2010年10月の日記

■…2010年10月 3日 (Mon)…….ウェディング2010
教会のAさんちのYさんの結婚式でした。

Yさんは正確にはうちの教会ではなくて、

赤坂のJesus Lifehouseなんだけれど、

Aさんたちご家族には日ごろお世話になっているため、

結婚式、披露宴、参加させていただきました。

場所は横浜はみなとみらい、大桟橋。

ほぼジーザスライフハウス主催による、

とっても楽しくて華やかでハッピーな結婚式。

僕らVICの面々は、Aさんたちご家族という、

素晴らしい人達と縁を持てて幸せだと本当に思う。

おかげでこんなに素晴らしい式に参加することができた。

横浜みなとみらいという場所、

クリスチャンな人々を中心に、

いろんな国籍、人種のバラエティに富んだ参列者の皆さん。

ダンスパーティーのようなノリの披露宴。

マイケル・ジャクソンのBeat Itを踊る新郎。

歌の上手すぎる花嫁。

そして、バンドでワーシップし、歌い踊る結婚式。

ああ、なんだか、21世紀の結婚式って感じだなあ、と、
どんどん、新しい時代になっているよね、と思い、
とても良い気分になった。

以前のYCC関係の方々を中心に、
いろんな知り合いの人達に、ひさしぶりにお会いできたりしたし、

初めて会うことができた人としては、
かねがね噂には聞いていた、
Genuine Graceの方にお会いすることができて光栄だった。
こちら

そして、みなとみらいの、あのへんといえば、
今から4年ほど前に、僕とうちの嫁さんが、ささやかながら式をあげた場所でもある。

「日本最初のプロテスタントの教会」が、すぐ近くにある、あの場所は。

もちろん、当時はクリスチャンじゃなかったから、知らなかったけど、

僕らはそのどまんまえで式を挙げていた。

偶然といえば出来すぎた偶然だ。

そして、今日のYさんたちの結婚式に、参加して、
そのときの気持ちを、新たに思い出すには十分だった。

そういえば、なるべく毎年、結婚記念日には、
みなとみらいで一泊して、二人で時間を過ごすようにしているが、

今年は諸事情により、それができていない。

でも、それを埋め合わせて余りある一日だった。

一緒に、海を見ながら、

嫁さんの口から出た言葉は、

僕に、よし、と、かつての少年の日の決意を新たに、勇気とともに思い起こさせるのに十分だった。

自分がそもそも何であって、何をやりたかったのか、

忘れてないよ。

気付けば、ここまで歩いてきた、
計画は、ほら、もう半分まで実現してきた。

まだまだ、そしてこれからも続く。

一歩一歩、僕がきっと見せてあげる。

No(703)

■…2010年10月 3日 (Mon)…….用途
人は、自分が作られた用途というか、
自分がそのために作られた目的のためなら、
いくらでも元気になれるし、
力も発揮できる。

そういうふうに作られているからだ。
そのために作られているからだ。

たとえば包丁はキャベツを刻むためにあるし、
マグカップはコーヒーを飲むためにある。

じゃあ僕はなんのためにあるのか。
なんのためになんの用途でつくられたのか。

このゲームを始めるにあたって、
いちばん最初に考えたこと、

17歳のときに描いていた人生の究極の答え。
僕は自分の人生の脚本を実際に書いた。

望むと望まざると、
僕はそれをフィクションでなく現実にやることにしたのだから。

自分がつくられた、その用途に立ち返れ。
そのことだけを考えろ。

大事なことは何なのか。
いろんなことがクリアになってきた。

ここまで、決して成績は悪くない。

それとはまったく関係ないんだけれど、

来年以降の見通しというものが立たなかった。

しかし、ちょっとした発見とともに、

素晴らしいアイディアが浮かんでしまった。

まだまだできることがある。

一歩踏み出し、やれることがある。

僕らにしかできないこと。

僕らだからできること。

Let Jesus rule in Japan

僕らは決してあきらめない。

だんだんクリアになってきた。

さしあたって今日は自分の教会で自分のバンドでワーシップします。

No(704)

■…2010年10月 4日 (Tue)…….Be a Revival
本日というか日曜日は、

自分のバンドImari Tonesで、アコースティックだったけれど、
自分の教会VICにてワーシップを担当した。

それが、っもう、ここ最近なかったくらいのボロボロの演奏だった(笑)

なんだか、今までに無いくらい声が出なくなってしまった。

練習量の少ないアコースティックだったこと、

アコースティックのセットで、ワーシップと自分たちのステージの中間の中途半端な方向性だったこと、

体調管理がしっかりできていなかったこと、

朝に飲んだド○ールのコーヒーが異常に低品質だったこと(笑)

あとは、教会での演奏でも、ゲストとして自分達のステージをやるのではなく、ワーシップを担当するという微妙な立ち位置だったこと、

しかし、というか、そして、ホーリースピリットはばんばん降り注ぎまくって(?)いたこと。

などなど、よく考えると、自分のバンドImari Tonesで、ゲスト演奏ならともかく、こうしてワーシップを担当するというのは初めての経験だった。

ホーリースピリットは降り注ぎというか満たされまくっていたので、
その意味で、ワーシップとしては、とても成功だったと思うんだけど、

むしろホーリースピリットに満たされすぎて体がもたなかった。
くらいの。

演奏していて不思議な感じだった。
メンバーのアンサンブルの中に、いつもと違う、みょーなケミストリーがあった。

演奏そのものについていえば、
今日の中途半端な立ち位置も含め、
いくつもステージをやる中で、どうしてもよくない時というのはあるもので、

また、そうそういつも上手くいっても、人は傲慢になってしまうし、

神の前で砕かれることを思っても、しょうがないというか、これでいいんだと思う。

ホーリースピリットに圧倒されて声が出なくなるなんてのはさすがに初めてで。

いやしくも恥ずかしながら、The First Christian heavy metal from Japanなんていってるトクベツ(笑)なバンド伊万里音色が、ワーシップを担当するからには、何かが起こらないわけはないのだ。なんつって。

その意味では、形だけ上手くいった演奏よりも、むしろ砕かれたけど、霊的に意義のある演奏の方が、価値があることもある。

ていうかそもそもワーシップというのは、上手い演奏をする場ではない。

教会が終わって、嫁さんと一緒に家路に向かう途中、
ものすごい疲労感が襲ってきて、ほとんど倒れるかと思うくらいだったが、

その圧倒的な感覚の中で、自分たちが、ワーシップを今日担当したことの、霊的なrewardを確かに受け取っていることを確信した。

この不思議なケミストリーは、バンドとしても初めての体験だった。

今日はアコースティックの中途半端なセットだったけれど、
ぜひ、今度はエレクトリックで、また自分の教会で、ワーシップ演奏を担当したいものだと思う。
最近ワーシップの楽曲に取り組んでいることもある。
きっと何かが起こる。

いやしくも神のロックを追及して歩んできたこのバンドがワーシップを担当する以上、きっと何かが起こらずにはおかない。

前日のYさんの結婚式のために、ロサンゼルスから訪れていたWさんとDさん夫妻と話していて、
例のカンザスシティのIHOPあたりで起きているリバイバルや奇跡について話が及んだ。

しかし、今日も言われたが、たとえばはっしーやジェイクしろ、彼らは、未だ熱心なchurch goerでは無いが、
(日曜にこそバイトしなければならないフリーターバンドマンに多くを求めないでやってほしい)
仮にもバンドの演奏で、日本にせよアメリカにせよ、いくつもの教会を訪れて縁を持っているのだし、
普通であれば教会にこうしてくることが奇跡なのだと。

そう言われ、
日々、教会で見る光景や人々のことも含め、
今までに自分の人生の中にあった奇跡のことを思った。

「奇跡ってやつは・・・・よく起こるもんだぜ」

そうだ奇跡は、いつのまにかすでにいくつも起きているじゃないか。

リバイバルそして奇跡ということをテーマに、
自分のバンドを、ワーシップバンドとしても、いちにんまえにしたい。
それが、今ある宿題のひとつだ。

何かが起きる。

この一言にすべて凝縮したい。

“Stop hoping for a Revival.
Be a Revival.”

Okay, I will do it for Him.

No(705)

■…2010年10月 6日 (Thu)…….愛の宣戦布告(きゃーはずかしい)
いつも公言してることではあるんだけど、
僕がクリスチャンになったのは、
なによりまず音楽的な動機なんだよね。

これからのインディーズ時代の、
音楽のあり方を思うに、

そして、ロックが産まれて50年だか何年だか。
音楽的、技術的にも多様化しきって、
これ以上のブレイクスルーが望めない中、

ロックが本来の意味を取り戻す、
あるいは新しい意味を獲得するには、

精神的な要素しかないと思った。

そして、信仰というキーワードに、
これだと思った。

いろんなCCMのバンドを見てみるに、
(まあ、つまんないのも多いけど)
僕が思っていたことは間違っていなかったと、
今でも思ってる。

そう、21世紀、ロックが進化・深化するのは、
「こっち」だ。

個人的なお祈りの記録。

その場所を訪れたのは2002年のことであったと思う。

何度も自分の日記ジャーナルにも書いているし、

その何年もの間には、

その場所も、ちょっとずつ変わっている。

駅が改装で立派になったり、

川沿いの道が舗装されてガードレールができたり(ちっ、余計なことを)

お店が代変わりしていたり。

しかし、その町の、その場所の、
なんだか時間が止まってしまったような、
(昭和のいい時代がずっと永遠にあるような)
不思議な空間の磁場は、まったく変わっていない。
変わらなさすぎで心配になるくらいだ。(笑)

節目節目に、なにかあるとその場所を訪れていた。

今思うと、まぎれもなく僕は祈りに行ってたんだよね。

初めてその場所を訪れたとき、
僕はずっと見ていてくれた神様の存在というのか、その視線と、

自分が歩いていく、歩いている「道」というものを明示的に暗示的に示された。

その場所は、その暗示たるに足るシンプルで大きな構造を持っていたからだろうと思う。

世の中ではパワースポットなんていう嘘っぽい言葉があるけれど、
そんな観光資源みたいな情報に頼ってないで、

少年の頃から、神がいるんなら神社とかお寺とか聖堂とか、
そんなところにいるもんかね、と思っていた僕としては、

個人的な祈りの場所くらい、自分でみつけるもんだと思う。
なによりそれは自分の心の中にあるんだし

立派な建物とか厳粛な雰囲気とかどうでもいい。
僕にとっては単純に、空がでっかいことが大事だった。
単純に空がいっぱいに見渡せる場所に行きたかった。

そこで、空にむかってお天道さんにむかって、
「父ちゃん」と呼びかけたかった。

なんでか知らんが僕の場合はそこにいくと、
神さんの声がきこえる、
いろんなものが示される。
なんでかは知らん。
自己暗示かもしれんが、それで十分だ。

ずっと天気を気にしていて、
先週、ほんとは行きたかったけど、
天気予報が雨続きだったので、

今週、と思っていて、
朝見ると、昨日晴れの予報だったものが、
「曇り」とか「曇りときどき雨」
とか、なんなんだ。

でも行こうと思って、これ以上延ばしたくなかったから、
確かに曇ってんなあ、と思ったけど、

川沿いのその場所だけ、
まあるくぽっかりと晴れていたよ。
写真にうまく収められなかったけどね、雰囲気だけ。
と思ったけど、
いやごめん、iPhoneからパソコンに写真取り出すのがめんどいから。

神さんはオレのために、
祈りの場所を用意してくれてんのかと、
オレが祈りにいくのを待っててくれてんのかと、
思ったら、

本当に嬉しくなって、神さんの存在そのものに、
本当に感動した。

こんなことなら、雨の日に行っても大丈夫だったかもな(笑)

よくあることだ、
こんなことは。
神さんを信じようとするものが、
祈ろうとするとき、
晴れたり、虹がでたり、ハトがぽっぽーと鳴いたり、
あたりまえによく起こることだ。
聖書にも書いてある。

もう全力で祈らざるを得なかったよ。

覚えてる限りでは、
クリスチャンになってからこの場所にくるのはたぶん二度目だ。

僕を見てくれていたその神さんが誰でもなくジーザスであると知った。

それがどんなに嬉しかったかよく覚えてる。

歩いた。

今まででいちばん、たくさん遠くまで歩いた。

それはその道のりがあまりにも美しく楽しかったからだ。

神さんはいつもここへくると明示的に比喩的に暗示的に、
示してくれる。

その道のりは、あまりにも美しく素晴らしく、
目に入るものすべてが素晴らしかった、言葉でいえん、
宇宙的な意味で構造が、
とか、いいや、人に言うことやないし。

歩きながら、遠くに見える人、星、
同じように遠くで道を歩いている人、

最初に来たとき、
その道を、一人で歩いているような気がしたけれど、

実際は生命にあふれている。

そうして、僕は歩ききった。
歩ききって、ゴールしたと思った、

すると、どうだ、
神さんの国が見えた。王国が。キングダムが。
遠くにさ。

ゴールしたと思ったら、
そこは、王国のほんの入り口の外側の、またちょっと離れたところに
過ぎなかったのさ。
やっと隣町、くらいの。

向こう側に、神さんの王国が見える。
門がある。
都がある。
その、都では、どんなすげえパーティーが行われているだろう。
どんな、awesomeでkick assなイカしたパーティーが行われているだろう。
どんなすげえやつらがいるだろう。
どんなすげえバンドが演奏しているだろう。

どれだけかかってもいい、
オレはあそこまで歩いていって、
パーティーに忍び込み、
地球産のジョークを言ってやる。
シェイクしたマティーニを注文してやる。

そいつは、どんなに素敵な道のりになるだろうか。

それは、栄光に満たされていたんだよ。
目に入るものすべてが。

栄光ってのは、
栄光ってのは、
神々の輝きのことだ。
神々の愛のことだ。

栄光?
君は栄光を知らない。
本当の栄光を。

オレは、その本物の、神の栄光に恋している。
オレは惚れたら本気だ。
どんなに遠かろうと、
何年何万年何億年かかろうと、
逢いにいく。

(Time? We have plenty of time. We have eternity, you know?)
(ちょうどね、王国の門を眺めながら、Reviveの”Welcome To Eternity”が流れてたよ。林檎電話から。)

SとMの権化である神さんは、
オレにそこまで歩いて逢いにきてほしいから、
こんなとこまでオレを放り投げたんじゃないのか。

自分のこれから歩いていく道とか、
なんかいろいろ示されて、
川っぺりを歩きながら号泣していましたよ。
人の目なんて知らないよ。
祈りにきたんだもん。
いつもそうさ、ここへくると。
1日たって、もう覚えちゃいないけどね。
そうそう覚えてたら身が持たんよ、きみ。

たとえばさ、
たとえば、
「じゃあ君、地球を救いなさいな」
とか、言われたら、どうする?

「君、救世主(もしくはその一人)になって、
ちょっと地球を救ってよ」
とか言われたら。

誇大妄想でいいんだ。
よく言う話だけど、
たとえば自分は宇宙人だと思い込んでる人っているだろう、
だからって別にそれで人に迷惑かけてるとかじゃなくてさ。
それはそれでいいと思うのよ。

どうする?

僕は、まっことに馬鹿なことに、
それを、13くらいのときから、
わりと真剣に、考えてしまった少年なのよね。
だから、神とか信仰について、わりと考えてた。
そういう帰結として今クリスチャンになってたりする。

でも、ほんとはみんなそうあるべきだと思うんだよ。
みんながみんなね、地球と人類と、この時代を、
救う気持ちになって、
生きるべきだと思うの。

のほほんとしてていいわけがないと思うんだよ。
ひとりひとりが、ジーザスみたいになるべきなんだ。
ジーザスにはなれなくてもさ、
神さんの兵士にさ、
soldiers under God’s commandにさ。

どうするよ?
ちょっと世界を救ってみて、なんていわれたら。

教祖サマにでもなるかい?
いや、新興宗教なんて、そのへんにいっぱいあふれてんだろ。
安っぽい奇跡のひとつやふたつで世界が救えるほど神サンの計画はしょぼくねえだろ。

ロックスターにでもなるかい?
ロックスターなんて、世の中にいっぱいあふれてるだろ。
ロックスターがはびこって何十年もたつのに、
世界は救われてねえだろ、
つまりやつらは偽者なんだよ。
偽者が何万人いようが、ロックは救われねえ。
ここは、僕は「ロックの女神さん」と直接話したところなんだ。

大企業家にでもなるかい?
企業家や金持ちは、世界を救ったのか?
連中が世界を縛り付けてるのじゃないか?

哲学者にでもなるかい?
千年二千年前の哲学ですら、
あんまし理解されてないのに、
いまさら、哲学なんかで間に合うのかい?

どうするかはそれぞれだし、
そこは企業秘密だよ。
でもたとえばまったくどうにもなってないけれど、
むしろ、どうにもなってないのに、
ここまで僕はバンドや音楽を続けてこれているのか。
あるいは、およそ社会的に結婚という立場ではないのに、
ずっと嫁さんと仲がいいのかとか。
(まあいずれも、明日はどうなるか知らんけどね)

それ以上は人それぞれの企業秘密だけどさ、

当たり障りのない範囲でひとつだけばらすと、

でもいろいろ考えた結果、
オレは、Nobodyになろうと決めたんだ。

それしかないと思ったんだ。

やめときゃよかったと思うけど、
最初にそう決めちまった以上は、
もうどうにもなんない(笑)

今地球上で何が起きてんのか
今がどんな「時」なのか

そんなことは知らん。

この地球とか地上が、
サタンちゃんに支配されようが、
破滅しようが滅亡しようが、
そんなことはどうだっていい。
オレ一人でどうしようもないし、
知ったこっちゃない。

だが、このゲームのルールが、
どうなってるのかは知らんが、

聖書のどっかみたいに、
神さんとサタンちゃんが賭けをやってんだとしたら、

自分が持ったボールだけは、
自分の人生のポイントだけは、

神さんに1点、プレゼントしてやる。
一票、入れてやる。
神さんを賭けに勝たせてやる。

サタンちゃんの理論や力学に、
最後まで、オレは屈服しない。

振りかえると、
そこには東京スカイツリー、

こっからも見えるのか
いつのまにか、あんな高いものおったてやがって、

これが、現世の栄光ってやつ。
いいじゃない。
なかなか立派なもんだ。

あっちの世界に、
地球の日常に、自分の人生に帰るか。

なんだかんだ、ここでの生活も、オレは愛してるんだから。

No(706)

■…2010年10月 6日 (Thu)…….ギターレジェンド野球変
もしギターレジェンドが野球のピッチャーだったら。

(とはいえ僕、野球ぜんぜん知らないんですけどね。)

エリック・クラプトン

とにかく直球が速いタイプ。
なんでと聞かれても、どにかく速いんだから仕方ない。
スローモーションでどんなにゆっくり投げようとしても、やっぱり速い。
本人もそれで悩んでるくらいの剛速球。
そんで歳をとってチェンジアップを覚えると、急にまた勝ち星が増えるようになり、第二の黄金期を築いたりする

ジミ・ヘンドリクス

魔球を投げるタイプ。
消える魔球。分裂する魔球。巨大化する魔球。
多くの投手たちに衝撃を与える。
他の誰もそんなの投げられない。
しかし体に限界を超えた負担がかかるため、
ほんの数年で肩を壊し、
他の投手たちの胸に永遠に消えない劣等感を残し、
壮絶に引退する。

ジェフ・ベック

コントロールが抜群なタイプ。
針の穴をも通すコントロールと安定感。
同業者である他の投手たちに、
「最高のピッチャーは誰か?」と聞くと、
皆がこいつの名前を挙げる。

ジミー・ペイジ

打たせて取るタイプ。
急速もコントロールも、
決して良い方ではないのだが、
打者との心理的な駆け引きや、
なによりゲームメイク能力にすぐれ、
気がつけばいちばん勝ち星を挙げている。
(そいで、ここ一番の場面ではばっちりいい球を投げやがる)

んで、エディ・ヴァン・ヘイレンは・・・

と思ったけど、
ニコニコ笑いながら、ぐにゃぐにゃに曲がる球とか投げそうなんで、
やめておきます。

No(707)

■…2010年10月 9日 (Sun)…….VIC ジャケット
昨晩はAbove Da Worldのセッション、

あんましコピーとかちゃんとやってこなかった僕にとって
こういうセッションは勉強になるとともに、
いろいろと自分の足りない面がよくわかったりもします。

ちょっとした小物や機材を試す場にもなるし。

さて、ジャケットの絵を作っていただきました。

2月に録音制作が完了していたところの、
“Victory In Christ”の。
(”God Rocks”と呼んでいましたが、結局この名前になりました。)

元気のいい、また、とっつきやすいというのか、
親しみやすいアートワークを作っていただいたと思います。
燃えてる感じがまた。

ありがたいっす。

“Victory In Christ”ですが、
インターネット/インディーズ時代の流儀にのっとりまして、

デジタル配信から、順次スタート、
順次フィジカルの、ディスク販売も、
セットアップしていこうと思っています。

“Faith Rider”や、”Love Is To Do…”など、
Jango等で、今までの”Karma Flower”を上回る反応がある曲が
収録されているので、
デジタル配信も、強力に攻めていけるんじゃないかと期待しています。

ええと、年内のライヴですが、
12月2日(木)に、
下北沢あたりで、
ひょっとして一本、おおきめのライヴが入るかもしれません。
本日バンド会議して決めます、たぶん。

もし決定したら、
ぜひ皆さんに来ていただきたいライヴになります。

今回ばかしは、皆さんにお誘いのメールを投げまくるかもしれません。

よろしくですー。

Hallelujah!

No(708)

■…2010年10月10日 (Mon)…….日本酒飲みすぎ他
昨日はバンドリハ、

またADWのセッションの翌日だったこともあり、

自分のバンドで自分らの曲で音を鳴らすということの意味を、

より改めて知る感覚がありました。

もうひとついえば、

よく、「がんばらない」ということを世間では言いますが、

がんばらないことも、結構難しいのであり、

がんばらなくていい境地に達するってことは、

簡単なことではない、

そこにたどりつくためには、ケースバイケースでしょうけれど、

かなりいっぱい、がんばらなくてはいけないんじゃないかと思うわけです。

ここ数日、ここ一週間、というのか、

人間的にも、精神的にも、

昨日の練習でも、

がんばらない、という感覚が、だんだんやっと、
体に染みてきて、
わかってきているような気がするんですね。

演奏に関しても、もうがんばらないで、
ラクして演奏しよう、と。

自分の体や声の使い方、
自分のサウンドの使い方は、
何年もかけて、自分がよくわかっていますし、
やり方は人それぞれなわけです。
声の出し方ひとつとっても。
ほんとに人それぞれ。

自分たちの曲を、自分たちの表現で演奏するということは、
自分たちの命を輝かせることだと思うわけですね。

その神様からいただいた、
自分らの命が、自然に輝き出でるために、
がんばらない、ラクな状態で、というのは、
たぶん結構大事なことだと、思うわけです。

どっちかというとがんばりすぎちゃうことの多い私ですが、
この歳になってやっと、がんばらないことを覚えることが、
できそうかなと。

いい流れだと、思っています。

この年内の演奏は、すべて、
手を抜いて、、

じゃなくて、

ラクして、ラクに、演奏しようと、思います。

それもひとつのチャレンジって、ことで。

昨日初めて取り組んだ、Jesus Train、
この秋、冬の目玉の新曲、Living Water、
ともにいい感じです。

昨晩は、

はっしーのお母さんがやっているお店に、
初めていきまして、
日本酒の会みたいのに参加してきました。

それはとても面白い会で、
素敵な日本酒もたくさん飲めて、
とてもよい経験だったんですが、

はっしーのおじさんはいるわ、
(すげえ食通。はっしーの音楽やテイストに関するこだわりは血筋なのか。)

最終的にははっしーのお父さんが出てきて、
いろいろお話するはめになってしまい、

なんかね、バンドなんてやって
親不孝をさせてる身としては、

ばっちり酔っ払った上で、
これらの話をすることは、
なかなかヘヴィな夜でございました。

話のわかるお父さんではありましたが、
いろいろなことを正確に伝えることは難しいけれど、

好きなようにやらせてやりたいが、
それでもやはり心配であるというふうに、
複雑なご両親の気持ちを、
察するに余りある機会でありました。

まあ顔出しておいてよかったんじゃないかと
思います。

しかし余計に、飲みすぎて、
軽く翌日(今)、きてますね、とほほ。

これから礼拝ですが。

そういえば、
はっしーのお店でかかっていたBGMが、

ユーミン(荒井由実)と、はっぴいえんど、
それからOasisの昔のアルバム。
なぜかArrested Developmentのリミックスとか。

先月、プチ帰省したときに、
妹が車の中で、かけていたのが、
いつもかけているんだろうけど、
やはり、荒井由実、はっぴいえんど、
それからボニーピンクだったけど、

また同じものを聞くにつけ、
テイストが同じ人間が、
やはり身の回りにいるのだなと
不思議な気分になりました。

ちなみに、
昨日のスタジオのミーティングルームでは、
Syrup16gのライヴ盤が流れており、
はっしーは、「これは無理」と言っておりました、

僕も、アルバムはともかく、ライヴはきついなと思った次第ですが、
その独特の歌い方や表現を聞くにつけ、
人それぞれの表現ということを思いました。

思えば2003、2004年頃に、
バンドを立ち上げようとしていたとき、
周囲にいたメンバーは皆、Syrup16gが大好きだったわけです。

そこから、いろんな変遷があったんだろうなと、
思いつつ、
ヒッチーやはらっち、ヲイちゃん、みねっちといった、
過去のメンバーと、その旅路を、思っておりました。

Jangoあたりあいかわず好調なんですが、

さきほどメールチェックすると、

ブラジルの人からなんか熱烈なファンレターが。

うう、こういうのいちいち嬉しいっす。

Victory In Christのリリースを控えまして、

体制を整え、攻めますですよ。

No(709)

■…2010年10月11日 (Tue)…….一夜城
なんか、要望つーか、そういう書き込みとかメールがちょっとあったため、

reverbnationのシステムを利用して、
一夜にして、
merch storeというのか、
Tシャツショップを作ってみた。

こちら

マイスペにもウィジェットをのっけてある。
こちら

初期費用はゼロ。
たいしたもんだと思う。
さすがreverbnation。
とても便利でありがたい。
貧乏ミュージシャンがちょっとでも金を稼げるように配慮してくれてるのか。むむ?

自分で買いたいくらいだけど、
たぶんshipping、日本まで送ってくれないだろうなー。

Japanese Popのピンクとか、普通に欲しい。女性用だけど。

さて、今日はとある方に、とある計画の相談をしようと思っています。
金がないなら、集めればいい、ってね。

God help us!

No(710)

■…2010年10月13日 (Thu)…….プチ告知
オフラインでもとっつきにくいやつですが、

オンラインでの発言もintrovertに過ぎてうざったいと思いますToneですお世話になってます!

ちょっと大きなライヴが一本決まりましたんで告知します。

[M☆N☆T 2010 ーFU(えふゆー) vs 難民
2010年いじげんの旅 ファイナル/難民レコ発ー]

・2010年12月2日(木)
・下北沢GARDEN
・OPEN PM6:00 / START PM6:30
・前売2000円 / 当日2300円(共にドリンク代別)
<出演>
・FU(えふゆー)
・難民
・concertmaster
・伊万里音色(Imari Tones)

下北沢GARDEN、こちらです。
こちら

スケジュール、ばっちり載っちゃってます。
こちら

下北沢でライヴやるのなんて何年ぶりだろう・・・・。

チケットはe+とかローソンチケットでも発売されてるそうです。
そういうの恥ずかしながら初めてです。とほほ。

お付き合いのあるFUさんに声かけてもらって参加が決まったんですが、

きました。
「クリスチャンロック」の看板しょってるバンドとして、
セキュラーな、大きなイベントに出ることの意義。

その意義が、問われるときが、きましたよー。

下北沢GARDEN、
ぶっちゃけ、大きなライブハウスです。
キャパ600だそうで。

お客さんの、動員も、必要になってくるわけです。

そして、そういう大きな舞台にたつ、
晴れの機会なわけです。

今、とっても良いコンディションにあるImari Tones。

きっと、おおきな舞台ほど、良いパフォーマンスをします。

いつも、斜に構えて、積極的にPRをしないところのある、
僕たち伊万里音色ですが、

今回ばかりは、お願いしてまわろうと、思います。

ぜひ、見に来てください。

そして、この「日本初クリスチャンヘヴィメタル」を名乗る僕らの、
晴れの舞台を、ぜひ応援してください。

これから、友人知人の皆さんに、きっと、また、お誘いのメールをさせていただくと、思います。

うざったいかもしれませんが、なにとぞ、よしなに、どうぞ。

以上、

ありがとうございます。

No(711)

■…2010年10月16日 (Sun)…….プチプチStryper
プチプチクッションの話です。

荷物を送るときに、パッキングに使う、プチプチクッション。

Stryperの、本が届きました。

こちら

“By His Strypes”っていう、ストライパーの、25周年を記念した写真集みたいな本で、

うちの嫁さんが、知ってのとおり、Stryperの大ファンなので、注文したのね、去年。

そう、去年。

で、そしたら、発売延期の通知が、来て。

なんかね、中国の業者に発注して作ったらしいんだけれど、
業者とのいろいろトラブルとか、
税関のトラブルとか、
なんか、よくわかんないんだけど、いろいろあったらしくて、

はじめは、2,3ヶ月で届くってことになってたんだけれど、

それが、ひとつき、また一月と、伸びていって、

ウェブサイトには、

著者からの、言い訳というか謝罪というか説明のビデオが、定期的にアップされ、

「やっと製本された」
とか、
「やっと中国から発送された」
とか
「今、税関の手続きをしてる」
とか、

そんで、先月くらいに、
マイケル・スウィートのtwitterで、
By now everyone should have recieved the book
とかいう発言があって、さらにそこから一月。

日本にいる僕たちのところにも、
昨日、やっと、本が届きました。

実に、
注文してから、
ほぼ、一年。

やっと。

これが、かっこいいんだ。

裏表紙に、イザヤの53:5が英語で書いてあって。
って、英語であたりまえか。

嫁さんなんて、もったいないから、っていって、まだ本にかかってるビニールを解いてない(笑)
このまましばらく眺めていたいんだそうだ(笑)

さて、僕は、メタル友達や、クリスチャン友達に、みせびらかして自慢してやろう、と思っている。

ところで、
先日、ブラジルのラジオ局の人から、
たぶんJango経由なんだろうけど、うちのバンドの曲を聴いて、
気に入ったから、ラジオでかけたいので、プロモCDを送ってくれとメールが来ていた。

そんで、プロモCDをCD-Rに焼いて、送ろうとしたんだけど、
無かったのね、ちょうど、プチプチクッションが、切らしていて。
CDを、包装するのに必要でさ。

それで、買ってこなきゃなと思っていたんだけれど、
この、Stryperの本が届いたので、
その本にかかっていた、プチプチクッションが、ちょうどいいサイズで使えそうだったので、
じゃあ、これを使っちゃえ、ちょうどいいや、って。

そのとき、はたと思ったのね。

え?このプチプチクッションは、
たった今、海をわたってアメリカから送られてきて、
そんですぐにまた、今度はブラジルに送られるのか、
って。

アメリカから日本に、
クリスチャンバンドの本を包んで。

そして、またすぐに、
日本からブラジルに、
クリスチャンバンドのCDを包んで。

そしたら、なんて働き者の、faithfulなプチプチクッションなんだ、こいつは、
と思って(笑)

神様のために、誠実に働く、すごいプチプチだ、と思って。

で、そのとき、思ったのよ、なんか実感で。
すべてのものに、意味がある、
すべてのものに、存在意義がある、っていうのは、
本当なんだなあ、って。

どんな小さいものでも、意味があり、
世の中の、そしてたぶん神様の、
目的のために、役割があって、役にたっているんだ、
って。

んで、願わくは、僕らも、
このプチプチクッションのように(笑)
神様のために、かいがいしく、誠実に、
働きたいな、と、
思ったのよ。

このプチプチを見習って。(笑)

見上げたプチプチクッションだ。

No(712)

■…2010年10月19日 (Wed)…….イケメン南国R&B
昨日は都立大学のスタジオにて、
ちょっとしたセッションでした。

諸事情により、
夜中に、お誘いのメールを知り合いの方にいっぱい送ってしまい、
その節はご迷惑かけました、関係諸氏。

うちの教会関係のミュージシャンの企画したものだったんですが、
KC氏というファンキーな男が、南国から来まして、歓迎セッションだったんですね。

彼が、もうやたらといい男でして、
まだ20代半ばなんですけど、
なんか、隣に立つのも気が引けるくらいのいい男で(笑)

またこれが、アメリカ育ちで、日本語よりも英語の方が上手いわ、
ラジオのDJみたいな声でしゃべるし、
実際にダンスグループみたいので大きなステージに立っていたらしいし、

歌をうたわせてみても、やたらムーディーなR&Bになってしまうという、
素晴らしい逸材でして。

ジャズ、R&B、ブルーズなどを下敷きに、皆で即興を繰り返しておりました。

普段あまりやらないジャンルということもあり、
ギターの入る隙間を探すのに軽く苦労しましたが、

以外とこういう場で、ファズが有効だということがわかりました。

軽い音色、クランチ、つぶれた音色、どれも対応してくれるし。
手元のボリュームノブで相当変わってくれるし。
ロックと違って、そこまで太い音は必要ないしね。

即興であれだけ、それっぽくちゃんとした演奏が成立するというのも、
その場にいたメンバーの力量だと思いますが、

自分もなかなか悪くないプレイができたんじゃないかと思います。

そして、やっぱし英語の勉強になりました。
みんな、日本語話してくれないし。

案の定、その場にいた人の中で、僕がいちばんしゃべれないし、
また僕はこういう場では、やはりいちばんには、性格的な照れから、あまりしゃべれなくなってしまうんですが、
それでもやはり勉強になりました。

いい環境を与えられて感謝です。

またこれも良い出会いだったと思います。

サンキュージーザス!

No(713)

■…2010年10月20日 (Thu)…….My Sympathy for the Devil
詩です。詞です。ポエムです。あはは。

ちょっとだけの間生きていた経験と、ちょっとだけ本を読んだだけの知識からいうと、
勝負っていうのは、物事っていうのは、始まる前からだいたい決まっているもんだ。

うまくいく関係には、そもそもはじめから、問題がよりつかず、気持ちが通じあう二人の間には、そもそもはじめから、Yesという言葉があったりする。
うまくいかない関係は、YesとNoを問う前に、そもそも質問を投げかけることすらできないもんだ。

もし、あるものが、滅びることが決まっているのであれば、誰が何をしようと、周りがどうしようとも、なるようにしかならない。

だから、僕らがどれだけ手を施そうとも、僕らがどれだけ力を尽くそうとも、あるいはすべては無駄かもしれない。

だけれど、僕らは最後まで勝負を捨てない。

最初から最後まで、勝利を信じて歩むのをやめない。

希望という足跡を、一歩一歩つけてやる。

そんな僕らの姿を、見せたいやつがいるからだ。

最後の最後まで、苦しい今だからこそ、歌をうたっていけ。

喜びと希望の歌を。

新しい世界の歌を。

永遠の神の歌を。

その姿に、敵はどれだけ恐れをなすことか。

君に見せてあげる。

君のために僕はたたかう。

僕らが君に贈る言葉は、

「倒してやる」でも、「やっつけてやる」でもない。

君に言わなくてはいけない言葉は、ひとつ。

「愛してる」

僕らが敬愛するこの宇宙の主が、僕らにそうしてくれたように。

僕らは君の胸にこの十字架を突き立てよう。

なんだこのほぼカミカゼな状態は(笑)

No(714)

■…2010年10月21日 (Fri)…….ものすごい今更
ちょっと、いままでちゃんと聞いていなかった、
メタリカというバンドをさくっと聞いてみたんだが

(まあそりゃ、あの黒いアルバムとかは聞いてたけど)

なんか世間ではとても人気のあるバンドらしいが。

このバンドは、アンダーグラウンドのヒーローとして出てきたけれど、

その反面、いや、だからこそ逆にというのか、

実は万人を、誰をも納得させるような凄い曲を書く力があって、

だからこそ、そのへんの矛盾に葛藤したり、紆余曲折してきたりしたんだなと。

Death Magneticのユーザーレビューなんて、
すっごい極端な賛否両論で、
賛否両論でも、こんな極端なやつは初めて見たってくらい。

同時に、メタルリスナーってやつも、
結構いいかげんな耳をしてるなと。
聞き手なんてもんは、みんなてめえかってなことを言うもんだなと。
まあ、それでいいんだけれど。

そのときどきの作風や作品の出来にあれこれいおうとも、

ライオンが生まれつき強いのはしょうがない。

誰もこんなやつらにかなわんよ。

でも強いってのは必ずしもいいことばっかじゃないんだな、と。

No(715)

■…2010年10月27日 (Thu)…….2 all, 4 friends
また詩。

同志よ

友よ

したたかであれ

悪魔の支配するこの世界とうまく付き合え

嫉妬と虚栄の力学に身を任せることなく

嘘の栄光に惑わされることなく

金銭のシステムに捉われることなく

不安が纏ったかりそめの強さを見抜き

水のようであれ

静かに革命を起こせ

小さな集団の力学に堕することなく

媚びと安心の力学に堕することなく

努力と根性の論理に逃げることなく

あるべき姿を常に見つめ

自らの中の恐れにつまづかず

自分に必要な成功をしっかりと選び取り

自らの未熟さをしっかりと見つめ

足りない部分は時間をかけて向き合い

内外のコミュニケーションを澱ませるな

力加減のバランスを見つけるのはずっと後でいい

不器用でも前に進み、生き延びることを優先せよ

悪魔と対峙する瞬間においては

いかに大きな犠牲を払おうとも

いちばん大切なものは決して奪われぬよう

自分のやっていることに自覚的であれ

自分が戦っている相手と、誰のために戦っているのかを知っておけ

しかし本当に自覚的であるとき、行動は結論の前にある

結論を待つな

結論はすべてが終わった後についてくる

自らには冷めた人間であれ

自分の憧れに絡め取られぬよう

夢という言葉の前に目の前の小さな真実を見落とすことのないよう

自分の理想にすら絡め取られぬよう

その熱さは神のためにとっておけ

神のためという言葉すら捨ててしまえ

本当に神に届けるためには

そうだ自らを無にする覚悟がなければ

あえてこの戦いに足を踏み込むな

この世界のまんなかに十字架を突き立てたいのであれば。

その覚悟がないのであれば

せめてかりそめの栄光に耽溺することができることを

不幸にしてそれを受け取ることができないほど高潔であるならば

最後には平安と逃げ道とを、神が用意してくださることを

本当の栄光をその手につかみたいのであれば。

君の神の名で祈れ

僕も自分の神の名で祈る

In Jesus name.

No(716)

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