2015年5月の日記

■…2015年 5月 4日 (Tue)…….小布施町エクストリーム
昨日は「ソルフェイ」の一員として、長野県は、小布施町というところまで連れていかれ、そこで演奏してきました。
それは、ライヴハウスとかではなく、町のお祭りみたいな場所での演奏であり、町内会みたいな雰囲気の。
それはドラマーのTomo氏の地元ということで実現したことでありました。

演奏する機材もそろっているわけではないので、アコースティックによる演奏で、私もアコースティックギターでの参加でした。アコギ2本とカホンによる演奏でベースレスだったので、アンサンブル的にも、最近鳴りがなじんできて低音もかなり出るようになってきた愛機Headwayにて低音のベースラインを足す感じでやってきました。
反省事項は、アコギの弦を変えたばっかりだったけれど、弦を事前に伸ばし足りなかったのか、張り方がいけなかったのか、あるいはほとんど不良品的に2弦のチューニングが安定せず、いくつかミスにつながってしまいました。その他は、いろいろあったけれど、即席のアコースティック演奏としてはまずまずだったのではないかと思います。

そして皆が「八重桜」??の下でお酒を飲み宴会する中、東京からわざわざ来た僕たちが演奏するというのはちょっと変わったシチュエーションでしたが、ある意味まさに”The Extreme Tour”的な体当たりの状況だったのではないかと思います。長野県、小布施町の豊かな自然環境も含めて、なるほど本当にアメリカの自然の中で意味わからん場所で演奏するThe Extreme Tourを彷彿とさせました。
そしてそんな中であたたかい地元の方々のリアクションの中、「ソルフェイ」はしっかりと音楽によるメッセージを伝えることができたんではないかと思います。
私は演奏後、皆さんが宴会する中、交流もしましたが、お肉とお酒を遠慮なくたくさんいただいてしまってすみません(汗)

さて僕はオオハラ氏と昨年知り合い、ベースというパートからソルフェイをちょっと手伝う感じになって、成り行き的にギター弾いたりこうしてライヴにメンバーとして参加したりして、それは僕にはImari Tonesという自分のバンドがありますので、それはそれでそれなりに違和感はあったりしますが、また自分もソルフェイのすべてのライヴとか活動に参加できるわけではもちろんないのですが、けれどもオオハラ氏やメンバーの皆とこうして時間をともに過ごして、ソルフェイというバンド、またオオハラ氏というミュージシャンが前に進んでいくための手伝いをちょっとだけでも出来るのであればそれはそれで悪くはないかなあと思っている次第です。

長野県の雄大な自然やきれいな山々を堪能できた他、ゆるキャラにRTされた予告どおり、某所にてスケート、ボードスライドや50/50グラインドを遂行してきました。
いやあ、朝早くというか夜のうちに出かけたので皆大変だったと思うけれど、早い時間に現地入りし、早朝にスケートボードが出来たのもよかった。僕は普段練習する場所とかで、なかなかストリートスケートをする機会がないので(暇な時に出かけてやればいいんだけれど、そういう暇は、あるとすれば音楽に使ってしまうので、なかなかない)、こういう機会にいろんな場所でスケートボードできるのはとても理想的です。
もっとうまくなって世界のいろんな場所でスケートしたいなと思っています!
そこんとこ、よろしく!

で、あさって5/6(水)は新橋ZZにてImari Tonesライヴです。
共演はB.D.Badge、FDN、CLODなど豪華。
お会いできるのを楽しみにしています!

No(4503)

■…2015年 5月 6日 (Thu)…….Dirty Job
本日はこれから新橋ZZにてライヴですので、準備しながら。
書きたいことはいっぱいあるんですがなかなか追いつかず。

最近、私また、お仕事を変えたんですが、お仕事つっても、バンドマンのやることですから、デイジョブ、とか、バイト、とか、いろいろ呼び方はあると思いますが。

これも昨年から考えていたことで、
当初、今後来年以降のバンド活動にはずみをつけるために、また以前のようにオフィスワークなど、なるべく稼げるものをフルタイムで、と考えていたんですが、
やはり残念ながらこの年齢になってこれだけ職歴もふらふらとしていると、なかなか雇ってもらうところを見つけるのは難しいという現実がありまして、結果的にもう少し肉体労働的なおちごとに就くことになりました。

まあ実際、僕が最後にオフィスワーク的なおちごとをしたのは、2011年の後半から2012年の初頭にかけてでありまして、それ以来、またお料理作ったり飲食的なでいじょぶをしていましたので、それにはやはり理由があり、本当はもう一般的なオフィスワーク的なことはしたくないというのが本当を言えば本音であります。
まあなので、オフィスワーク的なお仕事で雇ってもらえなかった、というのも、それはそれで当然のことかもしれません。なんかすでに、ノリが違ってしまっていますしね。何年もバンドとか何度かの海外ツアーとか音楽作ったりやってたら、やはり人間として僕もそうとうぶっこわれてきてしまっていますので。

ですから、身体を動かして、若い人、年輩の人、いろいろな人と一緒に「労働」する方が、まだ生きてる実感を感じられる、というのが本音であったりします。

さて身の回りの音楽やっている仲間であるとか知り合いや、世の中のいろいろなバンドマンさんたち、成功している人もいっぱいいますし、皆さんいろいろな生活をされていると思いますが、実際のところ僕は今この瞬間にしても、労働しながら音楽とかやって生きていることについて、わるくないなと思っています。成功の度合いや尺度はどうあれ、けっこう僕は幸せです。そして、それであってもやはり誰もがこうした生活を選べるわけではない以上、とても感謝していますし、音楽をやったり作品を作れたりすることについて感謝しています。そして、それがどんな形であれ決して無限にあるものではない以上、一日一日、一曲一曲、一年一年、いつ最後になっても良いようにと思ってやっています。
どちらにせよたとえば、世間一般の尺度からすれば、こうして「労働」して無名のミュージシャンやっているというのは、世の中のピラミッド構造からすれば下の方だと考える人が多いと思うんですが、やはり自分は、うん、これでいいなあ、こうあるべきだ、と思っているフシがあります。なので、そういった日々の一日一日、また、そうしたおちごとのひとつひとつにあたっても、喜んで取り組むことができたらいいなと思っています。

さて、そんな労働の場において、着替えつつ鏡を見たら、そうですね自分もそろそろ年齢を重ね歳をとってきております。いかに比較的見た目は実年齢よりも多少若く見える方だとはいっても、やはり着実に歳は取ります。いつも言っているように自分の頭から白髪を探すのは四葉のクローバーを探すのと同じくらい難しいんですがそうはいっても最近増えたかなーと思っていたんですが肉体労働やってスケートボードやってたらやっぱりまた減ったー、みたいな(笑) しかしそうはいってもそのうち増えるでしょう。けれどもやはり僕は歳を取ることはわりとポジティヴに捉えています。

話それまくりなんですが、そうして鏡をのぞいて、歳を重ねている自分の顔を見たときに思ったんですね。ああこれはダーティージョブだ、と。

それはつまり、音楽をやることです。
たとえば先日も南相馬で録音したライヴ音源をリリースしたときに、英語のプレスリリース的なものをメディアに送付して、いくつかのっけてもらう、ということをやりましたが、そういったことも、決して初めてではないんですが、
そうやって、バンドとか音楽の、PressとかPublicismみたいなことの作業に取り組んでいると、思うことがあって、一応は海外向けに世界を相手にやっているつもりではあるんですが、そういったプレスとかパブリシズムひとつとっても、バンドを大衆とか人々の前に提示することは、簡単なことではない。それは、たとえレコード会社と契約のある大きなバンドであってもです。

だから、音楽をやること、バンドをやること、そういった人生をつうじてひとつの音楽とか芸術を作り上げること、それを世間や世界に提示していくこと。それは、とてもダーティージョブだな、と。簡単なことではないし、大きな労力も時間もかかるし、金銭的に報われるというものでもない。人並みなんていう言葉からは程遠いし、安心という言葉もない。

僕らより成功しているバンド、僕らよりうまくやっているバンド、いくらでもいますし、僕らは本当に最低限、マイペースで地味にやらせてもらっている感じですが、

皆、程度の差こそあれ、この「ダーティージョブ」(きたない仕事、たいへんな仕事)をやっているのだなあ、と。
そう思うとき、また今取り組んでいるこの労働に対して、また今自分がやらせてもらっているこの生活に対して、こう思うわけです。これでいいんだ、と。

もちろん、今の時代だから、この場所だから、この時だから、出来ることというものがあり、僕たちもそれをわかった上で取り組んでいるつもりです。

こと、音楽であれ創作であれ人生であれ、その内容や質はそれぞれ取り組んでいるものは違うので、旅路の距離とか到達の尺度を人と比較することは意味がありませんが、こと自分自身の旅路と到達度の中において、自分が今、到達にむかって歩いていくことが出来ているのであれば、自分はよろこんでこのダーティージョブ、つまり人生かけて音楽をやる、という大変な仕事を、遂行していこうと思っています。

それを支えてくれる周囲の皆や、見守ってくださる皆さん、こうした環境を与えてくれるすべての人々には、本当に感謝しています。

No(4504)

■…2015年 5月 7日 (Fri)…….新橋zz御礼
新橋ZZにての”B.D.Badge祭り”、Imari Tones演奏してきました。見ていただきました皆様、共演のバンドの皆様、ありがとうございました。
参加バンドの皆さん、すばらしくレベルの高い、なかなか特別な貴重なイベントだったのではないかと思います。僕らImari Tonesも全力で演奏してきました。

B.D.Badgeさん、そして寿朗閣下にはいつもお世話になっていますし、寿朗閣下の演奏には何度も接しているはずなのですが、昨晩はまたあらためて寿朗閣下の演奏にぶっとばされました。閣下の追い求める演奏、理想のファンクロックが、ついにだんだんと形になってきているんだなあ、と、いったいどこまで行くのだろう、と、ひょっとして今いちばんぶっとばしたロックで新しく最先端な刺激を与えてくれる音楽をやっているのは世界でも寿朗閣下なのではないかとそんな気持ちにさせられました。
もちろん寿朗閣下は大先輩であり、僕などまだまだ修行中の身でおいそれと近付ける方ではありませんが、これは本気で負けていられないなあ、と、そう思い、とにかくすごいパワーでした。このパワーはすごい。こんなパワーで演奏する人は果たして世界にも他にいるでしょうか。そんな人と一緒に共演できてともに頑張っていけるのは幸せなことだと思っています。

さて僕はといいますと、ギタープレイに関しては完全に愛機Bacchus「猫ポール」に助けられました。決して調子が悪いわけではなく、ギターソロもわりあいとちゃんと弾けましたが、昨晩僕のギタープレイが良いと言ってくれた方々がいるとすればそれは半分以上は猫ポールのサウンドのおかげでしょう。
また昨年はライヴの際にはほとんど足下のBlackstarのペダルや、アンプで歪ませる場合であってもTonerider(どっかで見つけたすごい安いオーバードライヴ)を使って間に合わせていましたが、ひさしぶりに自分のメインであるCranetortoise/Albitの真空管ブースターをライヴにて使いました。現場にあったBugeraのPeavey5150タイプのアンプを使い、おもいっきりハードロックな音になっていましたが、そのおかげでかなりごっつい音になってくれちゃいました。

ヴォーカルについては良い面も悪い面もありました。僕は演奏するときは、カフェインを使って頭のキレを鋭くする方法か、アルコールを使って頭のキレをゆるくする方法か、どちらかの方法を使いますが、昨晩はカフェインを使う方法を取りました。けれどもふりかえってみると、水分の取り過ぎやカフェインによる興奮作用など、カフェインを使う場合の副作用の症状がいくつか出てしまっており、それはそれで気をつけるべきだなあと後の反省にしようと思っています。

とはいえそれは、やはりほとんどの場合、自分としては場というか距離というかコミュニケーション自体に問題があるので、やはり何もせずにリラックスして演奏、とかいうわけにはいかないので、カフェインないしはアルコールのどちらかを使って演奏できる状態に持って行かなくてはいけないので、仕方の無いところではあります。また演奏するために飛び越えるべきハードルもわりあいと高いタイプの音楽をやっているのでそのへんも仕方ありません。なにもしないでふらっとステージに出ていきなり複雑なリフを弾きながらハイトーンで歌えるかというとそういうわけにはいかないので。また表現の核としての精神的、霊的なハードルもあり、これが実際のところいちばん難しいところですが、それはまあ、もう慣れっこですけどね。そのへんの対処の仕方がここ1、2年でわかってきたので、ステージだけでなく、人生に対してもいくらか楽になりました。

しかしこれでも年々歌唱の技術も少しずつ進歩していますので、そういったカフェインの副作用が出ていたとしても、部分的にだめにしてしまうところがあったとしても、全体としてはもちこたえて、比較的良い感じの歌唱が出来ていたのではないかと思います。

会場の新橋ZZは、実のところ思い起こせば僕らは2011年の夏頃に一度演奏したことがあり、その時はけっこう良い演奏ができた記憶があるのですが、あらためてこうしてバンドのイベントで来てみると、会場の環境のせいなのか、あるいは機材のせいなのか、リズム隊の力量が比較的如実に見えてしまう環境だなという印象を持ちました。たとえば昨晩共演したバンドさんの中でも、CLODなどはリズム隊がしっかりしてバンドとしてもまとまっているので、そういったバンドのアンサンブルの本領が発揮されるだろうという予想をしていましたが、本番になりお客さんが入り、スモーキーな空気になるとまた少しちがった響き方をしました。静かな部屋でがらんとしたリハーサルの状態と、人の入った本番の環境でいかに伝わる突き抜けたサウンドを出すかということは、また別であるということを感じました。また新橋ZZはライヴバーであり、大きなPAシステムのあるライヴハウスとはまた別なので、そのあたりも関係していると思います。

自分たちのバンドのアンサンブルやリズム隊も、決して完璧とはいえないのを知っていますので、自分たちの音が果たしてどのように響いているだろう、と心配かつ興味津々でしたが、録音した音を後から聴いてみると、といっても、TASCAMのオーディオレコーダーが操作ミスで録音できていなかったようなので、ビデオのあまりよくない録音しか残念ながら残っていないのですが、そこで聴いている限りでは、思ったより悪くなく、やはりうちのバンドのリズム隊も、いつのまにか何年もやっているうちに、思ったより良くなっているのかな、という感じです。けれども自分も含めてミスも多いので偉そうなことはやはりまったく言えません。

さて先述のようにオーディオレコーダーでの録音ができていなかったので、ビデオカメラのあまりよくない音しか残っていないのですが、なんとか音質を調整して記録として残そうというところです。現在ぼくたちImari Tonesは決してライヴの本数も多くはないので、なるべく記録はちゃんと残しておきたいところです。

さしあたって”He’s Still With Us”のギターソロはこんな感じだったのですが、30秒くらいで短くポストしてみようかと。

もともとが出不精なバンドなので、寿朗閣下をはじめて、皆さんに声をかけていただいてやっとライヴをやるくらいの感じになっているImari Tonesですが、新しい作品づくり、映像の制作、新しい楽曲などは、どんどん行っています。

ちょっとでもこうしたライヴの場などを通じて、皆さんと接することができたら、それが幸せです。
ありがとうございます。

No(4505)

■…2015年 5月 9日 (Sun)…….Unlimitビデオ
さて、ライヴやったり長野県行ったりしておりましたが、
先日YouTubeに公開しましたImari Tonesのビデオ”Unlimit”について書きます。

こちら

このUnlimitという楽曲は、2012年に作曲したもので、2013年からバンドで演奏しており、そして2014年に録音し、今年2015年にリリースする予定の”Revive The World”というアルバムに収録される楽曲です。
(こうして書くとバンドとして制作のペースが遅いみたいに感じますが、2011年いっぱいかけて”Japan Metal Jesus”を録音制作したのち、2012年~2013年と飛び石スケジュールで”Heroes EP”を制作して、2014年に”Revive The World”を録音しているので、毎年だいたい録音制作はしているのですよ!)

そんでもって、今年2015年に入って、うちのバンドImari Tonesは、自主制作した手作りミュージックビデオをいくつもYouTubeで公開していますが、この”Unlimit”のビデオは、先に公開された”Unknown Road”と同時に撮影、制作したものです。

おかげさまで”Unknown Road”のビデオはけっこう好評なようで、まあ好評とはいってもうちのバンドのニーズとか知名度とかだと再生回数も微々たるものですが、それでもなんだか好評なようです。
けれどもどちらかといえば僕としては力を入れて制作したのは”Unlimit”の方で、”Unknown Road”はそのついで、みたいな感じで作ったんですが、うまいこと長野に行って雪景色が撮れたり、うまいこと撮影したギャラリームーンキャットの雰囲気がぴったりきたりして、またストーリー性もうまくはまったようで、”Unknown Road”の方がどうやら評判がいい、という感じになりそうな予感です。これははっきりいってラッキーパンチです。
しかしかといってこの”Unlimit”もがんばって作った映像には違いないのです。

さてこの”Unlimit”という楽曲についていえば、アルバム”Revive The World”のオープニングというのか1曲目を飾る楽曲(の予定)でありまして、その意味ではけっこう自信作です。どうもうちの場合、アルバムの1曲目にわかりづらい楽曲とか、余計なオープニングとか入れてしまい、ストリーミングで1曲目しか聴かれないこのインターネット時代にあって、うまくやれてない感満載なのですが、その意味ではひさびさにやっと1曲目にちゃんとした楽曲を持ってきた、と言えるかもしれません。

ギターのリフにもけっこう自信があり、別段変拍子など使っていませんが、ZeppelinともRushともつかないような雰囲気の中、「祈りの力を解き放て」と力強く宣言する、本格的なハードロックになっているんじゃないかと思います。

ギター的なトピックでいうと、この曲はHamer USAのVector Korina、コリーナフライングVを使用しています。3月にリリースつうのか発表したライヴ録音”Atomic Live!”においても、全編このHamer USAのフライングVを使っていますが、あれは2014年11月の録音した音源なので、実際にはこの”Unlimit”(ならびに”Hometown”)が、僕がHamer USAのフライングVを使って録音した初めての楽曲ということになります。

この1997年製のHamerのコリーナフライングVは、Hamerのギターの中でも名器と言われているやつですね。当時72本限定で作られたという話が有名なのですが、実際には日本市場向けにもう少し作られていたらしく、これはその日本向けに作られた中の一本だと思われます。(ナットが黒いことでそうとわかるらしい)
そして僕は日本のハードロックバンド、アースシェイカーのファンでもありますが、この日本向けに作られたHamerのコリーナVは、偶然にもEarthshakerのシャラ氏が長年使用しているものと同じもののようです。(たぶん) それはそれで、なんだか嬉しいことであります。

実際には僕の耳には録音した結果のサウンドを聴くと、どちらかというとランディ・ローズの古い録音みたいに聞こえるんですが、僕がHamer USAを弾いたらこうなる、というサウンドを、ひとつこうして提示できたことをとても嬉しく思います。もちろんビデオの中でもこのHamerのVを持って映っています。最近は僕はすっかりBacchusひいきで、Bacchusのレスポールを持つ機会がとても多いので、こうしてフライングVを持ってパフォーマンスできるとまた新鮮です。というかImari Tonesが「クリスチャンロックバンド」になった2008年頃から、ずっとフライングVがメインで来たので(EpiphoneのコリーナVモデル、Hamer XTなど)、本当はVの方がしっくりくるんですけどね。パフォーマンス的にも、ルックスとしても私ToneナカミネのトレードマークはフライングV、しかもコリーナのやつじゃないかな、と勝手に思っています。だから、録音はともかくとして、ツアーに出るなら、たぶんこのHamerのVを持っていくんじゃないかな、と思っています。

さてそんな楽曲”Unlimit”ですが、ビデオですね、撮影した場所であるGallery Moon Catもそうなんですが、”Unknown Road”のビデオと同様に、どことなく和風な雰囲気を意識しています。
書道というのかメンバーそれぞれ書き初めみたいにして筆で好きな言葉を書いてみたり、将棋を指してみたり、いろいろやってます。
将棋に関しては、将棋の盤上で”Me Against The World状態”の孤独な戦い、とか、引きこもりな精神状態を表現しようとしてみました。
そして書道に関してはメンバーにそれぞれ好きなことを書いてもらったんですが、意外というかちょっと笑ってしまったのが、ジェイクが笑いに走らずまさかの直球勝負で「一期一会」と書いてきたこと(笑) ちょっと意外でしたけど、なんとなく納得でした。
そしてめっちゃうちの近所であるところの白楽は六角橋の商店街の光景も使うことができたのが嬉しいです。その商店街の光景を、ちょっと雰囲気出すためにエフェクトかけてみて、なんか思い出すのは、Van Halenの1995年の”Amsterdam”のビデオ。あの曲のビデオでは、Van Halenの人たちが、ただ単にアムステルダムの町を歩いているだけ、というビデオでしたが、ちょっと似たような感じだなあと(笑) またちょっとそういうオマージュちっくにできたのが嬉しい気がします。

そうそう、この”Unlimit”という楽曲は、「祈り」とか「祈りの力」についての楽曲なんですが、同時にちょっとひきこもりなテーマの楽曲でもあります。ひきこもりというのか、厭世的というのか、世界がぜんぶ敵に回っている状態というのか。
そして歌詞のあたまの部分が、「自分の部屋から一歩踏み出す、それは安全地帯のはるか先」という、そういう一歩踏み出すテーマの楽曲でもあります。
そういう「内」と「外」の生み出す緊張感みたいのが出てたらいいな、と思うんですが、どうかな。まあ僕らはメジャーなバンドでもなんでもないし、たかだか、表現のために作っている手作りのホームメードなミュージックビデオだしね。自分たちなりの表現ができれば、それで十分だと思っています。

そんな感じです。
説明というか、記録しておこうと思いつまらない説明の文章が長くなりました!
ビデオを見てもらえたら嬉しいな、と、それだけです!

No(4511)

■…2015年 5月13日 (Thu)…….アメリカンロック
昔からいつも言ってることなんだけれど、なんかアメリカンハードロック的なことやってる身としては、かの国に少なからず憧れはあるし(大人になってからはあんましないけど)、音楽やる環境としても土壌としても、アメリカのどっかの音楽やれそうな場所に住めたらなあ、ということはいつでも考える。けれどもそもそも実際にアメリカに住めたらたぶん俺は音楽をやらない、という根本的な問題がある(笑) この身ひとつの処し方にやるかたない不満があるから音楽をやっているのであって、そういうの全部放棄しちゃったらもう音楽やる必要がないから(笑) 同様の理由で、僕は日本に生まれたからそもそも音楽をやっているのであって、アメリカなりヨーロッパの先進国に生まれていたら別に音楽とかやっていなかった、という問題がある(笑) (そして日本に生まれたこの人生においてもそもそも少年の頃僕はミュージシャンになりたかったわけではない) けれどもこの時代のこの日本にこの世代で生まれたから少なからずユニークな音楽をやれているという事実はある。欧米で生まれ育っていたらもっとありきたりな音楽しかやれなかったはずだ。そうはいっても音楽やる環境としてだだっぴろい場所でおっきい音鳴らせるかの国の環境は少なからずうらやましい、が、だんだん突き詰めていくと、そうとばかりも言えないこともわかってくる。極めていけば結局は関係がないし、本当に良いもの、というレベルまでいけばむしろ日本の土壌の方が優れている部分があることもわかっている。だからそういうのが関係ないレベルまで行けるかどうか、というところだが、インディペンデントにニッチを突いている身としては果てしなく時間がかかる。長生きできれば、ってところだが、そもそも自分は長生きする気はさらさらない。けれども一応クリスチャンであるので、永遠の命があるではないか、とは思う。永遠の中でそういった領域にたどり着けることはなんとなく信じている。

No(4512)

■…2015年 5月13日 (Thu)…….ライバルは誰だ
さて音楽的にやらなきゃいけない宿題はたくさんあるけれどどうせタイプ早いから頭の整理に日記書く。このことはずっと書きたかったんだけれど、ライバルというものがある。人にはいつでも仕事でもスポーツでも恋愛でもライバルというものがいるだろう。僕には、うーん、たいしていなかったけれども。
正直なところ僕はあまりそうしたことは考えないし気にしないタイプだ。けれども周囲の皆は気にしているかもしれない。だからこういうことを書いてみるのは意味があると思う。なにがっていうと、Van Halenの東京ドームのライヴ盤の感想とか所感をいろいろと書きたかったのだけれども。

僕は人生のとある時期でこのイマリトーンズと名付けた自分のバンド、自分の音楽を始めるにあたって、自分の胸のうちに考えていたライバルが一人だけいた。そして、自分にとってのライバルはその人だけだと思っていた。今でも思っている。その方が展開していた音楽は本人の音楽的意図はともあれ正直かなりすごかったと思う。その半分は周囲の環境によって成された奇跡だったとしても正直やはりすごいと思う。けれどもおそらく今はもうその方は音楽活動はあまりされていないのではないだろうか。少なくとも、そんなに積極的にはされていないのではないだろうか。それはそれで、ぜんぜん良いと思っている。なぜなら人生には音楽をやるよりももっといろいろと大事なことがたくさんあるからだ。その方が素敵で豊かな人生を送っていることは想像ができるし、その方が、人生の前半の時期において、僕にインスピレーションを与え、そしてバンドを始めるにあたって、おおいにモチベーションときっかけてを与えてくれたことには、本人がどれだけあずかりしっているかにかかわらず感謝しているし、僕はそのことに関して永遠にgratefulであり続けるだろう。

僕がそのアーティストさんのことを唯一、自分のインディーズミュージシャンとしての達成度をはかるためのライバルと想定したのは、意味のあることだった。なぜなら、ライバル、なんてことを考えてしまったら、誰々に負けたくない、なんてことを考えてしまったら、僕たちはとてもやっていけないからだ。なぜなら、人や世間とのコミュニケーションすらあやうい僕らのようなひきこもりのニッチで弱小のバンドが、そんなことを考えてしまったら、僕はほとんどすべてのミュージシャンに嫉妬しなければいけないことになってしまうからだ。
だから、唯一この人には負けないようにねばりづよくがんばろう、という目標を設定して、その他については自分と人をくらべないようにしたのは良いことだった。

実のところ、今この段階で、僕がその「ライバル」だと考えたアーティストさんに、勝っているのか、負けているのか、よくわからない。見る人によってはぜんぜん負けているかもしれない。でも、だからこそまだまだ僕はやれるところまでやりきらなくてはいけないと思っている。

少しは経験も積んで、ちょっとくらいの実績は積んだけれども、僕らが世間との接点の薄い絶望的に不器用な無名の弱小バンドである、ということは今もまったく変わらないので、自分と人とを比較してもろくなことがない、という状況はいまだにまったく変わらない(笑) そんなことを言ったら僕らよりもちゃんとしている、僕らよりも人気のある、僕らよりも成功している、僕らよりもうまくやっているようなバンドは、それこそ星の数ほどあるのであって、今この瞬間だって周囲の皆さんの活躍している様子をすごいなあと思ってみているし、そんなこといったら文字通り僕は周囲のすべてのミュージシャン、出会うすべてのミュージシャンに嫉妬しなければいけない。だからこそ、僕はそういうことを気にすることは、とっくの昔にやめてしまった。

名声ということについて考えてみよう。
そもそも、そういうことは、僕らが生まれた現代社会という時代においては、昔から少なからずそうだったけれども、ことにこのインターネット時代、名声とかfameとか、有名になることの価値というのは、えらく希薄なものになっているのが現実だと思う。
このインターネット時代、人はものの15分で有名になれるのだ。なにかのきっかけで、なにかの情報がバイラル的に広がれば、本当に一時間後にはその人は世界的に有名人になっている。

それはミュージシャンにとっても同じことで、今の時代には、YouTubeなどのメディアを介して、有名になっている、多くのアクセスやビューを得ているミュージシャンの方々は、それこそそこらじゅうにたくさんいるのだ。

もちろん、そういったミュージシャンの方や、インターネット上でアクセスを集めている人たちは、求められているコンテンツを提供しているのであって、それに価値がないとはまったく思わないし、世間の多くのビジネスに関わる人やコンサルタント的な立場にいる人は、そういった求められるコンテンツを提供することの大切さを説くだろう。

だが、残念ながら、世間と距離がある上で自分たちのロックを究めようとしているミュージシャンたちは、そういったバイラルどうこうの世界とは、前提の部分からすでに違うのだ。そもそも社会の中での前提の部分が違うからこそ、彼らは自ら音楽を作り出すことができるからだ。

だから、そのアクセスやビューを集めている事実と、その人の音楽や芸術が、本当にすごいのかどうか、ということは、まったく切り離して考えなくてはいけない時代なのだと思う。

たとえば、僕たちがずっとお世話になって何度も一緒にライヴをやらせてもらっているB.D.Badge寿朗閣下を考えてみると、先日もまた改めてB.D.Badgeの演奏にぶっとばされたのだけれど、ライヴを見ながら、このすごさをどうやって伝えたらいいのだろう、とはたと考え込んでしまった。
寿朗閣下のロックの凄さは、インターネットやYouTubeなどを介して伝えるには、あまりにもぶっとびすぎているのではないだろうか。情報の密度が多すぎて、記録ができない。圧倒的に、その場にいなければ、その現場にいなければ、体験できない。それは、圧倒的にそれは「体験するもの」であって、体験しなければ永遠にわからないからだ。そんでもって、本来、ロックというものはそういうものだったんじゃないのか。

話がそれた。
だから僕は名声とかアクセス数とかfameといったものは気にするのははるか昔にやめてしまっているのだけれど、そして、だからこそこうしてネット上のポストひとつでさえも世間から遠いものになってしまっているのだけれども(笑) (文章が無駄に長いとか)

あえていえば僕がライバルだと思い競いたいと思っているのは、インディー、メジャーを問わず、もちろん世界中の才能のある優れたミュージシャンたちだ。
その意味では刺激を受け、競いたいと思う人たちはたくさんいるし、たくさんいた。

けれども、最近はどうだろう。つまりはここ1、2年の話だ。
ここ数年、僕は本当に退屈していた。
僕は2000年代の後半を通じて、ニューヨークのアジア系インディーバンド、+/-{plus/minus}に夢中になっていたのだけれど、彼らの作品リリースが途絶えて以来、実際本当に退屈していた。もちろん良いアーティスト、良い作品にはいくつも出会ったけれども、本当の意味で僕に刺激を与えてくれるものはなかった。

そしてこの1、2年くらいの間に、僕の人生の中では、音楽的に、区切りといえるような、象徴的な出来事がいくつもあった。

Suedeの復活アルバムと来日コンサート。
Van Halenの復活作と東京ドームでのコンサート。
bloodthirsty butchers吉村秀樹氏の急逝とラストアルバム。
伝説的な日本のバンドEarthshakerとの出会いと30周年コンサート。
そしてその、+/-{plus/minus}の5年半ぶりのアルバム。
などなど。
(自分自身についてはBacchus「猫ポール」との出会いをきっかけとしたギターサウンド、ギター音楽自体の価値観の破壊と再構築などもあった)

先日リリースされた、Van Halenのライヴアルバムは、本当に自分にとっては象徴的なもので、なぜなら、インタビューで読んだように、彼らはすべてのショウを録音していたのに、なぜよりによって、ライヴアルバムのために選ばれたのは、その東京ドームのショウだったのか、ということだ。(東京ドームのショウを選んだのは他でもないDLRということだが)

もちろん僕は、嫁さんと一緒に、その場に居たし、まあそれほど良い席ってわけじゃないけれど、しっかりとそのDavid Lee RothのVHとしての来日は何年ぶりだかわからないくらいの貴重なライヴを、しっかりと体験した。

ライヴというのは、とても特別な場だと思っている。
人それぞれに、音楽が鳴らされるその場で、感じるものがあり、受け取るものがある。
そして僕はあの日東京ドームで、しっかりと受け取るべきものを受け取った。
Eddie Van Halenという、僕が少年の頃からもっとも尊敬するギタリストから、音と魂を通じて、直接に受け取った(と思う)。

その内容とは、どのようなものだったか。
それは、なかなかうまく言葉にして書くことができないけれど、
その自分にとっての特別なコンサートが、こうして公式なライヴアルバムとして発売されたということは、なんだか出来過ぎなくらいに象徴的だなと思っている。

彼らVan Halenが、東京ドームでライヴをやるのは、たぶん2度目。一度めは、1989年のことで、それはヴォーカリストがサミー・ヘイガーの時代だった。
そして、どういうわけか、僕はその89年の東京ドームのブートレッグを、高校の頃からとっても愛聴していた。いろいろと落ち込んだときや、つらいとき、迷ったときに、そのブートレッグを聴くと、本当に励まされて元気が出た。
彼らがその次に東京ドームで演奏した2013年。僕はその場に居て、また、より特別な意味合いのメッセージを受け取り、そしてそのライヴが公式のライヴ盤になったのは、本当に特別なことだ。

さて、書きたかったのは、その、自分がバンドを始めた当初に、「ライバル」と目して負けないようにしよう、と思っていたアーティストの方が、おそらくもうあまり音楽活動をされていないのであれば、僕はこれから、誰をライバルとして生きていけばいいのか、ということだ。

もちろん、刺激を受けることはたくさんある。身の回りのミュージシャンの人たちから刺激を受けることもあれば、レジェンドたちの歴史的な名演や名盤から新たな出会いと発見をすることもあるし、学ぶべきことは当然いっぱいある。

けれども、誰をライバルとしてがんばっていったらいいのか。
B.D.Badge寿朗閣下は、ひょっとすると今世界でもかなりトップをいっている人かもしれないけれど、寿朗閣下は、あまりにも大先輩で、あまりにも先駆者だ。なんかいろいろな意味で勝てる気がしないし(笑)

あこがれのE.V.H. (エディ・ヴァン・ヘイレン)には、今でも刺激を受ける。このライヴアルバムもあらためて本当にすさまじい内容だし、最近のテレビ出演した映像をYouTubeで見ると、本当にすごいサウンドを出していて、この人は今でも進化し続けているんだということを感じさせられる。同時に、エディに敵うロックギタリストなんていまだに誰もいやしない、ということを痛感させられる。(エディよりも上手く弾ける人は星の数ほどいるが、エディを越えるギターを弾けるやつなんて、誰もいやしない。音符の数のレベルではない。脳みその回転数がまったく違うのだ。)

けれども、そのE.V.H.も、もう僕のライバルにはなってくれないのだ。
そのことは、はっきりと、そう言われたことなのだ。
俺は彼ほどのギターはちっとも弾けないというのに。
でも漫画「ボーダー」風に言うなら、「バトンを確かに渡したぞ」とは、きっとそういうことなのだと思う。

そして、E.V.H.もそうであるように、僕があれほど惚れ込んだNYの+/-{plus/minus}も、勝負の土俵を降りてしまった。その景色がどれほど心地よく、どれほど荒涼として美しいものなのか、それさえも僕は、その彼らの音楽を通じてしたためられた手紙の中から、体験せざるを得なかった。

でも最後に道を示してくれた人がいる。
「このハードルを越えてみろ」
と、やたらめったら高いハードルを設定して、見せてくれた人がいる。
この世とあの世の境目の次元を越えて響く永遠のメッセージを鳴らし、世界中のロッカーの、そして世界中の芸術家に対して、ほとんど「勝ち逃げ」するように去っていったあの人がいる。

才能だけでも、根性だけでも、理想だけでもどうにもならない、血と汗にまみれたそのハードルを、「これを越えてみろよ」と高笑いして格好よく去っていったあの人がいる。

俺はそのハードルを果たして越えることができるかどうか、正直自信がない。
でも、これからの人生の後半、あるいはもはや終盤なのかもしれないけれど、永遠に向けて目標とすべきは、その人の示したその領域であろうと思っている。

有名無名問わず、
こと魂の領域において。
今のところ【地球上最強のロッカー】の称号は、
最後の最後、
bloodthirsty butchers吉村秀樹氏
が、
ひったくっていったように、俺には思えるからです。

こちら

No(4513)

■…2015年 5月15日 (Sat)…….ただのポエム
人が幸せになるための条件として、まず自分の両親や家族を愛せるかどうかという事がある。Yesと言える人は幸せだ。次に自分が生まれ育った町(地元)を愛せるかどうかという事がある。Yesと言える人は幸せだ。次に自分の祖国を愛せるかどうかという事がある。もしYesと言えないのならそれは辛い事だ。それでも駄目ならこの世界を作った父なる神を愛せるかどうかという事がある。Noと言いたい人もきっといるだろう。それでも駄目なのならその神自身が地上に降り立って自分の為に死んでくれたという子(Son)なる神を愛せるかという事がある。たぶん僕は最後のところで引っかかった。だからすべてこれでいいと思えるようになった。でももし君が人を愛せないというのなら、その気持ちは僕なりに理解は出来るつもりだ。

No(4514)

■…2015年 5月17日 (Mon)…….the wandering savior
いろいろ振り返って
世の中には「きっとこれができる」という人間と
「いやそんなことはできっこない」という人間がいる。
自分の人生は「できない」という人々や声に対して
「いや違う。俺たちには出来る。」
と、そう叫び続ける人生だったのだなと。
それが神さんが俺に与えたメッセージだったのだなと。

どうかな、
そうわかったら、
これでずいぶんすっきりとするかい。
色々の事が。

人生の目的はわかったか。
鳴らせる音はまだ残っているか。

No(4515)

■…2015年 5月18日 (Tue)…….おとな向けおままごと
政治は現実に対処するものであって、
感情で行うものではない。
感情に訴える政治というのは下の下だ。
でも現状は、知ってる、うん、ぐぬぬぬ。
そして最近に限ったことでもなければ、
日本に限ったことでもないけれど、
最近じゃ政治家とか知識人というのはファンタジーの世界に生きているのか。
大人向けのご本をちょっと読んでみたら、
まるっきりファンタジーだった(笑)
大の大人が集団ファンタジー。
でもマンガやアニメ、ゲームやオタク文化の国としては、
案外とそれがふさわしいのかもしれない。
思えばずっと集団ファンタジーやってきたじゃない。
この国は、かなり昔から。
さて俺はどうしたらいいんだろう。
日本ってなんだろう。
国ってなんだろう。
あらためて、問うまでもなく。

No(4516)

■…2015年 5月24日 (Mon)…….天の戦い Battle of Heaven
結局人生なんてものは、いろいろ複雑に見えても、Yesと言うか、Noと言うか、それだけのことだと思っている。
それは信仰も一緒で、神に対して、Yesと言うか、Noと言うか、それだけのことだ。なぜなら神には言い訳とか理由とかは通用しないからだ。

私はあなたを信じています。でも、[xxx]だからあなたの言うことは聞かずに自分の思うようにします、みたいなのは無い。
でも実際には人間はそういうものだし、それだから人類はキリストを十字架につけたんだけれども。
俺の人生だって言い訳が無いとは言えない。

人生はなんだかんだいって、愛に向かってYesと言うか、Noと言うか、それだけだ。
そして夢に向かってYesと言うか、Noと言うか、それだけだ。

バンドやってると「夢があっていいですね」なんてよく言われるけれど、バンドとか音楽が自分の夢だったことなんて正直僕には無い。
けれども僕に夢があるとすればやっぱりそれは皆が愛し合うことだ。
僕はその夢をとても強く求めていることが最近よくわかった。
希望が無いと生きていけないからだ。
それは誰だって同じだと僕は思っている。

何か話をしたり、議論をする時には前提ってものがある。
ちょっと会話をしたりするときにもそれがある。
前提ってものが合っていないと、議論も会話も、そもそも成り立たないし、噛み合ない。
だからおおよそ、「あの人とは話が合う」っていうのは、その「前提」の部分が近いということなのだと思う。

前提を話そう。
たとえば今は、どんな時なのか。
But now, first of all you got to know what time it is.

そう、今何時だ。
What time do you think it is.
たとえば君は、人類が今、歴史上で、どういう位置づけにあると思っているか。
今、人類は、何をすべきで、何をするべき時なのか。
未来はどうなのか。
過去はどうだったのか。

たとえば、キリスト教的に言えば、
「キリストの再臨」ってやつは近いのか。
「終わりの時」っていうのは、今なのか。
それとも、それはまだまだぜんぜん先のことなのか。

仏教にも昔から末法思想みたいのがあるし、
「世の終わりは近い」
みたいな考え方は、それはそれでいつだってあるし、
それはそれで、よくないっちゃあ、よくない。
どっかのカルトみたいに過激思想に走っちゃう危険もあるしね。

でも、俺はちょっと違うふうに考えている。
じゃあ、俺は、いったい今、何時だと思っているのか。

そうだね俺は。
たぶん何度も書いている通り、
「この世界はもうすでに終わった」
と思っている。

完了系で、すでに世界は終わった、と思っている。

それが僕の時代認識であり、時の認識であり、
歴史認識であり、世界認識です。

世界というものが、人の数だけ存在し、
頭上に輝く太陽も、人の数だけ存在するのであれば、
この世の終わりというものも、
やはり人の数だけ存在するものなのだろうと、
俺は思っている。
(いいか、俺は音楽家だぜ。それなりに才能もある。)

だからもし臆病な人たちが、
愛し合うことなんてできっこない、
と言うのなら、
それはそれで、僕は構わない。

天には戦いがある。
戦争になったらどうするんだ、
という人に対しては、
僕は最近はいつも言うようにしている。
戦争はもう始まっているよ。
戦いは、とっくの昔に始まっているよ、と。

天には戦いがある。
僕はこう見えても自分としては、
その戦いの最前線に身を投じているつもりだ。
この地上でどこの誰を打ち倒しても、
それは大して勝利でもなんでもない。
もし天の戦いにおいて負けてしまえば、
それは途方も無い魂の損失であり敗北だ。
それは地球人類にとって大きく重くのしかかる。
何億年にわたる敗北になることを知っている。

天には戦いがある。
君たちはもう戦場に居る。
そこの君、戦う準備は出来ているのか。

兵法というものについて書いてみたい。

俺はリベラルの平和主義者だと嘘っぽいことを言いつつも、
最近じゃアー写とか撮ると、自分がいちばん軍人っぽい格好をしている。

俺はサムライとか大和魂とかそういうものも信じてない、
とか言いつつも、
最近じゃアー写とか映像とかバンドのヴィジュアルとか、
そういったサムライを感じさせるような演出を
誰よりも自分が意識してやっている。

そもそもが自分のメンタリティが、
軍人というのか戦いに生きる人間のそれに
いちばん近いのではないのかと思わなくもない。

きっと笑われるだろうけれど
僕にとってやはり楽器やギターや音そのものは、
現実のどんな武器や火器以上に、
強力な武器弾薬だと信じて止まず、
それ以外の何物でもない。
結局のところ昔のサムライとかそういう人たちが
刀に特別に執着していたように、
自分はギターや楽器に対して接しているだろう。

人生を戦いだと言う人がいるが、
もし人生を戦いだと言うのならば、
俺はそれをまったく否定しないし、
むしろ人生は戦い以外のなにものでもない。

君は人生を戦っているか。
戦場に立っている自覚はあるのか。

歌詞に書くように、書いたように、
知っておかなくてはいけないのは、
君は何のために戦うのか、
そして、
戦いの果てに倒れ行く運命なのであれば、
いったい誰のために戦い、
誰のために死ぬのか。

それだけは、今、決めておかなくてはいけない。

だからもう一度言おう。
戦争はもうすでに始まっている。

そして天には戦いがある。

この地上に戦いがあるように、
それ以上に重要で、大きく、激しい戦いが、
天にはある。

兵法というものについて書いてみたい。

まずこの日本において、
右だの左だの、
平和主義だのタカ派だのと言う前に、

たとえば
日本人のタカ派の人が居て、
アメリカ人のリベラルの平和主義の人が居たとして、
実際に犯罪に遭遇した時に、
きっと日本人のタカ派の人は、
とっさに銃を撃つことができないだろう。
そしてたぶん、
その平和主義のアメリカ人の人の方が、
おそらくはためらうことなく引き金を引いて、
銃で犯人を撃つに違いない。

リベラルとコンサバという対立軸や概念も、
それは相対的なものであり、
たぶんそういう意味では、
僕らの国のタカ派の人よりも、
かの国の平和主義の人の方が、
まだ好戦的かもしれない。

それくらい日本という国は平和な国だ。
そして、それは決して恥じることではない。

そしてアメリカの人が、たとえ平和主義の人であっても、
たぶんまだ日本人よりは銃を撃つことができるであろうというのは、
それが生きていく上での「前提」つーのか環境であり、
そして、その銃というもの、犯罪や暴力というものが、
リアリティというのか普通に現実だからだろう。

ではそんな日本の人たちは、
そんな「普通」の中で、リアリティを持って、
「武器」を扱えるだろうか。

武器というものは、ファンタジーだ。
そして「軍隊」というものも、ファンタジーだ。

ギターや楽器の世界だって、
ファンタジーで溢れている。
迷惑なくらいに溢れている。

ギターや楽器ですらそうなのだから、
武器、
軍隊、
戦争。
それらのものには、
はるかに巨大なファンタジーが
渦巻いているはずだ。

僕らを守る人たちには、
賢く、冷静に、そして現実的な判断で、
果敢に行動し、頼れる存在であって欲しい。

では、僕らの国の「保守」と言われる人たちは、
実際にそのように頼れる存在だろうか。

そうであってほしい。
そうであるのであれば、いいけれども。

ファンタジーでしか、
軍事を語れない人たちが、
この国を今、動かしているのではないだろうか。

ファンタジー?

それは、非現実のこと。

では、現実とは、何なのか。

現実が見えてないやつは、誰なのか。

真実とは何で、
現実とは何で、
妄想してるやつは誰なのか。

世界の現実は、今、
どのへんにあるのか。

そして、世界の「前提」ってやつは、
どのへんにあるのか。

そしてそもそも、
その「前提」っていうのを扱うのが、
宗教ってやつなんじゃないのか。

世界は神が作ったんじゃないのか。
違うのか。
聖書には何て書いてあるんだ。
神は信じるものを守ってくれるのか。
それとも守ってくれないのか。
聖書には、
神のことを
万軍の主と書いてないか。
それって戦闘機いくつくらいのことを言うんだ。
核爆弾が何発ぶんのことを言うんだ。
聖書にはどんな破壊力を持った兵器が描かれているんだ。

聖書に書いてあることを
信じないのか。

俺は自称、リベラルだけれども
(ちょっと、そのへんも疑わしいけれど)
俺は、保守の人たちに、
リベラルが足りないぞ、と言っているのではない。

その逆で、
お前ら、ぜんぜん保守が足りないぞ、
と言っているのだ。
ていうか、そもそもお前ら、
保守ですらないじゃないか、
と言っている。
もっと本当の意味で、保守になれないのか、
と言っている。

リベラルとコンサバは、車輪の両軸で、
同じく人類と社会の進歩のために
同じ目的のために、
違う方向から、
ともに協力して進んでいくためのものだ。
子供だってわかる。

だから保守がまずはきちんとしないことには、
頼れる存在であってくれないことには、
リベラルだって安心して革新を起こせないではないか。

軍事はファンタジーだ。
そして、ナショナリズムはいつだって
感情の問題だ。

言ってしまえば、現実的には、
ナショナリズムは感情の問題以上のなにものでもない。

ファンタジーと感情でしか、
世界を語れないやつらに、
軍を動かせるのか。

俺は戦争をするな、
って言ってるんじゃない。

そうではなくて、
俺は、
このままじゃお前ら
戦争に負けるぞ、
と言っている。

過去にそういうことなかったか。
ファンタジーと感情でしか
世界を見れないやつらが
軍を動かした結果、
派手に負けたような実績が、
過去になかったか。

兵法というものについて語りたい。

また「前提」から語ると、
俺は「神」がこの国、日本という国と民族に課したハードルは、
けっこう高いと思っている。

けっこう、というか、ものすごく高いと思っている。
それくらい、歴史と世界の中で、特別な位置づけにある国だし、
それは近代でもそうだったし、WW2後の現代においてもそうだった。

だから、日本というこの僕らの国が、その神さんの課したハードルを
越えられないのであれば、
つまりは世界をリードできないのであれば、
それは世界人類にとって大きな損失つーか、
まあつまりは先は無いだろうと思っている。

そして、たぶん「落第しかけてる」
とかじゃなくて、
すでに完了系で、俺たちの時代のこの現代日本は、
その神さんのテストにすでに「落第」したんだと思う。
まことに遺憾ながら。
非常に残念ながら。

(まあでも、アメリカ見たって、世界見たって、ロックンロールも、落第したよね、残念ながら。今、ロックンロールは敗者復活戦の3巡目くらい。)

兵法について語りたい。

たとえば中国の古典なんか見てみると、
どう書いてあるか。

まずはたとえば孫子なんか見てみると、
「戦わずして勝つのが最上である」
と書かれている。

戦わずに勝つ。
そんなことができるのか。
それはいったいどういうことなんだ。

そしてたとえば、孔子とかさ、論語とか。
孟子でも老子でもいいんだけど、
どういうことが書いてあるか。

「徳をもって天下を治めるのが、真の統治者である」
みたいなことが書いてある。

徳とか、仁とか、そういうやつ。

徳をもって天下を治めるとか、
どうすればいいんだよ、
みたいな。
そんなことできるのか。

実際に、それは簡単なことじゃなくて、
その孔子とかが居た春秋戦国の時代にも、
そんな徳とか仁をもって政治なんかできるやつ、
いるはずもなくて、
孔子はどこの王様にも相手にされず、
野にあって弟子に教えを説くしかなかったし、
そして弱肉強食の戦国時代は、
結局厳罰とか規律をもって法治主義みたいのを徹底した
秦の始皇帝とかそういう誰かによって
制覇されるわけだ。
けれどもその始皇帝の支配も長くは続かなかったわけで。

結局、人の世は、愛の統治からは程遠い。

けれども現実に人類の政治が
愛から程遠かったとしても、
愛の真理、自然の法則、天の真理が、
決して変わるわけじゃない。

つまりは彼らが言っているのは、
戦いに勝つためには、
まずスピリットで、
霊的に優位に立つべきだということ。

霊的に優位に立つことで、
相手のミサイルを封じることもできるし、
戦わずして天下に号令することもできる、
というわけだ。

ほんまかいな。

本来俺たちのこの日本という国には、
そうした「徳」をもって、
霊的に世界をリードするだけのポテンシャルはあったと思う。

買いかぶりかもしれないし、
ひいき目かもしれないが、
思い込みだと言うのなら、
これは俺なりの愛国心だ。

そうした中国の昔の賢人が語るところの、
愛の統治。仁の統治。
それは、
伝説上の昔の中国の王様たちが古代に行っていたように。

そしてそれは、
突き詰めれば、神の統治。
それは、
聖書に書かれた、ダビデやソロモンや、
列王記に書かれた古代の王様たちが、
神を中心に行っていた政治のように。
(まあ、やはりほとんどは神に背いて失敗してる王様ばっかりだけど)

けれどやはり現代においても、
現実は愛の統治からは程遠い。

昔の王様でも、できやしなかったことが、
現代の政治家に、できるわけがない、っちゃあ、ない。

とっくに機能しなくなった、
現代の行き詰まった資本主義社会と、
とっくに機能不全におちいった
現代の民主主義の中で、

やはりそんな神の政治を行えるやつなんて、
いやしなかった。

いつも言っているように、
現代日本の不幸のひとつは、
まともなリベラルとか、
まともな野党が、
ひとつも存在しなかったということもあるけれど、
戦後日本の最大の不幸は、
やはり本来の保守が、
最初っから居やしなかったということだと思う。

そういう意味では、
俺は本来の意味での保守になりたいという
願いは持っている。

結局のところ、
民主主義国家においては、
国民自身の霊的レベルに相応した宰相しか、
選ぶことはできない。
そして、世の中の皮肉の法則がいつだってそうであるように、
それは、国民の中の霊的レベルのもっとも低い部分に
合わせて選ばれるのだ。
(なぜって、政治家というのは「下水処理屋さん」だから)

独裁者というものは、
たいていにおいて、
発展途上国において、
現れるものだ。

あるいは、ヒトラーがそうだったように、
先進国であっても、
経済的に落ちぶれたり、
危機に瀕したときに現れ、台頭するものだろう。

だから俺は、発展途上国に現れる独裁者の相を持った
宰相が登壇したときに、
ああこの国も、こういうレベルまで来てしまったのだと痛感したし、
かつて高貴であったこの国も、
霊的に、いち途上国のレベルまで落ちてしまったことを現実に知ったのだ。

そしてその宰相は、
実際にたった何年かの間で、
この国が民族として国家として持っていた霊的な資産と優位性を、
まったく的確に驚くべき早さで低下させ、捨て去ってしまうことに成功した。

外交の面で、他国に対して持っていた霊的なアドバンテージを捨て去り、
他国と同じか、それ以下のレベルまでこの国を引き下げることに成功し
(つまりそれは、霊的レベルとして、他国の攻撃を受けるレベルになってしまったということだ)

そして内部では、
国のトップに立つ者が、堂々と嘘をつくことで、
それ以来、今ではこの国では、上から下に至るまで、
嘘をつくことが当たり前になってしまった。

もともとが「建て前」という前提の上に生き、
かりそめの平和、という大きな嘘の上に成り立っていた現代の日本社会だったけれども、
そこからさらに悪化し、
真顔のまま平然と、他人を犠牲にして嘘をつくことが前提になってしまった今のこの国の社会で、
何かを培ったり、生み育てていくことが、できるとは俺はとても思わない。

そして軍事においては、
霊的に高度な戦略や兵法を放棄し、
現実ではなくファンタジーに基づいた偽の軍事を掲げ、
恐れというファンタジーを蔓延させ、
それを国民に信じ込ませることに成功させてしまった。

この手腕がいったい何なのかは、
わかるやつにはわかる。
おなじみのやつだ。

だが攻撃がすべて霊的な面においてフォーカスされ
計算された効率的なものであるのは、どういう意味か、
これは知りたくもないだろう。

この霊的な損失と負債は、
きっと遠くない未来に、僕らの上に降り掛かる。

今までこの国を守っていた、
霊的な優位性、つまりは神の守り。
それを失った今、
これからこの国を襲うのは、
もっと恐ろしい現実だろう。

つまりは、霊が滅べば、
国も滅ぶ、という
フツーに天の法則。
聖書の時代から繰り返されてきた。

霊的に低下すれば、
「恐れ」が人々の上を覆う。
恐れは疑いを生み、
疑いは争いをもたらす。
不和、争乱、争いをもたらすのは、
いつの時代だって、自分たち自身だ。

望んで呼び寄せてるんだろうに。
気付きもせずに。

いいか。
Yesと言うか。
Noと言うか。

それだけだ。
どんな情報も。
どんな報道も。
どんなからくりも。

そういったどんなものにも
君の
愛を
夢を
否定させちゃいけない。

たとえ町が殺人であふれても
君は自分の夢をあきらめちゃいけない。

最後の最後まで、
俺たちは戦うんだ。
人類の未来を賭けた、
「天の戦い」を。

天には戦いがある。

俺は平和主義者だ。

だけれども、戦いを否定しない。

なぜなら、この地上に戦いがあるように、
天にも戦いがある。

神が万軍の主と言われるように、
天国にも軍隊がある。

ヨハネの黙示録にもたくさんの戦いが描かれている。
天の軍勢も書かれている。
黙示録の19章とか見てみよう。
天の軍勢を率いるその人は、
白い馬に乗っている。
彼の名前は誰も知らないが、
けれども王の王、主の主、と書かれているらしい。
かっこいいじゃないか。
これぞペインキラー。
BGMはそれしかない。

結論を言おう。
俺は平和主義者だ。

でもそれは嘘だ。
俺のメンタリティは戦う者のそれだ。

俺は戦いを否定しない。
人生は戦いであり、天には戦いがある。
そして俺はその戦いを戦う。
だが俺は真の兵法に則って戦いたいのだ。

俺が付き従うのは、
神の軍勢だけだ。
神が。あの人が。
キリストが、指揮を採るのであれば、
俺は喜んでその命令に従おう。

愛のおおもとが神であるように
兵法のおおもと
つまりは天の法則も
神だ。

おまえは誰のために戦うんだ。

誰と戦うんだ。

何と戦っているんだ。

わかっているのか。

そして君は、
誰のために死ぬんだ。

兵法のおおもとは神。

キリストの指揮のもと、
神の軍勢のために
天の戦いを戦うのであれば、
この命のひとつやふたつ、
みっつやよっつ、
喜んで投げ出そう。

なぜって、
永遠の命ってやつの値段は、
決して安くないからさ。

ここに歌う。

もし国が滅ぶのであれば、
俺は歴史を書き換えたい。

もし俺の知っている日本というものが
なくなってしまうのであれば
俺は新しく国を生み出したい。

歴史を書き換える。
未来もそうだが、未来だけじゃない。
過去を書き換える。

そんなことが可能なのか。

でもそれが今、俺の考えてることだ。

別に歴史書とか、史実とか、教科書とか
そういう歴史や過去のことじゃない。

スピリットの、
魂の、
そして天における歴史の物語のことだ。

教科書とか、歴史書を書き換えることは
誰にでもできる。
権力者はいつだってたぶんそうしてきたんだろう。

けれども、
天の書物、天の歴史書を書き換えることなんか、
誰にもできやしない。

それをやりたいと思っている。

神の魂における歴史を、
未来また過去にわたって、
書き換えようと思っている。

これは俺の音楽家としてのambition(野心)なんだけれど

だれか、俺もやる、っていうやつ、いるかい

音で世界を作ることができると思うかい

俺にはわりと普通のことなんだけれどな

やれるかな

No(4517)

■…2015年 5月24日 (Mon)…….アドバイス
Hello, this is Tak from Imari Tones, Japanese Christian rock band from Japan.
(日本語は下にあります)

Once in a while, I receive emails from young people.
Some of them say they want to play music for God.
Some of them say they want to come to Japan and work for God here in Japan.

It’s a great thing.
I’m really glad and happy about them saying that.

To be honest, I don’t reply all those emails.
That’s because I’m just a human and sometimes I’m too busy or lazy.

However today, something told me to do it differently.
Also I had a few hours before leaving for an acoustic gig.

So I wrote this “reply” and “advice” for young people who are willing to play music for Jesus, and work in Japan.

Dear young friend in Christ,

(First of all, sorry if my english is not good enough.)

This is Tak from Imari Tones.
Thank you for the message.
First I’m really glad you believe in Jesus and His plan to save us all.
I’m really glad you are willing to devote yourself to God and play music for Him.

Once in a while I receive email like yours.
Generally, I used to write a generic reply, such as “Great. Go ahead and chase your dream. God bless.” or something like that.

That is because you are not my closest friend, or we are not talking in person face to face. (I don’t believe very much in Email/Facebook kind of internet talking.)
Or simply because I’m too busy. (Not because I’m a musician but it’s just everyone is busy with his/her life struggles.)
And most importantly, because my English skill was not good enough to talk about such a deep issue.

If you are Japanese and we are talking in Japanese language (which, naturally, I’m much better at) and if we are talking face to face, I would probably give much different answer and advice.

But, I think my English is now a bit better. And Today I have some time to write. Also I feel I should give some more “sincere” advice to young people like you.

So I think today I will give you some more realistic advice, just like I would give to a close friend in Japan.

Before giving any advice, please remember we are not a successful band or anything. We are not famous or commercially successful. We are just another independent band based in Japan. But we are doing it for a while now, while other bands have quit long ago. So I guess it would be a some realistic advice.

1: Playing music general.

If I talk to a young Japanese friend who is wanting to start playing music and “become a rock musician” (or anything), the first advice I would always give to them is “Don’t”.

It may sound a little harsh. But I think that is the most kind advice in rock music.
Because playing music, being in a band, live a life of musician, is a tough thing.
There is not a big chance of being successful.
Your relationship with family and friends will be more difficult.
Most likely you will have financially problems many times in life.
Instead of singing about problems in the world, most certainly YOU will become a problem in other people’s life.

Especially, in this day and age, music industry is shrinking and there is virtually no hope for making a living from music. There is no “dream” out there.

In a nutshell, your life will be much easier and happier if you are not in a band.

Also remember, playing music/being in a band is a DIRTY JOB.
It’s not clean or pretty at all.
I don’t go so far to explaining what “dirty” means here, but it’s TOUGH. It’s DIRTY, and it’s a LABOR.
It takes time. A long long time. You have to sacrifice many things. MANY MANY THINGS.
Is it all worth?
MOST LIKELY NOT.

Chances are, you will have a much better life if you are not in a band and that’s why I say this sincere advice “Don’t” to my young friends. It’s not a recommendable life to be a musician.

Here is the important truth.
Musician is a not something you want to become.
Musician is a life you have to choose because there is no other choice for him/her to choose. It is not a happy life. It is a tragedy. (If you ask, musician is a people who can still smile in that tragedy.)

Did I want to be a musician when I was a teenager?
Was my dream to become a rock musician when I was young?
No. My dream was to become a lawyer.
My dream was to be a decent person who can solve problems in life.
(Instead, I have become a problem myself, haha.)

It means, I had something in life that forced me to give up on my dream.
It was a really hard thing.
And the only thing left in my life was to make music.
I started doing this because I had no other choice left.
It was actually, a sad thing.

Now, if you ARE a real musician, you will end up doing it no matter how hard you try to quit.
And, if you ARE a real musician, you have started doing it EVEN BEFORE you know it.

I was born in a music family. My mother was a piano teacher and my father was singing in a chorus group as he worked for a bank. My sister went to a music college and is now a piano teacher, too.

So you are now 19 and how many songs have you written so far?
I have written about 150 songs by the age 19 and recorded 80 songs demo out of them. (Even though recording equipment back then was much worse than today.)

So, here is what you call “Fair Warning” in English language.
I just gave it to you.
It is a DIRTY JOB.
It is NOT a happy life.
Now you have heard that.

If you think you still go for that in spite of all these thing I just said, well then, It’s your choice.

Just like I said, if you are a REAL musician, you will end up doing it no matter how hard you try NOT to.
Please remember. Sooner you quit, the happier you are. I have met so many “band friends” in my journey. Sooner they quit playing music, the happier they will be. This applied to all of my past friends.

2: About Playing Christian Music

Now all those advices I wrote above were about playing music general. It applies whether you are a Christian musician or not.
Now here is my advice about playing Christian music.

Before that, please remember. This is not about “being a worship leader in a church” or something like that. That’s really different and I don’t know much about what it looks like to be a church musician, USA or any other country.
It is about “to form a Christian band and play in music world out there” thing.

Now, even if you have faith in Christ and you are going to play music for Jesus, my advice is the same: “Don’t”.

That’s not only because of all things I have said above, but also because of two additional reasons.

1. Your faith is NOT strong enough.
2. Your music is NOT good enough.

You say you are wanting to do this, not for your own sake, but for Jesus?
You say you are watching Jesus and not watching your own fame&success?

No. You ARE watching your own fame and success. YES YOU ARE.
That’s why we have SIN and that’s why WE need Jesus in the first place.
Don’t forget you are sinful.
Don’t assume you are clean or special just because you are Christian.
You are as dirty as any secular musician and you have to know that.
You are no different than any other musician.
If you don’t know this, your so called faith will become your WEAKNESS instead of strength.

If you say you want to play music for Jesus even if you are sinful, dirty, and occasionally caring your own fame, well then, it’s your choice.

You say your faith is strong?
No it’s not.
Because you are expecting something special for being a Christian musician.

You will have some support from churches?
No, you won’t.
Will they applaud because you are playing music for God?
No, they won’t.
If they do, trust me, you are doing it somewhat wrong. You have to be careful about that. (Churches/Christians)

You play music for God because you have a support from church and people applaud?
No. God doesn’t like that.
When you play music for God even though you have no suport from churches/Christians, then maybe God will like it more.
I think we will all have this kind of “test” from God.
Remember. Your faith will be tested. Many times.

Now those secular (I say “regular”) musicians out there. They know they aren’t saints. They know they are “bastards”. They have a shabby life. They won’t have support from anyone. Still they keep playing music. It means, their faith in music is stronger than yours.

So if you say your FAITH (both in God&Music) is stronger than any other “regular” musician, then go ahead and play Christian music!

About music.
Music is the most important thing, if you are a musician? Am I wrong?
But in the Christian world, they often say it differently. And I don’t think that’s good.
Matthew 7:16 says “You will know them by their fruits” (Maybe look at Matt 7:15-20)
What is the fruit for musicians? It’s the MUSIC.
So if you are a Christian musician, you have to produce BETTER music.

Do you think Christian Music is better than “Secular” music?

I think that’s what it is supposed to be.
Because “Christians” are supposed to be more rich in spirit.
But the reality is different.

I’m not going to say all the secular music is good.
But in “Secular/Regular” music world they have “more innovative” styles, “newer” things, better song writing, better sound, better shows and simply better quality.

This is NOT good.
I think it’s because our FAITH is NOT strong enough.

We, started as a “regular” Japanese hard rock band, became a Christian rock band after a long musical journey.

We didn’t become a Christian band because we thought it would open a career opportunity for us. We didn’t.
We became a Christian band because we felt it would open up a whole new MUSICAL possibility.

It was a MUSICAL reason.
We did it because we felt it would guide us to a higher musical level.
And we were right. Christian Faith did gave us a whole new dimension to our music. (Whether you agree or not.)

We just wanted to play a good music, a BETTER music. NEWER music.
We still do.
That’s all for us and we wouldn’t have started playing Christian Rock if we didn’t feel that was MUSICALLY cool.

I mean, how do you play BETTER guitar riffs than Jimmy Page and Eddie Van Halen?
It looks like almost impossible.
But you say nothing is impossible with God?
Then prove it!
I think THAT is the meaning of Christian Rock.

Have you ever felt we are only allowed to play “U2 style chime and delay” guitars at church and Christian music world?
If so, something is wrong.

We are supposed to be “more free in spirit” than secular musicians.
But in reality things are opposite.
If so, I think maybe Christian Faith is mistaken by many people.

If you want to start a “Christian Rock Band”, you have to be better and more innovative than “regular” musicians.
You have to have more “freedom in spirit” than regular musicians.

If you are only going to play “some generic style of music” and write some lyrics including the word “Jesus”, please not. PLEASE NOT. Because it does more bad than good.

If you say you can play “BETTER”, “NEWER”, “UNHEARD OF”, “the BEST of BEST” music, then go ahead and do that.

I think there is no point of playing Christian music if you can’t play BETTER music than regular music.

Rock is dead?
Well, I don’t think so.
Because God is Rock and God is ALIVE.
Who else other than Christian Rockers can say that?

3: Playing Music in Japan

Just like I said, this is not my first time receiving email like yours.
Not necessarily about “playing music for God” but also “I wanna work for God in Japan” kind of messages and emails.
I’m not going to say every week, not every month. But let me say every couple of months I receive this kind of messages somewhere on internet.

It is a good thing. It is GREAT actually. I’m really happy that you have this passion and love for our country Japan.

But my advice here is the same. “Don’t”.
The reasons are mostly the same as those advices for musicians above.
Because it is TOUGHER than you think.
and…Because your FAITH is NOT strong enough.

Spreading Gospel in Japan is more difficult than you think.
This is the one of the most desperate war ground for Christian missionaries.
If you are not prepared, don’t come at all.
(and, just like musical calling, if you are really called by God, you will end up being here no matter how hard you try to avoid.)

Thing is, spreading Gospel in Japan is almost as difficult as becoming a rock star.
People won’t listen.
It is a dirty job.
You won’t have a support.
You will have financial problems.
You will ask yourself “Why am I doing this?”

It’s not like people don’t listen at all, or it’s not like people don’t understand the story of Jesus. But it’s a problem BEFORE those things. It’s called Social and Cultural Background. So, don’t ever try to apply YOUR Christianity to those Japanese people. It just doesn’t fit. Instead, try and help Japanese people to find the style of Christianity that fits to their Japanese life, just like finding the right size of the dress.

One of my advices here is, have a respect for Japanese people and Japanese culture.
Don’t assume you are better just because you know Jesus.
You are no better than anyone. You are a sinner just like Japanese people are.
Don’t try to teach them.
Learn from them.
Become a friend.
Most likely you will find some kind of GODLY HEART in Japanese people, which you haven’t seen in any other place. I think that’s the key to Christianity in Japan.

I don’t know. I’m getting really emotional and passionate as I write this.
Sorry if I lost my point.

But well, if you say you want to play music in Japan, form a band in Japan, it’s great.

My advice here will be, first just try to “make a life” here before trying to start playing music.
Get a job here. Know people. Know culture. Make friends. Make yourself “rooted” in this place. Live a life. Then after that, you can start a band.

I think Japan is not a “very friendly” place to foreigners.
I mean, people are generally nice, but the government and immigration laws and systems, I heard they are “not very open”. So here you will have a visa issue and whether you can stay in Japan, how long you can stay in Japan, God only knows. Get married to a Japanese girl/boy? Well, a good idea. But is that really a life you want?

Also finding band members is always difficult. We all struggle about it. People start a band real easy. People quit a band real easy. It all happens. So if you ask me “How can I find the band members in Japan?”, I don’t have a clue.

But yes, if you come to Japan, yes we can have a cup of tea, talk face to face and I can give you an advice or two. Also I can introduce you to some churches and pastors, as well as to my Christian friends.

Don’t forget I’m also another just regular person. Not a rock star. I have my own life struggle and not always free.
But if you understand that, I will be happy to see you and help you.

Another “Fair Warning” about playing music in Japan is, things are very different from USA.
I think it takes much more money to play music here.

In USA you often practice in someone’s garage, but here in Japan we don’t have that kind of place. (You will know it when you come here.) You will have to use some expensive rehearsal rooms.

Or, in USA you will play a gig at a bar and you will get some kind of (even if small) money. But in Japan, most music venues are expensive “Pay To Play” places. That’s just the way things are. You will have to, for example, $200-400 to the venue every time you play a 30 minutes gig unless you already have a big following. So usually it’s not like “Let’s play a gig every weekend.”

Recently things are changing little by little, thanks to the good spirited independent musicians like us, but please remember music situation is much different than in USA/Europe in many ways.

4: Idol Trap

Lastly,
this is my most important advice about playing music for God.
Please make sure you are playing your music for God, and Love.
Don’t play your music for an idol.

I mean, it’s really easy to play music for an idol.
I think many people are doing it without knowing it themselves.

When you say “God” and “Love”, is that really God?
Or is it just a signboard that says “God” and “Love”?

If it’s just a signboard/symbol kind of thing, it is a thing called “idol”.
As you know, it is a sin to worship an idol.
(I remember one of my friends called it “Plastic Jesus”.)

So please be careful and make sure you are singing for real God. Not some plastic one.

Okay.
These are my advices.
And this is my “Love Letter” from my heart to you.

Thanks for your passion.
Thanks for you love for God.
Thanks for you love for Japan.

Hope God will guide you as you make a life decision.

In Christ,
Tak / Imari Tones (Japan)

ハロー、私は日本のクリスチャンロックバンド、Imari Tones (伊万里音色)のTakです。

時折、私は若い人たちからのメールをもらいます。
彼らは神様のために音楽をプレイしたいと言う人たち。
あるいはまた、日本に来て、日本で神様のために働きたいという人たちです。

それは素晴らしいことです。
僕はそのことについてとても嬉しいし、そう言ってくれることについてとてもありがたく思っています。

正直に言えば、僕はそれらのメールにすべて返信するわけではありません。
なぜなら僕も人間であり、時には忙しかったり、単に面倒だったりするからです。

けれども、今日は、何か思うことがあって、いつもと違うようにしようと思いました。
そして、アコースティックライヴのために出かける前に、少し時間がありました。

なので、僕はこの「返信」と「アドバイス」を、ジーザスのために音楽を演奏し、そして日本のために働きたいと思っている若い人たちのために書きました。

キリストにある親愛なる若き友人へ

(まず最初に、僕の英語があまり上手くなかったらすみません)

僕はImari TonesのTakです。
メッセージありがとう。
まず最初に、君がイエス・キリストを信じていて、僕たち皆を救うための神の計画について信じていることについて嬉しく思います。
そして君が自分の身を神に捧げて、神のために音楽をやろうとしていることに対して嬉しく思います。

時折、僕はこのようなメールをもらうことがあります。
普段は、たとえば「素晴らしい。がんばって自分の夢を追いかけなさい。神の祝福があるように。」などと、当たり障りの無い返事を書くことが多いのです。

それはなぜかというと、君は僕の親しい友人というわけではないし、また面と向かって話しているわけでもないからです。(僕はメールやFacebookなどのインターネットのコミュニケーションはあまり信じていません)
あるいは単純に忙しかったりするときもあります。(別にミュージシャンだからということではなく、人間は誰でも人生のいろいろなことで忙しいからです。)
そしていちばん大きな理由として、僕の英語の能力が十分でなく、このような深い話題について語ることができないからです。

もし君が日本人で、僕たちが日本語で話しているのであれば(もちろん僕は日本語の方がずっと得意です)、そして面と向かって直接話しているのであれば、僕はきっと、また違った回答やアドバイスをするでしょう。

けれども、僕の英語も少しはましになりました。そして、今日は僕は少しばかり書く時間があります。そしてまた、僕は君のような若い人たちに対して、より誠実なアドバイスをした方がいいと思いました。

なので、今日は僕は、たとえば日本の友人にするのと同じような感じで、より現実的なアドバイスをしようと思います。

アドバイスを言う前に、覚えておいて欲しいのは、僕たちは別に成功しているバンドでも何でもないということです。僕たちは有名でもなければ、商業的にも成功していない。僕たちはただの日本のインディーバンドのひとつです。けれども、僕たちは、たくさんのバンドが止めてしまったりする中で、わりあいと長いこと続けてこれているので、ある程度現実的なアドバイスができるのではないかと思っています。

1: 音楽を演奏すること全般について

もし僕が、音楽を初めてロックミュージシャン(あるいはそのような何か)になりたいと言う日本の若い友人と話すとしたら、僕はいつも最初にこういうアドバイスをするようにしています。「やめておけ」

ちょっとひどい言葉のように思うかもしれません。けれども、これはロックの世界でいちばん親切なアドバイスだと思います。
なぜなら、音楽をやって、バンドをやって、ミュージシャンとしての人生をやることは、とても大変なことだからです。
成功するチャンスなんてぜんぜんありません。
家族や友人との関係も難しいものになります。
人生の中で、経済的な問題も何度となく直面するでしょう。
あなたは世界の中の問題について歌う代わりに、あなた自身が他の人たちの人生における問題になるでしょう。

特に、最近の時代では、音楽業界はどんどん衰退しており、音楽を通じて食べていける可能性はほとんど無いと言っていいと思います。「夢」みたいなものは、ぜんぜん無いのです。

てっとりばやく言えば、バンドなんてやらない方が、人生は楽しいのです。

そして覚えておいて欲しいのが、音楽をやる、バンドをやる、ということは「汚い仕事」なのです。
まったく、きれいでも、華やかでもありません。
どういうふうに「汚い」のか、わざわざ説明しませんが、それは大変だし、汚いし、そして疲れる労働です。
時間もかかります。とても長い時間がかかります。そしてとてもたくさんのものを犠牲にしなければいけません。とても、とてもたくさんのものです。
そして、それだけの苦労をする価値があるでしょうか。
おそらく、ありません。

多くの場合、バンドなんてやらない方が、より良い人生を送ることができるのです。それが、僕が若い友人に対して「やめておけ」と心からのアドバイスを送る理由です。音楽をやるなんてことは、人に勧められる人生ではないのです。

そしてここに重要な真実があります。
ミュージシャンというものは、望んでなるものではないのです。
ミュージシャンというのは、他に選択肢のない人が、仕方なく選ぶものなのです。
それは決して幸せなことではなく、どちらかといえば悲劇です。
(もし問うのであれば、ミュージシャンというのは、そうした悲劇の中でも笑うことができる人たちのことです。)

僕はティーンエイジャーだった頃、ミュージシャンになりたいと思っていたでしょうか。
若い頃、僕の夢はロックミュージシャンになることだったでしょうか。
違います。
僕の夢は法律家になることでした。(正確には検事になるのが夢でした。)
僕の夢は、きちんとした人間になって、人々の人生の問題を解決してあげられる人間になることだったのです。
(そのかわりに、今では自分自身が社会の中の問題になりました、ははは。)

それはつまり、僕の人生の中で、夢をあきらめなければいけないような何かが起きた、ということです。それは辛いことでした。
そして、唯一残ったものが、音楽を作ることだったのです。
僕は、他に残った選択肢が無かったから、音楽を作り始めたのです。
それは実際のところ、結構悲しいことでした。

もし、君が本物のミュージシャンであるのであれば、どれだけそれを自分で止めようとしても、結局君は音楽を作るでしょう。
そして、君が本物のミュージシャンであるのであれば、自分でもそうと知らないうちに、音楽を作ることを始めているでしょう。

僕は音楽一家の中で育ちました。僕の母親はピアノ教師で、父親は銀行に勤めながらも合唱団で歌い続けていました。妹も音大に行き、ピアノ教師になりました。

君は今19歳だということですが、今までに何曲の曲を作りましたか?
僕は19歳の頃までには、150曲くらいの曲を書いて、そのうち80曲くらいはデモとして録音していました。(当時の録音機材は今とくらべれば質の悪いものでしたが)

なので、これがいわゆる英語で言うところの”Fair Warning”(公平な警告)というやつです。
音楽は、汚い仕事です。
そして、辛い人生です。
確かに警告しましたよ。

もし君が、ここまで書いたこれらのことにもかかわらず、まだ音楽をやろうと言うのであれば、それは君の選択です。

たった今言ったように、もし君が本当のミュージシャンであれば、どんなに自分でそれをやるまいと思っても、結局はやることになるのです。
覚えておいてください。音楽をやめるのが早ければ早いほど、幸せになれます。僕は今までバンドをやる中で、たくさんのバンドの友人に出会ってきました。彼らがバンドをやめるのが早ければ早いほど、彼らは幸せになることができます。それは、ほとんどの友人にたちに当てはまることでした。

2: クリスチャンミュージックを演奏することについて

上に書いた、音楽全般を演奏することについてのアドバイスは、クリスチャンミュージックを演奏する人にも、そうでない人にも当てはまることです。
そしてこれから、クリスチャンミュージックを演奏することについての僕のアドバイスを書きます。

その前に、覚えておいて欲しいのは、これは「教会でワーシップリーダーをやる」とか、そういうのとは違うことだということです。それは違う種類のことだし、アメリカであれどこであれ、教会のミュージシャンとして働くことについては、僕はあまり知りません。(そもそも日本ではそれは職業として成り立たない)。これは、クリスチャンのバンドを結成して、世の中に出ていって音楽を演奏する、ということについてのアドバイスです。

さて、もし君がイエス・キリストへの信仰を持ち、神のために音楽を演奏したいと思っていたとしても、僕のアドバイスは変わりません。すなわち「やめておけ」ということです。

その理由は、上に書いた理由の他に、2つのことがあります。

1. 君の信仰が十分に強くないから
2. 君の音楽が十分に良いものではないから
このふたつです。

君は、自分はイエス様のために音楽をやるのであって、自分のためではない、と言います。
君は、自分はイエス様だけを見ているのであって、自分自身の成功や名声は見ていない、と言います。

それは違います。君は、自分自身の成功と名声を見ています。見ているんです。
それが、僕たち人間の罪というものであり、だからこそ僕たちはジーザスを必要とするんです。
僕たちが皆、罪を持った存在だということを忘れてはいけません。
ただ単に自分クリスチャンだからと言って、自分が潔白だとか、特別だとか思いこんではいけない。
君は、セキュラー(一般)のミュージシャンと同じように汚れているのです。
そのことをしっかり知っておかなければいけません。
君は、その他のミュージシャンと何も変わりはないのです。
このことを知っておかないと、君のいわゆる信仰は、君の強みになるかわりに、君の弱点になってしまうでしょう。

もし君が、自分自身が罪にまみれていている存在であり、自分自身の成功や名声を度々気にかけてしまうとして、それでもイエス様のために音楽をやりたいというのであれば、それは君の選択です。

君は、自分の信仰が強いと思っていますか?
いいえ、強くはありません。
なぜなら、君はクリスチャンミュージシャンであることで、特別な何かを期待しているからです。

君は、教会からの援助を受けられるでしょうか。
いいえ、受けられません。
皆は、君が神のための音楽を演奏していることについて、賞賛するでしょうか。
いいえ、しません。
もし彼らが皆、君のことを賞賛したとしたら、たぶん君は何かのやり方を間違えています。このことについては、気をつけた方がいいと思います。(教会や、クリスチャンの人たちについてです。)

君は、教会からの援助を受けて、人々が賞賛するから、神のための音楽を演奏するのですか?
神様は、それを好みません。
教会やクリスチャンの人々からの援助がなにもなくても、神のための音楽を演奏するというのであれば、たぶん神様は、それをより好きになってくれるでしょう。
僕たちはたぶん、こういった神様からのテストを経験するのです。
覚えておいて下さい。あなたの信念、信仰は試されます。何度も。

では、一般の(secular)ミュージシャン、僕はsecularではなくregularと呼びたいと思っていますが、彼らは自分たちが聖人君子ではないことを知っています。彼らは自分たちがろくでなしであることをわかっています。彼らの人生は誉められたものではありません。彼らは誰から支援を受けているということもありません。けれども、彼らは音楽を演奏し続けています。それはつまり、彼らの音楽への信念、信仰が、君よりも強いということです。

ではもし、君の神に対する信仰、そして音楽に対する信念が、彼ら「一般の」ミュージシャンよりも強いというのであれば、どうぞ出ていって、クリスチャンミュージックを演奏してください!

音楽について話しましょう。
もし君がミュージシャンであるのであれば、音楽というのは最も大切なものです。違いますか?
けれどもクリスチャンの世界では、違った言い方をされることが多いと思います。そして、それはよくないことだと思います。
マタイの福音書の7章16節は、人はそのつける実によって見分けることができると言っています。(マタイの7章15-20を見てみましょう。)

ではミュージシャンにとっての実とは何でしょう。それは音楽です。
だから、もし君がクリスチャンミュージシャンであるのであれば、君は「より良い」実を結ばなくてはいけません。

君は、クリスチャンミュージックが、一般の音楽よりも優れていると思いますか?

本来は、そうあるべきだと思います。
なぜならクリスチャンは、そうでない人たちよりも魂が豊かなはずだからです。
けれども、現実は違いますね。

もちろん、すべての「世俗の」音楽が良いと言っているわけではありません。
けれども、世俗の一般の音楽の方が、より革新的だったり、新しいものがあったり、楽曲も良かったり、サウンドも良かったり、ショウも良かったり、単純に質が高いですね。

これは、よくありません。
これはつまり、僕たちの信仰が十分ではないということだと思います。

僕たちは、普通の日本のハードロックバンドとしてスタートし、その後に、長い音楽的な旅路の末に、クリスチャンバンドになりました。

僕たちは別に、クリスチャンバンドになれば、キャリアの可能性が開かれると思ったからクリスチャンバンドになったわけではありません。
そうではなくて僕たちは、それが新たな音楽的な可能性を開いてくれると思ったから、クリスチャンバンドになったのです。

それは音楽的な理由からくることだったのです。
僕たちは、それが僕たちをより高い音楽レベルに導いてくれると思ったから、クリスチャンミュージックに取り組み始めたのです。
そしてそれは正しい判断でした。キリスト教の信仰は、僕たちの音楽を新しい次元に導いてくれました。(同意してくれるかどうかわかりませんが)

僕たちは単純に、良い音楽を、そしてより良い音楽を、より新しい音楽を演奏したかったのです。今でもそう思っています。
もし僕たちがクリスチャンロックを、音楽的にクールだと思わなければ、僕たちはやらなかったでしょう。

つまり思うのです。
ジミー・ペイジや、エディ・ヴァン・ヘイレンよりもすごいギターリフを、どうやったら作れるか。
そんなことは、ほとんど不可能です。
けれども、キリスト教では、神には不可能はなにひとつない、と言うでしょう。
じゃあ、それを証明してみせてよ!
僕が思うに、これこそがクリスチャンロックというものの意義だと思うのです。

君は、教会とかクリスチャンの間では、U2みたいなチャイム&ディレイのサウンドのギターしか弾くことが許されていない、と感じたことはありませんか。
もしそうであれば、きっと何かが間違っているのです。

クリスチャンミュージシャンは、本来、魂において、一般のミュージシャンよりも自由であるはずです。
けれども、現実にはその逆です。
だとすれば、キリスト教の信仰というものについて、きっと多くの人々は勘違いをしているのです。

もし君が「クリスチャンロックバンド」を始めようというのであれば、君は「一般の」ミュージシャンよりも優れていて、より革新的でなければいけません。
そして一般のミュージシャンよりも魂が自由でなければいけません。

もし君が、よくあるスタイルの音楽をやって、単に歌詞の中にジーザスが出てくるだけの音楽をやるつもりなのであれば、どうか止めてください。お願いだから、止めてください。なぜなら、それは有益なことよりも、害悪にしかならないからです。

もし君が、「より良い」「より新しい」「聴いたことのないような」「最上級の」音楽がやれるというのであれば、どうぞ行って、それをやってください。

僕が思うに、一般の音楽よりも優れた音楽をやるのでなければ、クリスチャンミュージックに意味はありません。

Rock is dead?
ロックは死んだ?
俺はそうは思わない。
なぜなら、神はロックであり、そして神は生きているから。

そんなことを、いったいクリスチャンロッカー以外の誰が言うことができるでしょうか。

3: 日本で音楽をやることについて

先ほど言ったように、こうしたメールをもらうのは僕は初めてではありません。
必ずしも「音楽を演奏する」ということでなくても、「日本に行って神様のために働きたい」というような内容のメールはよくもらいます。
毎週ってわけではないし、毎月ってわけでもありませんが、2ヶ月に一度くらいは、インターネットのどこかでそういったメッセージをもらいます。

それは良いことです。実際のところ、それは素晴らしいことです。僕はとても嬉しいし、君たちが日本についてそのように情熱と愛を持ってくれることについて、とても嬉しく思います。

けれども、ここでの僕のアドバイスはやはり、「やめておけ」です。
その理由は、上に書いたミュージシャンへのアドバイスとほとんど同じです。
なぜなら、それは君が考えているよりもずっと難しいことだから。
そして、そう、君の信仰が十分に強くないから、です。

日本において神の言葉を広めることは、君が考えている以上に難しいことです。
日本は、キリスト教のミッショナリー(宣教師)にとって、もっとも過酷な場所のひとつなのです。
もし戦う準備が出来ていないのであれば、来るベきではありません。
(そして、音楽の使命と同じように、もし君が本当に神に呼ばれているのであれば、自分自身でどんなに避けようと思っても、君はここに来るでしょう。)

問題は、日本で神の言葉を広めるということは、ほとんどロックスターになるのと同じくらい難しいということです。
人々は、聴いてはくれません。
それは、汚い仕事です。
援助は受けられません。
経済的な問題に直面します。
あなたはきっと「どうして私はこんなことをしているの?」と自問するでしょう。

人々がまったく話を聴いてくれないというわけではありません。また、人々がイエス・キリストの話を理解しないというわけでもありません。これは、それ以前の問題なのです。つまりそれは、社会や文化の背景というものです。
ですから、君の(君の国の)キリスト教を、日本の人々に当てはめることはしないようにしてください。それは、単純にフィットしません。そのかわりに、ちょうどいいサイズの服を選ぶようにして、日本の人たちの日本の人生に合ったキリスト教のスタイルを、一緒に探すようにしてください。

僕のアドバイスのひとつとしては、日本の人たちと、日本の文化に敬意を持ってほしいということです。
イエス・キリストを知っているからといって、自分の方が優れているとは思わないことです。
君は皆と同じです。優れているわけではない。日本の人々がそうであるように、君もまた同じ罪人です。
彼らを教えようと思ってはいけない。
彼らから学んでください。
友達になってください。
おそらく、君は日本の人々の中に、ある種の「神を知る心」を見つけるでしょう。それは、世界の他のどこで見たものとも違うものでしょう。そして、私はそれが日本におけるキリスト教の鍵だと思っています。

わかりません。これを書いていて、私は感情的になってしまいました。もし要点を外れていたらごめんなさい。

けれども、そうですね、それでも君が日本に来て、バンドを結成したいというのであれば、それはそれでいいでしょう。

僕の現実的なアドバイスとしては、バンドや音楽を始めようとする前に、まずはここへ来て、生活を固めることだと思います。
仕事を見つけ、人々と知り合い、文化を学び、友達を作り、ここに生活を根付かせてください。
その後で、バンドを始めることができるでしょう。

日本は外国人にとって、決して、親切な場所ではありません。
つまり、人々はとても親切ですが、政府や、移民制度はあまりオープンではないという話をよく聞きます。
ですからビザの問題があり、君が日本に滞在できるか、どのくらいの期間滞在できるかは、神のみぞ知るという感じだと思います。
日本の女性(男性)と結婚するというなら、それはそれで良いアイディアかもしれませんが、果たしてそれは君が望む人生ですか?

バンドのメンバーを見つけるというのも難しい事です。僕たちはみんな、その点で苦労しています。人々は簡単にバンドを始めたと思うと、簡単に止めてしまったりします。いつでもそういうことは起こります。なので君が、「どうやって日本でバンドメンバーを探したらいいのか?」と聞くのであれば、僕は「さあ、わからない」としか言えません。

けれども、そうですね、もし君が日本に来るというのであれば、お茶でも飲んで、実際に会って面と向かって話すことは出来ます。そうしたら、アドバイスのひとつやふたつはできるでしょう。また僕の友人や、いくつかの教会や牧師に紹介することもできます。

けれども僕も普通の人間であって、ロックスターではありません。僕も自分の人生があり、いつも暇があるわけではありません。それを理解してくれたら、君に会って手助けをすることもできると思います。

日本で音楽をやることについてのもうひとつの「公平な警告」は、音楽をめぐる環境がアメリカなどとはかなり違うということです。
たぶん、日本で音楽をやるということは、かなりお金がかかります。

アメリカでは、バンドの練習するのに、どこかの家のガレージで行うのが一般的だと言いますが、日本にはそういう場所はありません。(日本に来てみればわかります)。練習するにも高価な有料のリハーサルルームを使う必要があります。

また、アメリカではバーで演奏すると、少ないながらも幾ばくのお金をもらえたりしますが、日本ではほとんどの音楽ベニューは高価な”Pay To Play”の場所になります。日本ではそれが普通なのです。最初からたくさんのファンが居ない限りは、30分のショウをやるために$200-400くらいのお金をベニューに支払うことになります。なので、多くの場合、毎週末ギグをやろうぜ、っていう感じではありません。

最近では、僕たちのような善意のインディーズミュージシャンたちによって、少しずつ状況も変わってきています。けれども、日本の音楽をめぐる状況は、アメリカとかヨーロッパとは、いろいろな面でかなり違うということを覚えておいてください。

4: 偶像の罠

最後に、これは神様のために音楽をやるにあたっての、僕のいちばん大事なアドバイスです。
君が、神のために、そして愛のために音楽をやっているんだということを、間違えないでください。
「偶像」のために音楽をやることのないように。

つまり、偶像のために音楽を演奏するということは、それくらい簡単に陥ってしまう罠なのです。
たくさんの人が、自分たちでも気付かないうちにそれをしてしまっていると思います。

君が「神」と言うとき、「愛」と言うとき、それは本当に神ですか?
それとも、「神」とか「愛」と書かれたただの看板、つまり「記号としての愛」ではないですか?

もしそれがただの記号であるならば、それは「偶像」と呼ばれるものです。
知ってのとおり、偶像を崇拝することは罪です。
(僕の友人の一人はそのことを「プラスチックジーザス」と言っていました)

なので、気をつけて、プラスチックの神ではなく、本物の神のために音楽をやるようにしてください。

オーケー。
これが僕のアドバイスです。
そしてこれが、僕の心からのラブレターです。

君の情熱にありがとう。
君の、神様への愛にありがとう。
君が日本に対して抱いている愛にありがとう。

あなたが人生の決断をする中で、神様がどうかあなたを導いてくれますように。

キリストにあって
Tak / Imari Tones (伊万里音色)

No(4518)

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