2011年8月の日記

■…2011年 8月 7日 (Mon)…….さしあたって新大久保
今日は横浜は山手にあるYCACという、
なんか外人さんがいっぱいいる施設にて
うちのヤオ牧師のレゲエバンドにて、
演奏してきましたが、

なんか盆踊りで演奏という話でしたが、
外人さんたちのクラブでのローカルな夏祭りといった感じで、
確かに盆踊りしてましたが、

やきそばもたこやきもお好み焼きもなく、
そのかわりフレンチフライやケバブとかローストチキンとかがありました。

なので盆踊りのやぐらの上でレゲエを演奏してもそれほど違和感はなかった、かも。
いや、どうかな。

けっこう楽しかったです。

さて、ぜんぜん告知もできてないんですが、

今日は大久保水族館というところで演奏するんです。

イマリトーンズにて。

以前もご一緒させてもらった、

儀太郎さん、B.D.Badgeさん、

という組み合わせにて。

なんかもう、おなじみな感じがしますね。

19:30スタート、チャージ1000円、です。
こちら

たぶん、かなり楽しいことになるでしょう。

よろしくです~~。

と、それだけ書いておきたくて。

でわでわ。

No(796)

■…2011年 8月10日 (Thu)…….元町スターバックス
日記に書こうと思うことはいろいろあれど、

なかなか落ち着いてかけないこのごろ。

さて何から書こうか・・・・

(写真はmixiのみ)

月曜日の夕方のこと、

横浜は、元町の商店街にあります、
スターバックスにて、

うちのヤオ牧師のレゲエバンドにて、
演奏してきました。
僕はベースにて参加。

オシャレな元町のカフェでの演奏、
しかも主役はあくまでヤオさん、

僕はただのベースだし、
僕は裏方に徹して、

というわけで、表情の見えないサングラスを着用し、
レゲエ風味のニット帽をかぶり、
裏方っぽく黒子のように見えるような格好をこころがけていきました。

でも、あれ?

あれ?

なんかひょっとして、オレだけ浮いてる?

すいません、知らないうちに、なんだかメタル風味を出してしまっていました。

ちなみにベースは、いつだったかオークションで一万円で入手した、
90年代初期のJacksonのWingerモデルでございます。メタル仕様ですね。
そしてWingerということで、こうやって持ってみると、明らかに、「フロントマンのためのベース」であることがわかりますね。

実はネックがかなり壊れてますが、気にせず弾き倒してきました。

実のところ、レゲエはかなりベースが重要なパートであるので、
ブイブイ言わせつつ、往来を通る人々を踊らせるなどして、
なかなかやりがいのある演奏でした。

でも、やっぱちょっといろいろと浮いていて恥ずかしかったかも。

カフェでの演奏というのは、
それほど珍しいことではないかもしれませんが、

意外と、スターバックスでライヴ、というのは、わりと珍しいかも。
それも、フルバンドで、PAセットも持ち込んで。
正確には、お店の中ではなく、外の通りに面したところでの、
ストリート演奏という形だけれど。

元町という場所柄、可能になったことかもしれません。

もともと、うちの教会の人々の、地元つながりなどの、人のつながりから、実現した話ですし、

そういった、みんなの力というのか、情熱というのか、
本当にすごいなあと、僕は思います。

また、他の教会の人たちも、コンサートにあたって、いろいろと協力していただいたのですが、
それもすごいし、

そして、そういった中で、皆を魅了し、人々をひきつけて、神さんの祝福を、皆に広めるうちのヤオ牧師、それにワーシップチームの人々、関係者みんな、

すごいなあ、と思います。

なんというか、僕は、一人メタルな格好でベースを弾いていただけですが(汗)

なんでも、スターバックスとしても、
このコンサートにより、
かなりの売り上げ倍増につながったようで、

また、機会をいただけそう、
あるいは、定期的に行うような流れになりつつあるようです。

たいへん。

そして、この企画にゴーサインを出したお店の店長さんにも敬意と感謝、
そして、対応していただいたお店のスタッフの方々にも感謝の気持ちでいっぱいです。

でも、個人的には、

そうだね、嫁さんと籍を入れた、5年くらい前、
当時、まだ埼玉に住んでいて、

昔から、好きだった横浜で、式、あげようって話になって、
そのとき、準備とか、下見とか、何度も横浜に来ていた。

その際に、元町にも来て、
なんか、ヨーロッパみたいな街並みの、雰囲気で、
素敵なところだなあ、って、思って、二人で歩いたりしていた。

そんな場所で、こうして地元の人々と、演奏できたことに、
ちょっと幸せを感じます。

横浜に越してきてから、もう何年か、たつわけですが、
この場所での思い出も、けっこう増えたなあ、と。

そんな感じで、ひとまず。

No(797)

■…2011年 8月16日 (Wed)…….kiroku
最近文章を書く能力が本当に落ちてきているんですが、

それは単純に歳をとったか、
別に日々の出来事をすべて書いて記録する必要性がなくなったからか、
ちっとはまともな生活をするようになったか、
あるいは精神的に安定していないのか、
あるいは140文字ですむtwitterのせいなのか、

ええとカレンダーを見てみましょう。

昨日はバンドのリハだった。
ええ、バンドのリハなどは内輪のことであるので省略。

一昨日は、日曜日、
昼間、教会にてワーシップのリードを担当。
ワーシップ担当のミュージシャンがあまり居ない日であったが、
勢いあまって、自作の日本語ワーシップ曲を弾き方ってしまうなど、
ちょいと暴走しました。

夜は、神田のデシジョンカフェに初めて出向いて、
B.D.Badge、サルーキ=、横山大輔の3アーティストによるコンサートを見た。
なかなか素晴らしかったですよ。
ロックギタリストとしては、寿郎閣下からはいつでも学ぶことがありますね。

先週は、週末は、なんか瞬間的に曲の歌詞を4曲ぶんくらい書いた気がする。
英語と日本語と両方書いた気もする。
クリエイティヴな作業に関しては、取り掛かるとわりと早い。
質は知らんけど。

あとは母親が東京に来ていて、嫁さんと一緒に食事をしたと思う。感謝。

あとはやっとでいじょぶが決まるとかそういうことがあって、
とりあえずの生活を。
という感じ。

先週の月曜にうちのヤオ牧師のレゲエバンドにて元町のスターバックスで演奏したことは書きましたが、
その翌日は、阿佐ヶ谷の七夕祭りに行ってきた。

もう何年も、毎年行っている、嫁さんと一緒に。
何年めか、数えるのやめよう、めんどいから。
毎年そこに行く理由は、毎年書いてるから書かないでおこう。

でも今年も行けてよかったと思う。感謝。

元町で演奏したのは月曜だが、その前日の日曜には、
大久保水族館にてImari Tonesにて演奏してきた。
B.D.Badgeさん、儀太郎さんと一緒に。

儀太郎さんとても素晴らしかったし、すごく良くなっていた。
とてもロックを感じて楽しい。

B.D.Badge/栄光号、toshi_rock閣下が凄いのはもう常識なので改めて書かないけどやっぱすごかった。
確かにアメリカとかいろいろ行っても、すごいバンドとかいっぱいいたけど、寿郎閣下みたいな人はどこにいっても地球を2周しても居ない気がする。すごい貴重だと思うなあ。

我々Imari Tonesもいい演奏をしたと思う。
先月の吉祥寺のG-1もいい演奏だったけど、
はっしーとジェイクのテンションが今回、アメリカでやるとき並みに高くて、けっこう本領が発揮できた。
彼らは正直だから、楽しいときには勝手にテンションが上がるし、楽しいと思わなければしかめっつらで演奏する(本当はよくない)。
大久保水族館というアットホームな場所で、寿郎さんたちと一緒に演奏するのがきっと彼らも楽しかったんだと思う。

先月の吉祥寺のG-1もいい演奏だったと思うが、
バンドのメッセージ性というか、Imari Tonesとしての個性という点では4人でやるときよりも3人でやるほうが濃いのは事実だ。
いわくたとえれば、メタルっぽく普通のロックバンド的な演奏ができるのは4人のときだが、より純粋に奇跡が起こせるのは3人でやるときだ。スリーピースというのは不思議なものだ。たぶん3人でやってることにも意味があるのだろう。

あめりか遠征から戻ってきて以来、月イチでゆっくりとライヴを消化してきて、先日の水族館で3本目だったわけだが(ゆっくりペースだ)、

一本一本、小規模な演奏かもしれないが、毎回祝福されている。毎回小さな奇跡が起きている気がしている。

霊的な意味でいえば・・・省略

とにかく感謝。

そのちょっと前には、うちの教会のドラマーりょう氏に誘われて、はるばる東久留米まで、シアトルから来た宣教師の人たちに会いに行った気がする。
なんか、池袋あたりでやるらしく、遠いんだけど、シアトルって前から縁のある(気がする)土地だし、なんか手伝えって言われてる気がしてるので、都合がつくときは手伝おうかなと思っている。

そういえば
遠征の前後といろいろ重なって
いまだに東北の被災地など僕は行っていない。

行くべきだろうと思いつつも、
冷静になってみて、
僕みたいな協調性というのかいろいろ世間と溝があって
チームプレイがほぼできないような人間が行っても、
なんもできんだろう、足手まといになるだけだろうという気はしている。

実際にそういう人とのつながりもあまり持っていないからこそこれまで行けていないという現状もある。

この件については日本については祈りであるとか霊的なこととか、
自分にはちょっとちがう角度でやるべきことがあるようにも思う。

だが、ほんとになんもできなくても、見てくるだけであれば、機会がほしいと思う。
見るだけ、一人でふらっと行って、見て、感じてくるだけ、とか、そういう。

昨年のツアー時から自覚して祈っていること、
また、そもそもの音楽をやっている動機のぶぶんからして、
自分にもたとえ目にみえなくともこの国のためにいくらか仕事をしているという自負はある。

その意味では、霊的な意味でも、
自覚し、状況を自覚し、
たたかい、きりひらき、いきていこうと思っている。

スローペースな活動ではあるが、
目に見える以上のことは、それなりにしているつもりだ。

一本一本の演奏にしろ、どこで鳴らす一音にしろ、
これでこの国を救うのだと、思って演奏している次第であるよ。
どーもありがとう。

tweetしましたが、どこぞの小規模(?)な音ゲーに使っていただけるようです。
うまくいくといいな。
感謝。

そしてどこぞのビデオキャスト番組のための曲も目下録音制作中です。
夏休み中には仕上げなくては。

熱きリョウ氏に頼まれてた仕事も夏休み中にやっつけたい。

そしてバンドはまた新曲を3つほど、
これまた、重要な楽曲とおもわれる、願わくばこれでまた最後にしたい、あらたな成長のステップを。
年内には仕上げたいです。
年内の宿題としてはそれで十分、せいいっぱい。

ライヴ演奏は、無理してやらなくても。
お話をいただければ、ちょくちょくと、小規模に。

そしてダラスで録った2曲が、いっこうにエンジニアさん、あがってこないので、
よく見たら携帯ハードディスクにデータもらっていたので、
自分たちでミックスしてしまおうかなと、思っています。
誰かProToolsをちょっとだけ貸してくれないかな、
データ書き出すだけでいいから。
あとはうちのCubaseでやるから。

以上、感謝。
今日も生きる。

なんか、きょうび、
世界じゅうでいろいろ災害や危機やおきている昨今、
いちにちいちにちが、
まさに奇跡だという気がするよ。

でもね、ぜったいに、世界は、よくなっていっている気がするんだ。

切り開きましょう、未来。

No(798)

■…2011年 8月26日 (Sat)…….R.P.G.(仮バージョン)
さて、とある曲を、けっこうくだらない曲なんですが、
作りまして、これです。

R.P.G.
こちら

R.P.G.(日本語バージョン)
こちら

(う、結構、音わるいな、Soundcloud・・・)

今、日本のヘヴィメタル業界というのか、
もっというと、日本の音楽業界全体が、
秋葉原な方向性に向かって久しいのは、
いうまでもなく周知の事実なわけで、
AKB48の大ヒットなどは、そうした流れをよく表していると思うんですが、

うちのバンド、Imari Tonesにあっては、
そうした秋葉原な流れに、
あんまし縁がなく来ていますが、

それは、別に、
ヘヴィメタルは硬派であるべき、
とか、
売れ線に走ってはいけない、

とか、そういうポリシーがあったからというわけではもちろんなく、

何年か前に、メンバーとちょっと話したときに、
そういう方向性も、やれるもんならやりたい、と、

そりゃ、ちょっとでもやっぱり、皆さんに聞いてほしいですから、
バンドやってる以上は。

でも、今まで、それをやる余裕というか、リソースがなかった。
自分たちの活動をするので精一杯ですから。
また、そういった引き出しも、すぐさま自分の中にはなかった。

実際に、秋葉原化の流れは、日本の中だけに限ったことではなく、
たとえば、
ぼくらのバンドを気に入って聞いてくれる海外の子たちの中には、
日本のアニメやゲームが大好きな、日本オタク(?)な子たちも、
相当数含まているわけです。

そういう意味でも、彼らに届くようなものを、やりたいという思いは、あるんですが、

また、その他にも、
ネット上の露出ということを考えると、
コピーというのか、カヴァーソングをやってYouTube等にアップすべきだ、とか、
もちろんわかりきってはいるんですが、

うちのバンドには、それすらやる余裕やリソースや引き出しが、なかったりするわけです。

情けないかぎりなんですが、

今回つくったこの曲、その名も「R.P.G.」は、
この、「ファミコン道場」なるウェブサイトというのか、
ビデオキャスト、ポッドキャスト、
そのために書いた曲でありまして、

こちら

先だっての遠征を、応援していただいたお礼に、
彼らのために楽曲を提供することになったわけです。
どうにか、夏が終わる前に納品することができそうです。

こうしたご縁は、とてもありがたいわけですが、

なにしろ、レトロゲームというのか、
初代ファミコンなどの、古いゲームをテーマにしたサイトなわけで。

さすがに、これは、僕の中にも、引き出しがありました。

思うに、ささいなものであっても、
人のために曲を書くという行為は、
とてもありがたいもので、

たとえば僕らの現在代表曲になってしまっている
Faith Riderという曲もそうなんですが、

人のために曲を書く場合、
その人、その人たちに喜んでもらおうと思って、
シンプルに機能性の的をしぼって書きますので、

かえって、受け入れられやすいというのか、
とっつきやすい曲ができるというメリットがあります。

僕などの場合も、ふだん、自分で曲を作る場合には、
自分のアーティスト性を満足させようと、
やたら難しくしたり、挑戦してしまったりして、
ようするに自己満足になってしまい、
かえって伝わりにくくなることは、多々ありますので、

こういう機会は、とてもありがたいのです。

外人目線で見た、日本というのを、
カルチャーの架け橋的に機能する、
Imari Tonesならではの立ち位置ではありますが、

晴れて(?)、今まででもっとも、秋葉原的な要素に、
もっとも近づいた楽曲が、ひとつここにできたわけです。
(いや、たぶん、本当の秋葉原からは、相当に遠いかもしれませんが)

注文いただいてやっつけた曲ですから、
そのまま、「やっつけ仕事」です。

バンドのリソースも限られている中ですので、
また、ピコピコ感を出すために、
ドラムも打ち込みで済ませ、

ギターも、パソコンに入っていた、いつどこで拾ってきたかもよくわからない、
フリーのJCM900のシミュレーターを使って、ラインで適当に録ってます。
また、ヴォーカルも適当に歌って、エフェクトかけてピコピコ処理をしています。

楽曲としては笑っちゃうくらいシンプルですが、
ステレオタイプなジャパンポップのイメージというか、
たとえば少年ナイフみたいな日本のポップパンクみたいな、
チープな感じを狙って、
わざとらしくやってみました。

ひさしぶりに、ヴォーカルをダブルトラックにしてみたりして。
気持ち悪い声ですが(笑)

意外と、ギターソロが、難しくて、
かなり実は、速くてですね、
まともに弾けず、ほんとにG-1の速弾きギタリストさんたちの手を借りたいくらいでしたが、
かなりごまかし、予定と違いつつも、
なんとか形にしました。
最後のスウィープ的なアルペジオのフレーズなんかは、
20フレットとか22フレットとかの高いポジションにあるので、
手が届かなくて、死ぬかと思いましたが、
(まあ、24フレットとかのギター使えば、いいんでしょうけど)
かろうじて。

そんな感じです。

とても、チープなトラックですが、

完成してうれしい(笑)

お察しください(笑)

No(799)

■…2011年 8月26日 (Sat)…….夏休みの英作文の宿題。
英語のライティング勉強兼ねてかいたやつ。
またくだらないひとりごとですが、
翻訳してみます。

まさに「中二病」といえるような
青臭い文章が全開ですが、
英語で書くとそれっぽく聞こえる、
でも、日本語でも書いておかないと、嘘だと思うので、いちおう。
恥をしのんでアップ。

こちら

「Imari Tonesのアーティストポリシー(方針)」

ハロー!
日本のクリスチャンロックバンド、Imari TonesのTakです。

夏休みはもうすぐ終わります。その前に、もうひとつのお話をここに書いておきたい。

今年、先だって、レディ・ガガが日本に来ました。彼女は日本のいろんなテレビ番組に出演していた。普段は僕はテレビはあまり見ないのだけれど、先日、僕の妹が、僕に録画したそれらのテレビ番組のいくつかを見せてくれた。
そして僕はひとつのことを理解した。レディ・ガガは、この21世紀において、ポップスターの意味を再定義した。彼女はポップスターを再発明したのだ。違うかい?

実のところ、願わくば、僕たちも「ロックミュージシャン」の意味を再定義しようとしているのだ。(もちろん、レディ・ガガほどにはうまくやっていないけれど)

たぶん僕らはあまりうまくはやっていないかもしれない。長い時間をかけても、僕らはレディ・ガガほどにはビッグではないから。でも、僕らがロックミュージシャンの意味を「再発明」しようとしてきたのは事実だ。

だから今日は、Imari Tonesのポリシーについて話をしようと思う。

またしても、これは君たちにとっては退屈な話かもしれない。でも、これらのポリシーは、僕たちにとっては、とても重要なことなんだ。だからそれをシェアさせてほしい。僕らが、なぜこれをやっているのか、わかってもらえるように。なぜ、僕らが、こういうやり方をしているのか。日本のインディペンデントなロックバンドのポリシーを。

『すべては優先順位』(プライオリティ)

まず最初に、理解してほしい。それはすべて、優先順位と、選択だということを。

僕たちのようなインディペンデントバンドにとっては、資源はいつだって限られている。時間、お金、お金、時間、予算、そしてお金だ。
だから、「優先順位」について考える必要がある。

あるバンドは、ゴージャスなショウをやることに焦点を当て、
あるバンドは、完璧なレコードを作ることに重点を置き、
あるバンドは、インターネットで注目を集めることに重点を置く。
優先順位、何に集中するか、というのは、どんなバンドにとっても重要な議題だ。

しかし言わせてほしい。僕らは、これまでの旅路の中で、たくさんの仲間たちのバンドを見てきた。彼らの多くは、解散し、去っていった。ロックバンドをやるというのは、簡単ではない。でも僕たちは、何年も生き残り、インディペンデントに音楽を作り続けている。その理由はこれなのだ。優先順位と、ポリシー、方針だ。

資源(リソース)はいつだって限られている。誰もすべてを完璧にはできない(君が、U2かレディオヘッドでもない限りは)。
だからこれが、君たちに理解してほしいと思っている僕たちの方針だ。

『クリエイティヴィティ・ファースト』(創造性)

おそらくは、これが僕らの、いちばんの優先事項だ。

いつも言っているように、僕は音楽ビジネスを信じたことはない。
もし君が僕たちのウェブサイトを見れば、僕たちのカタログの中には、とてもたくさんの曲が、アルバムが、あることに気づくだろう。その理由は、僕たちがクリエイティヴィティ(創造性)にいちばんの優先順位を置いてきたからだ。

もし僕らがメジャーレーベルと契約した大きなバンドだったとしたら、おそらくこれほどたくさんの曲は、レコードは、作れなかっただろう。たぶん僕たちは選択をしたのだと思う。大きな会社と契約をするのではなく、インディペンデントになるべくたくさんの作品を作るという選択を。いつ、その選択をしたのか?たぶん、始める前にしたのだ。おそらくは、生まれる前にしたのだ。おかしく聞こえるかもしれないが、僕は、人生のたいていの重要な選択というのは、生まれる前にしてしまっているのだと信じている。

君たちも知っているように、きょうび、有名なメジャーなバンドたちは、数年に一枚しかレコードを作らない。それはたぶん、音楽業界のビジネス的な理由によるものだろう。
その一方で、いくつかのインディーバンドも、一枚レコードを作ると、その後何年も次のレコードを作らなかったりする。

そこにはいつだって予算的な理由がある。日本では、僕らのようなインディーバンドは、そんなに頻繁にレコードを作らない。フルアルバムはあまり作らない。通常は、たとえば、2,3曲とか、あるいは4,5曲とかだ。それは、少なくとも日本では、レコーディングにはたくさんのお金がかかるからだ。では、他のバンドがそうやって1年に2曲しか録音をしない中、僕らはどうやって、こんなにたくさんの曲を録音しているのか?

それは簡単なことだ。僕らは、自分たちでレコードを作ることを学んだんだ。録音の仕方、EQの仕方、コンプレッサーやリヴァーブの使い方を。そして、いちばん大事なことに、僕たちは自分たちのサウンドの方針を持っている。ラップトップコンピューターと音楽のソフトを使い、僕たちは自分たちのサウンドの十分な世話ができるのだ。

たぶん僕らのサウンドは、ProToolsとデジタル編集によって完璧にされる現代の商業的なサウンドとは違うかもしれない。(僕らもコンピュータを使うが、しかし僕たちはとても古い方法で録音をしている。僕たちは編集は得意ではないのだ。)僕たちは1970年代や、1980年代初期のサウンドがすきで、そのようなレコードを作りたいと思っている。完璧ではなくても、手作りで、あたたかい、人間のサウンドだ。それが好きでないという人もいるかもしれないが、それが僕たちの選択なのだ。

社会的な理由、外部的な理由でレコードを作るアーティストもいる。彼らは、もし誰にも聞いてもらえないのであれば、レコードを作らない。彼らは、ビジネスの準備ができていないのなら、レコードを作らない。彼らは市場調査をして、それに基づいて音楽を作る。それはそれでもちろんオーケーだ。それが、この現実世界でのビジネスのやり方というものなのだから。

しかしながら、僕たちはまた違う計画を持っている。
僕は、とてもたくさんの曲を書くタイプの音楽家だ。僕は、自分の内なるアーティストに忠実でいたい。彼になるべくたくさんのチャンスを与えてあげたい。神様は人生の中で、僕にたくさんの曲を与えてくれる。どうしてそれらの曲を放っておけるだろうか。僕はたとえ誰も聞いてくれなかったとしても、音楽を作りたい。僕らは、単純に自分たちが作りたいから、レコードを作るのだ。僕は有名になる前に、芸術家でありたい。芸術家として生き、芸術家として死ぬことができれば、それでゴールは達成だ。その他のものは何も無い。

それが、僕たちが、その他すべてのものを犠牲にして、音楽を作っている理由だ。

『僕たちのタイムプラン』

オーケー、僕たちの創造性についてのポリシーを話したから、次にこれを話そう。そうなんだ、僕たちのタイムプラン、時間の計画は、他のバンドのタイムプランとは大きく違っている。

ロックスターになるためには、何が必要だろう。
おそらく、とてもたくさんのものが必要になるに違いない。

まず、当然ながら、音楽的な才能に恵まれていなければいけない。

良いバンドのメンバーに恵まれなければいけない。あるいは、たまたま音楽の才能のある友人を持っている必要がある。ふさわしいバンドを見つけるのは、とても難しいのだ。

ルックスが良くなければいけない。少なくとも、なんらかの意味合いで。(もちろん、その理由はわかるだろう?)

正しい場所にいなければいけない。もし、君が、アフリカのどこかのジャングルに住んでいたとしたら、ロックスターになるチャンスは、それほど多くはないだろう。もし君が、ロサンゼルスとか、ニューヨークに住んでいれば、おそらくより良いチャンスがあるはずだ。

正しい時間に居なければいけない。もし君が、何十年も前の音楽スタイルを演奏していたとしたら、成功するチャンスはとても少ないだろう。成功するためには、「カッティングエッジ」、最先端でなければいけないのだ。

ロックスターになるためには、若くなければいけない。若くしてはじめる必要がある。もし君が、5歳で演奏を始めて、最初のバンドを10歳のときに結成したとしたら、おそらく他の人よりも多くのチャンスがあるだろう。

成功するためには、ミュージシャンであるだけでなく、優秀なビジネスパーソン、コミュニケーター、あるいは必要な役回りを演じる俳優、である必要がある

成功するためには、家族からのサポート、そして友人からのサポートが必要だ。そして誰もが、こういったサポートを得られるわけではない。

てっとりばやく言えば、ロックスターになるには、とても幸運である必要がある。

どれだけの人が、ミュージシャンになろうとして、
そのうちのどれだけが、実際に成功しているだろうか?

僕は、こうしたものを持っていないことを、最初からわかっていた。
そしてまた、音楽産業全体が衰退して、小さくなっていくことがわかっていた。たぶんロックミュージックは、とっくに死んでしまっているのだ。

そこで、僕は、スタート地点で、ロックスターになるという希望を放棄してしまった。

そのかわりに、僕は別の計画を考えた。
それは、タイムライン、時間の流れに関することだ。

ここに、典型的な(夢のような)ロックスターのタイムラインを示そう。
18歳、素晴らしいロックバンドを始める
22歳、大きなレコード会社と契約する
24歳、アルバムがゴールドレコードになる
27歳、美しい女優と結婚する
30歳、バンドを脱退してソロ活動を始める
34歳、ドラッグの過剰摂取か何かで死去する
(オーケー、冗談だって)

うん、とても簡単に見えるし、とても迅速だ。
でも、僕はこのロックスターのタイムラインは、自分には決して当てはまらないとわかっていた。

だから僕は違うタイムラインを生きることにした。
それはロックスターのタイムラインじゃない。
それは、どちらかというと、小説家、画家、彫刻家たちのタイムラインだ。

考えてみよう。
もし、君がロックスターで、40歳だったら、人々は、君が歳をとっていると言うだろう。
しかし、もし君が画家で、40歳だったら、多くの場合、人々は君が若いというだろう。
ここには大きな違いがある。

音楽業界は変化している。ロックスターたちは、もはや早死にしたりしない。
ロックミュージックはもはや新しいものではなく、それはだんだんと伝統的なアートになりつつある。
だからおそらくロックミュージシャンが「画家のタイムライン」を生きることを始めることができる時かもしれない。
10年早ければ、それは不可能だった。なぜなら、自分の音楽をレコーディングするということは、誰でもできることではなかったから。(僕は、これを2000年前後に始めた。)しかし現代では、コンピューターとデジタルレコーディングによって、僕らは、カンバスに絵を描くように、自分たちの音楽を作ることができる。

だから僕たちは、「画家のタイムライン」を生きようとした。
おそらくは、僕たちは、それができる最初の世代なのだ。
過去には、この画家のタイムラインを生きたロックミュージシャンは居ない。なぜならそれは単純に不可能なことだったから。
それは新しいことだ。今まで、生涯インディペンデントに音楽を作り続けたロックミュージシャンは存在しないのだ。僕たちの世代が、それをやる最初だ。
もちろん時間はかかる。しかし、それをやり遂げたとき、僕たちは「ロックミュージシャン」の定義を変えることになる。そして、願わくば、ロックミュージックは、絵画や、小説のように、本当のアートの形になる。

この「画家のタイムライン」は、僕たちにとってとても魅力的に見えた。
何十年か前には、音楽を作り続けるには有名でなければならなかった。
しかし、今は有名である必要はない。
歴史から学ぶに、僕たちは、名声は害になりうることを知っている。一度その電車に乗れば、もう降りるすべは無い。君は自由を失い、普通の人間としての生活も失う。
しかしこの「画家のタイムライン」では、君は好きなだけ普通の人間の生活を楽しむことができる。

そしたら、有名にならずに、作りたい音楽を作るほうがよくはないだろうか。
急ぐ必要はないのだ。
君は、君の名声を、10年でも、30年でも、あるいは死んだ後にでも、先延ばしにすることができる。
あるいは永遠に有名にはならないかもしれないが、誰が気にする?
芸術のいちばん大事な目的とは、周囲にいる人々の人生に触れることだ。
名声がなくとも、これができるアーティストを、僕は何人も知っている。

だからこれが理由だ。
これが、僕らが、このクレイジーな事を、僕ら自身のタイムプランで行っている理由だ。
人によっては、遅すぎるという人もいるだろう。
でも、僕らのプランの中では、それはいつでも、「時間どおり」なのだ。

『ヒューマンライフ・ファースト』(人生)

僕たちのタイムプランを見てもらったところで、僕は言いたい、僕たちにとって、誠実な人間としての生活を持つことはとても重要だ。結局のところ、アートとは人生からくるものだ。音楽家のアートは、彼/彼女の実際の人生の反映だ。だから僕たちは、実際の人生をよりよくすることに重点を置く。

より良くする、というのは、経済的にということではない。僕たちは、実際の人生を、精神的に、感情的に良くしようと試みる。そして、より良い人間になろうとする。

家族と時間を過ごしたり、愛する人たちと時間をすごしたり、友人たちに親切であろうとしたり、そしていつも正しいことをしようと試みる。これらのことは、僕たちが自分たちの人生をより良くしたいからこそ、そうしようとしている。芸術家としては、僕たちは自分たちのアートを美しくしようとするのと同様に、自分たちの人生を美しくしなければならない。それが僕たちの信じる本当のアートだ。僕たちは、自分たちの信じるところを歌い、そして自分たちの信じるところを生きる。

僕たちは本当のアートを作りたい、それは、聞く人の人生をよりよくし、聞く人をハッピーにするものだ。たとえ音楽がよかったとしても、そこから学ぶものが何もなければ、そこに意味は無い。もし音楽がクールだったとしても、それが君の人生をより良くしないのであれば、意味はない。だから僕たちはポジティヴな音楽を演奏したい、健康的なメッセージを持ち、聞く人を幸せにするような。

たとえそれが流行遅れであっても、たとえあまりクールでなかったとしても、僕たちは心からの純粋な音楽を演奏したい。

だから、僕たちがなぜクリスチャンバンドになったのか、理由がわかると思う。

それは別に、なにか変わったことがしたかったからではない。
それは、僕たちが、自分たちの人生を、神の愛でより良くしたかったからだ。
神の愛があれば、より良いミュージシャンになれると知っていたからだ。

僕たちは今、より多くの愛をもって人生を生きているから、より多くの愛をもって音楽を鳴らすことができる。
それが理由だ。

だから僕は信じている、本当の成功とは、売ったCD/レコードの枚数によって量られるものではない。それは、どれだけ真実に人生を生きたか、それによってのみ量られるものだ。それが僕たちの信じる芸術だ。

結局のところ、それが僕がこのバンドを「Imari Tones」と名付けた理由だ。それは、個人的な愛についてのものだ。(もし君がこの名前の理由を知らなければ、僕たちのウェブサイトのヒストリーを読んでみてほしい)

これは、個人的な愛情を、より世界的なものに変えていくプロジェクトなのだ。

だから言わせてくれ。
もし僕たちが、ビジネスの成功と、個人的な人生のどちらかを選ぶとすれば、僕たちは個人的な人生を選ぶ。もちろん、これらふたつの間のバランスを取るのはいつだって難しいものだけれど・・・

『サステイナビリティ・ファースト』(持続性)

たった今言ったように、人生と音楽のバランスを取るのはいつだって難しい。
しかし、人生はいつだってバランスだ。遊ぶ、勉強する、働く、ビジネス、お金、そして愛。僕たちはそれらの良いバランスを取ろうと努める。

僕たちは、自分たちの目標を短期の成功には置いていない。
先ほど言ったように、僕たちは長期の計画を持っている。その長期の計画を実行するためには、僕たちは長い期間これを続けなければいけない。道はとても長いのだ。

いくつかのロックバンドは、その目標を、短期的な成功に置いている。そして、その目標に到達しなければ、彼らは解散し辞めてしまう。もちろん、ケースバイケースではあるが、僕は時々、それは音楽に対しての真剣な姿勢ではないように感じる。

長い時間続けること。
そう、言うことは簡単だ。
しかしながら、実際にそれを行うことは、それほど簡単ではない。
音楽に対しての本物の情熱が必要だ。
そして、本物の才能が必要になってくる。
そしてもちろん、神の助けが必要だ。
しかし、僕たちは、自分たちがそれができる数少ないアーティストの一人だと信じている。スピリットと、信念、信仰、そして音楽への愛を持って。

時々、僕たちは、目の前にあるチャンスを追わないかもしれない。それは、僕たちが、短期的な成功よりも、「持続性」を選ぶからだ。
それについて、不満を感じる人もいるかもしれない。けれど、それはすべて、バランスと、戦略に関することなのだと理解してほしい。

僕たちは、持続性を優先する。
それは、僕たちが、長い目で見て、いちばんたくさん楽しみたいからだ!

『アドベンチャー・ファースト』(冒険)

僕たちは、自分たちのゴールを、お金や成功には置かない。十分わかるだろう。
では、僕たちは、これらのクレイジーなことを、何のためにやっているのか。
それは、たぶん、おそらく、冒険のためだ。

子供時代の夢を覚えているだろうか。小さな子供の頃にもっていた夢を思い出してほしい。
ディズニーランドに行くことが好きだっただろうか。あるいは、今でもポケモンが好きだったりするだろうか。
すべての小さな男の子が欲しがるもの。それは、冒険だ。

インディペンデントなロックバンドで演奏するというのは、僕の意見では、人間がすることのできる、もっとも大きな冒険のひとつだ。
おそらくは、だから僕たちは、すべてのことを自分たちでインディペンデントにやっているのだろう。

レコードを作る、ツアーの計画を立てる、ギグをブッキングする、すべて自分たちでやっている。
僕たちにとっては、ひとつひとつのギグが、一回一回のツアーが、冒険なのだ。
それが、僕たちをハッピーにするものだ。(僕たちは、たぶんまだ子供なのだろう)

もし、君が本当に何かを欲しければ、神様はそれをくれるだろう。
もし、君が本当に祈るのなら、神様はそれをくれる。
だから、神様は僕たちに冒険を与えた、お金や名声の代わりに。

たぶんそれが、僕たちのした選択なのだ。そして、僕たちはハッピーだ。

『スピリチュアル・プレイヤー・ファースト』(霊的、精神的な祈り)

最後に、バンドのいちばん重要な秘密について伝えたい。
なぜ僕たちは、これらの大変なことに直面しながら、音楽を演奏しているのか。

楽しむためか?
そうだ。
愛のためか?
そうだ。
成功のためか?
長い目でみれば、そうだ。

しかしここに真実がある。
僕たちは、神様とコミュニケートするために、音楽を演奏しているのだ。

人によってはくだらないと言うかもしれないが、僕たちは、単純に音楽を演奏することによって、何かを変えられると信じている。
音楽を演奏するとき、僕はよく、神様の存在を感じる。宇宙のどこかから見ている神様の存在を。
僕は、神様が僕たちのすることすべてを見ていると信じている。そして、音楽や芸術は、神様とコミュニケートするための道具だ。だから人々は、教会でワーシップミュージック(賛美)を演奏するのだろう?

だから、僕たちが自分たちの音楽を美しくしようとするのは、神様を喜ばせるためなのだ。僕たちは、神様を喜ばせるために、自分たちの人生を美しくしようとする。僕たちの音楽は、神様への捧げものだ。そして僕たちの人生は、神様への捧げものだ。

僕たちは、人生とは、僕たちに見える以上のものであると信じている。僕たちは、この世界は、僕たちの目に見える以上のものであると信じている。僕たちは、ただの日本出身の無名のバンドに過ぎない。でも、僕たちは、神様のために自分たちの音楽を演奏することによって、何かを変えることができると、世界に貢献できると信じている。説明するのは難しいが、僕たちは自分たちの音楽を、世界のためはもちろん、自分たちの国である日本のために演奏している。それは、神様はすべてを見ているからだ。もし、僕たちが、音楽を通じて神様とコミュニケートできるのであれば、そしてもし僕らの音楽が、神様の耳に良いものであれば、神様は日本に対して、世界に対して、良いことをしてくれるかもしれない。そうすればこの世界はより良い場所になる。

たとえば、僕たちが東京でのローカルなギグで演奏するとき、僕たちはこのように考える。
これは日本での小さなローカルなギグに過ぎないかもしれない、でも、この一本のギグによって、僕たちは世界を救うことができるかもしれないのだ、もし神様が見ていてくれさえすれば。

人によっては、クレイジーだと言う人もいるだろう。わかっている。しかし、それが音楽家としての僕たちの考え方だ。

基本的に、僕たちは奇跡というものを信じている。僕たちは、神様のプランと、神様の導きを信じている。結局のところ、それが、僕たちがこれをやっている理由だ。

僕たちは音楽を信じている。

神様の祝福がありますように。

Tak “Tone” Nakamine / Imari Tones
22.August.2011
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