2016年1月の日記

■…2016年 1月 3日 (Sun)…….真面目なリヴァーブのお話
あけましておめでとうございます2016(トゥーサウンザンシクスティィーン)!!
正月から、楽曲のミックス作業に明け暮れております。
まぁこんなもんかなとも思います、僕の生活。

本当は元旦から働く予定だったんですが、職場の都合でお仕事に入れず、けれどもこれも年末年始を使って制作作業を進めろ、という天の声かなと思い、そしてそのおかげで、20数曲にわたる今回の楽曲群の「ミックスがひととおり上がりました」。

これから、マスタリング的な作業をして、それが終われば、細かいダメ出しをしていって、じっくり「この作品は果たしてこれで完成なのか」を見極める段階に入ります。

でも最近は基本的にはマスタリング段階まで行っちゃえば、大きな修正は発生しないので、ほとんどは出来たも同然と言える感じです。

正月からあれですが、この機会にまたひとりごと的に、録音というトピックについて思考を落書きしておきたいと思います。

思えば、こうして10年も前に作った作品「異能レース」および「無責任なメシア」のリビルド(ReBuild)作業を、今このタイミングで行ったこと、それにもやはり意味がありました。

それは、録音ということについて、ちょっとだけでも、久しぶりに考え、取り組む機会になった、ということです。

そしてそれによって、次の重要な録音プロジェクト(“Jesus Wind”の録音、ならびに、その先にある”鍋島”の制作)への、準備が整ったと感じています。

それは、ここまで少しずつそろえてきたプラグインエフェクトもそうですが、リヴァーブ、そして真空管サチュレーターも解答が得られました。それは、きっと黒光りする幽玄なヘヴィメタルの美を醸し出すために必要であるということです。

現代に生きるインディー音楽家としては、いまどき、バンドの録音くらいは、自分でできなければいけません。

そのことがわかっていたので、20世紀の終わりの頃、ひとり音楽に向き合った僕は、本能的に録音ということに、自分なりに向き合いました。
そのことは、今でもこうして財産になっています。
(その成果がどんなものかは、バンドになる前のImari Tonesの”Kodomo Metal”という作品を聴いてみてください)

けれども、バンドが形になり、いろいろな活動をしていく中で、そしてまた、クリスチャンロック、なんていうことを言うようになってからは、僕は録音ということに関しては、次第に「なんか悟ったような」態度を取るようになりました。

つまりは、あまり考えず、シンプルに、かつ、良い意味で適当にやっていけばいい、と思うようになりました。

かつて持っていた、10万円以上したマイク、真空管の入ったマイクプリ、コンプレッサー、マイクプリも、最大で4つくらい持っていました。あとは、でっかいモニタースピーカーとか。

全部売ってしまいました。
そして、今の狭いアパートに引っ越して以来、
録音ということに関しては、本当に最小限の機材で、最小限の設備で、行うようにしていました。

新しい機材にも、興味とかなく。
新しいプラグインエフェクトとかも、ちっとも知らず。
シンプルなオーディオインターフェイスと、シンプルなノートパソコンのみでさくっと録音制作を行い。

しかし、けれども皮肉なことに、バンドとしての作品の仕上がりは、機材がシンプルになっていけばいくほど、思ったとおりの作品が出来るようになっていったのでした。

それは、録音というものに対する考え方や、向き合い方っていうことなんだと思います。

たとえば、雑誌でいえばサンレコとかも、もう10年以上、たぶん15年近く、きっとちゃんと読んでないし。
基本的にパソコンやデジタルやソフトウェア周辺の市場とかそういうものを信用していない僕は、古いシステムを、アップデートせずに使い続けるという習性があり。

そんな僕が、ずっと使っていた、なんとWindows2000が入ったノートパソコンで動かしていたシステムから(もちろん音楽制作専用。ネットに繋ぐことはできない。)、もうちょっとモダンに、MacBookに乗り換え、Mac環境に以降したのが、確か2011年暮れから、2012年初頭にかけてのこと。

その際に、古いCubaseから、その頃ちょうどAppStoreで安く手に入るようになっていたLogicProに乗り換えたわけです。

僕がかつて、Windows環境とCubaseを選んだのは、安かったから。
そして、Mac環境とLogicProに乗り換えたのも、安かったから。
うーん、やるせない現実ですね。
でも、そんな現実によって音楽を作ることが出来ているので、世の中の皆様には感謝しております。

そして、LogicProをいろいろいじってみて、僕としては、最小限のことが出来ればいいや、と思っていましたが、そのうち、いろいろと音をいじっていく上で、少しずつ、プラグインエフェクト、フリーのものや、有料のものも少しは買い足したり、していきました。

Logicの環境には、良いところもありますが、不満も同様にあり、昔のCubase環境の方が良かったなぁと思うこともあったのですが、そうして少しずつ使いこなし、そして、少しずつプラグインエフェクトの形で、機能を追加していったのです。

そして、今回、この2枚の過去作品の作り直し作業をしていく中で、僕はやっと、確信し、気付きました。
今、僕のこの、小さなノートパソコン、MacBookの中にある録音環境。
過去にずっと使っていたWindows/Cubase環境よりも、良くなっている。
つまり、中に入っているプラグインエフェクトの機能とパワー、それらが、昔の環境よりも、ついに良くなったことを、やっと確信できたのです。

きっかけは、リヴァーブについて考えたことでした。

そうですね、Mac環境に乗り換える前、かつて古いWindows上で動かしていたシステムの中でも、自分にとって必要だと思えるカテゴリのプラグインというか、機能を持ったエフェクトがありました。

録音というもの自体、それについて考えるとき、大事なのは自分のスタイルを知ることであり、どんな音が作りたいのか、どんな方向性の録音がしたいのか、どんな考え方で録音作業に取り組むのか。そういったことだと思いますが。
自分にとって必須と思えるのは、たとえばこれらの機能を持ったエフェクトたちです。

納得できるお気に入りのリヴァーブ、
真空管サチュレーター、
アナログテープシュミレーター、
ヘッドアンプ的なアナログサチュレーター、
異なるキャラクターを持った何種類かの良質なコンプレッサー、
アナログ的なニュアンスを持ったEQを何種類か、

あとは、もちろん、デジタル的な効きのいいEQとか、ビット変換の際の納得できるディザーとか、マスタリング的に使えるリミッターとか、マスタリング的に使えるコンプレッサーとか、アナログ的なテープエコー的なディレイとか、エキサイターとか、あとはノイズ除去的なものもたまに助かったりとか、あとはなんだかんだディエッサーも必要になったりするし。

まああとは2mixをマスタリング的にいじるときの波形編集のソフトだよね。

でも特に自分の音楽の方向性として特にこれが欲しい、よく使う、っていうのは上記にあげたものたちです。

まあ世間では定番だと思われるヴォーカルのピッチ修正のプラグインとかは僕のやっている音楽だと正直必要ないんですが。

そして今の時代では、ギターやベースのアンプのシュミレーターも、パソコンの中でかなり発達しているので、本当に助かります。(今回、ギターを一部楽曲で録りなおしたものについては、パソコンの中のアンプを使いました。)

そして、それはドラム音源についても言うことができます。(今回は結局、ドラム音源は使う必要がありませんでした。)

上記にあげた中でも、いつも書いているようにLogicPro(バージョン9ですが)に付属のコンプレッサーは、非常にクオリティが良いので、正直市販のものを買い足す必要性を感じないんですね。これはラッキーなことでした。

あとはエキサイターとかディエッサーが最初からついているのもありがたいことです。まあでもこういうのは今の時代は大抵のDAWには付いているのかな。

と、まあ、そんなエフェクト、プラグインエフェクトの中でも、僕がちょっと、フェチってほどでもないですが、いろんなエフェクトの中でも、特にちょっとこだわってしまう、なんだかちょっと好きなのが、このリヴァーブというものでして。

かといって、予算もないので、専門のエンジニアでもないので、有名どころも全然使ったことは無いんですが、
かつて、僕にはいくつかお気に入りのリヴァーブがありまして、
それは、WavesのTrueVerb、TCのリヴァーブ、そして当時のCubaseに付属していたReverb32っていうリヴァーブでした。
この3つのリヴァーブで、自分はたいていのことが出来ていたわけです。

Logic環境に乗り換えて、付属のリヴァーブが、決して悪いわけではないんですが、それ以来、かつてのお気に入りのリヴァーブが恋しく、リヴァーブについては満足のいかない中で、いろいろと制作しておりました。

Logicには、ちょっと歴史を思い出してみると、Apple社に買い取られる前、確かEmagic社というところが開発していた頃の名残りというかレガシーのエフェクトや機能があると思うんですが、それらのレガシーも結構貴重な気もするんですが、
リヴァーブについては、コンボリューションリヴァーブのSpace Designerっていうのが付いているんですが、これは、もちろんクオリティは素晴らしいんですが、
個人的には、僕はコンボリューションリヴァーブにはあまり萌えない、というか。

CPU負荷も重いから、いっぱい立ち上げる感じにはならないし。
あと、コンボリューションリヴァーブって、なんかちょっと「普段使い」って感じじゃないし。
リアルな空間とか特定の雰囲気を演出したいときには良いんだけれども。

うちのバンドImari Tonesの作品でいえば、”Heroes EP”からMacで制作を始めましたので、”Heroes EP”の制作で使っているのは、Logicの標準リヴァーブ。一部ではこのSpace Designerも使ったと思います。(有り体に言えば、”愛の色”のアコギのリヴァーブはこのSpace Designerですね。)

ただ、もうちょっとがんがん使える「レギュラーの」リヴァーブが欲しかったので、そのうちにバーゲンで手に入れたのが、IK MultimediaのClassic Reverbシリーズ。
これは、実際、かなり良くて、まぁ80年代風、みたいな雰囲気ですが、なじみがいいというのか、ミックスの中で使った際の結果は、かなり良いもので。で、Imari Tonesの作品で言えば”Revive The World”のメインで使ったリヴァーブはこのIKのやつなわけです。”Unknown Road”とかのギターがきれいに響いてるのを聴けばきっと納得だと思う。

ただね、このIKのリヴァーブも、あくまでクラシックな方向性ってことで、なんか、自分の”Reverb Hunger”を満たすには至らなくてね。

で、そしたら、これも既に一昨年のことなんだけれど、Eventideのリヴァーブが発売直後でバーゲンになってるのを発見しちゃったわけ。
Eventideなんて言ったら、LexiconやTCに負けないくらいの老舗というか定番じゃない。

だから飛びついちゃったんだよね。
あー、いつのまにかMac上のプラグインも増えてるなぁ、とか思いながら(笑)

で、このEventideのリヴァーブ、UltraReverbっていう製品名だと思うけれど、かなり良いわけね。
実際、良いのよ。

で、その後のいろいろな作品とか活動にこのEventideのリヴァーブ、使ってるんだけれど。
「これでいいのかな」って思いがあって。

それはね、Reverbフェチの自分としては、昔の経験で。
あのWaves TrueVerbのルーム感とか。
あとはTC Reverbのあの「北欧の朝もや」みたいな幻想的かつさわやかな美しい残響とか。

あれをまた体験したいな、って思いがあって。

TCについてはね、皮肉なことに、
ネットをさくっと見た感じでは、AU環境で使えるプラグインのリヴァーブ売ってないみたいに見えるんだよね。

なにが皮肉って、昔はTCのリヴァーブとかって高級機材でスタジオのラックとかに入ってたんだと思うけど、
時代が変わって今ではギター用のペダルで全然普通に売ってんじゃん(笑)
俺も一昨年、アコギ用に必要で買う羽目になったし。

だから、皮肉なことに、そのかつて高級だった美しいTCのリヴァーブ、ギター用のエフェクトペダルで足下にはあるんだけれど、肝心のミックス環境でパソコンの中には無いという。

そんな皮肉なTCリヴァーブは、手に入らない(みたい)なので、

で、WavesのTrueVerbはというと、
これは本当に大好きだったし、今も売ってるんだけれど、
俺、これはもう使うまいって決めたのね。

なぜって、このTrueVerbのルームシュミレートが、本当に好きだったので、
昔の作品で、使い過ぎちゃって。
かけなくてもいいところに、いっぱいかけてる。
まぁ、多少いっぱいかけすぎてもイケるくらいに、自然なルーム感のリヴァーブではあるんだけれど。

だから、その反省で、今はもう俺はTrueVerbは使うまい、って決めてるのね(笑)

ただ、この前、Wavesのいつものキャンペーンで、TrueVerbが無料になってて。
それで、さすがに、登録というかライセンスをゲットしちゃったんだけれど、
後述するんだけれど、アップデートしてない僕のMacには、既にインストール出来なくて(笑)
結局、やはりこれはTrueVerbは使うな、という神の意志かと(笑)

で、あれだ、
Eventideのリヴァーブを、とりあえず使ってたんだけれど、
これでいいのかなってずっと思ってて、
今回、この「異能レース」と「無責任なメシア」の再ミックスに取り掛かるにあたって、ちょっとネット上を眺めてみた。
何か、手頃で、良い、本命になりうるようなリヴァーブがないかと。

で、ここで、いろいろ前提があって。条件もあって。
それは、僕は決して、録音エンジニアでもないし、また最新の音が作りたいわけでもないので。
現代では定番の主流の流れであろう、上記、コンボリューションタイプのリヴァーブは、俺はナシってことで。
だって、俺が欲しいのは「昔聴いたTCみたいなきれいなリヴァーブ」なんだもん。
それは、やっぱりアルゴリズムリヴァーブだからね。

そして、もうひとつ、悲しい条件があって、
それは、自分は、デジタルとかパソコン周辺のアップデートという現象を、社会的に信じていない、ということがあって、このMacも、なるべくアップデートせずに使ってる。つまり、この環境のまま、10年使い続けよう、と。アップデートに振り回されるよりは、同じものを深く使いこなしていこうと。もちろんたくさん録音する人とか、プロの録音エンジニアとかは、そんなんじゃいけないけれど、僕の場合は、システムに触る時間も限られてるし、個人的かつ特殊な方向性だし、簡単にぱっとやれることの方が重要だから。

だから、既にちょっと古くなってるこのMacにインストールできるものでないといけない。そして、そろそろ、今、このMacにインストールできるアプリケーションとか、プラグイン、減ってきてる、なくなってきてるんだな。

これはもうひとつ意図というかメリットがあって、それは、こうしてそもそも新しい製品がインストールできない、使えない、という状態になれば、無闇に衝動買いをする危険から切り離される。これは、とても重要なことなんだよ(笑)
ただし、世の中から対応してるアプリケーションが消えてしまう前に、必要なものをそろえなければいけない、ということでもあるんだけれど。

たぶん間に合った(笑)

で、そういった条件に合わないものも多いんだけれど、なんとかまだ自分のOSに対応してる製品の中から、デモ版を使えるやつを、いくつか放り込んで試してみた。

そして、試してみた結果、手持ちのEventideが実はかなり良いってことが判明した。

いろいろな市販されてるリヴァーブのプラグイン、あるんだけれど、それらと比較して、EventideのUltraReverbって、かなり「堅い」。堅い、ってのは、リヴァーブのエンジンの本質の部分が、なんかしっかりしてる。

結構、まじめな音なんだよね。地味、っていうことも言えるんだけれど。このEventideのリヴァーブ。いかにも「業務用」って感じの。
地味で堅実なキャラクターながらも、ハーモナイザーなどのエフェクトで知られる派手な効果もある、という、なんともジキルとハイド的な感じだけれど。

だから、つまらんな、と思っていたんだけれど、
たとえば、試した他のリヴァーブ製品で、お、これは良い音だな、面白い効果だな、とか思っても、じゃあEventideのリヴァーブ立ち上げて、ちょっといじってたら、それと同じ音、作れちゃうんだよね。
あ、これって、こういうことだったのか、って、リヴァーブの仕組みとか操作について、やっとちょっとだけわかってきた。
いろいろ他のリヴァーブと比較したおかげで、逆に手持ちのEventideの使い方がわかってきたというか。

で、今回、眺めてみて、ようやく気付いたんだけれど、今って、Lexiconのリヴァーブのプラグイン、AUやVST対応のもあるばかりか、値段もすごく安くなってんのね。びっくりしちゃた。

で、これも俺のズボラというか、良く言えば美学というか、simplicityというか。
Lexiconのリヴァーブのプラグインが、一万円くらいで買えるという世の中の状況がありながらも。
USBキーのなんちゃらロックが必要だ、という、それが面倒くさい、というそれだけの理由で、Lexiconを除外してしまった。
だって、いろいろ持ち運んで使うノートパソコンの作業に、USBいちいちはめないといけないんだよ?

いや、デモ版が試せれば、せめてよかったんだけれど、デモ版を試すのにもそのUSBなんちゃらキーが必要だっていうから。

デモ版がせめて試すことができればね。あるいはLexiconの購入に踏み切っていたかもしれないけれど。

いくつか試した中で、世間つーのかネット上の人たちの評判が良かった某リヴァーブ、って、まあ2cなんちゃら、ってところのやつなんだけれど、どうしてもパソコンも旧式だし、いちばん軽くて簡単とされるBreezeってのを試してみたんだけれど。

これを使ってみて、俺は、ああ、と思って。
世間の人たちや、ミュージシャンや、エンジニアさんや、DTMやってる人たちの意見はどうかしらんけど、
俺は、この「今流行の」リヴァーブ、ダメだなと思ったのね。

それは、今っぽい、2010年代のキラキラした音とか、EDM(テクノって呼べばいい)とか、そういう音楽作るには良いんだろうけれども。

でも、果たしてリヴァーブの本質としてどうなのかと言えば、俺の耳は、うーん、どうかな、という感じだったね。

これは何を意味するかというと、つまり、バンドとか、エレクトリックギターと同じ現象だと思うのね。

つまり、その昔、録音なんてものにかかわる音響エンジニア、そんな人は、プロだけだった。大きなレコーディングスタジオで働く、職業エンジニアというのか、専門家の人たちだけだった。

けれども、今、音楽をめぐる状況はずいぶん変わり、パソコンだのDTMだのDAWだの、録音して音楽を作るなんていうことは、誰でもやってる。いろんな形で、たくさんの人がやってる。

その結果、こういう製品が人気になったりする。

これは、ロックであれ、バンドであれ、ギターであれ、同じことは起きていることなので、
録音という分野もそれが起きているのだなと、
言葉は辛辣だけれども、俺は「良くも悪くも」そう思った。
もちろん、悪いことばかりじゃないと思うけれども。
そういった新しい、キラキラな音が流行ることは、それはそれで録音の世界では進歩だし。

でも、今俺に必要なのはそれじゃない。

で、Lexiconという選択肢も放棄して、
じゃあ、つって拾っちゃったのが、これまたネット上で評判のいい、Valhalla。
名前からして、あれだけれども。
べたべたなジョークを早いもの勝ちでやっちまった感だけども。

Valhalla、これは、確かに良かった。
Roomってやつと、Vintageってのがあるけれども、俺がびびっときたのは、やっぱりVintageの方。

人に、何かひとつ、安いリヴァーブをすすめるんだったら、今だったらこれをきっと推薦すると思う。

リヴァーブのエンジンつーのか本質的にも良い音をしていると思う。
そしてたぶん、俺の記憶の中で美化されているTCのリヴァーブに負けないくらいきれいな音も聴くことが出来たと思う。

まあ、その音も、いろいろわかってきたら、Eventideでもそれっぽい音、作れたんだけれども(笑)

音もきれいだし、非常に使いやすい。なおかつ安い。
結局のところ、レトロでノスタルジックな表現を大切にした、そんなロックとか、ハードロックをやっている身としては。そして、80年代メタルなんていう表現を、やっぱりやっているので。このVintageVerbは、非常に使い勝手が良いと言わざるを得ない。

もちろん、Eventideでも同じ音が出せたりするんだけれども、VintageVerbだと、効率よくぱぱっとその音にたどり着けたりする。

ある意味、これは、今までに出会った中でもお気に入りのリヴァーブになるかもしれない。

リヴァーブの王様といえばLexiconだけれども、このValhallaは、安価ながらもLexiconに迫っている、と言われているようだしね。また、操作方法とか独特で、僕みたいな初心者にも使いやすい。

で、ここのところがんばってミックス作業に取り組んでいたわけですが。
一部で、Valhalla VintageVerbも活躍しておりますが、やはりかなりの部分で、Eventideのリヴァーブが圧勝。やはり、堅いのか、このEventideのリヴァーブ。これが地味な業務用ヴァーブの実力なのか。

なんかね、過去において、そういったTrueVerbとかTC Reverbの記憶があるわけなんだけれども、いろいろわかってくると、ああこれは、このEventide、これは僕にとっての運命のリヴァーブなのかもしれない、って、なんとなく納得してきた。
もうこれでいいや、俺、リヴァーブ、って。

もちろん、もっと良い製品は、世の中にはあるだろうけれども、
それよりも、使いこなすことの方が、きっと大事だからね。
基本性能はしっかりしてるのはわかったし。

真面目なリヴァーブのお話でした。

で、そう、Wavesね。
前にも書いたことがあると思うけれども。
僕はその20世紀の終わり頃に、WavesのNative Power Packを買ったわけよ。
で、ずっと使ってた。
TrueVerbも、Q10も、C1も、S1も。もちろんL1も。
みんな素晴らしいプラグインエフェクトだった。

で、録音に興味をなくして、年月がたち、今、
再度Wavesを見てみると、昔と違って、アナログ的なニュアンスを出すためのプラグインが、非常に増えてる。
ああ、そういうアナログな微妙で繊細なニュアンスを、作れるようになったのだなあ、と、時代の進歩を感じる。

で、Macに乗り換えて以来。
たびたび、このWavesの安売りバーゲンに引っかかってきたけれども。
先述のとおり、OSをアップデートしない主義なので、Wavesのインストーラー、ついに、自分のMacで最新版が動かなくなっちゃって。

もう衝動買いの危険とはさよならなんです(泣)

いや、バーゲンのサイト見てるとつらい。
ですよ。
Heliosのコンソールとか。
Pieコンプレッサーとか。

でも、もう必要なものはだいたい手に入れた。
何度か書きましたが、”Revive The World”のミックスの最終段階で、NLSを手に入れることが出来たのは本当に良かった。
僕にとっては、あれはGame Changerでした。
人生を変えた、と言ってもいいくらい(笑)

あとは、今回の10年前の作品の再ミックス作業にあたって、
当時たったマイク2本で録った、決して良いとは言えない状態のドラムトラックを、なんとか使えるものにするために、CLA Drumsのプラグインが本当に天の助けであったことは、書き添えておきたいと思います。

あとはね、もうひとつ種明かしすると、
テープ大好き人間なので、Windowsの時から最初からずっと。
そしてMacに乗り換えてからも、テープシュミレーターは欠かせない。
Macに乗り換えてからは、Nomad FactoryのMagnetic2を使ってるんだけれど、
あれ、いろんなテープデッキの種類が、左側にいっぱい並んでるんだけれど。
その中でも、今まで、特定のものでお気に入りのものはあったけれど。

今回作業してて、やっと気付いた。
これって、低域が強く出る順に並んでるだけじゃん。
低域、っていうか、フォーカスする音域がシフトしていく。
下に行けばいくほど、フォーカスする音域が下にずれていく。

こんなこと、ちょっと耳のいい人だったら、最初の5分で気付く。

今頃気付くなんて。
愕然としました。

モニター環境、ってことについても書こうと思ったけど、
時間ないし、疲れた。

でも書こう。

そう、昔はね、でっかいモニタースピーカー持ってたのよ。
もちろんパワードタイプだけど。

でもね、今居る、狭いアパートに引っ越してからは。
録音機材、全部売っちゃったし。

そんなちゃんとしたモニタースピーカーで聴ける環境じゃないわけ。

だからね、ここ数年はずっと、録音のモニターっていうか、音作りは、8割型ヘッドホンでやっちゃってるわけ。

(でも、”Japan Metal Jesus”にしろ、”Heroes EP”にしろ、”Revive The World”にしろ、良い作品になっているだろ?)

ヘッドホンはいろいろ悩むし、予算があればもっと試したいのあるけど、惰性でAKGの240なんたらを使い続けてる。

で、俺が思うに、ヘッドホンの環境、ヘッドホンの中で音を作ってるぶんには、それは形而上の世界っていうか、自分の内面の世界だと思うの。
だから、出来る範囲で、その自分の内面でなるべく音を作っちゃうわけ。
なぜなら、内面の世界であれば、創造の範疇では、限界なんてないからね。あるとすればそれは想像力の限界だけだから。

で、内面でやれるだけ突き詰めたら、スピーカーに出してみる。
スピーカーに出すと、それはもう、自分の内面ではなくて、現実世界なわけ。
現実に空気を揺らし、現実の空間の環境の影響を受ける。

現実世界の厳しい残酷な現実に直面するわけ(笑)

そこで初めて、わかること、初めてわかる残酷な現実がいろいろとあるので、
それは調整するわけよ。
あるいは妥協するか、納得するわけ(笑)

ヴォーカルの出てる具合とか、低音の出てる具合、これは、周知のとおり、ヘッドホンでは案外わからない。だから、そういうバランスは最終的にはスピーカーで取らなきゃいけない。

あとは、ヘッドホンの内面だと、なんか根本的に音作りを間違えていることもたまにある(笑)

狭い部屋だからね。
もう録音も「達観」してるから、
今、この狭い部屋のすみっこのテーブルに、無造作に置かれているのは、Fostexの0.3とかいう、ほんとにちっちゃなスピーカー。

ほんとにちっちゃいけれども、それは、昔でいえば、ラジカセで再生するような感覚。
ラジカセとか、あるいはミニコンポとか。

でも、それを、「世の中の現実」として、判断し、すり合わせてみるわけだ。
そういう無造作なスピーカー、無造作な環境で、ちゃんと鳴るんであれば、って。

あるいは、それこそその昔、世のエンジニアさんたちがヤマハのテンモニを使っていたのは、あるいはそれほど遠くない感覚かもしれない。テンモニ、低音出なかった、っていうからね。

ちっちゃなスピーカーだから、ぶっちゃけ、下の方は出ない。
それは、下の方がどうなってるか、わかんないってことだから、ちょっと怖いのは怖い。
でもね、言ってしまえば、そんな下の方が出る大きなスピーカーで音楽聴いてる人が、今、世の中にどれくらいいるかな、ってふうにも思う。
そんな贅沢、してみたい。
iPhoneに放り込んで、小さなヘッドホンで聴いて、良ければ、それでいいかな、みたいな割り切り。
とりあえず、怖いから最低限のローカットは入れておきたくなる。

本当はね、ちゃんとしたモニタースピーカーを、ちゃんとした環境に置いて、音作りするのがいいと思う。
でも案外と、ちゃんと聴ける環境を整えるのは、難しい。
今の僕の居る狭い部屋なんかは特に、
そんなちゃんとした環境は、整えられない。

だからこそ、この、「ありあわせでなんとか」って方法でやっております。

もちろんすべて、それこそが、
「家内制手工業」であります。

No(4611)

■…2016年 1月 4日 (Mon)…….復讐の宇宙戦争
Reverbについては今のところそんな感じで使っている。
ただこのリヴァーブとか、反響、残響、響きってことについて思うと、
人間はどういった音を良い音だと感じるのかということがある。

先日書いたにも、自分がリヴァーブのプラグインを求める際に、昔使っていたTC Reverbの音をもういっぺん欲しかった的なことがあったが、

たとえばそういった体験は誰にでもあり、
ソフトウェアの話ではなく、

子供の頃に壁ごしに聴いていたピアノの音であるとか、
コンサートホールに響くオーケストラの音であるとか。
演劇のホールで聴いた舞台俳優さんの声であるとか。

そういった体験は重要なのであり、
たとえば僕も思えば、ライヴミュージックではなくこと音楽を再生する体験としては、
高校生の頃に演劇部の合宿の際に、地域の施設のホールで「何度も聞き慣れたはずの」Van Halenの”1984″のテープを再生したときの、あの興奮ということが思い出される。
聞き慣れたはずの”Jump”や”Panama”が、聴いたことのない新鮮な残響で響き渡ったあの音は、記憶の中に非常に鮮明に焼き付いている。

スポーツの興奮ということも、実際は案外と音響ということに結びついていると思われ、
よく言われることであるが音のよく響くボーリングのホールでピンが倒れる音であるとか、野球のスタジアムでバッターがホームランを打ち、カキーンという音とともに観衆のワァーという歓声が上がる音であるとか、実際のところかなりの部分、人々はそういった音響を体験しにその場に足を運んでいるのではないかと思わされる。
アメリカのメジャーリーグでいえば、あのオルガンの音とか。

コンサート会場であれば、開演前のアリーナにスピーカーを通して響き渡るAC/DCの”Girls Got Rythm”のリフの音とか。

昨日、いろんな人と話していて思ったのだが、日本語というものは面白いもので、キリスト教でいうところの「ゴスペル」つまりそれは良い知らせ、グッドニュース、ということであるのだが、このゴスペルという言葉は、日本語で言うと「福音」と呼ぶのである。直訳すればBlessing Sound、ないしはSound of Blessingと言うべきか。

バンドとか音楽やってれば、どうしてもすべての答、すべての意味合いは音の中にこそある。イベントの形とか意義とか言う前に、すべての意味も結果もゴールも、すべて音の中に実在するものだ。そうでなければ音楽など演奏せずに、スピーチや演説をすればよいからだ。

そういった意味で、クリスチャンミュージックなんてものを演奏する者にとっては、ゴスペルという言葉が日本語で「福音」というのは興味深い。

ではどうやったらそんな「福音」なんていう音を鳴らせるのか、ということだ。

その音を聴いただけで、皆の魂が救われてしまうような、そんな音っていうことだ。

音というものは記憶に結びついており、記憶の中にあるかつて聴いた音、おそらくは「良い思い出」と結びついたその音を、人は「良い音」と認識するのであれば、では、僕がいろいろな音楽を聴いたときに「これはどこかで聴いた音だ」と思うその感覚は何なのだろうか。

それこそ、幼少時に幼い頃に聴いた音だったりするのだろうか。

音とは限らず、それは光であるかもしれない。また、肌触りであるかもしれない。匂いであるかもしれない。

なぜならば、案外と聴覚と視覚というものは結びついており、またその他の感覚ともたぶんかなりつながっている。

だから音にたずさわる者であれば、視覚や味覚に関しても、感覚を磨くことは大切であり、たとえば素晴らしい絵画を見るとか、きれいな景色を見るとか、おいしいものを食べるとかそういったことである。

きれいなお姉さんと仲良くすることももちろん例外ではなく、こと、それが歌を歌う人間であれば、それがどれだけ重要なことであるのかは昔の時代から広く認識されていることだろうと思う。が、これはこれでまた深いトピックであるのでこの場では深入りしないでおくことにする。

ではたとえば、僕が少年の頃、まあ思春期の頃というべきか、たとえばJudas Priestの”復讐の叫び”(Screaming for Vengeance)を聴いて、「懐かしい」と感じたのはどういうことなのだろうか。

幼少の頃にどこかで古いロックでも聴いていたというのだろうか。

あれは、「懐かしい」というのか、「これは知っている」という感覚、「どこかでこれを知っている」という感覚だった。

それはどのようにして説明できるのだろうか。

あるいはすべからく良い音楽、良い芸術、良い作品というものは、初めて触れたものであっても、「どこかで見た、これは懐かしいものだ」という普遍的な要素を備えているものなのか。

俺が思うにそれは、やはりどこかで、人類の歴史、遠い記憶、宇宙の彼方において、それはどこかで体験した記憶なのだろうと思う。

俺はいわゆる生まれ変わりとか転生みたいなのはあまり信じていない。けれども”魂の連綿”ということはわりと信じている。いろいろなものはつながっているということだ。それはつまり転生や生まれ変わりは物事を隔ててしまう考え方なのに対して、魂の連綿ということは、すべてのものをひとつのこととして捉える考え方だからだ。

そういった、目に見えない宇宙の連綿の中において、確かにその音は、かつてどこかで、どこかの戦場で、きっと鳴り響いていたに違いない。

それを僕らの魂はきっと記憶しているのだ。

たとえば人々はスターウォーズを見て夢中になり、興奮したりする。

そういった宇宙における戦争、
そして宇宙史に残るような重大な革命がもしあるとすれば、

僕たちはそれを、もうきっとどこかでやったに違いない。
鳴り響くその音は、魂の共振は、他ならぬその記憶なのだ。

そして、過去において、あるいは未来において、僕らがすでにそれをやったのであれば、

今この場でそんな革命を、どうして起こせないはずがあるだろうか。

人の魂と、宇宙の記憶は、かくも偉大で、巨大なものである。
そう思って、僕は向き合う、今日のこの人生に。

No(4612)

■…2016年 1月 4日 (Mon)…….Loudness of Electronic Dance Music
ミックスだのプラグインだのという記述を書いたせいか、EDMっぽい音を作る用途と思われる「歪み」なプラグインの広告がFacebookに表示されていた(油断ならない)。
そこでそういった音を聴いてふと考えたのだけれど、
たとえば僕はジャパメタでいえばLoudnessはもちろん好きだけれども、近年はアースシェイカー贔屓になったこともあり、最近ではタッカン氏のギターの音については若干どうかなと思っていた。(かといってシャラ氏のギターの音がどうかというと、それもまた別の話である)

けれども、こうしていわゆるダブステップとか、最近のEDMと呼ばれるような音楽の音作りを見てみると、そういえばLoudness、といっても僕は80年代のいわゆる全米進出していた頃の”全盛期”のアルバムしか聴いたことがないのだけれど、Loudness、そして高崎氏のギターの音は”EDM”だったのかもしれない、と思えてきた。

つまりは、エレクトロニックミュージックというか、いわゆるテクノミュージックというものが出て来て以来、コンピュータや技術の進歩とともに、当然出てくる音も変わってきて、たとえばそういった生演奏ではなくて機械によって作られる音楽が、かなり人間味を持った音を鳴らすようになったと感じたのは90年代の後半の頃だったか。

けれどもエレクトリックギターがまさにそうであるように、楽器というものは、歪みというのかオーバードライヴ、ディストーション的な音色を固有の音色として獲得すると、表現として大きく前進する。

これは、この最近のEDM的なエレクトロニックミュージックの音の歪ませ方、それは単純に信号をドライヴさせるのではなく、なんかもっと別の方法で「歪ませ」て刺激的な音を作る近年のそれらの音色は、ようやっとエレクトロニックミュージック、いわゆる昔でいうテクノミュージック、コンピュータによる音楽に、エレクトリックギターに匹敵するくらいの音圧や、ハートを揺さぶる刺激、そして表現力が備わった、ということなのかもしれない。

そして、それを思って、あらためて、その頃のLoudnessが、鳴らしていた音や、楽曲を聴いてみると、うん、これって今のEDMだよね、となんだか思い当たる。
その意味ではいろいろな往年のメタルバンドたちが、EDMとかダブステップへの影響を公言するのも、なんだかわからないではない。

つまりは、それは楽器そのものの音よりは、後天的にいかに歪ませ、いかに気持ちよい刺激的な音へと加工、昇華するか、ということである以上、タッカンの音作りというものは、当時のヘヴィメタルの流れとして、まったく間違っていないのだ。

もちろん、高崎氏は、当時においても、当時の海外のトップギタリストと比較しても、あれだけきれいにリフを鳴らせる人はそうそういない、ということを前提にしての話である。

そう思ってあらためて80年代メタルを聴いてみると、当時のギタリストがフロイドローズのアームを使ってぎゅいーん、とかみゅいーん、とかやっている音は、現代のEDMに聴かれるサウンドとほとんど同義だ。

とかわかったようなことを偉そうに推測で書いてみた次第。

No(4613)

■…2016年 1月13日 (Wed)…….Hetero, Savior, ReBuild日記1
長い戦いだった(汗)
いや、ほんのひと月余りのことだったと言ってしまえば、それまでだ。
けれども、昨年11月にXTJ2015 (The Extreme Tour Japan)を終えて、12月に入り、「ミックスやらなきゃ!」と思ってから、一ヶ月余り。

どうやら、やっと完成してくれた。
“異能レース”(英語タイトル “Heterogeneous Species”)、および”無責任なメシア”(英語タイトル “Reluctant Savior”)の再録、というか再ミックス、ReMix、ReBuild、Re-Calibrate作業のことである。

つまり、遠く2005年にほぼほぼ一人で録音制作したこの2つの作品について、今できる範囲で「作り直す」という作業のことである。

たぶんここ1年、ないしは2年くらい前から、やろうと思っていた。
それを昨年、2015年、部屋の整理と同時に、データも整理して、昔の録音データをひっぱりだして、そして2015年の夏いっぱいくらいかけて、大部分のベーストラック、一部のギタートラック、そしてごくごく一部のヴォーカルを録りなおした。

そして、忙しくてなかなか作業に取り掛かれない中、やっとこの12月に、ミックスに取り掛かり、そしてこの年末年始、ほぼほぼ徹夜を繰り返し、慢性的に睡眠が取れていない中、やっとなんとか「マスタリング的処理」まで終わって完了の形までこぎつけた。

ディザー処理も終わり、16bitのファイルに落としたものを、さらにiTunesに放り込んでMP3に変換し、完成形になったものを聴いている次第である。

たぶんもう修正は発生しないはずだ。
発生するかもしれないけれど、修正する気力はもうあんまし残っていない(汗)

曲数も多かった。
なにしろ2枚の作品の作り直しだ。
そもそもがこの時期、もう10年も前のことだけれど、
この2004~2005年の時期というのは、非常にたくさんの録音制作をして、
非常にたくさんの作品を作った。

その頃の感覚から言うと、「たかだか2枚、24曲」という感じだけれど、
それ以降、こんなふうに「24曲いっぺんに処理」なんていう作業はたぶんしてなかった。

近年でいえば、
ジーザスモードの作品で5曲とか。
Calling RecordsのコンピCDで10曲とか。
Imari Tonesの作品で12曲とか。
処理するけれども、
24曲もあると、ちょっとひとつの処理をするだけでも、やっぱり時間がかかる。
結果、リミックスして、マスタリング的な作業をするだけで、かなり時間がかかってしまった。

で、まあ、ひとまずとして完成したのである。
結果は、結論として言えば、結果は上々である。
予想以上に、出来の良い作品になった。

10年前に録音制作したものにおいて、これはどうかな、と思っていた曲、もっとよくなるのにな、と思っていた曲、そういった曲たちが、ぐぐっと良くなって、強力な目玉商品として甦ってきた。

録音の問題で、「ボツ扱い」にしてあった曲も、2つ、甦ってきた。
(けれども、いろいろの都合で、あらたに1つ、入れ違いに、ボツにする予定の曲がある。歌詞の都合かな。)

それらの曲を、皆さんに聴いてもらって、世界とシェアするのが待ち遠しい。

不思議なもので、何が不思議かというと、なぜ僕は今回、この2枚の作品、”異能レース”と”無責任なメシア”を作り直そうと思ったのか。

今まで、録音作品を、インディペンデントに(ほんのときどきは、ちゃんとしたスタジオや、ちゃんとしたプロデューサーに、録ってもらったことも、なかったではないが)、制作してきて、

もちろん、振り返って、これは完璧ではないな、と思うこともあるけれど、それでも、ほぼほぼ、出来るだけのことはやって、作ってきたものには満足し、誇りを持っている。

けれども、なぜだか、この2つの作品だけは、失敗とまではいかないまでも、どこか、完成していない感覚が、年月を経るごとに募っていった。

曲が悪いわけでない。
それは後述するが、楽曲は決して悪くないのだ。
ただ、自分の録音や、当時の録音制作のシステム、その使い方が、いまいち噛み合なかった、という事である。

不思議なことに、同じ時期に、同じ2005年の後半に制作した残りの2枚、”Color of Hers”と”fireworks”、この2つの作品については、満足がいっているのだ。同じ時期に、同様の録音制作システムを使って、ほとんど同じように制作したにも関わらず、それらの2つの作品については、「何かが噛み合っていた」らしい。

今回、こうして、”Heterogeneous Spieces”(異能レース)と”Reluctant Savior”(無責任なメシア)の2枚を作り直した音を聴いて、その改善した音を聴いた上で、2005年の後半に制作された”Color of Hers”、”fireworks”を聴いてみると、その2枚については、なぜだか、これはこれで良し、作り直しや改善の必要はない、と感じる。それは音の良し悪しとか、メジャー的な音ということではなく、その2枚については、「その当時でなければ作れなかった音」として、十分に価値がある領域で成立しているからである。

それは、なぜそうなったのか、ちょっと不思議なことではある。
たぶん、楽曲の違いとか、夏に作ったものと、秋に作ったものの、当時の体調やバイオリズム、ドラムプレイひとつとっても、何かが噛み合っていたのだろう。

録音とか、音っていうのは不思議なもので、音質が良ければいいってものじゃない。たとえチープな音質であったとしても、それだからこそ伝わる音、伝わるメッセージっていうのがある。そして、オリジナリティってこともある。チープで、ユニークな音だからこそ、伝わるメッセージっていうものがある。後半2枚の”fireworks”と、”Color of Hers”においては、それらがぴたっと当てはまったのだろうと思う。
そして、前半2枚の”異能レース””無責任なメシア”では、それらが、少しばかり噛み合なかったのだ。

しかし、こうしてその前半2枚についても、10年の時を経て、理想的な形でReBuildすることが出来たのだから、やはりそのことにも意味があったのだろう。

そして、今、この時期に、このReBuild、リミックス作業に取り組むことで、実に久しぶりに僕の頭の中は「エンジニアモード」になり、録音システム、ミックス、プラグインエフェクトについて、実に久しぶりに考えてみる機会となった。

そのことが、この大事な時期に、どれだけ意味を持つかを考えると、本当に価値があったと言える。

さて、いつものごとく、長文かつ、ひとりごと、きっと読んでる人なんてそれほどいないだろうけれど、
前置きが長いのだ。

このReBuild、ReMix作業を通じて、感じたこと、体験したこと、そして、得たもの。

まずは、やはりベーストラックの重要性だ。
先日も書いたように、このReBuild作業を行おうと思ったそもそもの最大の動機、理由は、ベーストラックである。
自分のベース弾きとしての最良の楽器というか、いちばんぴったりくる楽器、Bacchus TF-Ashが今は手元にあるので、それを使って弾き直してみたい、という動機が、そもそもそこにあった。

そして、結果は、やはりベースを良いサウンドで弾き、より良いちゃんとしたグルーヴでトラックすることで、これほどまでに楽曲が甦るのだ、ということを経験した。

そして、8割の楽曲でベースを弾き直したと思うけれど、弾き直さなかった曲もある。それは、10年前に弾いたベーストラックのうち、あまりにもニュアンスが絶妙だったり、あまりに生き生きしたフレーズを弾いていたりして、「こんなの二度と弾けるわけない」と感じるものについては、10年前のテイクを生かしたのだ。

しかし、今では、ベースの音を強化するベースアンプシュミレーター等のプラグインもいろいろあるので、それらの10年前のベーストラックについても、ぐっとパワフルに低音が出る音になっている。

そして、BacchusのTF-Ashがベースの録りなおしに大活躍したけれども、そうはいっても、その10年前に使っていたベース、それは、やはり3万円程度しかしなかった、1998年頃から使い続けていた、Chattingbirdのミディアムスケールのベースなのだが、それも、よくよく振り返ってみると、結構あなどれない良い音をしているのである。

Chattingbirdというブランドは、今はあるかどうか知らないが、当時はたぶん、共和商会とか、日本製Jackson、Caparisonの傘下だか関連だかのブランドだったように記憶している。僕は当時の日本製Jacksonが大好きだということは常に公言しているが、その傘下の企画であったこのChattingbirdとうブランドも、安価であるが、結構あなどれないクオリティだった。そして、ほとんどはピック弾きで対応したけれども、ギタリストがピック弾きで弾くにはちょうどいい設計の楽器だったように思う。もちろん、本当の意味で「鳴る楽器」というわけではないけれど、安価ながら、堅実な音で作られた楽器であったのだと思う。

そして、本当のことを言ってしまえば、やっぱり楽器の値段とか良し悪しとか、正直なところ、演奏の出来の2割とか3割くらいしか関係なく、弾いている人間が良いプレイをしているかどうか、そこに気持ちが入っているか、自分のスタイルで、感情や情熱に溢れた演奏をしているか、そっちのほうが、やはりよっぽど重要だったようだ。

10年前のテイクを聴いて、「こんなのもう二度と弾けるわけねえ」と思ったのは、そういうことであり、そういう部分だ。
つまり、情熱や才能でぶっちぎっていれば、録音の質とか、楽器や機材の質とか、やっぱりほとんど関係ねえ、ということだった。

そのことを改めて思い知った。
まあ、今回やっているのはその、情熱以外の残り半分の部分を修正する作業だったわけだけれど。

そして、ギターソロもいくつか弾き直した。
それは、もともとギターソロの無かった曲に、ギターソロを追加した曲と、
10年前に弾いたギターソロを、もっと良いソロを弾こうと思って弾き直した曲と、両方のパターンがあった。

けれども、結果として、もっと良くなると思って弾き直した曲に関しては、ギターソロは、今回弾いたテイクは、結果的にひとつも採用されなかった。つまり、いくつかの曲で弾き直してみたものの、結果的に10年前に弾いたギターソロの方が良い、という結果になってしまったのである。

まあ、弾き直したといっても、それはパソコンの中のAmplitubeを通して弾いたものなので、安物とはいえ本物のアンプで鳴らしたテイクにはかなわない、と言うこともできる。

けれども、たとえ高価かつ貴重なHamer USAを使って、Amplitube上でSoldano等の高級アンプを通して弾いたテイクが、
日本製の安価なAxis-EX(決して悪いギターではないが)と、Cranetortoiseのペダルを通して作っただけの決してハードロック向きとは言えないサウンドで弾いたギターソロに、
結果としてかなわない、越えることができなかったのである。

これは、これこそ本当に、やっぱり「その時にしか出せない音」というか、情熱と才能の為せる所としか言いようがない。

だって、ギターそのものの腕前つーか、バッキング、リズムギターとか、本質的なところについては、今と、10年前と、どっちが良い音出しているか、それはわかんないけれど、

こと、ギターソロとか、ヘヴィメタル的なギターソロのテクニックってことで言えば、10年前よりは今の方が上手くなってるはずなんだから。
でも、だからって、本質的な表現力ってことは、また別だってことだよね。
俺は単に、「ヘヴィメタル的な速弾きに興味が無かった」ってだけで、ギターの表現力ってことに関しては、やっぱりそれ以上に考えてたわけだから。

というわけで、ギターソロの弾き直しは、10年前のテイクに敵わなかったんだけれども、もともとギターソロが無かった曲に、弾き直してるケースもあって、それは2曲あったんだけれど、ああでも、そうだね、そのうち1曲は、今回はボツ扱いにしようってことになったから、1曲だけですね。

その1曲において、そして、リズムギターを弾き直したいくつかの楽曲において、とある現象を、いくつか、経験しまして。

それは、かつて、Yプロデューサーにお世話になっている時に、Yプロデューサーから聞かされた話。
それはつまり、Yプロデューサー氏は、Caprisonのエンドーサーであらせられましたので、Caparison、ないしはその前の日本製Jackson、の良いギターをたっくさんたっくさん持っておられたんですが、その中に、かなりとっておきの、「すごく良い材を使った200万円するギター」なるものがあって、メーカーに特別製で作ってもらったらしいんですが、それでギターソロを録音したところ「周波数を全部持っていかれる」という現象があったそうです。

ほんまかいな、そんなことあるんかい、と、思っていたんですが、
今回、ちょっとだけ、似たようなことを経験しまして。
それは、今、手持ちにあるギターの中でも、もっともVersatileというのか汎用性、応用性の広いこの1本のギターがありまして、それをパソコンにつないで、つまり「ラインでつないで」、かつ「それほど歪ませないセッティングで」弾いてしまったとき。

つまり、ハイゲインで弾けば、そのぶんレンジは狭くなると思いますが、ローゲインでソロを弾いてしまった時、その現象が起こりまして。
周波数、持ってかれました。
ヘッドホンで聴いていたときは、それほど気にならなかったんだけれど、スピーカーで空気を鳴らした瞬間、うわ、って。
全部持ってかれてました。
ミックスの中の音量、そんなに上げてないはずなのに。
なんというのか、たとえれば、アタックの部分でコンプレッサーの針を全部持ってかれる、みたいな。

本来、エレクトリックギターというのは、それくらい破壊力のある楽器だということを思い知ったということだと思んですが、要注意ですね、このギター。
リズムギターに使用した時にも、やはりかなり「主張」してくれまして、そしてさらにAmplitubeの挙動と相まって、数々の問題を引き起こしてくれました。

いや、良い楽器であることに変わりはないんですけどね。
「鳴る楽器」とか「良い楽器」というものは、ミックスや、アンサンブルの中では、必ずしも「使いやすい楽器」ではない、ということを、改めて学んだように思います。

基本、Bacchusさんって、使いやすい音を作るっていうよりは「木の音そのまま鳴らしっぱなし」「音はプレイヤーの方で作ってね」って感じだからね。。。それが潔くていいんだけれど。

そのへんは、HamerとかGibsonとかは、ちゃんと「Hamerの音だぜ」「Gibsonの音だぜ」っていうのを、作ってるように思います。良くも悪くも。

さて、反省事項や、書くこと、ひとりごと解説はまだあるんですが、

非常に出来の良い感じに仕上がった、
この10年越しの、2005年の自分と、2015年の自分がコラボレーションして作った作品。
Imari Tones名義の、日本語ポップとして、宅録作品として、今の、この2016年のこの時に、自信を持って発表できるものになったんじゃないかと思っています。

知ってのとおり、2007年以降のImari Tonesは、基本的に英語で、海外向けのハードロックをやっているし、こんなふうに、「日本語による日本のオーディエンス向けの」作品を発表するのは、本当に久しぶり、というよりは、ほとんど新しい試み。

どのように受け止めてもらえるのか、楽しみに思っています。

No(4614)

■…2016年 1月13日 (Wed)…….Hetero, Savior, ReBuild日記2
そうそう、この2つの作品の意味合い、とか、意義について、もう少しひとりごとを書き記しておきたいんです。

つまりは、なぜ、今、そして、この2枚、「異能レース」と「無責任なメシア」をReBuildの対象として選ぶことになったのか、ということを。

それはですね、特に、一枚目にあたるこの「異能レース」。
これは、特に自分の中では重要な作品なんですね。

そして、それは、とりもなおさず、他でもなく、
これから僕らImari Tones(伊万里音色)が取り組まんとする、究極の到達点である「鍋島」。
それに向かうための、ステップであり、儀式であり、手続きのひとつであるのです。

鍋島、ね。
これから僕らは、”Jesus Wind”の録音制作に入る予定だし、「鍋島」に実際に取り組むのはそのもっと先。
楽曲の骨組みは作ったとはいっても、まだデモの形にすらしていない「鍋島」。
なんか、そんなこんなしていると、「鍋島」、そんなものが、果たして本当に存在するのだろうか、とも思えてくる。

究極の到達点、と思っているけれど、自分でそう思っているだけで、実は幻に過ぎないのではないか。そんなものは本当は、存在しないのではないか。実際に作ってみれば、大したことのない作品なのではないか、とか。
いろいろ思ってしまうんですね(笑)

でも、幻か、本物かは、取り組んでみないとわからない。
作ってみないと、鳴らしてみないとわからない。
だから、やっぱり取り組まなきゃならない。

で、その「鍋島」の構成要素、というか、基礎、となるものは何か、ってことなんです。

それは、もちろん、いろいろな要素なんだけれど、
その音を鳴らすために欠かせない才能があるんです。

それを、僕はここで、「異能」と呼んで、読んでみたい。
すなわち”Heterogeneous”と。

僕が孤独に録音制作を始めたのは、実に1998年にもさかのぼることなのですが、
僕が、その”Heterogeneous”な要素を自覚し、そして作品に込めたことは、何度かあり、その最初のものが、1999年に制作した”Kodomo Metal”と銘打たれた作品でした。

Imari Tones名義で僕が作ってきた音楽作品の中でも、「これが最高傑作でしょ」と誰かに言ってもらえるものが、いくつかありますが、この”Kodomo Metal”もそのひとつです。ある意味では、自分はこの”Kodomo Metal”を越えるものを、今でも作れていないのではないか、と、時々思える。

そして実のところ、Imari Tonesの目下のLatest Albumである”Revive The World”も、その「異能」(Heterogeneous)な要素を、久々に込めた作品です。

そして、この、今回ReBuildしたところの「異能レース」(Heterogeneous Species)は、2005年当時、僕がその”Kodomo Metal”以来に、自身の中にある「異能」を、最大限に込めるべく作ったものなんですね。

その作品を、わざわざ選んでReBuildした、ということは、その「異能」の形をきちんと完成させたい、そして振り返り、再度ふまえ、それを形にすることで、「鍋島」へ向かうための足がかりとしたい、という目的がありました。

何がどう異能なのか。
2004、2005年当時、僕がさかんに名乗っていた「異能ハードロック」”Heterogeneous Hard Rock”とはどういうことなのか。

それは、聴いてもらうしかないんですが、
つまりは、僕が音楽を作ろうとする時に、やはり矛盾するふたつの欲求があり、それはこの「異能」の特異な音楽性を全開にして発揮したい、という欲求と、それとは逆に、「人々に、皆さんにわかりやすいものを、喜んでもらえるものを提示したい」という欲求。このふたつが常にあります。

これは、あんまり両立しないので、
たとえばImari Tonesがクリスチャンロックバンドになった後の作品でいっても、”Japan Metal Jesus”なんかは、わりと「わかりやすいもの」を意識して作った部分のある作品です。定番のべたべたな王道のハードロックをやろう、みたいな感じの。といっても、「異能」な要素もやっぱり入ってますけどね。

2004年バージョンの「バンドになったImari Tones」の姿が収められた「光のヒーロー」(Hero of the Lights)は、その「異能」の要素と、ポップな要素が、かなり無理矢理に、奇跡的に両立して収められた作品だったりもします。

そんな自分の、この「異能レース」は、これぞ遠慮なく本気で「異能パワー」を全開にした、たぶん先にも後にも無い作品なんですね、自分の中でね。

そんな特別な作品を、今回、「ちゃんとした形」に出来た、ということです、10年越しに。

で、この「異能」というタイトル、”Heterogeneous”という言葉、どこから持ってきたかというと、それはアニメですね(笑)。装甲騎兵ボトムズ。
僕が10年以上使っているMusiMan Axis-EXの赤い方(EXSの方)に、この装甲騎兵ボトムズの、「スコープドッグレッドショルダーカスタム」のちっちゃなステッカーが貼ってあるんだけれど、昔からね、たぶん誰も気付いていないだろうなあ。

僕は、決してアニメファンというほどアニメを見ないし、知らないですが、そういう、妙に古いアニメにはまってしまうことが人生の中で、2、3度あって。
たとえば伝説的なお料理アニメである「ミスター味っ子」(アニメ版)なんかもそのひとつですね。なにげに、バカみたいですが、創作という領域において、ずいぶんインスパイアされたような。笑。

で、ここのところ、Yahooさんとこのアニメチャンネルで、「装甲騎兵ボトムズ」が流れていたようで、これも10数年ぶりに、全話見ちゃったりで。でもそういうことも、なにげに、ただの偶然ではないのだなあ、と思わされます。
そう、これから「鍋島」の戦いに向かわなくてはいけない、ということです。

で、「異能レース」はそんな感じの重要な意義を持つ作品なんですが、
ではもう一方の「無責任なメシア」ですね。
これはどういう作品かというと。

そんなに重要ってわけではないんですが(笑)
かなりパーソナルな作品です。
「異能レース」が切れ味鋭い、殺気に満ちた作品だとすると、
「無責任なメシア」は、かなりイージーでリラックスした、「癒し系」の作品で。

無邪気なポップソングがいっぱい入っています。
かといって、やっぱり「異能」っぽい曲も、ほんのちょっとだけ入っているんだけれども。

そして、「高校生の頃に書いた曲」が、いっぱい入っている。
それは実を言うと、「異能レース」にも、「高校生の頃に書いた曲」は、2、3曲、入っているんだけど、この「無責任なメシア」は、その大半が、高校生の頃に書いた曲、だという(笑)

そういうこともあって、かなり素直で、そして「青臭い」内容になっています(笑)

その意味では、「異能レース」とは対照的な内容なんだけれども、
それでも、等しく、これも、「ちゃんとした形」に出来て、
とても嬉しく思っております。

敢えて1曲、挙げるとすれば、”Angel Wind”っていう曲があって、
これ、今までに、何度も、レコーディングしようとして、録り直しを何度もしている経緯がある曲なのよ。

曲を作ったのは、たぶん1998年くらいの事だと思うんだけれど、
それから、2、3度、録音に挑戦して、いずれもあんまり納得できない結果に終わっている。

で、この2005年のバージョンも、結構がんばっているんだけれども、やっぱり改善の余地がある。
この曲は、ギターのリフがすごく印象的で、自分にとっても特別なリフで、この曲は、生涯最高のギターサウンドで弾きたいな、ってずっと思ってた。

で、この曲は、ギターもベースも弾き直したんだけれど、(クリーンのギターソロと、アウトロのローファイなギターは昔のままだけれど)、
まあしょせんパソコンのAmplitubeに突っ込んだ音なので、生涯最高とは言い難いんだけれど(笑)、それでも、この難しいリフのサウンドを、Hamer USAのコリーナVという、特有のサウンドを持った最高のギターで(僕の言葉で言えば、「空の属性」を持ったこのギターで)、完成させることが出来た。「天上の風」を描いた曲だからね、一応、テーマとしては、だから、軽めのサウンドを持った「空属性」のフライングVでちょうど良かった、ということで。

まあギターサウンドはともかくとしてね、サビのヴォーカルがきれいにハーモニーして、リヴァーブが大きく響けば、それで十分かな。

No(4615)

■…2016年 1月13日 (Wed)…….Hetero, Savior, ReBuild日記3
あとひとつ書いておきたいのは、エンジニア的な部分。
先述したように、今回のこの2枚の作品のReBuild、ReMix作業で、録音とか音作り、ミックスについて、結構考えて向き合ったことで、こんなに録音とかミックスについてちゃんと考えたのは、何年ぶりだ、ってくらいにエンジニアモード、というか、「宅録モード」「サンレコモード」になった(笑)。サンレコ読んでないけど。まだ売ってんの、あの雑誌?

で、ここでひとつ、懺悔したいことがある。
いや、大したことじゃないんだけれど。

マスタリングっていうのは、やっぱり難しい。
難しい事柄が、いっぱい、ある。

で、その難しい事柄を、簡略化して、シンプルイズザベストの形で、個人でやっちゃうために、僕は昔から、特定のギアを使っている。

けれども、その使い方を、僕はちょっとばかり、間違えていたらしい。

そして、もうひとつは、それは、昨年、僕が担当した、”Calling Recordsのコンピレーションアルバム”。
ごめん、マスタリングの際の処理を、ほんのちょっとだけ、ミスしていたことが判明した(苦笑)
いや、そんな、大したことじゃないから、まったく、問題はないんだけれど。

ひとつは、ずっと使っているIK MultimediaのT-Racks。
僕は、これを、例によって古いバージョンのやつをずっと使ってるんだけれど、その昔、パッケージで買った時に、マニュアルはたぶんちゃんと読んでるはずだった。

だけれど、ひとつバージョンアップした後のやつは、読んでなかったのか。
今回、ふと思って、デジタルのドキュメントに入ってるマニュアルを読んでみたら、肝心の使い方を間違っていて愕然とした。

すなわち、「この赤いランプが絶対に点灯しないように作業して下さい」って書いてあった(笑)
俺、そのランプをばっちり点灯させて作業するもんだと思ってたよ!!!(爆)

もう10年以上も、そう思って作業していたよ!!!!

どうしてくれる!(笑)

でも、これはたぶん、確信犯的なもので、
だって、どれだけの「ミュージシャン」がマニュアルを読むかってこともそうだけれど、
いわゆるエンジニアでない「ミュージシャン」がこの道具を触ったら、10人中9人は、この赤いランプをばしばし点灯させると思うのね。

それは、そうなるに決まってる設計にしてあるわけだから、たぶん意図的なものだと思うんだ。

そして、その「意図的な設計」が、この10年で、どれだけ音楽業界のサウンドを変えてしまったかは、見てのとおり、というか、聴いてのとおり。
良いか悪いかは、ともかくとして。

そして、現実として、俺のところでは、特に問題は起きていない。
いや、俺の知らないところで問題があるのかもしれないけれど。
(それも怖いが)

それも怖いので、今回はやはり、俺はたとえこの赤いランプをがんがんに点灯させて作業したとしても
(それは、やはりそうしないと気持ちいい音にならないということが、検証してみてはっきりした!)
その後、やはり天井にはちょっとだけ隙間を開けておくべきだろうということで、そうした。
けれども、どういう手段で、どういう道具、プラグインを使って、その天井の隙間を開けるか、というのも問題だった。

たかだか0.1デシベルかもしれないが、やはり神経質になってしまった。
そこで最終的に選んだのが同じIK MultimediaのT-RacksのEQだったというのも笑えるが、同社のプラグインが、非常に自然な音と動作をしていることの現れでもある。

と、それはひとつのことであるが、
もうひとつ、それ以上に愕然としたのが、ディザー。

つまり、長年、Windows上で作業をしていた時。
24bitで録音制作したファイルを16bitに落とす際、
僕は、ApogeeのUV22という定番のひとつであるディザーを使っていたのだ。

しかし、Macに乗り換えて以降、そのUV22は使えない。持ってない。
いや、正確には、LogicProにもUV22は搭載されているのだが、俺はLogicProを使ってビット変換とかしたくないのだ。

Macに乗り換えて、昔に使っていたWindowsのWaveLabとか使えないので、そして新たにWaveLabとかその手の波形編集ソフトを買うと何万円もかかってしまうので、俺は、AppStoreで調達した、すごい安物の名も知れぬ怪しい波形編集ソフトを使っている。そんなソフトには当然、UV22とか付いているわけがない。

けれども、2mixのファイルをいじるのは、基本的にその安物の波形編集ソフトを使うし、その波形編集ソフト上で、ディザーを使いたいのだ。

で、これまでの数年の作品では、僕は、生き残っていたWindowsにファイルをぶっこんで、古いWaveLabを使ってUV22を処理してビット変換していた。
しかし、今やついに、古いWindowsもほとんど壊れてしまった。たまに起動するけど、たまに起動しない。

なので、そろそろこのビット変換作業もMacで行わなければいけない。

Macの中には、WavesのIDRというディザーはある。
それは、昔からあるもので、なんかWavesのプラグイン買うと、オマケでついてくる。
しかし、僕はこのWaves IDRの音は、好きではないのだ!

そこで僕は、とあるディザーのプラグインを見つけたのだった。

そして、昨年のCalling Recordsのマスタリングを行った際には、僕はこのディザーを使ったのだが、きちんとチェックはしていたつもりだったのだが、予想外の自体というか、このプラグインの予想外の挙動により、今回より詳細に綿密に動作をチェックしてみたところ、「狙っていたとおりのディザー処理」が出来ていなかったことが判明した!!!!!

大ショック!!!!
もちろん、ディザーを選ぶ際には、ちゃんと音を聴いていたんだけれど、
処理した後のファイルを聴いて、気付かなかったということが、自分の耳のフシアナっぷりが、大ショック!!!!

というか、まあ本当のところ、ディザーだのノイズシェイピングだの、音の違いは、24ビットのファイル上で、たとえ微細なノイズの周波数の違いが聴き取れたとしても、してもだ。
16bitに変換してしまえば、なんというか、こうして聴いてみると、16bitのファイルなんて、音質、ひどいもんだろう!!!!

そして、今の現代の人々は、その16bitのファイルよりもさらにひどい音の、圧縮されたMP3とかAACとかそういうさらにひどい音の音楽を聴いているんだろう。それが普通なんだろう!!!

だから、正直、な、ところ、狙ったとおりのディザー処理が出来ていなかったとしても、たぶんほとんど、違いはない、というのが本当のところだろう。

だけれども、やはりそれでも、うっかり気付かなかったことに、愕然とするのだ!!

もちろん、今回、問題が判明したので、今回の作業にあたって、その問題は解決した。解決した上で作業した。

ちょっとCallingのコンピの件は愕然としたけれど、けれども、もちろん、製品としてはまったく問題はない。というか、そんなの、気付く人、いるはずもない。たぶん、なんか結果オーライだったし。

だから大丈夫に決まってるんだけれど、それでも、その経験を糧にして、今後の作業に生かせることに、やっぱり、積み重ねは大事だな、と言い訳してみる。

とにもかくにも、久しぶりに「宅録モード」「エンジニアモード」になって、特に、リヴァーブについてはかなり突き詰めて試してみたり、研究して。かなり自分にとっての実戦上での答も得ることが出来たし。
いくつかプラグインも購入したり入手してしまったりして。
新たなお気に入りのアイテムや、ブランド、サウンドに、出会うことが出来た。

そして、道具も充実したと同時に、その手持ちの道具の使い方も、また少しずつわかってきて、ミックスについてもまた経験を確実に積んで。

これから、たぶんまたひとつ、より良い音が録れる、作れるようになったことだろう。

それを、これから取り組む”Jesus Wind”の録音、ならびに「鍋島」の制作にあたって、生かしていけることに、感謝したい。

というか、そのためにこそ、これをやった。

さて、いよいよ決まったStryperの来日の件とか、いろいろありますが、また後ほど。

No(4616)

■…2016年 1月13日 (Wed)…….バンドのブログに書いた文章
A little late greeting but) Happy New Year 2016 from Imari Tones!!
We are still here and making music for God, awesome Christian Heavy Metal from Japan.

(日本語は下にあります。Japanese translation below.)

While we are praying for your happiness, health, success and peace for the world, let me give you some updates about our band.

First, thank you very much for The Extreme Tour Japan (XTJ2015) we did in November 2015. It was surely one of the greatest things we did in a few years and was a very blessing moment. Thank you very much for all the people helped us during the tour, all the support and everything.

We have bunch of movies from the tour. We are still working on it but we are hoping to post them on YouTube. We did some awesome performance and I hope you will like it.

Second, we will soon start working on the recording of our new album, which is called “Jesus Wind” at this point.

This is a very important album for us. For a long time, we have been saying we want to make an album based on Japanese history. Finally we will record it. It is a concept album based on Japanese history from a Christian view point.

This album will be our “most intense” heavy metal album and it will include those songs we are already playing live this couple of years such as “Jee-You” and “Dying Prophet” as well as our newest song “Repent” which is arguably the most powerful song of ours. (Even more powerful than “Faith Rider”!)

We don’t know how long it will take for us to record the album, but we certainly will need you support upon release, to make it a successful record. So please stay tuned!

Third, we are going to release some “Japanese” songs and albums.
They are not exactly “brand new” stuff.
Actually, throughout last year, we’ve been working on “ReBuilding Project” of our older albums.

From our “J-Pop” album catalogue we recorded before we became a Christian rock band, we picked “Heterogeneous Species” (異能レース) and “Reluctant Savior” (無責任なメシア) and did the remix, while re-record some of the bass and guitar tracks.

Those 2 albums, originally recorded in 2005 (yes, long time ago) and sung in Japanese language, now “Re-Mixed”, “Re-Built” and “Re-Calibrated” and sounding much better.

During the process, we had a fresh new perspective for those older songs of ours and now they are just like new songs to us.
We soon will release them on places like iTunes, Spotify, BandCamp and YouTube accordingly.

As you know, we have been playing “Christian Rock” for international market for years now and quite frankly we are not sure how you will respond to these “Japanese” songs, or not even sure if you are interested.

But nonetheless, we can’t wait to share these music with you. With our Japanese and international friends all over the world!!

Four and finally,
We have a plan to visit USA this year.
It is not a long tour like we did in the past.
We are basically going to visit Nashville TN, to attend some Christian music conference in May. (Maybe mid or later of May 2016)

While it is not a solid plan at this point, we are hoping to book some gigs around that region. I mean, in/around Tennessee… as long as we can drive and visit.

Tell us your suggestion or any advice, if you know some place we can play! (^^)

That’s about it.
So much going on and we have so many things coming.

It is a difficult time for musicians, difficult time for everyone.
But we hope God will guide us to the right path, no matter how hard it may look.

Thank you very much.
Thank you for everything.
Thank you Jesus.

In Christ,
Tak “Tone” Nakamine / Imari Tones

(少し遅めのご挨拶ですが) 伊万里音色より、ハッピーニューイヤー2016を申し上げます。
僕らはまだここにいて、神様に捧げる音楽を作っています。日本の、awesomeなクリスチャンヘヴィメタルです。

皆さんの幸福や、健康や、成功や、世界の平和について祈りつつ、ここに僕たちのバンドについてのアップデートをお伝えします。

まず最初に、昨年の11月に行ったエクストリームツアージャパン2015についてありがとうございます。それはここ数年僕たちが行った中でも、もっとも素晴らしい出来事のひとつでした。そしてとても祝福された時間でした。ご支援、ご助力いただいた皆さんに、本当にありがとうございます。

そのツアー中のビデオや映像もたくさんあります。まだそれらに取り掛かっていませんが、それらの映像をそのうちYouTubeにアップしたいと思っています。とても良い演奏をしたので、きっと気に入ってもらえるだろうと思います。

ふたつめに、僕らはもうすぐ新しいアルバムのレコーディングに取り掛かります。現時点でそのアルバムは”Jesus Wind”と呼ばれています。

これは僕たちにとってとても重要なアルバムになります。長いこと、僕たちは「日本の歴史についてのアルバムを作りたい」と言ってきましたが、ついにそれを録音します。これは、クリスチャンの視点から見た日本の歴史についてのコンセプトアルバムです。

このアルバムは、僕たちにとって今までで一番ヘヴィメタル色の強いアルバムになるでしょう。そして、ここ1、2年ライヴで演奏していた”Jee-You”や”Dying Prophet”などの楽曲が含まれます。僕たちのセットリストに最近追加されたいちばん新しい曲である”Repent”も含まれます。この”Repent”は、おそらく今までの僕たちの曲の中で、もっともパワフルな曲です。(“Faith Rider”よりもパワフルかもしれません。)

そのアルバムを録音するのに、どれだけの時間がかかるかはわかりませんが、リリースにあたっては、皆さんの助けが必要になるでしょう。それを成功に導くためには、皆さんのご助力が必要です。だから、ぜひ注目していてください。

みっつめに、僕たちはいくつかの「日本語の」アルバムをリリースしようと思っています。
正確に言えば、それは新しいものではありません。
実は、昨年2015年を通じて、僕たちは古いアルバムの「再構築プロジェクト」に取り組んでいました。

僕たちがクリスチャンバンドになる前に制作した”J-Pop”のアルバムの中から、「異能レース」(Heterogeneous Species)と「無責任なメシア」(Reluctant Savior)の2枚を取り上げ、それらの再ミックスと、いくつかのベースとギターの再録音を行いました。

それらの2枚のアルバムは、もともとは2005年に録音されたものですが(すごく昔の話です)、日本語で歌っている作品です。そのリミックス、再構築を行ったことで、それらの楽曲は、すごく良いサウンドになりました。

それらの作業をする中で、僕たちはその古い曲たちについて、新しい新鮮な視点を得ることができました。今ではそれらの曲は、まるで新曲のように感じています。
私達はそれらの作品を、iTunesやSpotifyや、BandCampやYouTubeにアップしてリリースしようと思っています。

皆さんも知ってのとおり、僕たちはもう何年もクリスチャンロックバンドとして、国際的なマーケットに向けて音楽をプレイしてきました。なので、正直なところ、これらの日本のオーディエンス向けの日本語の楽曲について、どういうふうに受け取られるのか、興味を持ってもらえるのか、わかりません。

けれども、それでも僕たちはこれらの音楽を皆さんと分かち合うのを楽しみにしています。日本や世界の友人の皆さんと。

よっつめに、そして最後に、
今年、僕たちはアメリカを訪問する計画をしています。
しかしそれは過去にやったような長いツアーではありません。
5月頃に、テネシー州ナッシュビルで行われるクリスチャンミュージックのイベントに参加しようかと考えています。

もちろん、それはまだ確実な予定ではありませんが、けれども僕たちは、その周辺の地域でギグをブッキングできたらいいなと思っています。テネシー州の周辺、車でドライブして行ける範囲であれば。

もし、ご提案やアドバイスがあれば、ぜひ教えてください。

本日はこんなところです。
たくさんのことがあり、たくさんのことを予定しています。

ミュージシャンにとっては難しい時代です。
そして誰にとっても難しい時代でしょう。
けれども、僕たちは、神様が僕たちを正しい道に導いてくれることを願っています。たとえそれが、とても困難な道に見えたとしても。

どうもありがとう。
すべてのことにありがとう。
イエス・キリストにありがとう。

主にあって
Tak “Tone” Nakamine / Imari Tones

No(4617)

■…2016年 1月13日 (Wed)…….Stryper、27年ぶりの単独来日公演決定
Stryperの来日決定については本当に色々書きたいんだが、とにもかくにもこの数日、うちの嫁さんが本当にハッピーにしている。 STRYPER Street Team Japanなんてものをやっているのはもちろんだが、ここ1、2年、晩飯の時に、いつも二人で祈っていた。その祈る中に「今年こそStryperが来日しますように」って。いや、本当によかった。神様ありがとう。サンキュージーザス。

No(4618)

■…2016年 1月19日 (Tue)…….Make some noise
ノイズというものをどう考えるかである。これは結構、大きな問題(issue)なのだ。

性懲りもなくまだ、作り直しプロジェクト”異能レース”と”無責任なメシア”のチェック、最終確認の詰めとダメ出しを行っているが、ギターというか、ギターソロに乗っているノイズについて悩んでいるのである。
原因は、僕のミックスの腕前が未熟なことだ。そして、笑っちゃうくらい恐るべき理由だが、「そこを修正してバランスを取り直す」のが面倒くさいからである。ひとつ変えると、全体(他の曲も含めて)を変えなきゃいけない。それが面倒くさい。それは、もう一ヶ月作業に費やす、ということを意味するからである。それは、今の自分の生活と人生の状況において現実的ではない。だから、なるべく、このままのバランスで、なんとか対処したい。Super Lazyである。あるいは時間とのせめぎあいであり、妥協点を良い意味で見出すことでもある。

パソコンの中のLogicの中、ここに3つの道具があり、ジャンケンのごとく三すくみの状態だ。お気に入りのWaves NLSであるが、これをマスターのバスにかけておく時に、この曲においてはEMI(Mike)を使いたいのだ。だが、Mikeのバスは歪みやすい。それがノイズの大きな原因だ。では、バスをNeve(Nevo)に変えるという方法があるが、Neveの音は鈍い(日本語よくできてる)ので、この曲に関しては繊細な情感を削いでしまう。今回の制作を通じて、僕はこのMike(EMI)のバスが非常にお気に入りであることが分かった。これは本当に繊細かつ表現力が素晴らしい。だが本当に歪みやすい。困ったものだ。次の制作の時には、本当にもっともっと、各パートのフェーダーを下げて作業しないといけない。

ではギターソロにかけてあるTubeSaturatorである。これも歪みやノイズの大きな原因だ。しかし真空管というものはそもそも歪ませるもの(笑)でありノイズを発する(笑)ものであることから、そのことに文句をつけるのはお門違いでもある。この道具も、音を本当に良くしてくれる一方で、歪みやノイズと表裏一体の問題を持っている。使い方は決して簡単ではない。ではこのTubeSaturatorを使わずにミックスするとどうなるか。この場合、かわりにキャラクター付け(をしないと気が済まない)としてUltraChannelを使用してみる。Eventideらしい堅実な音であるが、これは音のキャラクターとしては柔らかいキャラを持った道具だ。もともとCranetortoiseのペダルの比較的やわらかな(ダイオードの)音で弾いたソロなので、そこにさらにやわらかいキャラクターを付加するのは難しい選択だ。音自体は堅実なのでミックスの中に堅実に座ってはくれる。だが、前に出てくる音というよりは、むしろ後ろに座る音である。この場合はやはりCranetortoiseのペダルの良い部分であった高音のレンジの広い張りの部分を強調しさらに輝かせる効果として、やはりTubeSaturatorを使った方が効果的だ。そしてこのTubeSaturatorを使った上で、さらにバスにEMIを使うと、がっつりノイズが発生してしまうのである。

問題はノイズをどう考えるかだ。

実のところギターソロの上にノイズが乗ってしまった曲がもうひとつあり、そちらも同時に解決法を検証していたのだが、そちらの曲については実際のところ、一番の原因はEventideのReverbに乗っていたローファイ機能がノイズを発していた。その音について、当初は、うわ、めっちゃデジタルノイズやん、と思ったものの、いろいろ検証するうちに、これはこれで、80年代風の古いデジタル機器みたいな味ということなのかな、と思えてきた。現にローファイ機能をオフにし、そのノイズを出さずにミックスしてみると、意外とギターソロの効果が半減しているのである。演出ということか。

で、今のこの3すくみ状態の曲であるが、スピーカーで鳴らした時、ヘッドホンで鳴らしたとき、両方で、ノイズを乗せた場合と、そうでない場合とを比較してみて。
ノイズを乗せたミックスの方が、ギターソロの音が太く、前に出てくる。これはいったい、どういうことか。大きなスピーカーで大きな音で聴いた場合、小さなスピーカーで、なにげなく流れているのを聴いた場合、いろいろ想定して考えてしまう。

ノイズというものにどう向き合うか。
これが、メジャーなアーティストとか、メジャーなレコード会社の、プロの仕事を求められるエンジニアであれば、もちろんほとんどの場合、ノイズなんて御法度であろうと思われる。
しかし、幸か不幸か、自分はしがない無名のインディーミュージシャンに過ぎない。
ノイズを乗せてまでも、自分の伝えたいことを押し通すのか、どうか、ということだ。
もう一日、二日、考えてみよう。

どこをどう突き詰めても、世の中、完璧には出来ていない。
すべてを完璧にすることは出来ない。
クリーンなノイズレスな音で、なおかつロックな太い音を、なんてことはご都合が良過ぎる。
メジャーなちゃんとしたプロダクションで、なおかつ自分のエゴを押し通す、なんてこともあり得ない。(有名になりたいのであれば、自分のエゴは捨てなければならない)
その上で、自分たちにとっての最善をなんとか探していく。
何を選び、何を捨てるか、ということなのだろうと思う。

しかし、やっぱり考えていることを言ってしまうのであれば、
きっとノイズにも役割がある。

No(4619)

■…2016年 1月19日 (Tue)…….ノイズ
そういえばEddie Van Halenの近年のインタビューにおいても、Van Halenが再び活動を始めたことについて「またノイズを鳴らしてもいい頃だ」等の発言をしていた。たぶん日本語のインタビュー記事だったから原文は知らない。もちろん英語のIt’s time to make some noise againというのとでは意味合いもニュアンスも違ってくるだろうが、それでも彼が「ノイズ」と言っているのは、考えてみると凄いことだ。そしてレジェンドである彼の人物の口からそんな言葉が出てくると、やっぱり説得力がある。
ロックンロールなんてノイズに過ぎない、そうわかった上で、どう生きていくか、どう鳴らしていくか、そういう感じだ。あたりまえだけれど、ベーシックというか基本的なことだ。

No(4620)

■…2016年 1月28日 (Thu)…….山羊皮の殉教者と重金属の聖地
殉教者の覚悟ってもんがある。

僕の人生の中で、その「殉教者の覚悟」ってもんを決めた時があるとするならば、それはやっぱり1990年代の半ば、高校生だった頃に、Suedeの”Dog Man Star”をずっと聴いていた時に違いないと思う。

つまり、自分はそういう種類の人間なのだと知った瞬間だと言うことだと思う。

僕は人生の中で、本気で好きになったバンドはいくつかあるけれど、1990年代のバンドについて言うのであれば、僕はSuedeの大ファンだった。

今、リリースされたばかりのSuedeのアルバム”Night Thoughts”を聴いている。
それは、彼らの再結成後の復活第2作目となるアルバムである。
こちら

僕はSuedeはずっと好きだったけれども、
結局のところSuedeは暗いバンドである。
悲しみに浸ることによって、耽美的な世界を描くバンドは、本来もっと明るく、前向きでバイタリティに満ちたハードロックを志向する僕からしてみれば、最後の最後で、本当に心を預けることのできるバンドではなかった。

けれども、復活後のSuedeは、前作である復活作の”bloodsports”を聴いてみて、本当に感動的に、変わっているのである。
相変わらず、悲しさや、儚さは漂っているけれども、どこかが決定的に昔とは違い、力強く「生きること」を歌うことのできるバンドになっているのだ。
もちろん、そこには昔からの「弱虫」であり「アウトサイダー」である泣き虫のSuedeキッズは未だに世界中に居るだろうが、
それでも彼らもやはり、時間の流れとともに、皆成長し、大人になったのだ。

ここ数年で、人生の中で好きになったバンドたちも、一人去り、二人去り、皆が未来に向けた音を鳴らすことをやめてしまった今、この復活したSuedeは、僕の人生の中で、ほとんど最後とも言える、かけがえのない存在になっている。
(もちろん、僕が長年敬愛する熊谷幸子師匠の、未来型夫婦ユニットであるCodama Throughも、健在である)

Suedeのファンとしての言葉も、僕も昔からネットの各所に書きつづってきたけれど、90年代当時からのファンとして言えば、その今では伝説になっている”Dog Man Star”というアルバム。
発売当時は、Suedeのデビューのセンセーション、ブームも過ぎ去り、その後、Suedeがそもそも発端であったはずのブリットポップブームの狂騒の中、blurとoasisに皆が注目し、この”Dog Man Star”は、発売当時、それこそボロクソに叩かれた。音楽メディアからも、ファンからも。
だけれども、僕が本当にこのSuedeというバンドの凄さや、志の高さ、そしてその本質に触れたのは、この”Dog Man Star”だった。

そして、時が過ぎ、10年くらい経つうちに、あれだけボロクソにSuedeと”Dog Man Star”をけなしていたメディアも、世間も、いつのまにかこの”Dog Man Star”のことを「1990年代を代表する傑作」とか言い出しているではないか。
とかく、世間の評価というか、音楽メディアの信用ならなさ具合(特に英国)を、僕はこのバンドを通じて、よおっく見たような気がしている。

時はめぐり、僕の人生の戦いも、一周、また一周、とめぐりめぐって、
今、またここに、「殉教者の覚悟」というものに、向き合わないといけないような気がしている。

ちなみにDavid Bowieが亡くなったことで年明けからずっと話題になっているけれども、
僕がDavid Bowieを聴いたのは、代表的ないくつかの曲と、昔うちのバンドのベーシストだったM君に、全盛期のビデオを貸してもらって、10回くらい一気に見まくった、というくらいである。あとはMick Ronsonのソロのベスト盤か何かとか。

Suedeは、聴けば聴くほど、というか、むしろ今になってDavid Bowieの曲や映像を見るにつれ、いかにSuedeおよびBrett Andersonがデヴィッド・ボウイの影響を受けているかがわかる、という感じだ。

僕は一応、ヘヴィメタルのカテゴリーに分類されるバンドでギターとヴォーカルを担当しているが、僕がシンガーとして誰よりも影響を受けたのは、いつも公言しているように、どこのヘヴィメタルバンドのシンガーでもなく、このSuedeのブレット・アンダーソンだ。

話は変わるがタイミングというものがある。
生きているタイミング、そして生まれてくるタイミング。
それは、たとえばロックに憧れるのであれば、もっと早く、ロック黄金時代に生まれたかった、あるいはヘヴィメタルの華やかな時代に生まれたかった、という思いもあるだろうが、僕の場合は少し違う。
僕は自分のやりたかった音楽、やりたかった表現を鑑みるに、実に絶妙な時代に、絶妙な場所に、ちょうどいいタイミングで生まれてきたものだと思う。

たとえば誰もがモーツァルトやベートーベンのような交響曲を作れるわけじゃない。いや、もちろん作れるかもしれないが、やはりそれでも、君がたとえその後追い世代で、ロマン派とか印象派に分類されたとしても、それでもやはり時というものがある。

つまりは現代の作曲家に、映画音楽は作れるかもしれないが、ベートーベンに匹敵するようなシンフォニーが、果たして作れるかと言われると、それは不可能ではないかと思うからだ。

ロックミュージックが既に形式的に模倣されるだけの「古典」に成り果てた21世紀現代においても、やはり時というものがあり、

それはやはり、既に世の中は、ロックというものにきちんと向き合う世代、向き合う人々は、とっくにいなくなっているということだ。

では2000年代を生きてきた僕らのようなインディーミュージシャンに、何ができるのか、
その答は、もうずっと前から見定めて、追いかけてきたつもりだ。

何度も言うようだが、
もし山に登ろうとするのであれば、その頂上に登り切るまでが登山なのであり、
あるいはひとつのシンフォニーを鳴らすのであれば、その最終楽章の最後の音を鳴らすことこそが、その目的なのだ。
つまり、その最後の音を鳴らし切るまでは、演奏を止めてはいけない。

これもまた違う話だけれど、
昔のPriestの伊藤セーソク先生によるところのライナーノーツのやたら熱い文章などを読んでみると「ヘヴィメタルの聖地へと進撃する兵士たち」みたいなフレーズがどこかにあったと思う。

そう、その昔、レザーとスタッドに身を包んだ戦士たちは、どこにあるとも知れぬヘヴィメタルの聖地へ向けて爆走を続けていたのだ。

では、その「ヘヴィメタルの聖地」へ、僕らはたどり着くことが出来たのか。
ロックンロールの、そしてブルーズの、その約束の「聖地」へ、人類はたどり着くことが出来たのか。

知っての通りというか、見ての通りというか、これも「復活後」つまりロブ・ハルフォードが復帰してからのプリースト、そして、世界のおもだったベテランのヘヴィメタルバンドたちも、同じように皆。
彼らは、もうその「聖地」を目指して爆進とかはしていない。
なぜか。
そんなことをしなくても、彼らの世界的な地位は安泰であるからだ。
そして、何よりも、世界が、世界中のファンたちが、別にそんなことを望んでいないからだ。

これ以上、「その先」を進もうとしても、きっとそれは、世界の多数に、理解されない領域になってくるからだ。それは、俺の地球でいちばん好きな、あのギタリストがそうであったように。

皆が、世界が、人類が、望んだのは、現状の維持なのだから。

俺たちは、結構いいところまで行っていたはずだ。
その歩みが、どうして止まってしまったのか。
そして、その歩みが止まった後で、その後、小さい規模で音を鳴らしていたミュージシャンばかりが、どうしてその先へと進んでいこうとしたのか。

そういったことは、90年代、2000年代のロックの歴史を見れば、そこにはちゃんと書かれている。
それは、人類の、社会の、世界の、俺たちみんなの、皆が生きているこの人間世界全体の、限界だ。

人類の、限界を突破し、
約束された、ロックンロールの、ヘヴィメタルの、そしてブルーズの、
約束の地へ。
聖地へ。
爆走しようとは、君は思わないか。

登り切らないうちに。
最終楽章の最後の音を鳴らさないうちに、
人類はこれをあきらめてしまっては、
絶対にいけないと、俺は思っている。

ひとつだけ良いことを言うのであれば、
俺がロックンロールを信じている、その理由。
それは、たとえ俺が一人の人間として、
人間不信の世捨て人の引きこもりであったとしても、
ロックンロールは、本質的に、人々に手を伸ばし、
ラブコールを送り、
そしてコミュニケートして、
人に聴かれることを、前提として鳴らされる音楽だと言うことだ。
決してあきらめないことを、愛と呼ぶのだと俺は思う。

No(4621)

■…2016年 1月28日 (Thu)…….その昔、うちの妹も、確かに見ていた、その、もりもり言う夜の番組を
世の中では、一週間がたち、10日が経ち、2週間もたてば、そろそろ話題にも上らなくなってくるだろうから、
やっと時間も取れたし書いてみたい。

僕は、今、僕たちは、いろんなものが終わってしまった後の世界に住んでいる、と思っている。

特に、やはりあの2011年以降は、そういった思いが強い。

果たして、僕の中で、世界は何度壊れ、何度終焉を迎えただろうか。
そして、同様に自分の中で、何度世界を「救って」きたのだろうか。

それが、どんなことか、説明はできないけれど、
でも、そういった苦しみを抱えている人は、今の世界、今の時代に限らず、案外とたくさん存在する、存在したのではないだろうか。

なぜなら人なんてものは弱いもので、また一人の人間が抱え込むことの出来るものは、限られている。
そして、この世の中には、人類の歴史の中には、一人の人間が抱え込むには、あまりに大き過ぎるような、悲劇でいっぱいだ。
そして、そうであるからこそ、神の許し、また神による救済を、人は求め、必要とする。

俺も思う。
人間は、人類は、いったい何度くらい、神に許してもらえばいいんだろうかと。
いったい何度くらい、繰り返し、また繰り返し、究極の禁忌(The Ultimate Sin)を、人というものは冒せば気が済むのだろうかと。

時に、まったく卑近な話題であるが、そういう意味で、またひとつ、何がが音をたてて壊れ、終焉を迎えるのを、最近僕らは、画面の向こうに目撃したはずだ。

先日から、書こうかなと思っていた国民的アイドルグループの話だ。
それはつまり、卑近な話題ではあるけれど、どうせみんな書いているし、そんで、あんまり、あれだったから。

テレビなんてものを無くて生活して、もう何年にもなるけれど、
あんまり話題になっていたので、ネットのどこかで、その映像はやっぱりついつい見てしまったのだ。
ずっとテレビなんてものを見ていない身からすると、
衝撃に思ったのは、
その、アイドルグループの人たちの、歳を取った姿。
そして、それはもちろん、一連の騒動のせいなのだろうけれども、あまりにもやつれた姿。
そして、かつて、日本一の二枚目アイドルだったはずの、その人、の、あまりにも絵に描いたような、オヤジ化した姿と、悪代官みたいな話し声。

画面に映っているのは、もうずいぶんと長い間、国民的ないろいろの象徴として、愛され、親しまれてきた、そのグループ。
これは、日本における、アイドルであるとか、芸能界であるとか、そういったものの、事実上の終了宣言なのではないか。

終了して、死んでしまった以上、後に残るのは、ゾンビであり、そこにあるのは、たとえ動き続けていたとしても、ゾンビが走り続けているだけである。

まあ、今に始まった話ではない、と、それだけ言うのも既にずいぶん陳腐なくらい、とっくの昔の話ではある。

俺が一連の報道とか、騒動の中で、いちばんすげえなと思ったのは、日本国民の反応。
つまり、そのグループの存続を願うあまり、「花」のCDを皆で買うとか、そういった動き。

これはつまり、そのグループもすげえんだけど、この国の国民がすげえ。

つまりこれは、なにはともあれ、なにがどうであれ、そのアイドルグループは、日本の人たちの、「希望」とか「愛」とか、そういう前向きな何かの象徴だったのであり、そういった前向きな希望みたいなものを一身に集めて、皆に愛されている存在として、このアイドルグループは、とんでもなく凄い、ということに他ならない。

そして、そのアイドルグループを通じてであれ、そんな「夢」とか「希望」みたいな前向きなものを信じてしまうこの国の人たちが凄え。

僕の好きなおバカなロック映画に、若き日のキアヌ・リーブスが出演していた”Bill&Ted”を挙げることができるけれど、その第2作のラストシーンで、主人公のバンドが、大成功して、地球人類の希望になり、世界の政治とか経済とか宇宙開発にまで、影響を及ぼす、という笑っちゃうラストシーンがあるんだけれど、

この、今回の、今のこのアイドルグループの騒動は、この”Bill&Ted”のラストシーンの、「あり得ないロックグループ」に、ほとんどいちばん近い形になっている。

アイドルグループが解散するとかしないとかで、政治や経済まで動いてしまう、みたいな。

だから、このアイドルグループが、そういった皆に愛され、希望や愛を一身に集める、そういった意味で、ものすごいエンターテイナーであることに、微塵も疑う余地はないのだ。

しかし、そんな素晴らしいアイドルグループが、一列に並んで映った画面には、そこには、そうした愛とか、希望みたいなものは、まったく映し出されていなかった。

ひとつ、普通に誰でもわかることを言うのであれば、そのアイドルグループを後押しした、国民の声、つまりはファンの声。
もし、アイドルグループ側が、謝らなければならない、メッセージを届けなければいけない、応えなければいけない、とすれば、それはなによりも、他でもなく、そのファンの人々、そして国民みんなであるはずだ。

けれども、そのアイドルグループが、謝罪したのは、ファンに対する謝罪ではなくて、その所属する芸能事務所の社長とか、そういう人たちに対してだったということは、おいおい、ファンというか、顧客というか、どっちを向いて商売しているのだと。

こんなことを言うのはナイーヴ(世間知らず)だし、僕も自分がナイーヴ(世間知らず)であることを重々承知で言うけれども、
もしアイドルというものが、人々に夢を与え、希望を与え、そして愛を与えるべき存在であるのならば、
この一連の騒動、そしてあの映像は、そのアイドルというものをプロフェッショナルとして商売する組織としては、あれを電波に乗せてファンに向けて流すとは、まさに「アイドル失格」アイドル、およびアイドル事務所を名乗る資格はない、ということになる。

なぜならそこには夢も、希望も、愛も、何もないではないか。

僕らは、いろんなものがすでに崩壊し、壊れていく、そしてすでに壊れ切った後の世界に住んでいる。

日に日にその思いは強くなる。

僕らが、自分が世界と協調して生きていくことができるかどうかを心配する前に、
今の時代は、世界の方からどんどんと崩れてくる。
そんな世界を、自分の方から、支えなくてはならない。

そんな時代だ。

そして、これも、そういった壊れいく世界の、ほんのささやかな、崩壊の過程のひとつに過ぎないんだろう。
そんなふうに思う。

No(4622)

■…2016年 1月28日 (Thu)…….38キロ地点
辛い時というものは何にでもあるし、誰にでもある。
だけれども、僕は昨年くらいから、いや、もっと前からだったけれども、
特に昨年くらいから、非常につらくなっている。笑。

皆さんは、良い大人の皆さんは、きっと人生の困難に、きちんと向き合っておられることであろうけれども、
大体が僕も大人になることにことごとく失敗していきている部類の人間であるため、そうもいかない。

いつだって、最初の瞬間から、バンドなんて早く辞めたいって言ってるし、
常々、いつだってどうやってバンドを辞めようか、その最短距離を考えながらやっている、と公言しているけれども。

今はやっぱり、俺としては、とても辛い時期なのだ。

それは、何度も書くように、山に上ろうとしたら、やはり最初のゆるやかな坂をのぼっている2合目とか3合目よりも、だんだん道のりも傾斜もきつくなり、スタミナも辛くなってくる、8合目とか9合目の方が、やはりつらいのだろうと思う。

だけれども、そのつらい8合目とか9合目をのぼりきらない限りは、頂上にはたどり着けない。
マラソンでいっても、最後の数キロが非常に苦しかったとして、
じゃあもう38キロ走ったから、これで棄権していいか、といえば、やはり棄権してしまえば、40キロ地点で棄権しようが、10キロ地点で棄権しようが、やはり棄権は棄権なのだ。

最後までこれを走り切らなければいけない。
けれども、やはり、そこがいちばん苦しい。

うちのバンドはこれから、”Jesus Wind”というコンセプトアルバムの録音作業に入る。2月にはドラム録りに取り掛かろうという予定になっている。
けれども、それも予定通りに進むかどうかは、わからない。

つまりは、予想外のあれこれや、スケジュールや予算や、リハーサルや演奏の仕上がりを、もっと詰めなきゃいけなかったりとか、
とにもかくにも、やはり「逆境」でいっぱいである。
(そう、で、最近、なんとかいう漫画家さんの「逆境ナイン」を読んでしまって。)

つまりは、なんであれ、ライヴの際であれ、録音であれ、順風満帆なんてことはない。いつだって、あれの事情がこう、とか、これの状況がこう、とか、誰の体調がどう、とか。つまりは、ノドの調子が良い、なんて状態でライヴをやれる日はほとんどないってことだ。

ナッシュビル行きもどうなるかわかんない。
どういう形になるかもわからない。
ただ、やはりいくら考えても、やはりXTJというものに責任というか、責任なんて持ちたくもないけれど、「オトシマエ」を持つ以上は、やはり行かなくてはいけない、ということだ。たとえ、俺一人だけであったとしても。

いちばんつらい、心配なことはやはり経済的なことである。
俺も、現状、あまり人並みに働けているとは言えない状況で、
また今月も「雪の日に、おもいっきり吹雪を浴びながらチャリ通勤してしまった結果」、ひさしぶりに39度の熱を出してしまったりと、働けないことは気持ちが痛い。

これは、男性でなければ、まだ少しは楽なのかもしれないが、そうはいっても今時、性差などは関係はないと思うのだが、
それでもやはり、もっともっと筋金入りに、ダメ人間の道を極めなければいけないということなのだろう。

物事を大きな視点で見なければ。

とうの昔に、人生のつじつまを合わせよう、などという思いは捨てている。
人生の帳尻を、数字の計算の中で終わらせるような、そんな試合を、神はきっと望んでいない。

また、そんなことがどれだけの意味合いを持つ時代でもなかろう。

俺としては、バンドのメンバーにハッパをかけつつも、なんとか、できる道のベストを選択する以外にない。

いろいろと情けなくなってくる時もあるし、そういう思いでいる時の方が多いとは思うが、
しかし、人生を振り返って、そもそものスタート地点から、世の中的な成功なんてことは、あきらめきっているし、
クリスチャンロックなんて言い出してからはなおさらだ。
それは、いわゆる、日本の言葉で言えば、出家、ってことに他ならないからだ。

世俗のあれこれを断って、なんちゃら、である。
けれども、実際には世の中のあれこれにまみれてもがいて生きることこそが本当の修行であるからこそ、そしてロックンロールは本質的に世とコミュニケートすることを宿命付けられ、決してそのラブコールを送ることを最後まであきらめない音楽であるからこそ。

そして、音楽そのものが、俺を裏切ることは、今までにただの一度もなかった。
音楽だけは、すべて全力でばっちりと、俺のすべてのあれこれに応えてくれた。
それは、聴けばわかる。

めっちゃニッチであったり、しょせんアウトサイダーであったりする自分のあれこれを悲観したり、恨むことはたやすいが、
これも言うまでもなく、むしろ振り返って、それは呪いであることよりも、祝福であったことの方が、実際には何倍も多いのである。

振り返って20年くらい前。
18歳の少年というか、少年から青年になろうとする自分が、望んでいたものは何だったか。

それは、なんかしらんが運命づけられてしまった、すぐ隣にいる一人の女性となんとか一緒に生きていきたいということだけではなかったか。
そして、確かにその胸の中に、たくさんの音楽はすでにあふれていたけれども、それを使って、どうこうするなんてことは、思ってもいなかったし、そのことをどうしていいのかもわかってもいなかった。
ただ、これら胸の内に鳴っている音を、放ってはおけない、見捨ててはおけない、なんとかしなくちゃいけない、ただそれだけの思いだったのではないか。

それを、どうしていったらいいのかは、手探りしながら、ほんの一歩ずつ、わかっていくのであって、そして実を言えば、今でもそれを、一歩ずつ手探りしながら、どうしていけばいいのかを、探しているのだ。

音楽は音楽、音は音だ。ただ、人はその中に、何の意味を見出せばいいのか。

今、これからバンドで取り掛かる、コンセプトアルバム”Jesus Wind”。
これは、この日本の歴史をテーマとしたコンセプトアルバムは、つねづね、「これが出来たらバンドを解散してもいい」と言ってきた作品だ。
それが、これからついに形になる。

これで最後にならないとも限らない。
常に、いろいろなものはぎりぎり限界でやっていると思う。

けれども、この”Jesus Wind”のその先に、俺たちの究極点である「鍋島」が見えてしまった。
明らかに、そこがゴールであろうと思う。
そこがゴールであろうと思われる。

だから今は、8合目とか、9合目とか、登山でいったらそのへんだ。
マラソンでいったら、最後の5キロだ。

この”Jesus Wind”だって、十分に大変で、十分に苦しい。
その先の、「究極点」である「鍋島」、それをきちんと鳴らせるまで、果たしてバンドは、持つだろうか。
果たして、俺自身は、耐えられるだろうか。

だが、俺はその「究極の到達点」である鍋島を鳴らすために、
いったい何年くらい、待って、準備してきたのか。

それはつまり、
宇宙が誕生し、太陽系や地球が形成され、
地球に生命が生まれて、進化し、
なんのはずみか神の創造かしらんけど、人類が生まれ、
その人類の歴史があり、
そして音楽や芸術の歴史があり、
そしてロックンロールの歴史があり、
そうして今、21世紀のこの瞬間に、
俺たちが「その音」を鳴らすまで。

それまでに、俺たちは、いったい何億年、何百億年、時を越えて、この瞬間を待ち続けたのか。

その音を鳴らせるタイミングは、はるか宇宙の歴史の中、
ほんの光のまたたきのような、
この時の一瞬だけのチャンスかもしれないのだ。

だから、やはりやらなくてはいけない。
失敗は許されない(笑)

世の中的な成功とか、どれだけの数字を、とか、
そういうのは、そっちの人たちが考えればいい。

俺は、「その音」を鳴らす、その時まで、
その音にすべてをかけて、命をかけてやっていく。

大きな視点で考えるんだ!

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