荒野にあって

クリスチャンロックをやり始めた頃、とある先輩のゴスペルアーティストにこう言われた。「教会を喜ばせるようなアーティストにはなるな」
それをやるとロックは死ぬからだ
もともと僕らはメタルバンドだから、教会や一般のゴスペルシーンとは距離がある。
僕らは別に正しい人間になろうとした訳じゃない。
好き勝手やってるロックミュージシャンだ。
ただどうせ好き勝手に生きて音を鳴らすのなら、せめて神のためにそれをやろうと思っただけだ。
そしてその神とはジーザスなんだとわかった。
それだけだ。
僕らは荒野にあり、放蕩息子としてのロックを鳴らしたい。

 

 

 

 
 
 
 
 
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