2011年9月の日記

■…2011年 9月 2日 (Sat)…….永井博士と秋の文化祭
今更に、ようやく、
永井隆さんの、
「長崎の鐘」を読みました。

クリスチャンの方には、
たぶん常識的なところの本だと思うんですが、
ようやく。

しかし、この永井隆さんにしろ、
「神の痛みの神学」の北森嘉蔵さんにしてもそうなんですが、
どちらも、僕、アメリカ人から教わってるんですよね。
「日本人なのに知らないのか?」つって。

多分に、僕がクリスチャンになってまだ日が浅く、
自分が無学なだけであるとも思いますが、

やっぱ、こうした誇るべき日本人のことを、
日本にいてまったく知らず、
外人さんに教わるのもどうしたもんかと。

そんな状況を、誰かにわかってもらいたい今日この頃。

「長崎の鐘」の感想は、
・・・長くなるので書きませんが、

でも、最後のシーンで、
原子力学者である、永井さんは、
原子力の平和利用について書いておられる。

永井さんが、この2011年の、今の状況を見たら、
なんと言うだろうか、と、考え込んでしまいました。

もちろん、既に故人である永井博士の言葉を聞くことはできませんが、

原子力という諸刃の剣、
それを正しく管理できるのは、
正しい宗教以外には無い、

という一節に、
すべてが語られているように思います。

しかし、知りませんでした、

長崎に、カトリックの方が、いっぱい住んでおられたこと、

それゆえに、そんな犠牲の上に、

神の奇跡の上に、

その後の平和な世界が獲得されたこと。

それが、どんな運命の分け目であったか、

その意味を。

それから60年以上。
同様に、ふたたび、時代の変わり目となっている
今だから、その意味を深く感じ取ることができる。

永井さんが、長崎に原爆が落ちた事実に、

最後、それを、神の計画である、と、必然と意味を見出したように、

僕らも、東北の出来事から、

神の計画と、意味を見出しうるんじゃないかと、

深く、思いました。

さて次、これといって話題もないんですが、

ちょいと告知を・・・

さるお方に誘っていただきまして、

9月19日(月、敬老の日)に、

東京都は足立区、竹ノ塚にあります、
神の家族主イエス・キリスト教会にて、
演奏する機会をいただいたみたいです。
Imari Tonesにての参加でございます。

こちら

なんでも、これは、
「東北応援団」の企画だそうで、
いろんなアーティストや皆さん集まって、
「文化祭」を開き、
収益を「東北応援団」の活動、
というのか、
「被災地にアーティストを派遣する」
ための資金にするそうです。

アーティストを派遣するための
ライヴってこと?
なんかおもしろい。

こちら

まあどちらにせよ、
皆さん集まってわいわいやることには
違いないと思うんですが、

送られてきた出演者のリスト見まして、
おおー、
なんかこれ、
名前を聞いたことのある
著名なゴスペルアーティストの方々が、
勢ぞろいじゃん、と、

豪華だぁ、
というか、

そんな中でうちらみたいのが演奏して大丈夫だろうか、
と(汗)

うちらも、今まで、
それなりにいくつかの教会で演奏する機会がありましたが、

ここまで、「ゴスペル」なイベントへの参加は初めてじゃないかと。

まだ、詳細は、送られてきていませんが、

はて、どんな演奏をしたもんかと、

思案しているところです。

愚痴をたれれば、

バンドの運営も、

人生の運営も、

なかなか難しいところもありますが、

(しかし、案外順調かも)

自分に対して、

「作業が遅いぞ」「やることが遅いぞ」

と思いつつも、

僕はまだ、「神のスピード」を信じています。

英語の”God Speed”ていうのは、たぶん違う意味だと思いますが、

神様の速度は、僕らが測れないように早く、

しかし彼の速度でいくと、僕らの方が壊れてしまう。

だから、神様が物事を、ゆっくりと進めているのは、僕らのためで、

しかし、正しいタイミングが来れば、

本来のスピードで、僕らに測れない速度の概念で、

計画を進めてくれる。

そんな、神さんの、速度の概念を、僕はまだ信じています。

そんなひとりごと。

たたかいはつづくよ。

No(801)

■…2011年 9月13日 (Wed)…….喉頭炎ブルースと時間
こちら

くだらない文章を長々と書いている場合ではないのだが、
僕はいつも好き勝手に思考を書きとめてきたし、

そんな自己満足の文章や思考の軌跡を書きとめるよりも、
もっと出さなくてはいけないメール、
お礼を言うべき人たち、
コンタクトすべき人たちがいるように思うが、

すべては、気まぐれと気分の中でしか。
そうやって、僕はわがままにここまでやってきたんだろう。

特にここ数年は、
僕は、「お金」とか「経済」いった概念、というか、
資本主義の限界とかね、
いや、本当は限界があるなんて思ってないけれど、
現状としての限界とか、

お金、という概念との戦いと、それに対しての勝利を人類は必要としている、
と、ずっと考えているんだけれど、
10年くらい前から、

聖書にもあるように「お金」と「愛」とが相反するものであるとか。
非常に残念ながら僕は「お金」にはあまり縁がなさそうなので、

お金というものに対抗できる概念を、
今更に見つけたような気が、
いや気のせいかも。

たぶんそれは「時間」だ。

そして時間とは何だ?

おそらくは僕たちはこの「時間」というものをよく理解していない。

僕たちが考える「時間」というものは、たぶんおそらく見せかけの幻とか幻想だ。

問い1:
お金と、時間と、どちらがより価値が高いか?
答え:
それはおそらく時間だ。どんなにお金を持っていても、時間を持っていなければ、何もできない。しかし時間を持っていれば、たとえお金が無かったとしても、どんなことでもできる。

問い2:
もし君が、たくさんの時間を持っていたとしたら、君はお金について心配しなくてはいけないだろうか?
答え:まったく心配する必要はない。なぜなら君はたくさんの時間を持っているのだから。それは永遠と呼ばれるものだ。

問い3:
では、結局、「時間」とは何なのだ?
答え:
誰も本当にはその答えを知らない。僕たちはよく、時間を理由に、物事が不可能だと考える。しかしそれは真実ではない。物事は、時間というものによるからこそ、可能なのだ。それは、真実を覆う薄いシーツに過ぎない。そしてそれはゆっくりとunveilされていく。

問い4:
では、「時は金なり」(Time is money)なのか?
答え:
いや違う。「時は慈悲なり」(Time is MERCY)なのだ。
そしておそらく、「時間」というものの中でこそ、奇跡は起こるのだ。

問い5:
もう一度問う。「時間とは何だ?」
答え:
・・・・・(回答なし)

Question1: Which is more precious, time or money?
Answer: Probably time is more precious. Even if you have much money, you can’t do anything if you don’t have time. If you have time, you can do anything, even if you have no money.

Question2: Why do you have to worry about money, when you have plenty of time?
Answer: You don’t have to worry about money at all. Because you have plenty of time. It’s called ETERNITY.

Question3: So what is TIME, after all?
Answer: We don’t really know. It is often the reason we think things are impossible. But that’s not true. Things are possible BECAUSE of time. It is the only thin veil which covers truth, and it’s slowly unveiling.

Question4: So, “Time is money”?
Answer: No, “Time is MERCY”. Probably, miracles happen only in “TIME”.

Question5: So, I ask one more time. WHAT IS TIME?
Answer: ……(no answer)

それなりに狭い見識の中で、いろいろな音楽やバンドを聴いたし、
たとえば1990年代だったら、僕はSuedeというイギリスのグラムロックバンドの本当に大ファンだったし、日本ならば熊谷幸子の大ファンだったし。
2000年代だったら、日本だったらbloodthirsty butchersの大ファンだったし、
海外ならば+/-{plus/minus}の大ファンだった。

僕自身も、それなりに自分の中で答えを見つけつつ、
自分自身の音楽を追求してきて、ありがたいことに。

たとえば、その音を聞けば、そのミュージシャンの運命が、
バンドであればどこまでたどり着いて、いつ解散するか、
あるいは、もっと言うと、その音楽が鳴らされた国の状況や、
その音楽が鳴らされた世界の命運まで、
ある程度、手相を見るみたいに見通せた。

2011年、今現在、9月に入ったが、
いまだ僕は、退屈している。

僕が人生の中で、もっとも自分の人生に、個人的に響いた3大アーティストのうち、2つが、
今年、もうすぐアルバムが出るといわれて、待ち続けて、どっちもなかなかでない。

つまりは、Van Halenの、13年ぶりのオリジナルアルバム、
そして、
+/-{plus/minus}の、5枚目のフルアルバムが。

待っているけれど、なかなかでない。

本当に、生きているうちに、出るのか、聞けるのか。

あまりに退屈だから、
Rushを聴き、
XTCを聴き、
モーツァルトを聴き、
Demon Hunterを聴き、
そのうちYouTubeで岡村靖幸から神聖かまってちゃんまで聴き出し、

よくわからんけどその他いろいろ聴き、

やっぱり退屈だ。

こと、アルバムという単位でいえば、

+/-{plus/minus}の2008年のアルバム以上には、
僕は本当に心に響く音楽を聴いていない。

ここ数年、クリスチャンになって以来は、
CCM、クリスチャンミュージックを聴くようになり、
それらの純粋な心と信仰で音楽を鳴らすアーティストたちの音楽に、
心から若返り勇気をもらうことができたけれど、

本当のことを言うとそれらCCMのアーティストの中に、
本当に僕に衝撃を与えたバンドは今のところいない。

そして、そんな中でも、音楽的に野心的であり、
僕が本当に気に入っていたArticle OneとReviveというふたつのバンドが、
この夏、ふたつとも解散してしまい、
僕は本当にがっかりしている。
もちろん、音楽を通じて、運命を読み取れるといったのは、まんざら嘘ではないので、
かなりのところまで、予想していたことではあったのだけれど。

ここ15年、言っている。
Van Halen以上に、僕を魅了するバンドは、現れるだろうかと。

ここ数年、くちぐせのように言っている。
僕の人生で、僕が最後に好きになったバンドは、+/-{plus/minus}だったけれど、
それ以上に、僕を魅了してくれるバンドに、
生きている間に、出会えるだろうかと。

ひょっとしてたぶん、これで最後なんじゃないかと。

僕にとっては、それは、単純な楽曲のよしあしとか、
そういった直線的なものではなくて、
どこまで旅をしてきたか、
どこまで遠く、旅に連れていってくれるか、
見たことのない新しい世界に、

2011年現在、Van Halenと熊谷幸子という絶対的な存在を除けば、
この+/-{plus/minus}以上に、リアルタイムで、僕を最先端の遠い世界まで、連れていってくれたミュージシャンはいないのだ。

ここに、ひとつの曲がある。

その、+/-{plus/minus}というバンドの、
“Laryngitis Blues”
という曲。

たったひとつのトラック。

これは、今年、2011年の、4月頃に、日本へのチャリティのコンピレーションとして発表された楽曲だ。

もうひとつ、僕の知る限りで、”Eight Hours”という曲も、同様のチャリティ企画で発表されていて、そちらも、素晴らしい楽曲なのだが。

あの震災があったからこそ、
事前に発表された、そんな数奇な運命の楽曲だが、

この”Laryngitis Blues”(すごいへんなタイトルだ)に、
鏡をのぞくように映し出された、自分の運命を読み取るのだ。

僕には都内某所に、個人的なお祈りのための場所を持っているが、
神様は僕にすでに、「永遠」というものを示してくれた。
そして、「道」というものも示してくれた。
歩き続ける運命なのだと。
そして、その風景がどんなにかすばらしくうつくしいものかも。
いかに孤独であっても、そこにどれだけたくさんの仲間がいるかも。

たとえば「かもめのジョナサン」で、主人公のカモメが、飛ぶことを学び終えて、次の世界へと飛び立つように、

ひょっとしたら僕はこれ以上、「この意味において」学ぶことはこの場所では無いのかもしれない。

それは、ものすごく寂しいことだ。

もちろん、物事にはいろんな面があり、
僕は残された時間を、
人のために、また物質的な束縛を少しずつ破るために、
不器用を克服するために、
形をととのえるために、
学ぶことになるだろう。
使うことになるだろう。

でも、
新しい世界や、本当の世界や、
本当に自分が求めるもの、
もっともっと遠くへ行くこと、

それについて学ぶことは、

いったん、これでおしまいなのかもしれない。

それは、ものすごく寂しいことだけれど、

同時に、また次なる学びの段階があるのだと、
そのときがくることを、
魂のどこかで感じて、
震えて待ち続けるのだ。

果たして、僕は、まもなく出るとされる、
Van Halenの13年ぶり(あるいは14年ぶり)のアルバムを、
聴くことができるだろうか。
正直、期待はしていない。
基本的に、本質的な意味では、もう終わっているバンドだから、あれは。

果たして、僕は、
今年、あるいは来年、出るかもしれない、
+/-{plus/minus}の新しいアルバムを、
聴くことができるだろうか。

その内容が、
事前に発表された、この2曲を、上回るような内容だとしたら、

僕の人生は、どう変わっていくだろうか。

次の世界への旅を、
僕は続けることができるだろうか。

FacebookのPageのファン数、Likeの数は、
今現在において、世界的な市場における、そのバンド、アーティストの人気を、
如実に語り、残酷なまでに表すバロメーターになっているけれど、
+/-{plus/minus}のPageに登録されている”Like”、ファンの数は、2011年9月現在、2000人にも達していない。

これが現実だ。

でも、そんな現実にどれだけの意味があるだろうか。
そんな現実に、どれだけの力があるだろうか。

これほどまでに確かな、音楽の前では。

おそらく時間は見せかけだ。

明日の試験まで、14時間しか残されていないとしよう。

君は、14時間では準備ができないと思うかもしれない。

しかし、14時間とは、何をもって14時間と言うのか。

それは、現在、という概念を基準とするから14時間なのだ。

たとえば、3000年、3万年、いや、気前良く3億年くらい前から考えてみよう。

基準を3億年前に置けば、君は3億年と14時間という時間を持っていることになる。

何かの映画のように、時間を戻して、3億年前から、このことに関する修行と勉強をすることができるとしたら。

何かのマンガのように、これから1時間で、3年分の修練ができるとしたら。

そして、たぶんそれは可能なのだと思うんだ。

3次元の空間の上にある、時間という直線的な概念。

僕らは、それに対してコントロールを持たないと考えるのが一般的だ。

たぶんそれは本当じゃない。

楽しい時は短く感じるのは理由のあることだ。

おそらく僕らは時間に対するコントロールを持っている。

相対性理論じゃないけれど、

事実、走っている人の時間は、止まっている人よりもゆっくりと流れる。

時空のかなたのイリュージョンより、
話しかけてくる救世主、その名もドナルド・ユウジロウ・シモダあり。
時間についてのサンプル、曰く。

女性「あなたは時間はお金よりも価値があるといいました。しかし、私の息子にはもう時間が残されていません」

ドナルド・シモダ「あなたは時間にどれだけの価値があるかをご存知ないのだ。
時間とは相対的なものだ。あなたが本当に望むのなら、あなたの息子さんに与えられた時間を、大きく伸ばすことも可能だろう。しかし、たとえそうしなかったとしても、あなたの息子さんには、すでにたくさんのものが与えられている。100円のチョコレートを買うために、100万円を与えられて、不足だという人がいるだろうか。」

女性「おっしゃっていることがわかりません。」

ドナルド・シモダ「では、こういうのはどうだろう?あなたの息子さんに、時間があと半年しかないのだとしたら、こうしてあげたらどうかね、まず、ネズミ園の遊園地をまるごと買い取って、一人占めして、思う存分遊ばせてあげる。そして、野球場を借り切って、憧れのスター選手たちと野球をする。世界中を旅して、ありとあらゆる乗り物に乗る。こうしてあげたら、いいと思わないかい?」

女性「ああ、ドナルドさん、息子にそんなことをしてあげられたら、どんなにかいいことでしょう。」

ドナルド・シモダ「では良いニュースがある。あなたにはそれができる。そればかりか、それ以上のことを、息子さんにしてあげられる。すべてこれらのことをするには、1000万ドルもあれば十分だろう。あなたと息子さんに与えられた時間には、そのさらに1億倍もの価値があるのだよ。こんなふうに、時間というものの持つ価値は、その大きさや長さや見かけにかかわらず、測り知れないものなのだ。」

女性「それは本当でしょうか。」

ドナルド・シモダ「私は常にこういわなければいけない。信じるかどうかは、あなた次第だ、と。そしてかつて、私の先輩はこう言ったものだ。『あなたの信仰が、奇跡を起こしたのだ』と。」

No(802)

■…2011年 9月13日 (Wed)…….DogaDoga
それはそうと、

7月にやったクロジュン氏とのライヴをYouTubeに、
いつのまにかアップしておりました。

こちら

こちら

こちら

こちら

クロジュン絶好調。
ほんとかっこいいよ。
こんな素晴らしいヴォーカリストと一緒にやれて楽しいね!

この日は、僕は、ギターソロがぜんぜんダメだったけどね(笑)
まあ、気にしない、気にしない。

うーん、あとね、6月と8月にやった演奏も、
いくつかアップしといたけど。

これとか。
こちら

それはそれ。

それだけ。

でもね、この日のWinning Songは、
かなり良い気分で演奏できたよ。

こちら

夏は終わりました!

今年は、まさにSummer of Darknessだった!!

こちら

あと、いろいろ聞いたCDのレビューでも書きたいけど省略。

No(803)

■…2011年 9月13日 (Wed)…….たまにはhaveiturway
こちら

また長々と書くのもあれなんだけど、

先日は、土曜日は、
バンドのリハーサルのあとに、Above Da Worldのセッション(Street Lethalセッション)に行って、

そうね、日曜には、教会で、ワーシップリードを担当して、そこでもギター弾いたりしたけれど、
ヘヴィメタルスタイルのワーシップで。(笑)

それはそうと、

そうねセッションね、ADWの。

何回か、ADWのセッションには参加してるし、
Above Da World Sound Crewとか。

とにもかくにも、そもそもは、
僕は、G-1の創始者であり、ADWのリーダー?である「やん」氏の、
「俺の人生にはメタルとバイクとサーフィンが必要なんだよ」
というアティチュードに共感して、参加しているところがあって、

今回は彼は参加してなかったけれど、
でも熱きリョウ氏が居たので、とても楽しかった。

こうしたコピー、カヴァーのセッションは、
ある面、あまり楽しくない部分もあるのだけれど、
ときどき、義務的に参加している自分もいるけれど、

2月に参加したときは、うたってみたらぜんぜん声が出なくて、
軽くトラウマだったんだけど、
そのとらうまを乗り越えて自分のバンドではまた歌えるようになったり(笑)
うまく修行の場として利用しているけれど、

そのときは、いろいろ、そうね、僕の場合は、
精神的な理由でいろいろ声が出なくなってしまう場合が多いけど、

今回、それなりに声が出たのは、
やっぱりその場に熱きリョウ氏がいたからだと思う。
彼がいたから、精神的に、安心して声が出せたんだね。

というわけで、今回は楽曲をリクエストし、
他のギタリストの皆さんも忙しそうだったので、
ツインリードの曲とか持ってきて負担かけちゃいけないな、
と思い、

というのは嘘で、
たまには自分の好きなように弾きまくろう、と思い、
一人リードの曲なら、他のギタリストさんたちと距離感をはかる必要もないし、

Judas PriestのHeavy Metal (Ram It Down収録)を、
リクエストしてしまいました。

だから、今回はちょっと楽しかった。

あーめん。

ヘヴィメタルとかギターといったものについて
書きたいけれど、
前にも何度も書いてるし、
省略。
またの機会に。

今週の土曜日は、
うちのヤオ牧師の結婚式です。

めでたい!!

またレゲエ弾きます。ベースで。
ダンスパーティーだってさ!

No(804)

■…2011年 9月14日 (Thu)…….Deep Cover
先日のセッションのビデオを、
へたっぴながらも、
ごまかし編集しつつYouTubeにアップしたのは、

つまりは、あたりまえのことなんだけれど、
カバーというのか、コピーの曲はアクセスを集めやすいという簡単な事実がある。

つまりは、オリジナルの楽曲をしこしことアップロードし公開するよりも、
有名な楽曲のコピー、カバーをアップしたほうが、
アクセスはたぶん集まりやすい、
おそらく常識。

今に始まったことではなくて、
「カバーバンド」というのは、ミュージシャンにとって、
ひとつのもっとも手堅い手段だし、

また、その昔から、
今ではどんな有名なバンドであれ、
最初はカバーバンドからスタートして、
毎週のように、クラブギグで、有名な曲を演奏していた、

なんてのは、定番のストーリーだ。

だから、どんなバンドでも、修行の意味であれ、
営業の意味であれ、
カバー曲をやるべきだし、

僕らもやるべきだ。

そんなことはずっと前からわかってた。

でも、いろいろあって僕らにはできなかった。

でも、やっと、できるかもしれない。

そりゃ、僕らだって、まったく他人の曲を演奏しなかったわけじゃない。

特に近年は、クリスチャンのワーシップソングに、バンドとしていくつか取り組んできた。

でも、それは、ワーシップソング、という意味であって、
厳密には、カバーソング、という感じじゃないね。

今、僕たちは、
もちろん、新たな録音制作の準備もしているけれど、

基本的に、ちょっと燃え尽きているので、

のんびりしている。

内部では、準備しているけれど、

何か、わりと余計なことをする時間は、ある、

こういう状況は、ひさしぶりだ。

だからなのか、わからないけれど、
ちょっとカバー曲でもやらない?
って言葉に、メンバーが首をたてに振った。
(たぶん)

そんで、
実際のところ、

カバー曲をやるっていうのは、
ちょっとした壮大な道楽だ。

それは、僕らみたいな無名のバンドにとっても、
超有名なビッグなバンドにとっても。

つまりは、ロックの歴史を総括し、
ロックの歴史に対して、
自分たちがどう解釈し、
どういう立ち位置で向き合っていくのか、

それを確認し、宣言する、
そういう大げさに壮大な作業になるからだ。

自分たちは音楽的にここのポジションに居ますよ、
という、
自分たちの立ち位置の、宣言になるからだ。

もちろん自己満足の楽しみもあるけれど、
それで皆も楽しめたら、それに越したことはない。

というわけで、わがImari Tonesがカバーすべき曲。
コピーすべき曲。

2曲ほど、やってみよう、ということになり、
候補を軽く
リストアップしてみたら、
あっというまに20曲ほどになった。

これは大変だ、
でも楽しい、
しかし、それらの全部やれるわけじゃない。

でも、リストアップするだけなら、
妄想するだけなら、タダでできるしね。

妄想、
じゃなくて、
イメージを構築し、プランを立ててみよう。

どのバンドをカヴァーすべきか、
という話になれば、
それは、誰でもいいわけではなく、

テーマ的に、立ち位置的に、音楽的に、
関連のあるバンドでなくてはいけない。

そして、当然だけれども、
有名な伝説的なバンドでなければ意味がない。

うちのバンドの場合、
ライヴで披露することも考えて、
そうね、たとえばまたアメリカやらどこかで
演奏したときに、
レパートリーのひとつとして、
会場の空気を変えることができる、
武器になるものでなければいけない。

“Rush”

RUSHは、こう見えて、
笑うかもしれんけど、
うちのバンドが、ときどき比較されるバンドだ。

それは、
単純にメンバーが3人のトリオだから、
楽曲に変拍子を多用しているから、
わりとポップな音楽性が共通しているから、
僕の声の質が、Geddy Leeにちょっと似てるから、

などなどの理由がある。

ひとつ、難しいのは、RUSHは、曲によっては、
キーボード、シンセサイザーを多用していることだ。

もちろん、RUSHにできるんだから、
僕らだって、その気になれば、キーボード、使えるかもしれんけど、
現状、それはやっぱ、面倒だ。いろんな意味で。
最低限の設備で、薄暗いバーやクラブでもやれなければ、僕らには意味がない。
だから、なるべく、シンセイザ-無しでも演奏できる曲を選ばなければいけない。
だから、Tom Sawyerみたいな曲は、最初っからナシになる。

そして、RUSHには、70年代から、今に至るまで、
長い歴史があるけれど、
カバーするのであれば、
やっぱり、いちばん有名な時期、代表的な作品、
つまりいちばん売れていた時期の楽曲をやらなければいけない。

21世紀になってからのアルバムから、
とか、やっても、たぶんあまり意味がないので、
代表作「Moving Pictures」とか、その前後の時代の楽曲を選ぶのが、
自然な選択肢だ。

そして、今、僕の「カバー曲候補」のフォルダには、
RUSHの曲は、この3つが入っている。

Freewill

Limelight

Spirit of Radio

しかしこうしていろんな曲をチェックしてみると、
RUSHの曲は、コンパクトながらも、
意外と、明確なメロディというか、
明確なサビが存在しない曲が、たくさんあることに気づく。

代表曲のひとつであるSpirit Of Radioにしても、
「あれ、どこがサビだったっけ?ていうか、歌、あんまないね」
みたいな感じだ。

Spirit of Radioは素晴らしい名曲で僕は大好きだが、
どこで盛り上がればいいのかよくわからないこのヴォーカルは、
あまり張り切って歌える気はしない。
気持ちが盛り上がらなければ、他人の曲なんて歌えないし、
観客にとってもそうだろう。
この曲には、ちょっとシンセの音も重要な部分で入っているし、
あとは、あの見事な激しいリズムチェンジを、
うちのリズム隊がこなすのも、なかなか大変だろうから、

今のところちょっと敬遠したい。

Limelightは、
キャッチーなリフを持つ、哀愁漂う名曲で、
うちのベーシストが、いつもサウンドチェックのときに
弾いているから、やってもいいのかもしれない。
そんなにシンセの音も入っていない。
しかし、うおー、って盛り上がる感じじゃないし、
やはり明確で強力なサビのメロディに欠ける。

Freewill
今のところ、これがもっとも候補かもしれない。
コンパクトな楽曲、軽快なメロディ、
そして、強力に盛り上がるサビ。
そしてなにより、自由というメッセージ。
これは、僕だって張り切って歌ってしまう。
そして、楽曲をよく見てみると、
変拍子の使い方や、曲の構造が、とてもうちのバンドの曲に似ている。
楽曲の雰囲気もふくめ、
これならうちのバンドが演奏しても、違和感はないかもしれない。
きっと、うちのバンドにとっても、学ぶことが多いに違いない。

“Judas Priest”

わざとらしいくらいに、「80年代メタル」ということを、
ノベルティ的な意味も含めて、テーマに出しているうちのバンドにとっては、
ヘヴィメタル、の代表ともいえるJudas Priestは、
カバーするにはもちろんふさわしい素材だ。

僕らの曲の中には、Priestっぽい曲が、いくつかあるし、
ていうか、僕自身、Priestには本当に深いところで影響を受けているから、
当然といえば、

そして、最近気づいたには、僕は結構、ロブ・ハルフォードの、ファルセット的なハイトーンは、意外と無理なくこなせる、しかもギターを弾きながら、
これはひとつの宴会芸というか曲芸として成り立つかもしれないと思っている。
そして、このバンドの場合、僕は本当に愛情を持ってギターを弾けるのだ。
これが、実際、本当のところ、いちばん大事なポイントだと思っている。

問題は、どの曲を選ぶかということで、
うちのバンドはスリーピースだから、
ツインリードがばりばりの曲は、やっぱり無理だし、
あとは、やはり、立ち位置として、日本人らしく空気を読み(笑)
皆が、いちばん喜んでくれる選曲をしなければいけない。

もちろん、うちのバンドのカラー的には、なんだっていける。
Painkillerをやったっていい。
Electric Eyeをやったっていい。
先日セッションでやったみたくHeavy Metalなんてやっちゃってもいい。
しかし、あえて1曲だけ選ぶとするなら。
もっとも、うちのバンドの”TPO”に合うものは。

そこで、ピックアップしたのが、これらの曲だ。

Victim of Changes
まさにクラシック、そして、ヴォーカルもギターも、無理なく見せ場があり、無理なく盛り上がる。鉄板といえる。必勝のファルセットとミドルテンポのリフ。あえて説明はしない。
問題は、イントロのツインギターのハーモニーをどうやって一人で処理するか。
ん?一人?まてよ?

Beyond The Realms of Death
バラードだが、これまた、ギター、ヴォーカルともに、自分の特徴が生きる、鉄板の見せ場があるという意味では、必殺の選曲になりうる。へヴィさを併せ持つバラードのダイナミズムが、ライヴの現場でどれだけ生きるか、それは想像するにたやすい。

あとは、またこれも初期の曲だが、
演奏がわりと簡単そうで、効果的という意味で、Sinnerあたりもいいかもしれない。
もちろん、外国のオーディエンスの前でも、日本人らしく、
「かあさんが言う、こういうパーマは変だと・・・」と歌ってやればいい。

個人的には、やってみたい曲は他にいくらでもあるが・・・・

“Van Halen”

僕のギターのスタイルはどう見てもエディ・ヴァン・ヘイレンの影響そのままだから、
うちのバンドがVan Halenをカヴァーするのに何の不思議もない。

しかし、知っていると思うけれどこのバンドは、本当にきちんとコピーしようとすると、実際バンド全体として不思議なハードルの高さがある。

そして、楽曲の構成などの問題もあり、うちのベーシストは、いわく「やるならサミー・ヘイガー時代の曲のほうがいい」とのこと。確かに、実際、デイヴ時代の曲は、破天荒にすぎて、楽曲として、かちっと固まった曲が少ないのも事実。さてこまった。

苦渋の選択だが、候補としてあげることができるのは・・・

5150
実際、サミー時代の楽曲の中でも、非常に好きな曲で、
本家は、90年代に入って以降はもう演奏していない、80年代丸出しの曲だが、
この曲を、しっかりとコピーできたら、かなりな気がする。
そして、実は、日本語の歌詞で歌ってみたいと、僕はずっと思っている。
ていうか、うちらの楽曲、Winning Songとかは、この曲の方向性を意識して書いた曲、いっぱいあるもんねえ(笑)

Can’t Stop Loving You
サミー・ヘイガーのヴォーカルは、難しい。異常に難しい。
しかし、実を言うと、しっかりとウォーミングアップさえさせてもらえれば、僕は、歌えなくはない。上手くはないけれど。これは、ヒット曲だし、サウンドメイキングも楽しそうだし、やってみる価値はある。

Mean Street
いろいろ総合して、デイヴ時代の曲でやるならこれしかないと思っている。
イントロのギターは、弾いてみせるだけで値千金の効果があると思われる。

Without You
Van Halenのファンの中では、ゲイリー・シェローンが参加した「Van Halen 3」を評価する人は少数派だ。そして、僕はその少数派の一人だ。誰がなんといおうと、この楽曲は素晴らしいミュージシャンシップの結晶であり、これを僕らが演奏せずに、誰がやるのだ、という気はしている。

Stryper
日本初クリスチャンヘヴィメタルなんて酔狂なものを名乗っている以上は、
Stryperというのはどうしてもやはり選択肢に入っている。
しかし、ここで問題がある。
Stryperは、僕にとっては、ヴォーカルのハードルが、どうしても高すぎる。
声の質として、サミー・ヘイガー以上に、ハードルが高い。
僕の声とは、まったく違うタイプだし。
そして、やはり同様に、ツインギターの楽曲が多いという問題がある。
強いて、演奏できそうなものといえば、

In God We Trust
The Way
そして、ツインギターでなかったとしても、
それでも十分やるに値する名曲、
More Than A Manくらいか。

どれも、コピーバンド「ちゃとらいぱー」や、熱きリョウとのコラボで、やったことあるけどね。
むしろ、そっちでやるべきかなあ。

他に、
Living Colourというのも、
テーマ的、立ち位置的に、ふさわしいバンドとして、
選択肢に入ってくるが、

どうしても、Cult of Personalityくらいしかヒット曲がないし、
あとは、Desparate Peopleをやってみたいくらいかなあ。

しかし、僕にとってLiving Colourはとても重要なバンドだ。
オレたちは黄色だし、白人にも黒人にも、アピールしたいんだぜ、
という主張になりうるかもしれない。

Extremeなんかも、うちのベーシストも、やりたいと言っていたが、
他のバンドに比べると、少し、伝説としてはマイナーなので、
優先順序の意味でいっても、後回しになってしまう。

番外編として、
イギリスの昔のグラムロックバンド、Sweetの、
Ballroom Blitzという曲がある。

何年か前に、MySpace経由で、どっかの外人のおっちゃんに、
やったらいいんじゃないか、って言われたのをいまだに覚えている。

Sweetは、伝説的な70年代?のグラムロックバンドだが、
この曲は、たぶんそれ以上に、Tia Carrereというアジア系の女優が、
90年代初期のヘヴィメタル・コメディ映画「Wayne’s World」の中で演奏した曲として認識されているかもしれない。
少なくとも、とある年代の、とある世代のヘヴィメタルファン(僕らのターゲットでもある層だが・笑)にとっては、彼らの中では、この映画の中で、アジア系のミュージシャンが、この曲を演奏してアメリカで成功をつかむ、というストーリーが、頭の中に刻まれているに違いない。そのあたりを利用する、というわけではないが、
しかし、皆が知っていて、なおかつ、盛り上がって楽しめて、そして僕らのバンドのキャラクターにも合う、という意味では、アリな選曲ではある。
しかし、本当に合うかな?

日本のバンドだったら、
カヴァーしたいと思えるようなバンドは、
僕はもうブッチャーズしか思いつかない。

実際のところ、2004年の僕らは、
ブッチャーズの「ファウスト」をスタジオで練習していたよ。

ああいう曲なら、またいつでもやりたい。
でも、僕らは幸か不幸か、海外市場がターゲットだ、
ブッチャーズとか、やっても、たぶんあまり効果がない(泣)

こちら

さて、どうするかな。

時間は、ある。
たぶん。

No(805)

■…2011年 9月24日 (Sun)…….3 blessed days in a row: Saturday
先週の週末のことを書きたいと思う。

3 blessed days in a row! といった感じだった。

まずは土曜日は、われらがヤオ牧師の結婚式だった(!!!!)

うちのヤオ牧師は、とても若く見えるが、
実は見た目よりは年齢はとっている。

歳いくつ?ときくと、いつも「16歳」と答えが返ってくるが、
もう日本に来てから20年以上たっている。

サッカーも毎週するし、レゲエも演奏するし、
若々しいことこのうえないヤオさん、

ひょうきんで、楽しくて、イージーで、
友達がとても多くて、
そして、とてもナチュラルな形で、
熱い信仰を持っている牧師さん。

少なくとも僕にとっては世界で最高の牧師だと断言できるヤオさん。

そんなヤオさんは、去年だか一昨年だか、
たしか年が明けて正月とかに、
今年の抱負、とか皆が言ってるときに、
「ヤオは今年は結婚しなきゃ」
とか皆に言われていたのを覚えている。

ヤオさんは、
「うん、今年は、結婚するべき人が誰だか、わかる気がするんだ」
と言っていた。(英語で)

そんなとき、アユミさんが、うちの教会の仲間に、自然に、いつのまにか、
加わっていたのが、昨年のこと。

僕らにとっても、家族が一人増えたみたいだった。

アユミさんが来てからというもの、
うちの教会は、それまでけっこうルーズだった時間が、
時間どおりに始まるようになり(笑)

とにかく、良い影響がいろいろあったように思う。

とにかく、僕らにとっては、自然と、家族が増えたみたいな感じだったから、
こうして、ヤオさんとアユミさんが、結婚することになっても、
僕らはまったく驚かなかったし、

そんなとき、僕は、ヤオさんが、1年だか2年だか前に、言っていたことを思い出し、
ああ、ほんとに、自然と、そうなったなあ、と、
ヤオ牧師や、うちらみんなの上にある、神さんの導きってものを、
思った。

よくできてるなあ、と。

そんなヤオさんとアユミさんの結婚式が、
この前の土曜日、横浜のYC&ACで行われた。

このYC&ACは、
先月、8月に、僕らは、ヤオさんのレゲエバンドで、
盆踊りのイベントで演奏した場所だ。

なんか、このYC&ACという場所は、
少なくとも、僕の目から見て、
とても不思議な場所で、

いかにも、外国人が昔から住んでいた歴史のある
横浜という街らしい、という感じで、

要するに、外国人専用のスポーツクラブ&社交クラブみたいな感じだと思うんだけれど、
(今は、どうなのか、しらないけど、少なくとも、昔は)

なんかね、特権階級みたいな雰囲気も、して、
うわ、庶民の日本人とは、ぜんぜん世界が違うな、みたいな。
そういう意味で、日本に住んでいる外国人の人たちの中にも、
おまえらぜんぜん住む世界違うだろ、っていう人たち、いると思うんだけど、

盆踊りのイベントのときにも、
屋台には焼きそばもたこやきもなく、
ホットドッグとかケバブとかそういうのばっかだったし(笑)
そもそも日本語通じないし(笑)

しかし、とにもかくにも、
そういった、横浜在住の、外国人の方々の、
歴史と文化を、ちょっと感じて、おもしろい雰囲気の場所だったのです。

ヤオさんの偉いと思うのは、
彼は、アフリカのガーナの出身だけれども、

宣教という意味で、
もちろん、牧師さんなんだけれど、

そういった、なんか外国人のリッチな世界に留まるんじゃなくて、
ほんとに、庶民派で、日本人と一緒になって生きている、

牧師さんとしても、なんというか、ナチュラルで、
自ら、日本と一体になっている、というか、
彼自身が、日本の一部になっている感じで、

ひとつ、宣教師の形としては、
とても理想的な形なんじゃないかと、僕は思うし、

それでも、やはり状況は簡単ではないんだけれど、
日本にやってくる外国人の宣教師の人々には、
これくらい、人生をささげて、日本の一部になるくらいの、
覚悟がないと、いけないよ、と、
言いたくなるくらいの、

ヤオさんは、それくらい、自称「浜っ子」というくらい、
日本に人生を捧げてきてくれた人だし、

ほんとにそれくらい、
ヤオさんは、僕たちに与えられた、神様からの贈り物のような人だ。

そして同様に、
アユミさんも、そんなヤオさんにふさわしい、
信じられないくらい素晴らしい人だ。

僕たちの、教会の「家族」が、
こうして、幸せな形で、結ばれたことを、
本当にうれしく思うし、

もう、
サンキュージーザス!!

ですよ。

で、この結婚式の日、
アフリカン、アメリカン、ジャパニーズ、その他もろもろが、
いろいろ混ざって、

でも基本的には、意外と日本の披露宴みたいな形式で、
進行したこの日。

僕は実は体調が悪くて、
式の間じゅう、控え室のソファで死んでいたのだけれど、

披露宴には、出てきて、
そう、ヤオさんのレゲエバンドで、
(名前はまだない。なんとなく、ヤオバンドで通ってしまっている)

ヤオさんのレゲエバンドで、
演奏しました。

先月にひきつづき、今回も、私は、ベースにて。

写真、あるけど、SDカードのエラーで、たぶん、リーダーの新しいの買ってこないと、
写真をパソコンに落とせない、ので(笑)

限定アップしてもらった動画が、これ。

こちら

リードギターは、われらがKizzy氏がやってくれました。

でもね、皆で演奏できると、楽しいね、やっぱ。

観客もアットホームに盛り上がってくれて、
しかも、最前列では、小さな子供たちが、踊りまくってくれて(笑)

これは、なかなか貴重なことだと思う。
ほんとに、踊ってくれるんだよ、子供たちが、楽しそうに。

ヤオさんが、
「これは、未来のお嫁さんのために書いた曲なんだ」
と言って、僕にこの”Thank You”という曲を聞かせてくれたのは、
もう3年くらい前のことだったか。

ついに、この曲を、そのお嫁さんの前で、
結婚式で、歌う日がやってきました。

愛の告白のような曲なのだけれど、

実はこの曲は、
練習では、一度もうまくいかなかった。

でも、本番は、不思議なことに、とてもうまくいった。

それはやっぱり、
愛のメッセージには、
練習もリハーサルも無いってことなんだね。

お久しぶりの方々、
お世話になった方々、
しばらく会ってなかった友人たち、

いろんな人に会えて、

とても楽しく、貴重な機会でした。

ただちょっと、ワタシ、この日、体調がよくなかったので、
あまり皆さんとおしゃべりできず、

すいません。

そう、この週、なんか、私、
5人くらいの人に、
(あるいは6人かも)
たてつづけに、

「君はすばらしいことをやっている。だから音楽をやめるな。がんばって続けろ。」

と、言われたのよね。

この日も、言われました。

が、がんばってますよぉ、

でも、とてもありがたいです。

涙出てきます。

感謝。

あふれる祝福に、サンキュージーザス。

No(806)

■…2011年 9月24日 (Sun)…….3 blessed days in a row: Sunday
そんで、
3 blessed days in a row な感じだった週末なんですが、
その2日目というか、日曜日。

幕張メッセに行ってきました。

やっているイベントは、
「東京ゲームショウ」

なんか、ゲーム?ビデオゲーム?テレビゲーム?

とにかく、ゲームのイベントです。

ゲームなんて、
そりゃ子供の頃はやったけど、
ファミコン世代だし、

それっきり、20年は、
ゲーマーのゲの字も無いような僕が、

どうしてそこへ行ったかといえば、

彼らに会いに行ったのです。

こちら

こちら

知ってのとおり、
このFamicom Dojoなるビデオキャストだかポッドキャストだか、
ウェブサイト、

先だってお伝えしたように、
ワタシ、Imari Tonesとして、
(ドラムは打ち込みの省エネ制作だけど)
この番組のために曲を書いたんですね、
R.P.G.というタイトルの。

そこへタイミングよく、
彼らが、このTokyo Game Showを訪れるために、

Seanさんは、ウィスコンシンのMadisonから、
Kevinさんは、大分県から(笑)

東京へ(千葉へ)やってくるというので、
ぜひ会いましょうといって会ってきました。

思えば、先に僕らのバンドを見つけてくれたのは
彼らの方なのですが、

なかなか、彼らのやっていることは、
ユニークというか、クールだと思われ、

初代ファミコンとか、レトロゲームに焦点を当てた
番組を展開しているわけですが、

この東京ゲームショウや、最近のゲームシーン(なんて知らないけれど)についても、
聞いてみると、
やはり、歴史や、総合的なマーケットを含めた、
面白い視点で、語っているなあ、と思うわけです。

そんなと彼らと会いまして、
東京ゲームショウの会場で。
プレスパスを持ってる彼らに、
ちょこっと舞台裏も見せてもらったり、

とはいえ、あんましやっぱゲームの展示にも興味ないので、
ささっと食事に出ておしゃべりしてしまいましたが。

たとえばミュージシャンだったら、
SXSWとか、MIDEMとか。

こういった、世界的な大きなカンファレンスに、
定期的に、何年に一回かは、訪れて、
いろいろな情報を得る、ネットワーキングをする、
こういったことが、必要なことは、
僕にもわかります。

こうしたゲーム業界でも同じことだと思います。

そんで、おしゃべりしたんですが、
ゲームの話題になるかと思いきや、
けっこう、宗教談義になってしまったり、

あとは、大分在住のKevinさんとか、
半分日本人なので、
「そうそう、だから日本人はだめなんだよねー」
とか、おまえは日本人かよみたいな自虐トークとか、
しておりました。

はるばる、ウィスコンシンはMadisonから、
大分から、
訪れてくれて、
会うことができた、
お二人に感謝です。

No(807)

■…2011年 9月24日 (Sun)…….3 blessed days in a row: Monday/Holiday
3 blessed days in a rowの3日目は、
かねてより告知しておりました、

足立区は竹の塚にあります、神の家族主イエス・キリスト教会にて、

東北応援団の文化祭、

というイベントに出演してきました。

Imari Tonesにて。

これ、とてもたくさんの、
ゴスペル系アーティストさんが出演したんですが、

蓋を開けてみると、1バンドにつき、持ち時間が、まさかの8分。

8分で何をしろというのか、

とも思いましたが、

しかし、この日の演奏については、こうして言い訳をしたいと思います。

僕らは、軽く名刺をお渡しして、さっくりと帰るつもりでした。

教会イベント、こうした環境、他のアーティストさんたちとの音楽性の違いも含め、
いくぶん、僕らにとってはやりにくい環境でもあります。
僕らみたいな、なんかいろいろと、違う、あまり器用でない、ヘヴィメタルバンドにとっては。

僕らは、紛れも無くクリスチャンロックバンドですが、
そして立ち位置としては、
あまり教会べったりにならないことを、

そもそもの僕らの性格というか宿命として、
なるべく独立というか、単立というか、
インディペンデントでいることをこころがけています。

ですから、どことなく、正直、
こうした、名のあるゴスペルアーティストさんたちが
たくさん出るようなイベントからは、
距離を置いているところがあります。

しかし、それでも、今回僕らは名刺を、差し出そうと思い、
出演することにしたのでした。
つまりは、そういった、著名なゴスペルアーティストさんたちが
集まる機会に、ちょっと顔を出しておこうと思ったわけです。

しかし、この東北応援団文化祭の趣旨。
本格的なコンサートというよりは、もっと気軽な、皆で集まって、
東北のために、賛同者、活動資金を集めようというお祭りイベント。

せめて2曲、やれれば、やりようもあったんですが、
1曲で、何を見せるか、

ふつうであれば、いちばん強力な曲をやるところなんですが、
僕たちは、たぶんそうしなかった。

必殺のFaith Riderや、Winning Song、
あるいは今年、頻繁に演奏してきたThe Concept、
TestimonyやPreciousなどのハードロック、

それらをやらずに、
ワーシップの曲である、Living Waterを演奏しました。

それは、
ひとつには、やはり、ワーシップがやりたかったからです。

そして、もうひとつ、
ほとんどの曲が英語である僕らのレパートリーですが、

今回、このLiving Waterというオリジナルのワーシップソングを、
普段、英語で歌っている曲なのですが、
日本語バージョンで歌ってみたかったのです。

やはり、日本のバンドであるからには、
ワーシップの曲を、日本語で歌いたい。

教会で、ゴスペルアーティストたちが集まるイベントで、
このワーシップソングを、日本語で演奏できたら、

それは、僕らにとってはかけがえのない機会でした。

僕は、成功だったと思っています。

僕らのパフォーマンスを知っている人には、
「もっとガツンとやってもよかったのでは?」
とも言われましたが、

しかし、それと同じくらい、
「あのくらいでちょうどよかった。あれ以上うるさいと、無理だった」
という声もあったのも事実。

お客さんの層などを見ても、
おそらくは、正しい選択だったのではないかと、
思っています。

もうひとつは、
僕らは、
決して、目立つために来たわけではないということ。

僕らは、この日、「勝つ」ためではなく、「捧げる」ために、
“serve”するために、この場所に来ました。

だから、お客さんや他のアーティストをノックアウトするのではなく、
むしろ、ぎこちないながらも、決してその場にいる人たちにウケなくてもいいから、
結果的に浮いてもいいから、
神様に捧げる演奏ができれば、それでよかった。

今年、僕らも、少しは、いくつかは、「勝利」とか「栄光」といえるような演奏をしましたが、

でも、それと同じくらい、「捧げる」演奏、あえて「負ける」ことが必要なことも知っています。
今までもずっと、そうしてきました。

栄光とか名声とか勝利とか、なんでもいいけど、
そういうのは、最後まで、避けておいて、
それでも手に入るものだけが、本物だと思っています。

そうした、多くのゴスペルアーティストさんたちの中で、
今回は、ガツンとやるよりも、きちんと賛美をしたい、

そして、僕らは、ガツンとハードロックすることもできますが、
同時に、そうした幅のある、しっとりした賛美も、したい、
そんな音楽性のバンドです、幸か不幸か、身の程知らずか、

なので、「しっとりと」やらせてもらいましたワーシップ。

終わった後に、「全然しっとりじゃなかった(笑)」といわれましたが。

もちろん、「しっとり」の方が、それはそれで、まだまだ未熟だといわれれば、
それまでですが、

でも、これでも、それなりに、持ち味は発揮したつもりです。

ギターソロにせよ、メタルのスタイルにせよ、
あえて空気を読まないMCにせよ、

気に入らない人もいたかもしれませんが、
飾らずに自分たちを表現することができました。

この日、ひとつうれしかったことに、
昨年と今年のあめりか遠征にて、お世話になった、
ニュージャージー日本語教会の、にしこり先生が、
おいでになっておりまして、

お会いすることができたとともに、
初めて、実際に僕らの演奏を見ていただくことができました。

実際のところ、にしこり先生のところには、
いろんなクリスチャンの方、いろんなアーティストの方々が、
お世話になっているという、そういうこともあり、

その関係で、皆さんの、知り合いの輪が広がっていくような、
いい感じでした。

せっかく、はるばる来てくれた、にしこり先生に、
僕ら本来のガツンとしたパフォーマンスを、
もっとお見せしたかったのは、やまやまですが、
しかし、これはこれで、貴重な演奏だったと、思いますよ(?)
なので、悔いなし。

あとは、そのお世話になった恩人であるにしこり先生と、
これまた、恩人でもある、萩原ゆたかさんや、ユミコ・ベックさん、
それから、ゴスペルミュージック界の有名人(!)であるよこさまと、
皆でおしゃべりとかできて、

なんだかとっても、僕は、お世話になった大好きな方々が、
一緒にお会いできて、とてもうれしい気分でした。

それが、いちばんプレシャスなBlessingでありました。

ジェイクも、エレドラにもかかわらず、
良いパフォーマンスを見せていたし
(最近、なんか絶好調なのよ、ジェイク)

はっしーも、
「ええー、教会ライヴ、かったるいよー」
みたいなこと言いながらも、
なんだかんだ、きちんと神様に捧げる演奏をしており、

今日この日のささげものが、
神様のもとに(気持ちくらいは)届くことを、
僕は信じています。

動画、どうしようかと思ったけど、
あげとこう。

こちら

でもね、この曲の、この日のパフォーマンス、
日本語でやるの、初めてだったし、
いろいろ、気分とか、気合とかふくめ、
ベストでない部分も、いくらかはあるかもしれないけれど、

やはり、この十字架を背負ってのパフォーマンス、
この絵を撮れただけでも、この日、この曲の演奏をした価値はあった(笑)

そんで、このギターソロは、ギター弾きとしての、
僕のプロフィールを、よく表してると思うの。

十字架の前で、ひざまづいて、ヘヴィメタルなShredのギターソロを弾く、という。

僕のパーソナリティが、すべて象徴されてる。

ジャズコにしては悪くない音だと思うんだ。
ジャズコで納得のいく音を出すって、難しい課題だもん。
どうやって何のペダルで、この音作ったのかは、秘密。

No(808)

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