2008年6月の日記

■…2008年 6月24日 (Tue)…….Test
テストだってば。
ひさしぶりCGI。

No(1)

■…2008年 6月24日 (Tue)…….またテスト
あれね、URLとかどうなるんかな。
こちら

No(2)

Tone > 思い出した。こちら、っていうふうになるんだ。   ..2008/06/24(Tue) 01:04 (3)

■…2008年 6月24日 (Tue)…….ライブドアのブログから移行
つまりどういうことかというと、
livedoorブログに飽きて昔ながらのCGI日記に戻りたくなったので
livedoorブログ辞めようかなと。

昨日までのlivedoorブログ、2006年2月から2008年6月まで、
は、
ホームページにログを残してありますよ、と。
すごくファイル重たいけどね。

No(4)

Tone > どこにログを置いたかは秘密さ。すまんね。   ..2008/06/24(Tue) 03:04 (5)

■…2008年 6月24日 (Tue)…….pv
purevolumeでどっかの国のティーンの悩み相談とか些細な質問メールに真面目に答えてしまう自分の効率の悪さ。

を自嘲するよりは自慢した方がいいよなたぶん。

No(6)

■…2008年 6月27日 (Fri)…….by any beans
告知することといったらポッドキャストをまた更新したよ、
というくらいしか無いんだな。

こちら
更新したんです。
とうろくしてね。

でもこうやって隔週くらいでちゃんと
ちょくちょく更新できてるので
我ながら、やってるなーとは思う。

恥ずかしながら初めてですよ
ささやかな規模だけれどなにかが機能するのは。

いや細かい告知や報告は他にいっぱいあるはずなんですよ。
ディスクユニオンのなになに店に置いてありますよとかさ。
はいそうですmixiのIMARi ToNESコミュニティも更新さぼってます。
またしなきゃだけれどね。
こちら

determined
焦ってよい時です。
エナジーをちょっとだけでも解放できるのは快感です。

determinedしちゃってるので大丈夫です。
だって人間ってキャパシティをいつも潜在隠してるんだし。

MySpaceのフレンド数は6000人いきました、
だからどうっていうと、
どうってことないんだけれどね。
でも見回すと、マイスペにも、
フレンド登録のボットプログラムとか、
プレイ回数のボットとかあって、
どこまで本当なのかと思ってしまう。
いいよ、しょせんはマイスペだってサイトだってツールだったら、
そんなことで目立てるのだったらイージーでいいじゃん。
周囲を見渡してみようと思う。
実際には昨年11月頃にいろいろ本腰入れだして、
想定よりちょっとマイスペとかは遅れてるんだよね、
月に1000人として、今頃は8000人くらいフレンド登録している予定だった、
でもぶっちゃけ5000人だろうと2万人だろうとあんまりかわらないだろうと思う。
要するに見た目の問題であって。
あとはどれだけ目立てるかという現実的な使途だけであって。

すごくニッチなところでは、
isoundでフレンド数がいちばん多い日本人アーティストなんじゃないかと思う。
もっとも日本人のバンドがどれだけ登録してるか知らない、
少しはいるのを見かけたことがあるけれどたぶん全然いない。
こちら
だいたいがこんなマイナーなサイト誰も使わない。
でもマイナーなサイトでさくっと上位に食い込んで少しでも見て覚えてもらえるんだったらいいじゃん。

sonicbidsなんかも、いよいよどんどん使っていかなきゃなんだろうけど
taxiってのも見てみた。
なんかすごいね、これはもうちょっと後かな。

いろいろと。
determinedなミントな事象を考えています。
by any beans
ミスタイプ。
豆??
マメにやれってことなのか。

焦ることが許される時期って素敵だ。

まだ短いんだけれどたぶん今いままでの人生でいちばん髪が長い。
ちょっと切りたい。
明日はアイドントノウさんのレコ発です。
JAMで会おう。
遅れてくけど。

No(7)

■…2008年 6月28日 (Sat)…….Watashiハ知ラナイclassicシンジュク
副都心線が便利だ。

今日は新宿JAMさんにアイ・ドント・ノウを見にいってきました。

新宿JAMは、
僕は大好きなライヴハウス、Venueですが、

駅から遠いとたまに言われるんですが、
おかしなもので僕は新宿JAM、駅から遠いと思ったことは無いんですね。
それは単純に好きな場所だからなんだろうけど、
なんだっけ靖国通りのとこから四季の道を通るルートとかでいくと、
ぜんぜん近いわけよ実際。

でも、初めてで道知らないとちょっと間違えただけで
すごく遠く感じてしまうわけ。

なんですが、
副都心線の開通により、
その問題も解消、これで駅すぐ近く!
と思ったんですが、
副都心線は運行ミスが相次ぎ、
新宿JAMをあざわらうかのように、
最寄り駅である東新宿駅をすっとばしたりする
トラブルを起こしていたんですが(笑)

でも今日帰りに使ったけれどやっぱりこれは楽チンだ。
新宿JAMからの家路が格段にラクだ。
素晴らしい!

初めて新宿JAMに来たのはいつの頃だっただろうか。
もともと、2004年に、みねっち&はらっちとライヴをやっていたときに、
もうちょうど4年も前か。
あれから、早いものだね。
ちょうど向かいの新宿Red Clothでいっぺん演奏した。
で、紅布(RedCloth)もかなりアンダーグラウンドな匂いのするハコで、
中華で木の床の鳴りも好きだったので、印象悪くなかったんだけれど、
そしてその日清の近くの新宿という街の磁場もすごく良いものを感じて、
そんで、その向かいにJAMっていう名前のなんだか老舗らしいハコがあるのは認識していた。
そして外から見ただけで、これは相当汚いというか古いハコだなという想像はついていた。

でもいっぺん中に入ってライヴを見てしまえばね。
ここが、東京中というか日本中でいちばんの自分たちにとっての理想のライヴハウスなんだと
気付くのにそんなに時間はかからなかったわけだ。

さてそんなわけで
今日見たアイ・ドント・ノウのレコ発ライヴについての感想を、
なるべく冷静かつ辛口に書いてみるとしよう。

まずは僕はこの日は仕事が遅いので遅れていった。
この日はヤギくんのおすすめのバンドがいくつも出るので
早く行って全部見たかったのだが仕方が無い。

ひとつだけ見れたのはRebel Blueさんだ。
このバンドを見るのは実は二回目で、
前回も確か4月頃に、やはりアイ・ドント・ノウの対バンで見た。

そのときは、派手なペイントの施されたファイヤーバードを持ったギタリストがいて、
ステージングを見れば、それがかなり年季の入ったベテランロックバンドであることは
一目瞭然だった、
今ではすごく見かけなくなって貴重な、
80年代から飛び出てきたような本物のギタリスト、
そして、足元のブースターだけで、あとはJAMの古いタイプのマーシャルを
腕だけでドライヴして本物の太いギターサウンドを鳴らしてみせる、
そしてやはり80年代から飛び出てきたような本物のパンク、ロックンロール。
すごく印象的なステージが記憶に残っていた。

そして今日、ライヴハウスに入ると、
すごく趣味のいい美しく骨太な年季の入ったストラトが置かれていて、
うわーすごいいいギターだなと思ったら
そのRebel Blueさんだったというわけだ。

部分的に、Rage Agains The Machineっぽかったりもするのだけれど、
やはり、うおおこれがきっと、80年代にブルーハーツとか見たり、
そういうシーンはきっとこんなふうだったに違いないと思わせる、
本物の日本のロックの醍醐味。

そしてやはり素晴らしいギターのチャーリーさんのプレイとサウンド。
そしてステージアクション。
テクニックじゃない、たたずまいと男気。
これぞロックギタリスト。

うわ、これって、次回のAbove Da World/Straight Edgeに出演依頼しなきゃ、
と思ったら、
今日で活動休止、って、
そりゃないよお、って本気で思った。

こちら(%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%B9%E3%83%88)

こちら

こちら(%E3%83%90%E3%83%B3%E3%83%89)

調べてみたらやっぱり立派なキャリアのある人、バンドでしたね。
本物だ。
やっぱ本物のパンクだ。
そしてあれが本物のロックギタリストというものだ。

そしてアイ・ドント・ノウ。

要するにあれなんだよね。
結論から逆の順番で書いちゃうんだけれど、

新宿JAMって、
アンダーグラウンドな色だと思っていたけれど、
そのカオスとアンダーグラウンドは、
本来の昔ながらの日本のロック、
70年代や80年代の本来の日本のロックが唯一残っているという意味での、
アンダーグラウンドだったのだね。

そして、アイ・ドント・ノウは、
ずっと、00年代的な要素のバンドだと思っていたけれど、
それだけでもくくれないと思っていたら、

70年代的、80年代的な、本来自然な日本のロックバンド、
たとえば僕もわかんないけれど、
はっぴいえんどとかRCサクセションとか、
そういう日本の本来のロックにつらなるバンドなんだと認識した。
つまり、カオスなアンダーグラウンドはこそ昔にきっとあった状況そのものなのだろうと思ったんだ。
なんでもありのロックでプログレェだった時代。

アイ・ドント・ノウに関していえば、
今年の1月にやはり新宿JAMでワンマンを見事に成功させて以来、
ノリにのっていると思う。

だが、せいいっぱい厳しいことを言えば、
演奏力などで不足している面、
限界が露呈してきている面もあると思う。

アイ・ドント・ノウのヤギ君といえば、
僕はずいぶんと前から知っている。
僕が彼と初めて会ったのは、
なんと2004年の2月。
まだみねっちとすら出会う前、
うちのバンドが、バンドの形をとる、その形が定まる前の話、
Woiちゃんがベースを弾いて、ヒッチーがバンドから離脱したために、
僕がヴォーカルとギターを両方やりはじめた頃のライヴ。
を、池袋手刀で、
そこで彼の、前のバンドと共演した。
それはCalcanon Electric Solutionsというバンドだったと記憶している。

池袋手刀では、僕らも何度かライヴを行った。
あそこも、よい具合に、アンダーグラウンドなハコだ、が、
新宿JAMとくらべると、
より現代的にアンダーグラウンドだ。
新宿JAMのような奇跡的な居心地のよさはなかったように思う。

僕はそのCalcanonの演奏や音源に触れ、
彼は天才だと思った。

奇しくもその池袋手刀で演奏していた
そこをベースとして大きくなっていったバンドの代表として、
凛として時雨さんがいる、今をときめくバンドだと思うけれど、
僕はそんな凛として時雨さんよりも、ヤギくんのほうがよっぽど才能がある、
と思ったのだ。

そのヤギくんは、Calcanonの活動を終えた後、
きっと自己を見つめる時間があったのだろう、
それに彼にも、いろいろと抱えているものや、
ハンディ、とまではいかないまでも、
やっぱり抱えているものがある。

そういったものと、
きちんと向き合おうとする形で、
アイ・ドント・ノウを始動させ、
そして、急速にやはり、頭角を現してきた。
まちがいなく新宿JAMを代表するバンドであるし、
知名度は上がってきているだろう。

おそらく壁のようなものがあるとしたら、
演奏力としては、
リズム隊は強力な面もあるけれど、
やはり一流たりえはしないし、
ヤギ君のヴォーカルは個性と表現の塊ではあるけれど、
聞かせるにはあまりにも技術に不足している。
バンドとして、あくまでもB級でありアンダーグラウンドの匂いは、
きっと抜けないだろう。

でも、そんなことはたぶんどうでもいいのだ。
歩き続けていけさえ、すれば。

僕がたしか2006年の春頃に、フリマで4000円だか5000円だかで
拾ってきたゴミみたいなストラトは、
フレッシャーという国産メーカーのコピーモデルだった、
それは、結構作りはしっかりしていて良いかったのだが、
先日ヤフオクで写真を見つけて、
パンフレットだか取り扱い説明書だかに、
「若いサウンド」と書かれているのを見てしまった。
若いサウンド、70年代、
どういう意味なのか、それ、
衝撃的。

そう、アイ・ドント・ノウ、
ヤギ君が、彼のテレキャスで鳴らしているのは、
その「若いサウンド」そのものなのだ。

そしてその自由で若くてアンダーグラウンドで、
70年代かなにかのように主張する
そうか今は70年代だったんだ、
ていうかこれが本来の日本のロックの姿だったのか
そんな「若いサウンド」を
支持し応援する若者たちがいる。

僕が思ったのは、
この新宿JAMという不思議な場所、

たぶんこういう場所は全国に、京都とか関西とか、
全国に、そこはかとなく人知れずあるのだと思うが、
たとえばこういうふうに新宿JAMが、
なくなってしまったら、
日本のロックはそこで終わるのだと思う。

東京で、もはやここにしかないのかもしれない。

そして、アイ・ドント・ノウはそんなカオスな70年代であっていいのだ。
そこに属するバンドなのだとわかっただけでも収穫があった。
彼らが属するところは、僕にも関わるものだからだ。
僕らが属するところでもあるからだ。

思っていたとおり、才能は見せてもらった。
今度は、それを貫く強さを見せてもらいたい。

贅沢かな。勝手かな。

ロックの神様は、
ヤギ君たちに、若いサウンドで命を燃やしつくし燃え尽きることを
望んでいるのか。

今までアイ・ドントの音源は、
録音やプロデュースの面でライヴの魅力を伝えられていなかった。
今度の音源はかなり良くなった。

ヤギ君とアイ・ドント・ノウが、
その音楽が、運命づけられているその場所へと、
その答えへと、
たどりつき、つかみとることが
できますように。

No(8)

■…2008年 6月30日 (Mon)…….everything is possible. really? yes.
あまりにも素晴らしい精神的ブレイクスルーを経験したので
バカバカしいことこのうえなくてmixiにも記しておきたい。
あるいは記さないかもだけど。

今の世の中たくさんいると思うが、
僕の周囲にも、昔っから、小さいときから、
精神的にあるいはいろんな意味で困難を背負っている人は多かった。

僕だってきわどいところだが、
エレクトリック・イール・ショックの曲のごとく、
rockn’roll can save the worldをリアルに信じてきた一人としては、
ちょっとした精神のトリックでいくらでも世界を変えることができる、
自分を変えていくことができる、
精神的に救われることができるのにと思うことが、
昔から常だった。

つまりはチャンネルを変えることができれば、
病むことは(極力)無いはずなんだ。

つまりは、世界や周囲の状況が5m×5mだから、
結論私の未来は暗い、不幸だ、という思考だが、

その前提である世界が5m×5mというのには、
必ずしも根拠はなく、むしろ自分が作り出している幻影であり、
ていうかそもそも世界はすべて幻影であり、
だったら元気が出るような前提を作り出してしまえばいい。
Everything is possible.

だから世界は100m×100mだと思えばいいんだ。
それで世界が広がる。
それで足りなければもっと広げればいい。

現実が追いつかなかったら、
「笑ってごまかすさぁ」
でも精神は間違いなくそれで自由になれる。

僕が、ここ5年、いや10年か、あるいはそれ以上、
ずっと悩んでいるひとつの問題があった。

どんな問題かはいわない。
聞いたら、なんだそんなことかと、
きっと笑う人が多いだろう。
あるいは真剣に受け止める人も結構今では多いだろう。

いずれにせよなぜそんなことで悩むのかと、
言うに違いない、
だが僕にとってはものすごく切実な問題だった。

その問題のせいで、
僕のこの10年は、確実に精神的に暗かったといわざるを得ないのだ。

まさに今日、仕事(デイジョブと呼ぶ)から帰る、
ぐったりとへこたれて帰るその道中で、
その問題を解決した。

僕にとっては、
やはりその瞬間に携帯プレイヤーから流れていたのは、
Van Halenだったというのが、確実に馬鹿みたいに事実で、
最近凄いハマっているCreedの3枚目でもなく
Article OneでもなければRadioheadでもなく、
ボブ・マーレイのライヴ盤でもplus/minusでもなかったというのが、
やはり馬鹿みたいに。

そもそもVHのどんなキーワードに引かれてどんな答えを見たというのかが、
以下書く必要ないので省略。

だがJimi Hendrixと同じく、Eddie Van Halenのギターの向こうに、
そんな答えだって無限の未知だって見ることができることは、
音楽ファンだったら少しは同意してくれるだろう。
皆ロックンロールはただの商品かさもなくばジョークだとでも思っているのか。

皆、あきらめてないか。
だから元気がないんじゃないのか。
僕はあきらめない。

あきらめる必要なんてない。

そういえば僕の人生でも半ばあきらめようと思う瞬間があった、
わけでもないけれど、
たとえば2005年の春、バンドが空中分解に等しい状態になった際に、
さてどうしたもんかと半ば思うなかで、
僕は例によってリチャード・バックのONEとか読んでみた。
その作家の作風とか評価とかどっちにせよ、
精神のスイッチはいつでも切り替えられるし、
世界は自分でいつだって選べるんだ。
自分の運命は自分で選ぶ。

僕にとっては神様の前でのそれが最低限の作法。

なにをあきらめてなにをあきらめないのかは
先述のとおりあまりにばかばかしいので秘密。
でもそれなりにきっと皆にも共通しかかわりのあることだ。

でも見えた。

面白い。そして素晴らしい。
ほとんど僕の人生に、新たなおおきな目標と希望が与えられたに等しい。

もし、結果が伴わなかったときは?

またアニメ化されるらしいコブラが言っていたように、
「笑ってごまかすさあ」

それでいいよ。

まあ一応最近クリスチャンって言ってるし、
キリストさんにまかせるさあ。

ときに現在、ドクター・マンゾウのProToolsのトラブルにより、
レコーディングが一時中断している。
無事に早く再開できるといいなーというのが、
今やっぱしなにより思っていることだ。

しかしやはり、
今回のレコーディングはドクター・マンゾウの技術とシステムのおかげでやれているのだなと、感謝しなければならないなと思うのであった。

待ってろ世界(笑)
この作品ができて、もし次の作品を、いつになるのかわからないが、
作る機会があるのであれば、
どっかーんとスーパー明るく大爆発な作品にしよう。

No(9)

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