2013年7月の日記

■…2013年 7月17日 (Thu)…….近況報告、告知、ひとりごと
真実を伝えようとしても
真実は手につかめない

真実を伝えようとしても
真実は書き表せない

真実はいつでも形を変えるから
それを形のある彫像や絵画に
することはできない

僕は一応クリスチャンの端くれだから
たとえば君にほいっと
聖書を渡すことはできるけれど
その中から君がいくぶんでも
真実を見出すことができるかどうかは
また別の問題だ

なぜなら真実は生きているものだから
生きているものは固定できない
固定できるんだったら
それは死んでいるってことだ
神様が生きているっていうんだったら
なおさらそれを固定しておけるはずがない
たかだか三次元の我々に
宇宙は生きている
それと同じように

人の身にできることは
それぞれが自分の中に受け取った真実のかけらを
言葉や芸術の中に込めることくらいだ
というよりは人はそのためにこそ生きている
そのために神は宇宙は僕らを活かしている
僕はそう思う

僕もそれをいっしょうけんめいやっているつもりだ

話はあまり関係がないが
真実という言葉つながりということでいえば
これはうちのバンドのTruthという曲だ。

こちら

意外と好評をいただいている
しばらくバンドのウェブサイトのトップに貼付けておこうかと思う。

とにもかくにも
真実も神様も
標本のように貼付けてはおけないから困ったものだ
「真実とはこれです。はいおしまい。」
とはいかない。

ただイエス・キリストさんの十字架だけは
やっぱり信じられる。
十字架のクロスしたポイントが
唯一宇宙の絶対真実みたいだ
十字架を背負って生きられるかどうかは、
そこにたどり着けるかどうかは
やっぱりそれは自分で見つけるしかない

洗礼受けてそれでおしまい、ってんだったら
俺はこんなに苦労していない(笑)

真実は形じゃない
形はどうあれ
それが神さんが地球の人類に
示してくれた
いちばんわかりやすい真実なんじゃないかと
思う

他の惑星では
どうなってるか知らない
聞いてみたいところではある
宇宙の人に

ただ
mortalな肉体と魂を持った
人の身で
死ってものを克服するには
やっぱり
十字架という
神さんの愛にあずかるしか
ないと俺も思う

もうちょっと進化した
宇宙人さんだったらどうか知らん

ところで先週は
西横浜のEl Puenteでライヴをやった
演奏した

あの場所で演奏させてもらうのは2度目だった
前回、4月に演奏したときは
季節はずれの風邪にやられて声が出なかった
それでも響声破笛丸というお薬をもらって
なんとかやりきった

そのリベンジというわけではないけれど
今回は声が出た。
あの、楽器の音が大きくなりがちで
モニター環境が整っているとは言いがたい
シンガーに厳しい演奏環境のあの場所で
あれだけ歌えたというのは
自分にとっては高得点だ。

最近じゃYouTubeにライヴ一本ぶんのムービーを置いておけるようになった
こちら

今、うちのバンドは、
そうね昨年8月9月の遠征から戻った後は
消耗しきっていたので数年ぶりの充電期間を過ごし
その間に僕は突然スケートボードを始め、
そしてその勢いでなぜだか随分と新鮮な楽曲が
たくさん書くことができて
今年に入ってからは
それらの楽曲にいっしょうけんめい取り組んでいる
それは僕らにとってはとても大きな意味を持つ
とても大きな意味を持つ楽曲たちだ

次の制作でそれらを形にするのが待ちきれない
そしたら次のステップは

知ってのとおり
10月にアメリカとカナダからバンドがやってくる
昨年、西海岸を一緒にまわったバンドたち
The Extreme Tourの日本版
The Extreme Tour Japan
それの実現、開催のために躍起になっている
昨年の末からずっと

あまりうまくやれているとは言いがたい
しかし日本の難しい環境
音楽的にも、クリスチャン的にも
難しい環境の中では
それなりの方法論と選択を
して計画していると思っている
どうにも大きなことはできないから
自分の手の届くところで
まずは計画した
横浜ローカルでのブッキング
そこはなんとか形になってきた

だが、その後に一週間行こうと思っている
地方でのブッキング
東北に行こうと思っている
そこの手配は、
あまり早めにできたとは言いがたい
そもそもこれが僕一人の肩にかかっていること
自体に無理がある
僕にだって生活もあれば
個人としての限界も山のようにある

8月には予定どおり行けば
自分自身で東北や地方に足を運ぶことができるはずだ
もっと早くできればよかったけど
僕にはこれが最善のことだ

自分もクリスチャンになって5年はたつが
日本の教会世界やクリスチャンの世界の中で
あまり強いつながりを持っているわけではない
自分たちとしても、意識的、無意識のうちに
距離をとっているところがあるし
どちらかというと
日本の狭いクリスチャンシーンというか
教会シーンの中では
煙たがられている方のニュアンスかもしれない

一度だけfacebookに愚痴を書いたが
今回、このThe Extreme Tour Japanの
ブッキング計画にあたって
普通の世俗つーかセキュラーな人たちからも
クリスチャン、教会の人たちからも
煙たがられて断られるという状況を
味わっている。
要するに普通の人たちからは
「そんな宗教関連のイベントはできません」
と断られ、
クリスチャンの人たちからは
「関係のない人たちのイベントはできません」
と断られる。
絵に描いたような板挟み。
それはそれで悪くない。
どこかでは形になるはずだ。
それがあまりクリスチャンな形でないものであったとしても
それが必然であれば
ふさわしい形になるだろう。

どちらにせよ
少しは賛同してくれる人たちもいるはずなのだから
僕がもう少しやるべきなのは
facebookやtwitter等で
viralに協力を募ることだろう
8月にはそれも全力でやらなければいけない
わかってるよ、わかってるって。

またも話がかわるが
6月には、その時点で8ヶ月続けてきた
スケートボードのムービーを作ってしまった。

こちら

よく作ったもんだ。
臆面もなく。
いや臆面はある。
非常に恥ずかしい。
8ヶ月にしてはマシな方か。
いや8ヶ月でもっと上手い人や、
もっと上手い子たちはたくさんいるだろうと思うけど
年齢を考えたら頑張った方じゃないか
年齢については正直そう思う
内面にも肉体的にも
ある程度若さを維持できていることは
喜ばしいことだ
まさにPraise God神に感謝

このムービーを作って思うことは
まあスケートボードムービーにして
スケートの技術がすべてではないし
それを通じて何かを語る、何かを伝えるときに
たとえばたった8ヶ月の技術であっても
できることはある
たぶん5年やって上手くなってしまったら
これと同じことはできない

ということも少しはあるけれど
昔の日本語の曲をムービーに使ってみて
そうね特にこの
2004-2005にうちのバンドが
Japanese-Alternative-Pop-HardRock
って感じになって最初の黄金期(と思っている)
だった前後の
一人で作っていた楽曲たちって
今まであまりきちんと発表の場や演奏の機会が
あったとは言いがたいから

本当は今でも思うし
今だからこそ思う
日本の人たちに伝えるには
こうした、シンプルで優しく、
わかりやすく、メロディアスな
素直なメロディを持った
J-Pop的なポップチューン、ロックチューンなのだと
いうことを
今でも思っている

当時、クリスチャンバンドではなかったが
僕が手のひらにすくった「真実」
そして今そこまでつながった「信仰」
みたいなものを伝えるに
自分が過去に作ってきたこれらの素朴(たまに斬新)な
たわいもない日本語のポップチューンが
本当はもっと、もっとも演奏すべきだということを
わかっている

いつかは、
最後には、
そこに戻ってきたい

そういう意味ではこのたわいもない
スケートボードムービーは
少しは意味があったかもしれない
自分の未熟なスケートと組み合わせることで
何かを表現することができた

ところでライヴを告知したい
なんだ、この長いひとりごとのような日記というか
ジャーナルの
最後の部分に告知の言葉を持ってくるのは
いかにも非効率的じゃないか
わかってる

でも、それが自分の悪いくせというか
単に悪いくせだ
美意識なんていうものじゃない
いや美意識なのか

これらのことをすべて言い終わった後じゃないと
もっとも卑近な告知とかもできない
それくらい悪いくせだ

カレンダーを見ると
まず
8月7日(水)に
四谷 Live inn Magicにて
Imari Tonesは
ライヴをやることになっている
これは例の飲み放題ライヴで、
2500円で誰もが飲み放題ですよという
非常にロックな企画だ。
今年取り組んでいる中でも
一番ヘヴィで、いちばん演奏が難しい(笑)
Heaven’s Gateという曲を
たぶん人前で初披露することに
なるだろうと思う。

そして
8月21日(水)
に、おなじみ、横浜、関内、寿町の
音小屋さんにて
Imari Tonesと「熱きリョウとジーザスモード」の
合同ライヴが行われる。
知っているかもしれないけれど
「熱きリョウとジーザスモード」は
僕が友人たちとやっているいわばサイドプロジェクトで
つまり自分は両方のバンドで演奏することになる
もうひとつの共演もおなじみB.D.Badgeさんなので
かなり見知った身内のバンドばかりで
楽しいライヴになるのは間違いないけれど
どちらにしてもかなり画期的なので
かなりおすすめできるライヴです
こちら

カレンダー的にはそれくらいか
9月8日(日)には
その「熱きリョウwith Jesus Mode」にて、
錦糸町Rebirthにて
Stryper大会なライヴに出ます。
これはStryperのコピーバンドが集まって演奏するという
Stryper一色のイベントです。
それもすごくおもしろそうだね。

今のところそれくらいです。

書きたいこと
感じたこと
もっと書きたいこと
いろいろあるけれど
そうねYouTubeにもいろいろライヴの記録、
アップしてあるし
昨年のツアーの様子とか
日々のtwitterでのtweetとか
Facebookの近況アップデートとか
いろいろあるけど

今日書けることはこのくらい

God bless you all.
May Jesus be with you.
Thanks.
Tak “Tone” Nakamine / Imari Tones

No(903)

■…2013年 7月19日 (Sat)…….訣別のち最果ての地
なぜ泣けてくるのだろう。

僕が思うにきっとマーティー・フリードマンは日本の音楽の本当の素晴らしさを知らない。

これは政治でも選挙の結果でもないことだから、
日曜日の選挙うんぬんの前に書いておきたいと思った。

政治の仕組みであるとか、どの政党が勝ったとか議席の数が増えたとか、
あまり関係のないことだからだ。

これは、今目の前に広がっている景色がまさに、僕たち全員にとっての敗北であり、喪失であるだろうからだ。

僕が祖国を失ったと初めて感じたのはいつのことだったか。

少なくとも、僕は少年の頃、1995年あたりまでは、
この自分の生まれ育った日本という国が大好きだった。

そして、そこで生まれた音楽や、
そこで生まれたカルチャーも、
素晴らしいものに出会っていたはずだと思う。

何を泣くことがあるだろう。
思えばこの日が来ることはずっとわかっていたことじゃないか。

だから僕はすべてを捨てて、この道を選んだのではなかったか。

自分はずっと昔に、
政治にも、法律にも、社会にも、
国家という概念も、
あきらめ、絶望し、見切りをつけていたはずじゃなかったか。

自分の中に意外なほど愛国心と呼べるものがあるのに気付いたのは、
自分のバンドで海外で演奏する経験をするようになってからだった。

2011年の3月のあの災害以来、
自分の中で、この国の行く末と将来を案じなかった日はない。

昨年から自分にとっては決定的な出来事がいくつも身の回りに起こっている。

5月末のbloodthirsty butchers吉村氏の早過ぎる死は、
その中でも自分には十分に重大な意味を持つものだった。

思えばこの日が来ることはずっとわかっていたことじゃないか。

神が僕に使命や役割を与えたとすれば、
それは世の中が平和に、神さんの計画に従って進んだ場合。
もしそうでなかった場合、僕の中にプログラムされた機能とは。

さきほど、自分が書いたtweet。

2年前の3月に日本は大きな災害と惨事に見舞われたけれど、今この国に起きていることはそれ以上に深刻な惨事に僕には思える。それでも、それでもこの国をあきらめるなと、神よあなたはのたまうか。自分に何ができるというのだ。なぜこんなに泣けてくるのだ。

日本が日本でなくなる日。それは他の何でもない。神がこの国とそこに住む人々に課した、特別な使命を、我々が放棄する日だ。自らを犠牲にして世界のために散っていった戦士たちの誇りを放棄する日だ。この国がいかに特別な重責を負っているか、誰もわかっていない。

僕は、この自分が生まれ育った日本という国が、
世界の中でも、もっとも気高く、誇り高く、また特別な国であると信じている。
神様に愛され、神に特別に準備され、世界の中で特別な使命を与えられた国家であり民族であると信じている。

歴史上、その世界の中での国家としての歩みは、
思想、文化、宗教、政治、すべての面での歩みは、
決して世界の中でも突出し、ユニークで、
決して誇り高いものであったと信じている。

20世紀、戦争、敗戦、そこからの復興と発展。
それがどんな意味を持つかなんてここで語らない。
その中に俺は何も否定するものはない。

そして、21世紀には、
日本は、なにより文化的な意味で、そしてそのマインドの面で。
世界をリードし、新しい人類の扉を開く、
21世紀はアジアの世紀と言うのなら、
その先頭を切るべき日本の世紀になることを。
僕は、
それでも、
信じていた。
21世紀、日本が世界をリードすることを。
そしてその先にある人類の輝かしい未来を。

日本人の魂は、
この21世紀の始まりとともに、
大きく羽ばたき、空高く舞い上がるのだと。

たとえばそれが神が日本に与えた
使命と役割のひとつであるのなら。

俺たちは、
僕ら日本人は、
何度その試験に落第しただろう。
この10年、いや20年の間。

たとえば街が灰になっても
いつかは復興することができる。
たとえば原発がいくつ爆発しても
必死で生き伸び希望を見出すことは
きっとまだできるだろう。

でも人々が魂を失う時、
その国家は本当に死ぬんだ。
その民族は本当に命を失うんだ。

目の前にあるのは、
その何十年もの積み重ねの
結果でしかないんだよ。

それでも神はのたまう
日本をあきらめるなと
Soredemo Kami ha Notamau
Nihon wo Akirameruna to

この国が滅ぶとき、
俺は何をしたらいい。

俺は最果ての地を見たい。
自分一人でもいい。

何もかも失ってもいい。
帰る場所を、祖国を失ってもいい。

それが神さんとの約束であるのならば、
俺はそこへ行きたい。
そこへ生きたい。

たった一人でもいい。

社会のシステムが硬直し、
国家や組織が死に体なのであれば。
後戻りすることしかできないのであれば。
たった一人でも、二人でも。
ほんの百人でもいい。

本物の日本人の魂を、
世界に指し示すということは。

俺は思う。
多くの日本人たちですら、
本当の日本の素晴らしさを知らない。

あなたが
それを知っている
数少ない人ならば

たった1000人でも、2000人でもいい。
最果ての地へ、俺は生きたい。
そこで、神さんとの約束が、果たせるのであれば。

行くんだ。
神さんとの約束は
「君が」
果たすんだ。

No(904)

■…2013年 7月21日 (Mon)…….is it all, just wasted time…
ここ5年くらいはクリスチャンやって宗教つーか信仰てことに
一応向き合ってきたけど
政治ってことにこれだけ意識させられると
すべては政治なんだなあということに
思い知らされる

クリスチャンの世界だって
すべては政治だった
(もちろんはなからわかってたけど)

簡単なんだよ
君はジョン・レノンは好きか
The Beatlesは好きだったか
「愛こそはすべて」なんて本当に信じるか

クリスチャンだとジョン・レノンも
ビートルズも
嫌いだという人は多いけど

僕は信じるんだよ
権力を信じるのか、愛を信じるのか
お金を信じるのか、愛を信じるのか
犠牲の上に成り立つ繁栄を信じるのか
それとも自らを犠牲にする愛を信じるのか

本当に十字架を背負って生きる覚悟のあるやつは
どれだけいる

みんなで一緒に悪魔に仕えましょ
誰かを犠牲にして
そして繁栄しましょ
他人を平気で否定する人たちの主張は
そう言っているのが聞こえないか

あの人の質問はシンプルだ
愛にYesというか、Noというか
二者択一だ

もし愛にYesと言ってしまったら
僕らは厳しい道を歩かなくてはならない
そんなことができる人は多くない

皆、自分の取り分が欲しいんだ
自分の取り分を確保しようとするんだ
そのために支配しようとするんだよ
その小さな支配が
大きな支配と隷属を
肥やしていくんだ

俺に言わせれば
軍事を説くっていうのは
国を治めるってことでいえば下の下だ

経済を説くっていうのは
国を治めるってことでいえば下の中だ

法律を説くっていうのは
国を治めるってことでいえば下の上だ

本当に国を治める人は
愛を説くんだ
それも言葉でなく
身をもって

それは聖書はもちろん
中国の昔のお話にも
出てくるよ

それくらい
あたりまえのことなんだ

それができないのであれば
現代の民主主義政治は
3000年前の
原始政治にも劣るってことだ

厳しい現実だ

ぼくらの国の民主主義は今
敗北しようとしているのか

ぼくらの世界の民主主義は今
敗北しようとしているのか

そうなることがわかってたから
自分は音楽を鳴らすことを選んだのか

でも思う
愛を信じない人に
本当のロックなんて鳴らせっこない
一生かかっても鳴らせない

で、俺は音楽を信じている
いちばん愛のある音を鳴らせるやつが
いちばんえらい
俺の中では

それは甘ったるいうわっつらの言葉じゃない
いちばん音楽そのものを愛せたやつしか
鳴らせない音がある

すべてを捧げて音楽を愛し
音楽とひとつになったやつにしか
鳴らせない音がある

どっちかつーと
それが俺の信仰なんだ

ジョン・レノンはアンチクライストなんかじゃない
彼は天国を歌おうとしたんだ
どっちかつーとアンチクライストなのは・・・

俺はジョン・レノンの曲を聴いて泣いたんだ
だから間違いないよ

賭けてもいいよ
これについてだけは

愛がないのであれば

君たちの政治学は間違いなく
失敗するんだ

愛がないのであれば

君たちの経済学は間違いなく
失敗するんだ

愛がないのであれば

君たちの軍事と外交戦略は間違いなく
失敗するんだ

愛がないのであれば

君たちの科学と技術は間違いなく
失敗するんだ

愛がないのであれば

愛は方法論や戦略ではないからさ

そして、神は方法論や戦略ではないんだ

そして人間も、方法論や戦略ではないんだよ

この宇宙の現実が
方法論や戦略ではないのと同じように

自然の力の前では
人間の方法論が何の力も持たないのと同じように

「神は愛なり」
なんて
俺も自分のヘヴィメタル衣装に書いてあるけれど

入れ墨してる人もいるし
キリスト教の教会ではたまに見かける

でも君はそのとき本当に
愛にYesと言えるのか

ここまで無力だとは
現代の民主主義が
「夢にも思わなかったぜ」

No(905)

■…2013年 7月22日 (Tue)…….日本の不良たち on board
国のメンツを背負って立つのはいつだって不良orアウトローorはみだし者たちだと思っているが、この日本人スケーターたちは凄い。イギリスのHeroin Skateboardsの最新ビデオ”VIdeo Nasty”に収録された、沖縄の宮城豪氏と、大阪のChopper氏ならびに彼の仲間たち。彼らの滑りは、日本においてスケートボードをやることはどういうことなのか、そのひとつの答えを示している!変則的スケーター中心に収録された、変化球ぽいビデオであるが、その中でもこの日本人たちの滑りは飛び抜けてユニークだ。彼らはスケートボードの世界の中で日本人であることを強烈にアピールしてくれた。スケートボードなどというとまだ日本ではマイナーなスポーツジャンルと思われるかもしれないが、世界各地でメインストリームになりつつあるこのストリートスポーツの中で、日本からこれだけの存在感を示してくれたのは、決して小さなことではない!!!!

こちら
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こちら
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No(906)

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