2012年3月の日記

■…2012年 3月18日 (Sun)…….new definition
またしばらく文章が書けないのが続いておりました。

読みにくいのはわかってるし、
最近ではどんどんと面倒くさがりになり、
twitterやfacebookの短い文章のコミュニケーションであるとか、
あるいは携帯メールでのやりとり(これは昔から苦手。iPhoneになってからずいぶん楽になったけど、それでも未だに)
すらも面倒になって

歳をとってまた厭世的になっているのかとも思うけれども

ともかくもインターネット無精ですみません。
なかなか必要なコミュニケーションがとれずにすみません。

でも本来はこうして、自分の頭の中を整理して、
夜中に音楽を聞きながら、
こうして誰も読まないような独白を
吐き出しているのが本来は好きです。
吐き出さないとおかしくなってしまうようで。

情報過多が人生のテーマのようでありまして、
創作においても

いやだからこそ創作という行為に情報を圧縮し集約しているのですが
どちらにせよコンテンツ過多、
過剰生産、information overloadが我が人生のテーマであるようです。

誰かどうぞ消化してください。

さて、またも、まずは、ここから、
またもVan Halen礼賛の言葉から。

Van Halenの新譜がリリースされてから、
14年ぶりの、
すでに一ヶ月以上が経過したわけですが、

さすがに一ヶ月もそればかりをずっと聞き続けていると四六時中、
飽きてくるわけですが、
僕もそろそろ、他のいろんな音楽を聞く生活に戻りつつありますが、

これだけ聞き込んでも、
いったいどれだけの評価をどれだけの位置づけでしていいのか
それすらもわからないくらい、
本当に凄い作品であるわけで、それは当たり前、当然なのですが、

ああ旅に出たい、

あれだな、今年もリハビリだ。
リハビろう。

それだけしみ込むくらい聞き込んで、
聞き飽きてその後も、

しかし、気がついてみれば、
「次の100年のロックの在り方を指し示した」
「今ここに、再臨のVan Halenがロックの真実を指し示した」

それくらい重大なレコードであるわけですが僕にとっては
すでに何度も述べているように

聞き飽きてその後、
気がついてみれば
すべての音楽の聞き方自体が変わってしまっている

それくらいのことです。

何が正しいのか
何が本当に価値があり、永遠に残っていくロックなのか

その基準が、自分の中でとてもはっきりした感覚があります。

やはり、このレコードは自分の人生を
今更にこの歳において
しっかりと変えてくれました

もちろん、自分の好みや感性が変わる訳ではないけれど
何が正しいかの基準がとてもはっきりと
してしまった

それは、自分にとってとてつもなく重大な意味を持つことです。

そして、今まで、過去の古いものであったはずのVan Halenとそのロックが、
10年以上の時を越えて、このインターネット時代久しい2012年に、
まったく新しいものとして上書きされ、よみがえったことに、
自分の中の、新しい、古いの概念もすべてひっくりかえってしまいました。

現在、彼らVan Halenが続けている全米のツアー、
その演奏の様子、演奏内容においても、
ともかくも今のVan Halenとその演奏、新譜は、
すべてが僕にとっても真実の啓示であって、

だって14年ぶりの新譜だったんだから
それくらいの意味は本当にあるわけさ

ばっちりと指し示してくれました

そして、うん、一ヶ月たったし、
この徹底的なVan Halen賛美もこれくらいにしておこう、

そんで、
あの熊谷幸子さんも復活することだし、
(なんという奇跡のシンクロニシティー)

あとは、4年も待たされている+/-{plus/minus}の新譜を
待つだけだ。
それがそろえば、また僕の人生の答えが、ひとつ示されるような気がしている。

なんという年だろう2012。
自分が人生の中でいちばん重大なファイバリットだと常に言ってきた、

3組のアーティスト、ミュージシャン、
その3つともが、
しかももう一生聴けないだろうとあきらめていたのに
その3つともが、
たぶん今年は、復活し、聴けてしまう。

絶対、今年は、自分の人生の中で、とてつもなく重要な年であるはずだ。

No(850)

■…2012年 3月18日 (Sun)…….熊谷幸子さん復活
もうこの尊敬するミュージシャンについて書くと、
あまりにも過剰でパーソナルに思い切りたくさん書いてしまうので、
もう本当に、全体公開ではなくて、
親しい友人のみに公開で、パーソナルな思い入れをたくさん書いてしまおうかとも思いますが、

僕が日本人ミュージシャン、アーティスト、作曲家の中でもっとも尊敬し、もっとも自分の人生の中で重要な音楽である
熊谷幸子さんが、

(ちなみに、バンド、というカテゴリでは、日本でいちばん好きなのは、bloodthirsty butchers、いつも言っているように)

ついに復活します。
本当に驚いた。

きたる3月25日に、都内にて復活コンサートをされるそうです。

僕らが今、横浜という場所に住んでいるのも
実は、この熊谷幸子さんの音楽の影響が、とても大きいし、

そう、僕にはこの日本に、自分の中で大事な場所というのか
「音楽の個人的な聖地」
と決めている場所がふたつあるんです。

そのひとつが、この横浜の、
ちょうど今ぼくらが住んでいるあたりなわけですが、

今、僕らが、ここ横浜に、ひいては日本に住み、
いまだにこうして生きているのは、
ひとつには間違いなく熊谷幸子さんの音楽があるからであり、

ていうかそもそも
僕が、うちの嫁さんと結婚というか
この人と一緒に生きようと自然に決めることができたのも
そこにこの熊谷幸子さんの音楽が流れていたから
なのです。これは本当に。
実際に結婚するときにも、奇跡的なプレゼントがあったしね。

ひいては僕が数年前にバート・バカラックの来日公演を見に行ったのも
熊谷幸子さんの影響であり、

ひいては僕が一般的なハードロックの中では、ちょっとかわった、変則的なコードや、進行や、さりげない変拍子や、使いたがるのも、
それは熊谷幸子さんを尊敬しているからであり、

僕は a couple of years agoにも、
熊谷幸子さんに手紙を書きました。

書きましたよ、
また熊谷さんの音楽を聴ける日がくるのを
願っています、と。

細かいことはいいんです。
何よりも、音楽こそがすべてです。
そこに、僕ら音楽家のすべてがあります。

だから、こうして、また熊谷幸子さんの演奏が、

僕の大好きなVan Halenが14年ぶりの復活アルバムをリリースして復活したように

こうして、また聴けるというだけで、
本当にそれだけで
どれだけの重大な意味があることか。

もう、何がいいたいのか、わからないけれど、
細かいことはもう伝えようとも思わないけれど、

親しい人にはね、書きたいけれど、

ひとつ言いたいのは、
素晴らしい事がおきているということ
奇跡のような素晴らしいことだということ

そして、僕は奇跡も愛も神様も信じているってこと。

自分の祈りが、その一部にでもなれたのなら
それはこれ以上ない喜びだ。

そう思って、僕も音を鳴らしているんだよ。

小さな僕らの音楽が、
大きなものを動かすことを信じているんだよ。

No(851)

■…2012年 3月18日 (Sun)…….Atsuki Ryo with Jesus Mode
昨年より、水面下でなんだか始まり、
大晦日、そんで2月と、2本の(二本だけではありますが)ライヴをこなし、

絶賛、絶好調、大好評の
「熱きリョウとジーザスモード」
ですが、

ホームページを作りました。

あれだ、fbとか、tweetとか、とっくにしてるけど

まだ見てない方は、
これです。

こちら

動画もあるんだよ。
こちら

これとかさ。

この「熱きリョウ with Jesus Mode」ではね、
曲は基本的に、熱きリョウが書いてるし、

僕はギターのアレンジをして楽曲に肉付けをしているだけなんだけれど、

自分のバンドImari Tonesと違って、
とてもストレートに、シンプルにまっすぐに、
ヘヴィメタルっぽいギターを弾けるので、
気に入っているんだ。

80年代のジャパメタを意識したようなギターを、こころがけているんだよ。

だから、結構楽しく、僕もやってるし、
そういうヘヴィメタル趣味を大切にして、取り組んでいきたいと思っている。

もちろん、なにより嬉しいのは、
熱きリョウにせよ、別に、少なくとも正式には、クリスチャンではないけれど、
彼が、言ってくれたわけだし「クリスチャンメタルがやりたい」と。

そして、ベースはうちの嫁さんが(趣味の範囲内で?)やっているけれど、
そうして、ドラムはやん氏が結局叩いちゃってるけれど、

そんなふうに友人たちと、クリスチャンメタルに取り組んで、
教会ライヴなんかやっちゃったりしてさ、
そこからまたひろがっていったり、つながっていったりするのが
僕は嬉しいんだ。

とりあえず熱きリョウはまた体調を悪くしてるから、
ヴォーカルのレコーディングをしなきゃいけないんだけれど
それも、体調が回復してから、って感じだから、

でもね、焦ることは全然ないんだよ

「友人たちが楽しむために集まった趣味バンド」
かもしれないし、
「しょせんサイドプロジェクト」
かもしれない。

だからこそ、プレッシャーもないし、制約もない。
楽しめるときに、いつでも楽しめばいい。

そこにはいつだってヘヴィメタルへの愛があるし。

だから楽しいんだし。

だから、体調の回復をゆっくり待って、
いつでもまた演奏しようぜ。

という感じ。

祈ってて。

No(852)

■…2012年 3月18日 (Sun)…….3月20日、反町にてライヴの告知
まったく告知もちゃんとできておらず、
関係者各位にも、自分自身に対しても、
申し訳ないわけなんですが、

きたる、数日後、
3月20日(火曜、祝日)
横浜は、反町にあります、
NO BORDERというバーにて、
ライヴをします。
Imari Tonesにて。

そして、おなじみ、うちの牧師さんである
ヤオさんのレゲエバンドも出演し、
僕もそこでギターを弾きます。

詳細、こんな感じ。

Rocking Praise Yokohama
3月20日(火祝)
反町 NO BORDER
こちら

19:00より演奏開始
21:30頃終了予定

チャージ 500円+1ドリンクオーダー

出演バンド
伊万里音色(Imari Tones)
B.D.Badge
Yao Amoabeng
ゆび きたす(FU)

B.D.Badgeことtoshi_rock閣下との対決は、
いつも楽しみだから、
手は抜かないよ!
(いや、遊びは、するけれど)

小さなバーでの演奏ですが、
でも僕らは、そういった、距離の近い、
小さなバーでの演奏が、好きなんです。

より、伝わる演奏が、できるからね。

そんで、そんな演奏を、
大好きな横浜の地でできることが、
とても嬉しいんだ。

ていうか、今まででいちばん近所でのライヴだな、これ。

さて告知はしたぞ、一応。

あとあれね、先日書いた「Imari Tones 出師の表2012年版」
とか、
そのうち要約して書き直してシェアしたいし、

先日見たUnderoathのこととか、
書きたいけど、
時間ないから省略。

うん、Underoathはね、
クリスチャンメタルコアの代表格のはずなんだけど、
なんか、ちょっと邪悪な感じだった(笑)

なんでも、オリジナルメンバーは皆、既に抜けちゃって、
最後のオリジナルメンバーだったドラマーさんが、
前作で抜けちゃって以来、
変わっちゃったらしいのね、メッセージ性が。
だから、今ではあるいはもうあまりクリスチャンバンドでは
ないのかもしれないし。

見てみないとわかんないもんだね!

No(853)

■…2012年 3月22日 (Thu)…….親指挟んで反町NO BORDER感謝
実は一週間前に手を怪我したんですね。
車のドアに思い切り挟んでしまいまして、右手の親指を。

ギター演奏の際に、ピックを握る手ですから、
これがライヴの直前であれば、万事休すだったんですが、
一週間の間に、だいぶん良くなり、演奏には問題がありませんでした。

あまりひどく挟んだので、親指の形が変わってしまうくらい、
なんか爪の位置とかずれてしまっているし、
爪も、未だに内出血で黒く染まった状態のままなんですが、
マニキュアつける必要ないくらい、

演奏に悪影響があったかというと、
むしろ、怪我する前よりもギターが弾きやすくなったような、
なんか、指の形がかわって、ピッキングハーモニクスが出しやすくなるとか、
治ってみないとわからないけれど、
そんなことがあるような気がしています。
文字通り、怪我の功名、となるかもしれません。

月に一度、しかも小規模でローカルなバーライヴと、
ゆっくりなペースで演奏している我が軍イマリトーンズでありますが、

横浜でのバーギグとしては二度目、
自分らで企画組んでやるものとしては初めて、
の昨晩の反町NO BORDERでのギグでありましたが、

おなじみのミュージシャンの皆さんのご協力や、
友人たちの協力により、

自分たちの演奏の出来はともかくとして、
全体としては、とても価値のある夜、価値のあるパーティーをすることが
できました。

本当に感謝です。

いちばんのハイライトは、
toshi_rock閣下のB.D.Badgeが、
素晴らしい演奏をしていただいたことだと思います。

寿朗閣下とは、何度も一緒にライヴをしているわけですが、
いつも凄いけれど、
昨晩の演奏は、本当にすべてがはまっていて、ものすごかった。

あんな演奏をされてしまうと、ちょっと太刀打ちできないなって感じ。

我が軍イマリトーンズは、
手を抜いたわけではないけれど、
いつもの必殺曲を封印し、
ちょっと変則的な曲目、セットリストで臨んだこともあり。
今回はちょっと撃ち負けたかなと。

しかし、ヤオさんのレゲエ演奏も、
良い感じになったし、
その夜のパーティー全体を通じて、
皆でLOVEなメッセージを共有できれば、
それこそがいちばんであるのです。

いわく、
本当に「勝つ」ということは、
力でねじ伏せることではなく、
「道」をもって、「道」を中心に据えることです。
そして、「道」、すなわち、Jesus is the only WAYですから。
キリストに勝利があること、それがすなわち、僕たちにとっての勝利であるのでちゅ。

反省点も、ありますが、
しかし、今回、自分に課した宿題、
そうね、下手だけれど、それはヴォーカル。
まだまだへたっぴだけれど、
それでも、発声の面など、
いくつかの面で、自分で設定した課題は、
それなりにクリアしていたのでした。
(まあ、ひどい部分も多々あったけれど)

それこそが、自分にとっては、大事なことだったので、
まあオーケーでしょう。

酒の匂いの染み付いた、
ローカルな「場末」のバーのエンターテイナー、
バンドとして、パフォーマーとして、
そんな匂いと、呼吸を身につけたい。
なぜなら、それが今、僕が信じて追いかけている、
「100年モデル」のロックなのだから。

そういう修行を、今しております。

そして、そういう場所でこそ、
キリストを中心においたエンターテインメントを
することができたら。

昨晩も、当初は、
もちっと、あたりさわりのない、ステージをやるつもりだったけれど、
toshi_rock閣下に火を点けられちゃって、
気付けば、クリスチャン色の強いステージを展開しちゃいましたよ。

でも、それって、よく考えると、凄いことではないかと思い、
それを実現させてくれた皆さんに感謝をするのです。

マイペースですが、
やれるところまでやります。

来月は、4月8日(日)に、関内、寿町の、音小屋さんにて。
イースターサンデイだけどさ。

お待ちしております。

p.s.
あのハコは、演奏の音止めが、近所の関係で、10PMなんですが、
昨晩、すべての演奏を終えて、時計を見たら、9:59PM!!
誰が計ったのか、
サンキュージーザス。

No(854)

■…2012年 3月22日 (Thu)…….酷シンガーのジャーナル
あんまし読まなくていいひとりごとデス。

文字にしておいた方がいいことがあるわけです。
自分自身に言い聞かせるとか、暗示をかけるってわけじゃないけど。

自分も一応、バンドで歌う人間のはしくれなわけですが、
いわゆる「ひとから」っていうのをやることがあるわけです。

それこそ、昔は、けっこうやっていた時期があった。
もちろん、昔には、ひとから、なんていう言葉はなかったわけですが。
最近でも、一年に一度、ないしは二度、くらいはやっているでしょうか。

それはそれで、貴重なデータ収集の機会なわけですね。

つまり、人間、自分の身体の中で起こっていることが、
いちばんわからないもので。

自分の中を探求するだけで、一生かかるかもしれんと思うのです。
ヴォーカル、歌をうたう、声を出す、というのは、そのひとつで。
自分の身体の中の調査を、続けていくものだと思うんですよ。

おとといの、反町での演奏にて、
自分のヴォーカルは、決して良い出来ではなかったんですが、
発声の、課題というか、テストというか、
その意味では、クリアした部分は確かにあって、
貴重なデータが得られたわけです。
それは、普段のスタジオ練習では得られない種類の情報であって。

そのデータの、検証をすべく、ちょっとひとからしてきました。

んでね、けっこうこれは、ついにやったかもしれんのです。

自分の身体の中は、自分ではなかなかわからないからこそ、
そうね、たとえば、僕だって、時間やお金の余裕があれば、
もし良いヴォーカルのコーチがいるのであれば、
きちんとした指導者について訓練をしたい、
という思いは、いつでもあるけれど、

でも、実際は、そんなに簡単じゃないことはわかってる。
要は、自分が必要としているもの、求めるもの、
それと、指導者の持っているもの、合致しなければ、まったく意味はないし、
特に、自分の求めているものが、特殊なものである場合には。
そして、こと、僕らみたいな、あれなシンガーにとってはとくに、
声、表現、求めるもの、理解してもらうってことは、
全人格を理解してもらう必要がある、それと同じことであり、
それを理解できない人に指導を受けるのは、それは、断片的には学ぶものはあっても、長い目で見れば良い影響にはならない。

だからこそ、マイケル・ジャクソンだろうと、誰だろうとyou name it,
そうした有名なシンガーは必ず、優秀なヴォーカルコーチを雇い、
その人に、本当に人生のパートナーくらいの、全幅の信頼を置いていたり、
それくらいの専門家が、必要で、

であれば、この環境だと、僕らみたいな不器用な表現をしているインディペンデントな表現者であれば、
手探りで孤独に探求する方が、やはり良い結果になってしまう。
ましてや、年に一度の「ひとから」で、自分自身でそれなりの情報が得られるのであればね。

結局のところ、自分の身体の中のことであるからして、
どんな優秀な指導者であっても、
また、ヴォーカルの教則本や、発声の専門書を読んでも、
結局は、状況証拠みたいな情報や、サジェスチョンしか、与えることはできない。
アドバイスをすることはできても、
最後には、自分で見付けなければいけないんだから。

で、話戻ると、
もともと、表現の部分はともかく
(むかしは、これでも、音楽の授業では、学校中のヒーローくらいに、歌がうまいと言われていたのですよ。小学校は、ボーイソプラノが、中学校でも、きれいなテノール~バリトンが出た。)
声に関しては、まったく出ない部類だった私ですので、
(バンドで歌ってみると、それは、まったく違う話だったわけで)

それに
もともと自分はギタープレイヤーであって、
シンガーじゃないしね。
自分で歌う気は、まったくなかったわけで。

それでも、
しょうがなく歌い始めて、
最初に発声技術のブレイクスルーを体験し、
下のEの音でもきついくらいだったのが、
そのオクターブ上のEも出るようになったわけですが、

いかんせん、りきみきった発声でして、
その意味では、僕も以前は、間違いなくパワー系の発声を
していたわけです。
声量もずいぶんあったし。

ただ、コントロールとかぜんぜんきいてなかったんだけれど、
そこはほら、天性のものでさ、カバーして、十分表現できた。
ぶっちゃけ、自分でも、この時期に残した録音とか、
この時期の、パワーと情熱だけで歌っている自分の声は、
今でも表現として正しかったと思っている。

でも、ライヴ演奏とか、長時間歌えなかったりとか、
特定の音域でコントロールがしづらいとか、
だんだん、限界を感じてきて、
とあるきっかけで、

2006年から2007年くらいにかけて、
力まないで出す発声に、次第に切り替えた。

これは、できるようになったときには、とても嬉しかったし、
本当に、またひとつ二度目といえる、ブレイクスルーだったわけだけれど、

しかし、パワーではなく、技術、
力むのではなく、脱力なので、
実戦で使えるようになるには、結構時間を要して、

ちょうど、大事なレコーディングをしていた
2006-2007年の時期には、
実は発声法の切り替えから、スランプど真ん中だったわけです。
どうやって歌っていいか、さっぱりわからんかった。
自信も確信もなかったし。
だから、この時期に残した、その「大事なレコーディング」では、
自分の歌唱は、ほんと、谷底といえるくらいにひどい。
いくつかの曲は、それでも好評を、得ているけれど、自分としては複雑な気分。

2008年頃から、次第に、その力まない発声、
まあ、つまりは、ヘッドヴォイスというか、ミックスヴォイスを、あまり大きくない音量で、活用するだけなんですが、

が、少しずつ活用できるようになってきて、
基本的にはそのまま今に至るわけです。

で、それなりにいろんな技術も身に付いてきた、はずなんだけれど、

この発声法は、けっこうデリケートで、
僕だけかもしれんけど、

たとえば、レコーディングなどで、モニター環境も整っていて、
集中して歌える環境だと、テクニックを十分に生かすことができるけれど、

たとえばバンドでどかん、と大きい音を鳴らしたり、
あまり環境の整っていないライヴ環境だと
(まあ、イヤモニとか、使えば、かなり良くなるんでしょうけれど)
まったく声が出なくなってしまう、という現象が、ときどきありまして。

つまり、脱力が重要な発声法なので、
後ろで大きい音が鳴っていたり、ライヴだったり、すると、
どうしても、力んでしまって、うまく発声ができなくなってしまうんですね。

僕だけかもしれんけどね、こんな症状は。

で、その症状には、今の今にいたるまで、悩まされているわけです。

ギター弾きながら、わりとややこしいギターを弾きながら、
歌っているので、そのへんは、
軽くハンデを見てやってほしいという本音もあるけれど

逆に言えば、僕が、自分のバンド、イマリトーンズにおいて、
自分のヴォーカルのダメさ加減にへこみつつも、
ずっと他のヴォーカリストを(少なくとも正式には)加入させないのは、

表現の幅や、メッセージ性、そしてキャラクターといった面も大きいのだけれど、
結局のところ、発声と歌唱表現の技術をきちんと発揮できるレコーディングの場においては、技術的にも表現的にも、自分のヴォーカルが、他のたいていの上手いシンガーに負けないレベルで実現できているという事実があります。

ライヴの場での出来の善し悪しが激しくても、録音制作の場では、
集中できるしね、他の誰よりも、総合的に、結果的に、良い結果を出すことができる、ここまでは、積み重ねてきたわけだ。

まあ、結局、キャラクターなんだけどね、声の。
あと音楽性と表現の幅。

で、問題はライヴなわけ。
そういった、デリケートすぎる発声で、
一応、これまでに、戦争みたいな遠征を3度こなしたわけなんだけれど、
結局のところ、精神面の問題であって。

精神的に、高揚し、使命感に燃え、戦う気持ちにあふれれば、
どんなだろうと歌えるんだよね、声は出るんだよ。
僕らみたいなクリスチャンのバンドであれば、やっぱり、信仰そして祈り。
たとえば、演奏前に、必死で祈って、ホーリースピリットで熱く満たされ、異言で祈ることができるようになれば、
それは間違いなく、声が出て、良い表現ができる。

あとは、この何年かでも、そうした実戦を積み重ねる中で、
得てきた、経験と技術が、少しはあるわけだ。
だから、要所要所では、しっかり歌うことはできてきてるわけ。

僕は、シンガーとしても、ギタリストとしても、
打たせて取るタイプでいたいと思っているしね。

つまり、前にも書いたことがあるけれど、
3大ギタリストだったら、
エリック・クラプトンは速球派の投手で、生まれつき恵まれた体格と才能を持っているタイプ(歳をとってチェンジアップを覚えると二度目の黄金期を築く)、
ジェフ・ベックは、コントロールに優れた技巧派の投手で、ピッチャーが尊敬するピッチャー、
ジミー・ペイジは、技術も球速もそれほどではないけれど、ゲームメイキングや駆け引きに優れ、打たせて取るタイプで、結果的にいちばん勝ち星をあげているタイプ(そんで、普段はたいしたことないのに、ここ一番の場面ではいい球を投げる)、

この3タイプの投手だったら僕はジミー・ペイジのタイプを選びたい、シンガーとしてもギタリストとしても、

だから、結局は精神面であり、
これは、いつまでも永遠の課題だけれど、
毎回、そんなにばっちり精神的に上げてやれるもんじゃないしね、
特に地元のギグとかだと。

そんで、まだまだ技術が未熟なのは確かだし。
まだ進歩したいと。

とにもかくにも、現状、この発声にも飽きてきていて、
そんで、くろじゅんとか、熱きリョウとか、彼らと一緒にやったりすると、

とくに、くろちゃんのすごいパワー系の発声とかさ、
いいなあ、と思うわけですよ。

自分も昔は声量のあるパワー系の発声をしていただけにね。

で、また、ちょっと、パワー系の発声にシフトしようかな、
と、昨年くらいから思っていたんだけれど、
そんなに、スイッチを切り替えるように、発声を変えられるものじゃないしね。

でもね、これで、ちょっと、パワー系の発声に、
少しだけ、戻れるような気がしているのよ。

ここ最近集めて、検証した、このデータにて。

だから、今日は、またひとつブレイクスルーを得たかもしれない。

どういう技術的なものだったかは、書かないけれど、
今までやってきた、学んできた技術が、
すべてフルサークルになったような、感覚。

昨年も、いくつかの本を読んだり、実地で学んだけれど、
それらの技術が、少しずつ身になった感じ。

つまりは、やっぱり、
力みたい、
パワーで歌いたい、
ぎゃーっと叫びたい、

ロックバンドなんだから。

だから、本当に必要な発声法があるんだとしたら、
それは、
力まない発声、ではなくて、
いくら好きなだけ力んでも大丈夫な発声、
そっちの方なんじゃないかって。

また、バンドや、実戦の演奏で、
実戦の中で試してみないとわからないけれど、
実際に使えるようになるのはまたここから一年後なのかもしれないけれど、

ひとつ、素晴らしいブレイクスルーがあったことを、
自分自身に記録しておきます。

下手ですいません。
でも、最低限、必要なとき、必要な場所では、
歌えてるのよ、必要なだけ、これでも。これまで、ここまでね。

だから、ゲームメイキングなんだって。
技術じゃないものがあるんだ。
これに関しては、誰にも教えられないよ。

No(855)

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