Paul Draper-見てはいけないものを見てしまった

些細な話題ではあるのだが、先日、Paul Draperの来日コンサートを見てきた。Paul Draperはご存知、ブリットポップ華やかなりし時代のバンドMansunのリードシンガーだった人だが、コンサートとは言っても、彼のソロ・アコースティックのコンサートであった。

 

ブログに書きたい話題はたくさんあるのだが。
先日、アメリカをツアーしていた時にすごく仲良くなった牧師さんの一人であるところのブッチ牧師が日本に来ていて、久しぶりに会ってメシを食ったり(あといろいろ)したこととか。

日々色々と起きているのだが、日々色々とやっていると、もう昔の若い頃のように毎日毎晩日記を書き付けるという感じにはいかない。

そもそも、ネット上の情報、というか、ソーシャルネットワークの時代になってからは尚更、インターネット上の情報というものをあまり信用していない、というか、人生が充実すれば、ネット上のポストとかtweetは減る、というのはある程度必然であるように思う。

 

おかげさまで人生は充実している。

ここ2、3年だろうか、これもどうでもいい些細な話題だが、ここ2、3年の若い子たちのファッションが、かなり「時代をさかのぼって」80年代化していることには、やっぱりかなりの違和感と、良いも悪いも含めて、戸惑いは感じている(笑) それは自らが歳を取ったのだと言えなくもないが、90年代世代だった僕たちからしてみると、どうしてもそれはかっこいいものには思えなくて。たとえ、僕が本来1980年代の華やかなヘヴィメタルやハードロックが好きな人であったとしてもだ。

若い世代と言えば、人類の未来ってことだけれども、いや、この話題はやめておこう。何をどう書いても、何をどう語ってもそれはフェアではないだろうからだ。

自分の世代でやれることがあると、自分の世代でしか出来ないことがあると、そう信じて人は生きるのだし、僕だってそう信じて生きてきた。だから、それでいいのだ。

本当の「時」を見つめることのできる人間にとっては、そんなことは関係がないのだ。何十年、何百年、あるいは何千年という時を経ても、人の魂は繫がり合えるのだから。

そして、願わくば、hopefully、切にそう願うところ、この世界は、これから本当に良くなっていくのではないだろうか。本当に、そう思っている。そして、そう祈っている。

 

で、そんな色々ある生活の中から、わざわざ、些細な出来事のひとつであるところのMansunのPaul Draperのアコースティックコンサートの話題を書くのは、それはBritish Rockというものへの敬意と、ブリットポップ世代の思い入れと、Mansunという特異な立ち位置にいるアーティストへの敬意と、そしてなによりも、コンサートがあまりにもひどいものだったからだ(笑)

 

僕は残念ながらMansunはリアルタイムでは聴いていない。
それはつまり、若い頃というのは、自分の本当に好きないくつかのバンドを聴くので精一杯で、金銭的にも、時間的にも、気持ち的にも、あれもこれもすべてを聴く、というわけにはいかない。けれども、本当に自分にとって大事なものを、素晴らしい吸収力で集中的に聴くことが出来るのが、若い頃の特権だ。

だからMansunは僕は後から、大人になってから聴いた。本当のところを言えば、ここ4、5年の間に、やっと聴いたのだ。
それは、Mansunと言えば、僕が大好きだったSuedeの「芸風」をかなり受け継いでいるバンド、という評価があり、自分の趣味には恐らく合致するであろうこと、そして、これまで色々やってくる中で、何人かの人に「Mansunいいよ」と言われたからだ。

 

時代が過ぎ、時間が経過すると、Mansunというのは不思議な評価を受けているバンドだ。
つまり、Britpopが華やかだった時代の、その中でも一段と華麗で妖艶だったバンド、そして、間違いなくポップスターであった彼らだが、時を経て、彼らは、そういった当時のブリットポップとかUKロックみたいなファン層だけでなく、いやどちらかと言えば、もっと上の世代の、つまり年輩の、Dad Rock世代というか、つまり1960年代とか1970年代とかのプログレ、プログレッシヴロックが好きな層、そういう、ちょっと渋い大人のリスナーの間で、一定の評価を得ているように思う。そして、僕に「Mansunいいよ」と言った人たちも、そういった歳上の世代の人たちだった。

それはつまり、彼らの2ndアルバムであるところの「Six」において、かなりぶっちぎりに特異な「プログレッシヴ」な作品を作ってしまったことが、その理由だ。商業的には当時、必ずしも成功したわけではなく、どちらかといえば商業的には失敗だったと言われる2ndアルバム”Six”だが、要するに、このアルバムでMansunは伝説になったわけだ。Suedeの”Dog Man Star”と似たような流れだ。

 

当時の空気は知っているし、当時、確かにテレビの(TVKの)音楽番組で、Mansunは見たし、聴いた。
しかし当時から熱心なファンだったわけではないので、後からの推測に過ぎないのだが、映像とか見る限り、Mansunはたぶん、こんなふうにシーンに登場したはずだ。

つまり、一番のヒット作であろうところの、確かに全英No.1になったところの1stアルバムにおいて、彼らは。

BlueとOasisが人気をだいたい二分していたところのブリットポップの音楽シーンに、
その後Suedeが沈没して穴が空いていた部分を埋めるようにして。
Suedeの「毒」とか「とっつきにくさ」といった部分をより薄めて。
なおかつ、Suedeの「妖艶なフック」や「キャッチーさ」といった部分はうまく強化して。
「より一般大衆に受け入れられやすい形のSuede」を、完璧に提示したみたいな、そんな登場の仕方であっただろうと思う。Mansunの1stアルバムは。

実際にBrett Anderson並みに、声をひっくり返して妖艶に歌うPaul Draperは、華麗さにおいてはそれを上回るくらいに、そして、よりねちっこい粘っこい声の質で(笑)

とにもかくにも、華麗で妖艶でゴージャスな、そんなバンドであったはずだ。

唯一残念だったのは、ルックスというか、Paul Draperの「足がもうちょっと長かったら」みたいのはあっただろうと思う。つまり、今回のアコースティックライブで見たPaul Draperは、かなり「小太りなおじさん」であった。決して、典型的なイギリスのロックスターみたいな、背が高くスマート、みたいな感じではなかった。しかし、メディアの中においては、そこはあんまり問題にはならなかっただろう。そういうものだ。

 

だが、そういった、完璧にタイムリーで商業的に完璧な1stアルバムで一世を風靡したものの、彼らは、そしてPaul Draperは、そこに留まることは出来なかったわけだ。つまり、作っちまったわけだ。もっと凄えものを作ろう、という本能の欲求を、抑えることは出来なかったわけだ。

そしてセカンドアルバム”Six”は、リスナーおよびファンの期待に答える、どころか、その期待も予想もはるかに越えたものになってしまった。「なんじゃこれは」大抵、みんなそう思ったはずだ、当時の一般的なリスナーは。

プログレッシヴロック、という言い方が、当てはまるのかどうかは僕は知らない。そもそもプログレッシヴの定義も曖昧だ。

けれども、たとえば90年代のプログレッシヴメタルで言えばDream Theaterなんかも「切り貼り音楽」みたいに言われていたと思うが、そのDream Theaterが可愛く思えるくらいの、脈絡の無いめちゃくちゃな「切り貼り」っぷり。1トラックの中に何曲入ってるんだ、ってくらいの構成と、つなぎ合わせっぷり。まさにこれこそ「切り貼り音楽」だと言いたくなる。おそらくはProTools上で切り貼りしまくった最初期の例なのではないだろうか。

それでいて、その瞬間、瞬間においての華麗さ、妖艶さ、そしてキャッチーなフックは少しも失われていない。いや、聴き込むとわかるが、そのフックの強烈さは、ファーストよりも強いくらいだ。

 

実のところ、ソングライターとしては、僕はMansunおよびPaul Draperを、必ずしも評価しているわけではない。彼のソングライティングは、どちらかといえば瞬間瞬間のキャッチーさには優れるが、ひとつのテーマのもとに1曲を構成したり、サビのメッセージを定義することには弱いように思えるからだ。流れるようなメロディは得意だが、流れていくだけでとどめのパンチを持っていないように思える。

だからこそ、そういった流れの中での瞬間のキャッチーさを最大限に生かすための、この「切り貼りアルバム」のソングライティングの方法論を取ったのではないかと思わされる。プログレッシヴと言えば聞こえは良いが、ある意味、苦肉の策ではなかったのかと思わないでもない。

かといって、そのアルバム全体に、すべての瞬間、瞬間に込められた音の演出と、完璧なまでの作り込みと、その情報量は、間違いなく驚嘆に値する。「あまりにもたくさんの事が起こっているので、あまりにもたくさんの音が詰め込まれているので、20回くらい聴かないとわからない」この言い方が、まさに当てはまる感じだ。

そして、今、僕が音楽家として目指している方向性は、「小説」のような、「小説」に匹敵する音楽を作り上げることであるから、そういった情報量を持つ音楽のひとつの例として、たとえこの「やけっぱちな苦肉の策としての切り貼りプログレッシヴ方法論によるストーリーテリング」という手法に、心から賛同はできなくても、やはりとても参考になるし、非常に刺激を受ける。

そんなとんでもない作品を作り上げたMansunとPaul Draperに対して、驚嘆と、敬意を感じるのは事実だ。

 

そして、2000年に発表された3rdアルバムについても、これはコマーシャルな内容だったということで、本人たちは気に入っていないようだが、非常に優れたポップアルバムであり(歌詞は読んでないから知らん)、またどのアルバムについても言えることだが、このMansunというバンドが、やはり時代を先取りし、世界中の色々なバンドに影響を与えたということが、後から振り返ってみるとよくわかる、そんな意欲的な音楽であり、意欲的なバンドだったのだと思う。

 

 

と、そんなふうに、驚嘆を覚え、敬意を持っていたのだが、
(とはいえ、本当に心から気に入ったかといえば、そこは、ちょっとやはり微妙なのだが)

だが、今回見たPaul Draperのソロ来日のアコースティックライブは、
そんな敬意も尊敬も、全部吹っ飛んでしまうくらいの酷い内容のものだった(笑)

本当に、全部吹っ飛んだ(苦笑)

 

きっと、たまたま、一番悪い日に見てしまったのだろう。

僕が見たのは下北沢Queで行われた追加公演だったのだが、
前日の大阪公演でハードに歌い過ぎた、ということで。
さらに、その後にカラオケで夜通し歌ってしまい、みたいな理由で。

無理矢理なスケジュールで昼間の時間帯に組まれたコンサートにおいて、
Paul Draperの声は、完全にぶっ潰れており、ぜんぜん、まったく、声が出なかった。
声は見事にひっくり返り(妖艶な歌い回しのことではなく、冬眠から覚めたばかりのヒキガエルのように、無様にひっくり返り)、
サビのメロディはほとんどまったく歌うことが出来ず。
そして、見た目や、やる気や、ステージングや、あらゆる情熱の面においても。

当時の作品や、映像から感じ取ることの出来る、華麗で妖艶な「MansunのPaul Draper」は、まったく、ちっとも、本当に1ミリも、感じ取ることは出来なかった。何の面影も無かった、と言ってもいいくらいだった。(面影は、そりゃ、あっただろうけれども) (ヴィブラートのかけ方でちょっとわかるくらいか、確かに、同じシンガーなのだということが)

 

歳を取った往年のロックスターに、それを期待する方が、間違っているのかもしれないが、
僕が見たものは、「歳を取って、オジサンになり、演奏の上でも、ルックスの上でも、そして情熱の面でも、劣化して落ちぶれた元ロックスター」の、典型的な例だったように思う。

別の日には、ひょっとすると、もっと声が出て、もっと良い内容だったのかもしれない。

けれども、やはりそれを差し引いても、僕が見たのは、三流のライヴでしかなかった。

そもそもやる気が感じられない。
舐めているとしか思えない。
少なくとも、技術を持ち、訓練されたシンガーであれば、まだ公演が残っているのに、ファンとカラオケに言って深夜まで騒いで、自分の楽器である声を潰したりは絶対にしない。

その時点で、Paul Draperが、シンガーとして、そして「ライヴバンド」「ライヴパフォーマー」として一流ではないことは確かだった。

そして、もっと言ってしまえば、そんな内容であっても、許容し、というかやっぱり往年の外タレのスターを「崇拝」して黄色い声を飛ばしてしまう日本のロックファンの卑屈な姿勢が、余計に残念でもあった。(もっとも、やはり会場の半分くらいは、演奏内容に落胆していたかもしれないが、フェアに考えれば、親指を下に向けて”No Good”とやって当然の演奏内容であった。それでも声援を送るのは、日本のファンの温かさだということは、言うことが出来る。しかし、僕はそれだけではいけないと、思う。)

 

そりゃ、「短い滞在日程の中で、無理矢理に追加公演を詰め込まなければいけない今時の音楽業界のビジネス上の理由」ってのはあるし、それがすべての原因なのだろうが、やっぱりなおさらに切なくなってくる。

 

かといって、全盛期の姿を知らない僕にとって、Paul Draperの人となりを、こうして見ることが出来ただけでも、やはり収穫だった。

彼が、弱い人間であることはすぐにわかった。

あれほどの偏執狂的な作品を作った人である。
やはり、繊細で、気難しく、世間と距離が遠く、学者タイプの芸術家であったのだろう。

だから本来は、華やかなロックスター、などではなく、それこそ70年代のプログレの空気が似合うような、そんな寡黙なアーティストであるべき人だったのだろう。

で、それはやっぱり、とてもBritish Rockらしいことだと思う。

そんで、たぶんそんな人だからこそ、大阪公演の後に、はめを外してしまったのだろう。(あるいは、本当にナメているのか・・・とは、思いたくない)

 

別に、往年の人気バンドを見て、ライヴでがっかりするのは、初めてのことじゃない。

あのバンドも、このバンドも、レコードや、ラジオや、映像で見て、いいな、と思っても、ライヴで見たらがっかりだった、というのは、今までにも何度も経験している。

というか、むしろそういうバンドの方が多いくらいだ。
現代、というか、それこそ60年代とか70年代ならいざ知らず、メディアの中で作られたロックバンドなんて、みんなそういうものだろう。ライヴっていうのは・・・それもまた難しい話だ。ライヴのステージの上にも嘘がいっぱいある。そして、オーディエンスだってほとんどは、そんな嘘しか求めていない。

ハードにツアーして回ってるインディのバンドの方が、よっぽど「ライヴバンド」だったりする、それは、周知のことだと思うが、それだって、色々あるし、一概に言えない。でも、それでも僕だって、「本物」は何度も見てきたつもりだ。

当時のバンドとしてのMansunを見たわけじゃないから、わからない。
けれども、ブリットポップあたりのバンドも、たぶんほとんどはそうであったであろう、そのように。
Mansunも、きっと「ライヴバンド」では無かったのだろう、と、今、僕はそう思えている。

そりゃ、あんなスタジオで作り込んだ作品を作っていたんだから、当然と言えば当然だけれども。

 

でも、やっぱり、演奏内容は残念であっても、こうして生で見ることが出来て、理解が深まったように思う。

僕の中のMansunは木っ端微塵に吹っ飛んでしまったが、「供養」として、この余韻の音が鳴り止むまで、少しでも彼らの作品を聴き込んで、記憶に焼き付けておこうと思う。

その後は、たぶんもう二度と聴かないだろうから。

 

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