音という言語の領域における

 

騒々しい創造。
寄り合い革命。
霊の領域における言語のコミュニケーション。

世の中は思っているよりヤバいんだろうなという気はしている。
つまり、人間社会ってこと。
世界ってこと。

もうどうしようもない、なんていうロックが鳴り響いていた1980年代後半から、1990年代。

それからずいぶん時間がたって、色々なものが変わったけれど、世の中はたいして良くならず。(良いことも、もちろんあるけれど)

現状はたぶん、どんなSF映画よりもヤバい。

なぜヤバいかって、多くの人はそのことに気が付いていない。
オレだってわからんけれど。

 

現代における支配ってものが、どんなもので、どんな形をしているのか、
僕はとんと知らないけれど、
それが霊にあってどのようなものなのか、
その形は、おぼろげにわかるようになってきた。

Trust me, it is not pretty.
Believe me, it’s very ugly.
そしてそれは、思った以上に無様で醜いよ。

 

最近、やっぱりロックバンドは革命だよね、レジスタンスだよね、
とあらためて思っている僕であるが、

本当の革命ってのはやっぱり、武力で政府を転覆させることじゃない。
別に政権交代を起こすことでもない。
とりたてて社会活動や政治活動をやろうとも思わない。

そもそも愛のservantたらんとするオレらキリスト者は、
politicsというものを信じていない。

もちろん、僕はCalling Recordsを皆で立ち上げる時にも、
「ただの寄り合いにしてくれ」って言ったように、
組織や団体ってのは信じてなくて、自主的に寄り合いやってる方がいいんだけれど。

かといって、どこかのレゲエ政治家とも違う。
ロックはそんなに甘くない。

僕はメディアもハイプも信じてはいない。
派手な奇跡も信じてはいない。

なぜなら本当の奇跡っていうのは、
野原にひとつの草が育ち、花が咲くみたいなものだからだ。
人の耳目を引くような奇跡は、あまり信じていない。

愛ってものがそういうものだとしたら、
そういう革命を、僕はやっていきたい。

たぶんこれまでも、やってきたんだろうけれども。

僕はロックンロールこそが、
「キリスト=愛」とつながる最良の手段であると信じているけれど、
だからこそ、ロックンロールの本来の意味、用途、そして力というものにこだわろうとしている。

各時代の偉大なロックの先人たちも、
その役割を担ってきたが、
その最終地点を担うのは、
僕ら名も無き市井の草の根ミュージシャンだ。

草の根のまんまで世界的になるのが僕の目標だ(笑)

愛には力がある。
破壊的なまでに力がある。
何かを変えることとは、愛を伝えることだ。
愛を伝えることとは、何かを変えることだ。

日本にあってキリスト教ロック、クリスチャンヘヴィメタルを鳴らす、ってこともそうなんだけれど、
これはオレの喧嘩なんだよね。
一緒に戦おう、だなんて、オレは言わないよ。
止めもしないけれどね。
It’s all between me and God.

 

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