「告白」から10年

 
 
 
ふと気付けば、時は2018年だ。
それももう、3ぶんの1が過ぎてしまった。
 
あれ、待てよ、2018年。
そして、先日、10年間やってきた[Tone – Hassy – Jake]体制のイマリトーンズを散開させた、ということは。
 
つまり、この[Tone – Hass – Jake]のイマリトーンズは、「クリスチャンヘヴィメタルバンド」だったのだから。
 
そう、気が付いた。
ワタシ、クリスチャンになって、10年たったのよね。
 
 
もっとも、洗礼を受けたのは2009年の4月のことだったけれど、
イエス・キリストを受け入れて、そういうお祈りをして、教会に通うようになったのは、2008年初頭。
タイトルの「告白」っていうのは、信仰告白って意味で。
 
そうかあ、やっと10年か。
 
もう10年、と考えるか、まだ10年、と考えるかは、難しいところだけれども。
 
でも、僕は、嫁さんと出会って今年で23年になるじゃんよ。
その話は、またすごい長くなってしまう話だから今はしないけど(笑)
 
そう思うと、やっぱり、やっと10年になるのか、って気がしている。
 
 
 
あのね、自分が音楽やる上で、そして、よし俺は、神のために自分の音楽を捧げるぜ、クリスチャンヘヴィメタルをやってやるぜ、って、思ったあの時のことは、今でも昨日のことのように感じているから、
そういう意味では「もう10年」、あっという間、なんだけれど。
 
 
だけれども、やっぱり、アメリカを回って”Victory In Christ”、”Japan Metal Jesus”を作っていた最初の頃は、夢中だったけれど。
 
XTJ (The Extreme Tour Japan)をやるようになって、Calling Recordsを皆で立ち上げて、
そこからの数年間は、振り返ると、やっぱりちょっと、あっという間に過ぎてしまったように思っている。
 
もっとも、音楽的にはとても深く掘り下げることが出来た時期だったけれど。
 
 
 
で、前にも書いたけれど、やっぱり今、僕は、10年続けたバンドのラインナップを終了させて、ちょっと気持ちが落ち込んでいるので。
 
ああ、時間ばかりが過ぎてしまったなあ、って思うこともあるので、
 
振り返ってみたい。
 
そんで、確かめたい。
決して、時間ばかりが無駄に過ぎてしまったのではない、
しがないインディバンドではあるが、一生懸命に仕事をしてきたのだ、ということを。
 
 
 
多少、記憶に間違いはあるかもしれないが。だいたい。
 
 
 
 
2007年。
8月、某プロデューサー氏のもとで活動していたそれまでのバンドの形を終了させ、新たな形で立ち上げ直すことを決意した。
この時、はっしーが加入した。
Dr.Manzoのスタジオで活動開始。
12月くらいに”Welcome To The School”の楽曲をだいたい書いてしまったと記憶している。
ただこの時点では、それに「キリスト教」な歌詞をのっけるとは思っていなかった。
12月の某日、Dr.Manzoの勧めで参加したアコースティックライヴにて、某クリスチャンシンガーソングライターさんの演奏を目撃し、「これは!」と衝撃を受ける。
そうか俺は神に捧げるために音楽を始めたのか、と悟る。
聖書読んでみたら、イエス・キリストがめっちゃロックンローラーだったので納得する。
 
 
2008年。
クリスチャンバンドになると決めた。
そんで実際に、キリスト教徒になった。
夏の間に”Welcome To The School”のレコーディングを行った。
宗教バンドは嫌、ってことでDr.Manzoが脱退し、
10月にはジェイクが加入した。
 
 
2009年。
4月からひと月あまりかけてアメリカをツアーした。
夏頃に”Victory In Christ”の楽曲を書き、それからリハーサルし、
秋の終わりぐらいからレコーディングに取り掛かった。
 
 
2010年。
初頭に”Victory in Christ”を完成させた。
2月に2週間かけてアメリカ東海岸を回るツアーをした。
“Japan Metal Jesus”の曲を、半分くらい書いて、リハーサルを開始した。
 
 
2011年。
震災があった。
ちょうどその頃、”Japan Metal Jesus”の楽曲を、半分くらいレコーディングした。
わりと長いアメリカツアーを4月、5月に敢行した。その際にダラスで2曲レコーディングの機会をいただいた。The Extreme Tourの人たちに会った。
秋から年末にかけて”Japan Metal Jesus”の残りの曲をレコーディングし、完成させた。
 
 
2012年。
初頭に、”Heroes EP”の楽曲を書いて、リハーサルを開始した。
夏頃には半分以上レコーディングを済ませていたような気がする。
8月から9月にかけて、アメリカ西海岸のThe Extreme Tourに参加した。そこで、「これを日本でやれないか」と言われた。無理だと答えたが、結局やることになった。
そこから戻って、秋の間に”Revive The World”の楽曲をほとんど書いてしまった。
 
 
2013年。
春頃までに”Heroes EP”の残りの曲を制作したと思う。
“Revive The World”の楽曲のリハーサルに明け暮れた。
第一回目となるThe Extreme Tour Japanを10月いっぱいかけて行った。
ゲストはThe Lacks (The Lack Family) (アメリカ)、The Burn-Ins (カナダ)、C.J.Lassiter (アメリカ)の3組だった。
年末から2014年正月にかけて、”Jesus Wind”の楽曲をほとんど書いてしまった。
 
 
2014年。
上半期に”Revive The World”のレコーディングを行った。
そしてそれが終わり次第、8月頃から”Jesus Wind”の楽曲のリハーサルに取り掛かった。なにしろ難易度が高く、曲数も多いのでちょっとやそっとではやれなかった。
11月いっぱいかけて、第二回目となるThe Extreme Tour Japanを行った。
ゲストはGallery Cat (アメリカ)の一組、というか1人。
その際に、福島県某所にてライブレコーディングを行って、”Atomic Live!”のタイトルで翌年春に発表した。
 
 
2015年。
初旬に、ソルフェイのオオハラ氏、元CLODの三木氏とともに、Calling Recordsを発足させた。
この年の上半期というか、夏までに、「鍋島」の楽曲の骨組みをほとんど書き上げた。
バンドは”Jesus Wind”のリハーサルで精一杯だった。
9月には松原湖バイブレーションジャムとかやれて良かった。
11月いっぱいかけて、第三回目となるThe Extreme Tour Japanを行った。
ゲストはSika (アメリカ)、Filia (アメリカ)の二組。Sikaのシンガーはロシア人だったので、ビザの申請が大変だった。
夏から年末にかけて、過去アルバム「異能レース」と「無責任なメシア」の大部分のベーストラック、一部のギタートラックの録り直しを行った。
 
 
2016年。
年始に、過去アルバム「異能レース」と「無責任なメシア」の再ミックスを完成させた。
上半期に、”Jesus Wind”のレコーディングを行った。超大変だった。
嫁さんがStryper Street Team Japanをやっていて、その悲願だったStryperの来日が実現して、その関係でも大変だった。しかしその後まもなく、Stryper Street Team Japanの活動をやめてしまった。その理由とかいきさつはまたいつか別の機会に。
夏の間に、「鍋島デモ」を制作し、その後すぐに、鍋島の楽曲の歌詞も書き上げた。
鍋島デモと一緒に作った「しましまデモ」の中に、”Overture”の楽曲も半分くらい既に収録されていた。
10月いっぱいかけて、第四回目となるThe Extreme Tour Japanを行った。ゲストはVictoriano (チリ)の一組。超おもしろかった。
秋の間に、”Overture”の残りの楽曲を書き上げて、デモを制作した。
で、晩秋よりさっそく、”Overture”の楽曲のリハーサルに取り掛かった。
この時点で、今後の活動について話し合い、「Overtureを作り終えたら、活動終了にするかもしれない」という話が出ていた。
 
 
2017年。
初頭に、石川ヨナとのコラボ曲のレコーディングを行った。
2月から3月にかけて、「Flowers」というアコースティックインスト曲の録りなおし、および、「I」という楽曲のヴォーカルの歌い直し、「思い」という曲のミックスのやり直しを行った。
同時に3月頃に”Overture”のアコースティック曲のレコーディングを終わらせた。
4月頃に、「切り売りデモ」を制作した。
夏の間に、”Jesus Wind”リリースのためのクラウドファンディングを行って、皆さんのご協力により無事成功した。
11月に、なんとか”Jesus Wind”をリリース出来た。
この年は、もう限界だから、ってことでXTJはやらなかった。
Calling Recordsは毎月映像番組を配信していて、なかなか忙しかった。
11月から12月にかけて、「鍋島デモ」のヴォーカルトラックをちゃんと歌い、「デモ」として外部に発表できる形で完成させる。
秋から冬にかけて、”Overture”のレコーディングを行った。
 
 
2018年。
初頭に、”Overture”を完成させる。といっても、まだ手直しするかもしれないけれど。
2月頃に、「切り売りデモ」の続きの楽曲が書けてしまい、2017年中に書いてしまった曲も合わせて、「鍋島」の次に作るとすればこれかな、という位置づけの作品「Coming Back Alive」(仮)の楽曲がすべて書けてしまった。
3月いっぱいをもって、10年間続けてきた[Tone – Hassy – Jake]のラインナップを終了させる。
そこから先の未来はまだ謎。
 
 
 
そんな感じだったかな。
 
ここには書いてないけれど、ライヴはもちろんのこと、写真撮影や、ビデオ撮影もたくさん行って、低予算手作りビデオだけれど、MV、ミュージックビデオもたくさん作ったもんね。
 
そう思うと、やっぱり、なかなか、人にはやれないようなペースで、創作活動を行ってくることが出来たように思う。
 
 
 
 
僕らはどうしても、基本的に海外向けに売り出す音楽性のバンドなので、2013年以降、「日本にクリスチャンロックを根付かせる」「祖国にキリストの愛を広める」とか、そういうための活動に身を捧げてきたことについて、やっぱりそれによってバンドは消耗したし、海外ツアーに出たり、ビザを取って本格的に攻めたりできなかったことは、後悔はなくとも残念ではある。
 
(けれども、そもそもメンバーにそこまでの熱意が無かったことは、前述のとおり、というか、前述してないけれど、それが実情だった。)
(あらためて思うが、あたりまえのことだが、バンドは1人ではやれない。チームでやる仕事だ。)
 
 
けれど、こうやって振り返ってみると、2013年以降の活動も、やっぱり非常に幸福だったではないか。
そして、やっぱりいっしょうけんめいやってきた。
突き詰めてきたもの、掘り下げて来たもの、つかんだサウンド、作り上げたもの、そういったものの質や量から言っても、実りのある、高い生産性をもって、活動してこれたと思う。
 
 
だからこそ、こう言うことが出来る。
 
まだまだ、やっと、これからだ、と。
 
 
神に与えられた仕事が、10年やそこらで、ちょっとやそっとで、完遂できるなんて、思っちゃいないからな。
 
Please help me, God.
 

 

 

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