ドラマー摩耶こうじ氏との出会いについて

 

2018年4月。
一ヶ月前に、それまで10年間活動を共にしてきたメンバーであるHassy&Jakeと別れて以来、僕は途方に暮れ、今後の活動をどのようにしていけばいいのか思案していた。

メンバー募集の広告は一応、ネット上でも紙の上でも掲載していたが、色々な要因もあり反応は必ずしも芳しくなかった。

僕は自宅で古い日本のヘヴィメタル、Anthemを聴きながら、その素晴らしい演奏とサウンドに、そういえばこの80年代アンセムの、Chris TsangaridesプロデュースによるMAD大内さんのドラムプレイとそのサウンドは、ヘヴィメタルの文脈における最高のドラムサウンドのひとつだよなあ、と改めて感銘を受けていた。

そんなふうにしてAnthemを聴きながら、僕は嫁さんに向かって、「もう、いっそMADさんが叩いてくれたらいいのにな」と、冗談を言っていた。

だから、その約一ヶ月あまり後になって、Anthemの前身バンドであるBlack Holeでドラムを叩いていた摩耶こうじ氏から連絡をもらった時は、思わず笑ってしまった。
MAD大内さんにうちで叩いてもらうことなんてもちろん現実的じゃないが、MADさんの前に初期アンセムで叩いていたドラマーと、一緒にやる、それは現実になったのだ。

 

 

これは、摩耶こうじ氏という、日本のヘヴィメタル黎明期の隠れた逸材との出会いの記録でもあり、
また、「神の導き」ってやつを信じるクリスチャンとしては、いかにして神が俺たちの祈りに答えてくれたかを証するための文章(testiminy)であり、
さらには「ジャパニーズヘヴィメタル」(ジャパメタ)というものに対する僕の思いを書き記すための文章だ。

そしてこれは僕、Toneの視点から見た、個人的な思いである。

 

 

正直に言えば、Anthemは僕が初めて聴いたヘヴィメタルのバンドだ。
ジャパメタという文脈が、また、当時小学6年とか中学1年とかだった自分が、某パソコンゲームの企画CDを介してヘヴィメタルという音楽に(というよりは言葉そのものに)興味を持ったことが、気恥ずかしかったこともあり、僕はこのことをあまり言ってこなかった。(おそらくはレコード会社の意向で、当時Anthemはその企画CDに参加していたのだ)

だから、僕が最初に好きになったヘヴィメタルバンドはJudas Priestだといつも言ってきた。

けれども、本当の事実は、13歳だった僕は、最初にAnthemの”Hunting Time”を聴き、そしてほぼ同時に当時出ていたAnthemのベスト盤を聴き、その後で、Judas Priestの”Ram It Down”と”Painkiller”を聴いたのだ。

だから、僕が最初に聴いて、そして好きになったヘヴィメタルバンドはAnthemだという事は、変えることの出来ない事実である。そして、そんな思春期に最初に聴いた音楽であるから、そのAnthemの音楽は、自分の思春期の様々な記憶や感情と、がっつり結びついている。

(その中でも、ヒロヤ氏のギターこそが、僕にとっての「ジャパメタ」であることは、譲れない事実だ。)

 

 

さて、2018年3月をもって、それまで10年間一緒にやってきたベーシストHassy、ドラマーJakeとお別れして、その後、どのように活動していくのかについては、ずっと考えていた。

まずは、そもそもバンド活動を続けるのか、音楽を続けるのか、という問題がある。

いつも言っているように、僕は、音楽を作り始めた最初の瞬間から、「できればやめたい」と公言し、やめるための理由や、やめるタイミングを常に探していた人間だ。

また、自分の音楽人生の究極の到達点である”Nabeshima”の制作を前にして、この「鍋島」を、どのような形で作っていったらいいのか。そこに悩みがあった。

つまり、Hassy&Jakeとの別れを決意した原因の半分は、この”Nabeshima”が理由だったからだ。今のままでは「鍋島」は作れない。今のままでは「鍋島」は鳴らせない。その思いがあったからこそ、僕は新しい活動の形を求めて、踏み出す決意をしなければならなかった。

この”Nabeshima”を、いつ、どこで、誰と、どのようにして作るのか。
これについて、2016年夏に「鍋島」の最初のデモを作った時から、ずっと思案し、悩み、そして祈り続けてきた。
“Overture”を作り終えたら、この3人での活動は終わりにしよう、ということは、その2016年の晩秋に、3人で話し合って初めて決めたことである。それからずっと、思案し、祈り続けてきた。

 

また僕の中には、この国に居ては理想のサウンドは鳴らせないのではないか、という思いがあった。この日本では、理想とするバンド活動は出来ないのではないか、という思いだ。

そしてそれ以上に、自分たちが幸せになれないのではないか、という思いもあった。

だが”Nabeshima”は、和風のテーマを持った、伝統志向の作品だ。そうした日本的な要素を強く持った音楽を鳴らすのに、日本以外の場所でやれるのか。やはり日本人でなければこの音は鳴らせないのではないのか。そういう思いもあり、僕の心は矛盾に引き裂かれていた。

拠点を移すということは、人生を変えるということでもあり、それはたとえ海外ではなくとも、日本の地方に移住することであっても、そこで出会いや環境があるかもしれないが、もし無ければ、音楽をやめてしまおうと思っていた。

そこまで考え、僕は後は神の手に託し、神の手に委ねて祈ることにした。

 

で、期待はまったくしていなかったものの、一応、ひととおりのメンバー募集の掲示はすることにした。昨年3月末に、HassyとJakeが脱退してすぐのことだ。それは、何事もやってみなければわからないし、すべての扉を叩いてみなければ、答えは示されないからだ。

メンバーを募集するにあたって、最も考えていたのはベーシストよりもドラマーについてだった。

うちのバンドの楽曲は、特にドラマーにとってハードルが高い。
リズムが特徴的で、あまり一般的でないドラムのパターンが多い上に、曲構成も複雑だからだ。

そして、10年間、このバンドの音楽活動を支えてくれたHassyとJakeには感謝しかないが、一致した意見として、運営上の問題を抱えていたのはベーシストのHassyだったが、演奏上の問題を抱えていたのはドラマーであるJakeだった。

わかりやすく言えば、演奏の上で、特にライヴの場において、うちのバンドの弱点はJakeだったわけだ。

 

ロックバンドというものをわかっている人であれば、ドラマーというものがいかに重要な存在かは、説明する必要がない。

ロックバンドとは、つまりはドラマーだ。
たとえ、他のプレイヤーが10の実力を持っていたとしても、ドラマーが5の実力しか無いのであれば、バンド全体の演奏は5になってしまうのだ。

だから、昨年3月、メンバー募集を開始した僕が、まず考えていたのは、どういったドラマーが必要なのか、ということだった。

 

ここで、ドラマーについての技術的なことについて突っ込んで書くことはしない。
だが、うちのバンドの音楽性と、その方向性の幅の広さについて考えた時、そこに必要なのは、典型的なヘヴィメタルドラマーではなく、メタルも叩けるけれども、オシャレでダンサブルなグルーヴも出せて、なおかつ変則的なリズムや曲展開もこなせるといった技術とセンスを併せ持ったドラマーの存在だった。

どちらにしても、うちはヘヴィメタルバンドではあるが、ツーバスドコドコやって、うおお、とメロイックサインを掲げてみせるような典型的なメタルプレイヤーでは、合わないのだ。

かといって、ファンクやジャズを得意とするドラマーが、ヘヴィメタル的なプレイに対応してくれることも、これまた稀だ。これは演奏スタイルということもあるが、それ以上に価値観の問題であり、また体質の問題だろう。(もちろん70年代まで遡れば、ファンク、ジャズ、そして当時のハードロックとの間には、大いに関連性があったように思うのだが)

ドラマー募集の掲示に、僕が書いた理想のドラマー像として、「Scott Travisのようなヘヴィメタルも叩けるが、同時にThe Stone Rosesのレニのようなグルーヴも出せるドラマー」と書いたのは、そのひとつの例である。無茶な注文であることはわかっている。だが、僕にとっての理想のドラマーは、そのような感じなのである。

 

そういった、技術、体質、ジャンル、センスの上でも、非常にハードルの高いドラマー募集であったわけだが、うちのバンドの場合、そこにさらに輪をかけて「クリスチャンバンド」であるという問題がつきまとうことになる。

つまり、活動の方針、そこにある精神性や、メッセージ性が非常に強い、ということだ。
僕の考えでは、必ずしもメンバーはキリスト教徒である必要は無いと思っているが、どうしてもそこには「スピリチュアルな要素」があるため、そういったものに拒否感のある人では、一緒に活動をしていくことは無理だろう。
はっきり言って、ほとんどの日本人は、「キリスト教のバンド」と聞いただけで、「宗教」というものにアレルギーを感じ、「これは無理」となるに違いない。

だから、音楽的な問題だけでなく、人間的な問題を考えても、非常に絶望的なほどに難しい募集だった。

正直なところ、「まあ無理だろうな」と思いながら、僕はメンバー募集をしていた。
駄目であったら次の方法を探ろう、と考え、それでも一応、やってみたのだ。

 

 

新たなバンドの形を求め、メンバー募集を開始するにあたって、僕がイメージし、神に祈っていた内容は、次のふたつの人物像だった。

ひとつは、若いクリスチャンのドラマー。
必ずしもメタルドラマーでなくてもいい。ただ、クリスチャンバンドとしての活動を、信仰の面から理解し、共に活動を支えてくれる人物。
クリスチャンにはメタラーは少ないから、おそらく最初はヘヴィメタルのスタイルは叩けないかもしれないが、次第に学び、対応してもらえばいいと思っていた。
そして、僕自身も必ずしも「立派なクリスチャン」とは言えないのだが、その熱い信仰でもって、活動を引っ張ってくれるような人がいれば、と思っていた。

もうひとつは、往年のハードロック、ヘヴィメタルで活動していた、野武士のようなドラマー。
つまり、うちのバンドは、モダンメタルではなく、発展形ではあっても、基本的には伝統的なヘヴィメタルだ。
現代の若いヘヴィメタルドラマーは、こういった音楽を叩く気はないかもしれない。だが、往年のヘヴィメタルドラマーだったら、それが叩けるかもしれない。
高い技術を持った、そうしたベテランドラマーで、在野にあって、また今もまだ情熱を燃やし続けている人物が、ひとりやふたりはいるのではないか。
そう思ったのだ。

 

だからこそ、たぶん駄目だろうな、と思って始めたドラマー探しだったが、「若いクリスチャンドラマー」、もしくは「ベテランのヘヴィメタルドラマー」、このどちらかと出会い、うまくいくようであれば、僕はバンドを続けよう、そう考えていた。

前者の例、つまり、若いクリスチャンドラマーからも、1、2件。いや、2、3件かな。連絡はもらった。だが、うまく話が進まなかった。

そして結果的に、後者の例、かつてヘヴィメタルシーンの最前線で活躍していたベテランドラマーの人物、と出会い、そして意気投合することになった。

 

 

冒頭で書いたように、Anthemの”Hunting Time”を聴きながら、「いっそMADさん叩いてくれないかな」と軽口を言っていた僕だったが、その約一ヶ月後、出会ったのが「MADさんの前に叩いていたドラマー」だったから、本当に笑ってしまったのだが、もっと笑ったのは、実際にスタジオで音を出した時だったのだ。

それは相性がばっちりだったからだ。

言うまでもなく、僕はVan Halenが大好きで、基本的には陽気で豪快で開放的なアメリカンハードロックが好きな人間である。歳を取るにつれて、自分の音楽は次第にブリティッシュ志向が強くなってきたが、それでも本来は、全力でVan Halenがやりたい人間だ。

その出会ったドラマー、摩耶こうじ氏は、KISSやGrand Funk Railroadといった、70年代のアメリカンハードロックが大好きな人だった。やはり、陽気で豪快なやつがいいのである。
つまり、求める表現の方向性として、気質の面で最初から合っていた。

そして技術の面でも合っていた。
ハードロックが大好きだけれども、それだけでなく幅広く音楽が好きで、エンターテインメント志向が強く、なおかつジャズやファンクの要素も併せ持った摩耶こうじ氏のプレイスタイルは、笑っちゃうくらいに僕の注文通りだった。

そして、摩耶こうじ氏の高いアーティスト性と、不思議な個性は、うちのバンドの持つスピリチュアルな側面すら、難なく乗り越えてみせたのである。

 

今まで、過去に一緒にやってきたドラマーということでいえば、もちろん2008年から2018年まで10年間一緒に演奏し、作品を作ってきたJakeは、たとえ技術的に完璧ではなくても、Imari Tonesにとっては間違いなく良いドラマーだった。
また、2004年から2007年まで、バンドとして活動した初期に共に演奏し、一緒にドイツまで行った「はらっち」は、彼はまったくメタルドラマーではなかったのだが、やはり性格や体質の面で、相性の良いドラマーとして忘れられない人材だった。

けれども、純粋に音楽的に考えて、摩耶こうじ氏は、僕が今まで一緒にやってきたドラマーの中で、間違いなくダントツに、相性が一番いい。
これは、一緒に音を鳴らしてみて、すぐにわかったことだった。

やっと、相性のいいドラマーと出会えた。
そして、やっと、本物の技術を持ったドラマーと出会えた。

これは運命なのか?

ていうか、これって神に祈った注文そのまんまじゃね?

むしろ、俺が冗談で嫁さんに言った、「Anthemのドラマーが叩いてくれたら」という発言すら、現実になってるじゃん。

Too good to be true.

これは神さんのジョークなのか。

あれだよな、わかってます、やれってことだよな、これは。

 

そういうわけで、僕は踏み出した。
海外に拠点を移すわけでもなく、日本の地方に移り住むわけでもなく、
この場所で、”Nabeshima”に向けての活動に、踏み出すことになった。

それは2018年7月。
Tone、Marie、Kojiの3人で、スタジオで音を鳴らし始めた。
HassyとJakeの脱退から、3ヶ月半の後だった。

不思議なことに、そのための環境も与えられた。
それは、僕らの住む場所と、Koji氏の住む場所。
そのちょうど中間地点に、Calling Recordsの関係で使わせてもらっていたスタジオが在ったためだった。
これも、偶然と言うには出来過ぎだった。

そして、リハーサルを重ねる中で、”Nabeshima”の制作に対する答も、神から示されたように、僕は思っている。

 

 

摩耶こうじ氏は、逸材だと思っている。
それは、元Black Holeとか、柴田直人氏や、BlizardのRAN氏と一緒に活動していた、という経歴だけではなく、本人の表現力とアーティスト性である。

摩耶こうじ氏のアーティスト性は、ヘヴィメタルやハードロックだけに留まらず、またドラマーという枠にも留まらず、強い個性を持ったものだと思う。

だから僕は、Imari Tonesというバンドに、一人のメタルドラマーを迎え入れた、とは思っておらず、
そうではなくて、摩耶こうじという一人のアーティストに、このImari Tonesに参加してもらった、というふうに考えている。

そして僕は、このAnthemの初期に、そしてジャパニーズヘヴィメタルの黎明期を支えながら、表舞台に立つことのなかった、摩耶こうじというドラマーを、あらためて日本のヘヴィメタルの世界にプレゼンテーションしたい。そして、ふさわしい評価を得ていただきたいと思っている。

 

そしてまた僕にとっては、この摩耶こうじ氏との出会いは、自分自身にとっての「ヘヴィメタル」というものに、そして「ジャパメタ」というものに、あらためて向き合うきっかけになった。

その理由は他でもなく、Anthemは僕にとって、一番最初に聴いたヘヴィメタルのバンドであるからだ。

そのAnthemゆかりのドラマーと、こうして活動をを共にすることになったことに、運命と神の導きを感じ、
そして、自分にとっての本来のヘヴィメタルに、逃げることなく向き合わなくてはいけない、という使命感に駆られている。

 

約一年間、水面下でリハーサルを繰り返し、やっとこうして、2019年7月、正式な新メンバーを発表することになったが、その思いは、今も変わらない。

摩耶こうじ氏との出会いがあったから、僕はまた、バンドをやろうと思うことが出来た。
今、この場所で。

初めてAnthemを聴いた13歳の頃。
あの頃、自分が本当にやりたいと思っていたロックバンドを、ヘヴィメタルを、やっとこれから、やれるのではないかと、そう感じている。

 

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