マイクプリのオペアンプを交換した話

 

また機材の話ばかり書いてしまう。しかも色々振り返ったのでやたら長い。

最近、オーバードライブのペダルを修理したり、オペアンプを交換したりしていたので、ついでにマイクプリアンプのオペアンプも交換して色々試してみようか、と思ったわけです。

なので、やってみました。
Joemeek SixQのオペアンプ交換。

それは、過去にググったら、そういう改造をしている人の記事を読んだことがあったから。

 

結論から書くと、SixQの中にいっぱい使われている”TL072″(実際にはそれと同等のNJM072D)ってやつを、よりハイファイな”LME49720″に、10個交換した。

ただ、ネットで見かけた記事は、音楽制作とは違う分野の人のブログであったため、良い音に関しての基準や価値観が違うので、確かにハイファイにはなったが、果たしてそれでいいのか、については随分悩んだ。

つまり、録音制作で必要な「太い音」と、オーディオ的な「ハイファイな音」は必ずしも同じものでは無いからだ。

しかし、最終的に、今回はこれで行こう、と決断し、LME49720に10個交換した状態で、今後の録音制作に臨むことにした。というか、今のところはそう考えている。

 

 

くだらない個人的なことではあるが、マイクプリアンプってことについてのここまでの僕の個人的な経緯を書いておこうと思う。

もともと僕は、売れないインディーバンドをやって、自主録音でちまちまと作品を作っているだけの人間である。

何十万円とか、何百万円もするような機材は使えない。

そして、録音制作ということについての考え方も人それぞれ、バンドごとに違うと思うが、
僕はたとえば、録音というのはそのミュージシャン、アーティストの環境も含めてありのままを記録するという価値観を、わりと持っている。

なので、こうして生活の中で貧乏録音をやっている以上は、その中に大きなスタジオで使っているような立派な機材を持ち込んでも、必ずしもプラスには作用しない、と思っている。

だからこそ、分相応な「安っぽい」機材で自分の作品を作ろうとしているフシがある。

 

知ってのとおり、僕はこれから、自分の音楽人生の集大成たる「Nabeshima」と呼んでいる作品に取り掛かるわけだが、そんな大事な作品を、”Joemeek”(しかもオリジナルのTed Fletcher時代ではなく、メイドインチャイナになってからのPMI時代のもの)なんていう「安物」を使って作るとか、普通のエンジニアとか、いっぱしのミュージシャンの人たちからすれば、笑っちゃう話かもしれない。

でも、僕はこれがいいと考えたのだ。

 

 

ここ1、2年くらいかな。
これから”Nabeshima”を作る、ということを視野に入れてから。
マイクプリアンプを含めて、録音ってことについては、多少は考えてきた。
いや、多少、だけれど。

「鍋島」は、明らかにヴィンテージ志向の作品だ。

ヴィンテージと言えば、たとえばNeveっていう名前が圧倒的に有名だと思う。

けれど、色々な作品や機材に触れるにつれて、僕はこのNeveについて、必ずしも自分の好みではない、という認識を持っている。

いや、もちろん、Neveにも色々あるんだろうけれども。

 

昨年から今年にかけて、「ファーストアルバム作り直し」っていう作業をしていたのだけれど、(すでに完成していて、発表はこれから)、その中で、Calling Recordsの某氏のスタジオにて、有名なNeveクローンの高価なマイクプリを使ってエレクトリックギターを録音する機会をいただいた。いかにもヴィンテージって感じの、50万円くらいするやつだ。

それは確かに、素晴らしく密度の濃い音であったのだけれども、やはりどう考えても、自分には合わないと結論せざるを得なかった。

何が一番許せなかったかというと、音のアタックというのかトランジエントの部分がごっそりと無くなってしまう、それが自分の音楽表現にとっては、致命的に、ネックになってしまうのだった。

もっとも、「おぉ、まるでオジーのファーストのRandy Rhoadsみたいな音になったぜ!!」って、それはそれで興奮したけどね(笑)

 

以前読んだSound On Soundの”analog warmth”ってことに関しての記事にも書いてあったが(https://www.soundonsound.com/techniques/analogue-warmth)、特にこういったヴィンテージのアナログ機器というものは、概してトランジエントがなくなるものらしい。そういったアタックというのかトランジエントのピークを抑えることで、扱いやすく、太く、かつ密度の濃い音が収録できるのかもしれない。

もちろん、これがプラスに作用する場面はたくさんあると思う。
だが、僕の音楽表現にとっては、これは、あんまり喜ばしいことではない。

 

あとは、まぁ実機で触れたことのあるものは、そのように限られた経験しかないが、プラグインの世界でも、Plugin Alliance / brainworxの、bx_console Nとか、あとはあそこのギターアンプのシミュレーターも、キャビ/収音のIRはそのNeve VXSの音を使ってるじゃんよ。あれがね、やっぱり好みじゃなくって。太くて密度の濃い音には違いないんだけれど、やっぱりアタックが全部なくなっちゃうし。いや、bx_console Nは凄く良いプラグインだと思うけどね、使いどころを間違えなければ。これは、ヴィンテージNeveではなくて、90年代のNeveということになるんだろうけれど。

 

実際に、公開はしていないものだけれど、”Nabeshima Demo”を作った時に、そのbrainworxのアンプシミュや、bx_consoleも使ったが、良い音だったが、やはり表現の部分で大いに問題や不満があった。

だから、「Neveじゃねえな」って。

そんで、世間にいっぱいあるところの「Neveインスパイア」(二郎か)とか、Neveクローン系にもあまり良いイメージを持っていない。これは、いちいち言わないが、色々の経験からそう思う。

 

最近って、みんな、トランスって言うじゃない。
トランスフォーマーっていうのか。
真空管、チューブ、チューブって騒いでた時期もあったけれど、
今はわりとみんな、トランス、トランスって言ってるでしょ?

そんなもん、必要か、って。
それこそ、昔は、少しでも音質の劣化を防ごうと、トランスをなるべく減らそうと努力してたんでしょ?

で、トランス無しでやれる時代が来たら、今度は、やっぱり欲しくなった、っていうオチだけれど、それはとても、人間くさいことだよね。

ケースバイケースでしょうね。

 

で、SSLでもねえな、ってことも、わかってる。
これは、わかるじゃない(笑)
そもそも、俺は貧乏録音をやろう、って言ってるんだから。

SSLの個人向けチャンネルストリップみたいなものも、今ではあるんだろうけれど、
あんな、どメジャーな音がするものを、手垢のついたインディロックがやりたい、僕みたいなバンドマンの環境に持ってきても、たぶん方向性が違う。

そもそもSSLはヴィンテージ指向ではないだろうし。

 

じゃあAPIはどうか、って。
APIは、たぶんいい。

そもそも、僕はVan Halenの大ファンだ。
Van Halenにも、いろいろな時期があるけれど、そのキャリアを通じて、一番使ってきたのは、知らんけど、多少ぐぐったところによると、APIが一番多かったんじゃないかと思う。
それは、やっぱり、アメリカンロックを代表するバンドだったからだろう。

だから、僕もAPIを使ってみたいな、って思いはある。

けれども、皮肉なことに、今、僕が欲しいのは、どちらかと言えばブリティッシュ系のサウンドだ。
もちろん、「ブリティッシュサウンド」なんて言っても、その言葉の定義は曖昧だ。
そして、僕が考えている「ブリティッシュ」は、たぶん人が考えているものとは違う。
また、ブリティッシュな機材を使えばブリティッシュな音が出るってもんじゃない。

だが、いくら僕がVan Halenの大ファンだからと言って、エディ・ヴァン・ヘイレンが大好きだからと言って、これまで、やってきたことや、作ってきたものや、たどってきた道のりは、Eddieとは大きく違う。

最終的に選んだ楽器や、志向しているサウンドも、エディとは違うものになってしまった。

だから、いくら僕が彼の大ファンでも、いや、彼の大ファンだからこそ、僕は彼とは違うものを選ばなくてはいけない。

だから、「APIのアメリカンサウンドを追求して、Van Halenみたいな音を出そう」っていう選択肢は、どうしても選べない。

 

じゃあ、Universal Audioはどうか。
なんか、プラグインだかインターフェイスだか、いつの間にか老舗のUniversal Audioは、リーディングブランドに返り咲いている。みんな使ってるよね。

そういうわけで、610とか710とかそういうプリも、日本の楽器屋さんでもよく見かける。
実際に710なんかは、便利そうだし、方向性も合いそうだから、結構本気で検討していた。

そしてUAのウェブサイトを見ると、610とか、「Van Halenが使いました」って誇らしげに書いてある。

でも、どうかな。
きっと「1984」アルバムのことを言っているのだと思うけれど。

当時のインタビュー、Donn Landeeとかのインタビューを見ると、エディは5150スタジオを作るにあたり、「よし、これだ」と思ってUniversal Audioのコンソールを選んだわけじゃない。
たまたま、廃棄寸前のやつをDonnが見つけてきてレストアした、ってだけのことだ。

そして、「1984」が非常にユニークなサウンドを持ったアルバムであることは間違いないし、そこに使われたUAのコンソールが非常に「あたたかく、おおらかな」サウンドをしていることは確かだが、

けれど、僕はこのUAのコンソールで作っていた時代というのは、Van Halenのキャリアの中でも、もっとも音の悪い時代だと思っている。(もちろん、アルバムの内容は素晴らしいものであるけれど)

正直、好みの音であることは事実なんだけどね(笑)

 

でも、純粋に録音ってことで言ったら、初期のVan Halenのアルバムで聞けるサウンド、
つまりそれは、インターネット時代の情報なんて定かではないけれど、Sunset Soundでレコーディングしていた初期のアルバムには、コンソールのヘッドアンプはAPIのカスタムのものであった、とされている、と思うんだけれど、そのサウンドは、恐ろしく良いと思う。
密度もあるし、かといって、Neveのように曇ってしまうこともなく、オープンで、トランジエントもきちんと捉えているように思える。

あるいは、この音は理想の音なのかもしれないが・・・・・

(そして、このSunset SoundカスタムAPIを再現したマイクプリアンプというものも、ネットで見かけたことがあるが)(今、ググってみたら、Tuttiっていうのかな)

けれども、今、そして今後、僕が欲しいのは、(自分の考えているところの)ブリティッシュ傾向の音であるから、そして、もうちょっとやはり曇っていて湿り気のある音が欲しいから、やっぱり合わない・・・・・

 

Van Halenってことで言えば、2012年のアルバム”A Different Kind of Truth”に関して、今ではネットでいくらでも記事があるから、エンジニアのRoss Hogarthのインタビューとか読めるんだけど、それによれば、EddieのギターはAPIのプリを使って収録し、ミキシングはSSLで行ったと書かれている。

 

音の経路っていうのか、収音からミキシング、マスタリングまでのシグナルの流れを考えると、たとえばNeveのプリでトラッキングして、SSLでミキシングして、みたいなことは、昔からよく行われていたことだと思うんだけれども。

 

今では、パソコンの中のプラグインで、コンソールとかそういう形から離れて、いくらでも自分の好きなようにシグナルチェーンをデザインすることが出来る。
それは「自由」ということでもあるし、だがその反面、コンソールというのはひとつの「世界観」であったことも確かだし、それは間違いなく信頼できる世界観であり偉大な哲学だったわけだ。

現代の貧乏バンドマンの僕としては、アナログのアウトボードやコンソールを使って作品を作る、なんていう贅沢は叶わないが、デジタル上でいくらでもシグナルチェーンを選ぶことは出来る。
しかしだからこそ、せめて音の入口だけは、真剣にひとつの世界観を選びたいではないか。

 

 

で、これは昨年も書いたんだけれど、Joemeekのチャンネルストリップでいいや、って思ったのは、安かったから・・・・ということも現実的に大いにあるけれども、

ひとつにはやっぱりTridentコンソールと、Malcolm Toftの流れということがあった。

 

Tridentというと、A-rangeというのが有名で、これは初期のQueenとかDavid Bowieとか、あとは初期のRushもそうみたいだし、初期のMetallicaも収録には使っていたとされているよね。

いわゆるヴィンテージの中でも最高のもののひとつと言われているものだと思う。

そんで、たぶんこれは、確かに良い。(知らんけど)

で、手軽にこれに近い音が欲しいと思ったら、Dakingのマイクプリを手に入れたらいいんだと思う。
そして、それくらいなら、決して手の届かない値段ではない。

だが、やっぱし、これでもないような気がしている。

いわゆる、トランスをいっぱい積んだ、ごっそりヴィンテージで、ディスクリートでクラスAで、みたいな、そういう枕詞がいっぱいつく機材。
僕の欲しい音は、それではないような気がした。

そこは、あれだ、しょせん、僕の感覚とか、耳とか、好みが、安っぽいのかもしれない。それは認めよう。あるいは、そもそも、いろいろの機材に実際に触れたことが無いからだ。経験を積めば、そういった本当に良いものの良さもわかるのかもしれない。

だが、しょせん僕は一人の無名のバンドマンであって、プロのエンジニアでも何でもない。

 

そして、僕が「ひょっとしてこれかもしれない」と思えたのは、より時代が下って、より値段も下がり、チープになった普及品であるところの、1980年代のTrident 80Bの音だった。もっとも80Bっていうのは、すごくいっぱい売れて、世界中のたくさんのスタジオで使われていたはずだ。ブリティッシュとか、そういう枠をとっくに越えて使われていたはずだ。

これについては、昨年の6月だか7月あたりのブログにも書き綴った。
たくさん使われていた普及品だったからこそ、いかに多くの「伝説のファーストアルバム」が、このコンソールで作られたか、そして、それはおそらく偶然ではない、という話。

 

たとえば1980年代のメタルとか、いわゆるLAメタルでも、Cherokee Studiosでレコーディングされた作品もあれば、Rumbo Recordersでレコーディングされた作品もある。知らんけど。

そんで、たぶんCherokeeには、A-rangeがあったらしい。そしてRumboには80Bがあったという話だ。(知らんけど)

で、よくわからんが、僕はたとえばRATTで言えば、1stよりも2ndのサウンドの方が好きだ。そっちの方が、ぶっちゃけ音が良いと感じる。

同じように、Dokkenで言えば、とか、いろいろ例はあるけれど、情報も確かじゃないし、やめておこう。

 

90年代あたりのBrit Popで言えば、Oasisのファーストなんかが最大の例になるのだろうけれども、僕はこのSawmills Studioというところで作られたアルバムにちょっと興味を持った。それは、ここにもやはりTrident 80Bがあり、そしていかにもブリティッシュと言える音の類型のひとつであるからだ。

その中ではSupergrassあたりが代表と言えるけれども、一番「おおっ」と思わされたのはThe Bluetonesの3rdアルバムだ。Science & Natureってタイトルのアルバムだ。

時代的にそれが流行っていたせいもあり、Sawmills Studioには当時のJoemeekの機材もいくつかあったようだ。いかにもそれを使いましたっていう音も入っているように思う。

で、それらの音が、なんだか確かに自分の好みであることを認識するにつけ、「これかな〜」と思い始めたのである。

つまりはTrident 80Bの音は、「ディスクリート」じゃない。IC、つまりオペアンプが使われている。
でも、僕にとってはそっちが正解だったんじゃないか、って。

 

 

つまり、「ヴィンテージ志向」なんて言ったって。
また、ブリティッシュだのアメリカンだのそういった曖昧な言葉の意味合いにしても。

僕がイメージするところの「アナログ」とか「ヴィンテージ」は、たぶん一般の人のそれとは違う。

現実に1960年代に鳴らされ、収録された音のことではなくて、
架空の世界に描かれたヴィンテージのことだからだ。

敢えて言えば、違う世界、違う惑星、違う時間軸において、鳴っていたヴィンテージのことなのではないかと思う。

それをこの地球上で、現代に描くには、どのようにすればいいのか、という命題になってくる。
そんな大袈裟なことじゃないけれど(笑)

 

 

僕はVan Halenの大ファンである以上、アメリカンハードロックを常に志向してきたけれど、2016年に制作したコンセプトアルバム”Jesus Wind”をきっかけに、サウンド志向がよりブリティッシュに向いてきた。

そして、もっとそれを意識して志向するようになったのは、今年の始めに義母の遺品の中から色々のインスピレーションを受けてからであり、それが大きな理由だ。
そのインスピレーションの内容や、サウンドの詳細については、キーワードを言うことは出来るかもしれないが、企業秘密だし(笑)、言っても伝わらないことだろうから、言わない。

でも、本当にそういった個人的な理由なのですよ。そして、そういった個人的な理由で捉えるための「ブリティッシュサウンド」で良いと思うのです。たとえ、それが本物のイギリスの人から見て、ちょっと不自然であったとしても。

 

 

たとえば全盛期のRadioheadあたりも、そのMalcolm Toftのコンソールを使って作品を作っていた。
同じ世代のUKロックで言えば、2000年代になってからのPrimal Screamもやはり、そのMalcolm Toftの「安っぽい個人向けコンソール」であるところのATBってやつを使っていたらしい。

で、僕としてはそれらの理由もなんとなくわかる。気がする。

 

Tridentコンソールの伝説ってことで言えば、創業者であるMalcolm Toft氏の他に、John Oramって人の名前もよく見かける。
僕は、詳しくは知らないが、ネットで色々見るだけでも、その名前は出て来る。

そして、Tridentがいったん閉じてからの、Tridentの名義をめぐるあれこれとか、つまりはToft VS Oramみたいな図式も、そこにはあったようだ。ていうか、世の常というか、ネット社会の常で、そういう対立はだいたい、関係ない周囲の人たちが、勝手に煽るのだ。

詳しい事実関係も、何も知らないが、ざっと見たところ、Malcolm Toft氏は、Tridentがコンソールとか録音機器を作り始めるきっかけの最初のところから張本人としてそこに居り、そしてもともとTrident Studiosのエンジニアだった。そして、その後の開発に関しては、リーダー的に指揮を取っていたのだろうと思う。

それに対して、John Oram氏は、そのToft氏に雇われた立場で、Tridentコンソールの、(A-rangeではなく、その後の)開発について、技術的なところを実質的に担っていた人のようだ。たとえば、コンソールにICを使うとか、そういうのはOram氏が初めてやったことらしい(と、インタビューに書いてあった)。

だから、デザインコンセプトとか、理念はToft氏にあるかもしれないが、技術力はOram氏にあるかもしれない。

 

そして実際に、Oram氏が、Trident以降に作り出した機材も、きっと良いものなのだろう。たとえば日本のサンレコあたりのレビューでも非常に絶賛されている。(もっとも、その絶賛っぷりがちょっと気持ち悪いと思わなくもない。なぜ、こういうのって、いつも宗教くさくなってしまうのだ、笑)

けれども、Oram氏が、きっと少しばかり、癖の強い人間であったであろうことは、ちょっとネット上の評判を見るだけでも想像できるし、その主張の強さのようなものは、インタビューを読むだけでも、ひしひしと感じ取れる。

 

そして結論を言ってしまえば、僕はToft氏の方になんとなく共感を感じる。それは、実際の機材は確かにOram氏の方が「高品質」なものを作っていたのかもしれないが、Toft氏の方が、実際にミュージシャンの立場により立って、(たとえば僕らのような無名の貧乏ミュージシャンにも手の届くような)、フレンドリーで実際的な道具を、作る方向性を持っていたように感じるからだ。

そして、いわゆるヴィンテージとか、レコーディング業界をめぐる色々の既成の価値観にとらわれずに、より時代の音を前に進めようとする方向性を、技術的に、というよりは、人間的、あるいは社会的に、持っていたように思う。

 

だから僕は思った。
Toft氏の息のかかった道具で作ってみたいな、と。

だから、PMI時代のJoemeekが、ちょうどいいな、と思ったわけだが。

 

Meekに手をつけた理由は、つまり。
過去に何度も書いていることだけれど、僕は、インディの無名のバンドマンとして、少しばかりの「宅録」の機材は過去に持ってはいたが、基本的に、録音ってことに関しては、純粋に記録として考え、そして、「どうでもいい」と考えていた。

それは、バンド活動を進めるにつれて、より、「どうでもいい」「作れればそれでいい」となっていった。

だから、機材もどんどん手放して、Hassy&Jakeと作っていた一番良い時期の作品は、古いM-Audioのインターフェイスと、それに内臓されていた、まったく安っぽいプリで作ってしまったのである。

そして、その結果が、やはり安っぽい機材で作ってものだから、悪かったかと言うと、そうではなく、存外、良い結果だったのである。「なんだ、関係ないじゃん、機材とか」みたいな。

 

— (この古いM-Audioのインターフェイスに付いていたプリは、SoSの記事かなんかで読んだところによると、「ごく一部で隠れた名機と言われているところの」DMP3と同等のものであるらしい。このM-Audioのプリアンプのみで作った作品の例としては、うちのバンドの”Japan Metal Jesus” (テキサス録音のTrack2&6は除く)、および”Revive The World”を参照されたし)

 

だけれども、非常に重要な意味を持つコンセプトアルバム”Jesus Wind”を作るにあたって、さすがにもうちょっと性能の良いプリを用意しなきゃな、と思った。

で、Jesus Windはこれまでよりもブリティッシュメタル寄りの作品だから、多少はブリティッシュ風味のプリが欲しいよね、安いのないかな、と思った時に、ああそういえば昔、JoemeekのVC3を使ってたな、悪くなかったよな、って、思い出した。

 

恥ずかしい話だが、本当に安物ばかりなのだが、僕が過去に所有し、使ってきた宅録機材、そのマイクプリは、ART TubeMPから始まり、そのJoeMeek VC3 (Ted Fletcher時代のものだ)、そしてdbx 576というものだった。

 

— (また、この格安機材であるART TubeMPとJoemeek VC3のみを使って作った作品の例としては、”Kodomo Metal”を参照されたい。オープニングは恥ずかしいのだが、全体を通して聴けば、格安機材でもこれだけの音が作れる、と思っていただけるはずだ。)

 

dbx576で作った音のサンプル、一番特徴が出てるのは、これかな。ギターの音。あとピアノも。ヴォーカルは相変わらずVC3だったと思う。

 

でも、dbx 576は、これでもかってくらいアメリカンなキャラクターじゃんよ。今でも376とか386とかは安価で転がってると思うんだけど。

で、「もうちょっと性能の良いブリティッシュ風味のプリ」ってところでJoemeekしか思い付かなかったところがチープで悲しいんだけれど(笑)

ぱっと検索したら、昔持っていたVC3よりも、アップデートされた後発モデルのThreeQの方が性能が良いってレビューがいくつかあったので、じゃ、なんか中古で死ぬほど安いし、これでいっか、って(笑)

 

で、そして実際に使ってみたら、これが、かなり良かった(笑)
少なくとも、俺はそう思った。

それは、たとえば、貧乏インディバンドの素人録音だけれども、そこを差し引いて、”Jesus Wind”を聴いてもらえば、そして、色々とミックスを失敗してはいるが”Overture”を聴いてもらえれば、納得してもらえると思う。

 

 

つまり、”Jesus Wind”は、ThreeQとSM57の組み合わせをメインで使い、また”Overture”はコンデンサーマイクとThreeQの組み合わせをメインで使って作った音だ。ギターの話。

そんで、どっちもヴォーカルはもちろんThreeQを使ってる。プリもコンプも使ってる。そのThreeQのオプティカルコンプが、シンガーとして非常に開眼ってくらいのインパクトだったのは、過去にも書いた。もう、これなしでヴォーカルの録音ができるとは思えない。つまり、レコーディングの際にハードウェアのコンプレッサー、出来れば、オプティカルのやつが。それが、シンガーとしての自分には、絶対に必要だということ。すごい、助けてくれるから、パフォーマンスを。

だから、”Jesus Wind”のアルバムにおいて、もともと僕は下手っぴな駄目ヴォーカリストではあるが、それでも、それまでよりはいくらかマシな歌唱が出来たとすれば、それはこのThreeQに付いていたオプティカルコンプレッサーのおかげなのだ。少なくとも、何割かはその恩恵だ。

 

で、ThreeQいいじゃん、って思って、その後、よくよく考えたら、それはMalcolm Toft氏の監修の下に作られた「PMI Meek」だったのである。

で、Malcolm ToftおよびTrident 80Bっていう線を踏まえて、「鍋島」のために、もう少しだけ味のある音を求めよう、とした時に、じゃあSixQでいいじゃん、となった。

SixQ、あんまり見かけないけれど、Reverb.comで、200ドルちょっとで入手した。今時、海外から買うのなんて普通だし、スケートシューズはじめ、僕も色々買っているが、録音機器をこうして買うのは初めてだった。もっとも、電源というか電圧の問題はある。

PMI Meekと同系列の製品で、当時Toft氏が監修していたToft Audioっていうのがあって、それも興味はあるのだが、プリの部分はThreeQと変わんないみたいだし、今は僕は「Nabeshima」のために、もう一歩だけヴィンテージ寄りの音を求めているのだから、「入力だけトランスの付いた」中国製Meekの方がニーズに合うかな、って。入力にトランスが付いてて、後はICっていうのは、Trident 80Bと似たようなもんなんじゃないか、って思ったから。

で、Joemeekの方が、「ちょっとひねくれた、いわゆるブリティッシュっぽい」色を出してくれそうじゃない。Ted Fletcher、Malcolm Toft、Allan Bradfordっていう、何人ものエンジニアの手を経ていることもいいなと思った。

安物でもいい、ひょっとして僕には、これが自分の求める天国なんじゃないか、と(笑)

 

実際にSixQをいじってみて、非常に気に入ったしね。EQもコンプも、自分が思うようなアナログ的な質感がある。
音は、太いと思うし、古いと思う。それは、Neve的な古さとかじゃなくて、なんというか、昭和の演歌を聴いているような太さ。それはやはり1980年代的っていうことなのだろうけれども。

「ファーストアルバム作り直し」のヴォーカルに5曲、使ったけれど、結果には満足している。例のVintechで録った濃ゆいギターの音にも決して負けていないしね。
ベースのDIとしても使ったが、これまた、非常に太く生々しい。

 

だから、今回、オペアンプを交換してみよう、って段になって、結構迷った。

LME49720に替えてみて、確かに音はハイファイになり、解像度も立体感も増した。だが、それで本当にいいのか、って。

ミッドの太い、存在感のある音が失われてしまうじゃないか、って。

実際に、Joemeekのウェブサイトにも、「オペアンプの交換はおすすめしないよ。TL072はありふれたものかもしれないけれど、僕たちはこれが一番ナチュラルなサウンドだと結論付けて採用したんだから」って書かれている。

そして、それはレコーディング、音楽制作っていう価値観から言うと、やっぱりほとんど正しいと思う。この「ナチュラルで太い音」が、PMI側が意図した正解の音なのだ。
つまりはTube Screamerに、JRC4558Dが一番ぴったり来るのと同じことだ。

 

だから、かなりのところまで、「やっぱ元々のTL072のままの方がいいじゃないか」と思った。

だけれども、何度もリスニングテストを繰り返すうちに、段々意見が変わってきた。
そんで、人間っていうのは、やっぱ前に進みたがる、というか、よりハイファイというか高品質(に見える)な方に行きたがる欲求に抗えない。

交換後のサウンドの方が、確かにローやミッドの押し出しは弱まっているかもしれないが、でも交換後の解像度の高いサウンドの方が、僕たちの世界、そして僕たちの時代、世代の価値観を、より表しているのではないか、と思えてきたからだ。

つまりは、これも世界観の問題だ。
チャンネルストリップとは、ひとつの世界観なのだ。

 

 

ハイファイってことで言えばね、今、手元にある中で一番ハイファイなプリはどれかって言ったら、それはEventide MixingLinkなんだよね。マイクプリっていうか、ユーティリティと言った方がいい多機能ツール。どんなトラブルがあるかわからない草の根なライブの現場では、あると便利だよ。
これも、”Jesus Wind”や”Overture”で使っていて、曲によってはこっちがギターの音のメインになっているものもある。

けれど、これは、本気でハイファイっていうよりは、「業務用の最低限の品質を担保するためのハイファイ」って感じで。だから、わりと堅実で素っ気なくて、艶とかあんまし無いのね。つや消し、マット仕上げって感じで。

だから、そう思うと、実を言えば、今、僕の手元には、たとえばピアノを録るためのマイクプリはひとつもない。ピアノを録れるプリがぜんぜん無い。これは、バンドとかポップミュージックの用途で言うピアノではなく、クラシックのピアノって意味合いだけれど。

ThreeQでクラシックのピアノが録れるか。それは、うーん、Burr Brownの音とは言っても、やはり限度があるだろうな。そしてSixQではすでに癖が強過ぎるんじゃないか。

昔、dbx 576で何度かピアノを録ったけれど、それは曲がりなりにも真空管が入っていたから、その質感が方向性に合致したから可能だったことだ。

今、もし、チェロであれピアノであれ、クラシックを録りますよ、って言われたら、借金してでもそれこそMillenniaとか買いに行かなきゃいけない。もっとも、そんな予定は無いから、別にいいのだけれど。

もっとも、その逆に、高価なMillenniaのプリがあったとして、それはうちのバンドの制作には、きっと合わないよな。(プラグインはちょくちょく使ってますけどね)

 

 

オペアンプによりハイファイなLME49720を使うという改造は、決して目新しいものではなく、たとえばFMR AudioのRNPにも、この改造を施した商品が”E”と銘打って販売されている。

手の届く価格帯の高品質なマイクプリということで言えば、このFMR Audio RNPがあるではないか、と思った人もいるだろう。

けれども、僕のひねくれた習性としては、こういう製品にはどうしても手が伸びない。
どうも、すっきり系の音らしい、という情報もあり、それが先入観になっているのかもしれないが。

なぜなら、このRNPは、皆が皆、「これは良い」って誉めているだろう。
全員が全員、10人が10人、みんな「これは良い」って言っているものは、たぶん自分には合わない。

 

自分には、Love it or hate itというか、良いっていう人もいれば、同じくらいこれは最悪だ、っていう人もいる、みたいなものの方が、合うことが多い。

10人が10人、「良い」っていうものは、間違いのない無難な結果は出るかもしれないが、自分にとって一番の「これしかない」っていうものは、たぶん提供してくれない。

そして、人の心理っていうものを言えば、全員が「これは良いね」みたいに言っているものは、それは、それがみんなにとっての「ナンバー2」とか「ナンバー3」だからこそ、いいね、と言うのであって、ナンバーワンでは無いものなのだ。

もちろん、これは僕が、自分のためにわがままな録音をしている身勝手なバンドマンだからこそ言えることであり、録音エンジニアとか、商業スタジオの人であれば、そういった選り好みをせず、顧客のニーズに答えるために各種の定番を揃えるのは当然のことだろう。そして、そういった定番を使って多くの人に伝わる良い仕事をするのがプロの人たちなんだろうな。

 

 

そんなわけで、10個、オペアンプを交換した。LME49720ってやつに。
目に見えるところだけを、10個。

5個だけ替えてみる、とか、3個だけ替えてみる、とか、やってみたが、それはそれでアリかなと思ったが、やはり中途半端なので、がばっと替えるか、まったく変えないか、の方が良いように思えた。

ハイファイになったことで音が細くなる、って思わなくもないけど、EQのスイッチを入れるとさ、その部分にはもともとのNJM072Dが残っているからか、それだけでちょっと太くなるんよね。これが、良いことなのか、どうかは、わからんけど、どうせEQは使うことが多いから、じゃあ、太くなるからいいじゃない、って。

 

ちなみに心臓部のマイクプリの役割のところのオペアンプも、多少、替えてみたが、やっぱりこれはもともと付いていたTHAT1510が一番良かった。

 

もともとの、太い、ミッドの押し出しのある、ちょっと古い音、も良かったけれど、でも、ちょっと「ダレた音」にも聴こえたから・・・交換することで、その部分もすっきりしたと思う。

ヴィンテージとか、たぶんどうでもいい。
新しい価値観の音。
自分の世界の音。
これで行こう。

 

中古で海を渡ってきたこいつが、壊れないといいんだけどね。
ファンタムの動作とか、若干心配で。
コンデンサー、キャパシターとか、替えた方がいいのかな、って。
だって、わかるでしょ、知識のある人は(汗)
でも、ちょっと僕はどうやっていいのかわかんない。

やってくれる人がいたら助かるかも。
誰に頼めばいいのかわからないから・・・・

でも、ぶっちゃけ、問題なく動作している。
EQもコンプも、問題なく動作している。
音も良い感じだ。
If not broken, don’t fix it.

なので、なんだかんだ、このままの状態でやってしまうだろうと思う。「鍋島」の制作を。

 

しょせん道具なんて、使えればいいんだぜ。
貧乏録音に、贅沢なんて言ってられないぜ。

準備が出来次第、取り掛かります。

それで、いいん、だよな。
もう振り返らないぜ。

 

 

– 2019年7月追記
結局、Ted Fletcher時代のJoeMeek VC1、ならびに「Toft Audio」も入手してしまった次第。あくまで自分の「音の世界」を追求しようと思います。

– 2019年12月追記
実際に録音作業に使ってみての感想とレビューはこちらになります。

– さらに追記。”Nabeshima”アルバムの録音においては、このオペアンプをLME49720に交換したSixQを各所に使いましたが、電源のせいか動作が不安定になるという側面があったため、その後はNJM072Dに戻して使用を続けています。しかしLME49720を使って録音した音には非常に満足しています。

 

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