2015年3月の日記

■…2015年 3月 2日 (Tue)…….Born To Ride ミュージックビデオ完成
Imari Tonesの楽曲、”Born To Ride”のミュージックビデオが完成しました。
先日、YouTubeにアップしました。
こちら

今までも僕らが作ってきたような「手作りミュージックビデオ」なのですが、
今回の”Born To Ride”は、ちょっと特別です。
たぶん、なんというか「労力」から言うと、今まで作ったビデオの中でもかなりかかっている方ではないかと思います。

そういえば今からちょうど一年くらい前に、僕らのバンドの代表曲である”Faith Rider”のビデオを公開したのでした。
それは、「ロードエンジェルス神奈川支部」の皆さんのご協力を得て、
1月の雪がちらつく寒い日にバイクの撮影を行ったものですが、
バイクの映像と僕らのクリスチャンヘヴィメタルが融合した、
素晴らしいビデオを作ることができました。
ありがたいことです。
それから早くも一年。

この”Born To Ride”は、”Faith Rider”に続く、ライヴで使い勝手のいいヘヴィメタルアンセムとして書いた曲ですが。まあ、今までのImari Tonesのレパートリーの中ではもっともThrash Metalに近づいた楽曲でもありますが。

今回も気合いの入ったヘヴィメタルな楽曲と、苦労して作ったビデオ!です!

そもそもの始まりは2012年に遡ります。
2012年の9月、アメリカで長く続いているクリスチャンミュージックとエクストリームスポーツの伝道ツアーである”The Extreme Tour”に日本のバンドとして初めて参加していた僕たちは、スケートパークでの演奏やイベントを何度か経験しました。

そして実際のところ、「スケートパーク」という場所自体が、僕には初めての体験でした。(日本にも、スケートパーク、と呼ばれる場所が、それほど多くはないけれど、あるのを、今では僕も知っています。)

そして、ほとんど人生において初めて(そりゃ、少しくらいは見たことはありましたけれど)、スケートボードというものを、目の前でキッズたちがスケートする様子を、僕は目の当たりにしたのでした。

そしてそのツアーに参加した日程の終盤、モンタナ州のとあるスケートパークのイベントの際に、僕は決意します。「よし、日本に帰ったら、僕もスケートボードを始めるぞ!」と。
かなり、いかにもあっさりと決意します(笑)

そして、2012年10月、僕は手探りで、スケートボードを始めたのでした。
まあ、そうはいっても、インターネットでいろんな情報が手に入る今の時代。
たった一人で始める、とはいっても、それほど情報とかHow Toには苦労せず。
そしてそのスケートボードというものをきっかけに広がった新しい世界は、音楽的にも僕にとって新しい扉を開いてくれたのでした。

そしてその頃まもなく、僕はこの”Born To Ride”という曲を書きます。
(ちなみに白楽の駅のホームに立っている時に思いついた曲なので、最初のデモのワーキングタイトルは”Hakuraku Mezzanine”でした。)

そしてその2012年のThe Extreme Tourの素晴らしい体験と仲間たちとの出会いによって、いろいろとテンションの高かった僕は、自由奔放に楽曲が溢れ、それらの楽曲をバンドで取り組んで演奏していたのが、ああもうそれが2013年のことだったんだなあ。そしてそれらの楽曲が、昨年2014年に録音して、今年発表する予定の”Revive The World”と名付けた作品というかアルバム、になるのですが。

で、無名のインディーズミュージシャンである僕が、スケートボードというものに出会って、インスピレーションを得、スケートボードについての楽曲を書く。これはひとつ、それでいいでしょう。That’s one thing.

けれども、そのビデオを作るにあたって、当然スケートボードの映像を使いたい。普通はそこで、誰か上手い人の映像とか、名のあるミュージシャンなら、それなりに名のあるスケーターの人とか、そういうふうに他人の映像を使うと思うんですが、僕は今回、そのスケートボードの映像というか、スケートのフッテージも、自分でやってしまったわけです。That’s totally another thing. これは、ちょっと頑張った方なんじゃないかと。しかも、そこまで2年ちょっとでたどり着いたわけです。

まあ僕も間違いなく自分を誉めてあげることで、やる気を保っている方ですが、これはちょっとばかり、2年ちょっとで自分でその曲の映像を、自分のスケートでやっちゃうことができた、というのは、たぶん少し自分を誉めてあげていい場面だと思っています。

たとえばアメリカであれ、スケートボードが流行っているから、人気があるから、じゃあスケートボードの曲を書こう、みたいなのはたくさんあると思うんですが、
実際にそこから自分でスケートボードを始め、自分のスケート映像を使ってその曲のビデオを作ってしまう、というのは、もう少し踏み込んだことではないか、と。

まあ音楽とスケートのつながりは昔からありますし、ミュージシャンでスケートをする人たちもたくさんいるとは思いますが。逆にスケートの世界で、Josh Harmonyみたいに、プロスケーターだけど音楽もやってるよ、みたいな人もいますね。

音楽でもそうですがスケートボードにもいろいろなスタイルがあり、その取り組み方は人それぞれなわけですが、僕はどちらかというとスケートボードに「スピリチュアルな」魅力と可能性を感じて始めた、「アートとしての」スケートを考えている方です。

そしてまたかなり歳をとってから始め、ミュージシャンとして表現していくことの延長でもある僕のスケートの道は、始めてから2年ちょっとであれ、そしてこの2年あまりの間にも、僕にしか見えない僕だけのスケートというものがあっただろうと思います。

そういうわけでもうひとつの理由となったのが、
1年半前にYouTubeにポストしたこのビデオですね。
こちら

スケートボードを始めて8ヶ月というか、9ヶ月目にあたる時期にiPhoneでざっくり自己撮影した映像に、ミュージシャンとしての語りとか、スケートを始めた理由とかを絡めた、たわいもない映像なんですが、

初心者であることを逆手にとって、
初心者ならではのスケートボードの魅力というか、
純粋にスケートすることの喜び、
少しずつ上達していく過程、
上手くなってしまったら却って表現できないような、
そういう、その時の自分にしか表現できないスケートボードというものを、
案外うまく表現できているんじゃないかと思える映像です。
まあ、自分の「病気っぽさ」も多分に表現されています(苦笑)

この頃は、キックフリップやヒールフリップを覚えたばかりで、
カメラの前でキックフリップを決めるのが一苦労だったんですよね。
(まあ、今でも僕のキックフリップ、たいしたことないですが)

で、昨年の秋頃からでしょうか。
どこかで紹介でもされたのか、いきなりこの動画のアクセスが増え出しまして、
今ではうちのバンドのYouTubeチャンネルで、いちばん視聴回数が多い動画になってしまいました。
何年も前にアップしたFaith Riderの静止画簡易バージョンが、今、10,500viewsくらいなんですが、この「スケート始めて10ヶ月」の動画が、今ちょうど14,000viewsですね。たぶん、まだまだ増えるでしょう。

バンドのチャンネルなのに、楽曲のビデオではなく、スケートボードのビデオが、いちばん視聴回数が多いというのはちょっと複雑ですが、まあそれでもこのビデオにもちゃんとImari Tonesの昔の楽曲がBGMとして使われていますしね。まあいっか、と。

で、問題だったのは、この「スケート始めて10ヶ月」のビデオに、アクセスが増えるとともに、いっぱいコメントがつくようになった。で、このビデオがアップされたのは一年以上前なのにもかかわらず、ビデオを見てコメントをくれるキッズは、そこのところがあまりわからず、あーだこーだいろいろなコメントが付くので。

一刻も早く、それから少しは上達した自分のスケートの映像をアップしたかった、というのがあるのです。
そして、せっかくその動画にアクセスが集まっているんだったら、今のImari Tonesの、スケートボードソングを、良い感じのスケート動画とともにアップして、バンドの楽曲にアクセスを集めたい、と思うのは自然の流れです。

というわけで、一刻も早く完成させてアップしたかったこの”Born To Rideのビデオであるのです。

で、自分の目標としてはこれを2月中になんとかアップしたかったのよ。
というのは、自分は2012年の10月にスケートを始めたので、まあより正確に言えば2月度は、スケート始めて2年4ヶ月ってところなんだけれど、日割りとかで数えれば、2年3ヶ月って言えるかな、って思って。「スケート始めて10ヶ月」の映像の続編としては、「2年3ヶ月」っていうのが、なんか数字とか語呂として美しいように思えたんだ(笑)。まあこの2年の間にも、The Extreme Tour Japanの期間中とか、録音作業をしていた期間とか、1ヶ月スケートできなかった、っていう時期も何度かあるしね。

で、まあそりゃ、2月に撮影して、アップするのは数ヶ月後でもいいじゃないか、って思うけれど、今どきのYouTubeとか見てるキッズにはそういう時間差は「絶対に」理解できないので(苦笑)
なんとか2月中に速やかにアップしたかったんです。

で、本当に睡眠不足とかで死にそうになりながら、動画の編集をし、
ぎりぎり2月28日の夕方にアップした、という。
ちゃんと「日本時間で」2月28日にアップしたぜ!

で、スケートの撮影、も大変だったけれど、
その撮影した映像の編集、というか整理、が、もっと大変だった。

何日かかけて撮影した自分のスケート映像から、まあ固定カメラ置いてその回っているカメラの前で技を決めるのは思いのほか大変だったのだけれど、そこからどんな技を決めたか、チェックして、整理する。つまり、iPhoneで撮った映像から、決まった技ごとにファイル書き出して整理したんだけれど、書き出すのだけでもパソコンが遅いから、ひとつにつき10分とかかかるでしょ。かといって、全部チェックしてからでないと、どの技がどの時点で、ベストなものが決まっているかわからないから、やるしかないし。ほとんど悪夢でした。(でも実際に曲のビデオで使われたのは、そのほんの、ごく一部でしかなかったのだけれど涙)

まあでも、その動画ファイルの整理さえ出来てしまえば、例のごとく、一日でざっくりと、作りました。でも自分のMacBookの処理速度ではiPhone5Sとかの映像の解像度も高いので、Final Cut上で、ほとんど「カクカク」としか映像が見れず、音と映像のタイミング合わせとか、画面の切り替えをどう処理するか、とか、まったくできなかった! 前はもうちょっと出来ていたのに。iPhone4で撮った絵とか、古いカメラの絵のときはもっとさくっと処理出来ていたけれど、iPhone5Sになると解像度がフルHDのせいなのか、リアルタイムで処理できていなかった。これはショックだ。だから、歌っている口の動きと、音が、合ってなかったりする。でも、はっきりいってそのへんは気にしない!(笑) しょせん、音にはそれなりにこだわるけれど、大きな予算のかかった昔のメジャーのPVならともかく、今のインディーズミュージシャンがYouTubeなどで発信する映像作品なのだから、細かいことにこだわっていたら死んでしまう!

そしてスケートのフッテージですね。
僕に出来るのはフラットトリック、つまり平らな場所で各種フリップなどの技を決めること、くらいです。
スケートを始めて2年間、ほぼフラット中心にやってきたので。
それは、自分の性格もありますし、練習している環境のせいも多分にありますが、ヘヴィメタルのテクニカル系ギタリストの僕としては、スケートボードでも、テクニカルに技を決めるスタイルの方が、なんだかしっくりきた、ということでもあります。

前にも書いたかもしれませんが、
この曲”Born To Ride”の歌詞に、「キックフリップ」ならびに「ビッグスピン」という技の名前が出てきます。
これは、この曲の歌詞を書いたとき、まだスケートボードを始めたばかりの頃に、スケートボードのトリックの種類を眺めていて、歌詞の中で使えそうなかっこいい名前の技を選んで抜き出したものです。

そしてその時は、キックフリップも、ビッグスピンも、はるか未知の、そんな技、自分に果たしてできるだろうか、というまったく謎の技でした。
けれども、こうして2年ののち、その曲の録音を終え、ビデオを作ろうという頃に、どちらの技も今では、「難しい技」では必ずしもなく、どちらかというと「気軽にさくさく決めることのできる技」になっていた。

そしてあろうことか、スケートボードのフラットトリックの中で、難しい技の象徴というのか、大ボス的な位置にある”TreFlip”(トレフリップ、360キックフリップ、別名サブロクフリップ)も、決めることができるようになっていた。苦労して何度もチャレンジしてカメラの前で決めたときは感動でした。

そんでもって、プロのスケートビデオなどで見ることのできる華麗な技であるフロントフリップやバックサイドフリップも決めることができたし、

さらにこれも「名前がかっこいいから」という理由で、「不可能」なんていう技は、不可能なんて言われたら絶対にやるしかない、という”Impossible” (オーリーインポッシブル、Ollie Impossible)も、出来るようになったどころか、今では得意技になっていた。

それとともに、自分のギタリスト人生の究極の回答である新たな愛用のギターBacchus “猫ポール”でもって、最高のサウンドを実現したこの曲で、自分のスケートボードを始めて2年余りの集大成をこうして(まだまだ初心者なりにであっても)形にすることができたこの”Born To Ride”。

自分としてはかなり、かなり、達成感でいっぱいです。

しばらくは何もしたくない、というくらい。

2月に入ってから、スケートの撮影をやったけれども、
果たしてこのちっぽけなビデオのために、
けっこういろんな犠牲をはらったことか。
仕事とか収入とか。膝とか腰とか。
涙。

うちの嫁さんとか、バンドの皆とか、ビデオに参加していただいたNobuさん、Midoriさん、そしてソルフェイのオオハラ氏。

あれね、スケートフッテージ撮影を終えて、どうしてもオオハラ氏のスケートしてる絵を撮りたくて、町田に行ったのだけれど。
昨年11月の2度目のThe Extreme Tour Japanに参加してくれたオオハラ氏。
あれをきっかけに、彼も少しずつスケートを始めていて。

町田のストリートを、一緒にすべってくれて、それで追い撮りを互いにしたりして、シンプルであっても追い撮りの絵が撮れて、それをビデオに織り込むことができた。

とてもよかったし、感謝しているし、なんか、一緒にすべる、というのは、非常に格別な喜びがありますね。なかなかふだん一緒にスケートできる友人も多くないだけに、余計に。

あとはあれだ、ビデオの最後の、スケートボードを池に落とすシーン。
スケートボードを噴水とか、池に水没させちゃうシーンって、実はけっこう、プロのスケートビデオでも見かける場面なんだけれども。
これも一年半くらい前にね、今は名古屋にひっこしてしまったドラマーの友人と、その公園に行ったとき(まあ元住吉のあそこなんだけれど)、その池のふちのレッジでボードスライドみたくやろうとして、ミスして池にデッキを落としてしまったことがあって。

で、今回、どこで撮影しようか考えてるうちに、思い出して、そうだあそこの池にもう一回デッキを落とそう、と(笑) それをビデオのオチに使おう、と。
ただ、まあ全然すべらないレッジなんで、ボードスライドとかやる感じじゃないけれど、一年前よりは多少うまくなってるんで、なかなか間違ってデッキを池に落とす、ってのができなくて。どうやったらわざとらしくなく、演技でない感じで、自然に池にデッキを落とせるかな、って試行錯誤して。で、結果、バックサイドで50/50とか、僕はまだぜんぜんできないから、バックサイドでレッジにデッキをのせにいったら、きっとバランスを崩すに違いない、と、何度かやってみたら案の定。見事に池にデッキを落とすことができました(笑)
こういう要素は絶対に入れたかった。

あとは、ビデオを通じて、僕は”Revive Skateboards”のフーディーを着てるし、
まあ僕はスケート始めたときからRevive(当初はRevengeという名前だったよね)のことはファンで、それはまあ、面白いからなんだけれど、今時のYouTubeから発信してるスタイルが、Underdog的な要素も含め、インディーズミュージシャンの立ち位置と、やっていることが重なるので、ファンなんだけれども。
言葉の問題もあり、日本のスケーターたちがRevive Skateboardsのことをどれだけ認知してるかわからないけれども、この極東の地にも共感してる者がいるぞ、ということをアピールしたかった(笑)

さて、スケートの撮影中に何十回も転んで、手首もしばらく安静にした方がいいし、これから新しい仕事探すし(涙)、
達成感を得たこともあり、また一ヶ月くらいはスケートしたくないくらいの気分ですが、

これからの僕のスケート人生が、どのように続いていくか。
この初心者期間の集大成であるBorn To Rideのビデオを作ったことで、
まあスケート始めて2年という期間が経過したこともあり、
初心者としてのフェイズも事実上終了しますので。
(気持ちとしてはまだまだまだまだ初心者だけれど)

初心者フェイズで証明すべきことはすべて果たした、
ということで、これからまた僕のスケートは自由に広がります。
次に映像作るなら、それはもっと自由なものになるべきなので、
技とかテクニックにこだわらず、自分の世界を広げていきたいと思います。

どうもありがとう。
皆さんありがとう。
関わってくれる人にありがとう。
そしてThank you Jesus for Skateboarding。

音楽とともに、このスケートボードというものが、
僕を、僕の精神を、より高みに、そして世界のいろんな場所に、
いざなってくれることを信じています。

No(4349)

■…2015年 3月 4日 (Thu)…….達成Van Halen
公式previewが2曲。PanamaとRunning with the Devil。最高じゃん!たくさんの人が、デイヴのヴォーカルを非難しているし、このYouTubeのコメントにも批判が多いけれど、デイヴは声は確かに老いたにせよ過去最高に「ちゃんと歌ってる」。そんでエディのギター、キレッキレじゃん!70年代の全盛期そのままじゃん! 80年代、つまり1984年のVan Halenでも、こんなちゃんとした演奏は無理だったと思う。つまり、80年代の頃の彼らは最高に楽しいけれど最高にとっちらかった演奏をしていたと思うから。仲違いの真っ最中だった1984ツアーはなおのこと。そしてウルフィー君のベースがとんでもないことがこれでよりはっきりしてしまった。ベーシストらしさだの経験だのなんだの言う前にモノが違う。多くのパートでマイケル・アンソニーと同じ音程で歌っているにもかかわらずなぜコーラスについて批判があるのかもわからない。俺にはこれは年月を経てやっと最高の形で演奏されたいちばん正しい形のVan Halenに思える。サウンドもすげえ。こんな楽しいPanamaは過去のどのライヴ音源やブートレッグにもなかった。もし俺の耳がおかしい、っていうんなら(まあ、色とか視覚でさえ人によってぜんぜん捉え方違うってわかったところだし)、きっとこれは俺のために作られた最高のライヴ盤なんだよ。最高のVHのライヴ盤が、日本でのライヴで、デイヴはへんな日本語を連発し、しかもその場に俺も居合わせただなんて、Full Circleにも程がある!!!!!
こちら

No(4350)

■…2015年 3月 4日 (Thu)…….必殺ノーガード奏法
親しい人は知っていると思いますが(親しくなくてもしょっちゅう書いてるのでバレバレだとは思いますが)、僕は2、3年くらい前から日本のハードロックバンドEarthshaker(アースシェイカー)の大ファンです。

いや、70年代、90年代、2000年代と、それぞれに好きな日本のバンド/アーティストいるんですが、80年代はジャパメタとかいろいろあるけれど「これが本気で好きっ!」みたいなバンドいないなー、と思っていたので、80年代のバンドちゃんと聴こうと思い、いろいろ聴いていく中で、あまりに王道ではありますが、アースシェイカー聴いたら、予想をはるかに越えて良くて、なんかいろいろな理由で好きになり、ファンになってしまった次第です。

そういえばもうすぐアースシェイカーの新譜が出るようですが、
それとは関係なくまた暇つぶしのギターについての独断と偏見のひとりごとを書きます。

アースシェイカーが好き、ということは、当然にアースシェイカーのギタリストであるシャラ氏のことも好きなんですが、
そうはいっても、単純にギタリストとして、シャラさんのことが好きか、と言われると、ちょっと難しいところです。

それは、僕はアースシェイカーが好きというのは、どっちかというとシャラもですが、マーシーが結構好きだったりするので。
僕が思うにアースシェイカーはマーシーだと思うんですね。
それは、たとえばギタリストがバンドの主導権を握っている、とか、ヴォーカリストがバンドの人気を担っている、とか、そういうワンマン体制ではなく、アースシェイカーは良い意味で、それぞれが4ぶんの1ずつ平等にバンドを担っていると思うんですが、僕はその中でも、決め手になっているのはマーシーではないかと思うからです。

なので、バンドとしてのアースシェイカーが好きとはいっても、シャラ単体で、ギタリスト、または人間として、好きか、というと、回答が難しいのです。

80年代のメタルギタリストということでいえば、僕はたぶんアンセムのHiroya氏が結構好きなんですね。これも理由はいろいろあるんですが。

さてこれはまた長い前置きだったんですが、
ギターの話ですね。

シャラさんは、その長いキャリアの中で、いろいろなギターを使っています。

なんでも、最初は白いフライングVだったらしいですね。白だったかな。シャラ氏か二井原氏のブログを見れば書いてあると思いますが。

それで、デビュー時は、レスポールカスタムがメインで、そして、アリアのフライングVとか、80年代にはアリアプロを使っていたのではないかと思います。

90年代に入ると、Killerを使うようになりますね。
それでもって、時代に合った、よりいっそうヘヴィな音を出していたわけです。

それで解散し、再結成後は、何を使っていたのかな、
でも、2000年代の前半はHamerを使っていたようです。
HamerのStudioというのか、アーチトトップのサンバーストというのか。
まあレスポール系ですよね。

で、2007年頃から、アルバムでいうと”Quarter”から、Fujigenを使うようになるわけです。
そして、今ではシャラさんといえばフジゲン、という感じですね。

で、ここからが本題なんですが、僕は、個人的には、フジゲンのギターが、あまり好きではないんです。

もちろん製品として高いクオリティを持ったギターだと思いますし、とてもしっかりした実用性の高い楽器だと思います。
ここで言うのはあくまでレスポールの話なんですが、けれども僕は、今までに、何本か、そうはいっても4、5本ですけど、フジゲンのレスポールを弾いてみて、良いと思った試しが無いんですね。

もちろん、レスポールというのはとても奥が深く難しい世界なので、レスポールに何を求めるか、とか、どういう方向性のレスポールが欲しいか、によって意見がぜんぜん違うとは思いますが。

フジゲンのホームページとか見ると、シャラさんの使っているシグネチャーモデルは、めちゃめちゃ高い値段のやつです。
なので、一度、シャラさんのモデルを、弾いてみたいなあ、とは思っているのですが。

そんな感じで僕はわりとフジゲンについて印象がよくないんですが、でもシャラさんは、インタビューとかで、フジゲンのギターを絶賛しているわけです。

それに、これまでも長いキャリアの中で、Hamer(僕も好きです)などを含む素晴らしいギターをたくさん弾いていたシャラさんが絶賛するのだから、悪いわけはないと思うのです。

では、実際に、シャラさんの鳴らすフジゲンの音はどんなかというと、まあアルバムでいえば”Quarter”以降なんですが、なんというか、言葉にしづらいのですが、かなり強烈な音です。

ヴィンテージ系レスポールとかの音とも違う、鳴っているけれども、ちょっと元気が良過ぎるというのか。音作りやピッキングなどのせいもあると思うんですが、ちょっと他に無い音だと思います。これが似てる、とかそういう例えようがあんまり思いつかない。 (それはそれで、よく考えると実はすごいことです)

で、僕はフジゲンはあまり好きではないのですが、なぜシャラさんが、フジゲンのシグネチャーを愛用しているのだろうか、と、ずっと考えていて。

まあ、その答えは、自分自身でシャラさんの高いシグネチャーモデルを弾いてみるまではわからないのではありますが、

先日、ふと考えていて、はっと思い当たることがありまして。
その仮説をここに書いてみたいと思った次第です。

シャラさんは、デビュー当時から、かなり独特のサウンドと、独特のプレイをするギタリストだったと思います。
まあ、プレイスタイル自体は実にオーソドックスなのですが、音の出し方が、ひとつひとつねばっこい、というか。ギターの「鳴らし方」ということについて、相当にこだわりがある人なのではないかという気がします。

アースシェイカーの、特に初期の録音なんかは、録音自体が生々しい感じの方向性ということもあり、ギターも非常に生々しく鳴っています。
そして、なんか、非常のストレートに、生々しく、鳴りまくるギターだと思います、シャラさんのギターは。
粘っこいソロプレイもそうですが、がーん、と思いっきり鳴らすバッキングのコード一発に、いちばんシャラさんらしさを感じます。

で、わかりやすく言うと、同時代のヘヴィメタルギタリストは、一般には、ミュートすることによって、ギターの鳴りをコントロールして、タイトかつ、キレのあるヘヴィメタルサウンドを出すと思います。他には、ドラマーがオープンリムショットを打つように、ピッキングにハーモニクスを自在にブレンドしたりして、鳴りのタイトさをコントロールする、とか、メタルギタリストはみんなやってることだと思います。

たとえば同時代のメタルギタリストの代表であるLoudnessのタッカン氏なども、そういった、コントロールされたピッキングでソリッドなサウンドを出しているわけです。

ところが、シャラさんの場合、そういったコントロールとかをせずに、ずがーん、と、鳴らし切っちゃうんですね。僕の耳には、なんだかそういうふうに聴こえます。
よくよく考えてみると、こういう鳴らし方をするヘヴィメタルのギタリストは、あんまりいない。

この、ノーブレーキ、ノーガード、なんというのか、ノーガード奏法とでも呼びましょうかね、
これって、言葉にすると簡単なようで、実は相当に難しいことのように思います。
一切の迷いなく、かつ無駄な力や無駄な動作もなく、一切ノーブレーキで鳴らし切る、そのコードの一音、一音、と言いますか。

言葉でうまく説明できないのでこのあたりであきらめますが、
こと、そういう意味において、たとえテクニック的にはタッカン氏の方がシャラ氏よりも2、3段上であったとしても、ことギターを「鳴らす」ということにかけては、その意味で、シャラさんの方が、一枚上なのかな、と僕には思えます。

それは、そういう鳴らし方をする人が、他にあまりいない、という個性の意味合いでも言えることです。

で、そういった、ギターを「鳴らす」ということについて、
人一倍、こだわりや感性を持っていたシャラというギタリスト。

このことに思い当たると、彼がなぜ、キャリアの終盤に於いて、このフジゲンのギターに出会って歓喜したのか、なんとなく見えてくるような気がしたのです。

シャラさんのギタープレイというのは、
まあ、リフを弾いたり、アルペジオ弾いたり、当然するんですが、
案外と、素直にコート弾いたり、素直にパワーコード弾いたり、そういうストレートな内容が、意外と多い。曲のバッキングの話です。

それは、アースシェイカーが基本的にはマーシーのヴォーカルを中心とした歌モノの音楽性であったことや、80年代中盤以降は、キーボードを加えた編成だったから、とう理由もあると思います。

しかし、けれども、彼の独特の「ギターを鳴らす」という感性の中では、ストレートにコードを鳴らすことに終始せざるを得ない何かがあったのではないかと思うのです。

では、ギターをフジゲンに持ち替えた以降のアルバムで。
そう思って聴くと、確かにシャラさんのプレイスタイル、楽曲の構築スタイル、若干変わっています。
より、単音のリフにしても、アルペジオにしても、より自在にスタイルが広がっている気がします。

そして、その単音リフにせよ、コード弾きにせよ、おや、なんと、そう、「コントロールをかけて」ピッキングしています。
もちろん、全部ではないですが、かつてのように一曲ぜんぶ通して「ノーガード奏法」で弾き倒すのではなく、ノーガード奏法の「ずがーん」は一部のみで、基本的にはコントロールされたピッキングで「メリハリ」を付けています。

これは、そう、そういうことですね。
つまり、シャラさんにとって、フジゲンは、「ノーガード奏法」をしなくても、シャラさんにとって「望んだ音」で鳴ってくれる楽器であった、ということを意味すると思うんです。

だから、シャラさんは、フジゲンの楽器を持ったときに、「やった、これで音楽的により自由になれる」という感じだったのではないでしょうか。

あるいはまた同時に、「ずがーん」と鳴らしたときの音が、いちばんシャラさんの望む音に近い、「ずがーん」に答えてくれる楽器だったんでしょうね。

たぶんシャラさんは、「ずがーん」と鳴らさずにはいられない、というか、「ずがーん」と鳴らないと嫌な人なんだと思いますね。だから、自分で「ずがーん」とやらなくても、そういう音質で鳴ってくれるフジゲンのギターが、新しい扉を開く福音になったのではないかと思います。

で、さきほど「メリハリ」とわざわざ括弧をつけて書いたのは、それは実は、あんまりメリハリ、ついてないからです。
ミュートしたりコントロールされたピッキングで弾いても、今のシャラさんのフジゲン、やっぱり「そういう」音で「ずぎーん」と鳴ってるんですよ。ちょっとうるさいくらいに。

だから、実は意外とメリハリついてない、というか。
でも、それが気持ちいいんだと思うんです、シャラさんにとっては。

と、ちょっと思い当たったんですが。
まだ仮説です。
仮説に過ぎません。

なので、いつか、弾いてみたいんですけどね。
フジゲンのシャラさんモデル。
なかなか見かけないんですよね。楽器屋さんに言っても。
同タイプのもうちょっと安いやつですら、なかなか見かけない。

でも、ほんとに、他に同じような音が見当たらないような、
他で聴いたことのない音なのは確かなんです。

ライヴでも一度、見ましたが、ちょっと大きめの会場だったし。
ライヴハウスで見る機会があれば、もうちょっと。
アルバムで聴ける音から想像する限りでは。
俺にはレスポールカスタムのお化けに思えます。

デビュー時に使っていたレスポールカスタムはやはり、シャラさんにとっては原点でしょうから、きっと。

とりあえず、リンク先の曲は、2011年のアルバムからですが、
そのシャラさんらしいピッキングと、フジゲンの音と、メリハリの部分がわかりやすい曲だと思います。

こちら

No(4351)

■…2015年 3月10日 (Wed)…….峠の向こう
また趣味的なギターに関するトークなんだけれども、
T’s Guitarsってブランドのやつを一本試してきた。楽器屋さんいつもすみません。

僕はもちろんDeviserさん(Bacchus、Momose等)のファンであるので、
作りの良い国産ギターってのはわりと「あり」だと思っているのだけれど、
(日本製だからクオリティ高いってのは神話に過ぎないと思うけれど)
T’s Guitarsってブランドも気になっていた次第。
作っているのは長野県塩尻市。クリスチャンの人には三浦綾子さんの小説でおなじみの地名。Deviserさんとことは、それこそ、「峠」をへだてて向こう側、という感じか。
(つって地図見たら、峠どころか線路へだてて向かいのようだ)

以前、Sugi Guitarsさんとこの高いレスポール系を試したことがあったけれど、もちろん悪くなかったけれど、うん、なんというか、という感じ。
ただ間違いなく高級な音してたし、それなりに鳴ってはいたし、ライヴで対バンのしたバンドのギターさんがSugiのボルトオンのコリーナモデル弾いてるの見たことあるけど強力に鳴ってたし。いい楽器なのは間違いない。

ただセットネックのギターというのは、そんなに作るのが難しいのか。
本当の意味で「鳴る」セットネックのギターには、それこそ、自分の好きなBacchusの一部のモデル以外では、滅多にお目にかかったことはない、
(手持ちのHamer、そしてネットで見たHeritage、とか)
なんて書いても、僕のほんの小さな、ギターについて本気で考えるようになったここ2年くらいの、狭い経験の範囲なんですが。

その意味では、今日試したT’s Guitarさんのセットネックのやつは、まあArcってモデルらしいんだけれど、ずいぶん鳴っていた。

ボディ材はホンジュラスマホガニーいわゆる本マグロ、じゃなくてホンマホ、らしいので、ホンマホの「あの音」がする、「あの音」っていうのは、知らんけど、たぶん想像するに、古い録音とかFleetwood MacにおけるPeter Greenとかもそうだけれど、フルレンジで飽和してぱきーんと言っている「なんか凄みを感じる」あの音だ。
僕のBacchusはアフリカンマホガニーなので、そのあたりはちょっと違う。もう少しだけやわらかくて、ミッドに厚みのある音になる。ホンマホの「凄み」とはまた違うのだけれど、ぶっちゃけ守備範囲はこっちの方が広い気がする。どちらがいいとかは、言えない。ただ俺はヴィンテージというよりは、今の、そして「未来の」音を鳴らしたいから・・・。

ウェブで古いカタログ情報を見ると、10年くらい前まではバッカスさんでもホンジュラスマホガニーを使っていたようだ。今はたぶんMomoseの高いモデルでしか使っていないと思われる。ヤフオクとかで古いBacchusのDukeとか入手したらお得かもしれない。

けれどこのT’s GuitarsのArcはチェンバー加工されているようで、それで重さの面や鳴りの面でも、そのヴィンテージに近付けてあるのだろうと想像する。(昔と材が違うんでしょ、聞いた話では)

冒頭にSugi Guitarsのことを書いたけれど、なんかやっぱ印象としてこのT’sさんとこのArcも、Sugiさんとこのアーチトトップセットネックのやつと同じような傾向の印象を受ける。だが、正直、鳴りはこっち(T’s)の方がいい。俺が試したやつで、俺の印象ではそうだった。

高級っぽい音になるし、そして今っぽい実用的な音にはなる。
上から下までばっちり鳴っている。
プロが仕事の現場で使うにはこれ、って感じはめっちゃする。

だが。

この「だが」以降はうまく説明できないし言葉にできない。

でも、なんというか、「誰のために作っているのか」「何のために作っているのか」そのあたりになるんだと思う。

方向性というか、でなければ、楽器そのものが持つメッセージというのかな。

ボディ鳴りの点では初めて、DeviserさんというかBacchusの良いやつと同等の実力を持つギターに出会ったけれど、結論からいうと僕の中ではやはりBacchusの方が良いし、これは少なくとも僕向けではない。

そして、間違いなくT’sさんとこのギターは、今回試したこれは、間違いなく素晴らしいクオリティの楽器だった。
が、Deviserさんは、この半分以下、下手すると3ぶんの1以下、の価格で、これと同等、ないしはそれ以上、の仕事をしてしまう、というのも事実だ。

でも高級な音が欲しいのであればT’sやSugiさんの方が良いと思います。

(Sugiさんとの比較では、セットネック同士で比べた限りでは僕の中ではT’sさんの方が評価が上に来ました。)

Bacchusの楽器にはそういう演出はあまり無いと思われるので。
Dukeとか、どストレートだもんね。
Momoseになると少しはあるかもしらん。
そういう演出。

俺が以前からわりっとEpiphoneが嫌いじゃないのは同じ理由だと思う。
余計な演出が、基本ない。
安いゆえに。
だから実用性は高くなってしまう。
オリジナルな表現を求めてバンドやる人たちにとっては。

先日見た、Judas Priestのグレン・ティプトンが、
ギターぜんぜん弾けなくなってるにもかかわらず、
その演奏と、長年愛用しているHamerが彼を支える様子が、
感動的だったというお話は、
また後日。

若いうちは、良い楽器なんて必要ない。
でも、歳をとって弱ってきたら、
そこで初めて、良い楽器というものが必要になってくる。

んだと思うんだ。きっと。

No(4352)

■…2015年 3月17日 (Wed)…….Skylarking
つごう4曲のデモを仕上げた。
うち1曲はソルフェイ用。
2曲はジーザスモード用。
残りの1曲はImari Tonesの課外活動用といったところ。
課外活動というのは、つまりヒップホップなのですが、
ヒップホップのトラックつーのか曲を書いたのなんていつ以来だろう。
曲自体は2013年の夏に書いたものだけれど、やっと録音する時間がとれた。
あとは誰にラップしてもらうかという、そこの問題です笑。
リスナーとしては90年代のヒップホップをたまーに聴くくらいのカジュアルリスナーだけれど、うーん、思い出すと、ひょっとして高校とか大学とか、学生のとき以来じゃないのか。きちんと曲としてヒップホップ的なトラックを録音したのは。
しかし今回の曲はどれも「友人に投げる」形で作ったものだ。どれもわりと出来は良いと思う。それぞれに、投げた相手がそれを採用してくれるかどうかはわからないが。
こういうふうに渾身のストレートを友人たちに託して、というのは、なんかずいぶんと死亡フラグが立っている気がする(苦笑)
まあ自分があとどれくらい生きられるかは自分の体とか心臓に聞いてみればわかるようなものだけれど、僕だっていつブッチャーズ吉村氏のようにして死んでしまうかはわからない。
何度も言っているように、Imari Tonesの今年発表する作品というかアルバム、その次の作品が「日本の歴史をクリスチャン視点で見たコンセプトアルバム」(しかも結構がちがちにヘヴィメタル笑)になっているので、その作品を完成させて発表するところまでは生きていたいと強く願っている。
その先の音は・・・なんとなく見えちゃいるが、果たしてこの世で鳴らせるような音だろうか。天国行って鳴らせばいいのではないだろうか。もし鳴らせるんならそれは「この世の天国」ということだろう。もしその音を鳴らせる日が来たとしたら俺は全身投げ出しひれ伏して神に感謝するだろう。(まあ今でもすでにそんな感じだけれどね)
とりあえずはXTCを聴きながらコーヒーを飲むことにする。
こういう時間がやっぱり大事だと思う。

No(4353)

■…2015年 3月17日 (Wed)…….justtrustgodandjump
インスタに書いたやつ素敵なので
こちら

So here’s a choice. You will be rich&famous but no other dream of yours will come true. Or, you will never be rich or famous but all your dreams will come true. When I think of that ‪#‎mylifeisnotsobad‬ ‪#‎justtrustgodandjump‬ ここに選択肢がある。金持ちで有名になれるけど、その他の夢は叶わない。もしくは、金持ちにも有名にもならないけど、夢見ていたことは全て実現する。そう思ってみると、僕の ‪#‎人生はそんなにわるくない‬ ‪#‎信じて飛び込め‬ ‪#‎神を‬ ‪#‎そして自分を‬ ‪#‎souloffaith‬ ‪#‎solfai‬

No(4354)

■…2015年 3月17日 (Wed)…….Woody卒業ライヴ15March2015
この前の日曜日は町田Nutty’sにてソルフェイのライヴでした。
昨年以来、ソルフェイのオオハラ氏と知り合い、またソルフェイにも中から外から関わるようになり、町田に来ることがずいぶん増えた。Nutty’sもずいぶんおなじみになってしまった。
ソルフェイは、リードギターのウッディくんの卒業ライヴであった。ウッディくんは、しばらく音楽活動自体を休止することになる。そうはいってもあくまで「休止」なので、早晩戻ってこいよ、という気分ではみんないる。まあ未来のことは誰にもわからない。
昨年2014年はソルフェイにとっては非常に充実した飛躍の年であり、バンドとしての活動の軸とかアイデンティティが確立された年であったと思う。その中心にウッディくんはいたので、ウッディの抜けたソルフェイがこれから何をどこまでやれるのか、非常に気がかりではあるが、気にはしても、心配はしていない。

昨年年末12月に行ったライヴに引き続き、5人体制のソルフェイとしては2度目のライヴであったが、そして12月と同様に僕はリズムギターを担当したけれども、5人体制での最強ラインナップのソルフェイもこれで当面最後になってしまうわけだ。

自分は昨年、ソルフェイ手伝おうかなっと気軽に参加して、正式メンバーとかサポートがどうとかあまり深く考えずにお手伝いを開始したのだが、自分はベーシストのつもりで加入し、そしてドラムも叩いたけれど、まあ11月のツアーにおけるアコースティックギターは望むところであったけれど、エレクトリックギターでの参加というのは、多少なりとも想定外のことであった。

前回そして今回は5人体制ということで、またリズムギターということで着実に仕事をすることに徹して参加し演奏をしたが、今後、ウッディのいなくなった後のソルフェイは、どのように活動していくか、メンバーの在住地の距離感などもあり、フレキシブルな活動になると思うのだけれども、僕としては「ソルフェイが存続するためのお手伝い」をする気は十分にある。が、自分もいろいろと余裕があるわけでもなく、また今後はよりいっそう状況に余裕がないので、コミットメントできることはなにもないのだ。

またもしウッディに代わりリードギターのポジションをやることがあるとすれば、それはベースやドラムを担当するのとは違い、自分のプレイヤーとしてのエゴが前面に出て来てしまうだろう。そもそも演奏技術うんぬんではなくキャラとしてまた人としてウッディの代わりが務まる自信はまったくないし。

だが、そういったあれこれにもかかわらず、僕はソルフェイというバンドの今後についてそんなに心配はしていない。それはオオハラシンイチという男のミュージシャンとしての表現の軸がかなりしっかりしているので、それがある限りはどんな形にせよ着実な演奏活動や創作活動は続いていくだろうと思っているからだ。

自分はそこに「本来の意味で」深くかかわることは単純にやりたくても不可能だと思うが、ウッディが戻るまで、ないしはウッディのように本来の意味でソルフェイになれる人間が見つかるまで、なんらかの力添え、ソルフェイとしての活動と発展のためにちょっと力を貸すことくらいはできたらいいなと思っている。

さてギア的なことをまた自己満足的に書くと、12月と同様にMusicman Axis-EXのギアーを使用した。これはソルフェイのリズムギターはオオハラ氏のストラトの代わりをするのであるから、またバンドの音としても、Fender的な使い方ができるギターというと、手持ちのギターの中ではAxisしかなかったということだ。Axisは本来は「幅の広いハードロック」をやるためのギターだが、スーパーストラト系の一種の究極系として、またその後(Musicman EVHシグネチャーモデル以降)のコンポーネント系ストラトギターの流れにも大きく影響を与えた楽器だと思うが、レスポール的な使い方もできれば、テレキャス的な使い方もできるという便利な楽器なので、かといってまんまそれができるわけではなく、結局は「幅の広いハードロック」という妙にピンポイントなギターであることに変わりはないのだが。
で、12月のときは10年くらい使った赤いやつだったけれど、今回は13年目に入ったピンクのやつでいきました。
まあ13年使い続けて、どメインであった時期が(2002-2008)あり、どメインの座をゆずっても常に身近に作曲や録音や練習に使い続けていて、いまだにばりばり使えるっていうのは、それはすでに十分に良いギターだということだよね。

で、またもジャズコで鳴らさなくてはいけないので、足下はCranetortoiseでいきましたが、予告どおり懸賞で当たったボリュームペダルを実戦初使用してみました。アーニーボールのJrっていう普通のやつ。ああでもやっぱこういうシチュエーションでは便利だねボリュームペダル。僕みたいなシンプルなセッティングでは別に音やせとかもそれほど気にならんしね。そもそもライヴの場でそこまで小さい音痩せを気にする必要がどこまであるかっていうとそれはそれだし。あとは曲が終わった後にスマートにフェイドアウトできるのがいいね(笑) 手元のノブだと弾き終わった姿勢によってどうしてもがさがさ、って言っちゃうからね。

さてウッディくんの卒業ライヴという特別な場だったわけだけれども、そんな特別なライヴに参加することができてとても嬉しかったし光栄だった。
そのハッピーな気持ちや、ハッピーな状態や、ハッピーな出来事に関しては、昨日ポストしたインスタの写真に気持ちが表れたと思う。

俺はね、もし世界が終わるのだとしたら、その残りの日々を、どう過ごしますか、と聞かれて、たぶん選んだのだと思うのだ。自分に出来る限り、身近にいる人たちを愛するということを。

んで、また、ナルシスト感満載の自分のかっこよく写っている写真をどばっとアップしておきます。(笑)

No(4355)

■…2015年 3月19日 (Fri)…….グレン・ティプトン2015
少し前の話になってしまうが、今月の上旬にプリーストを見た。Judas Priestだ。
武道館ではなく、追加公演として組まれていた六本木のやつだ。日本の公演の中でも一本目のやつだった。

もともと見る予定もなかったし、見るつもりもなかった。
けれども例によって嫁さんが、なんだかどこかから、安くチケットを見つけてきたということで、連れていかれた。ありがたいことこの上ない。

そもそも昨年出たプリーストの新譜、”Redeemer of Souls”なんだけれど、
何度も言っているけれども僕は大して期待していなかった。
けれども、蓋をあけてみたら予想以上に良いというか、まあ確かに新鮮な驚きとか新しさとかそういうのは一切ないんだけれど、内容が普通に充実しているという好盤で、実のところ正統派ヘヴィメタルとかプリーストらしさという点で考えると間違いなく名盤だったので、聴き込むうちにだんだん良く思えてきたのも確かであった。

で、そうはいっても、いくら僕はプリーストが好きだといっても、
いくら僕がそもそもヘヴィメタルというかロックというかバンドというもの自体、いちばん最初に恋に落ちたのがプリーストだったというか、プリーストからメタル、というよりもロックに入った、という事実があったとしても、

そうであったとしても、現時点でPriestは「わくわくするような最先端の音楽を聴かせてくれるバンド」ではまったくないので、
そして何年か前の「フェアウェルツアー」も見ていたこともあって(ありがたいことです)、
今回別に見なくてもいいなと思っていたのだけれども、
そういった次第で見ることができてしまった。

で、結果から言うとこれが素晴らしいコンサートだった。
どのくらい素晴らしかったかというと、
なんというか、小さなライヴハウスで見ることのできるインディ系のバンドのライヴは別として、こういったおおきめの会場で見るメジャーな大物のコンサートとしては、あるいは今まででいちばん良かったかもしれない、というくらいに良かった。少なくとも、客観的に見たショウや演奏の質という意味では、いちばん高かったように思う。

まあそうはいっても僕のAll Time FavoriteであるVan Halenと比較することはできないし、Van Halenとは音楽のタイプも違うので。(どちらかというとVan Halenみたいなロックンロールはとっちらかってナンボであり、またどちらかといえばとっちらかる様子を見に行くのであって、「きちんとした演奏」とか「まとまりのあるショウ」を見に行くわけではないので。) (まあでも敢えてVan Halenと比較するのであれば、Priestには「ヘヴィメタル」というキーワード、概念があり、その「ヘヴィメタル」という概念に殉じることができるという意味でPriestは偉大なのかな、と思う。じゃあVan Halenは何に殉じているのか、というと、またもっと大きなものになってしまうと思うのだけれど、それはそれ。)

まあ実際に見た会場も追加公演の六本木だったので、アリーナとかではなく至近距離で見れたのもまた良かったのだけれども。

で、聞くところによるとやはり今回のプリーストのツアーは非常に評判がよく、各地でファンの良い反応が聞かれる、と。非常に内容の充実したツアーであったらしい。

ポイントはいくつもあったと思うけれども、
まずはロブ・ハルフォードのヴォーカルが非常に調子が良かったこと。
もちろん全盛期と比べたら元気とかエナジーとかは劣るのだろうけれども、これまでの何度かの経験から、ロブきっとまた声出ないんだろうな、じいさんだからしょうがないよな、と思ってのこのこ見に行ったら、まさかの声でまくり、おいおいこれじゃ全盛期じゃねーか、というくらいのハイトーンぶっとばしっぷり。キャリア終盤のこの歳にして、この人は化け物か、というくらいのヘヴィメタルの権化たる伝説のシンガーの実力を垣間みた。もちろん後半は多少疲れて来てはいたけれども、それでも表現力も含めて充実の歌唱。アンコールでPainkillerまでやってしまうのが、今回のツアーでのRob Halfordの調子の良さを物語っていると思う。そして、若い頃ほどではなくても、ステージを堂々と動き回り、そのステージプレゼンスというのか存在感も素晴らしかった。
それなりに前の方で見れたので、曲の見せ場でのスクリームをロブが目の前でやってくれたりして大興奮でしたよ〜。(もちろん一緒にスクリーム笑)

そしてリッチー・フォークナーの奮闘っぷり。
前回のEpitaphツアーでは、がんばってはいるけれど、やっぱ違和感はあるよね、という感じだったけれど、やはり一緒にアルバムを一枚作り、リッチー君の色みたいなのがわかってくると・・・・それでもやっぱり違和感はあったんですが(笑) でもこの人が今このバンドに居なければいけない必然性みたいなのはあらゆる意味ですでにわかっていたし、世界中のファンの皆様もそれは同様だろうと思うので。この若武者が今、Priestを背負って立っているんだ、という。ヘヴィメタルの宿命的な。で、弾きまくりのリードプレイ、ギターソロにしても、前に見たときよりもPriest色というのかヘヴィメタル指数がアップしていて、「ザックとダグを足して2で割ったような流麗ないまどきっぽいプレイをするギタリストがなぜかプリーストでギターを弾いている」という違和感はだいぶ薄れたかと。

でまあ、セットリストというか選曲もまったく僕好みだったり、小さめの会場から何からふくめて、ほとんど自分のためのコンサートですか、というくらいの気持ちだったけれども(笑) いろいろな意味で、このいよいよ最後になる可能性が高いツアーにおいて、ようやく、いや、ここへ来て今だからこそ、の本来のプリースト、最高の状態のプリーストを見ることができたのは本当に奇跡だなと。

もちろん今までも、Judas Priestの来日公演を見たことは過去に何度となくあったのだけれど(どれも21世紀になってからだけどね)、やっとここへきて、この最後のタイミングで、いちばん充実したプリーストを見ることができたのだなあ、と。
キャリアの締めくくりにふさわしい堂々たる内容の完璧なコンサートでありツアーだったのではないかと。

で、グレン・ティプトンですよ。Glenn Tipton。
で、どう考えてもこのツアーは、Glenn Tiptonだったと思うのです。

で、俺はこの人のギターにしびれて、自分もギターを弾こうと思ったので。14歳くらいの時に。
もちろんその後、いちばん好きなギタリストといえばやっぱりEddie Van Halenというふうになってしまったけれど、グレンは僕の永遠のギターヒーローであることに変わりはないというか、なんか言葉にして書くのも恥ずかしいくらいの感じで。

で、コンサートの前の週に、都内某所のファンの集いのような会にお邪魔させてもらっていたのですが、そのときにツアーの他所の国での映像とか見て、おいおいなんだよグレンすごいよぼよぼだな、というか、大丈夫、くらいの感じだったのですが、

生で間近に見たらもう何を言うまでもなくすぐにわかる感じなんだよね。
今のグレン・ティプトンって。
で、よく知らないけれどこれはもうファンの人たちの間でもすでに暗黙の了解なんじゃないかなって。

で、ああ、そうかひょっとして、K.K.が脱退というか、身を引いたのも、あるいはそういう理由なのかもしれない、って思ったし。(だって、ファンとしては、仲違いとかビジネスの問題とかケンカ分かれで脱退、というよりは、熱い男の友情とか、ファンとバンドを愛するがゆえのいさぎよい男の決断とか、そういうのが理由だったと思いたいじゃない。)

手元を見ればすぐにわかると思うんだけれど、ちゃんと弾いてないんだよね、かつてのように。かなり簡略化して、最小限だけのリフを弾いてる。そして、それもわりと、おぼつかない。

だから、もう心配しながらそんなグレンを見守っている、っていう、そんな感じなのだと思う。ファンの皆さんも。

ほとんどステージ上で動かない、っていうのもそうだけれど、ライヴが終わった後ね、ピックを投げるじゃない。リッチー君も、イアン・ヒルも、客席に向かってピックをじゃんじゃん投げる。けれど、グレンは、投げない。投げないで、どうするか、っていうと、ステージ前列まで歩いていって、いちまいいちまい、ファンに手渡すわけだ。これがどういう意味なのかは、見ればわかると思うんだよね。言葉にして書くのもきついくらい。

だから新譜で、ギターソロのほとんど8割くらいをリッチー君が弾いている理由もこれで納得できるし、今のプリーストにリッチー君がなくてはならない理由もよくわかる。そして、演奏上の理由ではないところで、K.K.にはその役割は無理だったこともよくわかる。

ただ、今のプリーストが凄いのは、そんな状態であっても、こんなに凄いショウをやるところ。いや、あるいはそんな状態だからこそ、皆が奮起して、こんなに素晴らしいショウが出来るのだろうか。なんか、いろいろな意味で目頭が熱くなるんだよね。

そして、グレンが弾かなくてはいけないソロがあるじゃない。
これがGlenn Tiptonだ、っていう名刺みたいな、代名詞的なソロが。
それは、ちゃんと弾くんだよね。やっぱり。
代名詞的なソロで、しかもそんなに速くないやつ。

もちろん、かつてのようなキレとか、表現力とか、速さとかは一切ないわけだ。
だけれども、それでも心を打つ。
これは、なんだろう。

たとえば、演歌歌手とか、ロックシンガーでも、まあいつも言うようにアースシェイカーのマーシーとかもそうだけれど、歳をとって、衰えて声が出なくなったり、年齢を重ねた声になっても、だからこそ胸を打つパフォーマンスになる、ちょっと演歌の世界だけれど、そういうシンガー、歌手は見たことがあるけれども、

ギタリストで、そういう例を見るのは、これまでそんなになかったので、
言葉にするのもおこがましいけれども、とても貴重な経験であり、貴重な勉強の機会だった。

自分にヘヴィメタル、ロック、そしてエレクトリックギターというもの、その魅力と、魔力を、最高の形で教えてくれた、自分にとってかけがえのないギターヒーローが、
こんな形で、目の前で、演奏している姿を見るなんて、
なんだか不思議で、いろいろな意味で感慨深かった。

あとそうだ、ギタープレイヤーとしては。
もうひとつnotableというか、特記しておかなければいけないこと。
それは、Glennが使っているギター。

Glennはいろいろなギターをキャリアを通じて使っているけれども、
80年代の半ば頃からは、主にHamerを使っている。
そしてHamer (Hamer USA)がどれだけすごいギターなのかは、
僕も身を以て知っているつもりではある。
もちろんPriestが全盛期においてその凄まじいヘヴィメタルサウンドを作り上げるにあたって、Hamerのギターがどれだけの役割を果たしてきたか、ということも語ることはできるけれど、
そうはいっても、楽器などというのはしょせんは道具だ。
実力のあるミュージシャンであれば、どんな楽器であっても素晴らしい演奏ができるし、素晴らしい音楽を作ることができる。(そしてそもそも、ロックンロール、そしてエレクトリックギターというものは、たとえ安物のジャンクな楽器であったとしても、鳴らすことのできる音楽であり表現だ。) それは全盛期のGlennもそうだったと思う。

だけれども、こうして年齢を重ねて、いよいよ往時のような演奏ができなくなってきたGlenn。そのGlennに対して、このHamerが、寄り添うようにして力を貸しているのを、僕は目撃した。

そして理解したのだ。ああ、良いギターとか、鳴るギターとか、そんなもんは、若いうち、元気のあるうちは、必要ない。けれども、いよいよ歳を取ったり、上手く弾けなくなったり、弱ってきたら、そのときこそ初めて、良いギター、鳴るギターというものが、必要になるんだな、ということを。

Hamer USAのような「鳴るギター」を見つけるのは決して簡単なことではない。Hamerというブランド、会社はもうないし、いろいろな意味で、現在のマーケットでGlennのニーズを満たすギターなんて探すのは難しいだろう。
きちんと鳴るギターではなければ今のGlennは支えられない。
そして、彼が長年愛用してきたHamerだからこそ、長年連れ添ってきたHamer (Phantom GT、そしてオリジナルシェイプのGT)だからこそ、今の彼を支えることができるのだ、という、
その楽器とプレイヤーの関係性のロマンを、僕は目撃したように思う。

とにもかくにも、まさかここへきて、こんな良いものを見れるとは思わなかった。
Judas Priestすげえ。
そしてヘヴィメタルというものを、また考えさせられたし、ヘヴィメタルというものを、見せつけられたし、とくと見てきた。

ロックが、そしてヘヴィメタルが、
これからどこへ向かうのかわからないけれども。
道を示した人たちがいる。
道はいつでも、そこにある。

なんたってRedeemer of Soulsですから。
Jesus is the Way.

No(4356)

■…2015年 3月21日 (Sun)…….無駄無駄レスポール
FBにすらアップしないと思われる
たんなる気分を紛らわすためのひとりごとなのだけれど、

エレクトリックギターというものは因果なもので
因果というか
なかなか空しい世界で
良いギターとか、良い楽器というものがあったとしても
また、楽器を作る制作家の人が
がんばって良いギターを作ったとしても
あまり報われない
世界のように思う。

たとえば良い楽器があれば良い音楽が作れるかというと
まったくもってそうではない

まあそんなことをいってしまえば
それはエレクトリックギターに限ったことではなく
どんな楽器であれ
クラシックの厳密なところはさすがに別かもしれないが

楽器の突き詰めた良し悪しなどというものは
実際のところ
作る音楽にどれだけ関係があるかといえば
けっこう関係がないかもしれない

そもそもロックンロールなどという音楽は
けっこうジャンクなギターや
ジャンクな楽器でも鳴らせてしまう
そもそもそういうところが
ロックンロールという音楽の魅力だったりする

ではなんのために
良い音楽とか
内容のある音楽とか
良い楽器とか
良い音とかを
追求するのか
無駄ではないのか

そもそもがエレクトリックギターというもの自体
Fenderギターに代表されるように
大量生産の工業製品のようにしてボルトで止めて作ったら
案外良い感じになってしまった、というしろものだ。

そしてあたりまえだけれどみんな言っているように
エレクトリックギターというものは電気で増幅して音を鳴らすものであるから
ギターの楽器としての部分だけでなく
アンプやエフェクターや、ピックアップや、
いろいろな要素が関係するので
楽器自体が必ずしも「良いギター」でなくても
それほど関係がなかったりするのもやっぱり事実だ。

クリスチャンの人は
お茶の水に行く機会が結構あると思うが
(「お茶の水クリスチャンセンター」という施設があるので)
ちょっととあるミーティングの用事があり、
また行ってきた。

そのついてに、またいろいろ楽器店に押し掛けて
嫌がらせのように
ギターやベースを試した。

前から試してみたいと思っていた
ふじげんさんのレスポールっぽいオリジナルシェイプ、
やっと試すことができた。
滅多に見かけないやつだったけれど、やっと。
アースシェイカーのシャラさんが使っているやつと
もちろん価格も内容も違うけれど
形は同じやつ。

結果は、
やっぱり、(メタルの人が考える)レスポールカスタムの
いちばんきれいに作られたやつ、
という感じだった。
まあでもこれでだいたいわかったね。
(自分の好みではないことが)

あとはHamerの90年代と思われるStudioも試すことが出来た。
レスポール系ということで、
もうちょっと筋肉質(?)な音を予想したんだけれど
思いのほか、なんというか、
手持ちのVector Korinaとよく似ていた。
もちろん同じHamer USAなので当然といえば当然なのだけれど
やっぱりこれがHamerの音なのだろうね。
もちろん、バカ鳴りなのだけれど、
なんだろう、このStudioに関していえば、
ちょっといわゆる「俺様はグレイトなアメリカンギターだぜイェイ」という感じの音が、ちょっと鼻について、うざったかった(笑)
なんだろう、音自体は太すぎるのに、意外と鼻につくやわな高音というか。
そんなに主張されても使いづらいよ、っていう。
(なるほどEddie Van HalenはHamerを使っていないわけだ)

手持ちのKorina Vectorは、コリーナのせいなのか、Vシェイプのせいなのか、
その[鼻につく]傾向は最小限に押さえられてる感じがするので、
案外とあの若干ボディの厚いVector KorinaはHamerとしては最適解だったのかもしれない。
それはたぶん、Hamerを象徴するモデルであるStandard (エクスプローラーモデル)もおんなじ感じなのだろう。
音太すぎるから、変形ギターとかフロイドローズのっけたメタルギターくらいでちょうどいい、くらいの傾向があったのかも、Hamerって(笑)

70年代のジャパンヴィンテージもまた試すことができたけれど
素直だし、
セットネックもしっかりしているものもあるみたいだけれど
やっぱりなんだか非力だなあ。
あとやっぱりちょっと貧相というか。
出音はすごく素直で扱いやすいんだけれどね。

結局のところ、
自分はもうすでにギタープレイヤーとしての最終回答とか結論を
エレクトリックギターに関しては
現時点でひとまず出してしまっているのだけれど、

たぶん自分がもうエレクトリックギターを
(なんかしょうがないニーズとか以外で)
入手、購入することは今後そうそうないだろう、
と思うのは

単純に、マーケットつうのか市場に、
まあいってみれば世の中に
手持ちの「最終回答」(いくつかある、笑)を越えるもの、並ぶものが、
そうそう見つからない、そもそもない、
と思われるからだ。

じゃあ予算を一千万円あげるから
手持ちの「最終回答たち」を越える楽器を
探してきてください、
と言ったら、
それは結構、難儀なミッションになると思う。

なんかだんだん、
たとえばじゃあ俺が本物の59年レスポールを手に入れたら
感動するのか、落胆するのか、
わからんけど、
案外こんなもんかと落胆しそうな気がしてきた。
もちろん本音は、未知の衝撃に感動してみたいものだけれどね。

なんでもそうだけれど、
それまでの自分の枠とか概念を破壊するような出会いや体験は
やっぱり快感だし喜びだよね。
ぜひ壊してほしいものだ。

いずれにせよ
僕は今までも長いこと
安い楽器で、
安〜い楽器で、
いろいろな音楽を作ってきたけれど、
それらはみんな間違いなく「自分に合った楽器」だった。

ことロックンロールや、
エレクトリックギターについていえば
高くて高級で品質が良いけれども、自分に合わない楽器
よりも
安くて品質もそれなりだけれど、自分に合っている楽器
の方が結果は上なのだと思う。

それくらい音楽とかロックンロールには
スタイルとかパーソナリティの要素が大きいということか。

で、まあ自分たちが作る音楽にしてもそうなのだけれど、
エレクトリックギターという楽器を作る立場の人についていってみれば
そしてこのエレクトリックギターをいうものの音を追求しようという人からしてみれば

別にそんなにたいして良い楽器でなくても
良い音楽は作れてしまうし
そもそも世の中のニーズとして
そんなに良いギターとか、
必要とされてないし。

そもそも本当の意味で良いギターを作ったところで
世間はそれを理解しないし
それよりもブランドとか高級なんとかとか
そういう資本主義的な宣伝文句とか
そういうものに人々は集まるし

ていうかそもそもエレクトリックギターなんていうものは
適当に作られたボルトオンの楽器でも十分に機能するし。

そんな中で
なぜ、わざわざ、非常に非常に難しい、と僕にはどうしても思われる、
セットネックのギターで、本当に良いものを追求しようとするのか。

いろいろな意味で扱いが難しいギターだと思うのですよ。
レスポールって。

それは、やっぱり、
道、っていうことだけだと思うんだ。

ボルトオンでいいじゃん。
ストラトでいいじゃん。
コンポーネントでいいじゃん。
Jacksonでいいじゃん。

そっちのほうがよっぽど実用的じゃん。

でも、「本当に良い」レスポールを
追求しようとするのは、
やっぱなんか、そこに「道」を示したい、
っていう、

そこの部分、
そこの世界観だよね。

どんな楽器を使うか、っていうのは、
やっぱり世界観だと思うのだね。

No(4357)

■…2015年 3月28日 (Sun)
先に書いたのとかぶってるのもあるけれど、
FBにまとめてポストしたので、それをそのまま記録。

2、3週間ぶん書きためていたギターについてのひとりごとを嫌がらせのようにまとめてポスト。

Sono1

こちら
Bacchus Duke Standardは、不肖恥ずかしながら自分の小さな経験の範囲では、今まで弾いたり試したギターの中でいちばん「全方位に死角のないギター」だ。(自分が弾いたのは2014モデルと思われ。2010年くらいのも試したことあるが。)
ヴィンテージな音も出れば、モダンな音も出る。エモーショナルなプレイもできれば、テクニカルなプレイにも対応する。クリーンも良けりゃ、ハイゲインでも良い。オイルフィニッシュの塗装は素直な音で、素直過ぎてある意味素っ気ないが、ワックスを塗って使い込めば見た目にも音にも艶を出すことができるし(たぶん)、弾き手によってどうにでも育てられる。そしてあくまでクリアでモダンなピックアップの音は、コンピューターに直接プラグインして使うような現代的な使い方においても最大の効果を発揮するだろう。
この写真のFBにポストされたモデルは、YouTubeで人気のあるフランスの小娘のシグネーチャーモデルらしいが、フランスの小娘が弾いてもそれなりに良い音がするに決まっているし、あるいはベテランの大御所が弾いたとしたらやっぱり余計に良い音がするだろう。初心者にもやさしければ、ベテランにも応える。受け皿は広く、プレイヤビリティは良いのに、かといってちゃんと使おうとすると、スペック、その仕様が、使い方として非常に難しく、プレイヤーに謎を投げかける。要するにレスポールだからといって伝統的な使い方にとらわれなければ、もっとこのギターの本質が見えてくるのだと思う。要はこの楽器の中からいかに自分の音楽を紡ぎ出すか、それだけだ。
そもそも生産本数が少ないと思われるので店頭で見かけることは少なく、しかも資本主義の原則に反して、その質から考えて価格も非常に安い。はっきり言って他のブランドの値段の高いギターのように「高級な」音はしない。けれども、楽器としての本質がなんとういか、質実剛健だ。
はっきり言って、この価格でどうしてこんな楽器が作れるのかわからない。もっとも値段が高かっとしてもどうやったらこんな全方位対応のギターが作れるのかわからないが。世の中の資本主義のシステムが嘘を付いているか、このギターが嘘を付いているか、どっちかだ。あるいは俺がすごい勘違いをしているか、世の中がすごい勘違いをしているかのどちらかだ(笑) 仮に俺がすごい勘違いをしているのだとしても、このギターが良い楽器であることに変わりはない。
YouTubeなどを通じてたくさんの人の目に触れるにちがいない、このフランスの小娘(いや、小娘呼ばわりでスミマセン。上手いし、きれいな方です。)のモデルだけれど、またオイルフィニッシュを強調した仕上がりになってるなあ。たぶんちょっとヨーロッパの市場にBuzzを巻き起こすだろう。そして国内でさらに品薄に、とか、ええ。

Sono2

さて、Victoryのビデオも完成してアップし、
またギターについてのひとりごとですが。
前に書いたOrnettsってやつを見つけて、試してみた。
90年代後半から2000年代前半にかけて存在したと思われる日本のブランド、らしい。
で、Bacchusと同じように、低価格で、品質がよく、素直なものではないか、と予想していたのだけれど、
実際に一本試してみて、それはだいたい間違いではない感じ。

HamerのStudio (Sunburst Archtop)と同タイプのモデルだったけれど、
音は素直なキャラクターで好感が持てるし、
ボディ鳴りも優秀だし、優秀なセットネックに特有(と思われる)のきゅんきゅん具合もそれなりにある。
結果、優秀なギターなんだけれども、なんかどっかやっぱ安っぽい。
これはたぶん、作りとか工作は優秀なんだろうけれども、どこかでやはり、高いモデルに比べると、コスト的に削減してしまっているということなのだろうか。木材とかかねえ。

けれども自分の実感としては、70年代とかのいわゆるジャパンヴィンテージのレスポール系と比べると、やはり時代が進んでいるぶん、こっちの方が優秀じゃないかと思った。(ジャパンヴィンテージ系も、今までに3本くらい試しただけだけど)

けれどもやはりコスパとか考えると非常に優秀だし、音は素直なので、かなり好きだし、相当に良い楽器だと言ってしまって良い感じ。でもセクシーな楽器かと聞かれたら、正直ちょっとセクシーさが足りないような。

なんでしょうね。これで3本くらい弾いてみたHamer USAに共通していた音として、太いんだけれども、ミッドに良い香りはしまくりなんだけれども、鳴りまくりなんだけれども、意外と低音がタイトでないというか、低音がばがば、というか。

それとはまた違う方向性で、単純に低音の迫力に欠ける感じ。そこからさらにミッドレンジの色気も取ったら、Ornettsになる感じかな。でも素直で優秀なことに変わりはないんだけれども。

国産Bacchusのレスポールモデルには、そこのタイトな低音が、なぜだかあるんだよね。筋肉質で、タイトに締まる。これは、なんでだか知らん。まあ音とか官能に関してはおのおのが手と脳みそと下半身で考えてもらうしかない、んでしょうね。特に下半身。これ当然。

前にも書いたように、この前弾いてみたT’s Guitarsさんのセットネックモデルも非常に良かったんですが、
あれですね、友人に本気のギタリストが居たとして、セットネックのエレクトリックを本気で勧めるとしたら、

もしある程度、高級な音を出す必要があるのであればT’s、
素の音で勝負したり自分の音を追求したいのであればBacchus、
を勧めるでしょうね。

僕の実感ではこの、線路をへだてて同地域で作られてる2社の楽器は性能的には同じくらいにどちらも良いものだったので。(値段は、Bacchusの方が半額以下ですが)

でも、世の中において、
そもそも音楽というのは人前で鳴らすもので、
人との交流や関係の中にあるものなので、
ほとんどの場合は、ある程度高級な音を出す必要があると思います。
女性が人前に出る場合、ドレスアップして化粧をするのと同様に。

だから現実的にはプロ的に活躍するギタリストの人であればT’sの方がニーズがあるのかな。

でも、そういうの関係なしに自分の音を追求したい、という人にはBacchusの方が可能性が開かれていると思います。

自分は唯我独尊的に自分の道をわがままに追求するタイプなのでBacchusがぴったり来たのだと重い升。

とまあ、でもよく考えると、BacchusのDeviserさんにはMomoseという高級ブランドがあるので、
もし僕が「人前で高級な音を出す必要がある時」にはきっとMomoseを使うんでしょうけれど。

それでも値段は他の高級ブランドよりもずいぶん安かったりして。

Sono3

FBにすらアップしないと思われる
たんなる気分を紛らわすためのひとりごとなのだけれど、

エレクトリックギターというものは因果なもので
因果というか
なかなか空しい世界で
良いギターとか、良い楽器というものがあったとしても
また、楽器を作る制作家の人が
がんばって良いギターを作ったとしても
あまり報われない
世界のように思う。

たとえば良い楽器があれば良い音楽が作れるかというと
まったくもってそうではない

まあそんなことをいってしまえば
それはエレクトリックギターに限ったことではなく
どんな楽器であれ
クラシックの厳密なところはさすがに別かもしれないが

楽器の突き詰めた良し悪しなどというものは
実際のところ
作る音楽にどれだけ関係があるかといえば
けっこう関係がないかもしれない

そもそもロックンロールなどという音楽は
けっこうジャンクなギターや
ジャンクな楽器でも鳴らせてしまう
そもそもそういうところが
ロックンロールという音楽の魅力だったりする

ではなんのために
良い音楽とか
内容のある音楽とか
良い楽器とか
良い音とかを
追求するのか
無駄ではないのか

そもそもがエレクトリックギターというもの自体
Fenderギターに代表されるように
大量生産の工業製品のようにしてボルトで止めて作ったら
案外良い感じになってしまった、というしろものだ。

そしてあたりまえだけれどみんな言っているように
エレクトリックギターというものは電気で増幅して音を鳴らすものであるから
ギターの楽器としての部分だけでなく
アンプやエフェクターや、ピックアップや、
いろいろな要素が関係するので
楽器自体が必ずしも「良いギター」でなくても
それほど関係がなかったりするのもやっぱり事実だ。

クリスチャンの人は
お茶の水に行く機会が結構あると思うが
(「お茶の水クリスチャンセンター」という施設があるので)
ちょっととあるミーティングの用事があり、
また行ってきた。

そのついてに、またいろいろ楽器店に押し掛けて
嫌がらせのように
ギターやベースを試した。

前から試してみたいと思っていた
ふじげんさんのレスポールっぽいオリジナルシェイプ、
やっと試すことができた。
滅多に見かけないやつだったけれど、やっと。
アースシェイカーのシャラさんが使っているやつと
もちろん価格も内容も違うけれど
形は同じやつ。

結果は、
やっぱり、(メタルの人が考える)レスポールカスタムの
いちばんきれいに作られたやつ、
という感じだった。
まあでもこれでだいたいわかったね。
(自分の好みではないことが)

あとはHamerの90年代と思われるStudioも試すことが出来た。
レスポール系ということで、
もうちょっと筋肉質(?)な音を予想したんだけれど
思いのほか、なんというか、
手持ちのVector Korinaとよく似ていた。
もちろん同じHamer USAなので当然といえば当然なのだけれど
やっぱりこれがHamerの音なのだろうね。
もちろん、バカ鳴りなのだけれど、
なんだろう、このStudioに関していえば、
ちょっといわゆる「俺様はグレイトなアメリカンギターだぜイェイ」という感じの音が、ちょっと鼻について、うざったかった(笑)
なんだろう、音自体は太すぎるのに、意外と鼻につくやわな高音というか。
そんなに主張されても使いづらいよ、っていう。
ちょっと音がふくらみすぎる傾向があるのか。
(なるほどEddie Van HalenはHamerを使っていないわけだ)

手持ちのKorina Vectorは、コリーナのせいなのか、Vシェイプのせいなのか、
その[鼻につく]傾向は最小限に押さえられてる感じがするので、
案外とあの若干ボディの厚いVector KorinaはHamerとしては最適解だったのかもしれない。
それはたぶん、Hamerを象徴するモデルであるStandard (エクスプローラーモデル)もおんなじ感じなのだろう。
音太すぎるから、変形ギターとかフロイドローズのっけたメタルギターくらいでちょうどいい、くらいの傾向があったのかも、Hamerって(笑)

70年代のジャパンヴィンテージもまた試すことができたけれど
素直だし、
セットネックもしっかりしているものもあるみたいだけれど
やっぱりなんだか非力だなあ。
あとやっぱりちょっと貧相というか。
出音はすごく素直で扱いやすいんだけれどね。

結局のところ、
自分はもうすでにギタープレイヤーとしての最終回答とか結論を
エレクトリックギターに関しては
現時点でひとまず出してしまっているのだけれど、

たぶん自分がもうエレクトリックギターを
(なんかしょうがないニーズとか以外で)
入手、購入することは今後そうそうないだろう、
と思うのは

単純に、マーケットつうのか市場に、
まあいってみれば世の中に
手持ちの「最終回答」(いくつかある、笑)を越えるもの、並ぶものが、
そうそう見つからない、そもそもない、
と思われるからだ。

じゃあ予算を一千万円あげるから
手持ちの「最終回答たち」を越える楽器を
探してきてください、
と言ったら、
それは結構、難儀なミッションになると思う。

なんかだんだん、
たとえばじゃあ俺が本物の59年レスポールを手に入れたら
感動するのか、落胆するのか、
わからんけど、
案外こんなもんかと落胆しそうな気がしてきた。
もちろん本音は、未知の衝撃に感動してみたいものだけれどね。

なんでもそうだけれど、
それまでの自分の枠とか概念を破壊するような出会いや体験は
やっぱり快感だし喜びだよね。
ぜひ壊してほしいものだ。

いずれにせよ
僕は今までも長いこと
安い楽器で、
安〜い楽器で、
いろいろな音楽を作ってきたけれど、
それらはみんな間違いなく「自分に合った楽器」だった。

ことロックンロールや、
エレクトリックギターについていえば
高くて高級で品質が良いけれども、自分に合わない楽器
よりも
安くて品質もそれなりだけれど、自分に合っている楽器
の方が結果は上なのだと思う。

それくらい音楽とかロックンロールには
スタイルとかパーソナリティの要素が大きいということか。

で、まあ自分たちが作る音楽にしてもそうなのだけれど、
エレクトリックギターという楽器を作る立場の人についていってみれば
そしてこのエレクトリックギターをいうものの音を追求しようという人からしてみれば

別にそんなにたいして良い楽器でなくても
良い音楽は作れてしまうし
そもそも世の中のニーズとして
そんなに良いギターとか、
必要とされてないし。

そもそも本当の意味で良いギターを作ったところで
世間はそれを理解しないし
それよりもブランドとか高級なんとかとか
そういう資本主義的な宣伝文句とか
そういうものに人々は集まるし

ていうかそもそもエレクトリックギターなんていうものは
適当に作られたボルトオンの楽器でも十分に機能するし。

そんな中で
なぜ、わざわざ、非常に非常に難しい、と僕にはどうしても思われる、
セットネックのギターで、本当に良いものを追求しようとするのか。

いろいろな意味で扱いが難しいギターだと思うのですよ。
レスポールって。

それは、やっぱり、
道、っていうことだけだと思うんだ。

ボルトオンでいいじゃん。
ストラトでいいじゃん。
コンポーネントでいいじゃん。
Jacksonでいいじゃん。

そっちのほうがよっぽど実用的じゃん。

でも、「本当に良い」レスポールを
追求しようとするのは、
やっぱなんか、そこに「道」を示したい、
っていう、

そこの部分、
そこの世界観だよね。

どんな楽器を使うか、っていうのは、
やっぱり世界観だと思うのだね。

Sono4

こちら
これって、「今までのPRSのギターじゃ楽器としても商売としても限界があるから形ちょっと変えて普通のGibsonギター作ろう」ってことでオーケー?
YouTubeのサンプルの音聴くと、確かにPRSの音なんだけれどもうちょっと「普通」になってるみたい。
楽器の設計自体は80年代前半のHamerにすごく近い (もっともコイルタップの変わりに当時のHamerはコイルを3つ並べたわけだが)。その意味では新しい要素はほとんどない。そしてアメリカ国内生産でなるべく安い製品を提供しようとするS2シリーズの売り方は90年代前半のHamerそのままだ。マーケットにおけるブランドの立ち位置もよく似ている(当時のHamerと今のPRSの状況として)。歴史は繰り返すというか繰り返す中で歴史が生まれるというか。
PRSとしてはちょっと「白旗を挙げた」みたいな製品だけれど、だからこそこれはヒット商品になるかもしれない。わからんけど。実際に、「PRSは僕向けじゃない」と思っていた僕でも、これなら使ってみてもいいかな、と感じるくらいだし。(まあ、つってもこのギター買うくらいだったらそれこそ90年代のHamer Specialとか探して買うけどね)

話は変わるけれどエレクトリックギターの形はどんどん生き物っぽくなっていく。80年代には直線的で鋭角的だったヘヴィメタル用ギターも、たとえばB.C.Richでも21世紀に入ると、形は複雑になり、また曲線の部分が増え、次第に動物みたいになっていった。他のメーカーでもそうだし、このPRSの新しいやつもなんだか鹿みたいだ。
でも生き物ということでいえば、人間の形をしたギターは既に存在していることを忘れてはいけない。そして聖書によれば人間は神の御姿に似せて作られた、と言われているのだから。

Sono5

また趣味的なギターに関するトークなんだけれども、
T’s Guitarsってブランドのやつを一本試してきた。楽器屋さんいつもすみません。

僕はもちろんDeviserさん(Bacchus、Momose等)のファンであるので、
作りの良い国産ギターってのはわりと「あり」だと思っているのだけれど、
(日本製だからクオリティ高いってのは神話に過ぎないと思うけれど)
T’s Guitarsってブランドも気になっていた次第。
作っているのは長野県塩尻市。クリスチャンの人には三浦綾子さんの小説でおなじみの地名。Deviserさんとことは、それこそ、「峠」をへだてて向こう側、という感じか。

以前、Sugi Guitarsさんとこの高いレスポール系を試したことがあったけれど、もちろん悪くなかったけれど、うん、なんというか、という感じ。
ただ間違いなく高級な音してたし、それなりに鳴ってはいたし、ライヴで対バンのしたバンドのギターさんがSugiのボルトオンのコリーナモデル弾いてるの見たことあるけど強力に鳴ってたし。いい楽器なのは間違いない。

ただセットネックのギターというのは、そんなに作るのが難しいのか。
本当の意味で「鳴る」セットネックのギターには、それこそ、自分の好きなBacchusの一部のモデル以外では、滅多にお目にかかったことはない、
(手持ちのHamer、そしてネットで見たHeritage、とか)
なんて書いても、僕のほんの小さな、ギターについて本気で考えるようになったここ2年くらいの、狭い経験の範囲なんですが。

その意味では、今日試したT’s Guitarさんのセットネックのやつは、まあArcってモデルらしいんだけれど、ずいぶん鳴っていた。

ボディ材はホンジュラスマホガニーいわゆる本マグロ、じゃなくてホンマホ、らしいので、ホンマホの「あの音」がする、「あの音」っていうのは、知らんけど、たぶん想像するに、古い録音とかFleetwood MacにおけるPeter Greenとかもそうだけれど、フルレンジで飽和してぱきーんと言っている「なんか凄みを感じる」あの音だ。
僕のBacchusはアフリカンマホガニーなので、そのあたりはちょっと違う。もう少しだけやわらかくて、ミッドに厚みのある音になる。ホンマホの「凄み」とはまた違うのだけれど、ぶっちゃけ守備範囲はこっちの方が広い気がする。どちらがいいとかは、言えない。ただ俺はヴィンテージというよりは、今の、そして「未来の」音を鳴らしたいから・・・。

ウェブで古いカタログ情報を見ると、10年くらい前まではバッカスさんでもホンジュラスマホガニーを使っていたようだ。今はたぶんMomoseの高いモデルでしか使っていないと思われる。ヤフオクとかで古いBacchusのDukeとか入手したらお得かもしれない。

けれどこのT’s GuitarsのArcはチェンバー加工されているようで、それで重さの面や鳴りの面でも、そのヴィンテージに近付けてあるのだろうと想像する。(昔と材が違うんでしょ、聞いた話では)

冒頭にSugi Guitarsのことを書いたけれど、なんかやっぱ印象としてこのT’sさんとこのArcも、Sugiさんとこのアーチトトップセットネックのやつと同じような傾向の印象を受ける。どちらも日本製のセットネックだから当然かもしれない。だが、正直、鳴りはこっち(T’s)の方がいい。俺が試したやつで、俺の印象ではそうだった。

高級っぽい音になるし、そして今っぽい実用的な音にはなる。
上から下までばっちり鳴っている。
プロが仕事の現場で使うにはこれ、って感じはめっちゃする。

だが。

この「だが」以降はうまく説明できないし言葉にできない。

でも、なんというか、「誰のために作っているのか」「何のために作っているのか」そのあたりになるんだと思う。

方向性というか、でなければ、楽器そのものが持つメッセージというのかな。

ボディ鳴りの点では初めて、DeviserさんというかBacchusの良いやつと同等の実力を持つギターに出会ったけれど、結論からいうと僕の中ではやはりBacchusの方が良いし、これは少なくとも僕向けではない。

そして、間違いなくT’sさんとこのギターは、今回試したこれは、間違いなく素晴らしいクオリティの楽器だった。
が、Deviserさんは、この半分以下、下手すると3ぶんの1以下、の価格で、これと同等、ないしはそれ以上、の仕事をしてしまう、というのも事実だ。

でも高級な音が欲しいのであればT’sやSugiさんの方が良いと思います。

(Sugiさんとの比較では、セットネック同士で比べた限りでは僕の中ではT’sさんの方が評価が上に来ました。)

Bacchusの楽器にはそういう演出はあまり無いと思われるので。
Dukeとか、どストレートだもんね。
Momoseになると少しはあるかもしらん。
そういう演出。

俺が以前からわりっとEpiphoneが嫌いじゃないのは同じ理由だと思う。
余計な演出が、基本ない。
安いゆえに。
だから実用性は高くなってしまう。
オリジナルな表現を求めてバンドやる人たちにとっては。

先日見た、Judas Priestのグレン・ティプトンが、
ギターぜんぜん弾けなくなってるにもかかわらず、
その演奏と、長年愛用しているHamerが彼を支える様子が、
感動的だったというお話は、
また後日。

若いうちは、良い楽器なんて必要ない。
でも、歳をとって弱ってきたら、
そこで初めて、良い楽器というものが必要になってくる。

んだと思うんだ。きっと。

Sono6

まとめ。
そういうわけで結構「出来の良いセットネック」愛好者になってしまったので、
気になるものがあればかたっぱしから試しているここ一年くらいです。

Hamer USAとか、
まだ現物を弾いたことのないHeritageとか、
Bacchusとか、
そういう感じの趣向ですが、

あとは国内のメーカー、ブランドでも、小規模なところも含めて、
評判の良いところは試してみたいものはいろいろある。
先日はだいなさん製のへるなんですのらめらめのやつも試してしまいましたが。
たとえばメジャーどころではPRSのシングルカットタイプもまだ試してない。
(Alter Bridgeのライヴでさんざん聴けたけども)

Hamerについてなんとなくわかったのは、
誰だったか、本だったかウェブサイトだったか、
Hamerについて
「ヴィンテージギブソンを基本にさらにステロイドを打った」
という表現を書いていた人がいたけれど、
いくつか試してみると、まさにそんな感じだなあ、と。

ただ先にも書いたけれど、
Hamer USAを3つくらい試してわかってきた弱点としては
低音が意外とタイトに鳴ってくれないこと、
あとは鳴りすぎるというか太すぎるゆえに、
音が無駄に膨らんでしまうところとか。
そのへんは「ステロイドを打った」副作用ともいうべきか。

でもその「ステロイドを打った豪腕ギター」が必要になるシチュエーションというのは、
実際にいろいろとあるだろうし、そのこともなんとなくわかるので、
それがトッププロの現場で重宝された理由も現実的に想像できる。

あとはその低音がタイトでないとか、
しょせんヴィンテージ系を基本とした音だったので、
80年代のヘヴィメタル時代に、いまいちメジャーになりきれなかったのも
あるいはそのあたりが理由かもしれない、という想像もする。

Heritageについてはこんな記事がありました。
こちら
いつか弾いてみたいものだが。

でもネットで動画を見ると、
僕の耳には、これって、BacchusやMomoseの当たりのやつと、
ほとんど同じ方向の音に聴こえるんだよね。

自分としては自分にとっての生涯の究極はもう見つけたつもりではありますが、
それを越えるものが存在するのであればぜひ出会ってみたい、
自分自身の中の概念を越えるものにぜひ触れてみたい、ということで、
そういう探求はぼちぼち続けたいと思っています。

もちろん、セットネックに限らず、
ボルトオンにはボルトオンの、
スルーネックにはスルーネックの、
用途があり使い方があり、
向き不向きがありますが、
自分は最終的にはギターに関しては、
「ちゃんとしたセットネック」に
自分のロマンを見つけてしまったようで。
でもベースはボルトオンの方がいいような気がしますが。

この、よくわからないエレクトリックギターという数奇な運命を持った楽器について、
いろいろお話につきあってくれる方がいれば、
いつかそんな人と飲みたいなと。

話は変わりますが、
この歳くらいになってやっとわかったこと。

ほとんどの人は、もっと若い頃とか小さい頃にわかるようなことだと思います。
自分は世間知らずなところが多少あり、
そういう基本的なことに気付かないまま生きていることが多い。
そして、そういう生きる上での「前提」というか「暗黙の了解」みたいなことは、誰も教えてくれない。

それは、世の中の99%くらいのものは、
「にせもの」であり、
世の中の営みの99%というのは、
その「にせもの」を、
いかに「ほんもの」に見せていくか、
というための努力であるということ。

これは、ギターに限らず、
また、バンドや音楽に限った話でもなく。

そう考えると、本当の「努力」というのは、
いったいどういうものなのか、
その定義と、意味を、
あらためて考えてみたいところですが。

けれども、
じゃあ自分は本物をやっているよ、
と自認している人であっても、
それらのアイディアや、起源とか、
インスピレーションは、
必ず先人たちから学び受け継いだものであるので、

では本当に「ほんもの」なんて言えるものがあるのか
ということですが、
そんなこといってしまえば
本当にほんもの、と言えるのは、
「自然」とか
「生命」とか
そして
「神」とか、
それだけになってしまう。

だから、それら神の恩寵の中で、
自分はそれらを模倣しているだけの
にせものに過ぎないのだと
そう知って謙虚にひらきなおることだけが
唯一「ほんもの」に近づく方法だと

そんなことは
たぶんみんな
常識ですね!

気分を悪くされたら申し訳ない!
怒らせるつもりじゃなかった。
ただ僕が、物事をわかってないだけの話です。

No(4358)

■…2015年 3月28日 (Sun)…….ぷち成果
FBにポストして忘れてたやつ

とりあえずカナダのPureGrainAudioさんにライヴアルバムの記事のっけてもらった。今回、プレスリリースみたいのを音楽ニュースサイトとか音楽ブログに送ったので。わかってる範囲で4つくらい掲載してもらった。それは、100通くらい送って4つということだけれど。2月に撮ったばかりのアー写も使ってもらったです。ありがとう。
こちら

No(4359)

■…2015年 3月28日 (Sun)…….Victoryのミュージックビデオ
そういうわけで”Victory”という曲のミュージックビデオを作ってアップしたわけなんです。見ていただいた方、ありがとうございます。まだの方、ぜひ見てやってくださいませ。なかなか、キャッチーな仕上がりの曲になってます。
こちら

ビデオのフッテージとしては、2月に行ったバンドのアー写撮影のシーン、あとはバンドのスタジオで”Born To Ride”のビデオの絵と一緒に撮ったやつなんですが、

今年、Imari Tones (伊万里音色)としましては、”Revive The World”というタイトルのアルバムをリリースする予定であります。
で、先日アップしたスケートボードビデオ”Born To Ride”に続き、この”Victory”はそのアルバムから2つめのビデオになるんですが、実は、もっともっとビデオを作るつもりでいます。自分の気持ちとしては、このアルバム”Revive The World”のすべての曲に、ビデオを作ってYouTubeで公開しようかと思っているくらいです。(実際にできるかどうかは別として)

なぜ、そうやってビデオを作ろうと考えたか、というと、
これは、アルバムをリリースする、ということについて考えたひとつの結果です。

つまりは、うちのバンドの立ち位置としても、クリスチャンロックという非常にニッチなカテゴリーで、しかもどちらかというと海外向けの音楽活動をやっており、それもぜんぜん無名の弱小バンドということもあり。

そしてまた、今の時代におけるアルバムリリース、そして「作品をリリースする」ということの意味について自分たちなりに考えた結果でもあります。

つまり、今の時代、Spotifyなどを通じてほとんどの音楽が無料(もしくは定額)で聴けてしまう状況にあって。iTunesなども含めて、お金を払って音源を購入、ダウンロードすることも少なくなってきている。

日本ではいまだにSpotifyはありませんし、また色々な理由で日本ではまだCDというパッケージがそれなりに売れる状況があるので、たとえば僕らが国内である程度安定した活動ができる基盤を持ったバンドであれば話は違うんでしょうけれど、残念ながら僕らには国内至近距離の活動でばりばりとCDを売る基盤はぶっちゃけ無い。
(海外ツアーなら、今までの経験では、インディーズ規模であっても一回のライヴで30枚CDが売れるとか、あるでしょうけれど。)

そんな中にあって、アルバムをリリースするとは、どういうことなのか。
作品をリリースするとは、どういうことなのか。

iTunesでデジタル配信すればオッケーなのか。
手作りしたCDをBandCampで販売すればオッケーなのか。
loudrとかnimbitで配信する必要があるのか。
あるいは、CDを500枚プレスすれば完了なのか。
全国のレコード店に流通させることなのか。
ポスターやチラシ、ステッカーを作ることなのか。
レコ発ライヴや、レコ発ツアーをやることなのか。

なにをどこまでやれば、「リリースした」ことになるのか。
なにをどこまでやれば、「俺たちは存分にアルバムをリリースしたぜ」と言えるのか。

そのひとつの答えとして、今の自分たちの状況として、
とにもかくにも、一歩でも二歩でも先へと進むために、
そしてアルバムとかCDとかそういうのを別にしても、
なるべく最善の形で、作品を提示し、残していくために、
ちょっと映像の形でバンドを表現してみようか、という。

みんなやってることではありますが。

でもバンドなんて、みんなやってることだしね。
ていうか人生なんて、みんなやってることだし。

もし本当に違うふうにバンドがやりたければ、
どこかのポストロックのバンドみたいにして、
ティンパニとかオーボエとか、ホイッスルとか、
そういう楽器を演奏していたはずだし。
ギターとかベースじゃなくて。

とにもかくにも、
Spotifyというサービスは日本では利用不可能だったとしても、
現時点において、YouTubeというものが世界最大の音楽チャンネルであることは紛れも無い事実でありますので、
まあそのプラットフォームで少しでもやろう、と。

今、そういう暇があって、それしかできないんなら、
今やれることに取り組んでみよう、と。
そういうことでございます。

で、この”Victory”。
ライヴでは2013年の秋頃に初披露して以来、わりと好んで何度も演奏している曲ではあります。
先日公開した”Atomic Live!”のライヴ録音でも演奏しています。

非常に明るく、前向きでポジティヴな曲でありまして、
まあ2012年のThe Extreme Tour アメリカ西海岸の部に参加した後に、
その経験をもとに、勢いで書けてしまった曲なんですが、
本当の勝利というのはどういうことだろう、ということについて歌った曲です。
歌詞はバンドのウェブサイトに、日本語訳ものっけてあるんですが、
まあ、いっても、曲の最後にやっぱり”We got victory in Christ”、僕たちの勝利はキリストにある、と言ってるんですけどね。

で、ビデオなんですが、
そのバンドの写真撮影の映像を使いながらも、
いや、本当は写真撮影を手伝っていただいた二人のカメラマンの方々をもっとフィーチャーしたかったんですが、
案外とバンドの映像とパフォーマンスが良い感じにはまってしまい。
曲の大部分は結局スタジオでのバンドのパフォーマンス映像をシンプルに使って完成になってしまいました。

でも、この曲、曲自体もそうなんですが、
このシンプルなスタジオでのバンドのパフォーマンスが、
ちょっとだけVan Halenの”Jump”のビデオと同じような、シンプルで直球なものになったので、
ちょっとそこは気に入っている部分だったりします。

また、随意、いくつかの曲のビデオを、作ってアップしようと思っています。

デジタル配信や、メーリングリスト、ソーシャルメディア、音楽メディアへのプレスリリース送付や、レビュー掲載や、物理CDの盤を作ることや、ライヴでのCD販売や、ひとくちに「アルバムをリリースする」といっても、
本当にたくさんのことがあるわけですが、
ひとまずこんな感じで、楽曲のビデオを、全曲(!)作ることができたら(ぜんぶじゃなくてもいいけどね)、「よし、俺はこの作品をリリースしたぞ」と、思えるんじゃないかと思います。
もちろん、その他のことも、全部やるけどね。出来る限り。

No(4360)

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