼は、その音を十分に鳴らし切る前に、表舞台から姿を消してしまった。
それは間違いなく、「アメリカの損失」であったと思う。
その事をよく表現した曲がある。
“That’s Why I Love You”
(ちょっと映像は見てるといろいろ複雑な気分になるけど)
皮肉なことにこれは、正式な形では発表されなかった曲だ。
1998年にリリースされたGary Cheroneが歌う”Van Halen 3″のアルバムから、当初は収録予定だったものが、何らかの事情でボツとなり、未発表に終わった曲だ。
僕はこの曲が大好きだ。
Eddie Van Halenの人間としてのすべてが、この曲には込められているように思う。
これほどの重要な曲が、未発表に終わったという事実そのものが、「アメリカの損失」と、そのポップカルチャーの敗北を物語っているように思う。
「エディ・ヴァン・ヘイレンが大統領になる」
ハハハ、そんな馬鹿な。
だが、そんな未来もあったんじゃないかと思う。
ひとつ、ふたつ、みっつくらい、運命の歯車が違っていれば。
近年、年始にはいろいろな事が起きる。
大抵はよくない事だ。
今年もそうだった。
2026年の年の始め、僕はこの、Edward Van Halen氏が描いていた理想のアメリカが、ついに消滅するのを目撃した。
正義。自由。理想。社会。秩序。遵法。融和。愛。
すべて消し飛んで、それはもはや、ヤクザの組織と変わりがない。
その後に来るのは、誰が勝つか負けるか、生き残りのための仁義なき戦いだ。
僕は世界の情勢なんかに興味はない。
誰が勝者で、誰が敗者なのか、そんなことにも興味はない。
大切なのは、スピリットの戦い。地上の、そして天上における、神と悪魔との戦いだ。
だから、誰が正しいとか、誰が間違っているとか、そういう事は言わない。誰が悪者ってわけでもない。人間の世界では、みんなグレーなのだ。白も黒も両方あるのが人間だからだ。
だが、悪魔のやり口は、いつも決まっている。
騙し、脅し、揺さぶり、言い聞かせ、ごまかし、信じ込ませ、相手を糾弾し、自分を正当化し、そして何が何でも目的を遂げる。
目的とは?
それは欲望だ。絶えざる、そして限りない欲望だ。
欲望の発露と実現こそが、そして争いと犠牲と流血こそが、自らの繁栄の証だと、そいつは信じているからだ。
人類がその闇の中に引き摺り込まれるのか、あるいは抜け出して新しい未来を作るのか。
可能性は半々かな。いや、6:4、いや7:3で不利かな。
だいたいは負け戦だね。この世界はそういうところだね。
でも0.1でも生き残れば、ロックンロールは続いていくんだ。
今、全世界を覆おうとしているこの悪魔の霊の支配に、僕たちはどうやって立ち向かっていけばいいのか。
ロックンロールしかないんだよ。
バカヤロー!!!
p.s.
もちろん”His”っていうのは、そういう意味に解釈してもらっても構わないぜ。
p.s.p.s.
僕はこのEddie Van Halenが残した未発表曲 “That’s Why I Love You” が本当に好きだったので、自分のバンドでもこの曲のサウンドと世界観を目指した曲を何度も作った。
“That’s why I love you”
これはそのまんま同名の曲で、最初の日本語バージョン、Yプロデューサーのところでレコーディングした英語バージョンとあるが、どちらも不完全だ。もし生きていたら、そのうちファイナルバージョンを制作したいと思っている。
“He’s Still With Us”
自分のロックに対する思い、それからアメリカに対する思いが歌詞に込められていると思う。今こうして聴くとちょっと切ないね。
“Not Of This World”
この曲は、自分の人生経験やパーソナルな思いを詰め込み、録音を含め完全とは言わないが、かなり狙い通りの曲になったと思う。