2012年8月の日記

■…2012年 8月20日 (Mon)…….まとめて日記どーん
数日の間に書いた文章を全部いっぺんに。

ここのところずっと、書きたいと思いつつ文章書く余裕がなかったので、
このタイミングですが、まとめて、思考の記録を。

こちら

音楽業界の衰退が叫ばれるようになって久しいし、
こういう文章もたくさん目にしてきたと思う。

ここに書いてある文章は、どこぞの、それなりに有名なミュージシャン(その後、独自の道を歩いているような感じ)さんによって書かれたものらしいが、

このように、もういい加減、「音楽は金にならない」「音楽では食えない」ということを、かなり有名なミュージシャンさんや関係者の人たちでも、
はっきりと言うようになってきた、というところか。

この文章の中に、
25万曲が入ったハードディスクを友人からプレゼントされた女の子の話が書かれている。

この場合、そういうことが日常的に世界中で行われているのであれば、
これはもう、音楽の経済的な価値というものは昔とはまったく違うのだ、ってことは誰の目にも明らかだけれど、
そういったお金のことよりも、

そういうことよりも、
「その25万曲の中に自分の曲は含まれているかな」
というそこのところを気にしてしまうのが、
音楽家の性というものかもしれないと思う。

お金としての価値が変わってきてしまったといっても、
人々が音楽を愛し、音楽が人間にとって宝物なのは変わらないし、
その宝物のハードディスクの中にある25万曲の中に、自分も入るべく生きるのが音楽家ってものじゃないかと。

自分たちの楽曲も例にもれずSpotifyで聞けるようになっている。
このSpotifyというものが流行り始めたとき、
どれだけの人が気付いていたかわからないけど、
僕なんかも、これはまたやばい流れになってきたなと思ったものだ。

つまりは、Spotifyで曲をストリーム再生してもらったところで、
バンド側に入ってくるのは、1セントの何分の1か、
ともかく途方も無く少ない金額で、

iTunesで楽曲を購入するかわりにSpotifyを利用する、
なんて流れが一般的になってくれば、
アーティスト側に入ってくる金額は、さらに少なくなってしまうわけで、

それでも、Spotifyが普及するということは、
僕らみたいな無名のバンドにとっては、
聞いてもらえるチャンネルがもうひとつ増えるということでもあり、
実際に、最近うちらもSpotifyが動き始めて、
世界のどっかの国で結構再生されてたりすると、
たとえそれが1ドルとか2ドルに満たない金額しか生まないとしても、
ああ、嬉しいな、と思ってしまう。
iTunesでダウンロードされるのとはまた違う傾向の楽曲が聞いてもらえるのも嬉しかったりする。

言いたいことのボトムライン、
つまり、

ここ10年以上、
インターネットが世界に普及して以来、
音楽業界というか音楽産業の衰退なんてことは、
ずっと何度も繰り返し叫ばれていることだけれど、

こりゃ音楽は金にならんな、
音楽で食うのは難しい時代がくるなと、

いつからわかっていた?

これも僕はいつも言うことだけれど、

最初からわかっていただろう

ちょっと勘のいい人なら。

1990年代の終わり頃に、
コンピュータを利用したDAWというものが普及しだした頃
mp3なんてものが出て来た頃

そしてもっと勘のいい人なら、
60年代、70年代、80年代、90年代、
というロックの流れを振り返り、
それが次の10年に20年にどうなっていくか、
マスメディアとか現代の消費文化とか、
考えたときに、
違った形になっていくだろうというのは、
それほど予測が難しいことではなかったはずだ

で、事実、少なくとも、
1998年の俺は、そのことを結構予想していた、わかっていた。

それとは別に、自分は音楽で食えるとは1ミリも思わなかったし、
食おうとも思わなかった。
ていうかそれ以前の問題がたくさんあったので、そこまで考えることも及ばなかったのだけれど。

で、自分にとっての答え。
これも、本当はわかっていたこと。

その時、僕は、
音楽産業が衰退するな
(衰退という言葉は必ずしも正確ではない)
とわかっていて、
それでも、悲壮な決意でもって音楽に取り組もうと思ったのか。

いや、そうじゃない。

お金とか、貨幣価値で考えると、
それはもう、業界的な目線で見ると、
数字とか、もう衰退ということになるんだけれど、

こちら

たとえばこのへんの数字を見るとね、
2012年の上半期で、50万枚を越えたアルバムが1枚しかない、とか、
1980年代や1990年代からすると、考えられない売り上げの減少なわけで。

だからといって、
ロックの価値、
音楽の価値、
音楽を演奏することの価値、
音楽を聞くことの価値、

まあつまりはロックバンドをやることの価値が、
なくなったかというと、
そうじゃない。

今時、日本でも、ちょっとメジャーになったところで、
さっぱり金にならない、
夢も希望もないよね、
とか、言うけれど、

夢と希望は、違うところに、もっとたくさんあるわけで。

だから、僕の答えは、
10年以上たってわかる僕の答えは、

自分は、音楽産業が形を変えて衰退していく中で、
悲壮感をもってそれでも音楽に向き合った、
のではなく、

音楽業界が形を変えていくからこそ、
その中で、これは楽しそうだ、と、
希望を持って、音楽に向き合った、

その方が正しい答えだった。

そもそもが、
そういった従来のビジネスモデルとか、
その価値観の中に、
自分の居場所なんてなかったしね。

音楽業界の衰退、
形を変えていくこと、は、
僕らにとっては、
不幸なことではなく、
幸福なことだった、
どうひいきめに見ても。

ロックにとっては、健全なことだ。
そんで、やっぱりどう考えても、
ロックが本来向かうべき場所。

昔のスターのように、
ビジネスとか大人の都合に(それほど)縛られない
自由な可能性

経済的な数字に現れないところで、
ロックの価値は、無限みたいな可能性みたく
みたく、みたいな、みたいな、
可能性が自由に溢れている。

今の時代にだってビッグスターはたくさん居るけれど、
それらの在り方も昔とはずいぶん違う。
そして、彼らは素晴らしい作品を作り出している。
たとえ売り上げの数字や、コンサートの規模は、昔と比べて小さいものだったとしても。

そして本当のことを言うと、
僕は、お金や経済価値とは違った価値観による
新しい価値観が生まれるんじゃないかと
そんな世界が来るんじゃないかと思っていた。

そもそも近代資本主義が、
世界規模で、なんだか行き詰まってきている昨今、
新しい世界の価値観を作るのは。
そんな時代が、着実に来ている。

僕たちのやってきたことで、
お金に替えられるものは何もない。
経済的な見返りなんてまったくない。

でも、お金と違うところの価値では、
確かにたくさんのものを得てきた。
ささやかではあるけれど、
自分たちにしかできないことをやってきた。

これからも、
お金とか、名声とか、そういうものとは違ったところで、
不可能を可能にして、より遠くまで旅をしていくんだと思う。

とても贅沢なことではあるけれど、
できるのであれば、
それを、
インディペンデントなままで、
インディペンデントな方法論で、
お金や名声とは関係の無い手段で、
成し遂げることができたら、
いちばんいいなと思っている。

その、新しい価値観を求める、
果てしなく長い旅路の果て、
いったい何があるのか、
いったい何を目指すのか。

それは、
もう、
企業秘密ですよ(笑)

コンピューターの話を書いておきたい。

前にも書いたと思う。

コンピューターというのは、Macのことだ。

僕が、最初にパソコンを使って音楽を作り始めたとき、
僕はWindowsを買って、
Windowsでシステムを構築して、作り始めた。

それは間違ってなかった。
とてもとても正解だった。

なぜWindowsにしたかというと
Macは高すぎて無理だったからだ。
Windowsなら、安く調達できた。
それだけだ。

そして、それは正解だった。
非常に正解だった。

そのシステムを、
いろいろと、不都合を抱えながらも、
10年以上使ってきて、

詳細は以前書いたけれど、

そろそろ新しいシステムに変えたいなと思っていた
矢先、

MacBookProが手に入った。
親切な友人のおかげで。

で、僕はMacのシステムに乗り換えた。
理由は、お金がなかったからだ。
新しいシステムに乗り換える予算なんて、とても無かったからだ。

でも、Macは近年、あのApp Storeってやつで、
アプリケーションがとても安価に手に入るようになっていた。
Macの方が安かった。
という、10年前と同じ理由で、僕はMacにに乗り換えた。

Macにすると人生変わるよ、
とか、
よく聞いたが、
今はもうそんなこと言わないだろうが、

思うに、一番最初のMacが世の中に発表された昔から、
パーソナルコンピューターとは、
人生を変えるものであって、

つまりはパーソナルコンピューターに期待される機能として、
人生を変える、というのは標準で搭載されるべき当然の機能だと思うので、
別にMacを買ったら人生が変わりましたというのは、
驚くことでもなくて別に当然の結果だとは思うんだけれど、

確かにちょうどいいタイミングでもって
このMacBookProさんはきっちりと少しばかり
僕の人生を変えてくれた。

LogicPro9を使って、
デモとか、サイドプロジェクトの制作を経て、
この夏、ようやく、自分のバンドの制作を、
4曲ばかり、やってみた。

結果としては期待どおりだった。

もちろん、LogicPro9には不満も多いにある。
Appleのウェブサイトやチュートリアルビデオで誇らしげに宣伝されている数々の機能は、
肝心なところではまったく機能しなかったし、
動作であるとか、編集にあたっての不親切さとか、
このやり方しか認めない、というような柔軟性の無さとか、
そりゃもう、不満だらけというか、
ずっと使っていたうんと古いバージョンのCubaseの方が、
10年前のアプリケーションであるけれど
そっちの方がよっぽど良かった、と言いたくなる点もたくさんある。

しかし、今までのやり方を変えたかった自分にとっては、
それでよかったと思っている。
自由度の高かった、古いバージョンのCubaseと違い、
LogicPro9は、わりときっちりとした音になってしまう。
でも、今まで、セオリー無視でミックスとかやってたから、
それでいいかな、と。

とにもかくにも、
エコシステムというのか、
全体的な環境というのか。

これから旅の空に生きなくてはいけない自分としては。

ギターシステムも含めて、
いろんな人生のデータも含めて、
制作システムが、このうすっぺらいMacBookProに収まってしまった。

これだけ持っていけば、世界中のどこに行こうとも、
制作システムも、人生の記録も、
今までに制作した作品たちも、
すべて持っていける。

これは、やはりちょっとした身軽さという勇気をくれるのだ。

つまりは、世界中どこへ行こうとも、
このMacBookPro一台で、作品が作れてしまう、というのは。

これさえ持っていけば
(あと、きっと携帯用ハードディスクの一個も持っていけば)
自分は世界中どこにでも行ける、という勇気。

今回、Amplitubeを試してみた。
ギターの録音システムとして。

今まで、こういうバーチャルなギターシステムを、ちゃんと使ったことはなかった。
いや、デモとか、ほんの一部分とかでは、フリープラグインとかのアンプシュミレーターを使ったことはあったけれど、
本格的に使うのは初めてだった。

そんなの、ほんとは、アンプを鳴らして、マイクで収音して、ていう方がいいに決まっているけれど、
そろそろいいかな、と思い、試してみた。
そろそろ楽をさせてもらおうかな、と。

フィードバックが得られないのは唯一不満だ。

でも、ほら、Y師匠のところで録音したときも、
Bogner Fish、パワーアンプ、スピーカーシュミレーターを通して、ミキサー、レコーダー、という、ライン録音だったしね。

サシャ氏のところで録音したときも、キャビネットはブースの中で鳴っていて、自分はコンソールの前で弾いていたから、やっぱりフィードバックは得られないし。

Amplitube Freeなんていう、うまい具合の商品があって、
これは、メーカーとしても、貧乏人からちょっとずつ集金できるし、
こっちとしても、安価に必要なものだけ調達できるし、
とてもうまい仕組み。

MarshallのJCM800、900から、
Soldano、Peavey、
足下のペダルさえ、Tube Screamer、Gov’norなどなど、
過去に使ったことのあるE社製のアンプに良く似た音を出してくれるJetCity(設計した人が同じだし)、それから、現実に自分が愛用している真空管ブースターの代わりとして、T-Rex Moller、現実に買ったらずいぶんするけれど、
このバーチャル環境のおかげで、
円高もあり、1万円もかからずに、ほんの数千円で、
今まで現実に鳴らしてきたギターサウンドを、だいたいこのバーチャル環境でそろえることができてしまった。

2台のアンプを左右で鳴らすこともできるし、キャビも自由に選択できるし、マイキングや部屋の鳴りも自由に設定できて、至れりつくせり、
その音としてもリアリティとしても、不自由は感じない。

結果としても、作ったもの、
聞いた人からは、良い反応を得られていて、
これでいいかなと。

また、本当にこだわる必要のあるときは、
ちゃんとアンプ鳴らすけどね。
当面は。このヴァーチャル環境でも不自由ないなと思っている。

なんかね、自分はどこまでやれるかなと考えていて、
昨年一年かけて、”Japan Metal Jesus”というタイトルの作品を作っていて、
これで最後かなと思ったり、

それでもこの夏またこの4曲を録音制作したんですが、

自分の中では、次の作品はコンセプトアルバムの大作、
っていうヴィジョンがあるんだけど、

とにかくも、
制作に関して、
もう予算もないし、疲れたし、
無理かな、次で最後かな、作れるかな、
とか思っていたけれど、

MacBookちゃんが家に来て、
新しいシステムが、いつのまにか、気がつけば構築されていて、
しかもすごい安価に構築されてるし、必要なプラグインとか、本能的に、必要なものをフリーとか、安くいつのまにか入手しているし、

まだまだ作れそうな気がしてきたんだよね。

そういう、ちょうどよいタイミングで、
音楽を作っていくためのツールを、
きちんと与えてくれた神さんに感謝。

あるいは、それはまだ作り続けろ、
という過酷な命令のようにも思えるけれど。
インディペンデントに、人知れず、孤独に作り続けろと。
その旅を続けろと。

2009年型、Mid2009っていうのかな、
のこのMacBookちゃんが、
俺、性格的にアップデートとかしないから、
たぶんOSもSnowLeopardからアップグレード永遠にしないと思うんだけど、

できれば10年、2019年あたりまで、
一緒に旅をしてくれると嬉しいなあ、と。

で、これですね、
MacBookで作った最初の作品、から、1曲。

こちら

遠征前ですが、
何人もの人に、メールを送ったんですよ。
考えていること、成し遂げたいこと、抱いているヴィジョン。

そういうことを、面倒なメッセージにして、
いろんな人に投げたんです。

ここ数年、自分たちなりのバンド活動をしながらも、
この先どう歩いていったらいいか、
考えること、悩むことも多かったわけですが、

僕たちもほら、例にもれず、
立ち位置が微妙で、
スムーズな活動がなかなかできない環境だったり、
いろいろ、難しい条件を乗り越える必要があるので。

でね、この夏、ちょっとした天啓があって。

天啓は、いつもあるし、昨年もあったし、
ああでも、そういうことかなって、
やっとまとまってきた。

焦る必要もなかったし、

かといって、
ここまで歩いてくることができただけで、
もういつでも死んでもいいし、
バンドとかいつだめになっても
後悔はないんだけど

でも、今回、この目の前の遠征をやり遂げたら、
後悔の無いところまで
自分たちだけでやりきることができた。
そう思う。

成功や名声よりも、
音楽と冒険を重視する僕らの選択としては。
「ここまではやっておきたい」
というところまで、これですべてやった、と。

だからこの目の前の遠征はきちんと成功させて成し遂げたいと思っているけれど。

次にやるべきこと、
次に成し遂げたいこと。

それが見えてきたのね。
はっきりと。

それで、それを、どんな形で成し遂げたいのか。
それも見えてきた。
わかってる。

そのために、賭けをしてもいいタイミングにきてるし、
賭けに負けたとしても悔いはない。
それはそれで、プランB、セカンドプランというのはいつだってある。

I’m in love with this.
本気で恋をすることができる。
本気で、それに夢中になり、そこへ行きたい、成し遂げたい、
そう思うことができる。

それは、いちばん幸せなことであろうと、思っています。

その、いちばん先に、旅路の果てに、何があるのか。
それはもう、あれですよ。
企業秘密(笑)

思い当たるに、
命の価値ってものがあると思うんですよ。
あるいは、人間の価値というのか、本当の価値。
ポテンシャルというのか。

たとえば聖書には、
イエスさんの言葉の中で、
タラントの喩え話ってのがあると思うけど、
あの、預かった大金をどう使うか、
っていう、資金運用みたいな話が(笑)

ちきしょう、なんか、銀行家とかが書き換えたんじゃあるまいなあの聖書(笑)

人間に何ができるんだろう、
ちっぽけな人間に何ができるんだろう、
神様から預かったこの命で何ができるんだろう、って
思ったときに、
思ったのは、

たとえば、ここに魔法の杖があったとしよう
その杖を一振りすれば、
砂漠に泉が湧く、とか、
不毛の地を緑豊かな土地に変えることができる、とか、
町中の病気を治すことができる、とか、
そういう、なんでもできる魔法の杖。

人によっては、
その杖を使って、そういうすげえ奇跡を起こすかもしれない。
人によっては、あるいは悪用するかもしれない。
でも人によっては、
その杖を、単なる杖として使ったり、
あるいは、物干竿として使うだけかもしれない。
たとえば、その杖の持つ本当の力に気付かずに。
その杖の持つ本来の機能に気付かずに。

たとえば、ここにガンダムがあったとしよう。
神様が、ほい、これ君にあげるよ、と言って、
ガンダムをぽいっとくれましたと。

人によっては、
それを使って、なんだろう、土地を開墾するとか、
地球に迫る隕石を破壊するとか、
戦争を終わらせるとか、役に立てるかもしれない。
人によっては、やっぱりそれを使って戦争したり、殺戮をしたりするかもしれない。
でも人によっては、それが何であるかわからずに、
物を収納する倉庫代わりにしたりとか、
単なる邪魔な物体として放置するだけとか、
あるいはお台場あたりに置いて見せ物にするとか、
そういう事しかしないかもしれない。

神様が、僕らの命ちゅーか、
この人間という機能、
人としての、機能と人生を、
ぽいっとくれたときに、
案外多くの人が、
魔法の杖をもらっても、
それをつっかい棒とか、
物干竿としてしか使ってないんじゃないかという気がするのね。

案外多くの人が、
ガンダムをもらっても、邪魔っけなものとして裏庭に放置しておくだけとか、
オブジェとして飾っておくだけとか、
お台場で見せ物にするとか(しつこいか)
しかしてないと思うのね。

俺だって、
自分がもらってる人間としての可能性を、
あんまし使っていないかもしれないけれど、
こいつが見た目以上の魔法の杖だってことは、
わりと信じたいと思っている。

こいつを使って、
どれだけのことができるのか、
たぶん俺だけしか知らない。

いや、神さんはもっと知ってると思うけど。

まあでも、いいよ、
やるとか、やらないとか、どっちでもいいし。

つっかえ棒でも物干竿でも、
ちゃんばらの道具でもいいと思うんだよ。
鍋をかきまぜるとか。
オーケストラを指揮するとかさ。
それでおいしい鍋ができるんであれば。

そんなに深刻なことじゃない。
ポテンシャルの何パーセントを使おうが、使わまいが。
楽しめればそれでいいんだと思う。

それが人間それぞれの選択ってやつなんだし。

でも俺は、
ちっぽけな人間の人生ひとつと思っても、
ちっぽけでどうでもいいけれど、
でも、結構遠くまでいけるはずだと思っているんだ。

No(881)

■…2012年 8月20日 (Mon)…….G-1のぶんの日記
ギター速弾きG-1 Grand Prixが今年も行われた。

僕らはAtsuki Ryo with Jesus Modeで演奏した。
僕はギタリストとして。
熱きリョウはシンガーとして。
うちの嫁さんがベース弾いてるし。

G-1にバンドの部で出演するのも何度目かの経験だが、
このイベントではギタリストにかかるプレッシャーが大きいことから、
バンドの部で出演したとしても、なんちゃらの法則で、あんましうまく演奏できないことは経験済みというか承知のことではあった。

昨日も、熱きリョウもはりきりすぎていたし(笑)
僕もやたらとはりきって演奏は荒くなってしまった。
メタルのはずがパンクみたいな演奏になってしまった。
ギターソロも随所ですべっていたが、
そうはいっても要所ではそれなりに弾けていたのでよしとしたい。

しかしガツンと伝えるロックな演奏はできたと思うし、
たかだかJust for Funのサイドプロジェクトとはいえ、
「熱きリョウとジーザスモード」としても、
良いステップアップとなる舞台だったのではないだろうか。
少なくともいちばんヘヴィメタルの魂を伝える演奏はできたという自負はあるのでありました。

出演順もトップバッターだったわけですが、
聖書を朗読するというオープニングの演出を考えていて、
それだけじゃつまらないかなと思い、
いきなり無伴奏ギターソロから始めるという暴挙に出てしまいました。
ギター速弾きイベントで、すげえギタリストたくさんいるのに、
自分の無伴奏ソロで幕を明けてしまうということについては、
一応自分のその無神経さ、もとい、大胆さは自賛しておきたいところです(笑)

まあちからいっぱい演奏できたので感謝です。
今回の自分のテーマは「中二病」でしたが、
中二パワーが感じられるステージができたんじゃないかと。
このへんについてはもっと追求していきたい分野ですね(笑)

さてG-1のギター速弾きトーナメントですが、
今まで実力者として誰もが認めていながら、無冠の帝王であったセギノールさんがついに優勝となりました。

また偉そうな感想を、今年は短めに、書かせていただくと、

準決勝に進んだ段階で、
非常に順当に、過去に実績のあるベテランの方々が勝ち上がってきたわけですが、
その中でもNeo Shredさん、セギノールさん、Force-9さん、この3者はスピードという点においてはまったくの互角であったと思います。

恐ろしいフルピッキングの速度と圧力で、
このフルピッキングの速度という点では、過去の大会の中でもひとつ今回はピークというか、最も速かったのではないかと思います。とにかく速かった。

しかしフレージングというのか、戦術として、
この3人の方々を含め、今回わりと、シンプルなフルピッキングで、比較的シンプルなシーケンスというのかフレーズで、速度とポイントを稼ぐ戦術に出る傾向が強かった。これは、過去数回の大会を振り返っても、有効かつ着実な戦術ではありました。そこにはやはり圧倒的なフルピッキングの速度を持つNeo Shredさんの存在があったと思います。

今回、このベテラン3強が、同じような連続フルピッキングで押してくる戦術を取った結果、速度としてもフレージングとしても、差がつきにくい団子状態になってしまった。その中で、ひとつ引き出しの多かったセギノールさんが、決勝戦の後半の場面で、ささっと指板を上昇していくスウィープの連続フレーズを織り込んできた。 あれが、きっと勝負を決した決め技になったのかなと思います。

過去のG-1を振り返ると、
たとえば第6回、7回あたりを振り返ると、
タッピングでのレガートプレイを見事にこなす選手や、
複雑なスウィープを織り込んだフレーズを中心に組み立ててくる選手の優勝があったわけです。

その後、大会はNeo Shredを中心に展開する新時代となり、

フルピッキング最速の帝王Neo Shredさんを中心に、
セギノールさん、Force-9さんと、同じく圧倒的なピッキング速度を持つ選手たちによる、真っ向からの殴り合いとなった今回、
しかし最後の最後で技の多彩さが勝負を分けたところから、
ひょっとして今後また少し、勝負の方向性が変わってくるのかな、という予感を持ちました。

準決勝以降の試合が、過去に数回の出場経験を持つベテラン選手たちによる、
総決算的な勝負になったことも、次なる展開への転機となる予感を感じます。

しかし、このフルピッキングによる正面からの殴り合いという意味では、
間違いなく今回、史上最速のピークとなった大会だったと思います。
実にまさにG-1というのにふさわしい、さわやかなスピードが駆け抜けていきました。

今回、Force-9さん、この方も、実力を誰もが認めながらもなぜだか結果が出ないという状況が続いている選手でしたが、今回、ついにForce-9さんが本気を出してきた、という感じで、本領発揮という感じの凄まじいピッキングスピード、ついに初戦突破となり、準決勝も僅差の勝負でした。
久しぶりにお会いしたForce-9さんはなんだか若々しいオーラを感じさせ、まだまだこれから発展していくのではないかという可能性を感じました。

同じくセミファイナリストである、この方も今やG-1の常連であるKizzyさん、準決勝に進出した4名の選手の中では、スピードという点では一歩劣るところがあったと思います。しかしこれは、テクニックの問題というよりは、おそらくはあまり勝負ごとや競争心というものにこだわらないKizzyさんの性格からきているのではないかと思います。彼の性格からいうと、勝負に勝つというところよりも、音楽的にプレイヤーとしてお客さんにアピールすること、こちらの方がきっと彼にとっては重要で、それがこのG-1の場においては単純に速度の競争という点では不利に働いてしまうのかもしれません。
しかしギタープレイヤーとしての彼の魅力は素晴らしいものがあるのは皆さん知っているとおりで、この日も素晴らしいサウンドとフレージングで魅了してくれました。すのうまんさんと戦った初戦は堂々たる横綱相撲でした。
僕はオープニングのステージで、自分のことは棚に上げて偉そうに「一人前のギタリスト」なんて発言をしましたが、僕の中ではKizzyさんはこの「一人前のギタリスト」にかなり近いギタリストの一人であることを書いておきます。

競争心という点においては、
これは僕がG-1のギタリストの部に出ないのもこれが理由のひとつです。
バンドの部で出る方が楽しいというのももちろんですが、
まあそもそも、僕は選手たちみたくあんなに弾ける自信もないですが、
他人と競争してどうこうとか、
ああいうコード進行の中に押し込められて窮屈なプレイをすることに興味が持てない、とか、
やはり競争そのものに興味が持てない、というのが理由です。
以前、何度か、2度かな、ピンチヒッターで出たときによくわかりました。
自分はこういう競争には燃えないんだなってことが。
そういうわけでそんな立場から勝手な意見を書いています。

すべての試合をきちんと見ていたわけではないので、
すべての選手について書くことはできませんが、
ネット予選で圧倒的な実力を見せて関係者を騒然とさせてくれたすのうまん選手、
本戦でも期待していましたが、
サウンドの問題だったのか、機材のトラブルだったのか、
あるいはやはりまだこのG-1という特殊な舞台に慣れていないためか、
実力をすべて発揮しないまま終わってしまった感が強いです。
ぜひ次回以降も出場して、台風の目になってほしいなあと思いました。

セギノールさんは本当に実力を誰もが認める選手で、
3連覇のかかるNeo Shredさんを、止めることができるとすれば、たぶんセギノールさんくらいだろう、という大方の予想、そして実際にそのとおりになり、
実力がありながら、何度目かの挑戦でついにチャンピオンになったことに本当におめでとうございます、という言葉がふさわしいです。
Neo Shredさんの「セギノールさんなら仕方ないです」という敗戦の弁がすべてを語っていたように思います。

そして、Neo Shredさん、アンプヘッドを持ちこみでしたが、サウンドも非常によくて、なによりかっこいい、プレイの随所に色気が感じられ、二枚目なルックスとともに、やはり本当に魅力のあるギタリスト、プレイヤーだなあ、と思いました。

自分としても非常に刺激となるG-1の場に関わることができてよかったと思います。
これを糧として自分もギタープレイヤーとして精進していきたいものです。

そしてバンド演奏の部も充実していましたね。
どのバンドも素晴らしかったですが、
(我々Atsuki Ryo with Jesus Modeも良かったですね)
昨年も出演してくれたNANOtechnologyさんを見れたのが、
とても嬉しかったですね。
非常に個性とオリジナリティのあるステージで、
最高に楽しむことができました。

もうG-1も第11回となり、
実績のあるバンドの出演や、
大手メーカーの協賛、
ヤングギター等の媒体での紹介など、
着実に発展をしてきて、

決して、大きなイベントではないとしても、
着実に良質のイベントとして、ミュージシャンたち、オーディエンスたちを巻き込んで、継続的に、東京/日本のHR/HMシーンの中で役割を果たしてきている。

そんなユニークかつニッチなヘヴィメタルイベントとして、継続的な盛り上がりを見せているこのG-1 Grand Prix、僕は関わることができてよかったなと思っています。

Atsuki Ryo with Jesus Modeの今後の展開にもご期待下さい。
iTunes等でデビューEPも発売になっています。

ホームページはこちらね。
こちら

Keep On Rocking!!
それしかないですね!

No(882)

■…2012年 8月26日 (Sun)…….前線にて
都市ではなくそこから離れた小さな町を訪れ、その町でいちばんいかれた教会、牧師とつるみ、いちばんうらぶれた場所で、いちばん恵まれない人たちのために演奏するこのthe eXtreme tour。アメリカのというよりは世界中のクリスチャンミュージック、そんでクリスチャンに限らず音楽シーンの中で、これは間違いなくもっともカッティングエッジな人々の集まりに違いない。大真面目に集まり、語り、祈り、賛美する彼らの中にまじって、バンドとして僕らは、ふさわしいから来たというよりは、ふらふらしているうちに迷い込んでしまったという感じだ(笑) しかし日本の音楽シーンの中でもたぶんかなりはしっこの方にいる僕らがここに混じっているということには、たぶん意味があるのだろう。きっと何かを持って帰る。予想以上にタフだ。この3日間で強制的に英語は上達した。まあなるようになるさ。頼むよイエス・キリストさん。なんとか守ってくれ。

No(883)

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