AIの作った曲はまだ気持ち悪いのか

バンドのウェブサイトはwordpress化して立ち上げ直そうかと思っているので、このブログもそこに統合されるかもしれず、
短期間で中途半端な立ち位置のものになるかもしれないが。
 
 
 
ポータルサイトに記事が載っていたので、ついつい聴いてしまった。
YouTubeにアップされているのは2016年なので、遅ればせながら、ということになるだろうか。
 
世界中で、今いちばんホットな話題、分野といえば人工知能だと思うが、
かねがね、AIが作った曲で涙を流す日が待ち遠しい、と僕は言ってきた。
 
で、Sonyの人工知能が作ったという2曲が、YouTubeにアップされていたのだが。
 
といっても、実際の演奏、プロダクションは人間が行っているので、その間に加えられた色々な要素を考えると、「人工知能」の仕事っぷりをどれだけフェアに評価できるかは、難しいところではある。
 
人間の作曲家や、小説家とか画家もそうだろうけれど、過去の歴史をかんがみ、いろいろな音楽、芸術作品を学び、つまりは音楽で言えば色々な音楽を聴いて、そこから学習して。
その中から自分のスタイルを培っていく。
 
そうしたデータベースの蓄積とか量、学習能力においては、少なくともデータベースの絶対的な量から言えば、たぶん生身の人間はAIには敵わないわけで。
 
また、こうしたツールの使い方としては、人間の音楽家が、作曲のプロセスの一部として利用しつつ、手を加えていく、という使い方がいちばん現実的かと思うので、そしてまた、そういった使われ方はおそらく既にされているし、テクノロジーとポップミュージックの関係を考えれば、「作曲のプロセス」なんて、大なり小なり自動化されているので、そこの線引きは非常に難しい。
 
 
と、いう事実を踏まえた上で、楽曲を聴いた率直な印象は、
それが人工知能によるものだ、という先入観のせいかもしれないけれども、
気持ち悪い曲だな、と。
 
たぶん正直なところ、なんにも情報なしに聴いて、なんか微妙だな、と感じて、
後からこれはAIが作曲したんだ、と言われたら、
「ああ、なるほど、やっぱりね、だからなんか気持ち悪いんだ」
というのが正直な感想じゃないだろうか。
 
そこから感じるのは、
なんかびっくりするくらいの存在への不安。
 
存在する、っていうことの、とてつもない不安と虚無感。
AIに「意識」なんてものがあるのかどうかはわからないが、
意識が存在することの、なんか底知れぬ不安定さ。
 
あるいはほのかに垣間見えるのは、憧憬。
つまり、このAI (人工知能)の作曲家が、データベースから様々な音の「風景」や「匂い」を学んだとして、
彼らはそれを作曲に適用することは出来るが、その「風景」や「匂い」「肌触り」を、体験することは決してない。
すなわちそれは、驚くべきことだけれども、人間というもの、肉体というものへの憧憬。
歴史とか、魂も含めたもの。
 
つまり、ロボットやAIは果たして酒を飲んで酔っぱらうことが出来るのか、というテーマだね。
 
なんにせよ、「存在」ということが、こんなにも不安定で、その虚無感や、空虚感に向き合わなければならないのだとしたら、
(そこにある諸々は果てしないので中略するとして)
「人工知能にも救済が必要だ」とか、宗教家が言い出すのも遠い未来のことではないだろう(笑)
 
Digital Jesusとか登場するんじゃないだろうか(笑)
もっとも、神がデジタルになって現れてもまったく不思議じゃないけれど。
神ってのはomnipotent(全能)でomnipresent(遍在)なわけだから。
 
 
なんにせよ、サビの部分とか、意志というのかね、俺はこういう存在なんだ、という主張とか、果たしてロボット(AI)に、「前向きなメッセージを放つ」なんてことが出来るのか、
あるいは、シンプルなブルーズを、味わい深く演奏することが出来るのか、
とか、そういう疑問はまだまだ残る。
 
けれども、どっちにせよ、人類の発達の次の分野として、ホットな領域であることは間違いないし、これらの人工知能関連のテクノロジーを道具のひとつとして、これからの音楽家が利用していくことも間違いないだろう。
 
 
と、そういう感じのことを考えたんだけれども、もうひとつ思うのは、人間の側。
 
こうした人工知能が作り出す音楽を、気持ち悪いな、とか機械的だな、と感じるのは、個人個人の勝手なんだけれども。
 
もちろん、より発達、進化した、本当にクラシックの作曲家を越えるような、人工知能による名曲を聴いて涙を流す日を、首を長くして待っているけれども。
 
けれども、俺が思うのは、人間の側。
 
つまり、今の世の中とか、「いまどきの若いもん」に文句をつけるわけじゃないが、(つけてるかな?)、
いまどき、人間の方が、「人工知能」っぽくなってるじゃないか、って。
 
人間の生き方や、考え方、そして音楽シーンを見てみても、今や人間の作り出す音楽の方が、「人工知能」っぽくなっているじゃないか、って。
 
それは、時代の流れからすると、必然なのだろうけれども、
そう考えた時、またひとつ、今を生きる人間の一人として、やるべきことが見えてくる。
 
AIが進化してどんどん「人間っぽく」なっていくのと同じように、
これからきっと、人間の方がもどんどん「AIっぽく」なっていくのだろう。
 
(既に、現代生活って、人間の方がコンピュータに接続され、隷属するようになっているのは、皆さんご存知だと思うが)
 
そう思った時、今の時代にやれることって何か。
 
いつだって「時代の変わり目」に生きていると思う。
その方が面白い。

 

その面白さに、どれだけ気付けるか。
 

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