2015年8月の日記

■…2015年 8月 2日 (Mon)…….Mother I don’t want to go to school today
80年代メタル的なギターの話題だけれども些細な発見があったので。
インスタ等のポストのコピペ。

8/8のジーザスモードのライヴ用に弦を替えようとしてギターを手に取ったら発作的にExtremeの1stのMuthaイントロのヌーノのソロをコピーしてしまった。素晴らしいソロだが内容は意外とシンプルだった。元々ヘヴィメタルギタリストになりたかった訳じゃないんでこういうコピーはサボっていて今更いい歳してやってみたりする。半下げ、かつドロップDなんだね、この曲。もろにVan Halen。

やっぱり80年代メタルは時々聴いてしまいます。僕はExtremeは80年代のヘヴィメタル、ヘアメタルの完成形、総決算として、また90年代にはそのさらに先へ行ったバンドとして評価していますが、このMuthaのイントロのソロも80年代ヘヴィメタルのvirtuosityを象徴する名ソロだと思っています。でも実際にコピーしてみると意外なほどにシンプルな演奏で構成されていたので驚きました。Nuno Bettencourtはある意味Eddie Van Halenを越えたという評価もされている僕も大好きなアーティストの一人ですが、このソロをコピーしてみて、自分はギタリストとしてヌーノはEVHを越えていないと確信しました。

No(4564)

■…2015年 8月 5日 (Thu)…….Not of This World
To doリストにはいろいろなこと山積みで、こんなことやってる場合じゃないんですが(いつもそう言っている気はする)、日記にも書きたいことがたくさんあるので書いておきたい。

もう2週間くらい前のことだろうか。
“Not Of This World”というタイトルの曲を書いた。

Not of this worldという言葉自体は、クリスチャン、キリスト教の世界ではよく使われる言葉のひとつではあると思う。
ことスピリチュアルな内容が詰まっていることで有名なヨハネの福音書の17章にある言葉で、自分はこの世界の人間ではないのだ、という感じの言葉である。
あるいは「自分は宇宙人だ」と言うのに近いかもしれない(笑)

曲としては至極シンプルな曲だ。
Van Halenっぽい影響が見え見えな、単純なハードロックのポップソングだ。
こういう曲は高校生の頃から何度でも書いてきたし、別段新しいことは何にもない。
なぜこんな曲を書いたかというと、
ちょっと思うところがあり、どまんなかストレートなまっすぐな曲を書いてみたかった。今さらに。

つまりはVan Halenなんだけれど、自分がVH風の曲を書くと、どうしてもどちらかというとVan Hagar、つまりサミー・ヘイガー時代の感じの曲になることが多い。
これは別にサミー時代の方が好きだというわけでは全然なく、つまり自分はデイヴ時代もサミー時代も、短命だったゲイリーの時も、全部等しく好きなのだ。
ただ、ただひとつ選ぶとすれば、そしてVan Halenというバンドの本質ということについて言えば、やはり初期のDave Lee Rothの時代が一番だと思う。

けれども、デイヴ時代の楽曲や、そのスタイルは、どれもぶっとびすぎていて、ぶっちゃけ、真似するのが難しい。ファーストアルバムあたりは、クラブ時代の名残でわりときっちりと形が決まっているのでまだ再現は出来るだろうけれども、Fair Warningや1984あたりになるとギターワークも飛びまくっているし、デイヴのヴォーカルのキャラクターといい、楽曲の骨組みといい、奇天烈なリズムといい、ちょっとハードルが高い。

その点、サミー時代のVan Halenの楽曲は、ポップソングとしての形がしっかりと決まっているため、「普通の人間」にも比較的再現がしやすいのだ、と思っている。
要するにサミー時代の方がまだ「普通」だから手が届きやすいのだ。

そして、VHはいつでもそうであったと思うけれど、
80年代ハードロックの王道を歩み続け、その果てにたどり着いた90年代あたりのVan Hagarは、そういった普遍性を下敷きにど真ん中ストレートな音を鳴らすことが出来ていた。

これがロックの王道なのだ、これがロックの正義なのだ、そしてこれがアメリカの正義なのだ、と言わんばかりの堂々としたサウンドを鳴らすことが出来ていた。

「アメリカの正義」なんていうと大袈裟だけれど、でも当時のVan Halenを見ると決して大袈裟ではなかっただろう。彼らこそはアメリカンハードロックの象徴だったからだ。

僕はたぶん音楽人生の中で、二度くらいはアメリカという国とそのロックに憧れた経験があって、そのどちらも、その後わりと裏切られているんだけれど(笑)

その「ど真ん中」を行くようなナショナリズム、っていうと言葉が違うけれど、国全体を代表するような、自分たちの故郷や祖国を誇るような、そういうのを見ると、うらやましいな、とは思うので、
今度、これから僕たちImari Tonesの取り組む、「鍋島」はかなり日本を意識した和風ハードロックであることなので、「そういうまっすぐな愛国心、じゃないけれど、地元愛、に満ちた王道のロックを鳴らしてみたらどうなるだろう」と思って、まあ日本風ではぜんぜんないけれど、Van Halenフリークな人生の締めくくりに、そういうのをもいっぺんやってみよう、と。

思ったら思いついた。
つまりは、パクったれ、と思ったのである。Van Hagarを。
言っても俺は今までだってVan Halenからの影響を隠そうと思ったことはないし、全力でVan Halenになりに行ってるし、全力で真似しているし、それっぽい楽曲を作ったことも何度でもあるけれど。
もいっぺん露骨にそれっぽいのやったろうと思って出来たのがこの”Not Of This World”なのである。
リフはパクリを意識してHamerのコリーナV弾いてたら、
メロディは自転車に乗って信号待ちしてたら出来た。
(たとえばVHのTop of the WorldにしてもエディはヴィンテージのGibsonコリーナVでレコーディングしたらしいので)

で、結果から言うと、ぜんぜん予定外の楽曲になった。
ああこの国に生きるのは素晴らしい。
ああこの世界に生きるのは素晴らしい。
俺たちはなんて素晴らしい世界、素晴らしい国に、素晴らしい仲間と生きているのだ!
という感じで作ろうとしたのに、サビのメロディにぴったりきたのは「俺たちはこの世界に属する人間ではない」という聖書の言葉だったわけだ。

ナショナリズムも愛国心もあったもんじゃない(笑)

もちろん、今取り組んでいるコンセプトアルバム「Jesus Wind」も、
その後に取り組む自分たちの究極である「鍋島」も、
和風も日本もナショナリズムも色濃い作品だけれども、
いちばんまっすぐに自らの出自を賛美しようと象徴的に王道のハードロックを作ろうとしたら、
出来てしまったのが「この世界ではない」という曲だった、というのは、
すごくやはり自分を象徴しているかもしれない。

まあ聖書にそう書いてあるわけだから、別に正解なんだけれどね。
神の子であるキリストは、
そして「キリスト者」であるところの俺たちクリスチャンは、
この世界の人間ではないのだ、というのは。

だから、まっすぐ鳴らそうとした日には、
堂々とした愛国パトリオットソングを作るのには失敗したが、
俺たちの本当の祖国はいつだって神の国だぜ、
っていう意味においては、
良い感じのクリスチャンソングになるかも。
神の国礼賛。

ある意味、別にこれが人生の結論でも構やしない。

鍋島のリストにぶっこむと、
今ある20曲でいっぱいなので、どれかと入れ違いにせざるを得ない。
でも、鍋島のリストに入れていいくらいの意味のある曲だし、
難解な鍋島の楽曲の中に、いくつかそういうわかりやすいポップソングが入っていても良いと思うので。

人生最後の楽曲というのはいつも考える。
いつでも、アルバムつーのか作品の最後のトラックは、これで人生最後になってもいいように、と思う。

実際に、これが自分がこの世で書く最後の楽曲になったって不思議はないが、
(まあ、別に普通にいくつでも書くだろうけれど、これからも)
曲順の最後にするかはともかく、
人生で書いた最後の曲になっても、それはそれでふさわしいものだと思う。

出自を隠さないシンプルなポップソングを、
まるで10代の頃に書いたやつのように、
もう一度書けて良かったと思う。

No(4565)

■…2015年 8月 9日 (Mon)…….神の視点
昨日インスタとFBに上げてなんか好評だったやつコピペしておく。

何が正しいのかなんて俺たちにはわからない。神様の視点から見ない限り、何が正しいのかなんてわからない。例えばねアリンコが迷路の中を歩いているとするじゃない。迷路の中のアリンコが、右だ、いや左だ、と言ってみても、上から見てる俺たち人間は「馬鹿だなあそっちじゃないのに」とか、「そっちは行き止まりだぜw」とか思う訳だ。でもさアリンコでもマウスでも子犬でも、小さな生き物が迷ってるのを見たら助けてあげたくなるじゃない。エサで釣って、「ほら、こっちだぞ」とか。俺たちだってそうなんだから、俺たち以上に愛のある神様が迷路の中の俺たちを放っておくワケ無いのよ。そしたら「間違ってるかもしれない。でもやってみよう。」って思えるじゃない。信仰っていうのはその一歩踏み出す勇気の事だと思う訳よね。
#faith #jesus #cross #believe #onmywaytothegigtonight

No(4566)

■…2015年 8月 9日 (Mon)…….Calling Records発足ライヴ
さて、日記をしたためておきたいと思います。
(写真は遠山さんよりお借りしまして。本当にありがとうございます。)

昨日、8月8日に下北沢ボイスファクトリーにて、Calling Recordsのレーベル発足ライヴ、そしてコンピレーションアルバムの発売のレコ発として5バンドによるイベントが行われました。
出演したのは、僕らImari Tones、そしてまた自分が嫁さんとやっている「熱きリョウとジーザスモード」、そしてCLOD、ソルフェイ、Indicatorという5組。
こんなに素晴らしい充実したイベントになるとは思いませんでした。

このCalling Recordsというレーベル、日本初のクリスチャンロック専門レーベル、として、僕も立ち上げメンバーの一人なんですが、最近じゃ僕もなんかいろいろと「神様の御心のままに〜」な感じで、ゆらーっと身を任せているので、今回のイベントに関しても、うん、みんなの思う通りにやったらいいよー、みたいな感じで、それほど期待も不安も持たず、ただただ自分の演奏をしようと臨みました。
そしてこのCalling Recordsというのは、僕が2013年に日本に持ち込んだThe Extreme Tour Japanの活動からつながった結果のひとつでもあり、そしてまた、取材に来られていたメディアの皆さんにもお話ししましたが、僕らが最初にクリスチャンヘヴィメタル、クリスチャンロックといって始めてから、ずっと孤独にやってきたものが、こうして同じ志を持ったバンドたちと出会って、協力してチームとしてやっていけるものがレーベルとして立ち上がったということで、やはりある意味、夢のような嬉しいことであるのです。

けれどもやっている身としては、もう「いっぱいいっぱい」というか、何年もバンド活動をしてきて「生きてるだけで精一杯」というだけの状態なので、「無理無理〜」な感じなんですが、でもその「無理無理〜」な「精一杯」の中で、いつのまにか、かつて夢見たことが形になっていくというのが、たぶん神様の御心なんじゃないかとも思うわけです。

このライヴを迎えるにあたっても色々なことがありました。
CLODの三木君、ソルフェイのオオハラさんと一緒に居酒屋でミーティングしたところから、会場の選定とか、コンピレーションアルバムの制作過程であるとか、ひとつひとつ進むごとに、またそれぞれのバンドごとに、いろいろなドラマがありました。
けれども、こんなに充実した素晴らしいライヴになるとは僕も予想していなかったよ!

そしてCLODは、これが解散ライヴになってしまった。
僕たちImari TonesがCLODと絡むようになったのは昨年からだけれど、そこから一年、彼らはいろいろなことを乗り越えてきた。それを横から見ていたけれど、まさかこのCalling Recordsの発足ライヴのタイミングで解散ライヴになってしまうなんて、なんだか、何と言っていいのか、言葉も見つからない。

けれどもバンドの難しさというのは僕も身を以て知っている。
CLODは素晴らしいバンドだし、三木くんやメンバーのミュージシャンとしての能力の高さを僕もいろいろな場面を通じて知っている。
そしてこのCLODの解散というドラマが、皮肉にもたくさんのお客さんの足をこのイベントに向かわせることになったのも事実だと思う。
だからCLODがいなければ今回のイベントはこれほどの成功にはならなかっただろう。
そもそもこのCalling Recordsの最初の発案者は三木くんだ。
昨年秋のThe Extreme Tour Japanが終わった後、彼が神さんから啓示を受けて、そして僕とオオハラさんと、師走の下北沢でミーティングしたんだ。
今回発売になったコンピレーションアルバムにしても、レーベルのいろいろなことにしても、三木くんとCLODの果たした役割ははかりしれない。

「クリスチャンロックバンド」というもの自体が貴重な現在の日本の音楽シーンで、CLODほどに人気と実力のあるバンドが解散してしまうのは、非常に、非常に、非常にもったいないことではある。けれども、彼らの実力を知っている以上、三木くんをはじめとしてメンバーの皆が、これから各方面で活躍していくのを少しも疑わないし、三木くんはきっとこれからもCalling Recordsだけでなく、日本のクリスチャンミュージックシーンの中で大きな仕事をしてくれるだろう。

CLODもそうだし、各バンドごとに、そして関わってくれる人々それぞれに、いくつものドラマを巻き込んでこのイベントが行われ、そしてこのコンピレーションアルバムが制作された。
このCalling Recordsのコンピレーションアルバムは、本当にどこに出しても恥ずかしくない自信作だ。
参加している5バンド、どれもそれぞれに本当に素晴らしく、クオリティが高い。そしてそれぞれにきちんと個性と世界観がある。
そして、そのアルバムのクオリティが抱かせる期待に違わず、今回の5バンドのライヴもどれも素晴らしかった。本当にクオリティの高いイベントだった。

そして、Calling Recordsの名のもとに集まったこの5つのクリスチャンロックバンドたちが、それくらい本物の実力と個性を持つ、レベルの高いバンドであったことに本当に感謝をしたいと思う。

演奏自体の洗練されたレベルではIndicatorさんが一本持っていったかもしれない。
僕はコンピレーションアルバムのマスタリングを担当したが、実はマスタリングをするにあたっても、各バンドさんから提出された音源を聴いて、唯一「これはいじる必要がないな」と思ったのがIndicatorだった。録音も素晴らしかったのだが、演奏や表現、世界観、サウンド、すべてにおいて完成度が高かったということで、本当にIndicatorは注目すべきバンドだ。そして良いことは、今回の5つのバンドの中でもIndicatorはたぶんもっとも若い。

CLODの熱いライヴに関しては何も言うことはない。
ロックバンドとはこうあるべきだ、という感じの、演奏、メッセージ、歌、リズム、サウンド、すべてにおいて、ロックバンドの理想型だった。そんなバンドがこれで解散してしまうことは本当にもったいない。けれども、バンドというのは難しいものであり、そしてそれくらい貴重でありかけがえのないものなのだ。だからそのかけがえのない瞬間を大事にして音を鳴らし、また良いバンドは、生きているうちに少しでも見ておかなければいけない。

IndicatorやCLODもそれぞれ殊勲賞に値するステージだったのだけれど、僕は、ある意味いちばん凄かったのはソルフェイのオオハラ氏であったと思う。
つまりは、今回のステージにおいて、いちばん状況が不利だったのはソルフェイだった。僕は昨年以来、ソルフェイのメンバーとしても数えられている人間でもあるので、当然内部事情も曲がりなりにも知っているわけだが、ソルフェイは今年の3月を持って、重要なメンバーであったリードギターのウッディ君が脱退している。そして今回は僕はImari TonesならびにAtsuki Ryo with Jesus Modeの2バンドで演奏するため、どうしてもソルフェイで演奏することができない。だからオオハラ氏は、今回のイベントにあたってソルフェイはスリーピースで演奏せざるを得なかった。そして、メンバーの仕事や距離やいろいろの理由により、ソルフェイは十分なリハーサルをしてライヴに臨むことが出来ない状況だ。だから今回のイベントに参加するバンドの中で、ソルフェイはいちばん状況のハンデがあるのだ。それにもかかわずオオハラ氏は素晴らしい歌で彼らしいメッセージを堂々と歌い上げていたし、そしてなんと新曲も披露した。その新曲は、バンドメンバーがそろって合わせるのは実はこの日が初めてだったのだ。とてもそんなふうには聴こえなかった!そしてステージでギターを高く掲げて、笑顔で客席にアピールするオオハラ氏の姿は、まるでB.D.Badge(栄光号)のtoshi_rock閣下のような輝きを放っていた。僕が自分のバンドImari TonesでもB.D.Badge寿朗閣下にお世話になっているように、オオハラ氏も寿朗閣下との間にいろいろと運命的なつながりがある。もちろん今回のCalling Recordsのイベントには寿朗閣下とB.D.Badgeは参加していないが、やはり日本のクリスチャンロックの先駆者として、寿朗閣下の存在は偉大であり、僕らは寿朗閣下の背中を追いかけているのだなと感じた。とにかくも、そんなハンデを背負いながらも、堂々とした演奏をして、寿朗閣下なみの笑顔と輝きを見せたオオハラ氏には個人的にMVPを贈りたいところだ。

自分たちの演奏に目を向ければ、一番手トップバッターを買って出た我らが「熱きリョウとジーザスモード」。
ジーザスモードももう気が付けば結成して何年もたっているけれど、ここ最近のジーザスモードの強みは、ベースを担当するうちの嫁さんがだんだんと良い感じのベースプレイヤーになってきたということだ。当初はまったくの初心者だったのだけれど、最近ではサウンドについてもリズムについても、ベーシストらしいこだわりを見せるようになってきた。Bacchusの「黒猫ベース」(型番で言うとTF-001っす)を使うようになってからはサウンドのレンジも広く受け持ってくれるようになり、バンドサウンドの中での担当範囲も格段に広くなった。
このバンドはぶっとびシンガー熱きリョウとぶっとびギタリストの僕とのフロント二人のバンドと思われがちだが、実はサウンドにおいても運営の面においても、次第にうちの嫁さんが主導権を取るようになってきているのである(笑)
という感じのジーザスモードだが、昨日のライヴでは、アメリカ出張から早朝に帰国、からの、空手の試合で戦い、からの、ライヴ演奏、となったドラマーのYan氏が、やはりスーパーハードスケジュールだからか、空手の試合の後だからなのか、かなりリズムががたついてしまい、かつテンポも限りなく飛ばしてしまい、その面では決して完成度の高い演奏ではなかった。けれども、それにも関わらず、熱きリョウも入魂の歌唱を聴かせ、そして俺も、ミスはすごく多かったけれど、後で見返してみればこれぞヘヴィメタルという入魂のギタープレイをして、結果的に非常に好評なライヴとなった!
後でビデオを見てみると、飛ばしまくりのリズムも、それはそれでパワー感があり、これぞライヴという臨場感になっている(ような気がする)ので良かったのではないだろうか。(ということにしておこう)

そして僕自身のバンドであるImari Tonesである。
この日のイマリトーンズは、「夏のさわやか仕様」で行くことに決めていた。
ジーザスモードとともに、1番手、2番手と志願したのも、イベントに早々に火をつける狙いもあるが、ぶっちゃけ、他のバンドの皆さんに花を持たせる気持ちがあった。
なので、良い意味で力まないステージとして、この日のライヴは僕とImari Tonesにとっては、「本気で勝ちにいく勝負のステージ」ではなかった。
夏のさわやか仕様ということで、比較的ポップで聴きやすい面を強調し、セットリストも決して必殺のセットという感じではなかった。Faith Riderも、Born To Rideも、Winning Songも、Iron Hammerもやらないのである。まあうち(Imari Tones)はそもそも持ち曲が多すぎるので、普段の活動においてもそのへんがアレなのだけれども、とにかくそうした必殺曲をはぶいたさわやか選曲のセットリスト。

だったけれども、それにも関わらずとても良い演奏が出来たと思う。
ギター、ヴォーカルともに、最高に近いパフォーマンスが出来た。
特に”Overcome”なんかは、今まででいちばん良い歌唱とギタープレイができたのではないだろうか。この曲は昨年4月に同じくソルフェイ、CLODとやったときに、ちょっと歌唱に悔いの残る出来だったので、そのリベンジは果たした感じだ。

イベント全体の高揚感や、1番手のジーザスモードの演奏の影響もあって、ベースのはっしーは(国内ライヴにしては珍しく)テンション高めだったが、そのぶんミスもあったのだけれど、全体として見るとやはり出来は良く、リズムやアンサンブルの面でも決して悪くない。
何年にもわたる地道な活動で経験を積んだ、状態の良い今のイマリトーンズを、しっかりと提示するステージが出来たと思う。

そして、Faith RiderもBorn To Rideもやらなかったとはいえ、最後の曲に”Jee-You”を持ってきた。暑苦しい曲がひとつはあったということだ(笑) やはり多少なりともメッセージ性のあるロックバンドをやっている身としては避けて通れない、現在の世相や政治的なメッセージとして、さりとて意図的に特定の方向のメッセージを語るのではなく、自由とは何かという問いかけのメッセージを乗せて、この僕たちの唯一の「反戦歌 anti-war song」(そんなもん書かせるなよ苦笑)を歌うことが出来たと思う。多少声はかすれたが、そんなことは小さなことだ。ロックとはDefiance(反抗)であり、そしてRebel(反乱)だ。反骨のメッセージを忘れたロックを鳴らす気はさらさらないのだ。

今回のweapon of choiceだったHamer Vector Korinaを選んだのも正解だった。
会場のアンプがJCM2000だとわかっていたので、事前に確認し相性の良かったHamer Korinaを選び、Albit/Cranetortoiseの真空管ブースターという本気の組み合わせで挑み、ベストなギターサウンドを提供することが出来た。実はJee-Youあたりを演奏するにはちょっとサウンドが軽すぎたのだけれど、コリーナの明るい鳴りは全体としてさわやか仕様の今回の選曲にはぴったりだった。

といったわけで、たとえ必殺曲を封印した夏のさわやか仕様のセットリストだったとはいっても、
そして他のバンドがどれも非常にハイレベルな演奏を見せていたけれども、
そうだとしても、イマリトーンズとして、一歩も引けはとらないステージだったと断言できるぜ!

実はTascamのオーディオレコーダーが設定を間違えてしまい、良い音質の録音は出来なかったのだけれど(今年に入ってから何度かこういうことがある。なんか、やはりステージのスピリチュアルなあれなのか笑)、ビデオは残っているし、かえってビデオカメラの割れた音質の方がライヴ感が感じられるかもしれないので、また機会を見てYouTube等にアップし記録を残したいと思っている。

そんな感じで、Calling Recordsの発足レコ発ライヴ、思いもかけず祝福された、大成功のイベントになった。
これは本当に祝福という他ない。
日本のクリスチャンバンドが集まってこんなイベントが打てるなんて、実際、夢のようだ。
会場となった下北沢ボイスファクトリーも僕は初めてだったが、比較的狭い会場とは聞いていたのだが、やってみると思いのほか良いライヴハウスだった。音響担当の方もしっかり仕事をしてくれた。

これは祝福という他ない。
なぜなら今回のイベントに関しても、僕はCalling Recordsの一員として、ほんの小さな役割しか果たしていない。
CLOD、ソルフェイ、Indicator、皆の力があってこそこの成功があったのであり、そこに僕らはほんのちょっとの力しか貸していない。
皆もそうかもしれないが、僕らは自力ではこんなイベントは出来ない。
でも、だからこそ僕らは集まって力を合わせたのか。
あたりまえのことかもしれないが、すごいことだ。
そして、この成功は、なにより本当にやっぱり神様がしてくれたことだ。
僕たちは神さんに言われたようにやっただけだと思う。

Calling Recordsの仲間たちはすでにそう言っているけれど、
これはスタートに過ぎない。
ここから、Calling Recordsとしても、それぞれのバンド、ミュージシャンとしても、活動を継続して、バトンをつなぎ、発展させていくことが使命だ。
そう思うと、大変でめまいがするけれど、まあ、ひとつずつ、やっていけばいいんじゃないかと思っている。

とにもかくにも、
Calling Recordsに関わっている人たちすべて、
バンドの皆、ソルフェイ、CLOD、Indicator、熱きリョウとジーザスモード、僕たちImari Tones、それらのすべてのメンバー、
応援してくれる仲間たち、取材をしてくれたメディアの皆さん、
見守ってくれる一人一人の皆さん、
会場に来てライヴを見てくれた一人一人の皆さん、
クリスチャンの皆さん、音楽を愛する皆さん、
すべての人に、感謝の言葉を言いたいと思います。
ありがとうございます!

最後に、Calling Recordsのホームページはこちらです。
日本のクリスチャンロックの記念碑であり自信作であるコンピレーションアルバム、通販も、やってます、いや、まだかな、であれば、間もなく開始します!
こちら

No(4567)

■…2015年 8月15日 (Sun)…….ストリーミングサービス
Apple Musicの無料体験始めてみた!
まだ使って数時間だけど、
うん、俺、やっぱリスナーとして、ストリーミング、駄目かもしれん(笑)
あくまでリスナーとしての、話。

CDを買って聴く。これはわかる。
買ったCDをファイル化してパソコンで聴く。これもわかる。
デジタル販売されているアルバムを買ってダウンロードして聴く。これもわかるし、俺も実際、何度もやってる。
レンタルしたCDをリッピングして聴く。これも微妙だけど、昔はカセットテープとかMDだったわけだから、わかる。
YouTubeにあるミュージックビデオを、曲単位で聴く。これもわかる。
YouTubeにあるライヴ映像を見る。これもいろいろあるけど、もちろん、わかる。
だけど、クラウドというかネット上にあるカタログを、ストリーミングで聴く。これは、なんか、俺には無理みたいだ。
なんか、理由はいろいろあれ、俺には無理みたい。
なんかね、落ち着かないんだよね(笑)
試聴、するぶんには、良いんだろうけど。
そういえばYouTubeでアルバムまるごとアップされてるやつとかもそうだった。
なんか落ち着いて聴き込むことができなかった。
音楽って、アルバムって、聴き込んで初めて価値のあるものじゃない。
そこんとこ、俺の中で、所有の概念が、ついていけてないだけ。
よし、俺はこのアルバムを所有するぜ、って意志決定を経ないと、音楽が脳みそに、体の中に、入ってこない。
あくまでリスナーとしての話。
そういう概念が、別に問題なく入ってくる人とか、若い世代の人は、問題ないのかもしれない。

あとは、俺はもう、音楽人生、聴く方も、演奏する方も、かなりくだびれはてているから、聴く音楽にせよ、もう本当に性に合う、ごくごく限られたものだけ繰り返し聴いていたい、ということもある。新しいものを聴くのも、年間一枚か二枚で精一杯かもしれない(笑)

バンドやってる身としては、弱小インディーバンドとして、Apple MusicやSpotifyで配信しないという選択肢は、限りなく無いに等しいし、聴きたい人がそれで聴いてくれることは、構わないというか、それほど気にしない。
(とはいえ、そういう聴き方で聴かれる場合が、「あまり熱心な聴き方をされていないようだ」ということはなんとなくデータを見てわかっているので、それも含めて、ちょっとそろそろ考えてみようか、と思っているのも事実だ。)

でも無料で使える間は、いろいろ試してみるつもりだぜ!
なにごとも、自分で試してみないと、わからないからね!

でも、少しでも音楽ってものに対する良心が、ちょっとは残ってるインディーズミュージシャンの一人としては、Apple Musicにせよ、Spotifyにせよ、音楽っていうそのものを、つまりは音楽と人間との係わりそのものを、ぶっ壊してしまう危険性をはらんだものとして、危惧しているのも事実だぜ!

とはいっても、時代の流れは、止められないと、俺も思うけどねー!

No(4568)

■…2015年 8月16日 (Mon)…….ヘヴィメタルラヴレター、その1
[ヘヴィメタルラブレター、その1] (その2もたぶん続きます)
もう結構前のことになるが、家のポストにこういうハガキが入っていた。
前にも来たことがあると思う。川崎クラブチッタか何かの案内だと思う。
ハガキの宛名はうちの嫁さん宛。
書かれているのはとある日本のベテランのヘヴィメタルバンドのコンサートの案内だ。

ヘヴィメタルのファンの方々には言うまでもない日本のヘヴィメタル界の重鎮であるけれども、
いまだにこのバンドのロゴを見ると、ふっと思い出すことがある。

あるいは中学1年の頃だっただろうか。
それとも小学生の頃? 時期は定かではない。
僕は確かCDを何枚か持って友人の家に行ったのだ。
あるいは、友人が僕の家に来たのかもしれない。
よく覚えていない。

けれども、その持参したCDの中に、このバンドのアルバムが含まれていた。
なぜそのバンドのCDを持っていたのか、それは定かではないけれど、
そもそも、CDというもの自体が、まだ消費者的には比較的新しいもので、
CDラジカセとか、CDプレイヤーのついた大きなステレオセットとか、
そういうものが家に設置されて、
また、思春期を迎えようとする子供(少年)にとって、
CDを聴く、音楽を聴く、という行為自体が、すごく新鮮であったため、
子供だった自分は、親にねだって適当にCDを何枚か買ってもらったのだと思う。
その中には、普通にサザンオールスターズとか、そういうのもあったと思う。

その中に、なぜこんなヘヴィメタルバンドのCDが含まれていたのかは定かではないけれど、
たぶん当時のコンピューターゲームのゲームミュージックの企画CDの中に、そのバンドが参加していたからではないかと思う。

それは、なぜだか自分がヘヴィメタルという言葉自体に惹かれて、
Judas Priestの”Painkiller”(当時、わりと、まだ出た直後)や、”Ram It Down”を聴いて、
とてつもない衝撃を受けるよりも、ほんの少しだけ前のことだったと思う。
(いや、決してAnthemにそういう衝撃を受けなかったとは言いませんが、意識してロックとして聴いていたわけでは、まだ、年齢的に、なかったというだけです。)

とにかくもその僕の友人は、
その僕の持っていたヘヴィメタルバンドのCDを見て、
「アントヘム? おまえ、ださいバンド聴いてるんだな」(まだ中1くらいなので英語が読めない)
とかそういう感じの言葉を言った記憶がある。

そして、彼は自分の持っている、TMネットワーク(たぶん当時TMN)とか、よく覚えていないけれど、そういうCDをかけては、「やっぱりこれもださい」みたいなこと言って談笑したのだと思う(笑)

また、同様にこのバンドのCDにまつわる記憶では、
やはり当時あたり、Xが流行り、別の友人がBlue BloodとかXのCDを持ってきて、またそのAnthemのCDを見て、写っているバンドの写真を見て、「オカマみたいだ」という(それ言っちゃおしまい笑)子供ならではの率直な言葉を言い、僕は心外な思いだったのだけれど、僕も周囲の流行にのって、もちろんBlue Bloodくらいは買って聴いていたけれど、僕は子供であった当時、Xにはどうしてもなじめなかったクチだったため(今は、もう少し評価はしている)、どうしても”X”とか”紅”よりも、”Wild Anthem”や”Night After Night”の方がかっこよく思えてしまい、また自分にはどうしてもXがヘヴィメタルには聴こえず、結局、そのBlue BloodのCDも友人の一人にあげてしまった記憶がある。

もちろん90年代キッズ(グランジ、ブリットポップ)だった僕らにとって、世代的には80年代のジャパメタは「お兄さん、お姉さんたちの憧れの音楽」だけれども、どちらにせよ、僕だってこのバンドの熱狂的なファンというわけではないけれど、けれどもひとつだけ言うならば、僕にとっての「ジャパメタ」の象徴はHiroyaさんのギターサウンド、ということは今でも変わらない。(なのでHiroyaさんのいないアンセムにあんまり興味ない)

こうしてこの年齢になり、自分の嫁さん宛てに、その、少年の頃にCDを所持していたヘヴィメタルバンドのハガキが届くというのは、
なんだろう、そのハガキを見たとたん、そういった記憶がフラッシュバックして、
そしてまた、今でも活動を続けているその日本の重鎮ヘヴィメタルバンドもそうだけれど、
ヘヴィメタルというもの自体の、年月を経ても失われない重み、
そして、そんな音楽を愛好する女性と一緒になり生きているということ、

いろいろあるけど、
自分は人並みの人生ができているかといえば、出来てないけれど、
それでも、
年月を経て、フラッシュバックしたその同じヘヴィメタルバンドの名前に、
うん、そんなに、俺は、人生、間違えてないな。
少なくとも、少年の頃から、ブレてはいないな。
(成長がない、とも言う)

そう思った。

(と思って、さっき、Anthemの新しい、森川さん復帰したやつをストリーミングで聴いてみたが、うーん、どうかな笑)

No(4569)

■…2015年 8月16日 (Mon)…….ヘヴィメタルラヴレター
[ヘヴィメタルラヴレター、その2]

俺はヘヴィメタルの範疇に入る音楽をやっている。
一応、ヘヴィメタルのカテゴリーのどこかには分類される音楽のバンドをやっている。
もう何年もやっている。
自分がヘヴィメタルを好きなことには間違いない。
けれども、ヘヴィメタルが全部好きなわけじゃない。
本当に好きなのは、その中のごくごく一部だけだと思う。
そうであっても、自分の中にヘヴィメタルというものへの愛があることには間違いはない。

別にブルーズだって一緒だと思う。
ブルーズみたいな単純きわまりない音楽でも、
どれを聴いても同じようだと思うかもしれないが、
そんな単純な音楽であっても、
その中で、本当に感性に合うもの、自分にぴったりくるもの、
好きになれるものは、
ほんの一部しかいない。
それは、もちろん自分はまだほんのちょっとしかブルーズをかじっていないが、
それは、有名なアーティストやビッグネームであっても同じで、
ちょっとマイナーなアーティストがぴったりくることも当然ある。
(たとえばJimmy Johnsonというブルーズアーティストが、なぜだかものすごく自分の感性にぴったりきてお気に入りなのだが、彼は、もちろん有名だけれども、定番というほどビッグではないのではないだろうか)
だからといって、全部が好きでないからといって、
自分がブルーズを好きではない、というわけではない。

話がそれてしまっているけれど、
これは自分の愛する人に対するラヴレターだ。

ヘヴィメタルの範疇に分類される音楽をやってはいるけれど、
僕は本当は、そんなヘヴィメタルな人生を望んだわけではなかった。
(そもそも音楽とかバンドをやる気がなかった、けど、それはまた別の話。)

2000年代に入って自分がいちばん気に入っていた音楽が、
日本のオルタナや、USインディものだったことからもわかるように、
自分は、本当はもっと、自由な感性のもとに生きる、スマートな人生を望んでいた。
そして、親しい友人は知っているかもしれないが、僕の初恋の人は、ピコピコとしたエレクトロポップの人だった。
(音楽もそうだが、僕は人生の中で、そう何人も人を好きになれやしない)

「デトロイト・メタル・シティ」の主人公ほどではないにせよ、
僕も暑苦しいヘヴィメタルと、オシャレでスマートな音楽への憧れに、
いつでも葛藤していたし、今でもたぶんしている。

だからこそこれは、自分のかけがえのない人に贈るラヴレターだ。

僕にこのヘヴィメタルな人生を選ばせたのは、
他でもない、今も目の前にいるその女性だからだ。

僕は、今から20年前にその女性に出会った。
それは、約20年前、とか、数字のたとえ、ではなく、
文字通り本当に今から20年前に、僕は君に出会ったのだ。

そして、それは僕の人生の計画を狂わせ、その後の人生をすべて変えてしまった。

けれども、それによって僕は、世の中を何も知らない少年なりにも、世界や世の中を見るための目を開かれ、そして自分の選ぶべき人生を、選ぶことができた、というよりは、否応なしに選ぶことになった。それは、今にして思えば、ロックが反逆の音楽であるのならば、その「支配からの脱却」へ向けた、人生の中の具体的な選択であり、最初の一歩だった。

僕は、自分の考えていた人生は、おそらくは、
たとえばインディポップな人生を生きるのであれば、
もっと違う女性と生きていた。
もっと小柄で、おそらくはもう少しぽっちゃりとした、
ひねくれたポップセンスを持った、あるいはあの初恋の人のように、不思議な声をした、
そんな人と一緒になっていただろう。

あるいは、もっと順当に自分の人生を、
計画どおりに進めていたのならば、
おそらくはもっと、真面目で、優秀で、偏差値の高い、
もっと標準的な容姿をした、
そんな人と一緒になっていたんだろうと思う。

けれども現実には、
スレンダーで、抜群のダイナマイトボディを持った、
染めもしないのに茶色い髪をした、
それでいて多少天然だけれども、
ぶっとんだ度胸を持った、
そして、どこまでもだれよりも深く、ヘヴィに、
世界を突き進むことを恐れない、
そんな「いい女」が目の前にいる。

なぜか。
それは、1980年代の昔から、
ヘヴィメタルには、
そんなセクシーでスタイル抜群の美女が、
欠かせないものだと
そう決まっているからだ!(笑)

彼女こそが、僕を何度もヘヴィメタルの世界に引き戻し、
そして、ヘヴィメタルの道を歩ませた。

確かに、僕は少年の頃から、ヘヴィメタルが好きだったかもしれない。
だけれども、僕は当時から、ヘヴィメタル以外の音楽も大好きだった。

そんな僕に、ヘヴィメタルの道を歩ませたのは、間違いなく彼女だ。

今でも時折、夢に見る。
というよりも、僕は常に、夢見ながら歩いてきた。

それは、逃亡への甘美な願望。
静かな人生への希求。
オシャレで小規模で、静かな、インディーポップ人生。
今でも夢見ている。
戦うことをやめ、突っ張ることをやめ、
世界のどこかで、誰も知らない場所で、自由な感性だけを持って、静かに暮らす、
そんな人生。

それは、敗北への甘美な誘惑。
僕は、決して強い人間ではない。
いつでも、勝負をあきらめ、勝負を捨てて、
苦しい人生にさよならして、
逃げ込んでしまいたくなる。
いつかは、本当に歳をとったら、そういうことも出来るのかもしれない。

けれども、彼女はそれを僕に許さない。
いつでも彼女は、ヘヴィメタルに、大胆に、力強く、そしてしぶとく、
不格好なほどに熱い、この重く、ヘヴィなメッセージを持って、
今日を、そして明日を鳴らせと、僕に求めてくる。
それが、どんなに不格好で、無様なものであっても。
どんなに重労働な「ダーティー・ジョブ」であったとしても。
反逆の叫びを鳴らせと求めてくる。
“In the midnight hour she cried more, more more.
With a rebel yell she cried more, more, more”

甘美な敗北はここにはない。
あるのは、日々、息をきらし、汗にまみれた、
勝利の栄光だけだ。

輝かしい勝利の栄光は、
いつでもここに光り輝いている。
おかげで俺の人生は連戦連勝だ。
だけども、それは、甘美でもなければ、安らぎでもない。

そこには最先端のオシャレもなければ、
休息も、気軽な寄り道もない。

あるのは、王道、そして本道を歩くことのみ。
そして、かけがえのないただひとつの愛のみ。

そこには自由すらもない。
あるのは過激で無茶な大きすぎる使命と、
神への従順、真実への忠誠だけだ。
俺にとって自由というのはその真実に従うという意味でしかない。
選択肢など残されちゃいない。

彼女こそ僕のヘヴィメタルだ。
そして、
彼女のためなら僕は戦える。
そして、君を喜ばせるためだったら世界中を敵に回しても喜んで宣戦布告する。
君の信じる真実を僕も信じるし、
君の愛するものを僕も愛するだろう。

Heavy Metal, what do you want?

そしてその鋼鉄から生まれた「美しき野獣」は、
すべての逆境にも関わらず、
こうして生き延びる。
“An armor plated raging beast
born of steel and leather
It will survive against all odds
stampeding on forever”

ヘヴィメタルよ、お前は何を望むのか。

自分はヘヴィメタルを選んだことに、後悔はない。
ヘヴィメタルは、ただの音楽ではない。
もっと深く、人の身体に刻まれた、
年月を経ても、変わらず信じ、追い求めることのできる、
そして人々を魅了して止まないものだ。

男たちを熱狂させ、女たちを夢中にさせる、
そしてブルーズの昔から連なる、
エレクトリックギターの本道であり、
すべてのサムライたちが極みを求めて究めんとする、
大きなひとつの「道」だ。

僕はこの道に殉じよう。
そして、君への愛に殉じよう。

なんて、今さら。
それこそ20年くらい前にすでに決意していたこと。
ヘヴィメタルと同じくらいに、
何も変わっちゃいない。

俺は自分でも知らないうちに、
君を選んでいた。
そして、そんな人生を選んでいた。
熱く、不格好な、ヘヴィメタルを選んでいた。
最初っから選んでいた。

ぶっとんだ女に惚れたその日から、
俺に選択肢なんて無い。
たぶんこれからも。

俺はクリスチャンだけれど、
日本酒を作る世界の人が「松尾様」というように
(いや、夏子の酒、で読んだだけ笑)
俺は「ロックの女神」という言葉だけは今でも使う。

俺は自分の鳴らすべき音が知りたくて、
ロックの女神を探して、
多少はいろんな場所を、旅してきたけれど、
歳を取るたびに、わかってくる。
俺は他でもないロックの女神と、一緒になったのだと。
彼女はヘヴィメタルだ。

もうすぐ彼女の誕生日であるからして、
20年たつし、
ふと、振り返ってみただけのことである。

いや、決して、機嫌を取るためとかではなく(笑)

No(4570)

■…2015年 8月27日 (Fri)…….歌詞書き
昨晩というか今朝のことだけれど”Jesus Wind”(今、イマリトーンズで取り組んでいるコンセプトアルバム。たぶん録音は来年。)の歌詞が全部書けちゃった。今まででいちばん聖書を参照して書いたけれど、終盤は特に聖書から引用というのかコピペの連続だった(笑) でも年内に書けたらラッキーと思っていたのが夏の間に書けたのでこれは超ラッキー。宿題を早めにやっつけた気分。英語つらい。次のプロジェクト(コードネーム鍋島)は半分くらい日本語になる予定なのだ〜。

No(4571)

■…2015年 8月29日 (Sun)…….ミュージックビデオ
Faith Riderオフィシャルバイクビデオ、2222 viewsありがとう!
こちら

Born To Rideスケートボードビデオ、1500 viewsありがとう!
こちら

Faith Riderの古い方の写真ビデオ、11500 viewsありがとう!
こちら

で、自分の「初心者スケートボード」のビデオ、なぜか35000 views、ありがとう。。。
こちら

もちろん、人気のあるバンドにくらべたら、まだ小さい数字だけれども、感謝しています!

たくさん手作りのミュージックビデオが、YouTubeにありますので、ぜひチェックしてみてください!

No(4572)

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