ギターサウンド、その最後のピース

 

自分が追い求めてきた究極の日本産クリスチャンメタルである “Nabeshima”の制作、そのギター録りを控えて、屋根裏の狭いスペースで検証を重ねている。

思えば、こんなふうにレコーディングの前に「検証」ができる環境すら、今まで持ったことが無かった。

今年、色々事情があって引っ越すことになり、それまでの「めちゃくちゃ狭いアパート」から、「もう少しだけスペースのあるアパート」になったから、可能になったことだ(笑)

 

また、この1、2年。
あるいはもっと前からかもしれないが、この「鍋島」の制作を見据えて、たとえばオーバードライブを研究してみたり、アンプを入手してみたり、あるいは自分なりにマイクプリやコンプレッサーを追い求めてみたり、(安物ばかりではあるが)予算に糸目を付けずに、ちょっと無理するくらいに機材を手に入れて、追求してきた。

屋根裏のスペースで自分のアンプを使い、サウンドの検証をするにあたっても、アパートの住環境でキャビを実際に鳴らすことは出来ないが、ダミーロード経由でMacBookに取り込み、その中のキャビネットのシミュレート(IR)も、色々と試して、自分なりに良いものを見つけたからこそ、このような「検証」がやっと出来るようになった。

全部で24曲をレコーディングするにあたり、それぞれの曲に、どのギターを使用するか、どのオーバードライブを使用するか。ギターソロはどうするのか。などなど、検証していく。

 

そうは言っても、”Nabeshima”のメインギターは、愛称「ショコラ」ことBacchus Duke Standardであり、メインで使うオーバードライヴはやはりShoalsだ。Shoalsはオペアンプを交換した1号機がやはり採用されることになりそうだ。

だが、他のギターも使うし、オーバードライブだって、たとえばOD808Xも一部の曲では使う予定だ。まだ検証は半分しか終わっていないけれども。

 

ドラムやベースを録った時にもそう思ったが、ここ数年の、いろいろな探求や、手に入れた機材は、すべてまったく無駄にはなっておらず、それらは必要だったのであり、やるだけの価値があったと感じている。この時点ですでに、予想をはるかに越えたサウンドの手応えを感じているからだ。

 

そして、ついにギター録りを控え、ここ一週間あまり、屋根裏にて「鍋島」の楽曲たちに向き合っているのだけれど、その中で、あるいはこれは、生涯でいちばんではないか、というくらいに、ギターサウンドを突き詰める機会になっている。生涯で一番、というよりは、生涯で初めて??

 

それは、これまでやってきた方法論や、鳴らしてきたサウンドを、それらを否定するものでは無いけれども、やっぱり、それらがひっくりかえってしまうような、そんなインテンスな体験だ。

僕はここまで、かなりの部分を本能でやってきた。そして勘と、運と、神さんの導きでやってきた。それらはたぶん間違ってはいなかった。けれども、もう僕も若くはないのに、それほどの密度の高いプロセスが、これほどの短時間の中で次々に起こっていくと、とてもじゃないが目眩を覚えてしまう。

 

できれば、このようなサウンドの発見の体験を、10代であるとか、20代ですべきだった。
でも現実的には、それは不可能だ。
なぜなら今はそういう時代ではないのだから。

先人たちが最初に見つけ出したものを、僕らは最後に見出さなくてはならないのだ。

かの偉大なるロックンロールの創始者Sister Rosseta Tharpeが、最初のクリスチャンロッカーであったのならば、ロックンロールの最涯において、僕らは最後の音をクリスチャンロックとして天に還さねばならぬのだ。

 

歳を重ね、まだ体が動けるうちに、このような音を自らの中に見出すことが出来たのであるのならば、幸運であり、幸せであるのかもしれない。

別に僕は、24時間365日、ギターサウンドのことを考えているわけではないし、ここ5年、10年の努力も、別に惰性でやっていただけで、熱心な人たちにくらべれば、とても追求なんて呼べない程度のものだ。

それでも、それは無駄ではなかったのかもしれない。
とぼとぼと歩いてきた、この旅路。

 

久しぶりにAlbit/Cranetortoiseの3種類の真空管ブースターを引っ張り出してみた。

思えば、2001年、まだバンド結成前に、ライオンの絵が書かれたディストーション(DD-1)に出会って以来、僕の足下には常にAlbit社(Cranetortoise)のペダルがあった。

そのCranetortoise DD-1は、自分のバンドの初期の作品、”Entering The New World”(2001)から、”fireworks”(2005)までのすべてのアルバムで使われている。たかだかペダルの音であり、高級アンプで作った音などではまったく無いが、けれども僕は、それらの音にひとつの後悔もない。

 

そして、2000年代の半ば頃にAlbit社から販売されていた、この真空管ブースター(VT-2B)は、自分にとっては運命的と言える機材であり、2008年以降、自分のバンドのすべてのアルバムで使用してきた。

それは、”Welcome To The School”(2008)から始まって、”Victory In Chrsit”(2009)、”Japan Metal Jesus”(2011)ここまでは全面的に使っている。”Heroes EP”(2012)はパソコンの中で音を作ってしまった作品だからちょっと違うけれど、”Revive The World”(2014)はまた全面的に使ったし、そして”Jesus Wind”(2016)でも3割くらいの曲では使っている。

 

曲、貼っておこう。

こういうことだ。これがそのCranetortoiseの真空管ブースターをMarshallに突っ込んで鳴らした音だ。

 

 

そして僕は、その真空管ブースターの3種類、水色、紺色、ピンクの3色を、気が付けば全部持っていた。

現在のAlbitの製品ラインナップの中では、CB-1G、TB-1あたりに相当するだろう。だがそれらはFETであり、これらは本物の真空管だ。でかい、重い、使い方も難しいの三重苦。こんな機材が流行るわけがない。

 

けれど本当に僕にはぴったりくるサウンドで、2009~2012年と4年連続でアメリカに演奏しに行った際にも、いつもこれを持っていった。(持っていったのは大抵、紺色のVT-SWBだった。ライヴの場においての操作性が良かったからだ)

(また写真を見れば、水色のVT-2Bの右側のスイッチにダクトテープが貼られているのがわかるだろう。これもライヴの場の事情であって、つまり、こんなところにミュートスイッチがあったら、演奏中に間違えて踏んじゃうわ、ってなもんで。踏まないように貼ったのだ。そういう操作性とかは、Albitさんは気が効いていないことが多いように思う、笑)

ピンク色のVT-SELは、いちばん後になってから入手したもので、音はいちばんウォームであったが、使用する機会はいちばん少なかった。2013年のXTJや、その前後に使ったくらいで、後は1、2度アコギに使っただけで放置されていた。

 

Albit社といえばベースアンプが有名だが、昨年からバンドに加入したMarieの足下にもやはり、Albitのベース用ペダルがふたつ(Bass Overdrive、Compressor)置いてある。それくらい、Albitのサウンドは気に入っている。
そしてそれは、僕とMarieはサウンドの価値観をかなり共有しているということでもある。

 

だが、2016年に自分のニーズにあまりにもぴったりなShoals Overdriveに出会って以来、これらのCranetortoiseの出番は少なくなり、”Jesus Wind”のギターサウンドは大半はShoalsで作ったばかりか、昨年発表した”Overture”アルバムに至っては、ついに一度も出番が無かった。

(写真、前にふたつならんでいるのがShoalsだ。今ではふたつ持っている。しかも一方は改造済みだ)

ライヴのセッティングにおいても、2015年後半以降はTS系のオーバードライブとEQを併用するようになり、使うことがなくなった。
それは、これらの真空管ブースターは、どちらかといえばフルレンジなクリーンブーストに近いものであり、メタル的な歪みが得られないため、”Jesus Wind”以降の僕らのバンドの音楽性に合わなかったのだ。

それ以降、僕はいわゆる一般的な「TS系」のオーバードライヴをチェックするようになり、この、ある意味ぶっとんだCranetortoiseの個性的なサウンドからは離れていった。
しかし、今にして思えば、やはりそれらも無駄ではなかった。

今、”Nabeshima”のギターサウンドを検証し、次々にサウンドの真実が明らかになるにつれ、僕はそう確信する。

 

そうした中で、僕はまた新たなインスピレーションを得た。

そして”Nabeshima”のレコーディングのために、水色(VT-2B)、紺色(VT-SWB)、ピンク(VT-SEL)をあらためて検証したところ、僕はその中で、ピンク色のVT-SELを再び使おうと決意した。

これは、「真空管を使用したABボックス/セレクター」であり、ブースターですらない。きっと、世間のギタリストの注目は集めなかったに違いない。製作されてから10年以上がたっているわけだが、少なくとも当時、ほとんどのギタリストは、使い方すらわからなかったに違いない。つまり、たかだかAB Boxに、なんでこんなでかくて重いものを使わねばならないのだ。

だが、僕は、今の自分のサウンドの探求の中で、こいつに素晴らしい可能性があることに気が付いた。

 

今まで、なぜこの音に気が付かなかったのか。
あるいは、ここまで孤独にとぼとぼと歩いてきたからこそ、やっと気付くことが出来たのか。

いや、もう一度、言ってみよう。大きな声で叫んでみよう。
「なぜ! なぜ僕は! 今まで! この音に、気が付かなかったのかぁぁぁ!!!」

そんなふうに叫びたくなるような瞬間を、僕はきっと求めていたのだから。

「この音に、今まで気が付かなかったなんて、俺は、なんて馬鹿なんだ!!」
心の底から、僕はそう思った。自分は、なんて馬鹿なのだろう、と。

今まで、目の前にあって、気が付かなかったのだから。

 

ギタリストには、あるいは、ひょっとすると生涯で一度か二度、「この音で、俺は世界を変えることが出来る」と思える瞬間がある。あるかもしれない。

あるいはヴィンテージのファズを集めているような人には、この気持ちがわかってもらえるのかもしれない。(僕はファズ使わないけど)

たとえば1960年代、Eric ClaptonがヴィンテージレスポールをMarshall JTM45に初めて突っ込んだ時。
あるいは1970年代、Eddie Van Halenがフランケンストラトを電圧を下げたMarshallに初めて突っ込んだ時。

あるいはBilly Corganが初めてBig Muffを鳴らした瞬間でもいい。

そこまで大袈裟ではないかもしれないが、僕は今、そんな興奮を覚えている。
それは、その戦慄と、見つけたものの重大さは、とても言葉には出来ない。

 

まだ屋根裏で検証しているだけだから、今度、これをバンドのリハーサルで試してみよう。
もしそれでうまくいけば、あるいは僕らは、世界を変えられるかもしれない。

なぜか。まだ誰も、この音に気付いていないからだ。(たぶん)
そして、それは、様々な要素によって成り立つものだから、単純に盗めるようなものでもない。

もし、バンドで鳴らして、ハズレだったら、ごめん。
その時は笑ってごまかすよ。

 

話題の矛先を振れば、最近、Albitの中沢氏は、「A-1」というバーベキューソースみたいなネーミングの、オリジナルのギターアンプを発表したようだ。インスタ等で写真を見ると、真っ赤な色をしている。(そのセンスは、やはり嫌いではない。)
それはきっと、すさまじいアンプに違いない。
きっとそれは地球で一番のアンプなのだろう。
とても、とても、試してみたいし、手に入るものなら、手に入れたい。
が、予算の面で僕にはきっと縁が無いし、また、どちらにしてもこの”Nabeshima”の録音には間に合わない。
そしてアンプということについては、僕はきっと、また違った答えを持っている。

けれど、いつか、それも鳴らしてみよう。
そう思って行こう。

 

いずれにせよ、僕はこれらすべてのものに感謝をしなければならない。

それらの音は、やはり、この日本という国にあったからだ。
そして、それら、僕らが鳴らすべき音は、やはりこの日本という国に、隠されていたのだから。

僕は、僕らは、決して世間の期待に応えては来なかった。
世間の期待などに応えることは、とても出来なかった。

それは、もとより足りないものが色々とあり、色々とあったからだ。
それについてはどうすることも出来ない。

けれども、それでもこの5年、そして10年。
僕らは、僕は、自分たちなりに選び、そして選び取ってきた。
人知れず、見つけてきた。大事な何かを。

そして、それらは決して無駄ではなかった。

なぜなら、僕はついに見つけたからだ。

パズルのピースは揃い、そして、その絵は、いずれ完成する。

神よ。
願わくば。
御心に。

 

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