神道へヴィメタル

以下はtwitterにでも載せようかと思って記述した文章だ。
俺たちは知らない間に神道メタルをやっていたのか!?

 

メタルは神話と親和性が高いし(pun intended)、世界中にfolk metalとかpagan metalとかあるわけだから、日本にも神道メタルというものがあって然るべきだが、いいバンドいるだろうか? ちょっとだけとか格好だけじゃなくて、本気でやってる人たち。もしいるようなら、すごく聴いてみたい。

 

むしろ日本でクリスチャンメタルをやってる僕らとしては、必要に迫られて仏教や神道といった日本の伝統スピリチュアルの領域もカバーする結果になるのかもしれない。ていうかたぶんもうやってる。そもそも聖書には仏教の要素も神道の要素も入っているのだしね。

 

たぶん”Nabeshima”アルバムは、人から見たら普通に神道(Shintoism)とキリスト教(Christianity)の融合に見えるんだろうと思うね。意図したわけではないけど、日本の文脈でクリスチャンロックを鳴らしたらやっぱりそうなったよね。

 

ちなみに仏教ロック、仏教メタルに関しては、日本のバンドは昔から何度もやってきてると思う。具体例を出すとたぶんあれもこれもとなるくらいに。
それ専門でやってるバンドも探せばいるのだろうが、本気と冗談の線引きはなかなか難しい。そもそも実際の宗教だって本気と建前の線引きは難しいのだし。

 

ユダヤ教の背景と文脈の上にキリストがやって来た。救済が解放であるとすれば、世界各地の文脈の上にキリストは同様に来てくれるはずだ。アメリカという国の背景の上にブルースが鳴った。それに共鳴し世界各地の背景と状況の中でそれぞれにブルース/ロックの鳴らし方があるように。

 

そう思うと日本が「沼」であるところの理由がなんとなく察せられる。なぜ神はイスラエルの民を選んだか。その上で日本の文化文脈で救済/ロックを鳴らすにはどうすればいいのか。答は僕にも見えないわけではないけれど、さりとてインディ規模の答しか持たないな。

 

インディ規模の救済。それでもたどりつかないよりは、たどりつく方がいいのだろうか。これが僕が人生の中でロックと信仰に見出した答えなのだろうか。たとえ狭き門でも、それに殉ずる気持ちはあるけどね。

 

千々に分かれた信仰(faith)も、いつかはひとつになる。海がひとつであるように。キリストさんは全部見越して十字架にかかったはず。全部見越して「自分は分断をもたらすために来た」と言ったはず。でもそのためには、AIのアルゴリズムが魂を理解出来るようになるくらいの時間が必要かもね。

 

僕の信じる救済ってそんな感じ。YouTubeで誰かがコメントくれたので遠藤周作氏の言うところの「沼」というやつを改めて考えてしまい、その結果の思考。何かが見えた気がするけれど、見えた答えはここに書けるようなものではない。けれども自分の中で探求を続けたい。

 

 

 

追記。(2021年6月8日)

その後、Twitterで友人に教えてもらい、
凶音(Magane)、身殺(Misogi)、捜血鬼、という和風のブラックメタル、ペイガン・メタルのバンドを教えてもらいました。(全部同じ人たちが関わっているらしい)

宗教的な意味で「神道」と言えるのかどうかは、ちょっとわかりませんが、日本の風土に根ざしたPagan Metalという意味では、確かに求めていたものに近いです。

クリスチャンメタルをやっている立場の自分としては、皆におすすめする、という感じではありませんが(笑)、
しかし、とても真摯に作られたメタルで、感銘を受け、非常に勉強になりました。ありがとうございます。

 

 

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