寂しい少年を愛するために

単なる情緒的なツイート

赤信号みんなで渡れば、という言い回しが日本にはあった。
そうして集団でどんどん進んで膨らんで行ってしまった。
これが表象、representしているものは、それはあまりはっきりと言葉にはしたくない。
どちらにしても、もう深刻に手遅れではないかと思う。

 

これからキリスト教はもっと誤解されていくだろう。
キリスト教、というよりはイエス・キリストはより曲解されていくだろう。
アメリカだけの話ではないね。
わかってたし、わかってたからこそ始めたんだけれど、僕は自分の音楽を。
もっとこうするべきだったかと我が身を振り返ってしまう。
でも自分に出来る事は微力だっただろうな。

 

宗教とナショナリズムという事柄を考える時、人間の限界を思い知ってしまうね。
人間にとってまっすぐに神を見るという事は簡単ではないね。
なぜなら偶像を拝む方がよほど簡単だから。
目に見えるものがすべてだと考える方が楽だから。

 

これはギターでコードひとつ鳴らすにも、歌で一声発声しても同じなんだよね。
そこにはメッセージよりも、エゴが乗っかってしまうものだから。
そして皆、ガラスの天井の中でしか音を鳴らさない。

僕は声を上げる事は大切だと思っているけれど、出来ればそのガラスの天井の外で音を出したいな。

 

ちなみに何年か前にこういう曲を書きました。
辛辣に聴こえるかもしれない。
全世界のキリスト教徒に喧嘩を売るくらいの気持ちはある。
でも本当に寂しい人には届くと思っている。
一番寂しい思いをしているはずの、宇宙の一番涯にいるその少年に。

 

 

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