あれから10年

これは3月11日にインスタグラムやフェイスブックページに投稿したものです。
ここにも記録しておこうと思います。
繊細な事柄だけに英語の記事をそのまま日本語に訳すと、ニュアンス等が若干心配ですが、ご容赦いただければと思います。

そして、本当はもっと色々なことを、個人的にも振り返り、書きたいけれど、時間がないし、前に進まなくてはならないから、この英語ポストの直訳だけ、ここに置いておきます。

 

 
 
 
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Imari Tones(@imaritones)がシェアした投稿

 

10年前、2011年3月11日、日本で何かが起こった。
多くの人が亡くなり、多くの町が破壊された。
それは僕たちの国を変えてしまった。そして僕たちの人生を変えてしまった。

僕たちは当時、”Japan Metal Jesus”のアルバムを作っていた。そして、3度目のアメリカ遠征の準備をしていた。(それは小規模なインディツアーではあったが、それでも素晴らしいものだった。出会ったすべての人々にとても感謝している。)

それは、僕たちの音楽を、そして音楽の演奏の仕方を変えてしまった。
もしあの出来事が起こらなければ、僕たちはきっとまったく違った形で自分たちの音楽を演奏していただろう。

それが良いのか悪いのかはわからない。あるいはもっと幸せだったかもしれない。あるいはもっと大きな成功を収めていたかもしれない。けれども、僕たちの中には、自分たちの祖国である日本への愛があった。そのことを忘れることは出来なかった。何も起きなかったかのようなふりをして、ただ立ち去るなんてことは出来なかった。

あれからもう10年がたつなんて信じられない。
まるで昨日のことのように思える。
それはまだ僕たちの国に影響を及ぼし、そして世界に影響を及ぼしている。福島で起きた出来事が終息したとは誰も考えていない。

まるでそれは人間が持つ罪のようだ。人間の罪というものが流れ出し、世界に影響を与えているのだ。僕たちは傷付いた。そして、今も傷付いている。

だからこそ僕たちには救い主が必要だ。ジーザスが必要だ。
だからこそ僕たちは、より多くの日本の人たちに、イエス・キリストについて知ってほしいと思っている。
彼は、痛みや傷を癒すことのできる癒し主であり、そして救い主であるからだ。
彼だけが、僕たちにそれらの困難を乗り越えさせることが出来るんだ。

10年がたったから、これを書かなくてはならなかった。

 

– 写真の註釈。
これらは2011の写真のフォルダから適当に選んだものだ。津波や被害にあった町の写真を使いたくなかったから。

“Japan Metal Jesus”のギターのレコーディングをしていた際の写真。たぶん”Living Water”か”Jesus Train”をを録音している時のものだろう。それは2011年3月のことで、余震が毎日のように、毎時間のように揺れていた。それでも僕はスタジオで録音をしていた。

僕とMarieの2011の写真。振り返ると、Marieがサイドプロジェクトの”Jesus Mode”でごく簡単なベースを弾き始めたのはこの年のことだった。まさか後になって(2018年)、彼女がImari Tonesのメンバーになるとは思ってもいなかった。(2011年の、HassyやJakeと一緒のバンドフォトを投稿してもよかったかもしれない。また別の機会に。)

「神は愛なり」と書かれたレザーベスト。どうやら僕がこの衣装を着るようになったのは2011年らしい。これは今もクローゼットの中にある。あちこちが少し避けたりしているし、新しいやつもあるが、まだ持っている。またこれを着るのが待ち切れない。

 

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