2012年5月の日記

■…2012年 5月 3日 (Thu)…….ライヴ告ろー知
うう、さて
懸案事項になっていた

いろいろの区切りの
データのバックアップという壮大な作業が
ひとまずひとだんらく、つきまして
(厳密に言えば、あと半分残ってるかも)

また最近は思い悩むことも順当にありつつ
それに比例して、神さんからのインスピレーションと
導きもあったりで、

自分がそもそもどうしてこれを始めたか
どういうスタンスでクリスチャンロックなんてものを
鳴らそうとしたのか

いやまあスタンスもへったくれもないんだけれど
「神さまのいうとおり」だしさ

とりいそぎライヴの告知です。

次の日曜日!

大久保水族館真夜中のサイケデリックパーティ#8
5月6日(日)19:30 チャージ\1000ドリンク付
こちら
出演 B.D.Badge, FDN, 伊万里音色

この日は、また、
「修行のために普段やらない曲にいっぱい挑戦する日」
にしますよ!
新曲も放出しまくりで。
でも、たぶんうまくいくと思うんだな。

つぎ、
5月19日(土)
Youth On Fire (仮)
Open 13:30 Start 14:00
場所:横浜日ノ出町シャノアール
こちら
入場無料
出演: Yao Amoabeng, B.D.Badge, We Bring Love, Imari Tones

ええ、5月19日はうちのヤオさん主催のアウトリーチコンサート!でして、
またも、いつも寿郎さんたちと一緒にやっていただいて助けていただいてますが、
高校生相手に演奏するらしいですよ!
高校生なんて手ごわいので本気で殺しにかかります!
手加減抜きで演奏します。

やれることはいっぱいある

うまくネット上でもコミュニケーション取れんけれど

そのへんは
コミュニケーションは、
生涯かけてなんとかしますんで

かんべんしてください

サンキュージーザス!
ジーザスファイヤー!

No(867)

■…2012年 5月 7日 (Mon)…….安物のLes Paul Studioが言っているBest Is Yet To Comeと。
つまりは僕はレスポールは基本的に苦手なんですね。

まず重いし、
それから重いし、

音も妙に鈍重で、重苦しいのも嫌だし、
たしかにハイもスクリーム叫ぶけど
あのキンキンしたのもまた嫌だし。

それからあのボディとネックのバインディングがまた
窮屈だし、

あの色も。黒もサンバーストもクリームもゴールドも、
どの色にしろ色も塗装も。

それからハイポジションとか冗談みたいに弾きづらいし。
上の方でスウィープとか望むべくもないしね。

しかし、マイミクのバンドマンさんの一人も、
同様のことを言われてましたが、

そんなレスポールの中でも、
Les Paul Studioは、ちょっと違うわけです。

レスポールスタジオ、
否、ステゥーディオは、

もともとコストダウンしたレスポールだけれど、
僕が持っているLes Paul Studioは、どこにでも売っている
Epiphoneのモデルで、無塗装のため、さらに安い。
しかも中古で買ったから、もう二束三文くらいに安い。

ギタリストであるからには、
レスポールへの憧れはそれでもあるわけで、
音にせよスタイルにせよ、

ジミー・ペイジから始まって、
スラッシュにせよザックにせよ
いやでも僕の気分はランディ・ローズかな

そんなわけで、Les Paul Studio、Epiphone版無塗装モデルは、
唯一僕が使うことのできるレスポールだったりするわけです。

Studioは、軽いし、
音も軽いし、
なんかセミホロウっぽいくらいの鳴り方をするし、
うざったいバインディングもないし、
無塗装だから木の感触も直接触れることができるしね。
呼吸ができる感じがするし

もともと、普通のギター、ていう感じの見た目だから、
教会のワーシップ用とか、レゲエバンド用とか、
そういう用途で、
自分のImari Tonesで使うことは稀なんだけど。

やってみた。

意外と好評、な感じ?

もっと頻繁に、たくさんライヴをやっているときは、
いちいちこんなことを書いている余裕なんて無いことを
知っているけれど

一回一回、魂に刻み付けて、
内容を整理する必要があることも知っている。

だから書くけれど、
一本一本が大事だから、小さなライヴであっても。

ときどきは大きなステージに向かうこともあるのだからね。

そして、もっともっと大きなステージにこれから向かうためだということも
メンバーみんな、よく心に知っているはずだしね。

今日は勝つぞ、
と、安全な曲、必殺な曲、でセットを組んで、
臨むライヴもあれば、

いや、今日は訓練だ、
負けてもいいから訓練、実験をしよう、
というライヴもあって、

今日は後者だったのね完全に。

新曲、”Overcome”と”Follow The Light”を初めて演奏し、
これも人前でやるのは2度目の、難しい曲”You Key”も演奏し。

なにより、目下、今はヴォーカルについて練度を高めるのが
最優先だから、
今回は、もうどうなってもいいや、という感じで、
ヴォーカルが難しい曲をどどんと組んでみた。
拷問のように。

でも最近、技術的にきっかけがあって
自信がついてきたしね
いけるんじゃないかと思った
で、実戦で試してみないと、やっぱ
実戦でやらないと、経験値にはならないので。
実戦してみたのよ。

正直なところ、
拷問耐久レースのようなセットを、
声をつぶさずに、あきらめることもなく、
最後まで完奏(完走)して立っていられただけで、
僕としては十分に成功だったのだけれど。

今日はわりと音響で苦しんで、
ヴォーカルもちょっと聞こえづらいところがあったけれど、
課題のクリアとしては十分だった。
あの環境でこれらの曲を、これだけ歌えれば、
自分への宿題としては十分に達成だった。

うん、自信がついたよ。
経験と、実戦のデータも得た。

ゆるりとやったけれど
最後にはちゃんと沸点まで持っていったし
メンバー3人で持ち味を出したし、
ゆるりと力を抜きつつも、手は抜かない良い演奏ができた。

ミスはいろいろあるけれど、それは修正していけば良いことだし。

そうレスポールスタジオちゃんも良い音で鳴ってくれた。
これでいっちょまえのギタリストになれるかな。
レスポール・コンプレックスを克服すれば。

そしてジェイクがものすごい絶好調だったね。
これは頼もしい。
すげえアクションと、
すげえパフォーマンスと、
すげえ勢いのビートと、
すげえ勢いのフィルを連発していた。

このハイレベルを毎回保ってくれると良いんだけれど(笑)

そしてはっしーも素晴らしかったね。
パフォーマンスも、プレイも、サウンドも、
すべて良いバランスだった。

案外、僕らは着実に、良いバンドになってきているのかもしれない。

明日は誰にもわからない。
まだまだ Best is yet to come
僕らの栄光は、これからかもしれない

とにもかくにも
“You Key”は、昨年、曲を作ったときから、
これは難しいな、ライヴで演奏できるだろうか、と
思っていた
レコーディングしながら、
ヴォーカルも難しいな、キーも高いし、休みもないし、
ワンフレーズ歌うのでも精一杯だし、
こんなのライヴで歌えるかしら、と思っていた。

でも経験上、なんとなく思っていたけどね
練習して「慣れれば」たぶん歌えるようになるに違いないって。

どうにか、やれそうな感じに、だんだんとなってきた。

大きな会場で、
何千人の観客をジャンプさせるための楽曲なんだよ。
その時のためにさ。

そのつもりでやっているんだよ
日々、準備を。

Best Is Yet To Come

こちら

僕は馬鹿みたいに、
子供みたいに
勝ち負けということに敢えてこだわって、
いるけれど、

本当はそう言ってるだけで、
実際はそんなものは、無いのはわかってるし

今日はFDNさんも、寿郎さんたちのB.D.Badgeも素晴らしかった。
どちらにもぜんぜん勝った気はしない。

そもそもB.D.Badgeさんに関しては、
3月の反町で、完全試合みたくヒット一本も打てませんというくらいに
完璧な演奏でやっつけられた記憶が僕らには鮮明に覚えている。

寿郎さんは、いやあ自信をなくしたよくらいのコメントもしていたけれど
全然そんなことなかったし、
(本心はそんなこと思ってないに違いない・笑)
新曲もすごかった。
新曲をもってくるその姿勢がうれしかったし感動した。
ドラムもベースも凄いし、メッセージはかつてないくらい熱かった。

だから僕も次はもっと熱くやってしまうかもしれない。
暑苦しい、うざったいメッセージを。

しかし暑苦しいことなら熱きリョウの方が熱いから
彼に負けないくらい熱くやらないといけない。

人生の中で、
先生とか師匠というのか
師、先人、なんてふうに呼べる人が何人いるか

そういう話も、書いてみたいけれど
長くなるから書かないけれど
でも、こんな僕でも
人生の中で師と呼べる人、先人と呼べる人たちに、
何人も会うことができているのは幸福だ。

そして、そう思うと、
本当に周囲のすべての人から、いろんなことを学んで生きているのだと
そのことはやっぱり間違いない。

今日は、寿郎さんたちとは何度めかのお手合わせにて、
ようやく、なんだかノリでついついと、
ギターソロで客席に絡むという寿郎さんの十八番をちょっとだけ
ほんのちょっとだけ真似することができた

まだまだ、たくさんのものを真似して、盗まないといけない。

そんな方々と、何度もお手合わせしていただけるのは
本当に幸福なことだ。

それがどんなに重大なことかはわかっているつもりだ。

そしてFDNさんもすごかったんだけれど
本当に、ハードにロックするスピリット、
その精神とスタイルは、
女性の方が、数段強いなあ、と、改めて、思い、
僕は、男性の中にヴォーカルだけ女性のバンドとか、
わりと苦手なんだけれど
全員女性のハードなロックバンドは好きだ。
そのスピリットとスタイルは本物だ。

つまり、昨年、なでしこジャパンが優勝したときに、
証明されてしまったんだよね
日本では、女性の方が強いんだということが
女性の方が、根性が入っているんだということが

これは、なんというか
うむ、すごい手応えのロックな一日でした。

皆さんに感謝、
神さんに感謝、
サンキュージーザス。

ちょっとしたことでも
いろいろと励ましと、自信になりました。

No(868)

■…2012年 5月11日 (Fri)…….It’s all between me and God
前にも書いたしよくあるけれど
僕だって、他人に対して劣等感を持ったり、
嫉妬ではないけれど、自分よりもうまくやっている人たちに対して
劣等感を持つことはあるわけで。

たまに、だけれど
それでも、「あまりうまくやっていない自称音楽家」やってるからには
普段から敗北感と劣等感はいつだってあるわけです。

自分は立場も微妙な立ち位置にいるし、
たとえばゴスペルミュージシャンとしても、
そんなにばりばりとそういった場所で演奏する機会を持ってはいないわけだ。

んで、セキュラーなミュージシャンとしても、
非常にとっつきにくい立ち位置にあり

そんで、ヘヴィメタルミュージシャンとしても、
主流からは離れたところにいたりするわけで。

これまでも非常に、ちょっと変わった歩き方をしてここまで来ている。

のだけれど、
ここ一週間くらい、ここ数日くらい、
ちょっとまた、神様がメッセージをくれた。

思い出したんだよね、
思い出したっつーと語弊があるけれど、

思い返してみた。
神様が自分にくれた約束を。

つまりは、いちばん最初の時点で。
自分が自分の内面的な音楽の哲学大系を完成させて、
自分の青春にconclusionしようとしていた
たとえば18歳、高校3年のときに、
自分の音楽について、どんな成功の像を描いていたか。

もちろん、当時は、具体的に現実の中で、
どんな形になっていくのか
はっきりいってまったくわからなかったし見えなかったけれど

そんで、つい先日まで、
それは見えなかったけれど
思い出した。

それから、10年15年たった今になって
ようやくそれに思い当たった。

僕が最初に思い描いていた
成功のヴィジョン、

それが、どんな形をしていて
どんな理想像をもっていて
どんな新しい世界がそこにあったか。

要するに10年前の自らのイマジネーションが
今を作り、
現在の自分のイマジネーションが
10年後を作るけれど

自分の場合、経験上、
周囲とか社会との妥協よりも
自分がいちばんハッピーで最高になる選択肢を
選んでしまう傾向がある。
それは、もう無意識にそうなってしまっていて
生まれる前に
既に選んでしまっていることであって

それはつまり自分がそれだけわがままで
贅沢で
selfishで、
いかにワンマンショウをやりたがるか

そういうことだけれど

わかってきた
その場所に近づいていることを

そのとき、
気付いた
いかに神様が
他の誰にもない
他の誰よりも
大きな素晴らしい祝福を

音楽にしても人生にしても何にしても

僕のために用意してくれているか
僕のためにとっておいてくれていたか

そのことに気がついた

本当に僕は笑ってしまうほど嬉しくなった

ずっと目指していた自分の新しい世界は
もうすぐそこにある

今、頭の中に考えていることを
すべて実行したら
おそらくそれが見えるはずだ
そこにたどり着けるような気がしている。

たとえば、
俗っぽい話だが
音楽で食うなんていう言葉

それも、自分の信じる、自分の好きな音楽、
自らのオリジナルな音楽だけで食うという

いまどき、
音楽(だけ)で食うなんて
それなりにメジャーな音楽家であっても
なかなか難しい時代だと思うが

そんな命題に対しても
案外と自分らは
他の誰よりも近いところに
居るんではないかと
気付いた野田

それも、つまらない形ではなく
いちばん最初に思い描いていた
いちばん面白い形で

それが、自分が唯一、自分に許容する
自分が許せる
「売れる」「売る」の形だと思うのね

この人生で、唯一自分が自分に許容した
成功の形だと思うのね

商売のことはわからないから
商売のことを考えずに
それをやること

意識しないで
それでも
知らない間にうまくいくのが理想だ

意識してうまくいくんだったら
それは僕にとっては成功じゃない

だから僕にとっての成功は
意識しないでうまくいくことだ

まあ、今この時点、
今ここまででも十分に幸せではあるんだけれど
とても感謝しているんだけれど

本来行くべきである場所
本来、たどりつくべきである新しい世界

そこを開拓し、ひらき、
展開し活用し
開き、
用立てて
示し
その恩恵を世の中にもたらすのが
自分の使命であるとしたら

なんとそれをできるのが
世の中に自分だけだとは
その場所を与えられたのが
他でもない自分だけだとは

なんという大きな祝福であることよ

と思って神様に感謝するのです。

すべては俺のために用意されているのかよ

この世界は俺のために回っているのかよ

って(笑)

でもね神様の祝福っていうのは
それくらいすごいものだと思うんだ
神様が僕ら人間に対して与えてくれている祝福っていうのは
言葉にできないくらいの本当の栄光
っていうのは

音楽、ね。

僕は、世の中、とか、人、人間、に対しては
たいしたスキルを持っていない

そして、もっと言うと愛情も持っていない

しかしけれども、
音楽、そのもの、そしてその向こうにある
唯一自分だけの場所

その場所を通じて神様とつながっていた

その向こうにある神様

それだけに対しては
愛情を持っていた

自分が受け取る愛は
自分が与える愛と等しいとは
誰が言った事がだったか

でもそのとおりだと思ってる

僕に言わせれば
人でも社会でもなく
音楽であり
愛だ

そして僕にとっては
It’s all between me and God
だ。

だから、神様は
それにふさわしい場所を
きちんと僕にとっておいてくれた

もちろん役割は人それぞれだが

僕の愛はそこにあった

だから、僕に言わせれば
本来のゴスペルミュージシャンであれば

いやゴスペルミュージシャンでなくて
音楽家すべてにおいては

その霊感と祝福は
音楽そのものの中において起きるべきものであって

その他のどこにあるものでもない

それこそが僕が他人に対しても音楽をはかる唯一のものさしだった

奇跡はとっくに起きているし
それが僕にとっての唯一の拠り所だ

これは預言なのか

しらん

でも言葉にしておこうと思う。

そう
It’s all between me and God
ね、

どうやら本当にそうだった

少し話しは変わるが
思い出すんだ

そう、僕が、神様に、
「もうこれ以上、新しい曲を与えないで下さい」
と、初めて祈ったのはいつのことだったか。

あのね、先月も来てくれたけれどマークさん、
昨年、マーク・バンヤードさんが来たときに、
皆が僕に対して祈ってくれてさ、
詩編のところを引用して、
“New Song! New Song! God, please give him new songs!”
みたいに、皆で声出して祈ってくれたんだけれど、

僕は本当に不思議な、複雑な気持ちになった。

だって、僕は、いつも、
その逆のことを祈っていたんだから。

僕が、初めて、
「神様、もうこれ以上、新しい音楽を僕に与えないでください」
と祈ったのは
18歳と9ヶ月とか、
ちょうど高校を出る頃だったんだよ

高校時代にたぶん120曲くらい書いているけれど
それらの曲は、その後大人になってから録音して形にしたり
今でも演奏し続けている曲もあるけれど

特に高校3年の頃に今の嫁さんと出会って
その関係が親しくなっていってからは
困るくらいにインスピレーションが増加していって
つまりは自分の中のインスピレーションが溢れてしまい
生活に困るくらいになっていた

僕はもう十分だと思った
自分の音楽大系の中では
自分の人生の中では
自分の概念の中では
もうあふれてしまい十分だと思った
自分の小さな器にいっぱいになるくらい受け取った
神様から人生から
もう受け取れないと思った
それに僕は無駄にしたくなかった
それら神様から受け取った音楽を
これ以上受け取っても
きっと僕はそれらを生かしてあげることができない
録音制作して人々の耳に届けることや
うまく演奏して人々に聞かせることや
そんなことはできないと思った
自分はマイケル・ジャクソンでもU2でもないのだから
僕は神様から受け取った音楽たちを本当に愛していたから
たぶん自分の子供かなにかのように
それらをabort(中絶)したり、見殺しにすることが
本当につらかった、それはしたくなかった

だから僕は神様に祈った
もうこれ以上、新しい音楽を
自分に与えないでください
もう十分です
って。

そして、僕は自分の中にある
インスピレーションの泉に、
蓋をすることを覚えた

基本的には、
それからずっと、意識的に
蓋をしてきた

ときどき、必要なときには
その蓋をちょっと開いてみた

僕にとっては
楽曲を作るというのは
それだけの行為だし

時折、
蓋をしていても
楽曲は井戸の中から
溢れて
飛び出てきた

昨年、一昨年にできた楽曲は
ほぼ全部、そうしたものだし
蓋をしていて、作らないようにしていても
できてしまったものだし

だから僕は、
自分の流儀における、
ロックミュージックの作曲という意味では
曲を作る、曲を書くということに対して、
苦労をしたことはない。

結局のところ
僕がそれから、
もっとちゃんとした人生を計画していたのにもかかわらず
なんだかんだと
他のすべてを放棄してしまい
小さな自分のゆりかごの中で
音楽を鳴らし、制作することに
人生を捧げてしまったのは

それらの神様から与えられた
音楽たちを
放っておくことができなかったからだ
見殺しにすることができなかったからだ

僕は
ちょうど自分の子供かなにかのように
それらの音楽を
愛していたからだ

先月、書いた、
自分なりに
アコースティック一本で書いてみた
日本語のワーシップソングは、

じゃあ、他人のために
バンドのために書くワーシップソングではなくて

自分が自分のために
日本人の一人の音楽家として
神様に捧げるワーシップソングを
素直に書いたら
どうなるかなと思って
書いてみたものだ

それは、
皆で歌うためのものではない
教会で歌うものですらない

やっぱり
It’s all between me and God
なものになった

でも、
you can still sing along.
if you want to.
一緒に歌うことはできると思う。
お望みなら。

No(869)

■…2012年 5月23日 (Wed)…….キリストにあって輝け
先週土曜日は、横浜は日ノ出町シャノアールにて、
アウトリーチコンサートみたいなイベントのライヴを行った。

これは、なんでこんなことをやることになったのか、
うちの教会VICが主催ということになっていて、
うちのヤオ牧師のアイディアによるものなのだけれど、

なぜこのような企画が浮上したかというと、
そこに至るまでもいろいろと経緯があった。

うちのヤオ牧師も、見てのとおり、おおらかな性格で、
細かい計画を立てるのは得意ではないし、

僕も今回は、サポートしつつも、
おおよそのところはヤオさんにお任せしていた距離感もあり、

集客という反省点はあったけれど
まあ集客はいつもいちばんの反省点なのだけれど
それは永遠に反省点だしね、

しかし、結局のところ、
演奏の内容や、参加した人々の充実度という点では、

驚くほど充実して、また祝福されていたのも事実で。

高校生相手の演奏というのも、
意識はしていたのだけれど、

また、僕らもいつものとおり、
イベントの一番手を買って出ることによって、
スピリットを呼び込み、その日のイベント全体に着火するという
役割は果たすことができた。

ところどころリズムは乱れたけれど、
声も出たし、ギターソロも調子が良かったしで、
わりと完成度の高い演奏ではあった。

また寿朗さんところのB.D.Badgeが、
高校生相手に本領を発揮しまくって
えらいことになっていたのも祝福だった(笑)

その一部はこのビデオでも見られると思う。
またお手製のビデオクリップを作ってみたのだ。

こちら

また、わりとギターも調子よかったし、まあミスはあるけど
それから、かっこよく映っていたので(笑)
自分のギターソロだけ集めてビデオを作ってみた(笑)
ほんと、自己満足そのものというか、
マスターベーションとでもなんでも呼んでくれという感じだけれど

こちら

いいじゃん、
やれるうちにやって記録残しておかなきゃ(笑)

この日は、ヤオさんのバンド、
ヤオバンド、Yao Amoabengバンドにとっても、
ひとつの契機であって、

それは、
新しいギタリストの加入とか、いろいろと。
これも、僕が動いた面ではあるのだけれど、
今、ドラマーのRyo氏が、東北に行ってしまっているため、
で、いよいよ、いつ戻ってくるのかわからないので、

これを契機に、
ヤオバンドも、今まで、わりと、計画せずに、
メンバーもあまり流動的で、
その場の場当たりな運営と活動をしてきたんだけれど、

今回、頼りになる(人柄とか)ギタリスト氏に加入していただいのを契機に、
活動の基盤を、もう少ししっかりしたものにしていきたいなと。

それは、先の話ではあるけれど、
僕がこの場からいなくなったときに、その後も活動が続いていけるように
ということも、
先取りの話ではあるけれど考えている。

そんなわけで今回は僕はヤオバンドではドラムを叩いた。
ドラムを叩くこと自体、一年ぶりだったかもしれず、
バンドで叩くなんてことは、何年ぶりだったかわからず、
ワーシップでちょこっと叩いたりはしてたけど
それも一年ぶりくらいのはずで、

前日の夜にスタジオ練習で初めてヤオさんの曲を叩いてみて、
まあでも、曲はギターもベースも何度も担当してよく知ってるしね、
叩いてみて、あれ、意外と、レゲエのゆったりしたリズムって、
慣れてくると、ナチュラルだなあ、しっくりくるなあ、って。

少なくとも、前日の夜に初めて叩きました、
というのにしては、
かなり良いドラムが叩けた気がする。

バンドの中の呼吸とかアンサンブルとかリズムとかは、
ほら、
どのパートやってても同じだから、よくわかるし、

ただ、まだフィルを入れると、ちょっともたったりする傾向はあったが。

そういうわけで僕のドラミングもかなり好評で、
「ドラムの方がいいんじゃない? ドラマーになったほうがいいんじゃない?」
って、

でもこれ、昨年ベースを担当したときにも同じこと言われたんだよな。
「Takさん実はベースがいちばん上手いんじゃない」とかさ。

余計なお世話です、
いや、
感謝です。
ありがとう。

キリストにあって輝け、
と言って、演奏しました。
僕らちいさな教会、小さなバンドだけれど、
そこに神様の特別な祝福が、いつもあふれんばかりに
与えられていることは、
本当に感謝をしたい
サンキュージーザス。
サンキュー皆さん。

Imari Tones の、この先の演奏予定は、

6/2(土)小田急相模原Rockdenashi
7/13(金)関内Zany
7/22(日)横浜・寿町 音小屋
です♪

そんで、その先は。

ともかくも、6月、7月を使って、
3、4曲ばかし、れこーでんぐを、したいなあ。

いつが最後になるかもわからん、
でも、まだ最後には、しませんよ。

当面の、「最後」といえるアイディアは、先日、降ってきたから。
そこまでは、なにがなんでも、歩く。

No(870)

■…2012年 5月23日 (Wed)…….Heroes & Losers
人生の答え、というか。

今年、というか、
今シーズンは、
まだ、あの場所へ行けてないんです。

明日こそ、行こうかな。
春になってからも、
臨時のお仕事とか、入っちゃって、
お花見の季節も見事に逃したし、

先週ね、行こうと思って、
電車に乗ったら、
なんだかわからないけれど、
地下鉄直通に乗ればいいものを、
横浜経由JRを選んでしまって

人身事故で電車が1時間止まり、
そこへいくことをあきらめた

でも、かわりに都内を散歩して
インスピレーションをたくさん得た。

初めてあの場所を訪れて以来。

毎年のように、
あるいは、節目ごとにあの場所を訪れている。

目的は、まぎれもなく「礼拝」だったと思う。
別にクリスチャンになる前からそうだった。

そこへいくと、
空から自分を見てくれている人に、
会えるような気がしていた。
近くで直接話せるような気がしていた。

別にお祈りとかディヴォーションとか、
どこでもできるけれど、
自分なりの節目としての形があった。

昨年も、一昨年も、
ここのところの、バンドの活動にしても、
いつもその場所で、祈っていたし、
今回も、そこへ行って祈りたい。

で、先日は、
また河原で、
すぱーと安い葉巻をたしなんでいたところ、
降ってきた。

人生の答えが。

Losers

つまりは、俺は負け犬だし、
それでいいということだ。

僕が、当面、
まあ、自分のこのイマリトーンズと名付けられた
音楽プロジェクトについては、
解散も終了も、ありえないんだけれど、
死ぬまでやっていくものだしね

でも、当面のこととして、
これを作ったら終わりにする、
とここ数年言っていた作品がある。
それはコンセプトアルバムで、
歴史を下敷きにしたやつ。

でも、そんなコンセプトアルバムみたいのは、
そんな面倒な、資料とか、研究とか、歴史とか、
面倒だし、やれるわけないから、
ひょっとして一生出来ないかな、
と思っていた。

でも、そしたら、
降ってきてしまった。
人生の答えが。

降ってきてしまったからには、
作るしかない。

これは作る。
これを作ってから、
次のステージに行く。

ということで、
よろしくMacBook Pro(笑)

No(871)

■…2012年 5月24日 (Thu)…….こういう祈り方もある
最後にオチがあるよ

非公開設定でさ
今のうちに書いておこうと思ったんだ

演技でも
縁起でもないと思ったけれど
そのときがくる前に
冷静なうちに
今のうちに準備しておこうと思ったんだけれど

書いているうちに
こういう祈り方もあるかと思い立った。

つまりは、書いてしまえば
書いて公開しちゃえば
案外、これを使う機会は
ずっと先まで
無いんじゃないかって
マーフィーの皮肉の法則みたいにして

一度、自分の中で
それをしてしまえば

うちの親父は、
まあうちの家庭そのものが、
そうだったんだけれど

あまり良い父親とは言えませんでしたよ。

もちろん、父は善良な人間でした。
勤勉で、真面目で、
誠実な
良い人間の見本のような人間でしたよ。

でも、
やはり、良い家庭人だったかというと、
そうではなかったです。

家庭の中で、
愛を育むこと、
愛し合うこと、

生きていくこと、
戦っていくこと、
人として、どう生きていったらいいのか

そういうことに関しては、
まったく何も教えてくれなかった

これは、うちの母親に関してもそうで、
つまりは、うちの家庭においては、
コミュニケーションというものが
成り立っていなかった
そして
愛というものが
うまく機能していなかった

だから、人として見たとき
男として見たとき
うちの親父は、
かっこわるかったですよ
たとえ、立派な銀行に勤めて
部長さんになって
たくさんお金を稼いでくれていたとしてもね

だから僕は
少年の頃からね
うちの父と、母からは
反面教師として、
いろんなことを学んだんです

そこにコミュニケーションがないから
こういうふうに家庭内が不和になるのだ、
とか

そこに優しい言葉がないから
このように夫婦の間に誤解が生じるのだ
とか

愛を中心として生きていないから
そこに感謝の気持ちが生まれないのだ、
そして、

そこに感謝の気持ちがないから
このように冷たい家庭になるのだ、
なんてふうにね

だから、僕は、うちの両親を反面教師として
その後の人生において
もっと愛を表現しようとして
自分の伴侶を見つけ
自分なりに
愛のある夫婦関係や家庭を
作ろうとしてきたわけです

それはね、
もちろん、父からも、母からも、
もらったものも少なくはないですよ

立派に育ててもらったし
生真面目に生きていくこととかね
おかげで必要以上にくそまじめな
人間になってしまいましたが

あとは、
音楽や芸術の才能とかね
それはもちろん
感謝はしています。

まあ
おかげで
全然食えてないけどね
中途半端に才能もらっちゃったおかげで

でも、
そんな
少年の頃に
何も教えてくれなかった
うちの父が

実はいちばん多くのものを
教えてくれたのは

実は病気で倒れてからなんです

親父は、
定年まで、立派に働いた後、
老後を楽しみにしていたけれど
仕事人間の悲しさなんでしょうね

仕事をしなくなったら
とたんに体調を崩して
だめになってしまった

リタイア後を楽しむこともなく
そこからずっと下り坂を下っていったわけです

でもね
親父が、僕に本当の人生のレッスンを教えてくれたのは
実はそこからだった

これは、親子にしかわからないことかもしれないけれど

親父はね
体が動かなくなり
頭もはっきりしなくなり
最後には次第に言葉もしゃべれなくなり
意志の疎通もままならなくなっていく中で

それでも失われない魂の尊厳というものを
見せてくれた

家族のために、皆のために
自らが犠牲となって苦しむことを教えてくれた

そして俺は大人になってから
クリスチャンになったんだけれど
自らが病という十字架にかかる姿を
身をもって見せてくれた

そして、
なによりも、
人間なら誰もが最後には向き合わなくてはならない
死というもの、

死ぬということ
ああ人間すべては
宗教も、科学も、哲学も、芸術も、
すべては、この死というものに向き合うということなんだと

その姿を身をもって教えてくれた

もちろんそれは、
人類の歴史が始まってから
ずっとそこにあるものだけれど

本で読んだり
話に聞くのではなく

血のつながった親子だからこそ
父と息子だからこそ
伝えられるものが確かにあったわけです

たとえ言葉を発することができなくてもね

今年(2012年)の正月に
僕は帰省した際に、病院に見舞いにいったけれど

そのときすでに親父は
しゃべることができなかった

でも、不思議なことに
ベッドのそばで、親父の手を握ると
言葉を言わなくても
気持ちを伝えることができたんですね

俺はそのとき
死であるとか
命であるとか
魂であるとか
永遠であるとか
キリストであるとか
そういうことについて
親父と語り合いましたよ

そして、親父の顔が、
こう、顔色が良くなっていってね
そして、親父は涙を流したんです
ちょうど、俺が、そのことについて
話し終わったタイミングでね
実際には、一言も言葉を発していないにも
かかわらずね

俺は
ああ
死に向き合うということは
死を克服するということは
魂の永遠ということは
魂の救済ということは
愛の内にあるということは
キリストの内にあるということは
こういうことかと
身を以て
体験することができたんです

つまりは
ああそうか
神の救済ってやつは
洗礼でもないし
儀式でもないし
宗派でもないし、
概念ですらも無いなあ、
って

身を以て為すものなんだなと
こういうことなんだな

そして、もし
言葉を一言も使うことなく
こうして
一人の人間の魂を
救うことができるのなら
それがどんなに
素晴らしいことだろう

俺は教わったんですね

これは、
たぶん俺の人生において
ものすごく重要なことで
いちばんの重要なテーマなはずで

芸術家としても
宗教家としてもね

親父はちゃんと
しっかりと
最後の最後に
俺にそのことを
自分の身をもって
見事に教えてくれたわけです

俺は感謝しています。
すごい人だったと思います。
彼は人生の重荷を
決して簡単ではない人生の難題を、
人生で果たすべき仕事を
見事にやりきったと思います。

俺も見習うことができたらと
思いますよ

親父のようにありたいと
俺もそのようにありたいと
俺は思います

格好よかったですよ
最後の最後
病に倒れてからの
親父の姿は

うん
かっこよかった
それだけは
大事なことなので
言っておきたい

戦っていたわけですから
倒れてからの親父は
病という
とても困難な戦いを
どれだけそれが激しく苦しい戦いだったかと
思います
親父は、それを最後まで戦い抜いたんです

さっきも言ったように
俺は今、クリスチャンやってるんで、
送る言葉は、
自分流に

Yさん
あなたの魂が
愛の内にあるように
キリストの中にあるように
キリストの永遠の中にあって
あなたの魂が
永遠に輝いているように
brother in Christ
キリストの内にある兄弟として
イエス・キリストの名前において
あなたの魂の安息を祈ります
アーメン

というわけで
親父、
一度、俺の中で
しっかり殺しておいたから
ちゃんとこうして
神様に弔辞も提出しておいたから
もう死ななくていいよ

No(872)

■…2012年 5月24日 (Thu)…….Demon Hunter, Starfield, XTC

贅沢に
音楽聞きながら黙考して
文章書いているのだけれど

今年だって予算はないけれど
嫁さんの買ったものを
聞いているのもあるし
新譜はあまり聞いていないにしても

それでも
それであっても今年は当たりの年である
大事な音楽に出会えているという点では

1月2月の時点ですでに
Van Halenの14年ぶりのアルバムが出てしまうという
奇跡が起こっており
どう考えても
今年の(あるいは人生の)ベストは
これ以外には無い
それは動かないと思うのだけれど

そして
さらには3月には
またもや人生の中でもっとも大事な音楽家の一人であるところの
熊谷幸子さんの
CODAMA Throughとして
新曲が聞けてしまうという奇跡
(まぎれも無い奇跡)
があり

それだけでも恵まれているけれど
以下ちょっと書く。

Demon Hunter
“True Defiance”

書こう書こうと思っていて書いていなかったけれど
Demon Hunterの新作がなかなか凄い
“True Defiance”ってやつ

いうまでもなく
Demon Hunterは、
ここ数年でチェックした中の
メタルコアの中でいちばん気に入っているバンドであり
ていうか
ここ数年でチェックした中の
クリスチャンメタルの中でいちばん気に入っているバンドであり
ていうか
あるいはもしかすると
ここ数年でチェックした
すべてのクリスチャンバンドの中でも
いちばん気に入っているかもしれないくらいの
バンドなのだけれど

Demon Hunterは、
どちらかというと
オールドスクールだと思うのね

モダンなメタルコアのカテゴリには分類されてはいるけれど
その中のバンドとしては
曲の構造は、わりとconventionalというか、普通だし
AがあってBがきてサビとか、
ヴァース、コーラス、っていうか

そんで、スクリームのパートと
メロディのパートがはっきり分かれているしね
サビはたいがい、ちゃんと歌えるメロディがあって
安心できるし

しかし、その特異な音楽性というのか
不思議なメロディライン、
ハーモニー
リフの構築の美学、
それらが非常に高いレベルで
ヘヴィメタルの攻撃性と
クリスチャンのメッセージ性と
融合していてね

これは本物だと
そう思っているわけですよ
僕なんかは

んで、彼らの今年出た新作、
True Defianceが、これがまたちょっと凄いわけだ
かといって、過去の作品と比較して
どっちがいい、と単純に言えないのだけれど

それでも、なんか、音楽性の「深さ」と
クラシック具合が、
それこそVan Halenの新譜と比較してもいいくらいに
強靭なメッセージを放っているわけよ

もともと、精神性のしっかりした
地に足の着いたバンドだと思うんだけれど
その安定性と、
アグレッシヴなキレ方が、
今回、結構良いバランスで
攻めてきていて

でね、このバンドの面白いところはね
もともと、意外と
アウトドアなバンドじゃなくて
このDemon Hunterは、

というのもツアー、ライヴを
あまりやらないのね、このバンド
仕事や、家族や、地域にコミットしたい
という理由で

あまり音楽でしっかり食っていくという
感じのしないバンドで

ストリートなハードコアな
メタルバンドであるにもかかわらず
意外と、バンドの実体は
インドア派のパートタイムぽいという

で、どういうことかというと
中心人物のクラーク兄弟がさ、
といっても、兄は既に脱退しているんだけれど

このクラーク兄弟が、
本業はデザイナーで
そっちの方が、たぶん大成功しているらしいのね

ミュージシャンとして成功するのも大変なのに
デザイナーで大成功するというのは
どれだけ運がいいのか
実力なのか
すごい才能の持ち主なのか
ともかく
すごい成功例ではあると思うのね

CDのアルバムのジャケットのデザインも
たくさん手がけているみたいなんだけれど

こちら
これがそのデザイン事務所のウェブサイトらしいんだけど

手がけたCDのジャケットとか見ると
なんか見たことのあるジャケットとか
有名なアーティストも含まれていて
ずいぶんヒットしているなと

で、笑えるのが
本職のデザイナーであるところの
このDemon Hunter兄弟、

そこへもってきて
自分たちのバンドである
Demon Hunterのジャケットは
一概にぜんぶ、あれだ、
ダサいわけね笑

だから
彼らがやっているすべての仕事のうちで
たぶん
自分たちのメタルバンドである
Demon Hunterは
いちばんダサいものであるわけで

それが面白いなと

普段はオサレなデザイナーなのに
突然むさくるしいメタルミュージシャンになるという

そういうスタンスも含めて
Demon Hunterは、
ちょっと普通じゃないというか
そのやはり楽曲の構築のセンスも含めて
飛び抜けている気がするんだな

とにかく今回のアルバムは
いつにもましてクラシックだよ

どの曲をピックアップしていいかわからんけど
これもよく見るとすごいメッセージ性の強い歌詞だ

こちら

シアトル出身でしかもクリスチャンのバンドだというのも
僕らにとっては点数高いね

すごく強靭な、地に足のついたFaithを感じるんだ。

Starfield
“Kingdom”

Starfieldって
優等生のバンドだったのよ
ずっと

なんというか
良い子ちゃんのバンドだった

有り体に言えば
つまらないバンドだった

いや、素晴らしいバンドなんだよ
もちろん

でも、はみ出たことは一切やらないし
楽曲は、素晴らしいけれども
でも普通のことしかやらないというか
安全策しかやらないというか

昨年は、
Article Oneと
Reviveという、
僕が気に入っていた
クリスチャンのポップバンドの中でも
若くて
純粋で
しかも音楽的に斬新な工夫を怠らない
そのふたつのバンドが
昨年は解散してしまい
とても寂しい思いをしたけれど

それらのバンドとくらべると
Starfieldは、
似ているけれど
平均的なことしかやらないという意味で
つまらなかった
サウンド的にも平面的で
おとなしく

でも
だからこそそれなりに売れて
成功しているんだろうけれど

Starfieldの
平均的で、普通だけれど
優れた音楽性というのは
クリスチャンミュージックのカテゴリの中で

たとえば、ほら
僕なんかも教会でワーシップ担当するときに
一人ワーシップのときはさ、
Starfieldの曲をピックアップすることが
多いわけ

それはどういうことかというと
曲が良いのもあるんだけど
それよりも
ワーシップソングとして
曲が平均的で
教会で使いやすいのね
それが理由
そういうことがあったと思うのね
Starfieldが
クリスチャンミュージックの市場の中で
ロングセラー的に
細く長く
成功できた理由は

でももっとも成功といっても
彼らも、長く続いているというだけで
もともと、カナダ出身というだけで
少しハンディキャップだし

Reviveだって結局は
オーストラリア出身という
その距離と出身のハンディに
負けてしまった
わけだしね
言い方は悪いけれど
(ひとごとじゃないぜ
日本出身の僕らとしては
もっとだめじゃん)

でね、
彼らは、今回のこのアルバムから
インディーズになったわけだ
メジャーとの契約を更新せずに

つまりは昨今の音楽業界の状況ということが
もちろんあるんだけれど

でも、Article Oneも
最後のアルバムを自分たちでインディーズリリースして
その後すぐに解散してしまったしね

嫌な予感がしないでもないんだけれど
実際、もう歳もとってきてるし
アルバムも何枚も出したし
今作のリリースにあたって
メンバーも脱退して
中心人物のNeufeld兄弟だけが残ったしね

でも、実際の音を聞いてみたら
少し驚いた。

今までのStarfieldはあるいは冗談だったのかと。

なんか、メジャーから離れて
インディペンデントで
自分たちの好きなようにやれるようになったからなのか

今までの
平均的でつまらない
優等生な音作りが嘘だったかのように

生き生きとしている
そして、決して平均的ではない
創意工夫に満ちた
アルペジオやリフやメロディーや
サウンドを展開している

もちろん
Starfieldの持ち前の特徴である
素直で美しいメロディや
透明感のあるサウンドは
健在だけれど

もっともっと人間味や
あたたかみが
加わっている

音づくりも立体的になり
アコースティックな楽曲にも
体温が感じられるようになり

人間としての呼吸が感じられる

なんだか、
今まで、つまらないばかりの
優等生だとばかり思っていた彼らの
本当は意外に人間くさい面を見つけて
そのギャップに驚くような

そんな新しい発見に満ちている。

これは
たとえばSwitchfootが
同じようにメジャーから離れて
音楽的に非常にのびのびとふっきれて
自由な発想で
あの名作”Hello Hurricane”を作り上げたように
同じような状況が
ここにも起こっているのかもしれない

この踏み出した一歩

ここへきて
まるで新しい出発のように
この新しい一歩を踏み出す
その姿は
とてもすがすがしいし
感銘を受けた
軽く感動した

その踏み出す一歩に
今までのStarfieldでいちばん感動したかもしれない
なにげに

もう、ただの優等生じゃない
ひとつだけの特別な存在に
なるかな

2曲ほど拾っておく

こちら

こちら

Trixter
“New Audio Machine”

まだ聞いてない
楽しみにしてるけど
“いちばん萌えるヘアメタルバンド”
のオヤジになってからの復帰作

でね、
僕が
XTCを初めて聴いたのは
今から一年ちょい前
ちょうど震災のちょっと後

聴いたのは
誉れ高い名作ではなくて
最後のアルバムである
Wasp Star

で、僕はほらRUSHなんかもそうだけど
こういうキャリアの長い
素晴らしい大人向けのバンドは
一年に一枚ずつ聴けばいいやと思って

で、一年後の今、
最後からひとつずつさかのぼって
1999年発表の
Apple Venusを聴いてみたわけだ

過去の代表作はぜんぜん聴いてなくて
後ろからさかのぼって2枚聴いただけで
なにも語れないのは承知してるんだけど

このキャリアの最後の2枚において
僕がやられたのは
魅力を感じたのは

このXTCというバンドの
ものすごい厭世的なところ
そして、ひきこもりっぷり
この閉鎖感。

解説を読んでみても
彼らは80年代のはやいうちから
もうライヴ活動を停止して
スタジオでの制作のみ
という方針でやってきているらしい

で、そのライヴ感覚というのか
もっというと
世間との接点を捨てて
彼らは何を得たのか

その
世間との関わりを拒否した
彼らのかたくなな
世界の中には

驚くほど豊かな
世界が
広がっていたのね

イギリスのどっかの田舎町なのか
しらんけれど

世間の流行や
世俗的な成功とか
名声とか
たぶんそういうものに
とっとと見切りをつけて

彼らが選んだものは

あるいは平穏な生活だったかも
しれないし
あるいは家庭というものだったかも
しれないし
もっというと
誰もが生きている
平凡な人生というものだったかも
しれない

そして、すぐに気付く
彼らは、ライヴステージという現実から逃げたのではなく

むしろ逆に
人生というより大きなステージに
向き合ったのだと

だって、
その人生という、人間の本当のステージ、
その中には

他のどんなライヴバンドが鳴らすよりも
もっともっと豊かで広くて大きな
彩り豊かな音世界が広がっていたのだから

このXTCの最後の2枚からは
見過ごしてしまいがちな
忘れかけていたような

人間の(普通の人間の、誰もが生きる人生の)
生活の豊かさというものが詰まっている

それを表現することができてこそ
本当の音楽家なのだと
本当のアーティストなのだと
言わんばかりの
ものすごい技量のミュージシャンたちだ
このXTCという人たちは

“隠遁生活”っていいな、と思う。
隠遁、って、そんな言葉を使っても

それは逃げることじゃなく
むしろ、向き合うことなんだと

僕も、
結局はそこに向かっていくはずだろうと思う。
ずっと前から、そう思っていたように。

結局、僕も、隠遁したい人間であり、
人間として
本当の人生は、そこから先なのであって
本当の豊かな人生は、
そこからむしろ始まるのであって

そんな、生きていくことに対しての
ただしい「隠遁」の在り方と
人生の豊かさを
見せてくれたという意味で

アーティストとして
音楽家の生き方のひとつとして

まぎれもなく
確かにちょっとばかし
僕の人生をも変えてしまいそうな
そんな勢いの音楽だ
このXTCという人たちは

Apple Venusと
Wasp Starは、
同時に制作された
パート1とパート2の関係にある連作で、

Apple Venusはアコースティック、
Wasp Starはエレクトリック、
という内容で分けられているが、

おかしなことに
アコースティックな内容の
Apple Venusはキレまくった内容で

逆に
エレクトリックな内容の
Wasp Starの方が
まったりとリラックスした内容に
なっている

キレているぶん、
殺傷力は、前者の方が少し上かもしれず、
世間の評価も、AVの方が少し高いようだが、
僕は、どちらも同じくらい好きになりそうだ

結局、まったりしたWasp Starの方が、
平凡な中にも、人間味にあふれたメッセージが
詰まっているしね

しかし、恐ろしいレベルの高さだと思う。

一年たったら、また次のを聴いてみようと思う(笑)

こちら

こちら

No(873)

■…2012年 5月26日 (Sat)…….ギターに弾かされる
自分がギタープレイヤーとして
ひととおりの自信がついてきたのは
はずかしながら
最初のべいこく遠征をした頃、

だから2009年くらいか

あれな言い方だけど

ギターの声が聞こえるようになってしまった
のですね

なんというか
楽器の声が

その頃から
ギターという楽器が
だんだん好きになってきて
(今更かもしれませんが)

自分の中では
もうとっくに人生にも疲れているし
人生何度も自分の中では終わっているし

それでも、
ちまちまと演奏とかバンドとかを

続けてしまっているのは

むしろそれらのギターたちに
弾かされているというニュアンスが
近年はとても強いです

ありがたいことに
エレクトリックギターは
何本か所有している
旅の中で集まってしまった

たとえば1989年、1990年頃の
ヘヴィメタル仕様のギターとか

あるいは
近年のepiphoneの安物とか

どちらにせよ
安物とか
売っても二束三文にしか
ならないようなものなのが
つらいところですが

それでも
彼らの声が聞こえて
日々語りかけてきて

もっともっと俺たち私たちを
鳴らしてくれ
ステージで使ってくれ
録音や撮影に使ってくれ

と、
求めてくる。

思えばステージは、
僕らプレイヤーだけでなく
彼ら楽器たちにとっても
晴れ舞台に違いないのです
それが小さなものであれ
大きなものであれ

彼らの声が聞こえて
彼らの性格から持ち味から
わかるようになると
それらの声をなかなか無視するのも難しい

二束三文であっても
全部売っぱらってしまおうかと
思うこともある
けれど

やはりそれほど単純ではない

でも、よくもわるくも
彼らの声が
僕にその気がなくても
彼らに弾かされることによって
なんだか歩くことができていることも
事実で

僕はとくに飽きっぽいです
同じ内容の演奏を二度続けてすることも
いやがる傾向があるし
挑戦をしたがってしまう

ギターも、
国内というのか、
近所での演奏では
わりととっかえひっかえ
しているけれど

それが、モチベーションの
維持につながっていることもある
みんな弾いてあげたいという思いとね

そうはいっても
今年も、
とあるギターを売却してしまいましたが
やはり二束三文にしかならなかったが

さて
なにかの縁で僕のところに
来たこの楽器たちの気持ちに
これからどれだけ応えていくことが
できるものか

まあ
もうだいたい
応えたとも言えるし
そう思っているけれどね

でも、できるだけ長く
使って、鳴らしてあげたいと
年月を重ねることが
幸せと

人生は長い

いいな

僕は
女性というのか
パートナーについては
わりと
嫁さんひとすじで
くることができたけれど

たとえばバンドメンバーにも
別れや
変遷はあったし

でもギターについては
変遷はあるけれど
思っていたとおりの
何本かを所有することができた
目移りしているわけではなく
でも必要なものはすべてそろった

もうこれ以上必要はないから

願わくば
このまま歳を重ねていければ

弾かされているという
感覚が強い

取り憑かれているような
感じ

勘弁してほしいけど
人間そうやって仕事とか
していくものか

No(874)

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