鳴らなかった音を鳴らす

この数年、様々なものを犠牲にしつつ、これを作ると宣言し、これを作るために取り組み続けてきた作品、”Nabeshima”のミックス作業に取り組んでいる。

それはそれでとても勇気のいる作業である。
これまでどれだけの準備をして、どれだけのことをやってきたとしても、
ミックスしてみて、それがしょぼい音になってしまえば、それまでである。

 

最近たまに思う。
いくつかの意味で解釈できる言葉だが、
鳴らした音よりも、鳴らし損ねた音、鳴らなかった音、
それらにも意味があるのではないか、
時には、それらは、鳴り響いた音よりも、鳴らなかった音の方にこそ、
より意味があったりするのではないか、
そんなことを思う。

 

だから、僕が2016年にこの”Nabeshima”を最初のデモの形にした時には、
ちょうど”Jesus Wind”のレコーディングを終えた直後のタイミングであったが、
「うーん、これは、この世に生きて鳴らせる音では無いのではないだろうか」
と、素直に、普通に、そう感じたものだった。

当時すでに終わりが見えつつあった[Tone-Hassy-Jake]のバンド体制の状況のみならず、様々なものを考えても、世の中の現実を考えても、それはあまりにも遠くにある音であり、なおかつ、身の丈を越えた音だったからだ。

 

鳴らなかった音、鳴らし損ねた音、
それらは、可能性である。
そして、可能性は、いつだって数値に変換されることなく、無限大の価値を持つ。

そして、たとえば早いパッセージの中で、鳴らし損ねた音。
スウィープピッキングのアルペジオの中で、うまく鳴らなかった4弦の音。
スネアのゴーストノート、カッティングの手首の振り、空ピッキング、
リードヴォーカルの土台として、アンサンブルに埋もれたコードワーク。
古い録音の中で、一発録りのセッションの中で失われたキックドラムの音。
あるいは情熱的なブルースのリックにおいて、左手で弦をベンドし、右手を振りかぶり、おもいっきり力を込めてチョップしたノートが鳴らなかった時の、その「勢い」の音。
それらは、鳴らし損ねた音として、「可能性」を秘めつつも、やはりそのニュアンスは見る者、聴く者に、「観念」として「夢」として「情熱」として伝わったりする。

鳴らなかったにも関わらず、なぜだか人に、それは余計に伝わることがある。

だからある意味、「鳴らし損ねた音」とは、究極の音であり、究極の表現ではないかと思うことがある。

 

この”Nabeshima”についても、
あるいは完成しない方が幸せではないか、と考えたことは、ないではない。

「完成させたかったが、出来なかった」
そう思って、納得して、これからの人生を生きる方があるいは幸せなのかもしれない、と。

鳴らしてしまえば、それは「結果」となる。
数値に換算され、デジタルのデータのビットに変換され、価値も持つかもしれないが、同時に欠点や、不完全な部分も浮き彫りとなる。

それは結構、残酷なことで。

だから僕はこの”Nabeshima”のミックス作業に向かうのが、ちょっと怖かった。

これほどまでに強い思いを持ってここまで向き合ってきた音が、楽曲が、現実の中に「しょぼい結果」となって、形になってしまうことに、プレッシャーが少なからずあったからだ。

 

 

僕はもとよりこの”Nabeshima”を、伊万里音色の究極の音であり究極の到達地点と意義付けているが、
「録り」「トラッキング」の作業をする中で、「これはいける」という感触は幾度かあった。
そしてリードヴォーカルを録り終えた際には、「よし、これは世界を獲れる」と思った(笑)

現実には様々なものが不完全かもしれないが、これらの楽曲は世界を狙うに十分なポテンシャルがある、今でも僕はそう思っている。

だが、現実にミックスダウンしてしまえば、「うーん、なんかしょぼいな」と、現実に直面するかもしれない(笑)

 

今日、これを書いている時点で、24曲中、15曲について、「とりあえずぱっと作った最初のミックス」の書き出しが終わっている。

その結果、手応え、感触、どのような音になっているか、については、まだ言わないでおこう。(これからちょっと書くけど)

もっとも、ここで僕が日本語で好き勝手に書いているほぼ日記のような書き散らしの日本語の記事の中で、何を書いたとしても、うちのバンドの「ニッチな」オーディエンスはほとんどみんな海外の人たちであるから、きっと伝わらないし、そのぶん、僕はここに好き勝手に何を書いても問題がない。

それだからこそ、「内幕」の事情として、また何よりも自分を鼓舞するため、また頭の中の整理というのが最大の目的で、僕はこの日本語ウェブサイトの日記を書いている。それは、まだオールドスクールなwebの日記cgiのアプリケーションを使っていた頃から、ずっと何年も前からやってきた習慣でもある。

 

だが、音作りということについて、ここに書き留めておきたい。
考えていたこと、考えていること、感じていることを。

 

“Nabeshima”(鍋島)は、レトロ風味、レトロ指向の作品であり、いってしまえば和風のハードロックである。
なので、レトロな音、ヴィンテージな音、というものを、当初、イメージしていた。

これは、レトロ指向、ヴィンテージ志向、あるいはローファイ志向で行けばいいのかな、と考えていた。

最初にデモを作った時には、その時にあるものを使って、普通にミックスした。
けれど、本番のレコーディングをする際には、もっと「ヴィンテージ」を意識したやり方をしなければならないだろう、と考えていた。

だからこそ、そこから数年にわたって、Neveはどうだろう、APIはどうだろう、みたいにして、多少なりとも、録音における音作りについて考えてみたし、(多少だけどね)、

また、ギターやバンドの音作りに関しても、「ブリティッシュロックってどういうことなのか」みたいなテーマについて考えてみたりした。(ちょっと考えただけなんだけどね)

 

で、僕が当初、考えて、イメージしていたのは、
「モノクロームな音にしたい」
ということだった。

モノクロ、白黒、それはたぶん、墨絵のような、シンプルで、古い、そんな音のイメージを作り上げたい、と、そうイメージしていた。

モノクロの、単色、淡色、の世界の中に、無限の世界を描きだしたい、ということだ。

これは、たぶん、本当にそれがやれるのであれば、それはきっと素晴らしいアイディアなのだろう。

だが、現実に、ここまで録ってきて、この世界でこの時間軸で僕が録ってきた”Nabeshima”は、決してそのような「モノクローム」にはなっていない。

失敗したかな(笑)

 

自分なりの「ブリティッシュロック」(イメージのみ、概念は曖昧)とか、「ヴィンテージサウンド」を考えていく中で、
いつの間にか、当初「モノクローム」と考えていた”Nabeshima”、その理想のサウンドのイメージは、
決して単色や淡色ではなく、次第に「カラフル」な、鮮やかな、生命力、生命の輝きに満ちた極彩色の「カラフル」なイメージへと変化していった。

 

で、その「生命の力強さ」であるところの「グリーン」「緑色」を、ひとつどこかで見つけた、ということは書き記しておいていい。
つまり、僕にとっての”British Rock”とは緑色だったと言っていい。
それは、ガーデニング、とかさ、英国の人って、ガーデニングするじゃない。
まあ、それはもちろん、日本人もガーデニングするけれども。
庭とかさ。盆栽とかさ。侘び寂びだか。枯山水だか。いろいろあるやつ。しらんけど。まったく知らん。

けれども、その”British”の「グリーン」を実現させるためのセッティングで録ってみたら、結果としてそれが見事に和風の「江戸時代」とか「戦国時代」とかを描き出す音に変換されたことは書き記しておいていい。
ちゃんと時代劇の音になった。
つまり、おんなじことだったんだな、と、本質的には。

風土と言ってしまえばそれまでだけれども、
それは自然風土であり、そこにある「緑色」だったのだ、ということ。

 

なのでバラしてしまうと、僕にとってのブリティッシュロックとは、ガーデニングであったかもしれない。

で、あるからして、これから僕はひょっとして歳を取っていく中で、ガーデニングといったものにはまっていくのかもしれない(笑)

 

で、そうした「生命力」、生命の輝き、その力強さ、
ガーデニングの緑。
そういったこともひとつにはあるのだけれども、

じゃあ、そうやって、生命力に満ちた良い感じの素材が録れました、となって、それをどうミックスして音を作っていくか、
という、まさにこれも箱庭だか、庭作りのような課題を、今僕は目の前に与えられているわけだ。

 

 

正直なところ、録っていって、たとえば、ドラム、ベース、ギターと録って、
そこからリードヴォーカルを録るために、DAW上に「適当に」立ち上げるじゃん。

その段階で、あれ、もう音が出来てるじゃん、と思うことが多々あった。

今回、まあ、もちろん僕は、見ればわかるように、決して高価な機材やアウトボード等は使っていないけれども、
それでも今回、積極的に「録り」の段階でチャンネルストリップ(マイクプリ、EQ、コンプ)の段階で、音をある程度、狙いを定めて作っていたこともあって、

「録り」の段階で、ある程度すでに「決まって」いた感があった。

つまり、録った段階で、すでにもう半分以上、勝負がついているじゃないか、と思うことが何度もあった。

たぶん、ちゃんとしたレコーディングエンジニアの人に言わせれば、それが本来は、あるべき姿というか、正しい方法というか、録音というのはそういうものなのだ、と言われそうだ。

ギターにしても、ベースにしても、楽器、アンプ、ペダル、等、マイクを通り、A/Dを通り、レコーダーに記録される前に、音を出した段階で、すでにやっぱり半分以上、勝負を決めていた。
それも事実だと思う。

それはたぶんヴォーカルについても例外ではない。

 

なので、何もプラグインもEQもコンプもDAW上に立ち上げずとも、フェーダーを上げた時点で(実際のDAW上の動作としては、「下げる」ことの方が多いと思うが)、
すでに「大事な情報」はそこにふんだんに盛り込まれているのであって、

なので、その「素材」を、そこにある「大事な情報」を、
いかにいじらずに、いかにそのまま、何もせずに作品として仕上げるか、
そっちの方が、自然と優先になっていった。

だから、なるべく、何もせず、
なるべく最低限の処理、最低限のプラグインのみを用いて、
完成形に持っていく、という発想になっている。

 

 

で、今、書き出している「とりあえず最初のミックス」。

まだ、わかんないけどね。
これから、これを叩き台にしてどんどん発展させるのかもしれない。
最終的にはもっと派手な、凝ったミックスになるのかもしれない。

けれども、その結果、今、手元に出来上がってきているミックスは、
非常にオーソドックスな、非常にベーシックな、

普通にギターが鳴り、普通にドラムが鳴り、普通にヴォーカルがそこにあるだけの、
なんの変哲もない、とてもシンプルな録音になっている。

 

あれほど「モノクローム」だの「ヴィンテージ」だの、「カラフル」にせよ、特別な音にしようと考えていたのに、作ってみれば「何の変哲もないオーソドックスな音」。

果たしてこれでいいのか。

 

良い言い方をすれば、それはまるでVan Halenの最初の2枚のようである、とも言えるし、
また、本当に素朴でシンプルで正直な良質なハードロックの録音の見本としては、初期のアースシェイカーみたいな音像、と言うことも出来る。

良い言い方をすれば(笑)

でも、そういう「シンプルな録音」は、本当に、プレイヤーの良し悪し、楽器の良し悪し、マイクや機材の良し悪し、など、すべて出てしまうだろう。
嘘は付けないから。

 

果たしてこれでいいのか。

これで世界が獲れるのか。

 

正直なところ、今、僕は、「世界を獲る」という事について、
世界というものは、政治であるとか、ビジネスであるとか、資本であるとか、
そういったものの力で獲るものではないと感じており、
また、そういったビジネス上、政治上の手続きによって獲るようなものであれば、世界なんてものに興味はない、と言える。
そう考えている。
そして、今、僕にとって「世界」とは、「世界を獲る」とは、
それはもっと、個人的な、プライベートな事情、プライベートな理由によって獲るものだと考えている。
そういう「世界」であれば、興味はある。

で、それであれば、たぶん獲れる。

 

初期のアースシェイカーみたいな音像と言えば、ね、
あの、初期アースシェイカーのロサンゼルス録音、Y&Tのエンジニアが担当した、という話だったと思うけれど、
あの低音もりもりのぶっといドラムの音とか、
これまでも、あれを真似しようとして、機材の使い方を間違い、失敗したことが、僕は何度もある(笑)

そういう意味では、僕は自分のバンドの作品というのは、ミックスの間違いの集大成であって。
本当に失敗だらけだと言える。

 

たまに、録音屋をやってみたいな、と思うことはあるが、
もし人の作品を録るのであれば、僕はもっとちゃんとやるだろう。
自分の作品での失敗はすべて反省し、それは繰り返さないし、
なによりもっと客観的になれるし。

セオリーってものがあるだろう。
普通は、録音はそのセオリーに従うものだ。
なぜならセオリーとは物理法則に基づいたものであって、
録音とは物理法則なのであって、
そして物理法則は曲げられないからだ。

だが、僕は、自分のバンド、自分の録音作品を作る場合、
わかっていても、そのセオリーを、無視してしまうことが多々あるのだ。
精神的な事柄を理由にして(笑)

たとえば、ここをローカットすれば、
この周波数を削れば、もっと分離の良い音になりますよ、
みたいな時に、
「いや、それは嫌だ。この分離の悪い状態こそが良いのだ」
みたいなことを、僕は平気でやる。
でも、他人の作品を作る時にはそういうことはしないからね(笑)
ちゃんとセオリーに従うよ。

 

しかし今回は、わりとベーシックに、今までの作品とくらべれば、わりとセオリーに従った録音になっていると思う。

ヘッドルームをちゃんと取っている、とか(笑)
今まではそんなもの、ガン無視だったのだけれど、汗。
突っ込んでこそロックだ、つって。

 

いずれにしても本当にシンプルでベーシックな録音になった。

 

理由は色々あると思う。

しかしたとえば、キックドラムの音ひとつ取ってみても、
「キックの低音がちゃんと録れた」なんてことは、これがやっと初めてのことだったかもしれない。

もちろん、外部プロデューサーにちゃんとしたスタジオで録ってもらった”Japanese Pop”はちゃんとしてたし、他にも、当時のドラマーであるDr.Manzoによるエンジニアリングとミックスによる”Welcome To The School”はドラムに関してはちゃんと録れているし、あとは”Japan Metal Jesus”の時にもテキサスのスタジオで録った2曲とかは、バスドラにもちゃんと「YAMAHAのサブキック」が付いていたし、同アルバムのうち日本で録ったいくつかの曲にも「ゼンハイザーのバウンダリーマイク」がたまたま無料貸し出しされていて、それをバスドラに入れてみたら良かった、とかはあるのだけれども、

だけれども、今までもひどい機材でひどいセッティングでドラムの録音をしてきたけれども、
たとえば普通にそこにあるAKGのD112とか、あれは僕はちゃんと使いこなせていなかったし、また、自分の音楽性には合わないマイクであったかもしれない。

今回、バスドラの音がわりとちゃんと録れたのは、自前でマイクを用意したからである。それは高いマイクを使ったから良い結果が出たのではなく、その逆で、安いマイクを使ったから良い結果が出たのだった。

けれども、やっぱ自前のものを使う方が、自分に責任が取れるのだ。
最初から最後まで、自分に責任が取れる。
だから良い結果につながる。
そういうものだと思う。

あとはどう考えても、録音に使ったTOFT ATC-2がとても良かった。コンプにせよEQにせよ。

その結果、あれ、キックの音が、低音ちゃんと入ってる、となると、
自然とベースも、ああこれは下をちゃんと切らなきゃ、となり、
まあいいやベースの音について書くとものすごく長くなるから書かないでおく!!
だからここまでだ。

 

やっと、少しは人並みに普通の録音になったかもしれない。

やっと、「普通の録音」の足下に、手が届く。
そういう状況。

そんなんで獲れるのか、世界。笑。

 

 

完成して、音が鳴ってしまえば、それが結果。
人に気に入ってもらえるかもしれないが、好き放題に批判もされる。
欠点も指摘されれば、完璧でない部分も指摘される。

それでいいだろう。
鳴らしてみよう。
僕の人生の現実を。

「鳴らなかった音」を鳴らそう。

 

そんで、「世界を獲れるのか」というテーマについても、向き合っていく作業となる。
何度も書いているように、この”Nabeshima”の楽曲たちは、作品として、世界を獲るべきポテンシャルが十分にあると僕は考えている。

だが、このミックス作業のどこかで、その「世界を獲る」ことを、あきらめるラインが、おそらくはどこかにあるだろう。
つまり、「売れるための音作り」を放棄して、「売れないけど正直な音作り」であるとか、「インディバンドとしての存在意義を込めた音作り」に、転換するタイミングが、おそらくはどこかで来るだろうから、だ。

(いまどき、普通のハードロックを演っていて、「売れる音」なんてものを考えること自体、現実的ではないが、笑)

 

そして、頭の中で鳴っている理想の音、可能性に満ちた音、ではなく、
現実の「ベーシックな音」、なんの変哲もない普通のしょぼいバンドの音、として、向き合わなければいけないタイミングが来る。

そのラインを越えた後でも、「世界を獲りに行くぜ!!」と言えるのかどうか。
そういったことにも、向き合っていくこととなる。

たぶん答えは、世に問う前に、おのずと自分の中で出るはずだ。

それが「届かなかった」「俺は負けました」「俺は負けたのだ」となったとしても、決して悔いはない。

とりあえず、ぱっと作ったものでいいから、これから何度、修正、手直しをするにしても、まずは最初の「マスター」を形にするまでは、
この気持ちを抱いて走り抜けたい。

 

 

とはいえ、世界はこんな状況。
ウイルス騒ぎのパンデミックに混乱する危機的な世界状況の中、
それが終わった後、世界はどのような状態になっているのか。
誰にもわかるまい。

世界を獲るぞ、と意気込んで作品を完成させたら、
その獲るべき世界の方が無くなっていた、
そんな結果も、オチとしては秀逸かもしれない。

 

でもね、あの時、どっかの有名な牧師だか誰かが、raptureだの言って世界が終わる、って言ってた時にも、
僕は演奏の前にこう言ったよ。
「安心しろ、俺たちが演奏してる間は、世界は終わらない」
って。笑。
あのMCはウケていた。

今回もきっとそうさ。
この音を神の御前に捧げるまでは。

さあ行け世界を守るため、笑。

 

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