出会いと別れ。本当のバンドとは。

 
 
 
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うちのバンドは、その名前が示すとおり、精神的な所有者、その所有権はうちの嫁さんのものだ。
誰のバンドかといったら、たぶんうちの嫁さんのバンドなのだと思う。

 

そして、そういった非常に個人的な理由を出発点として生まれた音楽ゆえに、運営面はすべてとはいかないまでも、音楽面ではほぼ僕が裁量権を持って「独裁」的にやってきた。

ただ、その独裁は、なるべくその時のメンバーや、周囲にいてくれる人々に配慮したものだたっと思う。
たとえば曲を書くのはほとんど僕であったとしても、その時々のメンバーの好みに合わせた曲を、僕は書いてしまっていた。良し悪しは別にして。
またメンバーのうち一人でも「嫌だ」と言えば、僕はそれ以上の無理強いはしなかった。

 

これは僕の視点での話であって、他の人や、各メンバーに言わせれば、彼らには彼らの言い分というものがあるだろう。

だから僕の視点でのうちあけ話だ。(愚痴とも言う。ほんとすみません)

 

2008年から2018年まで、約10年間一緒にやってきた[Tone, Hassy, Jake]のラインナップ。見た目もファニーで親しみやすいし、アメリカでライヴもたくさんしたし、小規模なインディであっても、これまで僕らの音楽に触れてくれた人たちにとっては、たぶんいちばん馴染みのある「黄金のラインナップ」であると思う。

だが、彼らと一緒にやった10年間。最初の5年間は、非常に祝福され、様々なものが上手くいった、とても楽しい時期であったが、後半の5年間は、一転して、我慢と忍耐の日々だった。
しかし、後から振り返ると、音楽的な祝福は、そして魂的な祝福は、むしろその後半の方が実りが大きかった。そういうものだろう、人生って。

 

基本的にひきこもりで、世間に背を向けているような性格と個性の3人であったから。(というか歴代メンバーはだいたいそうだった。というかバンドやるような人間はそういうのが多いのだろう。)(世の中には、「夢に向かって」とか「成功を追いかけて」みたいなノリでキラキラした人たちもいるのだろうが、そういうのは僕たちは縁がないし、周囲にもそういうバンドマンはあまりいなかった。)

だから、「売れよう」とか「成功しよう」とか「人気者になろう」といったような上昇志向とか色気みたいなものは、微塵も無かった。本当に微塵も無かったと言っていい。そうでなかったら、あのような活動をして、こんな音楽を作ることは出来なかっただろう。

そして、そこには確かに、一定のケミストリーは存在した。
と、言いたいが、必死になんとか頑張って機能させていた、というのが現実だろう。

 

そんな「黄金のラインナップ」だったが、基本的には2016年夏の時点で、集大成である”Jesus Wind”アルバムを作り終えた時点で、そのバンドとしての寿命は実質的に終わっていた。

僕はその時、”Nabeshima”のデモを形にして作り上げ、はて、このとんでもない内容の音楽をどのように扱っていくべきか、と思案し、途方に暮れ、それをメンバーに聞かせて反応を見た。
僕が、ああ、これは終わりなのだ、と思ったのは、それが決定的な瞬間だ。
今のままでは”Nabeshima”は作ることは出来ないと思った。

 

2016年の秋には、4度目となるXTJ (The Extreme Tour Japan)を行った。海外からゲストに招いたのは、アメリカのクリスチャンバンドではなく、南米チリのバンド、ビクトリアノだった。

XTJにも限界を感じていた。その前年の2015年に行った第三回目が、かなりギリギリの運営であったためだ。
アメリカ側の運営に、あまりやる気が感じられず、彼らの信仰に疑いは無いにしても、work ethic (仕事っぷり)については疑わざるを得なかった。(少なくとも、日本人の基準からすると)

だから僕らは、Calling Recordsの人たちに相談し、XTJは、たぶんこれで最後だけれど、アメリカのバンドではなくて、なんかしらんけど地球の裏側で日本語で歌って頑張っている南米の彼らを呼んで、彼らの夢を叶え、そして僕らもそれを一緒に祝福しよう、と決断した。
そして、非常に祝福された旅路を、皆で共有することが出来た。(たとえば、それで彼らのアルバムレビューが、Burrn誌に載ったりもしたのだ。人が夢を叶える、その手助けが出来ると、気持ちがいいではないか。)

 

その2016年秋のXTJの時点で、[Tone, Hassy, Jake]の3人によるイマリトーンズは、バンドとしてもうあまり機能しない状態にあった。

ビクトリアノと一緒の日程も、うちのバンドは最低限の日程だけの参加であって、あとは僕が一人で同行したり、Calling Recordsの仲間たちと一緒に回るという感じであった。

 

いつの頃からか、「もうライヴはあまりやりたくない」という発言が、バンド内で目立つようになった。メンバーのうちの誰だったとは言わないし、それは誰であっても同じことだ。
もともと厭世的な人間が集まったバンドだから、その心理はわかるし、それ自体は別に珍しいことではない。

けれども問題は、メンバーが(これも誰が、とか、どちらか、とか、二人とも、とかは言えないし、どちらであっても同じことだ)、「もうクリスチャンの人たちとは関わりたくない」と言ったことだった。

そして、問題の本質は、メンバー三人とも、そして他ならぬ僕自身、その気持ちが十分に理解できることだった。

つまり、「もうクリスチャンの人たちとは関わりたくない、なぜなら・・・」の、その「なぜなら」の後に続く言葉が、皆想像できたし、よくわかっていた。
たとえば、「偽善者ばかりだから」とか、そういうやつだ。

 

HassyもJakeも、キリスト教の世界というものを、表からではなく、どちらかといえば裏側から覗いてしまった。そして言葉の問題もあったと思う。英語で体験した情報は、彼らの中にはあまり入っていなかったのではないかと思う。

だから、2013年以降、より閉鎖的な日本のキリスト教の世界を見ていくにつれて、彼らの中にはネガティブな要素の方が多く積み重なっていったのだと想像している。

彼らは二人とも繊細なタイプで、人を見る目は結構鋭い。だから、彼らはキリスト教の教えとか、説教の内容とかではなく、人を見ていたのだ。後は、言わなくてもわかるだろ?

 

一緒にやってきた仲間だからこそ、僕は、その気持ちが理解できたからこそ、何も言えなかった。
そして、「最後にもう一枚、皆で作ろうぜ。それで終わりにしよう」と言った。
で、”Overture”を作った。メタルですらない、日本語のアルバムを。すごく切ないアルバムになったと思う。崩壊していくバンドの内情を、そのまま音にしたようなアルバムだ。

 

普通は、バンドなんて、ライヴをやらなくなったら、存在意義なんて無いのが普通だと思う。(最後の数年は、最低限の少ない本数しかやらなかった)
それでも僕らは、2016年秋にそうやって決断した後、もう一枚、作品を作って、2018年3月の最後のライヴまで一緒に音を鳴らして過ごした。
だから、[Tone, Hassy, Jake]のイマリトーンズは、やっぱり絆は強かったのだと思うし、そう思ってもらいたい。

 

たとえば2017年秋にやったCalling Recordsのイベントには、メンバーを説得して、「しょうがないなあ」といった感じで出演した。

Calling Recordsでは2017年の頃、YouTubeで、Xieさんのスタジオから、Calling TVと言って毎月番組を放送していた時期がある。
僕は、そこに2度、出演したけれど、どちらも一人で出演して、一人でアコースティックギターで曲を披露した。

それは、なぜ一人でやったかというと、メンバーが出たくないって言ったからだ。
Calling Recordsとは関わりたくない、って言っていたからなんだ。バンドメンバーが。

それでも僕にとっては、クリスチャンロックという、この日本においては、とても小さな火を、共に共有してくれるCalling Recordsは、大事なものだった。たとえ、言い出しっぺは僕じゃなかったとしてもだ。

だから当時、バンドメンバーと、Calling Recordsの仲間と、どちらを取るかと言われたら、選べなかったね、僕には。

もっともそのCalling Recordsも、2018年以来、ほぼ活動を停止してしまって久しい。
けれども、やった意義はあったと思っている。

それぞれに形は変わっても、その情熱と協力関係は、今でも続いているからだ。

 

けれども、[Tone, Hassy, Jake]のラインナップを、10年間続いたこの「黄金のメンバー」を、終焉へと導いたのは、他でもなく”Nabeshima”アルバムの音楽そのものだ。

この”Nabeshima”が無ければ、僕はきっと、バンドを解散せず、そのままだらだらと、惰性で続けていただろう。そして、そのまま、惰性と共に活動を止めていただろう。

伊万里音色という名前を持つ、このバンド。
その名前が示すとおり、伊万里焼という江戸時代からの伝統工芸、その古い芸術を意識したものである以上、その究極の形である「鍋島」の名を冠するこの作品に、妥協は許されなかった。

 

“Nabeshima”は、残酷なまでに真実を照らし出した。
その音楽に照らし出した時、[Tone, Hassy, Jake]のイマリトーンズでは、どう考えても、様々なものが足りなかった。

たとえ、運営上の問題があったとしても。
たとえ、メンバーがクリスチャンとは一緒にやらない、と発言したとしても。
たとえ、成功のために必要な海外ツアーや海外戦略が出来なかったとしても。
バンドとして、ミュージシャンとして、彼らに十分な技量があったのであれば、僕は彼らとともに”Nabeshima”を作っただろう。

だが、どうしても足りなかった。
そして、残酷な事実に気が付いてしまった。

たとえ、何枚もの作品を共に作り、アメリカを含む何度ものツアーや演奏活動を共にして、何年一緒にやってきたとしても、だ。
バンドとして、有機的に音に向き合うことの出来ないそれは、音楽上の会話やキャッチボールが成立しないそれは、本来の意味でバンドではなく、バンドごっこに過ぎなかった、ということに。

 

その事実を直視した時、僕がどれほど愕然とした思いを感じたか、わかっていただけるだろうか。(別にわかってくれとは言わない)

つまり、僕はその事実から、ずっと目を背けてきた。
だが、”Nabeshima”という巨大な壁を前にして、僕はそれを直視せざるを得なくなったのだ。

 

だからこそ、この状態で、成功をつかむことは出来ない。
それは、自然の法則に反している。
今のこのバンドの状態で、”Nabeshima”を作ることは出来ない。

そう決断し、僕はひとつの形を終わらせ、前へと踏み出した。
本当のバンドをやるために、だ。

(その本当のバンドの形を、僕はまだ探しているのかもしれない)

 

そして2019年、2020年。
僕の精神はたった一人、異次元を旅しており、僕はたった一人で”Nabeshima”アルバムを完成させた。

その精神の旅がどのようなものだったのかは、”Nabeshima”アルバムを聴いて感じてもらうしかない。
僕の決断が、音楽的な理想の追及が、果たして正しかったのか、間違っていたのか、それは、この完成した”Nabeshima”アルバムの音を聴いて、それぞれに判断してもらうしかない。

それを世に問うために、皆さんに問いかけるために、
今僕らはこうして、様々な手続きを行っている。
自分たちに出来る、なるべく良い形で、このアルバムを世界の皆さんに提示しようと努力している。

その努力は、きっと足りないのかもしれないが、それでも一歩一歩、着実に踏みしめて歩くことを許していただきたい。

 

 

どちらにしても、バンドというもの、そのバンドメンバーとの関係は、relationshipに似ている。
言葉が間違っているかもしれないが、男女関係や、夫婦関係のrelationshipに、とても似ていると思う。
それが感情的なものであり、また演奏のアンサンブルという共に作り上げる関係であるからだ。

 

僕は、人生のパートナーという意味においては、非常に幸運な出会いに恵まれたと思う。
人によっては、最良のパートナーと出会うために、いくつもの出会いと別れを繰り返すのが、この世の常というものであるが、僕は幸運にも人生のかなり早い段階で、理想的なパートナーと出会い、その人とともにここまで歩み続けることが出来たからだ。

だが、バンドメンバーという意味においては、やはり人並みに、出会いと別れを繰り返し、その理想の形を長いこと探し求めている。

その時々に、良いことも悪いこともあったし、
そしてまた、歴代のメンバーは、皆、素晴らしいメンバーたちであった。
だからこそ、こうして音楽を作り出すことが出来たのだし、ここまで活動してくることが出来たのだ。

 

誰しも完璧な人はいないし、リレーションシップにおいても、それが男女関係であれバンドであれ、完璧な関係というものはない。
それでも、互いを尊敬し、互いを尊重して、共に生きていくのが人間というものだ。

僕も、なるべく、そのように努力してきたつもりだ。
けれども、やはりバンドの運営というものは難しく、また音楽というものは、追及するためにはあまりにも大きく、遠い。

だからこそ、出会い、そして別れがやってくる。
そこには、ほろ苦い感情や、つらい思いや、愛憎をともなったbitter sweetな思いが込められている。

関わってくれたメンバーには、皆、感謝の思いを持っている。
けれども、時にはやはり別れがやってくる。
その思いは、バンドをやって、仲間と音を鳴らした経験のある人には、わかってもらえるかもしれないが、
けれども、そうした経験がなくても、人を愛した経験があれば、きっとわかってもらえるだろう。

 

10年間の旅路を共にしたHassyとJake。
彼らと一緒に演奏したり、旅をする夢を、今でも見る。
(メールのひとつもしてみようかと、もちろん、思わなくもない。けれども、僕らは皆、もともとシャイな人たちである。)

そして、憧れのドラマーであるKoji氏。

 

– – –

 

さて、昨年、2020年の1月。僕らイマリトーンズは、確か二子玉川の某ライヴハウスにて、一本、わりと武者修行的な内容のライヴ演奏を行った。

今のところそれが、うちのバンドの最後に行ったライヴ演奏になってしまっている。

 

その後すぐに、ドラマーのKoji氏から、肩の負傷(若い頃のバイク事故の後遺症から来る、肩の故障)を告げられ、バンドとしての活動がストップした。

Kojiさんの肩の怪我は、かなり深刻なもので、ドクターストップもかかっており、長期のリハビリが必要なものだった。

「そろそろ後任を探しておいてくれ」と、Kojiさんから最初に言われたのはその時だ。

けれども、僕らはすぐには後任のドラマー探しはしなかった。

その頃には、”Nabeshima”アルバムの制作で精一杯だったこともある。
そして、それを作り終えたとと思ったら、すぐにコロナウイルスの影響により、世間の状況が一変してしまった。
バンド活動というよりは、世界中の音楽業界の動きが止まってしまった。

 

それから一年。

年末から、僕らはKoji氏とメールをやりとりし、これからどこまでやれるか、2021年の活動はどれだけやれそうなのか、話し合っていた。

状況は必ずしも良くなかった。
Kojiさんからは、「手伝えたとしてもあと一年」といった旨の内容を告げられた。
それでも僕は、ジャパニーズヘヴィメタルの世界に貢献してきた、ベテランドラマーである「摩耶こうじ」氏の花道を飾るため、ささやかであっても最後まで演奏しようと思っていた。

しかし、突如として状況が変わり、そうも言っていられなくなってしまった。
“Nabeshima”が出る。ヨーロッパの勢いのあるレーベルからリリースされる。
そのためのプロモーション活動は、待ってはくれない。
今すぐに、どんどん、進んでいかなくてはならない。

 

長いキャリアを持つKojiさんとの活動。
僕は、もっとやれると思っていた。

2018年の7月から、新しいラインナップで練習をはじめ、けれどもリハーサルに思った以上に時間がかかったため、新ラインナップの正式な発表は翌年の7月までずれこんだ。
そして、少しずつライヴ活動を始めていった。
それは、あくまで試運転であり、小手調べ、肩ならしのつもりのライヴであった。

けれども、その試運転としてのライヴを5本ほどやった後、やっとここから本番と思っていた時に、Kojiさんの肩の問題が起きてしまった。

けれども、それは”Nabeshima”の制作、完成のタイミングとも一致していたし、また、その後すぐにコロナウイルスの影響によって世の中が一変するタイミングとも一致していた。

だから、やはりそれらのことも、神様の御心の中で起きたことだと思う。
僕はそう解釈した。

 

Kojiさんの人柄ということを思う。
年齢的なことや、スケジュール的な問題もあり、バンドしてのリハーサルの進行が、どうしても遅くなってしまうという問題はあった。

けれども、Kojiさんと一緒に演奏するのは楽しかった。
歳上の人ではあるけれど、とても人懐こい性格で、親しみが持てた。
そして、やはり間違いなく「憧れの80年代ハードロック」のかっこよさを持っていた。
それはやっぱり、年齢とか、格好とか、そういうのは関係なかった。
黄金世代だけが持つ雰囲気やかっこよさがあった。

今、こうして振り返ってみるとよくわかる。
Kojiさんのビートが、ノリが、スタイルが、一級品だったということが。
本物の80年代のハードロック、80年代の黄金時代のジャパニーズメタル。
その本物のビートが、グルーヴが、パワーが、その時代の熱い魂が、Kojiさんのドラミングには溢れていた。
それを体験できただけでも、僕は光栄に思っている。
だからこそ、これが苦渋の決断であったことを、皆さんには理解してほしい。

スケジュール上の問題や、運営上のあれこれはあったけれど、僕は、[Tone, Marie, Koji]というこのラインナップをとても気に入っていた。ストーリーも美しいし、正統派メタルなビジュアルだし、もっと長く続けたかった。

 

だから僕は、この先、”Nabeshima”のリリースが、どうなるのか、成功するのか、全然しないのか、わからないが、
もし出来るのであれば、Kojiさんと一緒に、一回だけでも、小さな形でもいいから、応援してくれる方々のために、何かをやりたいと思っている。
状況が許してくれるのであれば、の話であるが。

 

さて、2021年2月。
僕らが出会ったドラマーは、豪傑であった。

Kojiさんは、黄金時代である1980年代からタイムスリップしてきた荒武者のようだ、と僕はそう書いた。

だが、今度、僕らが出会ったドラマーも、やはり同様に武士であり、侍である。
というよりも、文字通りの意味で武道家だった。

より90年代メタル的なバックグラウンドを持つそのドラマー氏は、世代的にも僕らの音楽と相性がいい。
そして一国一城の主として、この時代に抗って力強く生きてきた男である。

まさしく龍のような男。
というか、文字通りの意味で龍のような男。(名刺に龍って書いてあったし)

 

そして人間性というか、人としてしっかりしている、という面では、ひょっとして歴代メンバーの中で一番かもしれない。

これはやはり、武道とか武術とかそういうのに携わる人は、礼儀とか社会性みたいなものが、ちゃんとするのだろうか。

(そういえばHassyも中国拳法をやっていたが、その意味では彼もやはりしっかりしていた)

うん、子育て中の親御さん、健全な人間に育てるために、空手や合気道などの武道を習わせるのは、おすすめかもしれません。

(僕はもう、長年バンドマンをやって、精神がだらけきっているので、手遅れだけど・・・)

 

その能力も、キャラクターも、ビジュアルも、まさにこれから、日本の精神を世界に伝えようとするこのバンドにふさわしい。

それは、新渡戸稲造先生が書いていたように、武士道という日本人の精神の器に、キリスト教という命を得て、普遍なる世界精神の花を咲かせるのです。

 

行きます。

 

 

鳴った音と、鳴らなかった音。
本来形而上の世界に生きる芸術家にとって、それらは等価値のものだ。
(エヴァンゲリオンより引用)
それでも音楽家である以上、僕らは目の前の音を鳴らすため、前に進まなくてはならない。

 

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