











やっと写真を整理することが出来ました。まとめたものを投稿します。
2年前のツアーの後も、なんとなく同じような事をしたんだけれど、コラージュ写真みたいにしてまとめてみました。あまりにも写真が多いから、こうやってまとめる方がいいと思ったから。けれどこれはあくまでうちのバンドの視点から、最低限の写真をまとめただけであって、ここに入りきらなかった素晴らしい場面もたくさんある。
それらは、また振り返りの投稿をする機会があれば、ソーシャルメディア等に掲載していくことになるだろう。
本当に祝福に満ちたハッピーなツアーだった。
当初のきっかけは、(すでにソーシャルメディアのページでも少し書いたけれど)、友人のJimさんの願いに応えて、Stevenson WAで行われるフェスティバルであるFireFest NWに再び出演したい、という事だった。
そして昨年加入した若きドラマーKenshinにアメリカを体験させることも大きな理由であり目的だった。
このツアーは計画する段階から困難なものだった。
目的地である西海岸(Stevenson WA、そしてPortland OR)。
しかし、これをツアーとして成立させるためには2022年以来の友人であり過去に何度か一緒にツアーを行った仲間であるFunky Sunday Partyの手助けが必要だ。
だが彼が住んでいるのは東海岸に近いPennsylvaniaだ (実際はペンシルベニア州の西端なのでむしろMidWestなのだが)。
だからどうしてもPennsylvaniaからスタートしなければならない。
そうすると、2024年にツアーした時にBowling Green OHにクリスチャンメタルのいかしたコンサートを企画している人たちと知り合いライブしたので、そこでまた今回もやろうという話になる。
そして数年前からここでライブをやらないかと声をかけてくれるクリスチャンバイカーの団体の方がSalt Lake City UTに居て、この機会にそれも実現したいと考えていた。
結果的に、Erie PAを起点にしてOhioでもライブし、Salt Lake City UTを通ってPortland ORまで行くというクレイジーなルートとなった。
最初に計画を立てたのは年の始め、1月から2月の頃だった。
とんでもない長距離ドライブということで、ガソリンの価格を見ると、数年前にくらべかなり価格が下がっている。これならいける。そう思って決断した。
だがご存じの通り、3月になり中東での戦争が起きて、ガソリンの価格が急上昇。なんてことしてくれるんだ!! (もちろん某アメリカ大統領の方に文句を言っております)
そして戦争が短期間で終わってくれないかと期待したものの、結局長期化。ガソリンの価格も下がることなく高止まり。
どうしようもない世界情勢ではありますが、ツアーの経済面で大きなリスクとなりました。
(ちなみにだけど、Scottの車、大きなトラックだけど、立派な車だからガソリンは”Premium”を使うので、余計に高いんですよ)
また、この超長距離ドライブを行うにあたり、宿泊費の問題は当然大きい。
物価は上がっており、昔なら安モーテルで宿泊出来たところ、今の時代では「安モーテル」であってもかなり高い。しかも円安で円に換算して考えたらとんでもないことになる。
この宿泊費用もツアーを計画するにあたって大きな問題となっていた。
3週間あまりという「アメリカを回るという意味では限られた短い期間」の中で、ツアーを成立させるべく、ドライブのルートを試行錯誤し、その途上でショウを組めないかと試行錯誤する。そのために、各地でつながりのある友人や知り合いに声をかけてみる。またインターネットでミュージックベニューを探しブッキングを試みる。僕たちは完全インディで、今回のツアーも完全なる「手作りインディツアー」だ。だからブッキングエージェントやツアープロモーターみたいな人間はいない。全部自分たちと、友人や仲間のつながりの中から作っていくのだ。
オハイオ州のいくつかの都市、シカゴ、ミネソタ州南部の町、インディアナ州のとある町。いくつかブッキングを試みるが、結局は「長距離ドライブ」を完走するプレッシャーがのしかかる。ライブをやるよりも、まずは確実に西海岸のライブの日程に間に合わなければいけない。そして「宿泊」の都合と予定がどうしても優先となり、僕たちを泊めてくれる親切な方々が門戸を開いてくれた時点で、シカゴルートはあきらめ、「インディアナ、イリノイ、ミズーリ、ネブラスカ、ワイオミング」と中西部そしてハートランドの超田舎地帯を通るルートを行くことが決定した。
そのルートだとほとんどライブのブッキングはできない。
あるいはショウを組める数少ない場所としては、カンザスシティあたりが候補になるだろうが、時間的にそこを通っている余裕はない。
そして、これは実際にその地域、それらの州を走ってみて、「こんなところでライブがブッキングできるわけない」(少なくとも難しい)ということは一目瞭然で実感した。
一面、荒野、畑、地平線があるだけだった。なんもない。人もほとんどいない。ガソリンスタンドを見つけることすら難しい。やっとガソリンスタンドを見つけると、そこにバーが併設されており、そこがどうやら「小さな町の唯一の盛り場」になっている。こんなところにミュージックベニューはできないし、日本のバンドが来て演奏することなどまずあり得ない。
だが、結果的に祈りつつ神の導きを信じ試行錯誤するうちに、ショウのブッキングが進み、ツアーの形が見えてきた。
Funky Sunday Partyの地元であるErie PAでのイベント。ここは彼の地元だけに、その気になれば地元に密着したイベントがいくつも組める。しかし「限られた期間で長距離を突っ走る」必要がある今回のツアーでは時間が限られており2本のライブを組むのが精一杯だった。しかし、それも前回2年前のツアーのつながりがあるため、良い内容にする事ができた。
Bowling Green OHでの、教会でヘヴィメタルのイベントを組んでいる”The Bridge”さんのイベント。これはクリスチャンメタルに限らず、中西部(MidWest)ならではのメタルの地盤があり、若いメタルバンドを集めて定期的にやっている人たちだ。僕たちも日本で取り組んでいる「ヘヴィメタルチャーチ」の見本として、大いに刺激を受けた。そして彼らも、もともとインターネットを通じて声をかけてくれた人たちで、2年前に一度訪れて演っているため、すでに気に入ってもらっており、素晴らしい繋がりとなっているのだ。
Indianapolis IDでは、とある著名なクリスチャンバンドが協力を申し出てくれたものの、滞在が月曜日たった一日という事もあり結局ライブは組めなかった。しかし、何年も前から僕たちのバンドを応援してくださっているとある親切な方が僕たちを泊めてくださり、それはとても祝福された交流となり良き時間となった。
そして予想もしていなかった展開としてミズーリ州の平和で小さな町Kirksvilleに立ち寄る事になった。とある熱心なメタルファンの方が僕たちを歓迎し宿を提供してくださったのだ。その方はとんでもなく熱心な生涯かけてのヘヴィメタルファンの方であり、その自宅はまるでヘヴィメタルの歴史の博物館であり遊園地だった。プライバシー等の事情から詳細を書くわけにはいかないだろう。しかし素晴らしい人物であり、素晴らしい家庭だった。そしてヘヴィメタル愛好家にはインテリジェントで知的な人が多いという事をまた実感した。
僕は今回、MidWest、このミズーリ州、そしてHeartlandと言われるアメリカの中心部の「何もないエリア」を訪れるのを非常に楽しみにしていた。
そして、それは期待以上に素晴らしい経験だったと言っていい。それは言葉ではとても伝えられない。
しかし日本人であるならば、果てしなく広がる何もない荒野の只中にいるだけで、感動があるという事はわかってくれるだろう。もちろんアメリカの広大な大地は、これまでに何度もアメリカを訪れて、たとえばテキサスやテネシーといった南部をツアーする中でも幾度も体験しているのだけれど、このHeartlandの大地はこれまでにない感動だった。(住んでたらきっと退屈だし飽きるんだろうけど)
そしてIndianapolis, Kirksville, Salt Lake Cityといった場所でお世話になった素晴らしい方々だけでなく、各地で出会い触れ合った多くの人々。それらの人々を通じて、僕たちはアメリカの本当の素晴らしさを垣間見たように思う。それは都会でははなく、MidWest、Heartlandといった場所だったからかもしれない。このHeartlandという地を訪れる事で、僕たちはどういうわけだか、アメリカの本質にちょっとだけ触れて、アメリカへの理解が少しだけ深まったように思うのだ。
そして、それが政治的な意味であれ、文化的、音楽的な意味であれ、僕たちは今までにアメリカという国の悪い面もたくさん見て来ているのだが・・・どういったわけか、今回の旅では、アメリカの良い面ばかりが目に付いた。きっとそれは、神様が意図して僕たちにアメリカの良い面を見せたのだと思う。それもきっと神の計画なのだろう。
これまでの人生を生きてくる中で、僕はおそらく、色々なものに失望を経験している。それは、アメリカという国についてもそうだし、キリスト教もそうだし、ロックンロール、ロックミュージックそのものについてもそうだ。(もちろん、ジーザスに対しての信頼を失った事はないが、人間のやっているキリスト教という事については失望もあるということだ)
だがこの旅で、僕はそれらのものについての信頼を取り戻す事が出来たように思う。それはアメリカという国の基、ファウンデーションとなっているもの、その精神を感じたからかもしれない。また、それは人間世界における目の前の小さな出来事に捉われるのではなく、もっと大きな視点で物事を見ることが出来たからかもしれない。大きな視点、人間の歴史、そして神の計画から見れば、人間社会の政治的なあれこれも、さまざまな争いも、ロックミュージックをめぐるさまざまな矛盾も、人類が繰り返すありとあらゆる間違いや失敗も、大したことではないと思えたのだ。
そして僕は、やはりこのアメリカという国の基、基盤となっているものは、それは信仰なのだと実感することが出来た。
それは国というものを考える上で、そして人間というものを考える上で大切な事だった。
それはやはりこの独特のドライビングルートがもらたした小さな奇跡だろう。それは確かに神の導きだったのだと思う。
僕だけでなく、このツアーは関わった人々に「癒し」と「回復」をもたらした。Funky Sunday Party (Scott)は、今年、13年間連れ添った介助犬のWillyを亡くした。詳しい説明は省くが、彼にとってWillyは大切なパートナーであり支えだった。今回僕らがScottと一緒にツアーする事を決意したのは、彼にこのロスを乗り越えてほしかったからだ。Willyがいないのにツアーする事は彼にとっては難しい事だ。だけれど、いま一度、僕らと一緒にツアーし、それをWillyに捧げたかった。そしてWillyのためにも、僕らは共にロックできるんだという事を、もう一度証明したかった。
Scott (Funky Sunady Party)とは、彼との出会いは2022年のThe Extreme Tourだったが、翌年2023年には彼は日本に来て、そこで教会に宿泊し共にツアーもした(大半はドラマーのShinryuとのツアーであり、僕らは一部だけの共演だけれど)。
そして今から2年前、2024年に、僕らはアメリカ南部のテキサス、テネシーをメインに回るツアーを一緒に行った。けれども、その時には色々な問題があった。Scottは色々と問題を抱えている人間だ。危ない場面も何度もあったし、僕らは正直、こいつとはもう一緒にはやれないなと思った。
(それでも、クリスチャンとして彼の信仰を疑った事はないし、アーティストとして互いに共感し理解し合っているという意味では、やはり深いつながりがあるのだけれど)
けれども今回、また一緒にツアーをすることになった。神様がそう言うんならやろうと思った。彼はより良い人間になろうと努力し、問題を克服しようとしている。僕は彼を信じようと思った。2年前の借りを返すというわけではないが、2年前の時よりも、もっとうまくやれるはずだと思った。より良いチームワークで、お互いにより愛と許しの精神を持ち、人間のエゴではなく神の使命を中心に据えてやるということだ。それが神から与えられた宿題なのだと思った。
もちろん2年前のツアーも十分に素晴らしいものだったのだ。だが、僕たちとScottには、もう一度、Willyのためにそして神のために、もう一度手を取り合ってロックしろという使命が与えられたのだ。
僕らにはもう一度チャンスが与えられたのだ。素晴らしいじゃないか。
そしてScottは確かに変わった。もちろん、スコットはスコットのままだが、精神的にずっと安定していたし、あれやこれやの問題もぐっと少なかった。たとえばひとつ例を挙げればきちんと時間を守るようになった (アメリカ人にしては、という注釈が付くが)。もともと大きな体で豪快なキャラクターなので、今回のツアーでかなりクリーンになった彼を見て、僕は日本の古典的なマンガ/アニメを引き合いに出し「きれいなジャイアン」という事を教えてあげた。つまり今回のツアーにおいてScottは「きれいなジャイアン」だったのだ。「神様、ベターなスコットをください」「よろしい、ではきれいなスコットを授けよう」そんな感じだ。どちらにしても信仰の賜物だろうか、彼の上には神の導き、啓示のようなものがあり(英語で何と言っていたか忘れた)、そして彼は確かにbetter personになったのだ。
Funky Sunday Partyことスコットの話はひとまず置いておいて、ツアーのブッキングについて話を続けよう。
いやブッキングよりも前にロッジング、つまり宿泊の問題だ。
3週間余り、数え方によるが23泊あるいは24泊はしなければならないところ、ではツアーを終えて宿泊費はいくらかかったかといえば、それはゼロである。1円も、1ドルも宿泊の費用はかからなかったのだ。これが結果だ。そしてそれは祝福という他ない。本当にみなさまの親切、あたたかな皆さんのご厚意、そして神の導きと守りに感謝というしかない。
その宿泊の内容はといえば、Erie PAではスコットの自宅に滞在し、Indianapolis IDとKirksville MOでは前述のように熱心なファンの方のお世話になった。そしてNebraska州で一泊キャンプをした。この事は後で書く。Salt Lake City UTではお世話になったクリスチャンバイカーチームの方々が滞在場所を用意してくれた。西海岸に向かう途中のNampa IDでも、とあるミュージシャン仲間の方のお世話になった。Portland ORでは今回のツアーの大切な理由であり僕らを熱心に応援してくれるファンであるJimさんにお世話になった。(正確にはJimさんの親戚の方のお家にご厄介になった)。Stevenson WAで行われたFireFest NWは、そもそもキャンプ場で行われるので必然的にキャンプとなった。キャンプ用品はScottが用意してくれた。Veneta ORで参加したThe Extreme Tourでは現地の教会に滞在。そしてそれが終われば翌日にPortland ORで最後のライブを行い、深夜にそのまま空港に向かって翌朝の飛行機で日本へ向けて飛び立ったというわけだ。
中での印象的だったのはネブラスカ州の某所でのキャンプの一泊だ。
もともと、MidwestからSalt Lake Cityへと向かう過酷なドライブをせねばならず、キャンプ場へたどり着いたのはかなり遅い時間だった。このあたりは非常に自然が豊かなため、またホテルなども少ないためだろうか、ハイウェイ沿いにキャンプ場はたくさんあるのである。しかし本来ならば明るいうちにキャンプ場に到着したかった。すでに夜遅く真っ暗な中で、ナビゲーションに従い目を付けたキャンプ場へと車を走らせるが、道はどんどん細くなり一面のとうもろこし畑の中をひたすら奥へと入っていくだけである。道もガタガタで走れないくらいだし、周囲に人気はまったくなく民家などあるはずもなくホラー映画のようでかなり怖かった(笑)
そしてなんとか到着したキャンプ場も人はまったくおらず、どうにかこうにか暗い中でテントを設営する。後からスコットも言っていたが、なぜあの暗い中でスムーズにテントが設営できたのか、振り返ると不思議なくらいなのだ。そして虫がめちゃくちゃいっぱいいる。アメリカは広いから、また季節によっても、虫がいる場合もあれば、いない場合もあると思うが、この時は蚊みたいな虫がめちゃくちゃ群れをなしていた。確かに2、3ヶ所刺されて痒かった、なんならちょっと痛かったかもしれないが、日本の蚊とはまた違うようで、そのわりには刺されず、割と無事だった。
アメリカ人はそれでもキャンプとかバーベキューとかそういった事には熱心なので、スコットはいつものように焚き火を起こし、薪を拾い集め、そしてホットドッグを焼き、いろいろあって結局楽しい夜だったのだが、やはり大変なキャンプだった。大変だったから記憶に残っているのだ。
夜中にトイレに行こうとしたら、スコットが「ボブキャットがいるかもしれないからこれを持っていけ」と言ってでっかいナタを持たされ当惑したものである。ナタというか、ほとんどショートソードみたいな武器じゃないか。これで野生動物と戦えというのか。
翌朝起きて明るくなると結構きれいな湖に囲まれたキャンプ場であったが、やはり人はおらず、そしてレイトチェックインであればそもそもキャンプの費用も必要ないという事がわかった。そんなわけで「宿泊費ゼロ」の記録が図らずも達成されてしまったのである。
宿泊費だけでなく、高騰したガソリン代などの費用。そして何より飛行機代。
結果はどうだったか。
確かに僕はツアーの前にギターやいくつかの機材を売って資金の足しにしようと努力もした。
だけど、本当にたくさんの人たちからご支援をいただいた。
色々な方々から、色々の機会に。本当に書き切れないくらいだ。
けれど、信じて踏み出せば、必要なものは神が備えてくださる。今回も本当に、その事をあらためて思い知らされた。
結局、なんとかなったんだよ。もちろん生々しい数字は書かないけれども。
Merch、つまり物販もばっちり売れた。ツアー後半にFireFestにたどり着く頃にはほとんどなくなっていた。Tシャツももっと強気になってもっとたくさん作ればよかったかもしれない。でも、作るのにもコストがかかるから、仕方がない部分もある。それでもちゃんと売り切れたんだから本当に祝福であり感謝だ。でも何度ツアーしても、やはりTシャツがでっかいサイズからなくなっていく感覚はつかめない。2XL、XLが最初になくなるんだよね。今回は作らなかったけど、普通みんな3XLとかもっとでかいサイズも用意しているんだと思う。
ライブの話に戻ろう。
Salt Lake City UTは最高だった。
ここでのライブが金曜日にブッキングされてしまったため、予定を一日繰り上げてドライブしなければならず、大変な日程となったのだが、その価値は十分にあった。SLCでは4日滞在したが、それは非常に祝福された時間だと言っていい。Salt Lake Cityは僕たちにとって祝福だった。
前にも記事やソーシャルの投稿で書いたかもしれないが、僕は過去に、もうずいぶん前のことになるが、”Karma Flower”のアニメーションのビデオがとある映画祭で賞を取り、そのために一人でSalt Lake Cityに来た事がある。正確にはその隣にあるOgdenで開催されたインディーの映画祭だった。映画祭の関係者はほとんどモルモン教徒の若者たちだったが、それはそれで興味深い体験だった。
それから10年以上、なんなら15年以上もたって、ようやくそのSalt Lake Cityでライブを行い、その曲”Karma Flower”を演奏することが出来たわけである。しかも根性のあるクリスチャンバイカーとタッグを組んで、オーガニックな形でライブを企画できた。そしてそのバイカーバーであるBarbaly Coast Saloonで行ったライブは最高だった。今回のツアーは、クリスチャン関係のイベントもそれなりに多かったが、半分以上は在野というかout in the wildというか、一般のベニューで行ったライブであり、やはりその方が燃えるものがある。
とにかくも、いかしたクリスチャンバイカーであるJoshと、対バンを買って出て一緒にライブを企画してくれたミュージシャンにしてポリスマンのJosh、この二人のJoshには大いに感謝をしている。
Salt Lake Cityでの祝福に満ちた滞在と、その出来事をすべて書くことはできないが、MV用の撮影もしたし、いずれ何らかの形で伝える事ができるだろう。
Erie PAとBowling Green OHで序盤を絶好調にロックし、中西部、ハートランドを旅してソルトレイクシティでライブを行うまでを中盤だとすれば、西海岸オレゴン州に到着してからがツアーの後半だったと言える。そして、その後半の旅路はさらに大きな祝福に満ちていた。
その大きな理由は友人たちとのReunion (再会)だ。
2022年のThe Extreme Tourで出会った仲間たち、共に旅したクリスチャンミュージシャンの同志と呼べる友人たち。これで3度目の参加となったFireFest NWで待ってくれている人たち。それら大切な人たちとの再会がいくつもいくつもあった。
そして、それらの仲間たちの輪に、若いドラマーのKenshinはすぐに馴染んでいき、素晴らしい出会いと新たな繋がりが生まれた。
Portlandに到着し、郊外の町を訪れ、そこでJimさんのお家に到着し再会した時の感動は忘れることができない。それは個人的な感情であるが、しかし確かに美しい瞬間だった。
Portlandでがんばっている日本人のアーティストがいる。Meeyanpunchさんは2022年に僕らがPortlandに立ち寄った時に知り合い、その翌年には日本で一緒にライブもした。そして今回、ようやくアメリカの地で一緒にライブを企画することが出来た。普通に考えたらジャンルも違うし、クリスチャンバンドとして活動している僕らとはフィールドが違うのだが、そんな壁はぶっこわして活動するのが僕らのやり方だ。アメリカのいわゆるクリスチャンバンドとは違う活動がしたい。また日本の狭い教会シーン、クリスチャンアーティストとも違う歩き方をしたい。
だからこそ僕らはリベラルな西海岸の街で、喜んでシーンの一部になり、最前線のアンダーグラウンドなベニューに乗り込み、なんのボーダーもない音を鳴らす。
そのMeeyanpunchさんとも良い交流の時間を持つことが出来て、ScottやJimさんをはじめとして仲間の和を広げることが出来たのも祝福だった。ひとつひとつ書いていくときりがないが、素敵な時間がたくさんあった。たとえばちょうどその日、Portland中心部の某所でジャムセッションが行われていて、皆で参加することが出来た。僕はうっかり間違えてブルーズを弾いてしまったが、評判は上々だったよ。Mike Bloomfieldと比較された、いやそれは褒めすぎでしょ。ちょっと弾きすぎたかな。
僕らはアメリカ西海岸のいわゆるPacific Northwestと言われる地域が好きだ。
それは僕とMarieが個人的にSeattleやワシントン州が好きだというだけでなく、過去に黄金時代のメンバーであるHassyとJakeもシアトルを気に入っていた。そのメンバーで何度かシアトルを訪れてライブもやったけれど、僕らが立ち寄ると雨の多いシアトルにもかかわらず必ず晴れるというのが不思議だった。観光で行くと雨だが、ライブで行くといつも晴れていた。
[Tone, Hassy, Jake]の時代にもThe Extreme Tourの関係でオレゴンで何本かライブをやったけれど、Portlandに関しては、僕らは初めて訪れたのはやっと2022年のことだった。
それはパンデミックがまだ終わっていない頃で、Portlandがかなり荒れていた時期であり、ダウンタウンはホームレスの人々であふれ歩けない程だった。
僕らは決してPortlandの街が嫌いではない。けれどちょっと複雑なところもある。しかし僕らは街の中心部の川沿いにある公園を訪れて、そこはJapanese American Historical Plazaという名称で呼ばれていたけれど、やはりそこからの景色はポートランドの象徴的な風景であって、そしてそれ以上に、その公園に設置された日系アメリカ人の苦難の歴史が刻まれた碑の数々に感銘を受けた。そしてポートランドには「内藤さん通り」(Naito Parkway)があるのである。
気がつけば僕たちはオレゴン州、ポートランド近辺には友人、仲間、つながりのある人々がたくさん居る状態だ。やはり何らかの縁を感じる場所だ。
だから今回も、皆で一緒にその川沿いの公園を訪れ、なんだか感慨深かった。
訪れたのは4年ぶりだったはずだけど、全然そんなふうに感じなかったよ。まるでいつでもそこに居たように感じた。
今回はツアーのまとめとして12枚のコラージュに写真をまとめたけれど、ライブの写真とファンの方々との写真を中心に最低限の枚数をまとめたので、そういったライブ以外のプライベートっぽい写真はほとんど含めていない。それらはまた、別の機会という事になるだろう。
どちらにしてもPortlandやSeattleといった西海岸の主要な都市には、日本人やアジア人も多いし、時間があれば意義のある観光ができるのだろうけれど、インディバンドで旅をする僕たちは何よりも演奏が目的だ。そして使命を持ったクリスチャンバンドである以上、そこには世俗的な成功以上の目的がある。
Portlandの街の北東部、空港からわりと近い場所に位置する教会でコンサートを行った。
これはFireFest NWの主催者側が手配してくれたもので、会場、日程、詳細などが二転三転してどうなるかわからなかったが、結果的にこれも素晴らしいライブになった。会場となったFreedom Foursquare Churchは非常に印象的な教会だった。地域の人々に、つまり支援の意味で、門戸を開いていて、それは並大抵のことではないことがすぐにわかった。一般の教会と比べるといろんな意味で緩かったのだが、だからこそ地域の人々を綺麗事でなく助けているのだし、だからこそ良いライブが出来たのだと思う。
僕たち目当てのお客さんもなんやかんやちゃんと来てくれていた。
僕らはインディバンドであり、メインストリームのバンドのように大きな数字を持っているわけではない。またツアーを行うにしてもいろいろな意味でリソースが無い。だから大したPRができるわけでもない。
しかし、2年前のツアーでもそうだったけれど、たとえそうであったとしても、アメリカのどっかの街でライブをやったとしても、たとえ満員とはいかなくても、ちゃんと僕たち目当てのお客さんが来てくれる。そしてちゃんと話題になる。それはやはり嬉しい事だ。そして何より大事なことに、演奏すればちゃんと「ぶっとばして」感動してもらえる。それが一番大事なことだ。
だから今回も、あいかわらずインディな草の根のツアーではあったが、それでもどこの会場でも、僕たち目当てのお客さんはちゃんと居てくれた。それはひとつには「クリスチャンメタル」「クリスチャンミュージック」の熱心な熱さであり、日本のバンドがこんなことをやっているという目新しさもあるだろう。だが、僕たちの音楽やメッセージが他にはないユニークなものだから、という理由もきっとあるだろうと思いたい。
今回のツアーの最大の目的であったFireFest NW。
Stevenson WAの、コロンビア川沿いの美しいキャンプ場で二泊三日で行われるクリスチャンミュージックのフェスティバル。
もともとPacific Northwestは、中西部や南部と違い、リベラルな地域ゆえにキリスト教自体が比較的に盛んではない。そういった事もあり、この地域ではクリスチャンミュージックのフェスティバル自体が少ない。そんな中で、FireFest NWは、これまで長い間、ローカル、地域密着のインディーズ的なコミュニティを作りながら続いてきた。著名なアーティストをヘッドライナーとして招いて大々的に行うフェスティバルではない。もっと、地域の仲間たちがコミュニティとしてみんなで作り上げるものだ。そんな特別なフェスティバルだからこそ、僕たちは彼らを愛し、この場所を愛し、日本のバンドとして祝福をもたらそうと、つまりは盛り上げようとしているわけだ。そして、ある意味ではすでに僕らも彼らの家族の一員のようなものだ。
そして、まだ名称がX-Festであった時から、僕らは今回で、このフェスティバルに通算で3度目の出演となったわけだ。(2012、2022、2026)
そして僕らは3日間のフェスティバルの日程の中で、土曜日、日曜日と2度のステージを演らせていただけることになった。
それがどんな素晴らしい祝福だったかは、とても言葉で表現することは出来ない。
しかし、素晴らしい仲間たちとの再会もあったし、新しい出会いもたくさんあったし、何より真心を込めたベストな演奏をすることが出来た。もちろん完璧ではなかったかもしれないが、気持ちはめちゃくちゃ入っていたし、その意味では確かに良いものをお届け出来た。
2度のステージで、曲目はひとつもかぶらず、バンドのレパートリーを出し尽くしたね。
FireFestでの祝風をふたつだけ挙げるとすれば、まずひとつは、フェスティバルのオープニングセレモニーでKenshinがドラムソロを演ったことだ。
21歳の彼にとっては、仮にもアメリカの音楽フェスティバルでドラムソロを演奏するというだけでも意義があるだろう。けれどもその内容が素晴らしかった。
最初に主催者側から連絡をもらった時は、Kenshinを含め4人のドラマーで”Drum Off”を行い、フェスティバルのオープニングを飾るという趣旨だった。
しかし、いかにもアメリカらしいのだが、色々な事情によりその参加予定のドラマー2名が間に合わなかった。(まあ、Sean父子が渋滞に巻き込まれて遅れたという事なんだけど)
そこで急遽、BillさんとKenshinが二人だけで、ドラムソロを回しながら、50分にも及ぶ演奏を行う事になったのだ。
ちなみにBillさんは、FireFest NWの主催者のリーダーであるJeanieさんの旦那さんである。御年79歳。もちろん人生を通じてドラムを叩き続けてきたベテランドラマーだ。そのドラミングは、まさにアメリカの歴史である。Billさんは2年程前に行った手術の影響で、現在は車椅子に乗っている。
そんなBillさんと、Kenshinはサシで、一対一でドラム合戦を行う。
50分間もだ。野外ステージに設置されたふたつのドラムキット。
そして、Kenshinソロ、Billさんソロ、一緒に合わせて演奏、とその繰り返しで進行していく。
その様子はほとんどドラム演奏を通じた会話であり、親密なコミュニケーションであり、またそれはドラムそのものに、そして自分自身に向き合う事でもあった。
そしてKenshinは立派にそれをやり遂げた。
彼の才能と音楽性のポテンシャルがもっとも発揮された場面だったと言っていい。
彼の演奏には確かに大きなものへのリスペクトが込められていた。そして60歳ほども年齢の離れたBillさんへの敬意も感じられた。
そしてBillさんもしっかりとそれに応えてくれた。
それは非常に美しい瞬間だった。日本とアメリカ、年齢差もある二人のドラマーの間での濃密なやりとりだった。Kenshinはきっと得たものがあっただろうと思う。あるいは本人は意識していないかもしれないが、間違いなく大きなものに触れたはずだ。
一応、その演奏の様子は動画に記録している。だけれど、遠目に撮ったスマホの映像では、その場で起きていたことを伝えることは難しいかもしれない。機会があれば公開してもいいかもしれないが、Kenshin本人の意向があるだろう。彼はそういった映像はあまり公開しないタイプだと思う。だが彼自身にとっては大切な記録になるはずだ。
もうひとつの意義のある再会(リユニオン)は、MattさんおよびHanaさんと再会した事だ。彼ら(Matt&Hana)は夫婦だが、2022年に僕らがThe Extreme Tourに参加した時に西海岸エリアのツアーリーダーを務めていた。彼らは信頼できるリーダーであり、人間的にも、信仰の面でも素晴らしい人たちだ。2022にツアーを一緒に回った時にも、色々な事があったが、彼らが居たからこそ僕たちは良いパフォーマンスをすることが出来た。
そのツアーを回る中で、本当に色々な事があったけれど、ひとつ印象に残っていることがある。それは、僕とMarie、そしてMattとHana。初めて会うはずなのに、なんだか他人と思えなかったのだ。そして、不思議なことにお互いにそう感じていた。そして、ほとんど同時に、僕たちはこの質問の言葉を発したのだ。”Have we met before?” あれ、僕たち、前に会ったことある? なんだか以前から知っているような気がしてならないんだけど。
お互いにそう思っていたのだ。
そんなMattさんHanaさんと再会し、互いの近況をアップデートし、一緒に時間を過ごせた事は大きな祝福だった。彼らはFireFest NWのスタッフの一員として関わっていたし、またその後日、Veneta ORでのThe Extreme Tourのイベントにもチームと一緒に同行してくれた。そしてKenshinも、MattさんHanaさんにすっかり気に入られた。(ティーンエイジャーの娘さんともずいぶん仲良くなっていた)
人の和を繋ぐ。人の和を広げる。
今回のツアーでの収穫はそれだ。
そしてそこには、人の和を修復するという事もあった。
Scott (Funky Sunday Party)は、2022年のThe Extreme Tourの際にはいくつか問題を抱えていた。それゆえに、チームリーダーであるMattさんHanaさんとは衝突する事があった。結果的にツアーの後、数年の間彼らは疎遠になっていた。
けれども今回、彼らは再会し、そしてお互いを許し合った。そしてクリスチャンミュージックを通じて神に奉仕する仲間として、キリストにあって兄弟として、彼らはより良い関係を築いたのだ。
Scottは過去数年の間にThe Extreme Tourとの間にもさまざまな事があった。けれど今回、僕たちはFireFest NWの後に、たとえ一本だけ、ひとつの街でのひとつのイベントだったとしても、The Extreme Tourへの参加を決めて良かったと思っている。
Veneta ORで行われたThe Extreme Tourに僕たちは参加した。たった一本のイベントのためだけにチームに合流した。
当初、Scottはその事にあまり積極的ではなかった。演奏するつもりもないと言っていた。けれど、The Extreme Tourのリーダーの一人であるDamonさんと話し、彼は和解した。DamonさんはThe Extreme Tourを代表して、Scottと真摯に話し合い、ここにその詳しい内容は書かないが、彼らは和解した。そしてScott (Funky Sunday Party)はThe Extreme Tourに復帰する事となったのだ。
僕らが日本に帰った後も、ScottはThe Extreme Tourと共に組まれていたツアー日程を最後までこなし、そして彼は残りのイベントすべてにおいて演奏のトリを務めて活躍した。
僕たちはそんなScottのことを誇りに思い、そして彼が最後まで元気にロックしたことを嬉しく思う。
Veneta ORにおけるイベントも素晴らしかった。
たったひとつの町のひとつのイベント、滞在はたったの3日間だったとはいえ、ストリートで等身大でジーザスを伝えるアーティスト同士、絆はあっという間に出来た。そしてスケートパークでの”Search & Rescue”。The Extreme Tourが独特のスタイルで行う、数々の街でストリートに出て行って友達を作って交流し、メッセージを伝える活動だ。そしてスケートパークで出会った若者たちは翌日ちゃんとイベントに来てくれた。それが長い付き合いになることもある。実際に2022年にHarrisburg ORのスケートパークで出会った少年は、今でも僕たちとやりとりがあり、日本でも再会して、彼はアニメ関係の仕事をして現在は韓国に住んでいる。今回もそんな未来につながる出会いがあったように感じている。
奇しくも2022年に参加した時は、僕たちはこの街の教会に滞在しつつも、Venetaのひとつ前のイベントが最後だったのだ。4年後にやっとVenetaの街で演奏することになった。4年前には、最後に皆にバイバイを言ったこの教会。そこにまた戻ってきて、今度は皆をつなぐ演奏をする。運命と神の導きを感じないわけにはいかない。
古い仲間たちが皆参加して、長丁場のイベントだった。めちゃくちゃ盛り上がったが、僕たちはもちろんトリで演奏だ。そして2曲目の最後のサビを歌っている時に、発電機のガソリンが切れた。劇的な幕切れだ。
2曲目に演奏していたのは”Not Of This World”だ。この曲のメッセージだけが残った。むしろメッセージは強く響いただろう。きっと観客はこのライブを、この瞬間を忘れないだろう、そう思った。
ライブの後のミーティングで、演奏中に発電機が切れてしまったことについて謝罪されたが、僕は笑ってこう答えた。「電気が落ちて真っ暗になった時、僕は思ったよ、ワオ、彼らは僕たちのことをずっと覚えているに違いない、ってね」The moment power went out, I was like, “Oh they are gonna remember us!”
それでもたった2曲でも、僕たちは最高のライブをやり、強烈な印象を残したはずだ。それは、僕たち自身にとっても忘れられない演奏になった。面白いことに、そのライブの時は、2曲目に何を演奏するか直前までずっと決まらなくて迷っていたんだ。後になってその意味がわかった。それが最後の曲になり、それがメッセージになるから、ふさわしいものを選べという神からの働きかけだったんだ。
そして、最後の曲まで演らなかった、最後の音符まで演奏しなかったという事は、まだ続きがあるという事なんだ。また戻ってくるという事なんだ。アメリカにも、そしてこのThe Extreme Tourにも。優秀の美を飾ってこれで最後なんて事を、神は僕らにさせなかったのだ。
そしてThe Extreme Tourの皆に再会を誓い、僕たちはPortland ORで最後の一本のライブを演った。やっぱりそれも最高のショウになった。アメリカの一般のクリスチャンバンドや、保守的なクリスチャンの人たちは、Portlandのカルチャーや、そういう場所を嫌う傾向がある。でも僕たちは、やっぱりそういうmarginalizedな、世界に居場所がないと感じているキッズのためにこそメッセージを届けたい。
最後は優しい曲で閉めたいと思い”Love Is”を演奏した。「本音」を込めて、悔いのない演奏が出来たと思う。
最後の瞬間まで本当にドラマや映画のようで面白い事ばかりだった。前の週の教会ライブに来てくれた熱心なクリスチャンメタルのファンのおじさまがいた。良い人だったけど、すごい勢いで一方的に喋り続けるんだ。僕たちは必死だった。そしてやっとその場から離れ、ベニューを出て車に乗り込む時、Meeyanさんが笑顔で走って戻ってきたのさ。「忘れ物しちゃったんです」って。ベニューの中にはまだそのおじさまがいる。スコットは笑って「Good Luck」と言っていたよ。本当に映画のようだったな。
そして数時間後には、僕たちはScottにもJimさんにもバイバイを言って、僕は空港のソファーの前でギターを丁寧に分解してパーツ毎に分けてスーツケースに入れていたんだ。(それは飛行機の荷物代を節約するため、楽器の破損を避けるため、また入国をスムーズにするため、今回僕は初めて、ボルトオンギターを分解して持っていくという手法を使ったんだ。)
旅には忘れられない瞬間、なぜだか覚えている瞬間というものがある。これまでもいつもそうだった。この空港で、ライブを終えた深夜の疲れ切った体で、それでも充実感を感じながらギターを分解していた時のことも、きっとずっと忘れないだろう。
そんなわけで、計画する段階から、それを現場で実際に実行する段階まで、今回はかなり完璧に近い順調な旅路だったといえる。それは僕らの力ではなく、皆さんのご支援とお祈り、そして何よりも神の導きによるものだ。
FireFestで行った2本のライブを数えれば、3週間あまりの日程の中で、9本のライブを行い、一本もキャンセルすることなく、すべて「大成功」と言える内容で終えることが出来た。
アメリカとか海外では大抵、予測不能ないろんな事が起きるから、予定通り順調にやれたのはとても素晴らしいことであり、ある意味奇跡的なことだった。
また21歳のKenshinはともかくとして、僕もMarieももう決して若くはないが、だがいったんツアーに出てしまえば、過酷な日程にも関わらずスタミナもありタフに行動できた。でもこれは、普段の日常ではダメ人間なのの裏返しでもある。前線に出て戦えば、人はいやでも強くなる。それが自分の使命であれば尚更だ。
僕たちは日本では珍しいクリスチャンメタルをやっているバンドとして、一部のニッチではちょっとした知名度がある。でも基本的には、小さな数字しか持っていない無名のインディバンドには違いない。
けれども考えてみると、僕らはバンドとしては、これで7回アメリカをツアーしたことになる。2009、2010、2011、2012、2022、2024、そして今回の2026だ。
ちなみに2013から2016までの4年間は、”Japan”に取り組み、”The Extreme Tour Japan”として、アメリカ、カナダ、そしてチリのバンドを迎えて、また日本のクリスチャンアーティストたちと協力して、同じような「体当たりツアー」を日本で行った。それも素晴らしい体験だった。
僕たちは決してメインストリームのバンドではない。
だけれど、だからこそ、インディの体当たりツアーをやって、まるでストリートファイトのようなリアルなスタイルで、演奏しメッセージを伝えられる。
そして、キリスト教の信仰があるからこそ、アメリカの人々、そして世界中の人々と、キリストにあって兄弟、brothers&sisters in Christとして信じ合い、関係を築き、そして普通ではあり得ないようなディープなツアーができる。
そして神の愛を、ジーザスの愛を伝え分かち合うという事は、人にとって最高の使命であり、ミュージシャンにとっては至上の事だ。
それを7回もやることが出来たんだ。
日本のインディバンドとしては、とても幸せなことであると思う。
でもこれで終わりではもちろんない。
今回のツアーで、バンドとして新たな扉が開いたような気がしている。
そんなふうに感じている。
ソーシャルメディアの記事や、前にもおそらく書いたように、僕たちはこれから「クリエイティブ・フェイズ」に入る。やるべきことがたくさんある。そして作るべきものがある。
そこに書いたように、僕らはしばらくはライブ活動はあまりやらない時期になるだろう。(とはいえ来週、10月17日に一本ライブがありますが!!)
だが僕たちはまた最前線に戻ってくる。さらにパワーアップして、戦いの最前線に立つ。
その時が来たら、僕たちはawesomeな「クリスチャン・サムライ」のアルバムを引っ提げ、そして世界を舞台に、もっと大きなツアーをやるだろう。
本当にありがとう。
皆様のお祈りに感謝します。
In Christ,
Tak “Tone” Nakamine