2011年11月の日記

■…2011年11月 8日 (Wed)…….Wanna rock like early VH
例によってみくしの日記なぞ誰も見ておらんかもしれぬが、
自分への記録の意味で書いてみよう。

そんなわけでこれが “You Key” という曲です。
こちら

年末にはちょっと映像を作る予定です、曲にあわせて。

先日の大久保水族館でのライヴありがとうございました。

小規模なバーでの演奏であっても、
非常に貴重な機会であったと思います。

人前で演奏するのが初めての曲が4曲もあったり、
また、いろいろと方向性とか含めて、
次へのステップの準備として貴重な演奏の機会になりました。
この秋は、うちのバンドはおとなしく水面下でやっているので、
この一回だけでも、貴重な機会でした。いろんなことを試すことができました。

見ていただいた方、来ていただいた方には、本当にお礼を言いたいと思います。
一緒に演奏していただいた皆さんも。

「言い訳はしないから」とか言ってたんですが、
ギターサウンドがですね、
8月に大久保水族館に来たときに、
Peaveyのすごく良いアンプがあって、
これはいいや、と思って、いたんですが、
この日も、あのアンプがあるだろうと、思って、来てみたら、
見事に無くてですね、とっくに壊れました、って言われて(笑)

足下にはいつものブースターしか持ってきてなかったわけです。
で、あまりまともに歪むアンプがなく。
かろうじて、カバンの中に入っていたディストーションペダルが、
Ibanezの往年の隠れた名器?Soundtank Powerlead、
だったんですが、(軽いから、持ち運びが)

せめてMarshallのペダルとか、もうちょっと持ってきてれば、
とか思いましたが、
(新しく高いディストーションペダル、いまどき、いいの、ありますけど、買うような、予算はありませんわ。いらないし。)

しょうがないので、そのPowerleadペダルのチープな音で演奏、しました。
でも、なんだかんだ、「隠れた名器」なので、
なんとかなりましたけどね。
少なくともリードギターはすごく弾きやすい音だったし。
すごい歪むし、あの手のペダルで、あれだけ低音が出るのは、珍しいんですが、

しかし微調整がいろいろと不十分でしたので、
次回またこういうことがあれば、もうちょっと上手くやりたいと思います。
これも経験です。

さて、最近の演奏の中では、かなりアルコールが入ってのパフォーマンスだったと思います。
もちろん、一応クリスチャンですし、基本クリーンな人間なので、基本の考え方としては、あんましお酒を入れないでやる方がいいんですが、
同時にロッカーなので、お酒を愛する面も多々あります。

どっちにしろすべては演奏とパフォーマンスの向上が目的です。

僕の場合、考え方は2通りあって、
ひとつは、コーヒーを飲んで、カフェインで頭をシャープにする方向。いつもは大抵これです。これで体全体が目を覚まして、活発になり、声も出るようになります。教会での演奏は時間帯だったり、あとはどっちにせよアルコールは無理なので、もっと言うとアルコールなくてもホーリースピリットでハイになれるので、そっちの方向で調整することになります。

もうひとつはアルコールで表層意識とか緊張を弛緩させてリラックスする方向性で、多少感覚は鈍くなりますが、リラックスするぶん無意識の力が解放されて、実力は発揮しやすくなります。大なり小なり演奏も細部は荒れるので諸刃の剣ですが。
今回のケースでは、いろいろな状況や、リハーサルの段階で、心理的な理由で声が出ないことが予想されたため、こっちの方法をとった方がいいと判断しました。
結果的には正解だったと思います。

最近ちょっと自分は内面の思想が熱くなっているので、
わりとキレ気味なMCになってしまいましたが、
意外と好評で、びっくりでしたが、
かなりクレイジーなことも言っていたし。
反省。
しかしこの勢いはたぶん間違っていないかもしれません。

クリスチャンとして、踏み外さないように、
反省してまた次回以降、臨みたいと、おもいます、
って、いっても、
どっちにせよはみ出ちゃうとは思うんですが(汗)
でも自分たちなりに神様を賛美して捧げる演奏をね。

振り返ってみて、
アルコールの匂いのせいもあってか、
最近取り組んでいる曲や、パフォーマンスのせいなどあって、
バンドの方向性として、

ここへきて、初期Van Halenのようなヴァイブを獲得しに行っているような気がしています。

これは、今後、来年以降の活動にあたって、重要な示唆だと思っています。
初期Van Halenは、ハードロックの永遠の理想とされる形のひとつなので。

そうはいっても、人前初披露の4曲、演奏も歌も難しいものが多く、
やはりぐだぐだの部分は、多々ありましたが、
うまく歌えていないものもあったし、

しかし、初期Van Halenは、正確な演奏とか、そういうんじゃないんで、
これはこれで、いいし、
経験を積めば慣れてうまくなっていくでしょう。

(すたじお録音で、きちんと歌ったのが、上記のYou Keyです。ライヴできちんと歌うには、まだちょっと、慣れが、必要です。1年くらい。)

年内は、たぶんおとなしく、録音作業、びでお映像をちょっと、とか、
いろいろ、仕組んで、企みますが、

来年以降、小さくても、自分たちの場所で、自分たちの舞台で、
Early Van Halenのような、本物の密度の濃いロックを、
濃密に展開できれば、と、願っています。

小さくても、新しいことを、新しい形で、自分たちの信じる本物を、始められたら。

と、ここでDef Leppardと、AC/DCと、Montroseについて書いてみようかと思いましたが、また別の機会に。

感謝。

No(821)

■…2011年11月12日 (Sun)…….いろいろ考えたんだ(笑)
British Rockというものについて考えている。

それからDef Leppardというバンドについて考えている。

個別の論点について分けて書いてみよう。

British Rockというものについて。

魂と血の中にあるモメンタムといったようなものについて。

ロックの中に潜む悪魔というものについて。

ロックの本質であるエゴイズムと暴力について。

自分がどういうことを考えて音を鳴らしていったらいいのかについて。

先日、このDef Leppardというバンドの来日公演を見ることができる幸運に預かった。

実は数年前の来日の時も見ているのだけれど、
そのときは、Whitesnakeとの共演であり、時間帯も少なく、
また、音響もよくなかった。
そして僕自身もDef Leppardというバンドをよく知らなかった。

けれども、予備知識のほぼ無い状態の初見であっても、
Def Leppardというバンドは非常にとっつきやすいわかりやすいバンドであるし、
そのバンドの本質はぱっと見ただけでもかなりわかった、と思う。

言うまでもないと思うんだけれど、
80年代のヘヴィメタル全盛期、その華やかな時代に、
活躍したメタルバンドの中でも、
Def Leppardは、ちょっと特別というか、特異な存在だ。

もちろん、80年代らしいサウンドなのだけれど、
その音楽性の質というか、クオリティは、
はっきりいって他のバンドの何倍も上を行っている。
もう他のバンドとはまったく次元が違うところでロックを鳴らしている感じだ。
実際に、レコード、CDの売り上げの数字に関しても、Def Leppardは、数年に一回しかリリースしていないにもかかわらず、他のバンドを圧倒する特異な数字を記録しているわけで。

僕も彼らの初期のアルバムは、まだあまりちゃんと聞いたわけではないので、そんな、言えないけど、
おそらくは、NWOBHMの、直線的なサウンドから、次第に発展していき、世界を代表するロックバンドに化けていった、んだと思う。

彼らの代表作は、もちろん言うまでもなく、80年代に大ヒットした、”Pyromania”と”Hysteria”という2枚のアルバムであり、

もちろん、その最盛期は、音楽業界そのものの衰退とともに、
遠い日の出来事であるけれど、
それでも、未だに彼らが世界最大のバンドのひとつとして、
ツアーやリリースを続けていることは確かだ。

数年前に彼らのライヴを初めて見たときに、
そのあまりの「ロック」ぶりと、
そのあまりの「ブリティッシュ」ぶり、
というか、「イギリスの国民的バンド」ぶりに、
なんというか、この臆面のない堂々としたストレートな王道っぷりは、
Oasisくらいのもの、というか、
Oasisみたいな国民的なバンドなんだな、と理解した覚えがある。

そして、今回は、彼らのことをより知った上で、
より良い音響の会場で、
単独の公演を見たのだけれど、
非常に、不思議な感触の、また強い衝撃を味わった。
もちろんショウの内容は、素晴らしいものだった。

しかし個々のプレイヤーであるとか、細かい内容には、触れないでおこうと思う。

*British Rockというものについて

言うまでもなく、イギリス、英国、United Kingdom、
は、ロックの聖地のような場所であり、
ロックの歴史上、
イギリス出身のバンドは、
それこそ数えきれないくらいに、
大スターを生み出し、
伝説を生み出し、
ロックの歴史に、たくさん、大きな足跡を残している。

そして、2011年現在、多少は、揺らいだのかもしれんけれど、
まだまだ、世界の中における、「British Rock」というものの、
優位性は、ぜんぜん揺らいでいない。(と、ウィキペディアにも書いてある)

ロックとは、その起源を、アメリカとか、アメリカ南部に、本来持つものだけれど、
それと同じくらい、イギリスにも重要な起源があり、
The Beatlesから始まって、あれこれ、あれこれ、

どうしてイギリス(英国?UK?なんて呼べばいいの)のロックのみが、
これほど、世界の中で特別なほどに影響力を持ちうるのか、
ということを、考えてみたくなった。

まずは、単純にイギリスがかっこいい、ということがあると思う。
ロンドン、とか、リヴァープール、とか。
たぶん、タンザニア出身のロックミュージシャン、というよりも、
イギリス出身のロックミュージシャン、といったほうが、
かっこいいんじゃないかと、きっと思う。

ひとつには歴史的経緯がやはりあると思う。
イギリスは、20世紀に入って地位が落ちたものの、
19世紀には、世界最強の帝国だったわけで、
世界中を支配する、君臨する、国だった。支配層だった。

そして、文化的にも、伝統があり、歴史があり、人類の歴史の中で、常にリードしてきた文化的な蓄積がある。これも、事実だと思う。

そして、人種的な優位もあると思う。
あまり言葉がよくないかもしれないが、
黒人さんとの比較は、僕にはできないけれど、
少なくとも、自分たち東洋人、日本人と比較して、
ヨーロッパの白人さんたちは、
まず体格、それから見た目、金髪とかさ、顔の造形とか、
力強さとルックス、性的な魅力などの面で、
(いくつかの面で東洋人や日本人が勝る点があるにせよ)
やはり優れているように思う。

少なくとも、ああいった直線的なロックを鳴らす場合には。

そういった、歴史的経緯も含め、
経済的な面もある。
たとえば、アフリカやアジアの、貧しい国であったら、
そこから世界的なロックスターが生まれてくる可能性は、
やはり少ないわけで、
アメリカやイギリス、ヨーロッパといった、
ある程度、経済的に恵まれた、
政治的にも地位の強い国の出身の方が、
スターが生まれてくる可能性が高いのだと思う。

あとは、英語、という面も見逃せない。
イギリス、それからアメリカで母国語であるので、
英語というのは、実質、世界の共通語であり、
世界を支配するいちばんかっこいい言葉である。
これも、やはり大きいと思う。
英語が苦手な日本人が、世界でヒット曲を飛ばす可能性にくらべると、
やはりどうにも、有利な点に思われる。

20世紀に入ってからは、世界でいちばん強い支配国は、いうまでもなくアメリカであり、もちろんアメリカも、世界的なロックスターをたくさん輩出し、ポップカルチャーの面で世界を支配しているけれど、

その前に、強力に世界を支配していた伝統を持つイギリスは、いまだに世界の中で、「かっこいい支配層の国」であり、かっこいい存在なのだと思う。

なんというか、大航海時代以降、世界を支配した国には、
スペイン、ポルトガル、オランダとかもそうだし、
フランスだってそうだと思うんだけれど、
たぶんその中で最強の支配者だったのはイギリスだったのだろう。

そして、イギリス人は、島国だからなのか、
日本人にも似たところがあると思うけれど、
世界中の文化、カルチャーを、
消化、吸収し、自分たちのものにするのが得意だったのじゃないか。

歴史的にもインドと関わりが深かったことにより、そっちの文化も吸収しているし。

それが、ロックという、本来、アメリカ南部の黒人に端を発するものを、
自分たちの文化として、また、世界文化として発展させていけた素養だったのだと思う。
世界的な普遍性をもって、世界的な標準、照準で、文化を形成、発信できたのは、あるいはやはり世界帝国だったイギリスだけだったのかもしれない。あるいは今でも、そうなのかもしれない。

つまり、今でも、地球の文化といえば、地球を支配している文化は、それは、アジアやアフリカの文化ではなくて、イギリスの文化と文明なのだろう。
そういえば産業革命もイギリスだったしね。

でもって、僕自身、そんなBritish Rockが大好き、
かというと、
実は、どっちかというと、嫌いなのだ(笑)

このことをはっきりと意識するようになったのは、
3、4年前からだと思うのだけれど、
無意識には、もっと前から、考えていたけれど、

僕はどうにも、そういった、白人の鳴らす、直線的なロックが、気に入らない部分がある。

もちろん、僕だって、ブリティッシュ・ハードロック、イギリスのハードロックバンドたちが、好きで、それでロックに目覚めて育ってきたし、そのつもりなんだけれど、

でも、後になって振り返ってみると、僕が好きになったBritishのバンドたちは、どちらかというと、Britishらしくない面を持ったバンド、ちょっと違う要素を持ったバンドたちだったように思う。

あと、僕の言葉でいうと、「良い意味でブリティッシュ」なのか「悪い意味でブリティッシュ」なのか、両方のバンドがあって、たとえば、進歩的で、世界的であろうとするのは「良い意味のブリティッシュ」だけれど、なんか保守的な感じで、偉そうな感じなのは「悪い意味のブリティッシュ」だ。

わかりやすい例でいうと、僕にとってJudas Priestは、良い意味のブリティッシュヘヴィメタルだけれど、Iron Maidenは、悪い意味でのブリティッシュを感じるバンドだ。

たとえば90年代のBrit Popブームのときに、
Oasis, Blur, Suedeとみっつバンドがあったとしたら、
(一般的には、Suedeはぜんぜん他の2つよりも支持を集めていなかった。本来は、Brit Popのきっかけを作り出したのは彼らだったのだけれど。)
僕が好きなのはSuedeだった。
なぜかというと、Oasisも、Blurも、支配する側の音楽で、「大英帝国万歳」と歌っていたけれど、
Suedeだけは、支配される側の音を奏でていて、さらにはアジアを含む、第三世界のマイノリティの視点ですら歌っていたからだ。
実際に、Suedeが、香港や台湾、インドネシアなどでも人気がある(あった)のは、そのあたりが要因なのではないかと僕は見ている。

今回見たDef Leppardは、British Hard Rock/Heavy Metalではあるけれど、
一般には、あまりイギリス臭くない、アメリカ向けのポップで聞きやすい音楽性だと言われているし、
そういう意味では、「良い意味でのブリティッシュ」なのだけれど、
しかし、僕に言わせれば、もうこれ以上ないくらいに「大英帝国」丸出しのバンドだと思うのだ。

*魂と血の中にあるモメンタムといったようなものについて。

そんで、今回見たDef Leppardは、非常に強力なバンドだった。
商業的な最盛期はとうに過ぎているとはいえ、
ライヴ興行が中心となり、マスメディアが衰えた今の時代にあって、
80年代のスターは、いまだにスターだ。
ヒットチャートのトップはとらなくても、ライヴでいえば、「今が旬」だ。

そんなDef Leppard、個々のプレイヤーは決して天才というわけではないが、
チームワークをもって戦うバンドであり、
チームとして、バンドとしては、完璧なまでに強力だ。

しかし、数年前に見たときにも感じたことだが、
これを言ってはおしまいだし、ある意味禁句ではあるのだけれど、
特にライヴの現場で見ると、リズムであるとか、バンドとしてのダイナミズムとしては、単調であり、退屈だ。
それは、ふたつ大きな理由があって、ひとつは、ドラマーがもともとあまり上手くないこと。そして、ふたつめは、ドラマーが腕が一本ないこと。
しかしこれがDef Leppardというバンドが負った宿命であり、逆に、その単調でスケールの大きいビートこそが、Def Leppardが世界を席巻した要因でもある。

不思議なことかもしれないが、”Pyromania”を聞いていると、
あの事故の前に作られたアルバムにもかかわらず、
すでにドラマーは、腕が一本無いかのようなプレイをしている。
ある意味不思議というか、不自然なくらいに。
細かいフィルインがほとんどなく、まるで一本の腕で叩かなくてはいけないことを予期していたかのように、シンプルなフィルによる大きなビートを刻んでいる。サウンドも、次のアルバム以降見られるエレクトリックドラムの音と大差ない音作りに、既になっている。
これが何を意味するのか、神の配材なのか、あるいは悪魔の暗示なのか、それはまだわからない。

今回、彼らの円熟のパフォーマンス、単独公演を見ていて、感じたのは、
彼らのチームワークのとれた、見事なロッカーっぷり、パフォーマンスを見ていて、
まるで、僕は海賊の一団を見ているような錯覚に陥った。

正確にはイギリスは海賊じゃないかもしれないけれど、
Def Leppardというのはひとつの船で、5人のメンバーは、その船に乗り込んで世界を冒険する船乗りに見えた。
あるいは、航海の途中で命を落とす者もいたかもしれないし、ある者は航海の途中で、戦いか、あるいはサメに食いちぎられて腕をなくしたものも居たかもしれない。

要するに、British Hard Rockバンドである彼らのパフォーマンスに、強く感じたのは、船をこぎだして、世界に出ていくのだ、という強い動機であり、そうした「動機」というか、本能のようなものが、彼らの血の中には、流れているのではないかという印象を持った。

船を漕ぎだし、世界に出ていって、そして世界を席巻し、支配するのだ、という強い動機。

Def Leppardという完璧なまでの船乗りたちにあって、典型的ともいえるこのBritish Hard Rockの最高峰を持って、その世界の支配者としての魂は、冒険者としての血は、いよいよ強く感じられた。

つまり、British Rockの本当の強さとは、これではないのか。

80年代はたとえば、Def Leppardや、Policeかも、あるいはThe Stone Rosesだったかもしれないし、
90年代はOasisだったかもしれないし、
00年代は、誰だ、Coldplayでも、Radioheadでも、いいけれど、

世界を支配してきたこのブリティッシュロックのバンドたちの音の根底には、
自分たちこそが世界を支配するのだという、
(はなもちならないほどの確信と傲慢さが)
強く流れている。

そしてその確信の強さゆえに、
もっともシンプルなギターコードとギターリフをもって、
もっとも単純ではあるけれど英国人にしか決して鳴らせないメロディをもって、
強力なまでに世界を席巻する。

ぶっちゃけ、これには、勝てやしない、
勝てっこない、と、僕は思った。

世界の海に乗り出し、支配してきた、
そして世界の経済と文明をリードしてきた、
その歴史の積み重ねが、彼らにはあるのだから。

世界のいろんな国、いろんな地域の、音楽やロックが、
あると思うのだけれど、
こうしてみると、
本当に、英国人が鳴らすロックというのは、
傲慢ではなもちならない、エゴイズムに満ちた、
ものだという気がする。
(そして、それこそがブリティッシュロックの魅力の本質だ)

そして、20世紀の世界の最強国であったアメリカ人が鳴らすロックには、
またそれとは、少し色合いの違った「動機」が、血の中に流れているように思う。

それについては、ここでは書かないでおきたい。

そして、では、僕たち日本人の血と魂の中には、どのような「動機」が、流れているのか?

ロックを鳴らすのはいつだって不良だし、
パンク/ニューウェイヴ世代のDef Leppardだって間違いなく不良だが、
いつだってそんな不良たちの中から、国のメンツを担う英雄が現れてきた。
日本の不良たちは、世界を席巻しないのか?

*ロックの本質であるエゴイズムと暴力について。

あたりまえのことかもしれないが、
ロックの本質とはエゴイズムだ。
こんな簡単なことに、今更に気がついたコンサートでもあった。

ロックとは、エレクトリックギターの、微細な振動を、
アンプなどで拡大して、大音量で鳴らし、叩き付ける。
その意味合いは、つまり、
「俺を見ろ」
「俺の言う通りにしろ」
「俺が正しいのだ」
ということだ。

これは、つまり、かなり実は、暴力でもあって、
本当は、ロックでなくても、ポップでもダンスでも、
それは同じことなのだけれど、

ロックはその表現に、表現者自身が責任を持ちうる可能性の高い音楽だからこそ、
それが救いにもなり、優しさにもなる可能性があった。

どちらにせよ、ロックの魅力、その本質とは、
強大なエゴイズムなのだ。

その音を、誰のために鳴らすにせよ、何のために鳴らすにせよ、
ロックの本質はエゴイズム、
そして、闘争。
そんな、単純な事実に気づかされた機会でもあった。

ロックは、暴力、
であると同時に、
権力でもある。
そして権力の闘争だ。

その音を、世界の中で、鳴らすとき、
そこに、見えようと、見えまいと、
権力のせめぎあいが、あることは、
むしろ自然だ。

レコード会社もそうだし、
興行を打つプロモーターもそうだし、
もっと目に見えないものもあるかもしれない。
大物のバンドたちが、レコード会社、大資本と結びついてレコードを出し、
大きな会場でコンサートをやるということは、
好むと好まざると、そういった権力のパワーバランスのために、
音楽を鳴らすということなのだと思う。
そう思うと、
どこの国においても、日本でもそうだけど、
こういったエンターテインメントというか興行とかの世界に、
やくざとかマフィアが絡んでくるのは、至極あたりまえのことなのかもしれない。

穿った見方かもしれないし、
ロックンロールは単純にロックンロールなのだけれど、
単純に一人の音楽の形而上の世界に生きるものとして、
Def Leppardの、あまりにものすごい、あまりにawesomeな、
最盛期から20年以上がたっても未だにawesomeな、
彼らの音楽の中に、
なにかそういったものを感じるのは、
不自然かな(笑)

あんな凄い音楽を、悪魔の手を借りずに作れるものだろうか。

どちらにせよ、それなりに音を翻訳できる能力はあるはずの、
僕の耳には、彼らの音楽は、ときおり、
純粋な船乗りの動機とともに、
「支配」「資本」「暴力」
そういった文字が、聞き取れることがある。

あるいは船乗りたちは、
その世界を巡る航海の途中で、
どこかの洞窟の中とかでさ、
悪魔と出会っていたかもしれない。
その悪魔は、ひょっとすると、「マット・ラング」っていう名前だったかもしれないし、
その代償として、船員たちのうち、もっともいいやつが、謎の死を遂げるとか、
腕や足を生け贄に差し出すとか、
あったかもしれない(笑)

ただのいちファンの妄想。

とりあえず僕の中では、John “Mutt” Langeは最有力悪魔候補決定で(笑)
あんな魔術のような音を作る人間が、悪魔でないわけがない(笑)
僕の中で名誉賞受賞です。
AC/DCもヒットレコードの代償にメンバー死んでるし……

どちらにせよ、
ロックの本質が、エゴイズムであり、
そこには権力と闘争が関わってくる。
これは、事実だと思う。

そう思うと、
僕らみたいな何の後ろだてもない
何の政治力もない日本の、
無名のインディーズミュージシャンは、
何やってもだめってことになるけど….orz

*自分がどういうことを考えて音を鳴らしていったらいいのかについて。

今更なんだけどね。
べつに最初っからわかってたし。
考えたところでどうにもならんけれど、
でも自分もシリアスに芸術を追求しようとする音楽家のはしくれたらんとしているからには、
もちろん真剣に考えたりする。
考えなかったりもするけれど。

さきほど書いた、
それぞれの国の人たちが、民族が、
血の中に持っている「動機」といったものについて
考えてみよう。

さっきも触れたように、
20世紀の最大の支配国であったアメリカ人の鳴らす、
アメリカンロックは、またブリティッシュロックとは、
少し違う、動機の質と色合いを持っている。

そこにもヒントはある。

日本人として考えるのであれば、
当然だけれど、
日本の歴史を見つめる中で、そこにヒントや答えがあるかもしれない。

史実だけを見るのではなく、もっと大きく、自分の血と魂に問いかけてみるのがたぶん正しいのだと思う。

アメリカということについて言うのであれば、
ひとつ、こんなデータがある。

Def Leppardのwikipediaにも書いてあることだけれど、
アメリカのロックの歴史において、
2枚のアルバムを、1000万枚以上売り上げたバンドは、
歴代5つしかないらしい。

1枚のヒットレコードを、一千万枚売るだけでも、
偉業だと思うけれども、
それを2度もやったバンドが、5つ、ロックの歴史上いるということだ。
アメリカでの売り上げの話ね。

それは、今回話題にしたDef Leppardの他に、
The Beatles, Led Zeppelin, Pink Floyd, Van Halen

この5つのバンドだ。

恐ろしいことに、アメリカでの売り上げの記録であるにもかかわらず、
5つのうち、4つまでが、イギリスのバンドだ。
アメリカのバンドは、ひとつしかない。

そして、当然ながら、白人のバンドばかりだ、
しかし、この5つのバンドの中に、
白人でない者が、実は2人だけいる。
彼らは、アジア人でもある。
わかるだろうか。

僕は、少年の頃から、
アメリカン・ロックが大好きだったけれど、
大人になってから気がついた。
僕が本当に好きだったアメリカンロックは、
白人が鳴らすアメリカンロックではなく、
もっと多様な人種と要素が混じり合った
アメリカンロックだったということに。

Van Halenは、
ずっと、Los Angelsを代表する、
Los Angelsらしいロックバンドだと思っていたけれど、
大人になって、見聞きしてわかった。
Van Halenは、確かにロサンゼルスのバックグラウンドを大きく感じさせるバンドではあるけれど、
実はまったく、Los Angelsですらなかったということに。
他のLA出身のバンドと、あまりにも違うのだ。
そして、実際のLAの空気とも。

彼らは、より宇宙的だったのだ。

どんな動機にせよ、
どんな音楽にせよ、
政治的な動機、
政治的な狙い
(世界を動かそうとする具体的な狙い)
がなければ、
ロックは鳴らせない。
意識しても、しなくても。

それは血の中にあるのだから。

古代、近代、過去100年間の出来事。
そして2011年に起きたこと。
日本の歴史には、どんな意味があったのか。
それは、未来が決定する。
僕らの今日の決断が意味を成す。

あとは企業秘密。
だめかな、だめだろうな。
それでもいいや。

つまるところ、
この停滞した時代に、
宿題ばかりの停滞した時代に、

他にやる価値のあるものが見つからないからこそ、
僕らはロックを鳴らすことに決めたんだから。

まあ、僕らがだめでも、
他の誰かがやってくれるさ(笑)

No(822)

■…2011年11月12日 (Sun)
ここでフレディ・マーキュリーがタンザニア出身であるという罠がw もっともイギリス領ということなんだけれど。

No(823)

■…2011年11月14日 (Tue)…….週末ワーシップトライバル
なかなか大変な週末だった。

二日酔いだったりもして(笑)

しかしバンドのリハはとても順調であったし、
試運転ライヴも経て新曲も向上し仕上がってきた。

12月のあたまにちょっとした戦略のためにビデオを撮る予定であり、
いろいろとプランはうまく進んでいる。

そして今日は1日のうちにふたつ教会を訪れたり、
いろいろhang outしたりいろいろ話したり、いろいろプランしたり、
していたんだけれど良質の流れができていることに感謝をしたい。
疲れたけどとても充実した一日だったと思う。

来年をどう戦うかということにかかっているけれど、
今日は最後にとても素晴らしいエキサイティングなアイディアが降ってきた。

うちのバンドが目指してきたものというのはここらへんにあるかもしれない。

本当にやりたかったこと、本当にやるべきだったこと
が、できそうだ、これから。

どこまでやれるか、しかし、やらなくてはいけないし、
もうそこまで来ていると思っている。

それを撃ち抜くまで。

さて、
ギターを弾く人はギターのことばっかり考えてるんだろうし、
数学やる人は数学のことばっかり考えてるんだろうし
寿司職人はお寿司のこと考えてるんだろうけれど
今僕はワーシップというものについて考えている。
そうか僕はワーシッパーだったのか。
そしてワーシップ、賛美、教会、
ああ、どうして今までこれをやってこなかったんだろう
いやでもたぶん今だからできることなのだろうけれど
間に合え、たのむから。
どっちにせよ、やる、
この場所で、どの場所でも、できるところで。
一度でも、二度でも、何度でも。

その理想のワーシップを現出したらそれが最高で完璧だ。

先日書いた、ブリティッシュがどうの、
日本人の血の中にある動機がどうのと書いたが、

今日は、教会の後に、山下公園でアフリカンフェスタとかやっていて
ものすごいアフリカンフュージョンバンドが凄い演奏をしていた。

もうすごくてびっくりしたんだけれど、
じゃあ彼らはアフリカ人だから、ああいうアフリカンなリズムとパワーの
音楽が演奏できると思うのだけれど、

そしたら、僕ら日本人が、そういうネイティヴでトライバルなことをやろうとしたら、
何をすればいいんだ?
和太鼓とか、民謡とか、三味線とか、演歌とか、
いろいろあると思うんだけれど、

果たしてそれは本当にそうなのか、
本当にこのようにロックとしてフュージョンとして機能するのか。
ナチュラルにはまるのか。

アフリカンでトライバルとか、間違いなくかっこいいんだけれど、
どちらかというと近代の日本において、
日本ネイティヴなものは、あまりかっこよくないものとして扱われ、
捨て去ってこられたと思うのね、

それは良い面も悪い面もあるけれど、
理由のないことではなかったと思うんだ。

じゃあそれはどういうことかというと、
では日本人の血の中にはどういう方向の動機がどういう理由であるのか、
って考えたらわかった気がしたんだ。

もちろんなにがわかったかは秘密だけど
たぶんイギリス人、ブリティッシュロックと同じように、
同じ島国だし、
同じような素養を持っているのだと思う、
またイギリス人とは違った質の方法で、
世界標準を作り出せる力が。

たとえば料理でも、
東京では世界中の料理が、
まあ大半は日本人向けにアレンジされているとはいえど
世界中の料理が高いレベルで味わえるよね。

なぜ日本人にそんなことができるのかというと
そこには理由があると思うのだね。

No(824)

■…2011年11月23日 (Thu)…….blind blues behind the blood and beyond
ここのところ、前からだけれど、自分に問うていたわけですが、
日本人にとってのブルーズはどのようなものなのか

もちろんBluesっていうのはロックの起源なわけだけれど、
もちっと社会的、精神的、ソウル的な意味で、
日本人にとってのブルーズはどのようなものになるのか

in my opinion 日本にはそういう意味ではブルーズは一度もきちんとintroduceされていないし、
そういうブルーズがきちんと発生したことは無いような気がしているのですが
(初期の演歌とかは、そうだったかも)

そういう表現が、現れ、広まることが、この国の本当のロックのはじまりだと、思っていますが、

たとえば、ヘンドリクスはbluesかというと、難しいところですが、
ヘンドリクスは乱暴に言えば武装したネイティヴミュージックだったと思うわけです。

そういう意味でのロックやブルーズといえるものがあれば、と思っていたんですが、

僕が人生の中で知ったもっともファイバリットな音楽家/バンド/ミュージシャンは、
1.Van Halen / 2.熊谷幸子 / 3.プラスマイナス
だといつも言ってるんですが、

熊谷幸子さんが90年代の後半に、
ちょっとネイティヴな方向性をやっていた時期があって、

今日、それを聞いていたら、
ふと思い当たることがありました。

言葉で書いても言っても、
伝わりにくいことなのは重々わかっているので、
後は省略。

でも、ここしばらく考えていたことに、
ひとつの答え、
といわないまでも、
ヒントがここに少なくとも、あるなと思い、
感嘆しました。

しかしこれだけのことができるのは
ソングライターとして、熊谷幸子さんほどの実力がなければ
できないことだとも思います

魂の民族音楽を鳴らすとき、
日本人に課せられたハードルは、
その意味では、とても高いと、僕は思います。

ヘンドリクスはまた、
僕の解釈ではヘンドリクスはアジア系の血統のアーティストですが、
彼は体の中に、アジア、アメリカ、アフリカが、
自然に融合して血の中にあったからこそ、それができたのだと考えます。

でも、それとは関係ないけれど、
そもそもが嘘っぽい基盤の上に成り立っていたとはいえ
今はその嘘がおおいにメッキがはげてきておりますが、
僕たちが育ち生きてきた、現代の日本は、
ある意味にはシャングリラ、理想郷だったのだと、
思うのです、僕は今でも。

熊谷幸子や、荒井由実や、bloodthisry butchersは、
そこで出会った僕にとっての最上のミュージックでした。
それをもって、僕のこの国への愛に替えていただければ。

敬具。

No(825)

■…2011年11月23日 (Thu)…….Message to universe
今月、11月は、わりと、なんというか、その、
神様からのメッセージをたくさん受け取ったように思います。

「ジーザス番長」発言から始まり、
(電車の中で見かけるパチンコ台のCMに影響されたのか笑)

ヘヴィメタルワーシップへの情熱、
別にヘヴィメタルワーシップでなくてもワーシップそのものへの情熱、
理想の教会への情熱、
それはそもそもは理想の世界への情熱ということですが、

ここのところ、その理想のワーシップということばかり考えていて、
もうなんか、自分の手でヘヴィメタル教会を作りたくてしょうがない自分がいます。

音楽的には、先日のDef Leppardのコンサート以来、
あれ以来、音楽の中にsomething evilを感じるようになって
素直にDef Leppardの音楽を聞けなくなってしまったのですが、
もっというと素直に世界を見れなくなって、
つってもそれは最初からそうですが(笑)

逆に80年代ヘヴィメタルがよりリアルに身近なものに感じられるようになったし、
ロックと世界の中の戦いや権力やらの本質がより感じられるようになったのも事実です。
そしてまたあれから国とか民族とか血とか魂とか考えたし。

精神の中では今月11月はたくさん前進がありました。

来年以降それが具現化すればよいのですが。

ロックというものの本質の中に、利己的なもの、傲慢なものがあるという事実に気がついたりしたわけですが今更、
しかしそれと同時に、信仰というものの本質にも利己的なもの、傲慢なものがあるという事実にも突き当たりました。

先日それをY氏に話したところ、それは違うでしょ、と言って伝わりませんでしたが(笑)

自分の中では特に旧約聖書の部分の理解が進んだのは確かでありまして。
血なまぐさいしね、あれ(笑)

ともあれとして、数日前にまたそういったヴィジョンを神さんに見せられて、
その後、精神的にどーんと落ち込んでいたんです。
自分が、人間として、すごく最低だったり気が短かったり、攻撃的だったり、危険だったり、
そういうことを嫌でも自覚させられて。

でも、それはもちろん必要なことというのか、
だからこそ神さんへの信仰にはdesciplineが必要であるな、
と思い知るわけです。

軍隊でも仕事でもなんでもそうでしょうけれど、
ヘヴィメタルワーシップには、disciplineが必ず必要です。
自分自身への規律と厳しさということです。
自分の中の弱さと邪悪さへの自覚です。

新しい世界をずっと渇望していたけれど、
人というのは、誰しも神の子であり、
クリエイティヴィティを才能として持っている。
少なくとも次の世代のために、新しい世界を作り出すのは現在の世代の責任であり仕事であり、

新しい世界というものがあるのであれば、
それはこの手で作り出さなければ。

芸術家も、どんな人々も、
クリエイターという言葉があるけれど、
天国に行って創造主に顔向けができるその日まで、
世界を創造する練習をしているような気がするんです。
親がすることを、子供が真似をするように、
そして最後は、キリストみたく、信じているもののために死ぬことができれば。

今年、テネシー某所で、預言の賜物を持った人に、僕らが言われたことのひとつに、
鍵のかかっている場所、扉の閉ざされている場所に、行くことができる力がある、
と。

なんじゃそれ、と思いましたが、今僕が思い当たるのは、
その扉の閉ざされた場所とは、他でもないこの日本の国であるように思うのです。
その扉とは、他でもない横浜であると思います。
歴史上そうだったように。

その扉をこじ開けることが、来年はできればな、と考えています。
うまく活動することができれば、いいのですが。
神さんお願い。

そして、先日Switchfootを聞いていて、
“place don’t matter”という言葉がふと耳に刺さりましたが、
逆にそれは、日本である必要は必ずしも無い、という意味でもあります。

今考えていること、神さんが見せてくれたことが、
本当に自分のやりたいことなのか、
時間をかけて見極めようと思いますが、
とにもかくにも、
将来やろうとしていることのリハーサルなりとも、
この横浜、東京の地で行うことができれば。

そのへんを見据えながら、
願わくば、ひとしごと、したいものです。
来年は、この扉を開けるという、その。

よろしく神さん。

No(826)

■…2011年11月23日 (Thu)…….萌え萌えヘアメタル
こちら

ヴォーカルの子がまたキュート。

僕は80年代の華やかなヘアメタルと呼ばれるような
音楽は、とても好きですが、

特に、80年代でも終わり頃に出てきたバンドとか、
90年代の初期の世代のバンドとかが、
特に好きなポイントで、

つまり、彼らは、ヘヴィメタル黄金期の、最後の方に出てきて、
その数年後には、グランジの台頭によって、
メタルブームは終わってしまうわけですが、

メタルブームでも最後の方に出てきた彼らは、
実に音楽的にも高度で、洗練されていたし、
80年代でも前半ほど、おかしな服も着ていなかったし(笑)
いろいろな意味でセンスが良かったのです。

たとえばWingerとかExtremeあたりはその世代の代表選手でしょうし、
MR.BIGの場合はまたちょっと話が違いますが、
たとえばDanger Dangerなんかは、
見事なルックス、見事な演奏テクニック、完璧にキャッチーな楽曲、
などなど、すべての面で、あの時代のヘアメタルの究極のように僕は思っていますが、

前々から、きになっていたひとつのバンド、
そうした「デビューしたと思ったらメタルブームが終わってしまった」かわいそうな世代の中に、
Trixterというひとつのバンドがおりまして、

なぜ気になっていたかというと、
僕がギターをはじめたばかりのころ、
ヤングギターとか見ると、彼らの写真が載っていました、
で、それは、なんかもう、Van Halenからの影響丸出しで、
エディ・ヴァン・ヘイレンのあの開脚ジャンプをそのまま真似して写真に収まっているようなのは、
あのバンドのギタリストくらいだったし、
元気いっぱいなハードロック、のムードが満々で、
気になっていたわけです。

20年たって、今年やっと、彼らのアルバムを聞いてみたのですが、

これが、見事に僕の琴線にストライクゾーンでして。

特に、彼らの2ndアルバム、
なんてタイトルだっけ、そのまま”HEAR!”っていうやつですね、
非常にヘヴィで、ミュージシャンシップもすばらしく、
サウンドもよく、
なおかつ、キャッチーでいながら、無骨にロックするスピリットがあって、
なんか、キャッチーなのに、売れ線でない、サビも売れ線のメロディがあまりなかったりして、不思議な魅力がある、

なにより、元気いっぱいにハードロックする、そのピュアなマインドとスピリット、それが感じられて。

なんか、ジャケットの写真を見ているだけで、楽しくなるバンドというのは、なかなかいないと思うんですね。

ギターサウンドも、Extreme時代のNuno Bettencourtのようで素晴らしく、
内容も非常に高度です。

で、1stも聞いてみたのですが、
そしたら今度はそのクオリティの低さにびっくりしました(笑)
クオリティというのか、プロダクションが全体的に駄目駄目で、
演奏自体もけっこう粗が目立っているところがあって、
もっときちんとプロデュースされていれば、もっと凄い作品になっただろうに、

しかしだからといって、駄目な作品かというとそうではなく、

そのしょぼいプロダクションであっても、
彼らの素朴で素直な魅力が、たくさん感じられるのです。

骨太になった2ndよりも、この1stの方が楽曲自体はキャッチーだし、
とても若くて瑞々しい。

ということで、20年の時を超えて、
このTrixterというバンドに、ちょっと胸きゅんしちゃっているわけです。

80年代のヘアメタルといえば、
派手、元気いっぱい、ロックアティチュード、
などなど、言われますが、

実際に、掛け値無しに、
そんなイメージ通りの、
元気いっぱいで素直な音を鳴らしてくれるバンドは、
実際にはあまりいないわけで、
しかもプレイヤビリティやミュージシャンシップを伴って
それをやってくれる人たちはね、いないし、

そしてこのTrixterは、非常に健康的な形で、
それをやってくれていたバンドなわけで、

なんというか、たとえば、
僕はVan Halenが大好きだけれど、
世の中にVan Halenの影響を受けたバンドはたくさんいると言われているけれど、
実際にはVan Halenみたいな音を出しているバンドは、
まったくぜんぜん、いないのが現状で、
代わりになるようなバンドはいないのです。

華やかな80年代のメタル、といっても、
本当に自分が好きになれるバンドというのは、
ほんのひとにぎり、
彼らでなくてはいけない、
かわりなんていない、

そういうものなんだ、というのを、改めて知りました。

このTrixterは、New JerseyはParamusという町の出身でして、
Paramusといえば、偶然にもそれは、僕らが、今年と去年と、
アメリカでお世話になったN牧師の住む町でもあります。
僕らもそこに滞在していたわけで。

あのNew Jerseyの平和な町の、
しかも80年代の、豊かで平和な、
そんなところから出てきたであろう彼らのバックグラウンドも、
あれだけ素直な音を鳴らせる要因として、
胸きゅんポイントのひとつです。

さて、彼らTrixterは、
1990年に遅れてデビューして、
そこそこ売れたものの、
すぐにメタルブームは終わってしまい、
傑作である2ndは完全に世間からスルーされるという、
不運なバンドなわけですが、

一応、2000年代の後半に、再結成して、
地道に、復活オヤジバンドとして、演奏を続けているようです。
しかし、しょせんは過去のバンドなわけで、

今僕が聞いているような現代クリスチャンミュージックの文脈でいくと、
同じように、元気いっぱいで、ポジティヴなエナジーに満ちた楽しいバンドといえば、
Superchickというバンドがあります。
(これも、それほどビッグに売れているわけではありませんが、わりとキャリア長く、がんばっているようです)

こんな感じ。楽しいビデオです。
こちら

ここのギタリストもかなりEddie Van Halen丸だしですね。

さて今年も残り約1ヶ月ですが、
今年はあまり予算もなくて新譜は聞いていませんが、
聞いた中では、
やはり2月にリリースされたREDのUntil We Have Facesが、自分の中ではベストアルバムのようです。

先月発売されたSwitchfootの新作も素晴らしいんですが、
ポップ指数も癒し指数もサーファー指数も高いですが、
前作ほどのストーリー性はないので。

その後すぐに日本を襲った未曾有の災害も含め、
2011年の崩壊していく世界を見事に予見して描いている気がして、
REDが自分の中ではいちばんかなと思います。

こちら

世の中にはいろんな音楽がありますね。

No(827)

■…2011年11月30日 (Thu)…….悪魔の王国より嘆きの歌
Crying in devil’s kingdom
悪魔の王国より嘆きの歌

自分の国に対してネガティヴなことは言いたくないが、
(日本語で書くとよけいに、そうだ、口にするのも今更すぎることだからだ)
ときどきこの国は、神ではなく、悪魔に支配されているのではないかと思うときがある。
すべては悪魔の法によってデザインされ、悪魔のルールによって運営される。
悪魔が望むのは必ずしも破壊や殺戮ではないことを知った。
悪魔が最も望むのは、神になりかわっての支配だ。
人々は自身の幸福ではなく、金と欲望のために勤勉に働く。
社会全体が、嘘の上に成り立っている。
ヒーローはマンガやフィクションの中だけに閉じ込められ、実在することを許されない。
善良な者たちは悪魔の法に従うことを強要され、本当の自分を否定され希望を失っていき、最終的には殺される。
この国で、悪魔はきっと笑っているだろう。
季節は冬。
おそらく悪魔の最大の楽しみは、クリスマスだろう。
そう僕らは皆クリスマスを祝う。しかしそこにはキリストはいない。
僕らはクリスマスを、金と欲と俗悪のために祝う。
救い主のいないクリスマス。
それは悪魔にとってはもっとも大きな達成だろう。
他の場所でも、大なり小なり同じような状況なのか?

僕の疑問はこうだ。
誰がこの国をこんなふうにしたのだ?
たぶんちょっとした歴史のレッスンが必要だ。

I don’t want to say negative things to my own country but sometime I can’t help but feel that it is Devil who reigns this country, not God.
Everything designed by Devil’s law, everything run by Devil’s rule.
It’s not necessarily a destruction or a massacre which the Devil wants.
It’s a Reign instead of God, which the Devil really wants.
People working deligently, for money and greed, not for their happiness.
Whole society is based on LIES.
Heroes are only in Mangas, never allowed to be real.
Good men forced to follow Devil’s law, denied what they really are, becoming deppresed and eventually killed.
Surely the Devil is laughing here in this country.
It’s winter season.
Probably the greatest pleasure for the Devil is, Christmas.
Yes we all celebrate Christmas but we don’t have the Christ.
We celebrate Christmas for money, greed, and secular life.
A Christmas without the Saviour.
I’m sure it’s the biggest achievement here for the Devil.
Is it the same more or less, in other places?

My question here is, WHO made our country like this?
Maybe we need some history lesson.

No(828)

■…2011年11月30日 (Thu)…….僕らは1000の死に値する
We deserve one thousand death
僕らは1000の死に値する

神と話すと時々こんなことを言われる。
「息子の命だけではお前たちを救うのに不足なのか」

もう何も言えなくなってしまう。
不足なわけがない。
キリストの血はそれだけで永遠に僕たちを罪から救い出した。

神は、おっかない奴だが、
厳しいこと言いつつも、
僕たちのためには、自分で決めたルールさえ変えてしまうような方だ。

神はまた、僕らを許そうとしておられる。

神は、与えて、与えて、与え続ける、
許し、許し、許し続ける。
それほどまでに僕らのことを愛してくれていることを。
そういう方であることを、僕は知った。

神は、一人息子のキリストを地球に送ったその後も、
今日に至るまで、
僕たちのために、あらゆることをしてくれている。

そう、この日本のためにもだ。
福音が直接届かない場所であっても。
神はあらゆる手を使って僕らを導こうと、そして許そうとしてくれている。

キリストが地球に来てからの2000年間も、
僕らは、間違い、間違い、間違い続けてきた。
その度に神は僕らを許してきた。
神はいつだって僕らを滅ぼすことができたはずだ。

今日、僕らはまだのうのうと生き続けている。
あらゆる罪と罰と悪徳を被ってなお、
僕らはのうのうと生き続けている。
それでも神はまだ僕らを許そうとしておられる。

どれだけの罪と、血の上に、
そしてどれだけの大きな慈悲と許しの上に、
僕らの今日があるということを。

僕らは1000の死に値する。

神が僕ら人類に、
「息子の命だけではこの地球を救うのに不足なのか」
と問うとき、
愛はこうまでも破壊的[destructive]だ。

その言葉は、宇宙のどんな法則にも則って、
僕らを自ら滅びに追い込む。

神は決して人を滅ぼさない。
真実と命から離れる僕たちが、ついに自ら望んで滅ぶのだ。

When I talk to God sometimes He says
“Is My Son’s life not enough to save you humans?”

Then I can’t say a word any more.
Definitely it IS enough.
Jesus’ blood saved us from our sins forever.

God is a very scary dude,
but even though He says scary things,
He is often so merciful as to change His own rules for us.

And again, He is going to FORGIVE us.

GOD is, the one who gives, gives, and gives.
HE is the one who forgives, forgives, and forgives.
He LOVES us that much, His Love for us is THAT big.
I learned that He is a good dude just like that.

Even after He sent His own son Christ to earth,
to this very day,
He has been doing every possible thing for us.

Yes, for this country Japan, too.
Even for people who live in regions Gospel can’t reach,
He is doing everything.
God is doing every possible thing, to guide us, and to forgive us.

Even after Jesus came to earth,
we have been making mistakes, so many mistakes.
And everytime we make mistakes, God forgave us.
He could have annihilated us in any moment.

Today, we are still alive, living our sinful life.
With all those sins and punishments, we are still alive here.
God is still trying to forgive us.

Our days are standing on such a great mercy and forgiveness.
We are standing here, with our sins, so many people’s blood, His blood, and His mercy.
We should never forget it.

We deserve one thousand death.

When God asks us humans,
“Is My Son’s life not enough to save this planet?”
Love can be so much destructive.

Those words, followed by every law of the universe, drive us to self destruction.

God never destroys humans.
We destroy ourselves by our own will, as the result of being away from the truth and the life.

No(829)

■…2011年11月30日 (Thu)…….地下室に巨大ロボット
地下室に巨大ロボット
Giant Robot in my basement

時々する昔話だが、
僕は小さい頃、そう幼稚園に通っていた頃、
とある友人と、
「大人になったら一緒に巨大ロボットを作ろう」
と約束した。

あと思い出すのが、ゼータガンダムかなんかで、
「地下室にモビルスーツを隠してある、くらいのこと言えないのか」
と、アムロが言われているシーンがあったように思う。

地下室に巨大ロボットを隠してある。
倉庫に、政府を転覆させるだけの武器を隠してある。
密かに革命軍を組織している。
ガレージでタイムマシーンを開発している。

どんなに小さな勢力であっても、
それが戦う男のすることだ。
少々マンガみたいに聞こえたとしても。

僕は律儀に友人との約束を守っている。
ギターを手にするとき、
バンドでプレイするとき、
僕は地下室に巨大ロボットを隠してあることを知っている。

そう僕らは巨大ロボットを準備中だ。
次の戦いRebel Actionを準備中だ。
大きな爆弾を準備している。
それが戦う男のすることだ。
もし革命を望むのなら。

エレクトリックギターは、
ロックバンドは、
革命のための巨大ロボットだ。
だからこそ男の子は永遠に、それらにわくわくとエキサイトする。
僕らのロボットは高性能だ。
うまくいっても、いかなくても、
僕らはそれをやるのだ。

なぜかって。

僕は英語はあまり得意ではないが、
Stryperの曲から、こんなフレーズを学んだんだ。
“To Hell With The Devil”
悪魔の支配する世界が気に食わないからさ。

Sometimes I tell this story from my childhoood.
When I was in kindergarten, I made a promise with my best friend, “Let’s build a GIANT ROBOT together when we grow up!”

Another thing I remember is, probably in Z-GUNDAM or something, someone said to AMURO, “Can’t you say something like you are hiding a MOBILESUIT in your basement?”

Hiding a GIANT ROBOT in the basement.
Hiding weapons enough to turnover the government.
Secretly organizing a revolution army.
Or inventing a time machine in the garage.

Even though we are only a small group,
that’s what fighting man does.
Even though it sounds a little bit like a MANGA.

I’m honestly keeping my childhood promise.
When I play my guitar,
when I play in my band,
I know I’m hiding a GIANT ROBOT in my basement.

Yes we are building a giant robot.
We are preparing for another Rebel Action.
Making a huge bomb.
That’s what fighting men do.
If you want a REVOLUTION.

Electric Guitars,
Rock Bands,
they are the GIANT ROBOTS for the revolution.
That’s why those things excite all the boys forever.
Our robot is very powerful.
We will do it, no matter if it goes well or not.

You wanna know why?

I’m not so good at English,
but I learned this phrase from a Stryper song.
“To Hell With The Devil”
Because we don’t like the world governed by the devil.

No(830)

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